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2009.09.26

ベネズエラ旅行記1日目

2009年8月15日(土曜日)

 ツアーの集合時刻は13時55分だった。
 そう言われるとギリギリでいいやと思ってしまうのが人情(?)で、私が成田空港第1ターミナル駅に到着したのは13時45分だった。
 そこから、前日に空港宅配を利用して送ったキャリーケースをピックアップし、荷物を多少整理して旅行社のカウンターに到着したときには恐らく集合時刻は過ぎていたと思う。

 今回、旅行社からはしつこいくらい「ロストバゲージがあった場合、他のツアーとは違って荷物が追いかけてくることは不可能です。最低限必要な荷物は手荷物でお持ちください。」という注意事項が告げられていた。
 そのアナウンスに従い、私にしては珍しく、2日分くらいの着替えとレインウエアなど「必需品」と思われるものをリュックに詰めて機内持ち込みにした。
 その他に、貴重品などを入れたレスポのデラックスエブリディバッグを持っているので、動きづらいことこの上ない。
 毎回、リュックともう一つバッグを持つならウエストバッグが必要だと思いつつ、未だに買っていないのは我ながら不思議である。

 ツアー受付のカウンターで順番を待っている間、そこにいた旅行社のお姉さんに「随分、空港が空いているんですね。」と聞いてみたところ(到着ロビーもガラガラなように見えた)、「私も朝からいますが、ずっとこんな感じですね。」という返事だった。
 チェックインは各自でお願いします、バッグには全て旅行社のタグをつけてください、預け入れ荷物はカラカスまで直行させますのでその旨を確認してください、と言われてチェックインカウンターに行く。

 コンチネンタル航空のチェックインカウンターのお姉さんに「TSA対応のキーも外してください。」と言われ、気休めにヒモ(パンを買ったときなどにビニルを留めている金色の奴の名前は何というのだろう)でキャリーケースのファスナーを結ぶ。
 「カラカスまで通路側の席をお取りできています。」と言われ、ダメ元で書いたリクエストに対応してもらえたことに感謝し、「ありがとうございます!」とお礼を言う。リクエストが通るかどうかはケースバイケースということなんだろう。有り難い。

 元の旅行社のカウンターに戻ると、クレームタグとヒューストンからカラカスまでのボーディングパスが回収された。14時15分に再集合してください、両替がまだでしたらこの間にしてしまってください、と言われる。
 空港で円から外国通貨に両替するときは、到着ロビーの銀行のレートが一番いいような気がする。しかし、集合時刻までの時間を考えると流石にそんな余裕はない。目の前にあった三井住友銀行で、10万円が1024ドルになり、58円のお釣りが来た。
 10万円は両替し過ぎだとは思うけれど、500ドル前後はオプショナルの遊覧ヘリで使ってしまうし、今は円高だから余ったらまた次の旅行で使えばいい。
 しかし、今から思えば、持ち歩く危険性を考えていないところが阿呆である。

 14時15分に集合すると、事前に添乗員さんからメールで連絡があったとおり、女性8人のツアーだった。
 添乗員さんからの事前連絡は電話が通常だけれど、携帯電話を持たない私は多分電話をもらうのに苦労するだろうと予めメールで連絡をもらえるようにお願いしてあった。お手数をおかけして申し訳ないけれど、確実に連絡をもらえて有り難い。
 斜めがけできるパスポートケースや、「この時節なので。」と除菌ティッシュが配られる。
 メールの文面や、女性8人のツアーにつく男性の添乗員さんという状況から絶対に年配で貫禄あるおじさんに違いないと思っていた添乗員さんは、どうも私と同年代に見える。

 先ほどおしゃべりしたお姉さんが「社を代表してみなさまのお見送りに参りました。」と口上を述べた後、「それでは、添乗の**から・・・。」と添乗員さんの名前をファーストネームで呼び捨てにし、その場にいた全員が吹き出した。
 添乗員さんご本人は、「社内に同じ名字の者が3人いまして。自分が一番新入りなので、社内では名前で呼ばれているんです。」と笑っている。
 どうもこれは黒一点かつ最終日に実は最年少だったと判明する添乗員さんを気遣って、このお姉さんが仕組んだのではないかと思う。

 14時30分に解散、15時20分にゲート前に集合となった。
 セキュリティを抜けるのに10分ほど、出国審査を抜けるのに15分ほどかかった。
 免税店で化粧品を見たけれど、乗り継ぎするヒューストンでキャリーケースをピックアップできないので、液体物は購入できない。
 機内で飲むためと現地での詰め替え用にペットボトルのお茶を購入し、その後は、空いているゲート前の椅子に座って、コナン・ドイルの「失われた世界」を読んでいた。

 15時55分離陸予定だったコンチネンタル航空6便は、グアムからの乗継便待ちと、椅子の故障のために離陸が遅れた。実際に離陸したのは16時30分を過ぎていたと思う。
 18時過ぎに機内食が配られた。
 前菜サラダ、ロールパン、メインはチキンカレーか赤魚のほうれん草ソースが選べ、私が最後のチキンカレーを選んでしまったようだ。申し訳ないような、ラッキーなような、複雑な気分である。
 メニューに「チョコレートマシュマロパイ」と書かれていたデザートがエンゼルパイ(もどき)だったので脱力する。

 添乗員さんはしつこいくらい「休んでください。」「少しでも眠ってください。」と言う。
 3-3-3という座席並びの真ん中3列の通路側の席で、お隣は二人組の方だったので、寝るのも立つのも自由自在だ。しかし、如何せん、私は飛行機で眠れた試しがない。
 このときも、オンデマンドで映画を見ることができたので、三谷幸喜監督の「Magic Hour」を見て、「面白くない・・・。」などと勝手な感想を思い浮かべつつ、ほとんど眠ることはできなかった。

 その後、23時前くらいにチーズバーガーとバニラアイスが配られた。
 米国時間では8月15日の9時くらいだったので、朝食という位置づけだったと思われる。

 (ここから米国時間で表記。)

 地球の自転と逆向きに飛行機が飛んでいるせいで、8月15日が異常に長い。
 同日の正午頃、機内の明かりが点いた。眠い。10時間を超す飛行時間のうち、眠れたのはトータル3時間くらいだったと思う。しかも、読んでしまおうと思っていた「失われた世界」も全く読み進められていない。
 12時30分に機内食が配られた。フルーツ、ロールパン、メインはプレーンオムレツかトマトソースのパスタが選べたので、オムレツを頼む。
 着陸前に「サインもしておきましたから。」と添乗員さんが米国の入国カードを配ってくれた。税関申告書とeチケットも併せて渡される。

 離陸が遅れた分到着も遅れ、14時前にヒューストンに到着した。
 気温34度だそうで、暑い。
 入国審査前の通路で一旦集合し、ESTAの手続きを旅行社に頼んだ方々に控えの紙が配られた。8人中5人の人が頼んでいたことにちょっと驚く。私は5000円の手数料は高いと思ってしまったので、インターネットで自力で取得している。
 「パスポートに中東の国々のスタンプがある場合、別室に連れて行かれてインタビューを受ける可能性があります。」と言われ、ちょっと不安になる。

 入国審査はかなり混雑していて、1時間半近く並んだ。インタビューを受ける人が多いから時間がかかっているのかと不安になったけれど、実際は、指紋の採取と写真撮影に時間がかかっていたようだ。待ち時間の割に、入国審査自体は特に問題なく済ませることができた。
 しかし、何の特別な理由もなく指紋を採られ、写真を撮られるというのは嫌なものである。ますます、私の米国嫌いが進行する。

 ヒューストンでの乗継待ち時間が10時間あるため、ツアーの有り難さで、休息のために空港近くのホテルが用意されていた。体を伸ばして休めるのは嬉しい。
 シャトルバスで10分ほどのホリディイン・ホテルに向かった。
 ホリディイン・ホテルのロビーには、自由に飲める冷水とレモネードのタンクと、コーヒーメーカーが置いてあって、こちらも有り難い。

 16時30分に部屋に入れたもの、入ってみた部屋の様子が明らかにおかしい。
 ベッドメイクも掃除もされていない。
 添乗員さんの部屋をコールしても誰も出なかったので自力で交渉しようとロビーに降りると、ネットで調べ物をしていたらしい添乗員さんを発見できてほっとする。
 開口一番「現地の天気はいいようですよ。」と教えてくれたのは嬉しいけれど、喫緊の課題は他にある。事情を話して部屋を交換してもらった。

 部屋に入り、速攻でバスタブに浸かる。このツアーでは、この後カラカスに戻るまでバスタブがあるホテルやロッジに泊まることはない筈だ。リラックスするにも重要である。
 部屋のコーヒーメーカーを利用してお湯を沸かし、持参したティーバッグのお茶を飲み、飛行機でもらったお菓子を食べたらもう18時近い。モーニングコールは22時と言われていたし、「とにかく休んでください。」とここでも強調されていたので、ベッドに潜り込む。
 流石にベッドの力は偉大で、1時間ずつの細切れだったけれど、トータル3時間は眠ることができた。

 22時30分にホテルを出発し、22時50分にセキュリティチェックを通過できた。入国に比べて出国は何と簡単なのだろう。
 ただ、ゲートを通る際に、どんな靴だろうと問答無用で脱がされた。ドバイでゲートを通る際にブザーが鳴って靴を脱がされたことはあったけれど、最初から「靴を脱げ。」と言われたのは初めてである。
 ツアーメンバーに、大腿骨部分に金属を入れてあるという方がいらっしゃった。その方は慣れていて事情を説明する英語のメモを持参されていたけれど、それでもかなり念入りにボディチェックが行われていた。

 米国では出国審査はなく、入国カードの半券を、ゲートにある航空会社のカウンターに提出するとコンピュータ上「出国」の処理が行われるそうだ。
 23時5分にゲートに到着し、25分に搭乗開始となった。
 今度の飛行機は、3-3という座席配置で、隣が空席の通路側だった。ラッキーである。
 23時59分発予定のコンチネンタル航空1666便は理由が不明のまま離陸が遅れ、そうこうしているうちに、長かった8月15日が終わった。

 ->ベネズエラ旅行記2日目

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