2008.06.10

「オールドノリタケと懐かしの洋食器」展に行く

 先週の土曜日(2008年6月7日)、2008年4月17日から6月15日まで、東京都庭園美術館で開催されている「世界に誇る和製テーブルウェア オールドノリタケと懐かしの洋食器」展に行って来た。

 会期もあと残すところ1週間という2008年6月7日だったためか、梅雨の晴れ間の週末だったためか、適度に混雑していて却ってゆっくり見ることができた。

 「オールドノリタケ」という言葉は割とよく聞く言葉だと思うのだけれど、こういう呼び方をされるようになったのは割と最近(ここ十数年だったか数十年だったか、この違いは大きいのだけれどどちらだったか覚えていない)のことなのだそうだ。
 しかも、「オールドノリタケ」と呼ばれる食器群の定義も実は曖昧らしい。

 この辺りは、図説で拾い読みしただけなので(重さに負けて購入しなかった)かなりうろ覚えの怪しい記憶なので、雰囲気だけで書いてしまうけれど。
 ノリタケというのはそもそも地名からとったブランド名で、だとすると、日本陶器という会社が食器の製作から装飾までを一手に行うようになり、今の名古屋市中村区則武に工場が作られた後の時代のものが「オールドノリタケ」と称されるべきなのだろう。
 しかし、今、コレクターなどに珍重されている華やかな装飾の食器群は、日本陶器が食器製作のみを行い、装飾を森村組という別会社が行っていた時代のものがほとんどらしい。
 なかなか複雑な世界のようである。

 そういった学問的な背景はともかくとして、金を多用し、金の代わりにラスターという真珠貝の内側のような光沢を出した食器群を見ていると、かなり心豊かになれる。
 緊張してしまってとてもじゃないけれど、ここに出品されていたティーセットでお茶を飲んだり、花瓶に花を生けたりはできなさそうだけれど、眺めるだけで眼福というものである。

 「黄色と黒」というカラーを使った絵柄が意外と目に付く。
 やはり阪神タイガースを例に出すまでもなく、インパクトのある組み合わせであることは間違いないだろう。
 いわゆる「蒔絵」のような絢爛豪華なものから、意外なくらいシンプルなものまで、昭和初期にはティーセットとお茶のセットに同じ絵柄が使われるものがあったり、とにかく楽しい。

 「セロリ・ディッシュ」なるものがいくつか展示されていたのも可笑しい。展示されていたということは、そういうものが作られて売られて使われていたということなのだろう。細長い形のお皿と、しょうゆ皿のような小皿5枚(6枚だったかも)のセットである。
 実は、最初に見たセロリ・ディッシュには本当にセロリの絵が描かれていたので、セロリの絵が描かれているからセロリ・ディッシュという名前が付けられたのだろうと考えていた。
 それが、全くデザインも絵柄も違う、細長い形のお皿としょうゆ皿のような小皿のセットにも「セロリ・ディッシュ」と書かれていて、セロリと(推定)マヨネーズを供するためのお皿なのだと納得したりした。

 カップの底などに書かれているマークの変遷の一覧が廊下に張り出してあったりして、その後で気がついたのだけれど、作品の名前や製造者、所有者などが書かれたカードにもそのマークが印刷されている。
 何だか気になって、もう1回順路を戻って、そのカードや、たまにひっくり返して置かれていて見えるようになっている、カップの底のマークを見直してしまった。

 たくさんの食器の中で気に入ったベスト3がある。
 一番は、やはり、大倉陶園の「白地ティーセット」である。白地に臙脂で太めにラインが入っているだけのデザインなのだけれど、姿とのバランスといい、白地の白さといい、シンプルでかつ「いいもの」という雰囲気が伝わってくる。もし全出展作品の中でひとつくれるというのなら、絶対にこのセットを希望すると思う。

 あとの2つは私の中でどちらを2番目にするかはかなり微妙である。
 ひとつは、深川製磁という会社の花鳥文のティーセットである。「オールドノリタケ」と呼ばれるものよりももう少しだけ古い時代のものらしい。ブルーを基調にして、ティーポットもティーカップも全面を埋めるように絵柄が描き込まれている。その濃淡のついたハンドメイド感もいい。
 もう一つは日本陶器のレース文のティーセットである。濃紺の地にエンボスのようにレースの文様が浮き上がり、そこに花などが飾られ、模様の方は金で描かれている。繊細さの極みといったところだ。このティーセットは、「オールドノリタケと懐かしの洋食器」展のチラシにも写真が載っている。実物の方がずっと繊細で美しい。

 私が気に入った品々が絵はがきになっていなかったのがとても残念である。

 結局、館内だけで1時間半を費やしてしまった。
 もしかしたら、万が一に、一生に1セットくらいは手が届くかもと思える分、真剣に見てしまったし、楽しかった。
  
 東京都庭園美術館の公式Webサイト内、「世界に誇る和製テーブルウェア オールドノリタケと懐かしの洋食器」のページはこちら。

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2008.05.23

池田20世紀美術館に行く

 2008年5月16日から19日まで、伊豆高原に断食旅行に行って来た。
 断食をしているときは動いた方がいいそうで、散歩が奨励されている。
 5月18日、泊まっていた宿からバスで15分ほどのところにある、池田20世紀美術館に行って来た。

 いただいたリーフレットによると。池田20世紀美術館は、

*****

 ニチレキ株式会社の創立者 池田英一氏(1911〜82)が、長年に亘って蒐集した美術品と土地・建物等を寄付し、1975年5月に日本初の現代美術専門の美術館として伊豆・伊東の一碧湖けやき通りに開館しました。
 ー中略ー
 当館のコレクションは、20世紀に製作された絵画・彫刻で<人間>をテーマとするものを中心に約1,300点収蔵しています。
 館内には、ルノワールをはじめピカソ・ミロ・ダリ・シャガール・マティス・ウォーホル等、外国の巨匠たちの大作、秀作を常設展示しております。また、3ヶ月に1回特別企画展を行います。

*****

 という趣旨の美術館なのだそうである。

 私のお目当ては、ピカソ・ミロ・シャガールといった画家の絵である。
 シャガールの絵は元々好きで(一番好きな画家はと聞かれたら、シャガールと答えると思う)、ブルーを基調とした「バイオリン弾き」という絵にはやっぱり惹かれる。
 解説によると、バイオリンはユダヤ人であったシャガールにとって、日々の暮らしの喜びと悲しみを共にしてきた楽器であり、故郷を思うときには、恋人や花束や牛やロバや鶏といったシャガールの絵の「常連」ともいえるべきモチーフとともにその主役と脇役を務めているということなのだそうだ。
 そう丁寧に解説してもらえると、ますます興味が湧く。

 その他に印象に残った絵といえば、ピカソの「近衛兵と鳩」と題された、高さが2m近くあるという大きな絵である。
 これまた解説によると、この絵はピカソが88歳のときに制作されたのだそうだ。でも全体の「雑」といってもいいんじゃないかと思えるくらいの勢いに溢れた様子は、とても「老人」が描いた絵とは思えない。
 ピカソは、生涯登り続け作品を制作し続けた画家であるという趣旨の文章をどこかで読んだ記憶があるのだけれど、その一節をまたも思い出すことになった。

 マティスという画家は、私にとっては「名前は知っているけれど」という感じの画家である。
 けれど、「ミモザ」と題された、タペストリーの下絵として制作された切り絵は、明るく大胆な形と色彩を持った絵で、何だか元気をもらえるような気持ちになった。
 しばらくじーっと見てしまった。

 企画展の「勝井三雄 光の様態」は、正直に言ってあまりよく判らなかった。
 企画展そのものよりも、その一角でガウディのコーナーが作られていたのが何だか嬉しかった。
 企画展とのつながりは今ひとつよく判らなかったのだけれど、ガウディが作った建物の写真、そこで使われたモチーフのレプリカ、ステンドグラスのレプリカなどが展示されている。

 以前には、ピカソとダリとミロの3人のスペインの画家を特集し、美術館全体をこの3人の作品で飾るという特別展が開催されたことがあるそうだ。
 ぜひそのときに来たかった、また開催されることはないだろうかと思ってしまった。

 池田20世紀美術館の公式Webサイトはこちら。

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2008.03.08

「建築の記憶−写真と建築の近現代-」に行く

 2008年1月26日から3月31日まで、東京都庭園美術館で開催されている「建築の記憶−写真と建築の近現代-」に行って来た。

 平日の、夕方からは雨という天気予報、前日の木曜日に行けば学芸員の方のフロア・レクチャーがあり、翌日の土曜日に行けば記念講演会があるという狭間の日に行ったためか、館内は思いの外空いていて、のんびり見ることができた。

 入ってすぐの説明で「建てられた地から動かすことのできない建築は、実際にそこを訪れない限り見ることはできません。また様々な理由により形を変えられてしまったり、時代の変化とともに失われてしまうこともあります。したがってわたしたちの建築体験の多くは写真によるものなのです。」と書かれているのを見て、思わず「なるほど!」と言ってしまった。
 同時に、特別に建築にも写真にも興味を持っていない私などは、多くの建築を見ることはないままになってしまうのだろうなという風にも思った。

 今回、展示されていた写真は、ちょっとずつ「馴染み」がある写真が多くて、私にとってはとても親しみやすい感じがした。

 明治期(だったと思う)に撮影された熊本城の写真を見て、「ボロボロな感じがするけど、これが焼失する前の、本物の熊本城の姿なんだな」とか、「周辺の風景が変わってしまったから、これと同じ熊本城の姿を肉眼で見ることは絶対にできないのだな」とか思ったりする。
 明治期の写真の多くはどちらかというとセピアカラーだったのだけれど、何故か熊本城の写真は白黒写真だったのも何だか、「黒いお城」の熊本城に相応しい感じがして面白い。

 江戸城の写真を見て「随分と平らなお城だったんだな」と思ったり、木造の国会議事堂の写真を見て「3代とも左右対称のデザインだったのだな」と思ったり、確かに「写真で建築を見る」ということをしている。

 中でも興味深かったのは、伊東忠太が建築の勉強のために中国を訪れて紫禁城を撮った(写真を撮ったのは同行したカメラマンのようだけれども)写真である。
 僭越なことながら、そしてかつ図々しいことながら、撮られた建築の写真の数々を見て、「うんうん、旅行のときってこういう写真を撮りたくなるんだよね」と妙に共感してしまう。

 伊東忠太という建築家は、こうした際には必ずフィールドノートを携帯していたそうで、そのフィールドノートも展示されている。スケッチも美しく、彩色もきちんとされていて、文字部分は鉛筆で下書きをしてからペンで書かれている。几帳面な人だったのだなと思う。
 写真は白黒写真だったから、彩色した意匠のスケッチはきっととても貴重で、それもスケールから色見本までついた本が出されているくらいだからすごい。もの凄く時間をかけて観察してスケッチしたのだろうなということと、絵心溢れる人だったのだなということを思う。

 篠田真由美の「胡蝶の鏡」という小説で、伊東忠太がモチーフに使われているのだけれど、そこにも確か伊東忠太は絵を描く人だったと描写されていたと思う。
 「建築の写真」という、いわば地味な美術展に私が多少なりとも興味を持て、僅かなりとも「ジョサイア・コンドル」や「辰野金吾」「片山東熊」という名前に親しみを感じたのは、篠田真由美の「建築探偵」シリーズのおかげである。

 もうひとつ嬉しかったのは、昭和28年から3回に渡って伊勢神宮の式年遷宮の写真を撮り続けたという渡辺義雄の写真が展示されていたことだ。
 明治期にも撮影されたようなのだけれど、横山松三郎は垣の内側に入ることを許されず、それは遠くから撮られた写真である。
 渡辺義雄は、新しいお宮ができて、でもまだ神様がお移りになる前に、内部に入って撮影することを許されたのだそうだ。それでも身を清めて白い着物を着て撮影に臨んだという。

 先月に伊勢神宮に行ったときには四重の垣の内側にあり、とてもその様子は窺えなかった正殿の写真を見られたことはとても嬉しかった。
 そうか、こういう様子をしているのかと、じーっと見てしまう。
 同じアングルの2枚の正殿の写真が並べて展示されていて、1回毎に左右に移るのにどうして背後の木までほぼ同じなのだろうと首を傾げたのだけれど、間の1回が抜けて、昭和28年と平成5年の写真なのだと気づいて納得した。
 昭和28年の写真は白黒写真、平成5年の写真はカラー写真なのも楽しい。
 渡辺義雄は亡くなっているのだけれど、次回の式年遷宮の写真もどなたかが引き継いで撮ってもらえるといいのにと思う。

 「KUMANO」の写真集を撮った鈴木理策(写真美術館で開催されていた、彼が熊野と桜を撮った写真展に行きそびれてしまったのが本当に残念)が撮った、青山県立美術館の写真も、どういう建物なのかは私には全く判らないのだけれど、でも楽しかった。同じアングルで、手前と遠くとピントを合わせる場所を変えて撮って並べて展示されている写真を見て、ここでも図々しく「うんうん、こういうことってやってみたくなるんだよね」と思ったりする。

 空いていたし結構ゆっくり見たつもりだったのだけれど、それでも1時間半くらいで見てしまった。
 私ってもしかして建築にも写真にもそれほど興味がないのかもと思って、ちょっと悲しかったけど、でもやっぱり楽しかった。
  
 東京都庭園美術館の公式Webサイト内、「建築の記憶−写真と建築の近現代-」のページはこちら。

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2007.12.28

「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」に行く

 2007年12月4日から2008年1月27日まで江戸東京博物館開館15周年記念特別展として開催されている「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」に久しぶりに会った友人と2人で行って来た。

 展示作品も多く、楽しく、午後2時30分に入館して閉館時刻の午後5時30分までたっぷり堪能した。
 ただ、作品保護のために室温がかなり低く設定されており、これだけの時間歩き回っているとかなりシンシンと冷えてくる。暖かい格好で行くのがお勧めである。
 年末の平日の午後に行ったのに、絵の前に一列に人が並ぶくらいの盛況だった。どうしてだろうと考えたのだけれど、この「北斎」展は、前期(12月27日まで)と後期(1月2日以降)に分かれていて、前後期で出展作品に多少の異同があるらしい。私たちが行ったのは12月26日だから、「前期」にしか出展されない作品をギリギリで見に来た人が多かったのかも知れない。
 北斎という人が、そもそもが人気のある絵師だということもあるだろう。

 中学・高校の歴史で習ったオランダの医官シーボルト(友人によると彼は本当はドイツ人で、当時の日本が鎖国をしてオランダ人しか入国を許されていなかったため、オランダ人として来日していたのだそうだ。知らなかった。)が大量に持ち帰り、オランダ国立民族学博物館に所蔵されている、「端午の節句」や「大川端夕涼み」などの普通の日本の風物詩が描かれた絵がまず「北斎とシーボルト」のタイトルで並んでいる。
 彩色された肉筆画は鮮やかで、北斎は版画の人と思っていた私には意外だし、「絵」というよりも「イラスト」という印象が強い。もっとも、「絵」と「イラスト」の違いは私には判らない。
 フランス国立図書館に所蔵されている作品も多数出展されているのだけれど、これは絵よりも所蔵印に目が行ってしまった。
 美しい印だとか凝った印だとかいうことではなく、絵のド真ん中に押されていたりするのだ。次々に見ていくと、どうも画面に余白(実際はそれは余白ではなく、水面だったり道だったり空だったりするのだけれど、白に近い色で彩色されているところ)があるとそこに押しているようなのだ。それが証拠に、画面全体が濃い色彩の絵では、絵の周りの本物の余白に印が押されているし、雪景色を描いた絵では、白く塗られた雪の部分に印が押されることはない。
 この所蔵印を押した人にとって、空や道や水面を表した白に近い色彩の部分は「何でもない」ように見えたのだなと思うと、可笑しいような腹立たしいような妙な気分だった。
 そして、時々展示されている同じ絵をテーマに描いた素描(何故か全て大英博物館所蔵の作品だった)と見比べてみるのも楽しい。そして、素描ではない絵は概ね「北斎工房」の「北斎」など描いた人が特定されている(北斎ではない弟子である作品も結構含まれている)のだけれど、素描については「北斎派」と表示されているのも不思議である。

 第二部は、「多彩な北斎の芸術世界」というタイトルで、お馴染みの版画が並ぶ。
 「忠臣蔵」はちょうど討ち入りの場面が描かれているし、「新版浮絵忠臣蔵」は「聞いたことはあるかも」というシーンが描かれていて、いずれも本物の事件を題材としているのではなく、歌舞伎の忠臣蔵をモチーフにしているのだなと思ったり、風流おどけ百句というのは、意味が判らないところもあったけれど思わず「ぷっ」と吹き出しそうになる句に北斎が絵を付けている。
 安藤広重で有名な東海道五十三次は、実は北斎の方が先に描いているのだそうだ。でも版が小さく、紙も何となくガサガサとしていそうで、色遣いも少ないし、「初期は版元にそんなにお金をかけてもらえなかったのね」というのが正直な感想だった。安藤広重が「東海道の風景」を描いたのに対して、北斎が「東海道を歩く人の様子」を書いたという解説があり、同じ題材を選んでも同じものを見たり描いたりするとは限らないのだなと当たり前のことを思ったりした。
 富嶽三十六景になると、版も大きくなるし、藍の濃淡が中心になるのだけれど色遣いも却って鮮やかで、版元としても彫り師や刷り師に一流どころを連れてきてやったのだろうなという印象になる。
 富嶽三十六景の評判がよくて実際のところはあと十景を足して四十六景となっており、さらに次のシリーズとして諸国瀧廻りや諸国名橋奇欄が次々と発売されたというのは、何だか今と通じる商売根性だなという感じがする。私の勝手なイメージでは北斎は偏屈な爺さん(もちろん、若いときもあったのだろうけど)という感じなので、商売根性があったのは北斎というよりも版元なのだろうというのが私の予想である。

 掛け軸などは個人蔵のものが多く、30年振りに公開された(と書いてあったと思う)屏風など、持ち主の方は日常的に部屋に飾ってあるのかしら、貸金庫にずっと眠っていたのかしらと余計なことを考えてしまう。
 かなり昔に小布施に行って天井に北斎が描いた龍の絵を見たことがあるのだけれど、ここで見た中では「雲龍図」という墨一色で描かれた掛け軸がちょっと欲しかった。「竹林の虎図」の、どう見ても虎というよりも大型のネコでちょっとマヌケな顔の奴にしか見えない虎も楽しい。

 でも、多分、何よりも楽しかったのは「絵手本」で、これはまさしくイラスト集である。
 にらめっこをしている男の人の顔数種や、様々な職業の人の様々な働いている姿、一筆書きシリーズや、何故か「踊り方」を懇切丁寧に解説したページを持つ本まである。その「踊り方」では「ツン」などと文字が書き加えられ、手を伸ばした人の絵が横にあって、曲を知っていればこの本だけで私にも踊れそうに思うくらいに臨場感たっぷりだった。

 ミュージアム・ショップでは、この「絵手本」を復刻したもの(厚さ7〜8mmくらいの和綴じ本の全集である)が25万円で予約販売されていて、とてもとても手が出ないけれど、思わずじーっと見本を眺めてしまった。
 この全集に関する情報はサイトには見つからなかったけれど、音声ガイドの音声や出品リストなどはサイトからダウンロードできるようだ。中には図録を抱えて、絵と見比べながらじっくりとご覧になっている方もいて、少し驚いたのだった。

 たっぷり3時間、とても楽しかった。
 久しぶりに「誰かと美術展に行く」ということをして、その楽しさを思い出せたのも良かった。

 江戸東京博物館の「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」のページはこちら。

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2007.11.28

「生誕120年記念 色彩のファンタジー シャガール展-イジスの撮ったシャガール-」に行く

 2007年10月13日から12月11日まで、上野の森美術館で開催されている「生誕120年記念 色彩のファンタジー シャガール展-イジスの撮ったシャガール-」に行って来た。

 上野の森美術館のサイトに割引券があったので、当日券1000円が900円になって少しお得になった気分である。
 実は、サイトには「受付にて「シャガール~大柴!」とくっきりはっきりいった方は100円割り引きます。」とも書いてあったのだけれど、これは流石に抵抗がある。

 上野は今、東京都美術館のフィラデルフィア美術館展やムンク展など気になる美術展が目白押しで、だからなのか、そもそもシャガールは日本ではそれほど好かれる画家ではないのか、平日の午後に行ったからだということを考えてもかなり余裕があった。
 午後2時前に入館したときには「がらがらだわ」と思ったのだけれど、次第に混雑してきて、でも、多分、入館者の数の方が出展作品数(220点だそうだ)よりも少なかったと思う。混雑してきていると感じたのは、どうも、私の見るペースがトロすぎて、それで渋滞が発生していたためのようだった。申し訳ないことである。

 上野の森美術館は初めて行ったのだけれど、それほど大きくない、いい感じの場所だった。
 荷物をコインロッカーに預けるつもりだったのが、受付でチケットを買ったらそのまま展示室に入ってしまい、「失敗した」と思いながら見て回ったのだけれど、帰るときに実はチケットを販売していた受付で荷物を預かってもらえたらしいことに気がついた。次からは利用しよう。

 シャガールは、もしかすると一番好きな画家かも知れない。
 よーく考えるとかなりブラックでグロテスクな絵のようにも思うのだけれど、何だか好きなのである。ブラックでグロテスクだとは思うけれど、怖いという感じはしない。

 このシャガール展はアラビアン・ナイトから始まる。
 4つの物語が選ばれて3枚ずつ絵が描かれ、特別エディションとしてシエラザードの絵が1枚加わって計13枚である。
 お話の一部が解説のプレートにも作品リストにも書かれているのでとっつきやすい。
 これらの絵を見ていると、「色彩のファンタジー」というサブタイトルがよく判る。一枚一枚が「**色の絵」という感じなのだ。

 続いて、ポエムのコーナーになる。
 シャガール自身が書いた詩に絵をつけて本の形で出版したらしい。挿絵のように描かれた絵にはナンバーが振っていないのだけれど、一体何組作ったのだろう。木版とリトグラフはどちらが量産しやすいのだろうか。
 ベンチに置いてあったサンプルの図説(すでに売り切れていて予約販売が行われていた)にはその「詩」の全文が載せられていたようなのだけれど、購入しなかった私にはどんな詩なのかよく判らない。
 でも、絵を見ている限りでは、随分と暗い心象風景の人なのだなと思ってしまった。
 心象風景自体が暗いのではなく、そもそも詩に自身を投影していないのかも知れないし、心象風景自体が暗いわけではなくて表現がそうなっているだけなのかも知れないし、「暗い」という印象が私だけのものかも知れないけれども、やはり随分と暗いように思えた。
 中に何枚か紙や布でコラージュされた作品もあり、そのコラージュされた紙や布が随分と適当に着られているように見えて、何組も何組も同じようにコラージュしたのか、1冊ごとに違っているのか、気になった。

 そして、「ダフニスとクロエ」のコーナーになる。これも物語に絵をつけた作品である。
 解説のプレートによれば「シャガールの最高傑作と言われる」ということだったのだけれど、どの辺りが「傑作」で、どの辺りが他の作品と違っているのか、私にはよく判らなかった。
 より「一枚の色」という感じの絵が多いようにも思えたし、「春」というタイトルが付けられた絵の青の深さと、湖に映って浮かんでいるような月の白さがとても印象的だった。
 この物語はバレエにもなっていて、シャガールはその舞台美術も担当したそうだ。イジスが撮ったシャガールの写真があちこちにあるのだけれど、このコーナーにはその舞台美術制作に取り組むシャガールの写真もあった。

 2階に上がって聖書のコーナーでは、旧約聖書の物語にエッチングと手彩色で絵をつけている。
 このコーナーが出展作品が一番多かったのだけれど、全く旧約聖書に無知な私は「出エジプト」「紅海の道」という2枚の絵を見て「やっと知っている話になった」と思っただけという、情けない状態だった。物語を知っていたら、きっともっと興味深く見ることができたと思うのだけれど、私は「100部も作ったのに全部手彩色したのかしら。100部もみんなシャガール一人で、全部同じように塗れたのかしら」と莫迦なことを考えながら見てしまった。
 聖書がモチーフなのでほぼ全ての絵に「人(一部は神様とかがいたのかも)」が描かれているのだけれど、「ラケルの墓」というタイトルの絵だけは人がおらず、手前にある大きな木と奥にある建物という空間を感じさせて、一番好きだった。数少ない横長の絵だというところもポイントである。
 シャガールは挿絵という形の絵も多く描いた人だから、縦長の絵が多いんだろうか。

 イジスが撮ったシャガールの写真はあちこちにも置かれていたのだけれど、この後のイジスのコーナーに集められてもいて、中でも、パリのオペラ座の天井画制作の写真は楽しかった。
 私はこういう大きな作品は、シャガールが描くのは「エスキス(と解説のプレートに書かれていた)」だけして、それを大きく拡大するのは工房の人というか舞台美術専門の人がやるのかと思っていたのだけれど、写真を見る限り、シャガールが直接大きな絵を描いていたようだ。
 天井画を描くためのスケッチではまず色を置いてみたことが写真から判り、何となく「やっぱりね」と思ってしまった。天井画にはいくつかのオペラのモチーフが描かれているのだけれど、ここにも「ダフニスとクロエ(ラヴェル)」が描かれていて、もちろん注文者がいたからということもあるのだろうけれど、シャガール自身もこの物語が好きだったのかなと思った。

 1階に降りてギャラリーまで行くとそこがサーカスのコーナーでこのシャガール展のトリでもある。
 やっぱり、シャガールの絵の中ではこのサーカスが好きだなと思う。
 理由はよく判らない。
 特にこのサーカスの絵こそ「よく見るとグロテスクだよね」という感じが強いのに、我ながら謎である。特に、ピエロの絵に惹かれる。

 2時間たっぷりとシャガールの絵に浸れて、大満足だった。

 上野の森美術館の「生誕120年記念 色彩のファンタジー シャガール展-イジスの撮ったシャガール-」のページはこちら。

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2007.09.16

「舞台芸術の世界 ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」に行く

 2007年7月26日から9月17日まで、東京都庭園美術館で開催されている「舞台芸術の世界 ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」のチケットを友人にいただき(ありがとう!)、最終日前日の今日になってしまったのだけれども、行って来た。

 流石に最終日間近ということで、館内はかなり混雑していた。
 並ばないと展示されている絵や衣装などを見られないほど混雑している庭園美術館は初めてだ。外国の人もちらほら見かけたし、大型バスでいらした人もいたようだ。
 最終日間近というだけでなく、多分、バレエやオペラに興味のある人というのは一定数以上存在していて、だから熱心に見ている人が多いのだろうなという感じがした。見ている人たちに集中力があって、館内にそれが満ちている感じがする。

 ディアギレフという人は、20世紀初頭のロシア芸術プロデューサーなのだそうだ。「バレエ・リュス」というバレエ団を率い、ヨーロッパを席巻したという。

 多かったのは衣装のデザイン画だけれど、その他にも、衣装の実物や、舞台装置の下絵、プログラムの表紙や、バレエ・ダンサーの写真などが展示されている。
 衣装デザインだから、衣装だけが描いてあればよさそうなものなのに、大抵のデザイン画にはかなり精密に顔が表情豊かに描かれている。それも楽しい。逆に、例えば「ここはこの布で」みたいな指示が書き込まれたデザイン画は極く少なくて、本当にイメージ画の段階のものが多かったのかも知れない。
 天野喜孝や宇野亞喜良の絵の源流はここにあったのかも、と思ってしまったくらい、何故か雰囲気が似ている。

 展示されている中では、ボリス・ルビスキーという人が描いたピエロ(アルルカンだったかも知れない)の絵が、シンプルなラインで構成されているのに表情豊かで格好良かった。
 「ワツラフ・ニジンスキー」はその頃活躍していたバレエ・ダンサーで、私ですら名前にうっすらと聞き覚えがある。彼が踊っている動画は残っていないそうだけれど、中世的でしなやかな美しいダンサーだったそうだ。写真を見ても本当にそのとおりだし、彼が踊っている姿を集めたジョルジュ・バルビエという人の版画集からもその雰囲気は十分に伝わってくる。
 アレクサンドル・エクステルという人の舞台美術は、直線的というのか、写実的ではない抽象的なモダンな雰囲気が格好良かった。1世紀も前にこのセットで上演されたバレエは、それはそれは斬新に見えたのではないだろうか。
 ミハイル・ラリオノフという人が描いたコオロギの舞台衣装(コオロギが出てくるバレエやオペラがあったということ自体が驚きだけれども)も、くっきりと派手で楽しい。
 派手ということでは、ナタリア・ゴンチャロワという人の(この人は名前からして女性ではないだろうか)「金鶏」というオペラ=バレエの舞台デザインは、もうどこが床でどこが壁なのか判らないくらいに描き込まれていて、しかも、それが黄色や赤や青を基調としたしっちゃかめっちゃかの派手さで、一体この舞台に出演する人々はどんな衣装を着ればいいのだろうという感じだった。

 この最後の舞台デザイン画以外は絵はがきになっていなかったのが惜しい。
 ミュージアム・ショップに行ったら、ちょうど、この当時のバレエを1985年に再現したという舞台のDVD上映会が行われていた。普通の少し大きめなテレビに映されているし、スペースも狭いのに、椅子は満席で後ろに何重も立って見ている人がいる。
 終わりの15分くらいだけ見られたのだけれど、コミカルな動きに、明るくて大らかな舞台装置と衣装で、楽しかった。衣装ってそうだよね、着て動かなくちゃいけないんだよね、と当たり前のことを思ってしまった。

 もう少し早めに、もう少し空いているときに行って、ゆっくりと見たかったなと思った。
  
 東京都庭園美術館の「−ホノルル美術館所蔵品より−大正シック」のページはこちら。

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2007.09.09

「ベスト・オブ・世界遺産」展に行く

 2007年9月4日から9月9日まで、日本橋三越新館7階で開催されている「ベスト・オブ・世界遺産」展(入場料 800円)に行って来た。
 意外なくらい混雑していて、入口のすぐ近くにあったコインロッカーを利用すれば良かったと少し後悔した。

 日本橋三越のサイトでは、以下のように案内されている。

******

 質の高い番組として定評のあるTBSテレビ「世界遺産」は、今年で12年目を迎えます。番組の視点に立ったオフィシャルイベント『ベスト・オブ・世界遺産』展では、世界遺産のすばらしさを多くの方に体感していただくために、「中国」「エジプト」「イタリア」「日本」「海」「ベスト・オブ・世界遺産」の6つのテーマを、ハイビジョンによる番組映像と著名な写真家が撮影した写真作品で構成します。

******

 写真は、6つのテーマ毎に15〜20枚ずつくらい展示されていただろうか。
 私はこのテーマの中ではエジプトに一番興味があったのだけれど、高官のお墓にある色鮮やかな写真や、ピラミッドが白く霞んでいる写真などが楽しかった。

 遺跡の写真などは、エジプトに限らず、何というか「定番」という感じがして、「世界遺産を撮った写真」を見ているのではなくて、「写真に撮った世界遺産」を見ているようで、正直にいって、私にとって写真展としてはそれほど面白くなかったように思う。
 それでも、うんと下から上を見上げたり、はるか上から見下ろしたり、普段の自分の目線とは違うところからの写真がやはり楽しいし、不思議な魅力があると思った。

 「ベスト・オブ・世界遺産」のコーナーのラインアップが少し意外だった。

 どちらかというと、写真よりも映像の方が楽しかった。
 6つのテーマごとに、3〜5分にまとめられた「世界遺産ダイジェスト」といった映像が流されている。
 ピラミッドの稜線(というのか?)に沿って登る太陽や、高い位置から撮影した遺跡の全景、街の全景、夕陽が沈むモン・サン・ミッシェル、真上からのぞき込んだエンジェル・フォールなどが印象に残っている。
 やっぱり、エンジェル・フォールには一度行ってみたいと思った。
   
 日本橋三越の公式Webサイト内、「ベスト・オブ・世界遺産」展のページはこちら。

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2007.08.25

「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」に行く

 2007年7月21日から9月30日まで、東京都現代美術館で開催されている 「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」 に、昨日、仕事を半日休んで行って来た。今日行って来た。当日券(大人)は1100円である。
 東京都現代美術館のWebサイトに書かれている混雑状況を見ると、土日祝日は入館までに60〜80分待ちと書いてあったので、駅から15分も歩いてそれでは入る前に疲れてしまう。

 午後2時前に現代美術館に到着した時点では、チケット売り場が10分待ち、入館の待ち時間はゼロだった。
 でも、一歩中に入ったら、展示された絵の前には二重から三重の人だかりができている。しかも、人気のある絵に集中しているわけではなくて、満遍なく人が取り巻いている。
 これは焦っても仕方がないと思い定め、ゆっくり列に並んでそのペースで歩くことにした。

 それで、周りの話し声が聞くともなく聞こえてきたのだけれど、タイトルからも判るように、まず、ジブリ・アニメのファンの人たちがたくさんいる。彼らは、背景画の一枚一枚について「これは**のシーンの背景だ」と言い合っている。
 そして、次に多い(ように思われる)のは、自分でも漫画や絵を描く人々だ。漫画研究会会員と思われる制服姿の中学生(高校生?)もいる。彼らはもっぱら「ここの筆遣いが」とか「こういう風に描けばこういう風に見せられるんだ」と技術的な勉強をしている感じだ。
 その他に、例えば「紅の豚」のコーナーでは、当時の戦闘機について語っている男の子もいた。これはかなりマニアックな楽しみ方といえるだろう。
 ジブリ・アニメのDVDを4本持っている私は、ジブリ・アニメのファン(の隅っこ)に分類されることになるだろうか。

 「トトロ以前」の、例えば「時空の旅人」や「幻魔大戦」「はだしのゲン」などの世界からスタートし、次のトトロのコーナーが大盛況だった。やっぱり、トトロに思い入れの強い人が多いのだな、と感心した。

 その後、魔女の宅急便、紅の豚、おもひでぽろぽろと進むにつれて人はまばらになってくる。
 平成狸合戦ぽんぽこ、耳をすませば、もののけ姫、千と千尋の神隠しくらいまで来ると、一番前で少し絵から離れたところから一枚一枚ゆっくりと見ることができた。
 やっぱり、まっすぐ続く道の絵を見たら少し離れたところからその「どこまでも続く道」を味わいたいし、森や海岸線や家を俯瞰で見る絵も少し離れたところからその「高さ」の感じを味わいたい。

 トトロの家の絵を見ていて、自分の影が絵に映っているのではないかと思って避けたら、それは最初から絵に描き込まれた影だった。
 紅の豚が飛ぶアドリア海の街並みを見ていたら、逆に引き込まれて自分が一瞬絵の方に落ちて行くんじゃないかと思った。
 それで十分、という気がした。
 気がしつつも、おもひでぽろぽろで紅畑に朝陽が射す絵はやっぱり大好きなシーンだし、もののけ姫の森はやっぱり深い。ハウルの動く城のお花畑のシーンも懐かしい。

 アニメの背景というのは、絵のようだったり、漫画のようだったり、写真のようだったり、密度が濃かったり薄かったり、本当に様々なのが意外だった。
 近づいてみると「手抜きじゃないの」と思えるのに、少し離れてみるとその「手抜き」に見えた線の一本一本が絵を構成する重要な要素として生きていて、本物らしさを演出しているのが不思議だった。

 ここまでで、入場後、1時間半がたっていた。

 「ジブリ後の仕事」の展示では、雑誌の表紙や小説の挿絵などが多かった。
 ここまで来て、これまで見てきた、トトロやおもひでぽろぽろ、平成狸合戦ぽんぽこ、もののけ姫の世界も合わせて、日本の自然だってやっぱり捨てたもんじゃない、と思えた。

 この後は3階に上がって、アニメ撮影の技法や、それに合わせた背景画の描き方、ご本人のアトリエの机が再現されていたり、絵の描き方のパネルや映像表示がされている。
 自分でも絵を描く人が多かったのか、その映像の前にはかなりの人だかりができていた。
 絵心というモノが全くない私はスルーする。

 アニメ撮影の方法が、今ではかなりデジタル化されているとはいえ、かなり手工業的なのが意外だった。森の中を疾走するシーンで、何重にも描かれた森の絵と走る人とを描いたセルを異なるスピードで動かして速さを表現する。そのセルを動かす際にこすれて傷つかないように注意したと書いてある。
 そんな「手作業」でアニメが撮られているとは思わなかった。

 崖を駆け下りるシーンでは、カメラが駆け下りるサンを追うために、背景画を予め縦長に描いておくというのも、考えれば当然なのだけれど、そんな原始的な方法でクリアしているのかと思って意外だった。

 「背景の中に入ろう」といって、サツキとメイの家が大きく描かれていてその前で写真を撮ることができたり、トトロを折り紙で折るコーナーは満員御礼だ。
 この「写真撮影OK」のコーナーでは、ほとんどの人が携帯電話で写真を撮っている。カメラ付き携帯を持っているということが既に常識なんだな、ということを感じた。私は、「写真撮影OKなら、チケットにでもそう書いておいてよ。カメラ持ってきたのに!」と怒ったクチである。
 逆に、男鹿和雄が監督して作画もしたという、紙芝居風のアニメ「種山ヶ原の夜」の上映コーナーが閑散としていたのは意外だった。イスが少なくて、床に直接座布団が置かれていたせいかもしれない。スカートでそれはちょっとためらわれる。
 私は空いていたイスに座ることができたので、(美術展などで上映される映像としてはかなり長めだったし)ゆっくり鑑賞できた。

 ショップはもちろん大盛況だ。
 レジには行列ができていて、20人待ちくらいだったと思う。

 美術館を出たのは、入館後、3時間20分後だった。
 楽しかった!

 東京都現代美術館の公式Webサイトはこちら。
 「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」の公式Webサイトはこちら。

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2007.08.11

「失われた文明 インカ・マヤ・アステカ展」に行く

 2007年7月14日から9月24日まで、上野の国立科学博物館で開催されている「「失われた文明 インカ・マヤ・アステカ展」に、今日行って来た。当日券(大人)は1400円である。

 国立科学博物館のWebサイトで混雑状況を配信しており、「待ち時間なし」になっているのを確認して出かけた。
 けれど、午前中よりも午後の方が混んでいたらしく、14時30分くらいに到着したら、確かに待ち時間なしで入場はできたけれど、内部はかなり混雑していて、係員のお姉さん達が始終「場内が混雑していて申し訳ありません。少しずつで構いませんので進んでいただけますよう、ご協力をお願いいたします。」と声かけするような状況だった。

 「どうしても見たい」と思った、例えば翡翠の仮面(実は3点出展されていた)のところでは並び、少し進んで空いたようだと戻り、という感じで、混雑していたなりに楽しんで来た。
 渋滞の原理と同じなのか、一番手前の「マヤ」よりも、次のアステカ、さらに最後のインカの方が幾分空いていたように思う。

 マヤ文明のパートは、何といっても翡翠の仮面3体が光っている。
 翡翠はユカタン半島北部(だったと思う)でしか産出されない貴重なもので、緑色は生命の源の色とされていたこともあって、特にマヤでは珍重されていたのだという。
 その翡翠で作られた仮面が、カラクルム遺跡などで発掘されている。緑色のモザイクで覆われ、目は白く、黒目は黒く、口は赤く塗られている。仮面なのに目と目が合うようでちょっと怖い。

 この仮面の印象があまりにも強かったせいか、「密林の中の遺跡」という画像が流れていたせいか、王がジャガーを足蹴にして従えている石碑や、黒曜石の人形、盛んに行われていたという球技で浸かった防具を石で作ったもの、カカオの実を体中に付けた神様の土偶などもあって面白かったのだけれど、マヤ文明は「緑」というイメージが強く残った。

 そして、実は、この3つのパートの中で一番楽しかったのは、アステカ文明だった。
 アステカ文明の都市はスペインに徹底的に破壊されてしまい、その後にメキシコシティが作られたので、例えば、マチュピチュやティカル、テオティワカンのような形では遺跡は残っていない。
 でも、少しずつ発掘が行われている。

 アステカの神様の意匠は、何故かシンメトリである。
 インカ・マヤ・アステカに共通の特徴なのかと思って、途中で引き返して見てみたりしたのだけれど、明らかにシンメトリなのはアステカ文明だけだったように思う。
 そして、意匠になると三頭身くらいのバランスで造形されていたりして、どことなくユーモラスである。親しみを感じる。

 そして、例えば、雨の神トラロックを模した壺は青く塗られているのだけれど、全体として「赤」という印象が強い。
 人を生け贄に捧げることで自然の運行が守られると信じられていたという説明があったり、赤いスポットが当てられたりしていたこともその印象を強めているのかもしれない。
 そして、土器の彩色もどちらかというと明るめの赤を使ったものが多いように思えたし、「ワシの戦士像」や、死の神である「ミクトランテクトリ神像」など、ほぼ等身大の彫像が赤みがかった色をしていたせいかも知れない。

 インカ文明の展示では、いきなり「金」が並ぶ。
 だから、インカ文明のイメージカラーは「金」で決定である。実際、アンデスで金銀を産出しており、インカの富は相当なもので、インカ帝国最後の皇帝はスペインの求めに応じて自らの身代金として大きな部屋いっぱいの金銀を差し出したそうだ。(スペインは、その後、約束を違えてこの皇帝を殺してしまっている。)

 今ではインカ帝国第9代皇帝の私領であったと考えられているマチュピチュからは、しかし、金のものは腕輪が一つだけしか発見されていないそうだ。
 その腕輪が展示されていたのだけれど、他の金製品の展示物に比べて明らかに薄い。ペラペラな感じさえする。これは、富の衰えを示しているのか、あるいは金を加工する技術の高度さを示しているのか、どちらなのだろう。

 代々のインカ帝国皇帝はミイラの姿になって死後も大切にされていたそうなのだけれど、スペインに全て焼かれてしまって残っていない。
 展示されていた、ミイラの親子は、死後も髪を編んでもらったり手入れをしてもらい、家の中で家族の一員のように扱われていたそうである。
 その人のミイラはもちろんのこと、犬のミイラ、恐らくは副葬品として一緒に埋葬されたクイのミイラなどもあって、そちらはさらにグロテスクな感じだった。
 乾燥した気候のため、普通に埋葬してもミイラになったという。それなら、死は日常生活からそれほど遠くにはなかったかも知れないと思う。何しろ、姿が「残る」のだ。

 混雑していて、解説を読み飛ばしたところも多かったせいかも知れないのだけれど、この3つの文明の関係についてがあまり語られていなくて、イメージとして掴みにくかったところがちょっと残念だった。

 物販のコーナーでは、DVDやカタログ、Tシャツやクリアケース、タオル、キーホルダー、マグカップ、コースターなどの、ミュージアムショップ・グッズがかなり充実していた。
 また、中南米の織物や民芸品、アクセサリーなども販売されていたけれど、「いつかグアテマラに行って買うんだ」と思い、なるべく近づかないようにした。
 インカ・コーラという、ペルーで飲まれている黄色の炭酸飲料も売られていて、2004年9月のペルー旅行以来、再び飲んでみたいとかなり惹かれたのだけれど、重さに負けて断念した。
  
 国立科学博物館の公式Webサイトはこちら。
 (ここのトップページに、「インカ・マヤ・アステカ展」の待ち時間情報へのリンクが貼られている。)

 「インカ・マヤ・アステカ展」の公式Webサイトはこちら。
 (ここのトップページに、「お盆期間は混雑が予想されます」と書いてあった。わざわざ混雑する時期を選んで行ってしまったらしい。ショックだ。)

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2007.06.23

「ロシア絵画の神髄」展に行く

 この間行った江戸東京博物館で開催されている「ロシア皇帝の至宝展 世界遺産クレムリンの奇跡」つながりということで、2007年4月28日から7月8日まで東京都美術館で開催されている「ロシア絵画の神髄 初公開 サンクトペテルブルク 国立ロシア美術館展」に行って来た。

 12時30分という中途半端な時間に入場したせいか、待ち時間なし、見ている人もそれほど多くなく、待たずに好きな絵を見ることができるけれど、全く人がいなくて展示室に私一人ということもない、ほどほどのよい感じだった。

 「ロシア絵画」と言われても全くピンと来ていなかったのだけれど、実際に目にしてもやっぱりピンと来なかった。申し訳ないことである。
 印象としては、肖像画が多くて、全身を描いたものは何故か足が途中で切れていたりするのが不思議だったこと、ことさらに何でもない風を装っている(という風に私の目には見えた)風景画が多かったこと、10代の女性の肖像画が結構あったのだけれど目の下に隈があったりして10代には見えないなと思ったこと、海の絵の中で「アイヤ岬の嵐」と「天地創造」が気になったのだけれどそういえばどこの海を描いたのだろうと思ったこと、という感じだった。

 「ロシア皇帝の至宝展」と時代的に重なる部分もあるし、もちろん地域的には重なっているのだから、タイアップみたいなことをすればいいのに、(「ロシア皇帝の至宝展」がすでに終了しているためかもしれないけれど)そういった気配が全くないのが何だか不思議な感じだった。

 あと、丁寧な解説が加えられているのだけれど、「**が表現されている」という感じの紹介が多くて、絵に全く造詣のない私はいちいち「私には感じられないぞ」と突っ込んでしまった。
 もちろん、これは見ている私の側の問題なのだけれども、初心者に優しくないようにも思う。

 国立ロシア美術館を紹介する映像も流されていて、その映像で紹介される「代表的な絵画」のうち今回の展覧会に来ていた絵は、「墓地の孤児たち」と「虐げられたユダヤの少年」くらいだったように思う(もちろん、私のあやふやな記憶力で捉えられた範囲では、ということである)。
 もっと代表的な「神髄」があるんじゃないかという気がした。

 国立ロシア美術館は元々はミハイロフスキー宮殿だったそうで、ニコライ2世が命じて美術館とし、ロシア初の国立美術館としたのだそうだ。
 その豪奢な雰囲気の中で見たいな、という風にも思った。
   
 「ロシア絵画の神髄」展の公式Webサイトはこちら。

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2007.06.16

「ロシア皇帝の至宝展」に行く

 2007年3月20日から6月17日まで、江戸東京博物館で開催されている「ロシア皇帝の至宝展 世界遺産クレムリンの奇跡」のチケットを職場の先輩にいただき(感謝!)、行って来た。

 私の感覚からすると、「ロシア皇帝の至宝」というのはかなり地味な存在だったのだけれど、明日が最終日という土曜日に行ったせいもあるのだろうけれど、かなりの人出だった。
 両国駅から歩いて行く間に同じ方向に歩く人、向こうから帰ってくる人がいる。駐車場に何台も観光バスが停まっている。チケット売り場は(もの凄くアバウトな推定)30人くらいが並んでいる。
 嫌な予感はしていたのだけれど、入ってみたら、案の定大混雑している。

 入口近くでは係の方が「先に進みますと空いています。順番に見ようとするとお時間がかかります。」とアナウンスしていた。上野動物園のパンダとか、できたばかりの頃の葛西臨海水族園を思い出した。
 ちなみに、実際のところは、先に進んでも混雑していた。

 クレムリンが何なのか、実は知らなかったのだけれど、要するに宮殿と聖堂との集まりが「クレムリン」なのらしい。
 歴代ロシア皇帝のお宝と、ロシア正教のお宝とが集められているようだ。
 「イコン」「メダイヨン」「オクラド」などなど、耳慣れない言葉で説明されるものがたくさんある。
 きらびやかで貴石がふんだんに使われていて、「権力と富の集中」が実感できる。
 ここにこれだけ集められていたら、国の他の場所に富のあるはずがない、という感じだ。実際はエルミタージュ美術館とかにもたくさんお宝があるのだろうけれど、でも、そういう印象である。

 戴冠式の場面を描いた絵で、よく毛皮のマントに黒い点(というよりも長い)が散らしてあるけれど、あれは実はオコジョの毛皮を継いであって、あの黒い点ひとつひとつがオコジョの尻尾だということを初めて知ってしまった。
 一体、何頭のオコジョの毛皮から作られているのか。考えてみると気持ちが悪い。

 「銀に金メッキ」というお皿やひしゃくやカップなどが多くて、もちろん精緻な細工は美しいのだけれど、意外だった。
 実用品だったから全部金というわけにはいかなかったのか、細工を際だたせるために違う材質のものを使った方が映えたのか、ロシアでは実は金は「権力と富の集中」をもってしても希少品だったからなのか、その辺りはよく判らなかった。

 この「ロシア皇帝の至宝展」の惹句には「至宝クレムリンエッグ、日本初公開」と書かれている。
 「クレムリンエッグ」は、もの凄く端折って説明すると、ロシア皇帝の誰かがお后に贈った品で、当時の最高の職人に作らせたイースターエッグの豪華版、だ。
 豪華だった。
 でも、チラシやポスターや絵はがきではクレムリンエッグの「エッグ」の部分は白く写っているのだけれど、実物は青みがかっていて、実物の方が美しかったと思う。どうしてあんなに白っぽく写ってしまった写真を使っているのか、謎だった。

 ウスペンスキー大聖堂のVR映像も迫力があったし、豪奢な気分になれる展示の数々だった。

 もっと早く、できれば平日に行って、のんびりゆっくり見られればもっと楽しかったに違いない。惜しい。
   
 江戸東京博物館の公式Webサイト内、「ロシア皇帝の至宝展」のページはこちら。
 「ロシア皇帝の至宝展」の公式Webサイトはこちら。

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2007.05.20

「−ホノルル美術館所蔵品より−大正シック」に行く

 2007年4月14日から7月1日まで、東京都庭園美術館で開催されている「−ホノルル美術館所蔵品より−大正シック」のチケットを友人にいただき(ありがとう!)、行って来た。

 昨日の土曜日(2007.5.19)の午後に行ったのだけれど、館内に入ると意外と人がいて、展示室に3〜5人くらいずつという感じだった。
 これくらいの人数だと、監視の方の視線を集中して感じることもなく、でもゆっくり見られてちょうど良い。

 ホノルル美術館に所蔵されている作品の中から、ホノルル美術館の学芸員の方が選んだ大正時代から昭和初期にかけての作品が集められているそうだ。
 2002年にホノルルで開催され、その後アメリカ合衆国内各地を回って、日本にやってきたそうだ。5年がかりで回って来たということだろうか。

 絵について何も知らない私が見ると「浮世絵寄り−竹久夢二寄り」の絵が集められているという印象だ。
 鷺娘の掛け軸(だったと思う)があるかと思えば、洋装で揺り椅子に腰掛けた女性の絵がある。
 この「T夫人」という絵は、モデルになった女性の写真も横に掛けられていて、写真の部屋は和室なのに、絵のバックは洋室なのが何だか可笑しかった。
 この揺り椅子をイメージした椅子が3階のウィンターガーデンに置かれていて、「ウィンターガーデンでだけは写真を撮ってもかまいません、椅子に座って記念撮影はどうですかという張り紙もある。入口で教えておいてくれたらいいのに、と(カメラを持ってもいないのに)思ってしまった。

 その他、印象に残った絵は山川秀峰の「三人の姉妹」と武藤嘉門の「日光」という絵だ。
 どちらも和装の女性が描かれているのだけれど、「三人の姉妹」の方は日立の創設者の令嬢方だそうで、そのうちの1人がカメラを持っている。最初は小さなバッグを持っているのかと思ったのだけれど、近寄ってよくよく見てみるとどう見てもフォルムがカメラだ。大正時代からこんなコンパクトなカメラがあったのね、若い女性が普通に(ではないかも知れないけど)持っていたのね、と驚いた。
 「日光」の方は、東照宮を観光している和装の女性2人が描かれていて、そのうちの1人が「みざる いわざる きかざる」にカメラを向けている絵だ。記念写真ではなくて「さる」だけを撮りたいのね、と思って、やっぱり何だか可笑しかった。

 一方で、「七夕」と題された絵では、女の子が身を清めるために髪を洗い、もう1人の女の子が井戸をのぞき込んでいる。のぞき込んでいる井戸の向こうに笹が見えて七夕だと判るのだけれど、そういえば前に時代小説を読んでいて、江戸時代には七夕には井戸さらいをする習慣があったのだと読んだなと思い出した。
 この習慣は大正時代まで続いていたのだろうか。それとも「見なくなってしまった風習」を描いたのだろうか。

 大正時代の絵がそうなのか、ホノルル美術館学芸員の方々の選択基準がそうだったのか、女性を描いた絵ばかりだ。
 それに、女流画家が多いのも意外だった。男性の画家も、どことなく女性っぽさを感じさせる名前(雅号というべきか)をつけている。

 絵と共に着物も何点か展示されていて、大胆なデザインのものが多いのにびっくりした。
 なかでも、ミロの絵のような柄の着物と、エメラルドグリーンの地に大きくショッキングピンクと蛍光イエローと白の大きな(20cmくらいはあったと思う)のハートが重なるように一面に描いてある羽織があって、「これ、着てたの? 誰が?」と思ってしまった。
 着物も(多分)全てが女性のものだった。袷よりも単衣が多かったのは、ホノルル美術館所蔵だからだろうか?

 庭園美術館は、美術館自体を見るのも楽しい。
 前回行ったときと比べて、今回新しく浴室が公開されていた。かなり広いのだけれどユニット式になっていて、バスタブとシャワーと洋式トイレと洗面台が同じスペースに納められていたのが意外だった。

 のんびりゆっくりできて楽しかった。
  
 東京都庭園美術館の「−ホノルル美術館所蔵品より−大正シック」のページはこちら。

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2007.05.19

たばこと塩の博物館に行く

 2007年4月21日から5月20日まで、たばこと塩の博物館で開催されている「雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展」に、開催期間終了ぎりぎりになってやっと行ってきた。

 結論からいうと、1階エントランスホールで開催されていた写真展はこぢんまりとしていて、期待していたような感じではなかった。
 でも、そもそもたばこと塩の博物館の入館料は100円だし、開催されていた企画展の「風俗画と肉筆浮世絵~館蔵肉筆画の精華~」も何だか楽しかったので、行った甲斐は十分にあった。

 写真展自体も、アンデスのジャガイモやトウモロコシ、女の子達や織物の様子、マラスの塩田など、ペルーを旅行したときに見たものと見なかったものの写真があって、懐かしい感じがした。
 チベットの写真もヒマラヤの写真も含めて、写真にある空は嘘のように青が濃くて、標高が高い場所なんだな、という感じがひしひしとする。

 浮世絵の企画展は、博物館で所蔵している作品の展示ということで、写真撮影もOK(ただし、フラッシュは禁止)だった。思ったよりも混んでいて、屏風絵や巻物をゆっくりじっくり見たり、慎重に写真を撮っている人がたくさんいて、何だか、展示作品よりも展示作品を見ている人たちを見ているのが楽しかった。

 常設展示の塩のコーナーでは、結晶が顕微鏡で見られたり、塩の作り方がジオラマで表現されたり、1トン(2トンだったかも)の岩石の塊が展示してある。
 1階にビデオなのかフィルムなのか映像が見られる機械が3台置いてあり、そこで見た、サハラ砂漠のど真ん中で塩を作るために50日かけて往復しているキャラバンと、それに同行した日本人のご夫婦の映像が印象に残った。
 サハラ砂漠のど真ん中での塩造り、その場所に向かうラクダのキャラバン。実態は激しく辛いものだと思うけど、ここだけ聞くと、いかにもロマンだ。

 同じく常設展示のたばこのコーナーでは、いかにも昭和時代な感じのたばこ屋の店先が再現されているのが懐かしい。今、どこを探しても10円しか使えない赤い公衆電話は見つからないだろう。
 たばこの葉を本当に細かく細かく刻むのは日本独特の方法らしく、それに伴ってキセルなども独特の形と意匠で進化したという説明が面白かった。

 各国の塩(ボリビアのウユニ塩湖の塩にかなり惹かれたのだけれど、この間いただいたモンゴルの塩もまだたくさんあるので自粛した)などなどが売られている売店もあり、のんびり見学できた。

 国立民族学博物館の公式Webサイト内、「雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展」のページはこちら。
 たばこと塩の博物館の公式Webサイトはこちら。

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2007.03.10

「だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス」に行く

 2007年2月3日から3月31日まで、東京都庭園美術館で開催されている「だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス」のチケットを友人にいただき(ありがとう!)、行って来た。

 門から美術館に向かう道は意外と人がいて、これはかなり混んでいるのかも知れないと思ったのだけれど、元々この美術館はゆったりと絵が配置されているし、気に入った絵の前で立ち止まれるくらいの余裕は十分にあり、部屋に1日きりになってしまうようなことはない程度の、ちょうどいい感じだった。

 アルフレッド・ウォリスという人は、漁船に乗り、船具を扱うお店を営んでいて、70才になってから全く独学で絵を描き始めたという人なのだそうだ。
 解説によると「一件稚拙だが、絶妙な構図の感覚、ある種の自由さ、生命感」といったものがある絵だという。
 正直に言って、よく判らない。
 最初に見た印象は、「書き割りのような絵だな」ということだった。何というか、無理に立体に描くことをしておらず、見えるまま平面に写しているという感じなのだ。

 「厚紙」に描かれたと書いてあるのだけれど、その厚紙には折り目がついていたりして、お菓子の空き箱を開いて裏に描いているんじゃないかという感じの絵も多い。四つ角のある四角い絵はほとんどなかったのじゃないだろうか。
 ベン・ニコルソン、クリストファー・ウッドという若い画家の目に止まらなければ、今の日本で個展が開催されることもなかったに違いない。

 70才を超えたウォリスが昔を思い出し、様々な船の変遷を描き分けているという。船に全く詳しくない私にはその「描き分け」は判らないのだけれど、甲板に舵がある船があったり、帆船もあるし、汽船もある。自分の生業だった船と海に愛着があることは、判る。
 それは、空は時々塗っていなくて厚紙の地が見えている絵もあるのに、海を塗っていない絵はなかったり、魚は船と比較して不思議なくらい大きく描いてあるのに飛行船は鉛筆でちょこちょこっと描き足してあったりかもめも絵筆でちょこちょこっと描いただけのように見える感じだったりすることからも伝わる。

 絵にはタイトルが付いているのだけれど、多分、このタイトルはアルフレッド・ウォリス本人がつけたわけではないのではないかという感じがした。

 のんびりゆっくりできる楽しい絵画展だった。
  
 東京都庭園美術館の「だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス」のページはこちら。

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2007.02.27

「オルセー美術館展」に行く

 2007年1月27日から4月8日まで、上野の東京都美術館で開催されている「オルセー美術館展」に行って来た。当日券(大人)は1500円である。
 できたばかりの国立新美術館とどちらに行こうか迷ったのだけれど、迷っていたら友人に「国立新美術館は、火曜日は休みだったと思う」と教えてもらった。感謝!

 まだ1ヶ月以上続くし、平日の午後だし、それなりに余裕で見られるのではないかと期待していたのだけれど、オルセー美術館の人気というのは凄い。
 流石に門外やチケット売り場で行列することはなかったけれど、入場制限が行われていて、館内に入ってから会場の入口まで30分以上も並んだ。
 並んでいるときに周りを見渡したら、「3月2日まで」の招待券を持っている方が目について、やられた! と思った。「今週金曜日までに行かなくちゃ」という方で混んでいるのだろう。

 ポスターにもなっている、エドゥワール・マネ作の「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」はやはり大人気だった。でも、この絵の前で「どこにすみれのブーケが描かれているんだろう?」と思ったのは私だけだろうか。じーっと真正面からみて、多分、胸元だろうと結論した。
 同じくポスター(いや、こちらはチラシか?)になっている、フィンセント・ファン・ゴッホ(と表記されていた)作の「アルルのゴッホの寝室」の前もやはり人だかりになっていた。
 それから、アンリ・ファンタン=ラトゥールの「バティニョールのアトリエ」とあともう1枚あったと思うのだけれど、印象派の画家達が一堂に会した場面を描いた絵が人気で、「誰が描かれている」ということをメモしている方を見かけた。

 印象に残ったのは、エドガー・ドガが妹の顔を鉛筆でスケッチした「ルネ・ドガ」が丁寧で美しく、マネの風景画は珍しいんじゃないかと思った「ブローニュ港の月光」は暗くて大胆なところが意外だった。
 ゴッホの「アルルのダンスホール」は、言われてみればちょっとゴーギャンっぽい感じもした。
 そのポール・ゴーギャンの「黄色いキリストのある自画像」と「黄色い積みわら」とあともう1枚の前は人波が途切れなくてなかなか見られなかったけれど、ちょうど2階に続く階段の上から、たくさんの人の頭越しにゆっくり見ることができた。
 ピエール・オーギュスト・ルノワールは女性の肖像画というイメージが強いので、ルノワールの描いた「絵筆を持つクロード・モネ」は、やっぱり男性を描いてもこんなに柔らかい絵になるのね、と思った。近くに「ベルト・モリゾーの肖像」があって、どちらも着ている服は黒(だと思う)だったので、随分と対照的に黒い服を着た人物を描くのだな、と思った。

 エドワード・スタイケンの月光の下で撮った写真はどれも陰影が濃くて美しかったし、エルス・タールマンの「エッフェル塔に向かう4人の男」という写真は映画のワンシーンのようだった。
 オルセー美術館と写真というのが意外な組み合わせだった。

 それから、何故か作者名が「インド会社」になっている、黒檀の書棚(というよりも飾り棚っぽかった)が不思議な感じだった。

 あまりにも混雑していたので、後半の特に「5 幻想の世界へ」と銘打たれたコーナーはかなり素通りになってしまったのが残念だ。
 1時間半くらい見て、ミュージアム・ショップもゆっくり見るには混みすぎていたので気に入った絵の葉書だけ買い、帰途についた。
 気がつけば、8ヶ月振りの美術館で、人混みにはかなり疲れたけどでも楽しかった。
  
オルセー美術館展
 東京都美術館 2007年1月27日〜4月8日
 東京都美術館の公式Webサイトはこちら。
 オルセー美術館展の公式Webサイトはこちら。

【2007年3月1日追記】
 2月28日に、オルセー美術館展は入場者が20万人を超えたそうだ。
 1日平均7000人の入場者があるらしい。混んでいた筈だ・・・。

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2006.06.18

「北欧のスタイリッシュ・デザイン フィンランドのアラビア窯」に行く

 2006年4月22日から6月18日まで、目黒の東京都庭園美術館で開催されている「北欧のスタイリッシュ・デザイン フィンランドのアラビア窯」のチケットを友人にいただき(ありがとう!)、2006年6月11日に行って来た。当日券(大人)は1000円である。

 雨の日曜日の夕方に行ったので、もっとガラガラなのかと思っていたのだけれど、自分のペースを守って見られてかつ寂しくないくらいの人がいて、何だかほっとしてしまった。

 フィンランドのアラビア窯というと、ムーミン柄のマグカップと、(今回初めてシリーズ名を知ったのだけれど)パラティーシというブルーベリーの実と黄色い実が大きく目一杯描かれたものをイメージしていた。
 行ってみたら、もちろんそれらのシリーズもあったのだけれど、フィンランドのアラビア窯というのは、描くデザインよりも形のデザインの方により特色があるのだな、という感じがした。シンプルで実用的で、重ねて収納できて、丈夫そうな感じである。

 ムーミン柄のマグがっぷは東京でのみの特別展示だそうで、3階のウィンターガーデンというサンルームのような部屋に展示されていた。
 このウィンターガーデンは最近になって公開されたようだ。白と黒のタイルが市松に貼られていて、他のお部屋に比べてモダンな感じがする。
 広くはない部屋の真ん中にケースが1つだけ置かれ、その中にムーミン柄のマグカップが20個はなかったと思う、整然と並べられている感じは何だかとてもよかった。

 アラビア窯では、20世紀初めに、アラビア・アート・デパートメントを設立し、デザイナーや芸術家を招いて制作活動を奨励していたそうで、日常使いの食器類だけでなく、そうした「作品」も展示されていた。
 もちろんそれらの「作品」はゴツゴツとしていて、ちょっとホラーな感じの少年の像なども展示されていて、そういったデザイナーの人たちが食器類の提案も同時にしていたというのは、何だか意外な気がした。

 そのアラビア・アート・デパートメントと関係あるのかどうかは判らなかったのだけれど、鳥の形をした水差しがとても可愛くて(チラシによると「ストーリーバードのカラーエクスペリメント ピッチャー」だそうだ)、ちょっと欲しかった。

 物販のコーナーでは、絵はがきやカタログ、食器類なども販売されていた。
 また、お庭にはバラの花が咲いていて、雨上がりに写真を撮っている方がいらっしゃった。
  
 東京都庭園美術館の「北欧のスタイリッシュ・デザイン フィンランドのアラビア窯」のページはこちら。

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2006.05.13

「世界遺産ナスカ展 地上絵の創造者たち」に行く

 2006年3月18日から6月18日まで、上野の国立科学博物館で開催されている「世界遺産ナスカ展 地上絵の創造者たち」に、今日行って来た。当日券(大人)は1400円である。

 ゴールデンウィークが明けた翌週、しかも雨の土曜日の午後3時過ぎに行けば空いているのではないかと思ったのだけれど、とんでもなかった。
 チケットは並ばずに購入できたものの、入場規制が行われていて20分待ちだった。入ってみても、展示物の前はどこも黒山の人だかりになっていて、とてもゆっくり見られる状態ではない。平日に行けば良かった。

 全体的に、ナスカで出土した土器が展示品の多くを占めていたように思う。
 赤(というか煉瓦色)を多く使ったカラフルなものが多く、その意匠には自然のものが多い。コンドルだったり、豆だったり、ナスカは海辺の土地なので魚も多く描かれている。
 もちろん人の姿も多い。その中でも首級や武器を持った意匠が多く、解説板によるとナスカの人々は猛々しい武闘派の人々だったようである。

 まず最初の展示の山場は、ミイラだと思う。
 乾燥した土地であるナスカでは、かなり状態のよいミイラが残っている。
 5〜6歳くらいの子供のミイラが展示されていた。ナスカ展に合わせて調査も行われたそうで、その様子を撮影した映像も流されている。このミイラは、非常に珍しいことに黒目がはっきりと判る状態で残っており、まず高地において冷凍状態で埋葬されたためではないかと考えているらしい。

 数は少なかったけれど、織物や刺繍の施された布も展示されていた。
 乾燥したナスカでは、埋葬品としてミイラとともに納められていた布がかなりよい状態で残っているのだそうだ。もちろん修復もしてあるけれど、人を意匠として刺繍されたマントが印象に残った。布自体の赤(コチニールで染めたと思われる)と青(インディゴで染めたと思われる)の色も鮮やかに残っているし、その布に色鮮やかなとても細かい刺繍がされている。

 ナスカの地上絵については、意外と展示物が少なかった。考えてみれば、元々、持ってきてそこに置けるようなものではないから当たり前である。
 地上絵の意匠とほぼ同じ意匠が描かれた土器が展示されていて、本当にあまりにも近い形をしているので驚いた。他の展示室では黒山の人だかりになっているのに、ここではナスカの地上絵にみな惹かれて土器の前に人があまりいないのがよい。ゆっくりと見てしまった。

 ナスカの地上絵の地面を再現してアクリルケースのようなものに納めてあり、「地上絵の上を歩いてみよう」という呼び文句が踊っていた。2mくらだけれど、地上絵のラインの上(に置かれた透明な板の上)を歩くことができる。
 ナスカの地は砂漠に見えるけれど、実は石がかなりごろごろと転がっている場所のようだ。その黒っぽい割と大きめの石(10cmくらいはありそう)を避けて白っぽい地肌を出すことで、地上絵のラインが引かれていることがよく判った。雨が降ったらあっという間に流されてしまいそうなラインである。

 また、パソコンが何台か置かれたコーナーもあった。フライトシュミレータのようなソフトがインストールされていて、まるで自分が軽飛行機を操縦しているかのように見たい地上絵を探し、近づき、地上絵を捉えたらズームアップしたり向きを変えて見たりすることができる。1回3分の制限時間つきである。
 地上絵どうしが意外と遠く離れていることや、真上を飛ばないとなかなか地上絵には気がつきにくいことが判った。

 そして、最後に大きな画面でやはり軽飛行機でナスカ上空を飛んでいるかのような映像(CG)を見ることができる。ここで取り上げられている地上絵がとても少なかった(間違っているかもしれないけれど、今覚えているだけで、木・手・はちどり・鵜・ふくろうの人くらいではなかっただろうか)のが残念だった。
 今書いていて思いだしたけれど、私が「宇宙人」だと思っていた地上絵が、このナスカ展では「ふくろうの人」と表されていた。何か新しい発見があったのだろうか。

 物販のコーナーでは、DVDやカタログ、Tシャツやクリアケースなどの普通に置いてあるようなものの他に、ペルーの織物や民芸品、銀のアクセサリーなども販売されていた。
  
 国立科学博物館の「世界遺産ナスカ展 地上絵の創造者たち」のページはこちら。

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