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2003.09.17

ケニア旅行記5日目

2003年9月17日(水曜日)

暗いうちに起き出してもう1回キリマンジャロの朝焼けを見ようと思ったのだけれど、今朝は雲がかかっていてキリマンジャロは全く見えなかった。昨日の朝見えたから、朝は必ず見られると思い込んでいたので結構ショックだった。
 明るくなる頃にロッジのテラスに行ったら、シマウマが目の前を行進しているところが見られた。

 朝食のビュッフェのテーブルにはシャンパンも並んでいた。何て贅沢なと思いつつ、もちろん有り難くいただく。
 ツリートマトのジュースがあったので飲んでみると、普通のトマトジュースよりもさっぱりしていて飲みやすい。
 今朝もオムレツを焼いてもらった。キュウリやなすの炒め物、ソーセージ、パンケーキで朝食にする。

 今日はこれからアバーディアに移動である。
 アバーディアのロッジはスーツケースを搬入できないため、一泊分の荷物を別に作る。いつも国内の一泊旅行で使っているトートバッグで十分だろうと思っていたら、全く容量が足りなくてリュックも持って行くことにした。「一泊用のバッグ」は大きめのものを用意した方がいいみたいだ。

 アンボセリに来たときの教訓を生かしてマスクをし、7時半に出発した。砂埃が車内を舞い、ジャンプする車に揺られているのにうつらうつらしてしまった。慣れというのは怖いものである。
 国境の町であるナマンガまで約2時間かかった。マスクを外したら、すっかり茶色くなっていた。
 ここまでは添乗員さんが一緒の車に乗っていて、ドライバーのモンディアはスペイン語と英語をしゃべることが判る。同じ車にスペイン語のできる人が乗っていたので、以後の会話は主に彼女とモンディアの間でスペイン語で交わされることになった。

 アンボセリからナマンガに行く途中、黒い衣装を着たマサイの少年を見かけた。
 彼らの黒い衣装は、割礼して大人になったばかりである証らしい。
 昔は、リーダーの少し年上の少年に連れられて割礼後は山に籠もり、そこで傷を癒しながら狩りを学んで、一人前になったと認められたところで山を下りる、という儀式が行われていたそうだ。
 山を下りた直後はお祭りで、少年たちは仮面をつけて踊っているから、家族には自分たちの息子がどこにいるのか判らない。儀式の途中で亡くなる少年もいて、少年たちの人数が減っていることは判る。自分の息子が無事かどうかは、祭りが終わるまで判らない、ということもあったそうだ。

 ナマンガの町では、行きに立ち寄ったところとは別のお土産物屋でトイレ休憩となった。
 お土産を見ていて、象の形をした石造りのチェス盤に惹かれた。白とピンクの石でできていて可愛い。キングの駒はライオンだ。駒の方の芸も細かい。
 お店の人も「これはキリマンジャロの石を彫って作った」「浅いところに白い石があって、深く掘るとピンクの石がある。それを使っている。」「マサイがひとつひとつ手彫りで作った」と売り込んでくる。

 あまりの可愛さに交渉を開始した。スタートは85ドルだったので、50ドルを目標に私は30ドルからスタートしてみた。「KILL」と言って自分の首に手を当てて引いてみせるのは「殺すつもりか」という意思表示らしい。
 結局、粘りに粘って、50ドルまで下がったところで買ってしまった。

 ナマンガからナイロビまでの道中はほとんど寝てしまった。
 ふと気が付くと車が町中にいて、渋滞に巻き込まれていた。ナイロビの中心街(だと思われる)の中華料理屋「DragonParl」で昼食をとる。久しぶりのおしょうゆ味や鶏ガラスープの味が嬉しい。ジャスミンティーの味も懐かしい。

 さらに北に向けて走る。アンボセリに向かっていたときとは違って、町を抜けても緑が濃く残っている。
 「ここはケニアで2番目に大きいパイナップル・ファームだ」とモンディアが教えてくれる。確かにアンボセリへの道筋とは違って、水が豊富な感じがある。時々、川も流れている。
 アンボセリに向かっているときは、川は「あった」けれど「流れて」はいなかった。
 マサイは放牧を生業としているけれども、この辺りにいるキクユ族は農耕民族で、だからこの辺りは畑も多く見られるらしい。

 ナイロビからだいぶ走ったところで、川で釣ったらしい魚が売っていた。ぬらした新聞紙を魚に巻いてマタツの外に吊してナイロビまで持ち帰るのだそうだ。車内に置いておくよりも涼しいのだろう。

 15時半にお土産物屋(アフリカン・クリオ・ショップ)に到着し、休憩した。
 そこはやけに暗くて倉庫のようでリアルな木彫りの人形が所狭しと並んでいる。あまりの圧迫感に早々に退散してしまった。
 その先は高原地帯に入った感じで、風も冷たくなってきた。山を上っているという雰囲気が濃くなってきたところで「アバーディア・カントリー・クラブ」の看板を見つける。やっと到着だと喜んでいたら、モンディアに一言「very far」と言われてしまった。

 P9170251クジャク アバーディア・カントリー・クラブでスーツケースを預け、モンディアたちとは明日までお別れである。
 今夜の宿であるジ・アーク行きのバスはしばらく出発しないらしく、17時半まで待機と言われる。
 何故かクジャクが放し飼いにされていたので、しっかり羽を広げるのを待って記念写真を撮ったりお散歩をしたりしていた。

 ここからバスで比較的ゆっくり走って1時間くらいでジ・アークに到着した。
 まず、バスの中でロッジの人から注意を受ける。
 ロッジの中は廊下も狭く、くねくねと曲がっていて迷子になりそうである。確かにこの廊下でスーツケースを通すのは厳しいだろう。
 部屋は、私はツインに1人だから余裕だけれど、ここに2人は息が詰まるかも、というくらいの広さだ。
 部屋には閂しか付いていない。自分が部屋の外に出てしまうと鍵をかけることはできない造りになっている。貴重品は常に持ち歩かなければいけない。

 部屋に入るとすぐにブザーが鳴って、テラスに出てみたら象が来ていた。かなりたくさんの象が来ていて、ライトのせいなのか白く浮かび上がっていて幻想的な雰囲気である。
 アバーディア国立公園のロッジは、居ながらにして夜間にやってくる動物を見られるのがポイントである。ロッジの庭には池があり、塩を撒いてあるので、水と塩分が必要な動物たちがやってくるのだ。
 アンボセリでたくさん象を見た記憶が残っていて、象はいつでも見られる気分になり、ほとんど写真を撮らなかった。これは大間違いで、この後、象の姿を見ることはなかった。

 19時半からの夕食はポテトとネギのスープ、ヴィクトリア湖のお魚のフライ、チョコレートムースにした。スープとメインは選ぶことができる。白ワイン(200シリング)が軽くて飲みやすかったものだから、くいくい飲んでしまう。寒いせいもあって、みんな結構お酒が進んでいたみたいだ。

 食事中に、レストランの脇をさっき集まっていた象が帰っていくのが見えた。
 食後はコーヒーや紅茶を飲みながら、ロッジの人がジャネットに餌付けをしているところを見学する。2皿出ていて、3匹来ていたのだけれど、3匹目のちょっと弱そうな子がなかなか餌にありつけないのが可哀想な感じである。

寒さのせいもあり、動物が姿を現せばブザーで教えて貰えるということもあってみんなが次々と部屋に帰る中、ロビーで日記を書きつつ動物待ちをする。
 同じツアーの人が来て「あそこにカワウソがいる!」と教えてくれる。
 カワウソ??? 現実の生き物だっけ??? と莫迦なことを考えながら双眼鏡を借りて、指さされた方向を探す。確かに水辺に黒っぽい動物がいるのだけれど、あれがカワウソなのだろうか。
 そうやって遠くを探していると、ときどき白いマングースと黒いマングースがロッジのすぐ近くをちょろちょろっと駆け抜ける。

 添乗員さんもツアーの人の車割りをしつつ動物待ちをしている。
 しばらく2人で1階のフォトポイント(石造りの壁に囲まれたスペースでガラスの入っていない窓があり、動物の写真を撮れるようになっている)から、2匹のお馬鹿な子ハイエナを見物した。絶対に敵わないのにバッファローに向かって威嚇(のつもりだと思われる)してみたり、絶対に間に合わないのに水鳥を追いかけてみたり、仕草が可愛い。学習しろー! と2人でかなり盛り上がってしまった。

 添乗員さんもお部屋に戻った後は、誰もいなくなった暖炉に当たりながら日記の続きを書いていた。
 ひたすら動物を待っている私を哀れに思ったのか、レンジャー(なのかな?)の人が話しかけてくれる。「多分、1時半くらいに出てくるよ」とか「さっき携帯電話をかけて呼んでおいたから」などとおっしゃる。

 毎日、どんな動物が何時頃に来たのか記録に残しているそうで、そのレコードブックも見せてもらう。
 9月6日にはヒョウとサイが両方来ていて、うーん、この日に泊まりたかった! と思ってしまった。9月中でヒョウが現れたのはこの日だけ。サイは3〜4日置きに現れているようだった。

 ハイエナとかバッファローはいるのだけれど、待っているヒョウやサイは出てきてくれなくて、レンジャーの人とおしゃべりを続ける。
 もっとも、私の英語は中学生レベルも怪しいから、大した話はできない。「どこから来たの?」とか「どんな仕事をしているの?」とか。この答えだって入国カードに「Public Servant」と書いていなかったら素直には出てこなかったくらいだ。入国カード、ありがとう。

 「それはいい仕事だ。」と言われ、「to live the people」を「人々を生かすための仕事だ」と変換してしまった私は、微妙に誤解があるような気もしたし、でも訂正するだけの語学力もないしで、考え込んでしまった。
 彼は動物が好きで、今の仕事も好きだし誇りを持っている、とキッパリと言っていて、それが羨ましかった。
 暖炉に当たりながらこんな話をしていて、周りにはほとんど人もいなくなっていて、何て贅沢なんでしょう、とぼんやり考えていた。

 「サイが来たら起こしてあげるから」と言われ、1時半過ぎにギブアップした。シャワーを浴びる元気もなくて、隣のベッドから毛布を奪い、すっかり温くなっていた湯たんぽを抱え込んで寝てしまった。

2005年5月21日記
2005年6月4日画像追加

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