2017.02.18

「死海文書が眠る洞窟、新たに発見 60年ぶり」の記事を読む

 「死海文書が眠る洞窟、新たに発見 60年ぶり」という記事を読んだ。

 ヨルダン川西岸にあるクムラン周辺で、死海文書の12番目の洞窟が発見されたことが2017年2月9日までに分かったそうだ。
 こうした発見は過去60年で初めてで、これまで、死海文書はクムランの11の洞窟でしか発見されていなかったという。

 陶器の破片や、壊れた巻物を入れる瓶、そのふたなどが洞窟の入り口に散乱し、さらに奥に入ると洞窟が崩落したようだったという。
 洞窟の崩落は意図的なものであることがすぐに判明し、約4.8mから約6mの長さの洞窟が隠れており、ふた付きの壊れた瓶を3つ、布製のカバーや巻物を入れた瓶にまかれていた革ひもも見つかったそうだ。
 研究チームは、盗掘者が1950年代ごろに洞窟をあさったとみているという。

 死海文書はヨルダンのアンマン城の博物館で見た。そのときは余りにも適当な感じで展示されていたことに驚いたものだ。
 保存の問題など色々あるだろうけれど、この洞窟がそのまま公開されればいいのにと思った。

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2016.07.01

「古代都市ペトラの遺跡、衛星画像とドローンで発見」の記事を読む

 「古代都市ペトラの遺跡、衛星画像とドローンで発見」という記事を読んだ。

 2016年6月14日の記事によると、学術誌「Bulletin of the American Schools of Oriental Research」に掲載された調査結果によれば、ヨルダンにある世界遺産ペトラに未知の遺構があったという。

 論文を発表したナショナル ジオグラフィック協会フェローのサラ・パーカック氏と、米国海外調査センター評議会事務局長のクリストファー・タトル氏は、まず高解像度の衛星画像を撮影し、次いでドローンでも上空から写真撮影、さらに地上調査で古代都市の中心から南に役800mの地点にある遺構の場所を確認し、記録したそうだ。

 古代都市ペトラの郊外に当たる北側や南側のエリアでは、探検家ヨハン・ブルクハルトが1812年に足を踏み入れて以来、盛んに調査が行われてきたが、都市の中心部周辺は調査の途上であり、日々新しい発見があるそうだ。
 新たに見つかった遺跡は、儀式を多くの人に見せる場所として高台に作られ、南北約56m、東西mの水平な壇で、内側に一回り小さな壇が置かれ、当初は敷石で舗装されていたという。内側の壇は東側に柱が一列に並び、巨大な階段の最上段を飾っていたそうだ。
 内側の壇上には、さらに、西に面した辺の中央付近に8.5m、8.5mの小さな建造物があり、階段のある東側に向かって開いているという。

 この遺跡の発掘はまだ行われていないが、地表で見つかった陶器には紀元前2世紀半ばの物があり、ナバテア人が公共の建物を造り始めた最初の事業でこの建造物ができた可能性を示しているそうだ。

 ペトラで今日見られる遺跡の多くは、紀元前1世紀末~紀元2世紀という2度目の全盛期に建てられているが、その時点で街は建設から1世紀かそれ以上が経過していたと、タトル氏は指摘しており、、今回発見された公共施設とみられる遺跡は、都市建設の初期に造られた可能性があるそうだ。

 タトル氏はこの発見について述べる中で、考古学者は上空から広範囲を見渡すことができ、古代の建造物のかすかな痕跡も特定できるほか、歴史上の複数の遺跡が地域内で互いにどう関係しているかも解明できるとして、衛星やドローンによる撮影を歓迎したという。

 私が考える程度のことはすでにとっくに実用化されていたのねと思った。
 これからの「発見」がとても楽しみである。

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2015.06.11

「死海沿岸で陥没3000カ所 ビーチや道路閉鎖相次ぐ」の記事を読む

 「死海沿岸で陥没3000カ所 ビーチや道路閉鎖相次ぐ」という記事を読んだ。

 イスラエルとヨルダンの国境地域に位置する死海の沿岸では水位低下の影響で陥没が多発し、一部のビーチや道路は閉鎖に追い込まれているそうだ。環境団体は、陥没は約3000カ所に上り「危機的な状況だ」と指摘しているという。

 環境保護団体「エコピース・ミドルイースト」のミラ・エーデルシュタイン氏は、「状況は非常に悪い。早急に問題を解決する必要があると語っており、実際、1930年ごろに海抜下約390mだった死海の水位は、最近は毎年約1m下がり続けており、現在は海抜下430mまで低下したそうだ。

 水位が低下した部分や周辺の地中に残された塩を地下の淡水が溶かすことなどが陥没の要因で、陥没カ所は危険なため、周辺も含めて立ち入り禁止措置が取られており、イスラエルでは、運営停止に追い込まれるビーチも出始めているという。

 死海問題に詳しいウリ・シャニ氏は、水位低下について、住民が増えたため、ヨルダン川の水の消費量が増加している「死海に流入する水量の減少」が主な原因の一つと指摘しているそうだ。

 対策として紅海の海水を死海に移す計画が進み、順調なら5年で開始できる見通しだが、先行きは不透明だという。

 前にも同種のニュースに接したことがあると思うけれど、このニュースはイスラエル側から発せられているというところが違うように思う。
 紅海と死海を結ぶという話も耳にした記憶があり、それから大分たつけれど、でもまだ「先行き不透明」なのだなと残念に思ったのだった。

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2015.05.02

「死海が「死の危機」=水位低下、沿岸に陥没孔-観光産業にも影響か」の記事を読む

 「死海が「死の危機」=水位低下、沿岸に陥没孔-観光産業にも影響か」という記事を読んだ。

 死海では、水位低下による消滅の懸念に加え、近年では沿岸に「シンクホール(陥没孔)」と呼ばれる穴が多数出現し、地元住民らは対応策に頭を悩ませているのだそうだ。
 海抜約-430mに位置する死海は、イスラエル、ヨルダン川西岸地区、ヨルダンに囲まれた塩湖で、北から流れるヨルダン川が主な水源だが、そのヨルダン川からイスラエルや近隣諸国が大量取水していることなどが原因で、死海は2050年までに干上がると言われてきたという。

 これに加えて最近では、1980年代に歯科医で初めて発見されたシンクホールが急増し、今では約5000個に上るとみられているそうだ。
 イスラエルの地質学者エリ・ラッツ氏によると、水面の低下に伴って地下水が地中の塩の層と接触し、塩が溶けて地中に空洞が形成され、地表が何かの弾みで崩れると、大きな穴が突然出現するメカニズムという。
 ラッツ氏は「人が落下する危険性に加え、経済的損失も大きい」と話しており、既に一部のビーチや道路も安全上の理由で閉鎖を迫られているそうだ。

 死海の水位低下を食い止めるため、紅海から水を引く計画が長年検討されており、2015年2月にその第一段階として、イスラエルとヨルダンがパイプライン建設などに関する合意文書に署名したという。しかし、ラッツ氏は「全く違う質の水を混ぜれば多くの問題が起きる可能性がある」と計画に反対しているそうだ。

 何らかの有効な対策がないものだろうか。
 死海が消滅してしまうのは、あまりにも哀しい。

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2014.08.12

「ヨルダン大使夫人と花の交流 小学生もどうぞ」の記事を読む

 「ヨルダン大使夫人と花の交流 小学生もどうぞ」という記事を読んだ。

 2014年8月25日(月)13時から15時まで、駐日ヨルダン大使夫人のシファ・ハッダドさんや同大使館職員と花を生ける催しが東京都港区六本木1丁目の「赤井勝装花の会」で開かれるのだそうだ。

 シファさんがヨルダンの文化遺産について解説したり、日本ではなかなか手に入らない菓子やお茶を振る舞ったりするという。通訳がおり、外国語がうまくなくても大丈夫というのがいい感じである。参加無料というのもいいと思う。

 今回は行けないけれど、こういう催しはぜひ参加したいものだと思ったのだった。

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2014.03.28

「死海、死の淵に 生活用水くみ上げで水位低下、20年余で消滅か」の記事を読む

 「死海、死の淵に 生活用水くみ上げで水位低下、20年余で消滅か」という記事を読んだ。

 イスラエル地質調査所によると、死海の水位はこの40年間、平均で1年に1mのペースで低下しており、2004年は海抜-417mだったのが、2014年には-428mとなっているという。

 最大の原因は、沿岸のイスラエルやヨルダンが1960年代以降、死海に通じるヨルダン川およびその支流から、飲料水や工業用水、農業用水として大量の水をくみ上げているからだそうだ。ヨルダン川などからの大量取水のせいで湖水は蒸発する一方となり、年間約7億立方メートルの水が消失しているという。
 また、水位低下で地表に露出した塩を多く含む沿岸部の地層が地下水に浸食され、地面が突然陥没する「シンクホール」と呼ばれる現象が湖近くのリゾート地で続発しており、このままでは観光産業も壊滅的打撃を受けかねない状況だそうだ。

 イスラエル地質調査所のナダブ・レンスキー水天然資源局長は「死海の深さは290mあり、ただちに水がなくなることはない」と語るが、ヨルダンの環境団体は、「沿岸国の水需要は増え続けており、2050年には湖が消える恐れがある」と警鐘を鳴らしており、イスラエルとヨルダン両政府、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ自治政府は2013年12月、死海から約200km離れた紅海沿岸から海水をくみ上げ、ヨルダン領内に敷設するパイプラインを通じて死海に流し込む、約5億ドル規模の建設プロジェクトの合意文書に署名したそうだ。
 世界銀行が支援するこの計画だが、蒸発する湖水の量に見合う塩水の供給は困難とみられるほか、死海の成分を変えてしまうなど環境への影響も懸念され、抜本的な解決策は見つかっていないのが実情だという。

 すでに死海は二つに分かれてしまっている。完全に失われないうちに、保全のための方策が見つかるといいと思う。

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2013.12.11

「死海が消滅の危機 紅海の水引き込みへ」の記事を読む

 「死海が消滅の危機 紅海の水引き込みへ」という記事を読んだ。

 死海では、流れ込む川の水量が農業などのために減り、1年に1mほどの早さで水位が低下する消滅の危機に直面しているという。
 そこで、2013年12月9日、イスラエルとヨルダン、それにパレスチナ暫定自治政府は、死海から200kmほど南にある紅海の水を淡水化して、死海までパイプラインを引く計画に合意したのだそうだ。

 イスラエル政府によるとパイプラインの建設には少なくとも3年かかるが、死海は海抜よりも400m以上低い場所にあるため、水を流すのは容易だとされているそうだ。ただし、この計画は周辺国の慢性的な水不足を解消することも重要な目的としているため、最終的に死海に流れ込む水の量は、水位を維持するには不十分とみられ、今後、さらに大規模な計画が必要とされているほか、地元の環境団体からは海水の流入によって藻が発生するなど、死海の環境に甚大な影響が出るおそれがあると反対の声も上がっているという。

 私が行った2010年にもすでに半分に分かれてしまっていた死海が消滅しないよう、しかし周辺で行われる農業に悪影響が出ないよう、対策が行われることを願いたい。

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2011.09.27

「Googleが死海文書をオンラインで公開、イスラエル博物館と提携で」の記事を読む

 「Googleが死海文書をオンラインで公開、イスラエル博物館と提携で」という記事を読んだ。

 2011年9月26日、Googleは、エルサレムのイスラエル博物館と提携して「死海文書」をオンラインで公開したと発表したのだそうだ。
 専用サイトにアクセスすれば、無料で閲覧できるという。

 紀元前3世紀から1世紀に書かれた死海文書は、最古の聖書の写本群といわれ、その一部がイスラエル博物館の聖典聖堂で展示されているのだそうだ。
 キリスト教の誕生や、古代エルサレムの生活や宗教について知るための貴重な文献として扱われてきたものだという。

 その死海文書のうち5つの写本が、1200メガピクセルの高解像度カメラで撮影され、文字が書き込まれた羊皮紙の表面を拡大すると、シワや薄さを感じることもできるというから凄い。

 ヨルダン考古学博物館で見た、非常に無造作に展示されていた死海文書も同じように保存・公開されないのかなと思ったのだった。

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2010.10.21

「死海文書、ネット公開へ:新たな一歩」の記事を読む

 「死海文書、ネット公開へ:新たな一歩」という記事を読んだ。

 ニュース自体は、2010年10月19日、イスラエル考古学庁とGoogleが、現存する世界最古の聖書関連文書「死海文書」をオンラインで来年公開すると発表したというものだ。

 1940年代から1950年代にかけて、死海のほとりにある洞窟から、ヘブライ語やアラム語、ギリシャ語で書かれた巻物が大量に発見された。紀元前150年から西暦70年ごろに作成され、旧約聖書ほぼ全巻の写本のほか、「エノク書」など伝統的な正典には属さない断片も多数見つかっているのだという。

 2010年9月にヨルダンに行ったとき、アンマンの考古学博物館で見学した「死海文書」もその一部ということなのだろう。確か、「世界最古の、ヘブライ語で書かれた聖書」だという説明を受けたような気がする。

 イスラエル考古学庁は、以前から膨大な数のパピルスや羊皮紙の保存方法や、非常にもろい断片を損なわずに正確に管理する方法について取り組んできており、その一つの解決案としてデジタルスキャンが浮上し、Googleがこれに協力することとなったのだという。

 高度なイメージング技術により、長い年月の間に“消えて”しまった文章や文字を再発見できる可能性もあり、翻訳や解説なども同時に公開する話もあるというから、とても楽しみである。

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