2010.01.31

河口湖旅行記の入口を作る

富士山 2010年1月16日(土曜日)から1泊2日で、母と2人で河口湖に行って来た。
 母のリクエストは「真っ白な富士山が見たい」「大きな富士山が見たい」ということだった。
  とにかく「富士山を眺める」ことが唯一のテーマだったので、河口湖と富士山を眺められるホテルに宿泊し、富士山を堪能して帰って来た。

 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 2010年1月16日(土曜日) 河口湖旅行記1日目

 2010年1月17日(日曜日) 河口湖旅行記2日目

 今回の旅行でかかった費用は、1人分で約30000円強(宿泊費と食費と交通費とロープウエイ代を含み、お土産代は含まれていない)だった。

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河口湖旅行記2日目

2010年1月17日(日曜日)

 昨日6時30分にセットしたモーニングコールで起き出した。
 カーテンをばっと開けると、そこには雲一つない青空(というには、日の出前なのでちょっと紫がかっている)が広がり、富士山がばーんとそびえていた。
 早起きした甲斐があったというものである。

日の出前の逆さ富士 しばらくぼーっと富士山を眺めていると、山頂付近の雪がうっすらピンクに染まり始めるのと同時に、河口湖の水面にゆっくりと富士山の姿が映し出された。
 逆さ富士である!
 慌てて「富士山がピンクに染まり始めたよ!」と母を呼ぶと、お隣のお部屋でも「逆さ富士が見られるぞ。」と誰かを呼んでいる声がしていた。

日の出直後の逆さ富士 日の出時刻を過ぎると、やはりより一層、富士山頂付近の雪を染めるピンク色が濃くなったような気がする。
 そして、逆さ富士というのは、ずっと見えているものではないらしい。
 日曜の朝だったためか、湖面を揺らすようなボートは出ていなかったけれど、それでも、10分くらいすると逆さ富士は見られなくなってしまった。
 しかし、この景色をお部屋のテラスから思う存分眺められたのだから満足である。

7時20分の逆さ富士 やはり朝の空気は冷たい。
 「花火をご覧になる際にお使いください」と部屋に置かれていた粉末レモネードを作り、すすりながら富士山を眺める。
 日の出の約20分後、明るくなった空を背景にして再び現れた「揺れる逆さ富士」を眺めて、「きりがないね。」ということになり、朝風呂に出かけた。
 もちろん、最上階にある大浴場からも富士山を眺めることができる。

 風のテラス KUKUNAの大浴場は男女入れ替え制で真夜中に交代になるので、今朝は昨夜とは違う大浴場である。
 片方はスチームサウナ、もう片方はドライサウナが併設されている。貧血気味でサウナはほとんど使わない私にとっては、はっきり言って、あまり違いはない。
 昨日の夕方に露天風呂に浸かっていたときが一番寒かったような気がする。今朝は、露天風呂に浸かっていてもあまり寒く感じない。
 30分ほど、のんびり温まった。

朝食 旅行に出て、朝食を和食か洋食か選べるときは、母も私も洋食を選んでしまう。普段の朝食が和食だからだろうか。
 このホテルの朝食はビュッフェ式で、和食メニューと洋食メニューが両方用意されている。母も私も洋食メニューを選んでトレイに載せた。
 8時30分頃に行ったらテーブルはほぼ埋まっていて、「窓際のお席が空いていないので・・・。」と案内された。富士山はお部屋から堪能したので、全く問題ない。
 自家製プリンが美味しかった。

 9時30分過ぎにチェックアウトし、送迎について聞くと、10時に駅までバスを出します、と言う。
 途中にあるロープウエイに乗りたかったのでそこで降ろして貰えるか尋ねるとOKで、ロープウエイと、その近くから出港している遊覧船の割引券をくださった。
 送迎バスの時間まで少しあったので、河口湖畔(といっても、ホテルの目の前の道路を渡ればそこが河口湖である)まで行ってみる。

湖畔から

 このホテルでは「玄関前の横断」にとても気を遣っている。
 駐車場から車を出そうとしているお客さんはもちろんのこと、私たちのように徒歩で道路を渡ろうとしている場合にも、ガソリンスタンドのお兄さん達のように道路を走る車を止め、渡らせてくれる。
 恐縮の限りである。

 そして、私の手元にあったカメラを見て「お二人で撮りましょうか。」とおっしゃってくださったのでお願いし、さらにその辺りをふらふらと歩く。
 今日も岸に近い方の湖面には薄氷が張っている。
 ホテルの方の話によると、薄氷が張っているとなかなか「くっきりした」逆さ富士にはなりにくいそうだ。

 駅までの送迎バスに乗り、ロープウエイ乗り場で降ろしてもらった。荷物をコインロッカーに預け(200円)、ロープウエイ(割引券利用で往復630円)に乗る。
 その名も「カチカチ山ロープウエイ」である。
 2台あるロープウエイの箱の上にも、それぞれやけに漫画チックなウサギと狸の人形が飾られている。
 後になって知ったところでは、この「カチカチ山」の名前の由来は、昔話のカチカチ山の舞台であるということではなく、太宰治が書いた、昔話の「カチカチ山」を翻案した短編(「お伽草紙」に収録されている)の舞台となったのが、この天上山であるらしい。

富士山全景 そして、ロープウエイが219mの高低差を登り切ると、「富士見台駅」と名付けられたその場所からは、富士山が一望できた。
 ホテルから見たときは、ちょうどこの天上山に遮られて見えなかった左側の裾野も全て見渡すことができる。
 富士急ハイランドも見えるし、左手にやけに茶色く広く見える場所は恐らく自衛隊の駐屯地だろう。
 こうして見ると富士山って扁平な感じがするわなどと勝手なことも思う。いくら眺めていても見飽きることはない。
 昼近くなったら雲が出てくるかと覚悟していたけれど、裾野の方はともかくとして、富士山頂が雲に隠れる気配は全くない。

河口湖全景 富士山に見とれてつい忘れてしまいそうだけれど、この展望台からは河口湖の全景も眺めることができる。
 こうして見ると、結構、大きな湖である。
 そして、左奥に雪を被った山々を遠く望むことができた。あの山が何という山なのか、実は未だに判らない。河口湖からちょうど真西に近い方角だと思う。あれは何という山だったのだろう。

 ロープウエイに乗って展望台に上がったら寒いだろうと思い、かつ、荷物になるのは嫌だったのでこの日は、ヒートテックのキャミソールに長袖のタートルネックシャツ、半袖のチュニックを重ねてさらにウールの長袖シャツを着込んでいた。
 日向はこれだと暑いくらいだけれど、日陰に入ると途端に冷え込んで、これでもちょっと寒いくらいだった。
 河口湖はイメージよりも、天気予報で聞いた最低気温と最高気温よりも、暖かい場所だった。

山頂へ続く道 このロープウエイは天上山山頂まで連れてきてくれたわけではなく、ここから20分ほど徒歩で登ると天上山頂で、山頂には小御嶽神社があるそうだ。
 山頂からさらに三つ峠へ向かう山道が続いているようである。
 「山登り」の完全装備をした年配の男性が5〜6人、山頂に続く道を降りてきて休憩していた。
 霊験あらたからしい小御嶽神社にお参りしようかと少し歩いたけれど、ご覧のとおりの雪道で、登りはともかくとして、単なるウォーキングシューズでは下りでコケることが目に見えていたので断念した。

 1時間ほど主に富士山を堪能してカチカチ山を下りた。ロープウエイの湖畔駅でお手洗いを借りたら、便座が暖かくて驚いた。どうせなら、これで水道からお湯が出れば完璧なのにと思う。
 10分ほどで来た河口湖周遊レトロバスに乗って、河口湖ハーブ館に向かった。(150円)
 母が「河口湖を特集した旅番組で、一面のハーブ畑の向こうに富士山がそびえている景色を見た。」と言うので行ってみたけれど、どうも違う感じである。
 そもそも、河口湖ハーブ館の裏手は普通の住宅街であって、「ハーブ畑が広がっている」わけではない。
 今にして思うと、母がテレビで見たのは「河口湖ハーブ館」ではなく、河口湖自然生活館だったと思われる。

 「住宅街から見える富士山」を眺めつつ、12時になったことだし、「お腹空いていないかも。」と言い合いつつランチをいただくことにした。
 河口湖ハーブ館のすぐ裏手にある、レストラン・ロマランに向かう。
 外観は普通の住宅街にある普通の一軒家だ。

20100117_122458 ランチは、スープと自家製ハーブのサラダ、パンかまたはライスに、コーヒーまたは紅茶(ハーブティーもあったかも)が付いて、メインが4種類から選ぶことができる。
 私は富士桜ポークのマンダリンソースを選び、母はスズキのソテー バターソースを選んだ。
 美味しい!
 パンも自家製で、ほかほかしているのを持ってきてくれる。真ん中に入れられた切れ目の間にバターを挟んだらあっという間に溶けてしまった。
 これで1575円はお値打ちだと思う。大満足だ。

 13時15分のレトロバスで河口湖駅に戻り(150円)、富士急の窓口で聞くと、高速バスに空きがあるという。
 帰りは電車にしようかとも思ったけれど、来るときの高速バスが順調に走って快適だったし、電車だと乗り換えが面倒なので、バスで帰ることにした。14時10分発のバスのチケット(1700円)を購入する。
 駅の中にあるお土産物屋さんで職場のお土産を買ったり、妹夫婦へのお土産(富士山をデザインした柄が付いた、印田のストラップにした)を購入したりする。

河口湖駅と富士山 最後に、「何だか相似形だよ。」などと言いつつ、河口湖駅とその背後にそびえる富士山の姿を写真に納め、1泊2日の「富士山を満喫する旅」は幕を下ろした。

 帰りの高速バスは途中で乗り降りした人も含め、乗客は5人いるかいないかくらいだった。
 私たちが乗った方は2号車で、富士急ハイランドで追いつかれた1号車にもぱらぱらとしか乗客はいなかったように見えた。
 何だか謎の運行状況の高速バスである。

 河口湖旅行記1日目はこちら。

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2010.01.24

河口湖旅行記1日目

2010年1月16日(土曜日)

 昨年2月に妹が結婚し、10月に披露宴があった。
 妹は4月に家を出て新婚生活を送っていたので、正直に言って、妹の結婚準備で大変だったという記憶はない。
 でも、母はかなりやきもきし、気を遣っていたようで、9月半ばくらいから「披露宴が終わったら富士山を見に行こう。」と言われていた。

 9月半ばに「富士山を見に行く」と言われたら、紅葉の富士を見たいのだと思うではないか。
 ところが、「今月は疲れた。」とか「今月は(妹の旦那様のご両親を)お招きしたから疲れた。」と先送りされ、ついには「真っ白い富士山が見られればいい。」と言われたときには唖然とした。
 それなら、最初からそう言ってくれればいいのにと思うけれど、仕方がない。

ホテル外観 そんな紆余曲折を経て、2010年1月16日(土曜日)から1泊2日で、河口湖に母と2人で富士山を眺めに出かけた。
 何度母に確認しても「富士山を見られればいい。」と言うので、そのつもりで珍しくのんびり、ゆったり、歩く計画も遊ぶ計画も立てなかった。その代わり、宿は、富士山と河口湖の両方を眺められる、風のテラス KUKUNAを選んだ。

 出発もゆっくりにして、新宿でお昼を食べてから出かけることにした。お昼ごはんは、母のリクエストで牛タンのねぎしに行き、二人とも和風シチュー定食をいただく。
 時間が余ったので「最低気温が-7度、最高気温が2度ではとても寒いに違いない。」とデパートで母が毛糸の帽子を購入し、13時10分新宿発の富士急行の高速バスで河口湖に向けて出発した。
 高速バス料金は、Web割引があって片道一人1600円だ。

 河口湖経由平野行きの高速バスは後方に空席が一つ二つ見えただけでほぼ満席だった。
 みんなどこへ行くのだろう、土曜の昼過ぎの中途半端な時間帯なのに、と不思議に思う。
 中央高速は全く渋滞しておらず、所要2時間弱ではサービスエリアで休憩などということもなく、時折見える富士山の勇姿に目を凝らしているうちに、15時前に河口湖駅に到着した。

 ホテルのホームページを見ると、河口湖駅から電話すれば送迎の車が迎えに来てくれるという。
 電話をしてみると、「今そちらに迎えの車が行っているので、富士観光の案内所の方に行ってみてください。」という返事だ。
 慌ててそちらに行ってみると、確かにバンが待っていて「お一人は助手席に乗っていただきます。」と言われる。母を呼んできて無事に送迎の車に乗ることができた。

 駅を出るときに見えた駅前の温度計には、3.6度と表示されていて、その数字より体感は暖かい。完璧な防寒対策を施した甲斐もあったというものだ。
 このときの私は、山用の長袖アンダーシャツ、黒の長袖のハイネックシャツ、白とグレーとベージュのチェックの毛の厚手シャツ、グレーのダウンコート、下は黒のタイツに黒の綿パンツ、お腹と黒のハイカットウォーキングシューズの中にカイロ、という防寒態勢である。

 運転している方が、「3日前に降った雪がまだ残っていて・・・。」とおっしゃる。その口調からは、どうも「雪が降るのはいつものこと」というニュアンスが感じられない。
 「河口湖の辺りは、あまり雪は降らないんですか?」と尋ねると、「回数としてはほとんどないですね。」というお返事だった。
 雪よりも、河口湖に氷が張ることが寒さのメルクマールらしい。「今朝は、河口湖大橋の方まで一面、薄氷が張っていました。」とおっしゃっていた。

ウエルカムドリンク ホテルに到着するとたくさんの人が待ち構えていて、争うように荷物を持ってロビーに案内してくれた。
 ホテルの外観もロビーも、南国調といえばいいのか、アジアンテイストといえばいいのか、ハワイアンテイストといえばいいのか、その折衷のような雰囲気である。
 ウエルカムドリンクもハイビスカスティーとハーブクッキーだ。

 チェックインし、夕食の時間は「今日は花火があって混み合っているので」ということで、17時台か19時15分かどちらかです、と言われた。
 20時から始まる花火をお部屋から見えることは判っていたので、ゆっくり夕食をいただくためにも17時45分からで予約をお願いした。
 今はまだ15時過ぎだし、夕食前に温泉に浸かればきっとお腹も空くだろうという目論見である。

15時30分の富士 逆光ではない感じだけれど、夕方からお天気が崩れるという予報どおり、空に黒っぽい雲が出始め、富士山自体も何となく明るく光ってぼんやりした感じに見える。
 でも、お部屋のテラスからこれだけ富士山が真正面に見られたら文句はない。
 お茶を入れ、お腹は空いていなかったのでお菓子はパスして、種なし梅をいただく。
 ロビーや廊下などは南国リゾート調に改装されているけれど、少なくとも4階の和室のお部屋は、元の「日本旅館風」のままで、テーブルクロスなど小物で南国リゾートを演出しようとがんばっている、という風情である。
 来月に改装予定とホテルのWebサイトにお知らせが出ていたから、ちょっとぺこぺこしていた畳もきっと新しくされるだろう。

 富士山はいくら見ていても見飽きないけれど、何しろ「温泉に浸かってお腹を空かせる」という重要なミッションがある。
 16時過ぎに大浴場に向かった。
 かなり混雑している。男湯はスリッパも4〜5足しかないのに、女湯の方は20足近いスリッパが見える。
 スリッパの間違いを防ぐために小さな洗濯ばさみ(数字やひらがなの印つき)が用意されているところが細やかな心配りである。

 この大浴場で、実は、温泉の表示を見た記憶がない。
 大抵、温泉の場合は効能や成分が表示されている(表示義務があったような気がする)とけれど、それがない。
 お湯自体も、さらっとしていて無色透明、硫黄泉でないことだけは間違いない無臭のお湯である。
 ホテルのWebサイトで「温泉施設」と唱っているから温泉だと思っていたけれど、そういえばサイトにも温泉の成分等の説明はなかったし、もしかすると温泉ではなかったのかも知れない。

 大浴場はなかなか快適だった。
 露天風呂は寝湯、内風呂は立ち湯で入れるようになっている。他にサウナもあったけれど、私は使わなかった。
 9階なので、眺めもいい。
 その代わり、露天風呂はもの凄く寒かった。冷たい風が吹き付ける感じで、どうしても肩の一部が出てしまう寝湯では温まる気がしない。何だかお湯もぬるめのような気がしてきて、いつまででも入っていられるけれど、いつまでも温まらない気がする。

 手前にかかった雲がピンクに染まった富士山をゆっくりと露天風呂から眺め、最後に内風呂でゆっくり温まってから上がった。
 正味、1時間である。
 湯上がり処には、「富士の銘水」とその銘水から作った麦茶が用意されていて、こくこく飲んだ。

夕空と富士 部屋に戻ると、西の空はぼんやりしたオレンジに染まり、そのオレンジがぎりぎり富士山に届くかどうか、という辺りまで広がって来ていた。
 富士山はすでにシルエットである。
 この雲がなかったら、オレンジに染まる富士山を見ることができたろうか。
 しかし、17時45分から夕食の予約をしてあるので、そうそうのんびりしている訳には行かない。

 夕食はホテル内のレストランでのハーフビュッフェか、7軒隣にある網焼きのお店に行くか、選ぶことができる。
 母に聞いたところ、即答で「網焼きの方がいいかな。」だったので、そちらを予約してあった。
 外に行くのだから、部屋着のままという訳には行かないし、第一寒い。
 再び防寒対策バッチリに着込んで、「網焼HAMA」に出かけた。

網焼き1網焼き2

 網焼きのメニューはこんな感じである。

 魚介(ホタテ、有頭エビ、イカ)
 お肉(牛フィレステーキ、富士桜ポーク、手羽、ソーセージ2種)
 野菜(おかわり自由 きゃべつ、タマネギ、トマト、ピーマン、ジャガイモ、カボチャ、エリンギ、しめじ、にんじん等)
 ごはん(ごはんか焼きおにぎりで、おかわり自由)、わかめスープ、グリーンサラダ、

富士桜高原ビール 私も母も「ごはん」には焼きおにぎりを選び(この焼きおにぎりも目の前で焼いて食べる)、母は生ビール、私は、富士桜高原ビールのラオホを選んだ。
 富士桜高原ビールのラオホは、麦芽を乾燥させるときにスモークした、黒ビールっぽい味と見た目のビールで、母は「癖が強すぎる。」と言うけれど、濃いめに下味の付けられた網焼きと一緒に飲んだら絶品である。

 ここ5か月以上、それまでの食事量と比べると良くて2/3くらいしか受け付けなかった私の胃が、これだけのごはんを食べ尽くし、お野菜はお代わりもし、デザートのきな粉黒蜜アイスまで食べきったのだから、素晴らしい。
 17時45分過ぎには食べ始めたにもかかわらず、食べ終わってレストランを出たのは19時15分だった。
 「お車を呼びましょうか。」と言ってもらったけれど、腹ごなしにもならない距離だし、たくさん食べて身体は温まっているし、ゆっくり歩いて帰った。

 ホテルのお土産物屋さんを覗いた母は、「私のためにあるようなお茶だ!」と叫んでヤーコン茶を購入していた。
 私は寒中見舞い用に富士山の絵はがきを購入し、部屋に戻る。
 20時から、第13回冬花火・湖上の舞と称して、20分にわたって花火が打ち上げられる。
 少し遠いけれど、テラスに出れば遮るものもなく花火をバッチリ見ることができる。
 このために、夕食を早くしたのだ。

湖上の花火と遊覧船湖上の花火と打ち上げ花火

 2010年最初の花火だったようで、「こっちの電気も消さないとだめだ!」などとホテル・スタッフの方が調整に走っている声が聞こえてくる。
 ホテル前の小さな公園のようなスペースではキャンドルサービスも行われている。
 母と二人、寒い中カメラを構え、夢中になって花火を見、写真を撮りまくった。

打ち上げ花火フィナーレカラフルな打ち上げ花火 20分間の花火は、夏なら少し短く寂しく感じたかも知れないけれど、真冬の寒さの中、凍えながら、お部屋に用意されていたカイロでかじかむ手を暖めながら見ていると、夏の花火よりも色鮮やかにくっきりしていて、とても綺麗だったし、堪能した! という感じだった。

 きっと、花火を見ていた人は大浴場に温まりに行くに違いない。
 そう思って、混雑を避けようと二人で寝っ転がって「世界・ふしぎ発見!」を見始めたら、この週のテーマが「甦るイースター島伝説 歩け!歩くんだ!モアイ!!」でやけにハマってしまい、結局、最後まで見てしまった。何だかマヌケである。
 22時20分過ぎに行った大浴場はそれでもかなり混雑していたけれど、夕方に入ったときよりは露天風呂に浸かっていても寒くなく、1時間くらいのんびりした。

 母は「綺麗な夕焼けと富士山」が見られなかったことを相当に悔しく思っていたらしい。
 私に何度も「明日の日の出は何時くらい?」と聞くけれど、自慢ではないが、私がそんなことを知っているわけがない。
 あまりにも何度も聞かれたので、23時も過ぎているのに恐る恐るフロントに電話して「明日の日の出は何時かご存知でしょうか・・・。」と尋ねたところ、パリっとした男性の声が「6時54分でございます。」と何の躊躇もなく即答してくださった。

 目覚まし時計を6時30分にセットし、「明日は早起きだ!」と言いつつお布団に入った。

 河口湖旅行記2日目はこちら。

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2010.01.21

プロフィール写真を変える(河口湖の逆さ富士)

 2010年1月16日から1泊2日で河口湖に富士山を見に行って来た。

 母のリクエストだった「真っ白な富士山」は望めなかったけれど、その代わり、逆さ富士を見ることができた。
 日の出直後は、富士山頂付近の雪が微かにピンクに染まっていたのだけれど、それを上手く写真に撮ることができなかったのが残念だ。

 プロフィール写真にしたのは、その、日の出直後の逆さ富士である。

 逆さ富士はちょっとした状況の変化でその後も見えたり消えたりしていた。
 河口湖の岸辺には薄く氷が張っていて、それも逆さ富士を揺らがした原因のひとつだったようだ。
 プロフィール写真にしたこの写真が、その、エンジェルフォールの全景である。

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2010.01.20

職場でお土産を配る(河口湖)

 ついうっかり忘れていたのだけれど、今日になってやっと、職場で河口湖旅行のお土産を配った。

 配ったのは、こちらの、山梨ワインチョコレートである。

 年配の男性が多い職場なので、基本的にお土産はしょっぱいものを選ぶようにしているのだけれど、河口湖駅のお土産物屋さんには、手頃なしょっぱいお土産が見あたらなかったのだ。
 しょっぱいものがないなら、次善の策は、やはり酒気のものだろう。

 実は、私はまだ食べていないのだけれど、「仕事中にアルコールなんか摂取していいのか。」「いつもお酒臭い**さんが何を言っているんですか」というような会話が聞こえて来たから、それなりに職場の「和み」になったと考えることにした。

 それにしても、「どこに行ったの?」と聞かれ、「河口湖です」と答えたら、「近いところにも行くんだね」と言われる私って一体・・・、と思ったのだった。

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2010.01.17

無事、帰宅する(河口湖)

 2010年1月16日(土曜日)から、1泊2日で母と出かけた河口湖から帰ってきた。

 天気予報を見て「最低気温は-7度だ〜、最高気温が2度しかない〜。」と恐れおののき、かなり万全な防寒対策を施して出かけたのだけれど、行ってみたら全く寒くなくて拍子抜けしてしまった。

 ひたすら富士山を眺め、温泉に入り、美味しいものを食べ、花火を見て帰って来た。

 こういう、ほとんど歩かない旅もたまにはいいなぁ、と思ったのだった。

 ちなみに、1泊2日、2人で交通費、宿代、食事等の費用を足して、約58000円だった。
 この中には、お土産代は含まれていない。

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