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2010.09.11

「ビリーバー」を見る

「ビリーバー」
作 リー・カルチェイム
演出・上演台本 鈴木勝秀
出演 勝村政信/風間俊介/草刈民代/川平慈英
観劇日 2010年9月11日(土曜日)午後1時開演
劇場 世田谷パブリックシアター 1階K列2番
上演時間 1時間45分
料金 7800円

 ロビーでは、パンフレット(1000円)等が販売され、また、クリスマスグッズがディスプレイされていた。
 真夏にクリスマスの話は、パルコ劇場の「スリーベルズ」に続いて今年2本目である。流行りなんだろうか。

 明日(2010年9月12日)が千秋楽ということで、そのチケットも「若干ですがあります」と案内されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 「ビリーバー」の公式Webサイトはこちら。

 開演前の薄暗い舞台上には、ごつごつした灰色の立方体のブロックを重ねて作った大きな立方体が置かれている。幕はない。
 場内に流されていた音楽は、開演直前、Stand by Meに変えられていた。見終わった今から考えると象徴的である。

 舞台が明るくなり、ど真ん中に置かれた立方体の真ん中辺りのブロックがぎしぎしと音を立てて内側から押し出され、そこから川平慈英の顔がのぞいた。
 それだけで可笑しみが醸し出されるのだから、川平慈英のパワーというのはもの凄いと思う。
 スーツに赤いネクタイ姿で登場した彼は、「アメリカ大統領である」と名乗り(その名乗り方がフザけていたもので、私はてっきり、コメディの中で演じられているアメリカ大統領だと思ってしまった)、地球に向かって大きな小惑星が突っ込んでこようとしていることを発表した。
 そこで、落ち着いて日常を送ることが必要であると続けるところが、いかにもアメリカ大統領らしい嘘くささである。

 そして、場面は一転、勝村政信演じる父のハワードと、風間俊介演じる9歳の息子スティーブンとのシーンに移る。
 ちなみに、最初にばらまかれた立方体は、その後、一部は舞台セットとして残り、一部は机や椅子に組み替えられてセットとして利用される。
 今日はクリスマスイブで、ハワードは息子にクリスマスの童話を読んでいる。最近の子供が何歳くらいまでサンタクロースを信じているのか疑問だけれど、とにかくこの家では、ハワードはかなり本気でサンタクロースを信じていて、かつ、サンタクロースの物語に感動しているけれど、息子のスティーブンの方は、そろそろサンタクロースは卒業だと思っている風情である。
 パルコ劇場で見た「スリーベルズ」の父子とは違って、こちらは、息子はそれほどこまっしゃくれてないし、父親も天文学者という真っ当な職業に就いている。
 でも、その分、こちらの親子の方が問題の根は深そうに見える。

 そして、これがきっかけなのか必然なのか、ハワードは本当に見たのか彼の思い込みなのか息子にサンタの存在を信じさせようとして嘘を吐いたのか、とにかく「8頭のトナカイに引かれたそりに乗ったサンタ」を夜空に見たと叫ぶのだ。

 草刈民代演じる母は、割と普通そうな感じである。普通にしては姿勢とスタイルが良すぎるけれど、そこは「バレエを5年ほどやっている」という設定にされていた。
 母親(そういえば、彼女が名前を呼ばれていたかどうか、記憶にない)は、ハワードを諭してスティーブンはもうすぐ10歳になるのだと言うけれど、ハワードの方は「大人になるのが早すぎる」と納得しない。
 結局のところ、この父親の「息子にはいつまでも子供のままでいてもらいたい」という願望がこの物語のキーであり、問題であるように思う。

 街を歩いていたハワードは、川平慈英演じる(彼は、次々と役どころを変えて何役も演じる)占いのおばあさんに強制的かつ力ずくで捕まる。この、占い師がハワードを捕まえようとするやりとりも、素なんだか素を演じているのだか、本気でつかんだりなめたり殴ったり嫌がったりしているようでおかしい。
 その捕まるまでのやりとりはともかくとして、ハワードはこの占い師に大きくて重い災厄が近づいてきている、と予言される。
 ハワードは「小惑星が地球に近づいてきていることは誰でも知っている!」とご立腹だ。
 適当そうなおばあさんだし、繁盛していれば強引な客引きもしないだろうから、はっきり言って、強引な勧誘からして胡散臭い。理系の、しかも学者を生業としているハワードとしてもここで信じるわけにはいかない。

 サンタクロースは、世界中の子供たちに「いい子にしていたら、クリスマスにプレゼントを持ってくる」と約束する。サンタクロースに来てもらうために1年間いい子にしている子供は世界中に大勢いるだろう。サンタクロースはいいことしかしない。
 自分以外の神を信じるな、とか(出エジプト記を呼んでいてよかったと思った。)、自分のためにニューヨークのビルに突っ込めと命じるような(この括り方は、現在の世界貿易センタービル跡地近くにモスクを建設することへのすさまじい反対があることを考えるとどうかと思う。)神様よりも、こちらの方がずっといい。
 神様を信じるのとサンタクロースを信じることとは、それほど遠いことではない。 
 そう真顔でまじめに主張するハワードだけれど、どうも分が悪い。

 私はもっともだと思ったし「なるほど、サンタクロースは人畜無害だ」と思ったけれど、そういう訳には行かないらしい。
 スティーブンの教室で出張事業なのか、ボランティアなのか、太陽系の始まりについて講義したハワードは、その内容も話し方もバッチリだ。
 ところが、ビッグバンを起こした最初の小さなものは何か、どこから来たのかという話をし、神ではないかという人もいる、そこで神だと考えると、世界中の神は、異なるものではなくてバージョンが違うだけだと判ると語った後で(この理屈は今ひとつよく判らなかった)、「自分が信じるのはサンタクロースだ」と言ったのがまずかったらしい。
 先生には「公立の学校で神について語ってはいけない」と怒られ、スティーブンには「こんな変わったお父さんを持って恥ずかしい」と泣いて抗議されてしまう。
 この辺りになると、そういえば最初は「9歳だ」と言われて違和感のあったスティーブンが、ちゃんと9歳に見えてきたのが不思議である。

 ハワードは良かれと思ってやっているし、嘘をついているわけでも、悪事を働いているわけでもないのだけれど、スティーブンとの関係はもとより、妻との関係も悪化する一方だ。
 サンタクロースを信じていることくらいで、そんなに嫌わなくてもとか、常識なしだと責められて可哀想だとも思うのだけれど、確かに、「天文学者」というあまり周りにいない、マッドサイエンティストがいてもおかしくないような職業の父親に、まじめにサンタクロースを信じると公言されては、息子として立場がないような気もする。

 ここまではまだ、スティーブンも「友達にそう言われるのが恥ずかしい」というレベルだったと思うのだけれど、ついには、母親まで騙した上で北極にサンタクロースを捜すために連れて行かれて堪忍袋の緒が切れてしまう。
 「パパは変わっている!」と叫ぶ。
 やけに無邪気に喜々としてサンタクロースを厳寒の北極で探すハワードを見ていると、さすがにスティーブンの味方をしたくなってくる。

 そこへ、川平慈英演じるサンタクロースが現れる!

 そっちか、そっちへ行くのか。
 舞台奥から何となく幻想的に現れたサンタクロースを見て、そう思う。

 ところが、この川平サンタはなかなか一筋縄では行かない。
 ハワード父子に対して「ツアー客か?」と尋ねる。自分はロッジを経営していて、その客を迎えに来たのだと言う。
 完全に「サンタと出会えた!」と感動していたハワードに対して、もうスティーブンの怒りは爆発だ。このサンタは偽物だ、ビジネスなんだ、もう帰ろう、と泣き叫ぶ。
 最初は「この人と一緒に行けば、サンタが本当にいるのかどうか判る」とスティーブンのことなどそっちのけで目をキラキラさせて言っていたハワードも、ついには「よし帰ろう」と言う。
 ハワードに名前を尋ねたサンタに対して、スティーブンは「サンタが僕たちの名前も知らないなんておかしい」とさらに叫ぶ。そこへ、サンタは去りながら、「チェロは気に入ってくれたかい、スティーブン」と話しかけ、去ってゆく。
 今年のスティーブンへのクリスマスプレゼントは、チェロだったのだ。

 こうなってくると、スティーブンは大混乱だ。
 というか、見ている私の方だって大混乱である。北極でサンタの格好をしてモーテルを経営している人間がいるとは思えないので、川平サンタは本物のサンタを演じていたのだと考えるのが、多分、自然である。
 って、もう、考えていることが相当に変になっていることが判らなくなっているのが恐ろしい。
 そこは、常識人である妻は、そもそも自分を騙して息子を北極くんだりまで、しかもサンタクロースを捜すために連れて行き、息子の混乱を深めた夫のことなど許せる筈もない。
 「もう帰って来ないでくれ」と言い放つ。

 さて、スティーブンのチェロの発表会の日がやってきた。
 ハワードはおずおずと楽屋を訪ねる。すると、何故かスティーブンはハイタッチでハワードを迎え、夕食の誘いにも応じる。
 一足先にレストラン(ピザハウスのようだ)に出向いたハワードと妻もいい感じである。
 何故だ。
 時間は全てを解決するということか?

 しかし、そう甘くはこの芝居はできておらず、地球激突コースを辿っていた小惑星がその軌道を変え、地球滅亡は免れたという大騒ぎを聞いたハワードは、天文学者の血が騒ぎ、その事実を自分の目で見ようとレストランを飛び出す。

 そして。次のシーンでは、ハワードの妻と息子が喪服で現れる。
 その様子を、サンタとハワードが見守っている。
 やはり、北極にいたサンタは、少なくとも人間ではなかったらしい。死者のハワードと普通に話している。

 そして、ハワードは息子と妻に、生前は言えなかった感謝と愛とを伝えて、幕である。

 多分、ハッピーエンドではないと思う。
 偶然だけれど、私がこのお芝居を観たのが2010年9月11日で、この芝居の中でハワードが確か、「Nine Ellevenに出動した消防士が、自分は神の存在を信じている。でも、あれ以来、神を信用できなくなったんだ、と言っている」とスティーブンに語るシーンがある。

 サンタクロースがいるか、ということを話しているとき、ハワードは突然、あらゆるものは人間が認識するからこそ存在する。だから、自分たちが息子にクリスマスプレゼントを買うのは、サンタクロースを存在させるためなんだ(「だから」の辺りはもっとたくさんのステップを踏んでいたけれど、忘れてしまった)」という趣旨のことを言う。

 多分、このお芝居は、そういうお芝居だったと思う

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