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2008.01.01

エジプト旅行記2日目 その1

2008年1月1日(火曜日)

メリディアンのお部屋 ル・メリディアン・ピラミッドの部屋は、確かピラミッド・ビュー指定だったのだけれど、部屋に入ってまず窓に寄ってみたら、もの凄く狭い(幅1mくらい)の視界しか開けていない。しかも、はめ殺しの窓だったことにショックを受ける。
 添乗員さんにはガラ・パーティに参加される方はどうぞと言われていたけれど、眠いし、明日(というか今日)もハードスケジュールだし、行くつもりはなかったのだけれど、ガラス越しでなく夜空に浮かぶピラミッドの写真を撮ろうとフロントに向かった。
 そうしたら、とても「外に出る」と言える雰囲気ではない。そういえば、入るときにもセキュリティ・チェックを受けているのである。

 何となく流れでガラ・パーティ会場に入ってみたけれど、どう見ても「祭りの後」という雰囲気である。おそらく新年が明けた瞬間に鳴らされたのだろうクラッカーの残骸が床に散らばり、バンドは解散し、人もほとんどいない。
 何故かお料理だけはたくさんあって、お寿司やタイカレーなどなどの屋台も出ている。添乗員さんと2人、ミシェルさん(現地のエージェントさんだと思う)お勧めの「エジプトのお菓子」をいくつかいただいてから部屋に戻った。
 何とか2時前にはベッドに入った。

 ハードスケジュールだと思っていた理由のひとつは、生まれて初めて見る初日の出はエジプトの初日の出にしようと目論んでいたからだ。
 6時ころには起き出し、少しだけ明るくなってきた6時30分くらいには部屋を出てプールサイドに向かった。プールへの扉は鍵はかかっておらず、難なく外に出ることができる。考えてみれば、昨夜もそうすればよかったのだ。

 ライトアップされたプールの向こうに浮かぶピラミッドは、なかなか幻想的である。
 同じことを考えた人は全くいなかったらしく(お部屋から見えたからだろうか)、宿泊客らしい姿は全くない。その代わり、こんな時間からプールサイドに出てくる酔狂な客に興味を持ったらしいホテル・スタッフから「おはよう(日本語で)」「Japanise?」と声がかかる。

初日の出 プールサイドからメインエントランス上のテラスに上がることができた。
 そこにもスタッフのおじさんがいて、こっちが東だとか、10時くらいになるとピラミッドと太陽の位置が重なるんだなどと教えてくれる。
 このホテルからピラミッドは南の方向にあるので、初日の出とピラミッドを1枚の写真に収めることは叶わず、この写真は太陽の光を反射した雲による「嘘っこ初日の出」の写真である。

 このおじさん、親切なんだけど「結婚しているのか」Noと答えると「どうして結婚しないのか」「日本人の男性は何人の奥さんを持てるのか(流石にイスラムの国の人である)」1人だと答えると「どうして1人としか結婚できないのか」と次々と質問が繰り出される。
 日本語でも答えに詰まるようなことを英語で聞かれても困る。
 「何歳か」と聞かれたので「何歳に見える?」と聞き返したら「24歳」と言われたし、最後に「色々と聞いちゃってごめんね」と言われたので許すが、しかし「おじさん」と思っていた彼は30歳で、私よりもずっと年下だった。

朝食 7時30分から朝食を食べられるということでレストランに行くと、その手前のソファで添乗員さんが待ちかまえていた。
 金箔入りの日本酒を持参されていた「御神酒にどうぞ」と言ってくださる。有り難くいただく。
 エジプトでお正月の朝に金箔の入った日本酒を飲む。粋なのかシュールなのか、微妙なところである。でも嬉しい。
 ビュッフェ式の朝食では、何となくこの先野菜不足になるような気がして、焼いたトマトを見つけてなるべく大きいのを選んでしまう。

 そして、8時30分にホテルを出発し、ピラミッドに向かった。
 ガイドのハニーさんは、とても丁寧に色々なことを話してくれる。メモを取っているのが私だけなんて勿体ない限りだ。
 実は、最初のうちは「あちこちの本にピラミッドのことなら書いてあるし」と思っていたのだけれど、ハタと「いや、エジプトのガイドさんが今この時点でどう説明したかというのは重要なことなのでは」と思い直し、真面目にメモをするようになったのだ。
 例えば、ピラミッドは、「王の墓」兼「神への捧げもの」だと聞いて、その辺りは通説(と思っている説明)なのだなと思ったりする。

 クフ王のピラミッド前で、恐らくはチケットの購入待ちの間、説明を受ける。
 ちなみに、ギザのピラミッド群全体の入場料は50エジプトポンド、クフ王のピラミッドの入場料が100エジプトポンド、太陽の船博物館の入場料が40エジプトポンドである。
 エジプトの人はピラミッドのことを「ピラミッド」とは呼ばず、「ハラム(アラビア語で「古いもの」)と呼んでいるのだそうだ。
 カイロは「ナイル川の向こう側」、ギザは「ナイル川のこちら側」という意味だそうで、死者の街であるギザの方を中心に考えられているのが面白い。ピラミッドは基本的にナイル川の西岸にしか造られていないのだ。

化粧石 世界最大のピラミッドであるクフ王のピラミッドは、土台を造るのに10年、上部を積み上げるのにさらに22年かかっており、坂道をピラミッドの周りに造ってそれで石を積んで作ったと考えられているという。
 その石は、カイロからナイル川の氾濫を利用してギザまで運ばれてきたのだそうだ。
 ピラミッドは、建造当時は白い化粧石で覆われていたけれど、その後の王が自分のお墓を作るためなどにどんどん剥がして使ってしまい、今の姿になっているという。

 それにしても、ピラミッドは意味なくデカい。
 元々の高さは147mあり、今では上の方が欠けて137mになってしまっているそうだけれど、それにしたってデカい。
 見上げてぼーっとしてしまう。
 どうして墓がこんなにデカくなくてはならないのかさっぱり判らない。
 非常識にデカい。
 そして、ピラミッドを造るのに使われている石のひとつひとつも大きかったのが意外だった。

 クフ王のピラミッドに入る前に、ハニーさんから色々と説明を聞く。ガイドさんが一緒に入ると説明をして渋滞が起こってしまうため、禁止されてしまっているという。内部の写真撮影も禁止で、もっと前に来たかったなという気がしなくもない。 
 クフ王のピラミッドには、盗掘した人が開けた穴から入る。その上に本物の入口があるのだけれど、罠が仕掛けられているので使わないのだそうだ。

ピラミッド入口 入口から20mくらい下がって行くと、さらに下に行く通路があるのだけれど、そちらは閉鎖されており、そこから上に伸びる低くて狭い通路を行くのだそうだ。
 その狭い通路を38m上ったところで、王妃の部屋に続く水平の通路があるけれど、そちらも通ることはできない。
 そこからは、高さ8mの大回廊を上って、王の部屋に到達する。
 ピラミッドの頂点と王の部屋、王妃の部屋は垂直にほぼ重なっており、王の部屋の上には空間があって重力軽減のためだと言われているけれど、まだ確かなことは判っていないようだ。

 ハニーさんに、「王の部屋にある石棺の方が、入口よりも大きくて、未だにどうやって中に入れたのか判っていない。確かめて来てください」と言われて出発する。
 最初のうちは、壁がでこぼこしていて、いかにも「がんばって強引に穴を開けました」という感じで泥棒の不屈の闘志が伺われる。
 途中で本来の通路にぶつかるのだけれど、この「本来の通路」が狭くて急で大変である。
 今は、床に滑り止めつきの板が敷かれ、手すりがあり、灯りもあるのだけれど、当時の人はどうやってこの通路を利用していたのだろう? とてもじゃないけれど、人間の使用が予定されていたとは思えない仕様である。

 大回廊を含め、通路は人がやっとすれ違えるくらいだし、中腰で歩かなくてはならない部分も長い。
 まだ冬のためか、友人に「もの凄い匂いで先に進めなかった」と聞いていた匂いはそれほど気にならなかったけれど、それでも半袖Tシャツに長袖シャツを羽織っていた私は汗だくになってしまった。
 夏場の場合、サウナのようになってしまい途中で引き返してくる人がほとんどだというのも納得できる。

 大回廊で見上げると、天井高8mというその上にも「ギッシリ」石が詰まって組んである。
 落ちてきたら一巻の終わりだよな、と思う。
 マチュピチュのインカの石組みももちろん凄かったけれど、ピラミッドのこの大回廊の石の組まれ方だって凄いと思う。隙間詰め込まれ、積み上げられている。

 王の部屋の入口よりも、確かに石棺の方が大きい。そして、石棺は一枚岩をくりぬいてできており(というように見え)、材料を運び込んで組み立てたというのもナシな感じである。
 王の部屋は花崗岩でできているのだけれど、その花崗岩はギザから南に1000kmも離れたところでしか産出されないそうだ。
 王の部屋にあると教えられていた空気穴を覗いてみると、途中で曲がっていてそれほど先の方までは見通せない。空気穴ではなく、死者の魂のための出入り口ではないかという説もあるという。
 ちなみに、王の部屋は懐中電灯が必須である。

 何もないといえば何もないところなのだけれど、ギッシリというかギュッというか、そういう圧迫感を感じる。
 今来た道を戻って外に出たときには、ピラミッド内部滞在時間わずか30分だというのに、思わず深呼吸をしてしまった。
 後でさらに驚くことになるのだけれど、ツアーでご一緒したみなさん、本当に遺跡滞在時間が短い。王の部屋でもそれほどゆっくりしていたつもりはないのだけれど、気がついたら、遺跡に興味があるとおっしゃっていたお嬢さん以外の方はみんないなくなってしまっていた。

 ピラミッドの中には、四辺と東西南北が合っているものが全体の半数くらいあるそうだ。
 ギザの3つのピラミッドは「合っている」方の3つである。この「合っている」方のピラミッドにはピラミッドパワーがあるのだとハニーさんは言う。
 ベッカムは一晩ピラミッドに籠もって怪我を治したし、大学の実権も行われているのだそうだ。
 出てきてから「若返っているかな?」と聞いてみたら、「1週間くらい籠もっていれば」という返事だった。それは御免被りたい。

 そのまま歩いて太陽の船博物館に向かい、10時前に入館した。
 ツアーパンフレットなどで「通常のツアーでは訪れない太陽の船博物館にも入館!」という書き方をされていることの多い場所である。
 とりあえず、建物の外観がほとんどプレハブのようで、すぐ隣にあるクフ王のピラミッドと釣り合いが取れていないことは確かだと思う。

 太陽の船博物館では、入館時に渡された袋を靴の上から履く必要がある。この袋を履こうとして爪を割ってしまった私は(袋のサイズが靴のサイズに比べて小さかったのだ)、かなり太陽の船博物館に点が辛いのである。
 太陽の船は、必ず2隻、分会されて穴に埋められているという。この太陽の船の相棒は、日本の援助で建てられる博物館に納められる予定だと聞いた。

太陽の船 この船は、副葬品というだけでなく、実際にその昔、ナイル川で水運に使われていたのだろうという。
 この船、大きいし、木製だし、何となく安定が悪そうだけれど、本当に「船」として使われていたんだろうか。
 この辺りの気候が乾燥しているため、木製だけれど腐らずにほぼ完全な姿に組み立て直せるほどの状態でずっと保存されてきたのだということだった。
 
 ところで、この博物館にはミュージアムショップが併設されていた。
 ここにあった絵はがきは、この後で見かけたどの絵はがきよりもセンスがよかったと思う。1枚3エジプトポンド、政府がやっているお店なので値引きは一切なしだったけれど、お勧めである。

カフラー王のピラミッド 次に向かったのが、カフラー王とメンカウラー王のピラミッドの、ちょうど中間地点だった。
 カフラー王のピラミッドは、クフ王のピラミッドよりも、ピラミッド自体として比べると低いのだけれど、てっぺんがそれほど欠けていないことと、少し高い位置に建てられていることから、同じか、より高いくらいに見える。
 そして、てっぺん近くに化粧石が残っていることもあって、姿よく見える。
 クフ王のピラミッドがKINGだったら、カフラー王のピラミッドはQUEENという感じである。
 ただし、一番小さな(といっても高さは65.5mある)メンカウラー王のピラミッドがJUCKという感じかどうかは微妙なところだ。何故だろう。

POLICE そして、ここへ来て気づいたのだけれど、何故だかこの「カフラー王とメンカウラー王のピラミッドの間」には、POLICEの姿が多かった。
 このラクダに乗ってメンカウラー王のピラミッド前を行き来していたおじさんも、被っている帽子を正面から見ればPOLICEと書かれている。
 ここで聞いた話だったか、後で聞いた話だったか忘れたけれど、こうした遺跡警備に当たっているPOLICEは、警察官ではなく軍の人なのだそうだ。治安維持というよりも、観光客の安全が最優先課題になっていることが感じられる。

 多分、そこからバスで連れて行ってもらったと思うのだけれど(もう覚えていない)、3つのピラミッドが見渡せるビューポイントに向かった。
 11時ころに行ったら、ちょうどNHKの特番で生中継をしているところだった。
 テレビに映ってやろうかというチャレンジ精神が涌いたけれど、それは余りにも恥ずかしいだろうと反省して諦める。

ギザのピラミッド そのビューポイントでツアーの全員で集合写真を撮り(正確にいうと、ビューポイントにはそれを商売にしているカメラマンがいる)、国内旅行だったらこういう写真を1000円で買ったりしないよなと思いつつ、周りの方々につられて購入してしまう。
 もちろん、自分でも何枚か写真を撮る。決して快晴ではなく、何となく霞んでいるような気もするのだけれど、この前日には全くピラミッドが見えなかったというから驚きである。
 左から、クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、メンカウラー王のピラミッドだけれど、やっぱりクフ王のピラミッドよりもカフラー王のピラミッドの方が大きく見える。

 そのままのノリで、最終的には全員で、ラクダにも乗ることになった。
 正味5分くらいで5ドルというのは高いのじゃないかというのは、後になって出てきた感想である。前足から立ち上がり(だったと思う)、前足から座る(これは確か)。その立ったり座ったりが不安定で角度もあって、振り落とされるのじゃないかと思う。
 しかし、ゆっくり歩くだけだったせいか、馬よりも乗り心地はいいような気がした。
 ガイドさんが添乗員さんと二人乗りで、引き綱なしで追ってきたときにはびっくりした。エジプト人というのは皆、生まれながらにしてラクダに乗れてしまうのだろうか。

 そして、ギザのピラミッド・コンプレックスの最後はスフィンクススフィンクスである。
 真打ち登場という感じだ。河岸神殿を通り抜けて近づく。
 スフィンクスは、石灰の一枚岩から掘り出されて作られたという。化粧板は花崗岩である。
 スフィンクスには元々ヒゲがあったのだけれど、それは今は大英博物館にある。エジプト政府は変換を求めているけれど、なかなか返してもらえないのだそうだ。
 アップで見るとかすかに判るような気がしなくもないというレベルで、頭の後ろはオレンジ色、耳の後ろは紫色にその昔は彩色されていたという片鱗を見ることができる。

スフィンクスとピラミッドスフィンクス

 スフィンクスの足元には碑文があるそうなのだけれど、彼の頭は今すぐ落ちてもおかしくないくらいにもろくなっており、近寄ることはできないそうだ。
 そう聞いていたせいか、最初、スフィンクスの顔などにところどころ見える黒っぽいグレーのものは補強のための楔か何かだと思っていたのだけれど、実は鳩だったのが我ながら可笑しかった。

 それにしても、スフィンクスは変な奴である。
 妙に前足が長く、私は実は気がつかなかったのだけれど、長い尻尾も持っている。それなのに、顔はやたらと賢げである。
 そして、スフィンクス自身のせいでは全くないのだけれど、その視線の先にはケンタッキーフライドチキンがある。
 もっとも、本当に目の前にケンタッキーがあるのじゃないかとかなり心配していたのだけれど、私の裸眼では(両目で1.0くらいはある)スフィンクスの位置からケンタッキーの看板を確認することはできなかったので、ほっとした。

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2008年6月29日記

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