2017.11.20

屋久島旅行記2日目その2

2017年10月8日(日曜日)

 白谷雲水峡からバスで走ること30分弱、本日のお昼をいただく屋久島観光センターに到着した。
 屋久島観光センターというと何だか公的な施設の名称のようだけれど、お土産物屋さん兼食事処というイメージのお店だ。
 バスを降りるともわっとする暑さだ。白谷雲水峡のひんやりした爽やかさとは雲泥の差である。
 このお店の入口にポストがあって、「ここにあった!」と騒いでいたら、ガイドさんに「今ここで出したら、今出航した船に乗せられなかったから到着するのが1日遅れになるよ」と言われて納得した。

屋久杉膳 12時過ぎから「屋久杉膳」をいただいた。
 屋久杉の器を使い、屋久島産のものに拘った献立になっている。特に、出汁を鯖やトビウオで取っているところがポイントだと思う。
 お刺身も鯖の焼き物も美味しかったけど、海産物をたくさん入れた炊き込みごはんが美味しかった。
 母など、1階のお土産物屋さんコーナーでとびうおの出汁を購入したくらいだ。

 食後は1階のお土産物屋さんを見て回る。
 結構広い。屋久島のお土産はほぼ網羅している感じである。
 一湊にあるコーヒー屋さんのコーヒー豆が欲しかったけれど、残念ながらこちらでは扱っていないようだった。
 13時過ぎにお店を出発する。
 朝ホテルを出てから宮之浦まで屋久島を概ね1/3周している。今日はこのまま反時計回りに屋久島を1周することになる。

永田いなか浜 嘘みたいに綺麗な色の海が見られるのが、永田いなか浜である。
 それにしても暑い。暑いというよりも熱い。これが夏に来ると、日陰もほとんどないし、灼熱地獄だよとガイドさんが笑っている。
 日よけに持っていた雨傘を差そうとしたら、風が強すぎてあっという間におちょこになってしまった。
 1km続いているという砂浜のほんの一部をお散歩する。

道路標識砂浜

 ガイドさんに「看板が可愛いんだよ」と教えてもらった。
 確かに可愛い。
 永田いなか浜はアカウミガメの産卵地として知られていて、5月から7月にかけて産卵する様子を、8月から9月にかけて孵化する様子を観察することができる。
 ここで生まれたカメたちは、太平洋をわたってアメリカ西海岸に辿り着いて大きくなり、成体に近づくとまた日本に帰ってくるそうだ。
 成体になるまで30年くらいかかるという。

 ここの砂浜は随分と粒が粗い。
 聞いてみたら、砕けた花崗岩が含まれているそうだ。ウミガメの産卵と何か関係があるんだろうか。
 この花崗岩のカケラたちのお陰で砂浜が白く、海の青さとのコントラストが際立っていることは間違いないと思う。

永田岳(推定) バスで少し走ったところで、ガイドさんがしきりと窓の外を気にしている。
 その様子に気がついたもうひとりのガイドさんが、運転手さんにお願いして橋の上で車を止めてくれた。
 一番奥にあるギザギザの山頂を持つ永田岳(だったと思う。違っていたかも知れない。)の、そのギザギザがが見えている。
 この山の山頂が見えるなんて、とても珍しいそうだ。
 確かに屋久島にある山の頂は常に雲に隠れている印象である。

西部林道 永田いなか浜から30分強くらい走り、多分14時過ぎくらいにバスは西部林道に入った。
 西部林道は、世界遺産指定地域の中で唯一、車でのアクセスが可能な場所だ。舗装道路ではあるけれど道は狭く、25人乗りくらいの小型バスまでしか通ることができない。
 島の人達が、そして観光客の多くも、屋久島を一周するときには反時計回りに回る。その理由は、多分、西部林道を通るときに、自分が崖側に避けたいからではないかと思う。谷側に避けようとして転落したら目も当てられない。

ヤクシカ 「まだヤクシカを見ていない!」と大騒ぎして窓の外を探していたら、やっと出会うことができた。
 何だかほとんど保護色のようになっているけれど、ヤクシカである。
 写真は上手く撮れなかったけれど、この後、親子連れのヤクシカにも会うことができた。
 何だか重たそうな首輪をつけたヤクシカもいて、聞けばGPSを搭載したもので、ヤクシカによる植生被害を防止するための研究がされているという。

 バスを停められる場所は当然限られていて、我々を降ろせる場所と、我々を待つための退避場所があるところということで、ほんの少しだけだけれどバスを降りて世界遺産指定地域を歩いた。
 多分、15分とか20分くらいだったと思う。
 屋久島が世界遺産に登録されたのは、標高による気温差によって、亜熱帯から亜寒帯までの様々な植物が狭い地域で観察できることが理由だった、ような気がする。
 その、一番海側の地域が西部林道だ。

西部林道西部林道

西部林道西部林道

ザトウムシ西部林道

 この足の長い虫は多分「ザトウムシ」で、確かガイドさんはもののけ姫と絡めた説明をしてくれていたと思うのに、何故か全く記憶にないところがかなり情けない。
 せっかくネイチャーガイドさんと歩いて、結構色々とおしゃべりもしてもらったのに、と思う。
 でも、道端に猿がいたよとか、木洩れ日が綺麗だったよとか、意外と鳥の声が聞こえなかったよとか、そういう「感じ」を味わえてそれで充分という気もする。

大川の滝 西部林道を出てすぐのところにある大川の滝に到着したのは15時を過ぎていた。
 「大川の滝」と書いて「おおこのたき」と読む。川沿いの道を歩いて行ったその奥に、岩肌に沿って流れ落ちる滝があった。
 滝壺まで岩を伝って行けそうではあるけれど、我々のツアーは年配の者が多いので、そこまでの無理はしない。遊歩道の一番奥の行き止まりまで行き、そこから見上げた。
 この大川の滝は落差88mで、日本の滝百選にも選ばれている。

 大川の滝の入口から10分ほどバスに乗り、再び川沿いの道を歩いてすぐのところに、中間ガジュマルがある。
 何というか、かなりフォトジェニックなガジュマルだ。NHKの連続テレビ小説「まんてん」のロケ地にもなったという話にも納得である。
 一応、このガジュマルの木の奥の家に「まんてんの**の家」などの看板がかかっていたりもしたけれど、商売っ気というものを全く感じさせない。
 道をふさぐようになっているガジュマルの木を、ガイドさん曰く「宅急便の車が通れるギリギリの」高さに切ったそうだ。

中間ガジュマル中間ガジュマル

中間ガジュマル20171008_155812

 この「中間ガジュマル」で本日の行程は全て終了である。
 ホテルに到着したのが16時半で、ネイチャーガイドさんお二人とも握手してここでお別れした。
 喉が渇いたので、ホテルの売店で冷えたたんかんジュースを買って飲む。母と二人で「美味しいけど、買って帰らなくてもいいか」などとエラそうに論評する。
 夕陽の写真を撮ってやろうと、その前、少し早めかつ慌ただしいけれど17時前に温泉に行った。
 当たり前だけれど、昨日と違わぬいいお湯である。そして、あっという間に温まる。

夕陽夕陽

 17時50分くらいから10分弱のサンセットを、ホテル2階のテラスから満喫した。
 世界遺産つながりという訳でもないけれど、何故か18時からTBSの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道II」に母と二人で見入ってしまい、今日もまた18時半からの夕食に少し遅れてレストランに向かった。
 学習しない我々である。

 本日の夕食は「尾之間会席」である。
 昨日のツアーメンバーの方々の飲みっぷりに刺激され、何だか飲みたい気持ち満々になり、「屋久の島」という焼酎をロックでお願いした。
 母は珍しくビールでは泣く白ワインを頼み、「これなら全部飲めるわ」と言っている。

 本日のお料理はこんな感じである。

前菜とお造り前菜
 柚子風味の蒸し豆腐、黒毛和牛コールドミート ポン酢ジュレ、水イカの大葉ジェノベーゼサラダ

造り
 本日のお造り 三種盛り
 (どんなお魚三種だったか、すでに忘れてしまった)

揚げ物
 トビウオのつけ揚げ

揚げ物と替り鉢
替り鉢
 鹿児島県産鰻の若狭や気風 わさびと蛇腹胡瓜を添えて

 確かこの辺りまで来たところで焼酎のお代わりを頼んだと思う。
 飲み物のメニューをお願いし、メニューをお願いしたくせに「今**を飲んだんですけど、次は何がいいと思いますか?」と無茶振りをしてお聞きしてみる。
 同じ酒蔵の焼酎が良いでしょうとおすすめいただき、「大自然林」という焼酎をお願いした。
 これがもの凄く美味しい焼酎で、屋久島内限定販売、しかも販売されている酒屋さんが限られているそうで、ホテルの売店で購入できなかったのが残念だ。

合肴
 半熟赤卵の鯖節醤油煮 ふわふわソースと共に

魚料理
 鹿児島県産ブリの衣揚げ射り出し流し 柚子胡椒おろし添え

肉料理肉料理
 鹿児島県産黒豚ロースト 胡桃入り西京味噌の炙り焼き 朴葉のお皿で

お食事
 大分県産ひとめぼれ、香の物、さつま揚げ入り澄まし汁

デザート
 ブラマンジェ フランボワーズソース

 1時間半くらいかけてゆっくりいただいた。
 美味しい夕食とお酒に大満足である。

 でも、流石に焼酎をロックで2杯も飲んでしまうと、食後に温泉に行くのは不可能だ。眠いし、ふらふらする。
 ベッドに寝転がって、テレビをのんびりぼんやり眺め、22時には母ともども就寝した。

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2017.11.19

810000アクセス達成!

 昨日(2017年11月18日)、どなたかが810000アクセス目を踏んでくださった。

 仕事が変わって休みがほとんど取れなくなった。
 今年出かけた4回の国内旅行は、いずれも週末を利用したもので、1泊2日が3回、2泊3日が1回だ。

 年末年始を海外で迎えるべく画策したけれど、狙っていたツアーが催行中止になってしまった。
 2017年は、15年ぶりくらいで海外脱出を果たせない年になってしまいそうだ。
 来年は何としてでも異国の地を踏みたいと思っている。

 これまでの経過は以下のとおりである。

 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
150000アクセス 2009年2月21日
200000アクセス 2009年11月30日
250000アクセス 2010年9月16日
300000アクセス 2011年5月26日
350000アクセス 2012年2月8日
400000アクセス 2012年9月3日
450000アクセス 2013年2月19日
500000アクセス 2013年8月14日
550000アクセス 2014年1月14日
600000アクセス 2014年7月7日
650000アクセス 2015年2月10日
700000アクセス 2015年10月31日
750000アクセス 2016年9月7日
800000アクセス 2017年8月30日

810000アクセス 2017年11月18日

 こうして細々とながら続けていられるのは、遊びに来て、読んでくださる方のおかげです。
 ありがとうございます。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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2017.11.18

「平等院、幻想的に 紅葉ライトアップ、京都・宇治」の記事を読む

 「平等院、幻想的に 紅葉ライトアップ、京都・宇治」という記事を読んだ。

 2017年11月17日、平等院で国宝の鳳凰堂や周辺の紅葉がライトアップされたそうだ。
 今日(18日)から夜間特別拝観が行われるという。紅葉の季節に合わせてライトアップするのは初めてだそうだ。

 鳳凰堂周辺や塔頭の浄土院に通じる道沿いには計約200本のモミジが植栽されており、今がちょうど見頃だという。
 ライトアップは12月3日までの週末(金土日曜)の18時から20時まで実施される走だ。

 平等院は10円玉や写真では見るけれど、実際に行ったことはまだない。
 紅葉の時期の平等院も綺麗そうだなと思った。

 私が読んだ記事はこちら。

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2017.11.13

「熱海梅園もみじまつり開幕…芸妓衆、悲恋の舞」の記事を読む

 「熱海梅園もみじまつり開幕…芸妓衆、悲恋の舞」という記事を読んだ。

 2017年11月11日、静岡県熱海市の熱海梅園もみじまつりが開幕したそうだ。
 初日には、熱海の芸妓衆が、来年の尾崎紅葉生誕150年を記念して、小説「金色夜叉」の主人公貫一・お宮の別れの場面を舞ったという。

 熱海梅園の紅葉は、11月下旬から12月上旬までが見頃になりそうといい、熱海梅園もみじまつり期間中の12月3日まで、紅葉のライトアップや足湯がのおもてなしがあるそうだ。

 熱海梅園の梅も見たことがないし、一度行ってみたいなぁと思う。

 私が読んだ記事はこちら。

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2017.11.12

屋久島旅行記2日目その1

2017年10月8日(日曜日)

 昨日は朝が早かったし、(ハイキング程度とはいえ)運動したし、夕食のときにお酒も飲んだしで、旅先にしては珍しく寝入ってから4時くらいまで夢も見ずに眠った。
 それでも、6時間後には目が覚めてしまうところが、健康的なのかどうだかよく判らない。
 せっかく目が覚めたのでベランダに出てみたら、月光がなくなったせいか、昨夜よりもたくさんの星が見えた。オリオン座も綺麗に見える。
 水平線近くに明るい星が見えて、カノープスかしらと思う。

 6時過ぎに起き出して、早速、温泉に行った。
 今回の旅2回目の温泉である。
 昨日1日続いていた頭痛は消えた代わりに、夕食を食べ過ぎたのかお腹の調子が今ひとつだ。
 朝風呂なのでさくっとあがったけれど、体調が良くなるよう念じながらお湯に浸かる。海が見える露天風呂が気持ちいい。

朝食 一休みして7時過ぎにレストランに行った。
 旅行に出ると、やっぱり朝食にはパン食を選んでしまう。
 JRホテル屋久島の朝食はなかなか豪華だ。お腹の調子を鑑みて、これでも控えめにしたつもりである。珍しく野菜サラダも作ったのは、多分、身体がビタミンを欲していたのだと思う。
 グアバのジュースが美味しい。
 母は牛乳を持ってきて「美味しい」とご満悦である。
 ロビーに天気予報が出ていて、今日の最高気温が29度と書いてある。びっくりだ。

ペイタ 今日の出発は9時である。
 ロビーに屋久島に関する本を集めたコーナーがあって、そこでガイドブックを見たり、お土産物屋さんを覗いたりしようと思い、15分前くらいにロビーに降りた。
 添乗員さんに「今日、どこかポストのあるところに行きますか?」と尋ねていたら、すでに来てくださっていたガイドさんに「今、郵便局まで行っちゃった方がいいよ。10時までに投函すれば今日の船で運んで貰えるから」と言われた。
 確か、昨日も行ったペイタの前に郵便局があった筈。
 ついでに、ペイタが開いていたら昨日買い忘れたコーヒー豆を買おうと急いで友人への絵はがきを出しに小走りで向かう。

 絵はがきは出せたけれどコーヒー豆は買えずにホテル玄関前に戻り、バスに乗り込んだ。
 今日は1日、屋久島のネイチャーガイドさんがついてくれる。14人のツアーにお二人のガイドさんだから贅沢だ。
 バスは白谷雲水峡に向かって走り始めた。
 ガイドさんによると、今日は屋久島全体の集落対抗運動会が安房で開催されているそうだ。
 もの凄く盛大な運動会らしい。そして、運動会の後には大宴会が控えているらしい。
 ガイドさんの奥さんは玉入れに、ご近所の80代の女性は輪っか転がしにエントリーしているそうで、お二人とも「今年で引退したい」と毎年おっしゃっているらしい。

 ガイドさんは大阪(だったと思う)から移住されてきた方で、町内会等々で「しゃべることと書くことなら何でもやる」と役員を引き受けたとおっしゃるだけあって、とにかくしゃべりが上手くて可笑しい。
 その楽しいおしゃべりの中に、例えば運動会などなどの島の「伝統」は、今は自分たち移住者が担っている、自分は50代後半だけれど永遠の若手だと、島の抱えている問題をさりげなく挟み込んでいる。
 すらっとおっしゃっていたけれど、屋久島が世界遺産に登録されたことで、町役場の仕事が一変し、自殺者も出たのだという話も含まれていた。

 屋久島が世界遺産に登録されたとき、とある大手旅行社は「ブームは3年」と見込んだそうだけれど、実際は今も屋久島には引きも切らずに観光客が訪れている。
 それは、世界遺産効果というよりも「もののけ姫」効果が大きいらしい。
 今調べたら、屋久島の世界遺産登録は1993年、もののけ姫の公開は1997年で、見事なタイミングで「もののけ姫」が公開されたと言えるだろう。

 屋久島の集落は、放射状に流れている川で区切られているそうだ。その川は小さいものも含めると100を超える。
 昔からある集落は当然「水」の確保が容易なところに作られていて、移住者が後から作った集落は最初は水の確保が大変だったらしい。
 屋久島の面積は東京23区より一回り小さいくらいで、海岸線の0mから、九州最高峰の宮之浦岳山頂1935mまでがその面積に収まっている訳で、それは川の流れは急に決まっている。

 屋久島は今は島全体で「屋久島町」だ。
 合併前は、「上屋久町」と「屋久町」の2つの町で構成されていたという。そうした町名も含め、昔の地名はバス停の名前として残っていることが多いそうだ。なるほどと思う。
 学校の前を通りかかれば、今、屋久島には小学校が8校、中学校が3校、高校が1校あるという話が出る。高校入試の倍率は0.7倍だそうだ。
 ホットモットの前を通りかかったときには、10月12日に開店することになっていて、屋久島で今一番「ホット」なニュースだと笑っていた。残念ながら、オヤジギャグだと判った人はいなかったっぽい。

白谷雲水峡入口 10時頃、白谷雲水峡に到着した。
 かなり手前から路上駐車の車が並んでいて、ガイドさんたちが「こんなに混雑しているのは久しぶりだ」と驚いていた。やはり連休は人出が多いらしい。
 駐車場に到着したときには小雨よりはちょっと強い感じの雨が降っていて、お手洗いを済ませた後、入口脇の四阿で集合となり、一応、レインウエアの上だけ着込む。
 ウエストバッグだけで歩こうかとも思ったけれど、途中でレインウエアを脱いだときのことを考え、リュックを背負って行くことにする。

ヒメシャラ 入口近くにあったヒメシャラのお花に送られ、2班に分かれて出発した。
 14人が6人と8人に分けられ、母と私は6人班の方だ。8人班が先に出発する。
 どうやらうちの母と、父娘で参加されていたお父様がツアーメンバーの中で年齢順で1位と2位だったらしく、その二人を人数が少ない班に配置しようという添乗員さんの配慮らしい。添乗員さんもこちらの班に付いて来た。
 添乗員さんと最後尾を争いつつ歩く。

岩登り 最初は、川沿いの岩を登って行く。ガイドさんが歩くとおりに歩けば全く問題ない。雨に濡れているけれど、滑ることもないので、足もとはそれほど心配ない感じだ。
 ポンチョを着て足もとがよく見えなかったらしい母は、ガイドさんにポンチョの裾を縛ってもらっていた。私は結構こういうのが好きだけれど、母は、後で「ああいうところはキツイ」と言っていた。
 母はスポーツクラブにも通っているし、私よりよっぽど体力があると思っていたけれど、それはそれとして少し気をつけなければと思う。

切り株更新飛流橋 岩の部分を登り切ってしまえば、あとは土の道を歩く。勾配もそれほどないので、のんびり歩くことができる。というよりも、のんびり歩くことができるコースを選んでいたらしい。
 その頃には、雨も上がっている。森の中に入って、枝が雨を遮ってくれているのかも知れない。
 我々のグループはかなりゆっくりペースで、後ろから歩いてくる登山仕様の若者には先に行ってもらう。
 改めて切り株更新の話を聞いたり、苔に触ってみたり、飛流橋まで15分をかけた。

苔の森切り株 「もののけ姫」の舞台が白谷雲水峡をモデルにしていることは有名で、でも実際のその場所にはかなり長く歩かないと辿り着けないらしいけれど、「苔の森」は短時間で回るコースでも少しだけ味わうことができる。
 コースの途中、昨日お世話になったガイドさんと何度か出会って挨拶を交わす。

さつき吊り橋 飛流橋からこのさつき吊り橋まで、案内図上の距離は僅か200mだ。
 そこを10分かけて歩くって何て贅沢なんだろうと思う。
 もっとも、歩いているときは「ゆっくりだな」とか「贅沢だな」とか思っていた訳ではない。普通に歩いているつもりだったから不思議だ。
 深呼吸したり、見上げたり見下ろしたり、苔に触ったり、味わうべきことが多いからだろう。
 さつき吊り橋は「吊り橋」という名前ではあるけれど別に揺れることなくほっとする。高所恐怖症ではないつもりだけれど、揺れる橋は相当に怖い。

スギの赤ちゃん日の射した森

森苔

 歩いている内に日が射すこともあり、そうすると森の景色も、苔の表情も一変する。
 ガイドさんは「曇っているときの方が写真が綺麗に写る」と言っていたけれど、やっぱり太陽の力は偉大だよと思う。
 そういえば、森に入った辺りからだいぶ暑くなってきて、レインウエアはとっくに脱いでしまっている。

二代大杉 入口から30分強歩いたところで、二代大杉に到着した。
 高さ32m、周囲4.4mだから、紀元杉よりも倍近く高く、紀元杉の半分ほどの太さということになる。
 でも、何というか、迫力がある。森の中にいるせいだろうか。
 ちょうど我々のグループだけで二代大杉を独占することができ、ゆっくり色々な角度から眺め、見上げる。
 根元が空洞になっているのは、「倒木更新」の証しだ。

二代大杉二代大杉

 二代大杉を堪能したら、後は「帰り道」である。
 実はこのときはまだ「弥生杉」に行かないことを知らなかったので、この後で弥生杉までの木道の階段を延々と上ることになるのじゃないかと、戦々恐々としていた。
 ヤクスギランドを歩いたときよりも暑く、汗をかいていて、お水が飲みたくなった。

森ヒメシャラ

苔苔

吊り橋の下流吊り橋の上流 さつき橋まで戻って、今度は吊り橋を渡る。
 上から見ると、川がだいぶ削って深い峡谷になっていることが判る。
 どうやら、帰りは橋を渡った川の反対側を歩くらしい。
 歩きながら見ると危険という判断か、バスの中でもらったコース案内図は持たないでくださいと言われていたので、今日のコースがどこで、あとどれくらい歩くことになるのか判っていなかった。

飛流おとし 歩き始めてから1時間ほどで、飛流橋まで戻って来た。
 橋を渡らずに真ん中まで行くと、そこから「飛流おとし」と呼ばれている滝を見ることができる。
 そういえば、案内してくださったネイチャーガイドさんは、あまり「名前」に拘っていなかった気がする。この「飛流おとし」という名前も、後でパンフレットを見て確認したくらいだ。
 そして、この滝の高さがどれくらいあるのか、よく判らない。ネットで検索したら、40m、目測で50m、70mと色々あって、これという決め手がなかった。
 滝もだけれど、滝壺の水の色が凄い。深い青緑色で、でも澄んでいる。

苔苔 あまり自信はないけれど、飛流橋まで戻って来た後は、飛流歩道をあるいたのだと思う。割と長く川沿いを歩いた記憶だ。
 そして、歩道の川と反対側には、苔をたくさん見ることができた。
 雨上がりだからか、いつもそうなのか、苔が水滴をたくさん蓄えている。昨日のバスガイドさんのおっしゃるところの「ダイヤモンド」だ。

ヒメシャラヒメシャラ ガイドさんがせっかく「歩きながら見上げてコケないように」と配慮して少し離れたところから紹介してくれたヒメシャラの大きな木を、相変わらず遅れて歩いていた私は丁度真下でその説明を聞き、歩きながら見上げてコケそうになった。
 マヌケである。
 木肌がつるりとして明るい色をしているこの木はとにかく目立つ。
 ちょっと、ティカルにあった火炎樹みたいな感じだ。

弥生杉弥生杉 コースの最後、広場のようになっているところから、弥生杉を望んだ。
 正直なところ「歩かなくていいんだ〜」「登らなくていいんだ〜」という安堵の方が大きかったような気がする。
 我ながら、情けない体力だ。
 遠目にも随分と白く見えて、弱っているのだなぁという感じがする。
 高さ26.1mは、遠目の方が実感できる。周囲は8.1mで、紀元杉とほぼ同じ太さ、紀元杉より少し背が高い。

 歩き始めてからほぼ1時間半、ガイドさん曰く「前のグループの歩きが遅かったからゆっくり歩けました、ラッキーでしたね」という白谷雲水峡歩きが終了した。
 もっともっとゆっくり歩いても良かったなぁと思う。

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2017.11.11

「”秋満喫を”京都・保津川下り再開 台風被害から19日ぶり」の記事を読む

 「”秋満喫を”京都・保津川下り再開 台風被害から19日ぶり」という記事を読んだ。

 2017年11月10日、台風の影響で係留場や降船場が流失して休業していた保津川下りが19日ぶりに営業を再開したそうだ。

 10月22日と29日に連続して近畿圏に最接近した台風21号と22号のため保津川が増水し、桟橋などが流されたり、航路が落石や流木で荒れたりしたため、臨時休業していたという。
 そのニュースには気がつかなかった。

 紅葉シーズンに再開できて良かったと思う。
 春に保津川下りをしたけれど、やっぱり秋の紅葉がベストなんじゃないかと思っている。

 私が読んだ記事はこちら。

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2017.11.05

屋久島旅行記1日目その2

2017年10月7日(土曜日)

荒川橋より もはや、これが荒川橋の上流の景色なのか、下流の景色なのかすら判らなくなっているところが我ながらマヌケである。
 ヤクスギランドには150分コースという「やくしまの森」を満喫できるコースもあるし、太忠岳への登山道にも繋がっている。
 ヤクスギランドだけで1日かけてもいいくらいだ。
 今回歩いた50分コースも、できれば2時間くらいかけて歩きたい。
 荒川橋からは、オレンジの救命胴衣を着けた人達が遊んでいるところが見えて、その満喫している様子がとても羨ましかった。

ヤクスギランドヤクスギランド 荒川橋から、こんな木を見上げたり、あんな倒木を覗き込んだりしながら歩くこと5分くらいで、仏陀杉に到着した。
 仏陀杉の周りにも展望デッキが作られている。
 人気故にみなに根の周りを踏み固められて弱ってしまったため、展望デッキを作って守っているらしい。

仏陀杉仏陀杉 仏陀杉は、樹高21.5mは紀元杉より高く、周囲8.0mは若干細い。
 樹齢1800年と言われているそうだから、紀元杉よりはだいぶ若い木だ。
 ごつごつでこぼことした木肌が仏様を思わせるというところから、「仏陀杉」と呼ばれるようになったという。最も、私にはその場でも、今写真を見ても、どの辺が「仏様を思わせる」のかよく判らない。
 しかし、空洞化してしまっているのに、それでも何だか重厚さを感じさせる姿が迫力である。ちょうど、仏陀杉に着いた頃に霧が出始めていて、それで余計に「迫るもの」を感じたのかも知れない。

ヤクスギランドヤクスギランド 仏陀杉まで来れば、50分コースは折り返しである。
 しかし、行きとは違う道を歩けるので、帰り道も楽しい。
 そういえば、ここまでほとんど他のお客さんと会うことはなかったような気がする。3連休の初日だし、飛行機も満席だったし、お客さんが少ないということはないだろうから、明日に縄文杉登山を予定して、今日は白谷雲水峡に行く人が多いのだろうか。

双子杉 そして、仏陀杉から5分と歩かないところに、双子杉がある。
 1本の木が別れたのかと思っていたらそうではなく、1つの切り株から2本の同じくらいの太さの杉の木が「切り株更新」で育ちつつあるところらしい。
 高さはそれぞれ22.7mと22.2mというから、紀元杉や仏陀杉よりも高いけれど、やはりそこは「小杉」なので、周囲が1.8mくらいとかなり細い。
 しかし、これから益々太く育って行ったとして、いつまでも仲良く双子杉の状態でいられるのかしらとちょっと心配になった。

くぐり杉 ヤクスギランドの出口直前、最後の見どころ(くぐりどころ)がこの「くぐり杉」である。
 入口近くにあった「くぐり栂」と同じように、二股に分かれたところのその下を遊歩道が通り、歩くことができる。
 この「くぐり杉」は、小杉が倒れ込んで倒れ込まれた方と2本が融合したものだという。2本の木が1本の木に融合するなんて、一体どれだけの時間がかかったのだろうと思う。
 この写真はくぐり抜けた後、振り返ってみた「くぐり杉」だ。

清涼橋 最後にもう1回、清涼橋という吊り橋を渡り、ヤクスギランドの50分コースをちょうど1時間かけて1周した。
 ヤクスギランドの入口にある「森泉」にあるチップ制のお手洗いを借り、売店で絵はがきと、散々迷った末に屋久杉から作ったというペンダントを購入する。
 森泉の2階は休憩所のようになっていて、ガイドさんによると、増水したか何かで下山できなくなった修学旅行生たちがここで一晩泊まったりしたこともあるそうだ。
 朽ちた屋久杉と使った電話ボックスなどもあって、なかなかフォトジェニックだったのだけれど、ヤクスギランドの木に当てられたのか、何故か写真を撮る気になれなかった。

 バスに14時15分集合で、やはりみなさんキッチリ集まっていたけれど、無線か何かで「路線バスが上がって来る」情報が入って、しばし待機となった。
 出発しちゃってすれ違えるところを探すより、広いところで待って路線バスが通った後に降り始める方が効率的らしい。
 路線バスを待っているとき、急に雨が降り出して驚いた。我々が帰る頃になって雨が降るなんて、つくづくラッキーだ。

 その後、バスは順調に走り、15時15分には、本日の宿であるJRホテル屋久島に到着した。
 考えたら、JRが走っていない屋久島にJRホテルがあるって不思議である。

ホテルのお部屋バルコニーから

 ホテルのお部屋は3階の海側だった。
 JRホテル屋久島は岬の突端に建っていて、海の見えるお部屋と、モッチョム岳が見えるお部屋と、それぞれ特徴がある。
 私はどちらかというと海の方が好きなので、海側のお部屋で嬉しい。
 暑かったのと外が見たくてベランダ側の窓を開けていたら、海風が強いので、特に夜、開けっ放しにしないようにしてくださいとホテルの方から教えていただいた。

 本日の夕食は18時からで時間はたっぷりある。
 お昼ごはんを早めに食べていたし、ホテルの近くにペイタというパンとケーキのお店があることはチェックしていたし、添乗員さんもバスの中でお勧めしていたので、行ってみることにした。
 ホテルから歩いて5分ほどである。

ペイタのケーキ 入ったときにはカウンターしか空いていなかったけれど、地元の方らしいおじさんがテーブル席を譲ってくれて、眺めのいい窓際の席に着くことができた。
 おじさん、ありがとう!
 ショーケースにケーキが並んでいて美味しそうだったので、マロンタルトとブドウのショートケーキ、そして二人ともアイスコーヒーを頼んだ。
 ショートケーキは、スポンジ部分もクリームも素朴で懐かしい感じのお味だった。アイスコーヒーともよく合う。
 しばし、まったりした。

海 お店の方に灯台への行き方を教えていただき、折角なので海の近くまで行ってみることにした。
 「こんなに暑いのに!」とか「誰も歩いていないじゃない!」と言う母を宥めつつ歩くこと数分、海が見えた。
 どうして危なっかしいところというのは、こんなに景色がいいのだろうと思う。
 海の色も綺麗だ。お天気がいいって素晴らしい。
 波打ち際まで降りられる階段もあったけれど、これが急だし狭いし手すりもないし、手すりの代わりに鎖が付いている。何だか吸い込まれそうな気がして怖くなり、階段を1/3ほど降りたところで断念して引き返した。

 17時前にホテルに戻り、早速、温泉に向かった。
 ホテルの尾之間温泉はアルカリ性単純温泉で、とにかくトロっとしている。
 添乗員さんもバスの中で繰り返し「化粧水みたい」「顔をつけたくなる気持ちがよく判る」と大絶賛していた。
 これた本当にトロっとしたお湯で、柔らかい。言い方は悪いかも知れないけれど、肌にまとわりついて離れない感じがする。
 内湯と露天風呂と、両方楽しんだ。

夕焼け お風呂から上がると、ちょうど夕陽が沈むところだった。
 このホテルの温泉は日帰り入浴も可能で、その入口から外に出ることができる。
 慌てて部屋にカメラを取りに戻ったらかなり沈んでしまっていたけれど、何とか最後の夕陽を捉えることができた。
 明日は2階のテラスから狙ってみようと思う。

 私が夕陽でバタバタした分出遅れてしまい、18時10分過ぎくらいにレストランに行った。
 このホテルでは、温泉もレストランも、ホテルで用意されている室内着とスリッパで行くことができるのが嬉しい。周りもみなほとんどホテルの室内着姿だから気後れすることもない。
 本日の夕食は「屋久島会席」だ。
 母は生ビールを、私は屋久島の三岳という焼酎の原酒を使ったモヒート(ホテルオリジナルのカクテルで、モスフォレストという名前が付けられていた)を頼んだ。

前菜とお造り 前菜は3種だ。
 のぶきの佃煮
 塩豚ボイル はちみつとマスタードソース
 鰹の燻製とポロ葱の鉄砲和え

 お造りは多分、鮪とイカだったと思う。
 山葵醤油の他に、酢味噌(だったと思う)とオリーブオイルが出されて「お好みでどうぞ」という。
 オリーブオイル? と思ったけれど、要するにカルパッチョだわと思えば納得だ。意外とイカとオリーブオイルの組み合わせが美味だった。

揚げ物と替わり鉢 続いて供された揚げ物は、甑島産キビナゴのフリットだ。随分と大きなキビナゴでびっくりする。

 替わり鉢は、本日のお魚(が何だったのか忘れてしまった)のポキ 泡雪仕立て カレー風味のアクセント である。
 多分、お店の方に「ポキって何ですか?」と聞いて教えてもらった筈なのに思い出せない。今、検索したら、ハワイ後でお魚の切り身を指す言葉で、「魚介類の切身に、塩、醤油、食用油、海藻、香味野菜などを混ぜ込んで調味した料理を指す」そうだ。

サラダと合肴 そういえば、夕食は和洋折衷のコースで、ここで途端に洋風のお料理になった。
 サラダは、冬野菜のバーニャカウダだ。
 バーニャカウダってソースを温めつつ食べなくても大丈夫なら家でもできそうだと思う。このソースが美味しい。

 合肴というのは和食用語らしいけれど、供されたのは洋風のお料理だ。
 黒豚軟骨と野菜の和風シチュー パイ包み焼きである。
 パイ皮を器から上手に剥がすことができず、だいぶ残ってしまったのが実は心残りだったりする。「和風シチュー」と銘打っているだけあって、さっぱりしたシチューだった。

肉料理 お肉料理の名前が凄い。
 「鹿児島県産黒毛和牛 A4肉もも肉のポワレ 大根おろしソース 温野菜と舞茸の天ぷらと共に」である。
 まずは、何はともあれ「お肉」である。
 柔らかくて美味しい。脂っこくないのが意外だった。

 写真を撮るのを忘れてしまったけれど、天ぷらはこの後ごはん(大分県産ひとめぼれ)、お味噌汁(油揚げときのこ汁)と香の物と一緒にいただく。
 母はごはんを減らしてもらっていたけれど、私は通常の量を完食した。

かからん団子 かからん団子は、鹿児島県南部や島で作られる草餅の一種だそうだ。
 それにしても、黒い。
 この色に最初は恐れをなしたけれど、食べてみると確かに草餅である。

 かからん団子を濃いお茶でいただいた後、さらにコーヒーをゆっくり味わった。

 母と私は1時間半くらいかけていただいたけれど、周りのテーブルではもっとゆっくり、お酒をいただきつつお食事されている方が多かった。
 ツアーメンバーの皆様は、相当の酒豪揃いのようだ。

月の道  ホテルのお土産物屋さんを覗いてからお部屋に戻り、のんびりテレビなど見ながら寛ぐ。
 何故か屋久島まで来て「ブラタモリ」を見ている母と私である。
 私は、母が飲みきれなかったビールまでいただいて、かなり酔っ払いだ。
 酔い覚ましを兼ねてベランダに出てみたら、月が綺麗で、海の上に月の光で道ができていた。ほぼ満月だわと思っていたけれど、今調べてみたら月齢16.9日だから結構欠けていたらしい。

 同じホテルに2連泊という余裕もあり、かなり酔っ払いということもあり、もう1回温泉に入るのは諦めて、21時半にはベッドに入った。
 そういえば、今日は4時半に起きて焦りまくるところから始まった、長い一日だった。

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屋久島旅行記1日目その1

2017年10月7日(土曜日)

 自宅最寄り駅5時21分発の電車に乗ろうと思い、目覚ましを4時にかけておいたのに、目が覚めたら4時半で滅茶苦茶焦った。ここのところ残業続きで、荷造りも終わっていない。
 慌てて起き出して、グラノーラとフルーツで朝食にする。
 しかし、もっと焦ったのがこの後で、5時前にタクシー会社に電話したところ、「回せる車がありません」と言われてしまった。
 雨の3連休初日を舐めていたらしい。

 近隣に営業所のあるタクシー会社数社に順番に電話し続け、何とか「15分後なら」と言ってくれたところにお願いする。
 もう、電話を掛け続けたこの15分ほどは「このまま旅行に行けないんじゃないか」と心の底から焦りまくった。
 何とか予定の電車の1本後の電車に乗ることができたときには、疲労困憊、脱力状態だった。
 電車に乗ったら乗ったで山手線が止まったりして焦ったけれど、どうにか集合時刻ジャストに羽田空港の集合場所に到着することができた。
 ほっとする。
 受付したのは、母と私の二人が最後のようだ。

 添乗員さんに受付をしてもらった後、母と二人分の荷物を大きめのキャリーケースに詰めてきたので荷物預けの列に並んだ。
 これがかなり長い行列になっていて、この間にお昼ごはんを買っておいてもらおうと母の携帯に電話し続けても一向に出る気配がない。
 全くもう! と思っているうちに順番が来て、そういえば鹿児島までの搭乗券しか貰っていなかったけれど、無事に屋久島まで荷物を預けることができた。出発時点で預入荷物が10.2kgもある。我ながら何を詰め込んだんだろうと思う。

 慌てて母のところに戻り、お昼ごはんに母は「柿の葉ずし」を、私は銀座福ひろの「炭火焼鯖寿司」を購入した。お弁当売場も大混雑だ。
 セキュリティチェックで母のトレッキングシューズが引っかかったこともあり、お手洗いに寄って搭乗口に辿り着いたのと同時くらいに搭乗開始となった。

 羽田空港8時5分発のJAL643便は、30分近くも空港内を走り続けたらしい。
 座った途端に寝て起きて、まだ飛行機が飛び立っていないことに驚いたけれど、これが通常のことらしく、鹿児島空港には定時の9時55分に到着した。
 飛行機を降りたところで、ツアーメンバー14人が初集合である。
 4人家族が一組、父子二人連れが一組、我々母子、そして3組のご夫婦だ。3連休だからか、年齢層もそれほど高くない。中央値50代というところではないだろうか。

屋久島屋久島空港

 そのまま 屋久島空港行き日本エアコミューター3743便の搭乗口に直行し、10時10分搭乗開始、10時15分に離陸、予定どおり10時55分に屋久島空港に到着した。
 屋久島に到着する少し前、飛行機の窓から見えた平べったい島は種子島だそうだ。写真も撮ったけれど、平べった過ぎて島かどうか判らないくらいだった。
 そちらは快晴だったのに、屋久島は雲に覆われている。

 預入荷物が人の手で運ばれて来たことに「おぉ!」と思いつつ引き取ったら、三々五々、お迎えに来てくださっていた屋久島といえばというまつばんだ交通のバスに乗り込む。
 明日は西部林道に行くため22人乗りの小型バスだけれど、今日は(後で判ったことでは)3日間大きさの違うバスに乗った中で真ん中の大きさのバスだった。14人でほぼ一人二席使える大きさだったと思う。
 空港では晴れていたのに、バスが走り出したら雨が降り出したことに驚く。天気予報は3日間晴れの予報だったけれど、さすがは1ヶ月に35日雨が降る島である。

焼き鯖寿司 バスガイドさんに「しばらく行くと山道になりますから、お昼を食べる方は今のうちに」という案内を受けて、少し早めの11時半くらいにお昼ごはんをいただいた。
 ガイドさんは、立て板に水のごとく「屋久島に熊はいません」「野ウサギもいません」「このホテル屋久島山荘で林芙美子が”浮雲”を書きました」「屋久島にモスバーガーができたときには、その前の道路が1週間、渋滞しました」「11月に天皇皇后両陛下がいらっしゃるので島内のあちこちが工事中です」「10月10日に種子島からロケットの打ち上げがあります」「屋久島には、日本の植物のうち70%の種類があります」「苔とシダが特に多いです」「屋久島の人口は13000人です」「大正時代に台湾から入って来たぽんかんが今は特産物になっています」等々の話をされていた。
 もちろん、これらは私が覚えていられたほんの一部である。

ヤクシマサル 本日最初の目的地は、紀元杉である。
 その後、少し戻ってヤクスギランドを歩き、15時半くらいにはホテルに入る予定ということだ。
 海沿いを走る道から、山の中に入る道に入ると、道幅が狭くなり、くねくねしだし、がんがん登っていることが感じられる。
 途中、ヤクシマサルたちがガードレール沿いに三々五々並び、それぞれ寛いでいる姿を見ることができた。
 これはノミ取りをしている訳ではなく、お互いに毛繕いをしているところだそうだ。
 小猿もいて可愛い。

紀元杉 12時20分頃、バスは紀元杉に到着した。
 道路から徒歩0分で見られる「屋久杉」である。
 樹齢1000年を超えた杉が「屋久杉」で、それ以下の若い杉は「小杉」と呼ばれるそうだけれど、樹齢900年でも若いと言われてしまうとは、一体どれだけの長老がいるんだろうという感じだ。
 この「紀元杉」は、高さ19.5m、周囲8.1m、樹齢3000年だそうだ。
 立派すぎる「長老の木」である。

紀元杉 「最初で最後の集合写真です」とガイドさんに言われ、全員で写真を撮ってもらった後、紀元杉の周り作られた木道に降りた。
 木道というか階段が整えられ、ちょうど記念写真を撮りやすい感じで少し広いデッキのようなところまで用意されている。
 そこから見上げると、何だか色々な木や蔦が紀元杉に絡みついているように見える。
 ツアーメンバー14人はなかなか快適な人数で、代わる代わる記念写真を撮ってもらうのも余裕だ。
 ちゃんと覚えていないところが情けないけれど、紀元杉は木肌に触ることができた、ような気がする。

紀元命水 紀元杉からほんの少しだけ上がったところに、紀元命水という湧き水がある。
 ガイドさんが言うには「一口飲むと寿命が30年延びる」そうだ。
 もちろん、飲んでみる。
 標高1230mあって少し涼しいので、「冷たくて美味しい」という感じではない。どちらかというと、土っぽい香りが少し入っているように感じられた。
 何というか、地面をくぐってきた水という感じだ。

 我々が紀元杉と紀元命水を味わっている間に、バスは少し先まで行ってUターンしてきてくれた。
 私の運転技術では、屋久島をレンタカーで旅行するのは無理だよなぁと改めて思う。ここまでの道も結構細くて、寄せたり下がったりしてすれ違ったところも結構あった記憶だ。
 バスに乗って15分ほど戻ったところが、ヤクスギランドである。
 添乗員さんが「森林環境整備推進協力金」を支払って手続きをしてくれ、13時、ガイドさんの先導で50分コースを歩き始めた。

くぐり栂くぐり栂 ヤクスギランドでは、50分コースまでは木の階段や遊歩道が整備されていて、普通の靴でも充分歩くことができる。
 バスガイドさんもスニーカーだったような記憶だ。
 歩き始めてすぐ、「くぐり栂」をくぐる。これが「栂の木ってこんなに太くてデカいものだったっけ?」というくらい迫力がある。
 多分、この二股に分かれた木の間を抜けるようにわざわざ遊歩道を作ったのだと思う。

倒木更新 ヤクスギランドでは、倒木更新の「始まり」も見ることができた。
 屋久島は花崗岩の島で土壌が薄いため、土から栄養分を摂ることが難しいらしい。
 しかも、木が倒れれば覆い茂っていた葉もなくなるから、倒木には日光が射すことになる。陽の光と倒れた木の養分とを得て、倒木に杉の木の赤ちゃんが生まれるそうだ。

ヤクスギランドヤクスギランド バスガイドさんがサクサクと進み、添乗員さんが殿を務めている。
 私と、もうお一人、熱心に写真を撮っている女性がいらして、二人で最後尾を争うような感じになる。ちょっと心強い。
 上を見ても横を見ても緑が濃い。
 そして、何だか不思議な様子をしている。

林泉橋の下流林泉橋 歩き始めて10分くらいで林泉橋まで来た。
 何というか、普通の橋である。
 橋から上流を見れば岩がごろごろとしており、下流を覗き込むと川底の砂が見えている。
 かなり水量が少ない。雨があまり降っていないのだろうか。しかし、それにしても綺麗な水である。

切り株更新 林泉橋からすぐのところに、とても判りやすい「切り株更新」をした(しつつある?)木を見ることができる。
 仕組みとしては倒木更新と同じで、伐採された後の陽の光が当たる切り株の栄養を得て、木々が育つ。
 ただ、切り株ができるのは人の手で伐採したからで、そのため「倒木更新」と「切り株更新」は分けて考えられているらしい。
 元々の樹脂分が多い上、風雨や日光を苔が遮るため、倒木も切り株も分解されるまでに時間がかかる。だから、充分に育ちきった後、根元の倒木や切り株があった場所に空洞ができる。
 何とも気の長い世代交代である。

 ガイドさんと離れて歩いていたせいか、どうも私は千年杉を見落としたか、千年杉だと認識せずに見ていたか、していたらしい。
 苔に気を取られて主に下を向いて歩いていたせいかも知れない。
 それもまた良しということで、荒川橋(吊り橋)までの景色はこんな感じである。
 一際明るい茶色で目立っているのは、ヒメシャラの木だ。

ヤクスギランドヤクスギランド

ヤクスギランドヤクスギランド

 足もとや、遊歩道のすぐ脇を見れば、名前も知らない、シダなのか苔なのかすら私には判らない小さな世界が展開されている。
 ガイドさんは「この先端に光っている水滴を私はダイヤモンドだと思っています」と語っていた。

小さな世界小さな世界

小さな世界小さな世界

荒川橋 恐らくは色々と見逃したり、でもたくさん深呼吸をしつつ、できるだけきょろきょろと周りを見回しながら歩き、30分くらいで荒川橋という吊り橋に到着した。

 -> 屋久島旅行記1日目その2

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2017.11.03

「ピラミッドに未知の巨大空間 名古屋大などの素粒子観測で判明、新たな遺物発見に期待」の記事を読む

 「ピラミッドに未知の巨大空間 名古屋大などの素粒子観測で判明、新たな遺物発見に期待」という記事を読んだ。

 2017年11月2日、日本とエジプトなどの国際研究チームが、英科学誌ネイチャー電子版に、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッド内部に長さ30m以上に及ぶ未知の巨大空間が存在することを素粒子を使った調査で突き止めたことを発表したそうだ。
 未盗掘とみられ、当時の遺物が残されている可能性もあるという。

 発見された空間は観光客が見学できる中心部の大回廊の真上にあり、人が歩くのに十分な広さを持っており、回廊ではなく複数の部屋が並んでいる可能性もあるそうだ。

 研究チームの森島邦博名古屋大特任助教は「誰も見つけていなかった空間なので、驚きと喜びがある。今後は内部を詳しく調べたい」と話しているという。

 チームはピラミッド中心部にある「女王の間」に観測装置を設置し、上空から降り注ぐ「ミュー粒子」と呼ばれる、岩などの物質中を通り抜ける性質が或る素粒子を観測し、通過した粒子数の変化などからレントゲン撮影のように内部の様子をとらえたそうだ。

 明日(11月4日)の21時から放映されるNHKスペシャルでも特集されるようで、ぜひ見たいと思っている。

 私が読んだ記事はこちら。

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2017.10.29

「伊勢神宮式年遷宮へ 上松で御用材伐採」の記事を読む

 「伊勢神宮式年遷宮へ 上松で御用材伐採」という記事を読んだ。

 2017年10月28日、伊勢神宮の「式年遷宮」の御用材伐採斧入式が、木曽郡上松町の小川入国有林であったそうだ。2033年の次回の式年遷宮に向けた伐採はこれが初めてだという。

 伊勢神宮の宮司や町、森林管理局の関係者、観衆など約150人が見守る中、足場を組んで設けた舞台で、烏帽子や素襖と呼ばれる青い装束を身に着けた杣人が、斧を3回振る儀式を行い、続けて、白いヘルメット、作業着姿の杣人6人が交代しながら高さ28m、胸高直径58cmのヒノキに3方向から斧を入れたそうだ。
 支点を3カ所残して幹に空洞を作り、最後に支点を切断して倒す「三ツ紐伐り」と呼ばれる伝統的な方法だという。
 約40分でヒノキが倒れ、観衆は御利益があるとされる木片を求めたそうだ。
 ちょっと羨ましい。

 伊勢神宮によると、木曽ヒノキの御用材の調達は室町時代以降から続いており、斧入式は1961年に行ったのが最初という。

 ついこの間、式年遷宮が終わったばかりのように感じるのに、もう次へ向けた準備が始まっていることに驚いた。

 私が読んだ記事はこちら。

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