「東海道四谷怪談」を見る
新橋演舞場五月大歌舞伎「東海道四谷怪談」
演出 串田和美
出演 中村吉右衛門/中村福助/市川染五郎/中村錦之助
中村芝雀/中村歌六/市川団四郎/外
観劇日 2008年5月3日(土曜日)午後4時30分開演
劇場 新橋演舞場 5列18番
料金 14700円
上演時間 4時間20分(30分、20分の休憩あり)
友人(といってはおこがましいかも)のお姉さんにチケットを取っていただいて、見に行ってきた。
コクーン歌舞伎で「東海道四谷怪談」を見たことはあるけれど、それでも、いわゆる「通し狂言」を見るのは初めてと言っていいと思う。
イヤホンガイドの助けも借りつつ、席も前方ド真ん中でとても楽しめた。
東海道四谷怪談にネタバレもあったものではないような気もするけれど、感想は以下に。
私の中の「東海道四谷怪談」は、京極夏彦の「嗤う伊右衛門」に尽きるところがあり、そうすると民谷伊右衛門は生真面目ないい人ということになるし、お岩は度を越して生真面目すぎるということになる。
コクーン歌舞伎の「東海道四谷怪談」はどう思い出そうと努力してみても、何故だか戸板返しの場面以外は絵が浮かんでこない。
そういうわけで、ほとんどストーリーを知らないまま見たようなものである。
一体どんな場面から始まるのかしらと思ったら、その後ほとんど出てこない直助とお袖の場面からだったのが驚いた。
今回も「通し狂言」と言いつつ、三角屋敷の場面はカットされていたのだけれど、本当に通したときには直助とお袖の物語というのは、伊右衛門とお岩の物語と同じくらいのウエイトがあるのかも知れないと思う。
それにしても、江戸時代は一体どうやって上演されていたのだろう。とても鶴屋南北が書いた全幕を一気に上演していたとは思えない。
イヤホンガイドの強調するところでは、この東海道四谷怪談は、仮名手本忠臣蔵と表裏をなす物語なのだそうだ。
伊右衛門の家紋に表されているように、この戯曲は「陰陽」「表裏」ということに非常にこだわって書かれているという。
伊右衛門やお岩の父やお袖の許婚の佐藤与茂七などは、お取りつぶし後の塩谷判官の旧臣、民谷家の隣家の伊藤は仇の高師直の家老という設定だという。
江戸時代の初演では、東海道四谷怪談の大詰の仇討ちの場面で佐藤与茂七らが伊右衛門を討ち取った後で続けて仮名手本忠臣蔵の「師直屋敷討ち入りの場」を上演していたという。だから、仇討ちの場面は幽霊となったお岩が大活躍するにもかかわらず雪景色での上演だったというから驚いた。
その後、「幽霊はやっぱり夏でしょう」ということでずっと仇討ちの場面は夏として上演されてきているけれど、今回は初演のとおり雪景色で上演しますということだった。
歌舞伎のこういう意外なアバウトさは好きかも知れない。
アバウトといえば、5月2日が初日だったせいもあるかも知れないけれど、直助は特に前半の場面で台詞が入っていなかったようで、ときどき「ん?」と思うところがあった。
一緒に行ったお姉さんに後で教えてもらったところによると、後ろにプロンプトの人がいたという。
いいのか、そんなことで、とツッコみたい。
この「東海道四谷怪談」の白眉は、やはり二幕目の、孫娘のお梅の恋を成就させようと伊藤は顔が崩れる薬をお岩に飲ませるよう仕向け、その薬を飲んだお岩が苦しんだ末に顔が崩れ、伊右衛門はお梅との結婚を決めてお岩に不義密通の罪を着せようとする。
その片棒を担がされようとした按摩の宅悦がついに全てをお岩に告白し、それを聞いたお岩は伊藤家に乗り込もうとする。
その凄まじい怨念を見せながら外出の支度をする場面が、もう作り物だと判っているのに怖くて仕方がなかった。
お岩が鏡を見て自らの顔に驚くシーン、お歯黒を塗るシーン、髪を梳くたびに髪が抜け身だしなみを整えようとした結果として額まで髪が抜けてより恐ろしい容貌になるシーン、お岩の外出を止めようとする宅悦ともみ合いになって柱に刺してあった刀で喉をかききる形で死んでしまうシーン。
舞台が暗いせいとか、お岩のメイクのせいということだけでなく、何だかもうとにかく身震いしたくなるほど怖かった。
幽霊となったお岩が伊右衛門を苦しめるシーンはそれほど怖くなかったから、やっぱり恐ろしいのは生きている人間の怨念ということなのだわと思ったくらいだった。
一緒に見に行ったお姉さんによると「勘三郎さんのお岩を見てしまうと、あのアクの強いお岩に敵うものはない。福助さんはもう少しためが欲しい」ということなのだけれど、私はこれ以上怖い四谷怪談はできれば見たくない。
淡々とした怖さという、別の種類の怖さがあるんじゃないかという風にも思った。
大詰めに入ると、戸板返し(ひっくり返って小平になったときには、観光地によくあるような顔だけ出す写真撮影用の板みたいに見えてちょっと笑ってしまった。これはコクーン歌舞伎のときの方がよくできていたと思う)、提灯抜け(解説では「昔の箸箱のような仕組み」と言っていたのだけれど、その意味するところがよく判らなかった)、仏壇返しなどなどの仕掛けがよく見え、これが江戸時代の暗い舞台で見せられたら相当に驚いただろうなと思ったことだった。
「だんまり」という、舞台はかなり明るくなるのだけれど、その動きと視線で「暗闇で手探りしている」ことを表しているシーンがある。これなど、イヤホンガイドがなかったら、何が起こっているのかさっぱり判らなかったと思う。
イヤホンガイド様々である。
「首が飛んでも動いてみせらぁ」という伊右衛門の台詞は、やけに唐突にも思えたけれど、確か新感線の「阿修羅城の瞳」で染五郎演じる出雲が同じ台詞を言うシーンがあり、そのオリジナルが見られて聞けて嬉しかった。
そういえば、劇場に新感線のいのうえひでのり氏が来ていた。キャップをずっと深く被っていて、逆に目立っていたと思う。
吉右衛門の伊右衛門は、悪役といいつつもやはりどこかにおかしみがある感じがする。
福助のお岩は、やはり淡々とした怖さというところに尽きると思う。
「東海道四谷怪談」がこんなに怖いとは思わなかった。ぞっとしてしまった。
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