白馬旅行記の入口を作る
ここは白馬旅行記への入口である。
以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
ちなみに、1泊2日、1人当たりの交通費、宿代、食事代、入場料等の旅費(ここには、お土産代は含まれていない)は、約35000円だった。
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ここは白馬旅行記への入口である。
以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
ちなみに、1泊2日、1人当たりの交通費、宿代、食事代、入場料等の旅費(ここには、お土産代は含まれていない)は、約35000円だった。
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2011年8月21日(日曜日)から1泊2日で、母と白馬に行って来た。
長野オリンピックの年の夏、やはり母と2人で、そのときはツアーに乗って白馬に行ったことがあるので(今にして思うと、どうして母と2人だったのか、父と妹はどうしていたのか、記憶にない)、2度目ということになる。
そのときは、八方尾根自然研究路を歩き、どう考えても母の方が私より体力がありそうだったのに、実際に歩いたら私の方が楽に登れてしまい、母が釈然としない表情だったのを覚えている。
今回は、八方尾根自然研究路はもう辛いだろうし、栂池に行きたいというのが母の希望である。
当初予定では2日とも自然を歩くつもりだったのだけれど、天気予報がバッチリきっぱり雨だったので、1日目は予定を変更して善光寺にお参りして東山魁夷美術館に行ってから白馬に向かうことにした。
ちなみに、2日目は予定通り栂池自然園を歩いた。雨の天気予報だったけれど、ほとんど曇り空、パラパラっと降られたけれども、青空も見える、結果的には「歩き日和」になったのは嬉しい。
特に後半は食べたものの写真ばかりになってしまった、白馬旅行記1日目はこちら。
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2011年8月21日(日曜日)から、1泊2日で母と白馬に行って来た。
ここまでずーっと晴天が続いていたにもかかわらず、この週末からいきなり日本全国北海道以外は全て雨ってどういうこと! と嘆きながら出発した。
しかし、私が長い傘を持っていたためだと思われるのだけれど、蓋を開けてみれば、2日間で傘を差したのは、1日目に家を出たときと、1日目に善光寺に向かって歩いているときだけだった。
1日目は雨だという予報を信じて、白馬五竜に行く計画を変更し、長野で善光寺にお参りし、東山魁夷美術館に行き、それからバスで白馬に向かって16時くらいにチェックインした。
善光寺のあまりの混雑振りにびっくり。お戒壇めぐりをするのに30分もかかった。しかも、私は「鍵」に触れた自信がない(泣)。いつかリベンジしようと思っている。
2日目は、泊まった宿のフロントの方に「雨、降るでしょうか」と聞き、キッパリと「降ります」と言われた割に、歩いているときはポツポツと来ただけで、日射しが出たり青空が見えたりもし、しかもかなり涼しく歩けてしまった。
ラッキーである。
宿に戻ってお昼ごはんを食べ、チェックアウト後も入浴可というお言葉に甘えて温泉を満喫し、家には20時前に無事、到着した。
ちなみに、1泊2日、1人当たりの交通費、宿代、食事代、入場料等の旅費(ここには、お土産代は含まれていない)は、約35000円だった。
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2011年8月22日(月曜日)
何だか知らないけれど、4時くらいに目が覚めてしまった。旅先では異様に早起きになるのが不思議である。
二度寝を楽しんでから、6時くらいに朝風呂に行った。昨日の夜もそうだったのだけれど、見事に人がいない。独占状態である。30分以上も露天風呂でのんびりしてしまった。
朝食は7時からだったので、それを待ちかねたようにして食べに行く。今日は、結構、予定が詰まっているのだ。
温泉旅館の常で、ビュッフェ式でも和食の方が充実していたように思う。氷の入った水にきゅうりが何本もつけてあって、木槌と台が横にあり「叩いてお召し上がりください」という趣向もあった。
それでも何故か、母も私も旅先の朝食ではついつい洋食を選んでしまう。今回も洋食メニューの朝食をいただいた。
8時過ぎに白馬八方バスターミナルを出発するバスで栂池に行きたかったので、7時50分にはチェックアウトし、大きな荷物を預かってもらい、栂池自然園のリフト割引券を購入する。
ついでに、フロントの方に「今日は雨が降るでしょうか」と尋ねると、カチャカチャっとキーボードを操作して「降りますね」と断言されてしまった。曰く10時から14時までは曇りの予報だけれど雨が落ちる可能性は結構あるし、14時以降は雨が降る予報になっています、とさらに力強く解説してくれた。
私など母に笑われながら折りたたみではない傘も持ってきているし、レインパンツとレインポンチョも持っている。雨の予報くらいではひるまないのだ。
宿のバスでバスターミナルまで送ってもらい、8時15分発の栂池高原行きのバスに乗り込んだ。
周りは、かなりしっかりとした登山用の装備を整えた方々がいらっしゃる。
バスは20分くらいで終点の栂池高原に到着し、バス停からすぐのところにあるゴンドラ乗り場に向かった。
1台に1組ずつ乗せてくれて、それでもほとんど待ち時間はなかったから空いていると言っていいだろう。やってくるゴンドラの窓は濡れていて、上は雨が降っているらしいのだから当たり前である。しかも、栂池自然園の現在の気温は14度などというアナウンスが入ってさらに気分が沈むというものである。
それでも、ゴンドラに15分も乗ると雨もあがったようで、窓に水滴がつかないようになった。心なしか空も明るくなったようである。
ゴンドラを降りてロープウエイに乗り換えると、こちらは案内のおじさんが同乗してくれた。
色々と解説してもらったのだけれど、私が覚えているのは、オオシラビソという木のてっぺんに球果という紫色の松ぼっくりのような実がついていること、今年はそれがとりわけ多く大きいこと、というそれだけなのが情けない。
ロープウエイの窓からもちょうど同じ高さにこのオオシラビソの木のてっぺんが見え、紫色の実を確認することができた。
20分揺られたゴンドラを降りたところだったか、そこから更に乗り換えたロープウエイを降りたところだったか、今ひとつ記憶が定かではないのだけれど、とにかくどちらかの乗り物を降りたところで「栂池自然園の晩夏」とタイトルをつけた案内の紙が売られていた。
A4サイズの紙の両面にちょうど今頃咲いている花の写真を載せて名前を書き、ビニル袋に入れて販売していた。1枚200円。花好きの母は迷わず購入していた。200円というお値段がさて適正価格なのかと考えるとちょっと微妙だったけれど、実際、これを持って歩いたら楽しさ倍増だったので、買って正解だったと思う。
栂池自然園のビジターセンターで昨日からずっと探していたポストを発見し、レインパンツを履き、レインポンチョはすぐ出せるような場所に移して9時30分くらいに歩き始めた。
母と私がこうしたところを歩くと、コースタイムの2倍かかるのが常である。足もともそんなにしっかり作ってこなかったので、わたすげ湿原一周コース(案内によると往復1時間)を歩くことにした。楠川を渡った先はアップダウンが結構あるらしいのだ。

歩き出してすぐトリカブトに出会ってしまったのにもびっくりだけれど(こんなに普通に綺麗に咲いているとは思わなかったのだ)、お花を期待するには遅すぎたかと思っていたけれどそんなことはなく、結構、たくさんのお花が咲いていて嬉しかった。このサラシナショウマという白い縦長に咲く花もかなりたくさん見たように思う。
このとおり、空一面に雲がかかり、その雲が刻一刻と降りてきている感じではあったけれど、雨はポツポツと来ただけだったのはラッキーだ。
このお花が可愛くて気に入っていたのだけれど、未だに名前も判らない。母と、赤い花と白い花があるのか、咲くにつれて白くなっていくのか、間抜けな論争をしつつ探したのだけれど判らなかったのだ。
蕾のときは赤くて咲くに従って白くなるのだとすると、シロバナハナニガナかなとも思うのだけれど、全体のシルエットが違うような気もしてよく判らないままなのだった。
母はさくさく進んでしまい、時々「これ、写真に撮っておくと可愛いと思う」などと、翻訳すると「写真を撮っておくように」と命じて本人はまたまたスタスタ行ってしまうので、私はなかなか追いつくことができない。
ミズバショウ湿原が終わって、ビジターセンターに戻るかわたすげ湿原に向かうかの分岐の辺りまでで30分もかかってしまった。
そうこうしているうちに、青空が見えてきた。
オオシラビソの球果も見上げるような格好になるけれど近くで見ることができた。確かに紫色をした大きな実が付いている。
そして、晴れてくると栂池自然園の歩道にはほとんど日陰がなく、あっという間に暑くなって来た。晴れて初めて曇り空という天気の有り難さが身に沁みるというものである。
私は雨に備えてレインパンツを履いてしまっているので、さらに暑い。
大汗をかいてしまった。


購入した植物の紹介の紙は主にお花が載せられていて、こうした実もあちこちで見かけたのだけれど、これまた残念ながら正体不明である。
食べられる実だったんだろうか。
そんなことを言い合いながら歩くことさらに30分、楠川に辿り着いた。ここからさらに進めば浮島湿原だけれど残念ながらそこまで行く体力も用意も時間もない。
でも、せっかくなので河原に降りて水に触ってみると、とても冷たかった。飲んでみたいくらいだったけれど、それは自粛すべきだろう。


よくあんなに遠いところにいる小鳥に気がつきましたね、と言いたいくらいの遠くにいた小鳥に母が気付き、「写真撮れる?」と言うのだけれど、今回私が持ってきたカメラはコンパクトカメラでズームが3倍までしか効かない。それでも目一杯ズームして撮ってみたけれど、このくらいにしか写らなかった。
一方で、普通に赤い花が咲いた湿原を撮ったらチョウチョが写り込んだりするから謎である。


この左側の植物も正体不明である。そういえば、母がこの植物の写真がビジターセンターで絵はがきとして売られていたと言っていたようにも思うのだけれど、記憶が定かではない。絵はがきはともかく、フォトジェニックであることは確かだと思う。
右側の写真は「風穴」である。火山活動の名残で夏でも涼しい風が吹き出しているというのだけれど、元々が涼しかったせいか、私にはその「涼しい風が吹き出している」のは感じ取れなかった。
ゴンドラの中からクルマユリが咲いているところが見えていたのだけれど、栂池自然園に入ってからは何故か見ることができないでいた。
風穴も過ぎたコースの最終盤になって(もっとも、それは母と私がたまたまそういうコース取りをしただけであって、風穴を先に回るコース取りももちろん可能である)、こんなに近くで色鮮やかなクルマユリを見られて満足である。ここまで近づくと、いっそどぎついくらいのオレンジ色だと思う。
でも、季節柄なのか、高山植物というのはそういうものが多いのか、白を基調とした清楚な花ばかり見て来たので、ここまで強く色で自己主張されるといっそ清々しい感じがしたくらいだった。


紅葉している木があるよー、とか、青空が見えたって証拠に写真を撮っておかなくっちゃ、とか、母と2人で騒ぎながら歩いていたら、山の方を見上げているご一家がいらっしゃった。
かなりしげしげとというか、じーっと遠くを見ていらっしゃる。
思わず「何をご覧になっているんですか?」と聞いてみたら、「今は雲で隠れちゃいましたが、あそこに雪渓が見えたんですよ」というお返事だった。
それは見なくてはと、母と2人そこに立ち止まって雲が切れるのを待つ。
そこで待っていた5分くらいの間に雲が切れることはなかったのだけれど、何とか、薄くなった雲の向こう側に、雪渓を見ることができた。
肉眼ではかなりはっきり見分けることができたのだけれど、写真ではかなりぼんやりとなってしまっている。人間の目って優秀だなと思う瞬間である。
左上に白くなった部分が白い雲の向こうに透けて見えているのが判るだろうか。
教えていただいたおかげで、いいものを見ることができた。
そんなわけで、コースタイム1時間のところを1時間40分かけて、栂池自然園のワタスゲ湿原一周を歩いたのだった。
ちなみに、このお花はこれまたコースの中で多く見かけたオオハナウドである。
ビジターセンターに戻ってきたのが11時15分で、12時15分栂池高原発のバスに乗るには余裕だろうと思っていた。
思っていたからこそ、ビジターセンターの近くにある村営の栂池山荘や栂池ヒュッテに寄り道してお土産を見たり、ソフトクリームを食べようかどうしようか迷ったりしていたのである。

しかも、ロープウエイからゴンドラに乗り換えるところで、ヤナギランが綺麗に咲いているのを見て、ついつい寄り道したりもしてしまっている。
そんなことをしていたら、とんでもない、ゴンドラに乗り込んだときにはすでに12時近くになってしまっていた。
帰りのゴンドラは私たちのように焦っている人もいるためか、1組に1台ではなく、詰め込めるだけ詰め込む方式である。もっとも6人乗りなので、私たちは、女性3人連れとご一緒することになった。お友達同士でいらしているらしい、母と同年配か少ししたくらいの方々なので、自然とおしゃべりすることになる。
12時15分のバスに乗りたいんです−、と言ったら、お嬢さんがダッシュしてバスを止めておけばいいのよと口々におっしゃる。
なるほどど実践したら、バスの運転手さんは親切で、ダッシュした私がお願いすると母が来るのを待っていてくださった。これを逃せば次のバスまで2時間近く待たなければならないのだから有り難い限りである。
バスで白馬八方バスターミナルまで戻り、そこから歩いてホテルに戻る。
荷物を預けていたこともあるし、お昼ごはんを食べ、チェックアウト後も利用可の温泉で汗を流してから帰ろうという算段である。
13時過ぎ、良く歩いてお腹もぺこぺこである。
ホテル五龍館のレストランで、何だかよく判らないけれどとにかく幻のチーズを使ったピザとアイスコーヒーでランチにした。
どの辺が「幻」なのかは今ひとつよく判らなかったのだけれど、でもクセがなく、チーズの香りとしちょっと焦げた香りがして美味しかった。
食休みをしてからフロントで荷物を受け取り、今度は温泉に向かう。
チェックアウト後の温泉利用が無料というのが嬉しい。


月曜の昼下がりなどという中途半端な時間だったせいか、お風呂は今回も貸し切り状態である。
他に誰もいないならいいだろうと写真を撮り、ゆっくりと浸かる。
明るいうちから温泉なんて極楽だわと露天風呂に浸かっていたら、いきなり今日一番の強い雨が降り出した。いいタイミングである。
ここまでホテルを使い倒したのだからと、売店で職場へのお土産を買い、またまたホテルの送迎バスで白馬八方バスターミナルに送ってもらって、15時5分発の長野駅行きバスに乗り込んだ。
16時過ぎに長野駅に到着し、お土産をさらに買い込み、新幹線で帰途についたのだった。
2011年10月30日記
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2011年8月21日(日曜日)
考えたらほぼ半年ぶりの旅行である。一緒に行く母は確か昨年秋以来だからもっと久しぶりの旅行だ。何しろ、今年の前半は、妹の出産と育児、東日本大震災で旅行という感じではなかったのだ。
出かける頃、我が家の辺りは小雨が降っていて、それがさらに荷造りを迷わせる。結局、母に散々「邪魔になるよ」と言われつつ、長い傘(正式名称は何というのだろう)をさして出かけることにした。
大宮駅でおやつ代わりに塩飴やクッキーなどを買い込んで、8時42分発あさま561号に乗り込んだ。
予約したときにはまだ余裕があったのだけれど、乗ってみればほぼ満員で驚いた。
空が明るくなった、黒い雲が出てきた、とほんの僅かな天候の変化に一喜一憂しつつ、買い込んだお菓子には結局手をつけないまま、長野駅に到着した。
雨は降っていない・・・。
まずは東口に出て、アルピコバスの、特急バス長野ー白馬線の回数券を購入し、コインロッカーに大きな荷物を預け、善光寺口に取って返した。
ちょうど善光寺に行くバスが発車したばかりだったので、雨も落ちていないことだしと歩き始める。
途中、「かるかや山西光寺」の看板を見かけて寄り道する。
長野市街にあるから仕方がないといえば仕方がないのだけれど、この黄色い壁のホテルが借景というのはどうなんだろう。あれがなければねー、と母と言い合う。
「絵解き」で有名なお寺だそうなのだけれど、私のお目当ては、どこかで読んで知った、飛び出すお花のおみくじである。
お参りして早速おみくじを引くと、母ともども小吉だった。
しかし、その内容がかなりヒドイ。仕事の目処が立たないとか、恋愛面では相手に誤解されるとか、人生を儚まなければならないような希望のない中味である。もちろん、しっかりと結んで来た。
その後、御朱印をお願いしていたら、一人旅らしいお姉さんがやってきた。
西光寺にはは善光寺七福神巡りの第一番寿老人がいらして、七福神巡りのための台紙も販売され、すべて巡って善光寺で御朱印をいただくと満願となる、ということらしい。無人のお社もあるので、自分で御朱印を押す必要があったり、参道から少し外れたところにお社があったり、その辺りの注意事項を教えてもらえるようだ。
御朱印を集めたり、マスコット人形のようなものを集めたり、なかなか楽しそうな企画である。
母に「やってみる?」と聞いてみたところ、「いらない」というすげない返事が返ってきたので、当初予定通り、善光寺、東山魁夷美術館というコースを行くことにした。
後で母が言うには、信心もないのに御朱印をもらったり七福神巡りをしたりするのはどうか、ということらしい。人のためにわざわざ東京大神宮で恋愛成就のお守りを買ってくださった方の言葉とも思えないけれど、そこはツッコまないことにした。
「緩い坂道はキツイ」などと情けないことを言いつつ歩くこと5分くらいで善光寺の仁王門が見えてきた。そして、仁王門の手前には宿坊がいくつも軒を連ねている。
どこも趣のある建物で、ちらりと見える内装なども渋くていい感じだ。いつか、宿坊に泊まってお朝事などにも参加してみたいものである。
仁王門には当然のことながら仁王様がいらっしゃる。仁王像の前に細かなネットが張ってあるせいなのか、この仁王様が3DCGのように見えて困ったのは私だけなんだろうか。
ご挨拶をして先に進むとそこは、いかにも「仲見世」な感じの道と人混みであった。
すぐ先に山門が見えているのだけれど、時刻は11時近く。朝早く出かけてきたこともあって小腹が空いた。
母には「お参り前に食べるの?」と白い目を向けられたけれど、人だかりが出来ていたいづみや旅館で、おやきを買うことにした。
なすのおやきを買い、母と2人で半分ずつぺろりと食べてしまったのだった。
お腹も落ち着いたところで、改めて山門に向かう。
山門は登れるようで、上から長野市街を見下ろしている人が結構たくさんいる。そういう情景を見ると、石川五右衛門と「絶景かな、絶景かな」という台詞を思い出すけれど、あれは確か京都南禅寺の話であって、善光寺のお話ではない。
そういえば、雨が落ちていないとはいえ、雨模様の天気予報だったというのに、かなりの人出で驚いた。さすがは善光寺である。
ところで、この山門にかかっている「善光寺」の額の「善」の字は牛の顔のように見えるらしい。肉眼で見たときは判らなかったのだけれど、撮った写真を拡大したら、確かに牛の顔に見えて何だか可笑しかった。
手と口を浄め、お線香をあげ、理由が判らないままその煙を体にかけて本堂に進む。
最初に目に付くのはびんずる尊者様で、あちこち皆が撫でるものだからツルツルぴかぴかに光っている。自分の悪いところを触ると治してくださるというお話で、もちろん頭をたくさん撫でさせていただいた。母は主に膝を撫でていたようだ。今日もサポーターをしている母である。
私は善光寺さんに来るのは2度目なのだけれど、お戒壇巡りをした記憶がないので、恐らくそのときは内陣には入っていないのだと思う。今回はお戒壇巡りをしたいと思っていたので、内陣券を購入して上に上がる。
そこでは普通に法要が行われ、読経の声が聞こえていて、でも列を作って並んでいる私たちはただの観光客で、何だか変な感じである。
そこからまっすぐお戒壇巡りに行けそうなのだけれど、30分待ちという立て札が出るくらい混雑していたこの日は、内陣である畳敷きの広いお部屋をぐるっと回るように指示された。
ご本尊を拝みつつぐるっと内陣を回った後は、いよいよお戒壇巡りに向かう。
右手でちょうど腰の辺りの壁を触りながら行ってくださいという注意があって、階段を下りる。
しばらくは、入口からの明かりでまだ辺りを見ることができるのだけれど、曲がり角を曲がると底は本当に真っ暗闇である。ダイアログ・イン・ザ・ダークに負けないくらいの「本当の」闇だ。全く何も見ることはできない。
きっとみんなが触ってツルツルになった壁を触りつつ、すり足でご本尊の真下にあるという「極楽の錠前」を目指す。
すり足なのだけれど何回も前を歩く人の足にぶつかってしまい、とうとう「動きます〜」「止まります〜」と声をかけてくださるようになった。申し訳ないことだ。
それで、肝心の「極楽の錠前」なのだけれど、どういう形をしているのだろう?
確かに、そこに、金属製のモノがあって、極楽浄土に行けるようお願いしてきた。でも、どうすれば私が探り当てたものが「極楽の錠前」であると確信が持てるのだろう?
ちなみに、私は「極楽の錠前」は縦に20cmくらい、直径4cmくらいの棒状だと思ったのだけれど。
「極楽の錠前」から出口はすぐそこである。
階段を上がると、曇りの天気にもかかわらず辺りが非常に明るく眩しいくらいに感じられる。
出口に向かう途中で御朱印をいただけるようだったので、御朱印をいただき、併せて「内陣でしかお渡ししていません」という、ご住職が摺ってくださったというご本尊の姿の版画(多分、きちんと別の言い方をしていたと思うのだけれど、思い出せない)もいただくことにした。
何しろ、限定ものに弱い私である。
さて、待ち時間が長かったために既にお昼を回っている。
お線香と仏具をいくつか買い求め、この後東山魁夷美術館に行くのであまり駅の方に戻りたくないということと、母が「おそばを食べたい」と言うことと、二つ併せて、仁王門すぐそばの「かどの大丸」というお蕎麦屋さんでお昼をいただいた。
創業が1700年頃、だそうだ。
そこまで古くないと、この好立地を得ることはできまい、と納得する。
この写真は、更級そばのとろろそばである。
手打ちのためかやや太さが不揃いなのが気になったけれど、つるつると美味しくいただいた。
母は更級ではない普通のおそばをいただいていて、つゆにつけずに食べ比べて見たのだけれど、「違うということは判る」というくらいの区別しか付かなかった・・・。
再び善光寺の境内を抜け、東山魁夷美術館に向かう。今ひとつ道が判らずに「このまま真っ直ぐ行けばいいと思うんだよね〜」などと母に言っていたら、よっぽど私の声が大きかったらしく、前を歩いていたおじさんがビックリしたように振り返り、「ここを真っ直ぐ行った左手の公園の奥ですよ」と教えてくれた。
驚かせてすみません。
どうも、善光寺で働いていらっしゃる方のようだった。
東山魁夷美術館は、正確には、長野県品の美術館の別館ということになる。
この日は、「III 日独交流150周年記念 ドイツ・心の旅路」と題する企画展が開催されていた。
東山魁夷というと、青い空と森と湖に白馬、というイメージなのだけれど、ここに飾られていた絵はドイツの自然を描いたものももちろんあったけれど、それ以上に街並みを描いたものが多く、色彩も茶系からオレンジが多い。
私の持つイメージがステレオタイプすぎるのかもしれないけれど、意外な暖かみを感じた。
それにしても、うちの母は私よりはずっと美術方面に関心がある筈なのに(一応、木彫りを教えたりしているのだ)、絵を見るスピードが速すぎる。
ウィンドウショッピングの方がよっぽど時間をかけて見ているよ、という速さで次々と絵の前を通り過ぎてしまう。以前に箱根の成川美術館に行ったときもそう感じていて、これはもしかして展示されている絵が好みに合わなかったのかと思っていたのだけれど、どうもそうではないらしい。今回も、絵の前はかなりのスピードで通り過ぎているのに、東山魁夷の軌跡を追ったDVDはやけに熱心に見ている。
聞いてみると、木彫りのお仲間と美術館などに行ったときも「早いね」と言われたと言う。
自分がどうしても見たいと思う美術展に行くときは、母を誘うのは止めようと決心した。
駅に向かう途中、九九や旬粋で、そば粉のガレットとクレープを焼いているのを見つけ、お昼を食べてから2時間くらいしかたっていなかったのだけれど、おやつに頂くことにした。
たくさんのメニューがあってかなり迷ったのだけれど、母は「ラムレーズンとクリームチーズ」という温かいクレープを、私は「完熟りんごのシロップ煮と生クリーム」という冷たいクレープを選んだ。
なかなか美味しい。
ラムレーズンは相当にラムが効いていて、酔っ払いそうだった。
母と私で駅まで歩いたら寄り道をして15時長野駅発白馬八方行きバスの時間に間に合わなくなるに決まっている。100円で駅までのバスに乗った。
白馬行きのバスは、2人で2シートを占拠しても大丈夫なくらいの乗車率だ。
道が濡れていないから、白馬の方でも今日はほとんど雨が落ちなかったのだろう。
16時10分の定刻に白馬八方バスターミナルに到着した。
今夜の宿であるホテル五龍館の場所を案内所の人に聞いたら近そうだったので、歩いて行くことにした。
確かに近い。5分くらいだったろうか。
でも、車で来るか、八方バスターミナルまで迎えに来てもらうか、どちらかの人が多いようで、歩いて玄関前に着いたら、ホテルの人がびっくりしたように迎えてくれた。
「これまでずっと晴れていたのに、雨の日を狙ったように来てしまった」と思っていたのだけれど、白馬ではこの夏、ずっと白馬三山を拝めていないのだそうだ。元々、夏はあまり姿を現さないそうなのだけれど、2011年の夏は特に見晴らしがよくなくて、1日か2日しか見えた日はないですね、とおっしゃる。
母と10年以上も前に来たときにはくっきりと山が見えた記憶があったので、ずっとそういうものなのだと思っていたら、あのときは運良く見えたということだったらしい。
こちらのホテルでは、お部屋にお菓子を用意する代わりに、ロビーにかき氷などを用意しているのだそうだ。
かき氷を食べるほど暑くはなかったので、煮込まれていた玉こんにゃくと、バナナの梅酒煮を部屋に勝手に運んで、お茶と一緒にいただいた。
そういえば部屋の写真は撮らなかったのだけれど、やはり和室で足を伸ばしたりゴロゴロと横になったりするのが落ち着く。
1時間くらいそうしてゴロゴロした後で、温泉に行った。
ここの温泉は非常にph値が高い強アルカリ温泉だそうだ。源泉掛け流しというのも嬉しい。
あまり混雑もしていなかったので、露天風呂にゆっくりじっくり浸かる。何だか早く上がるのは勿体ないような気がして、ほとんどガマン比べのように半身浴で長風呂をしてしまうのが常だ。
それでも、露天風呂にはいい風が吹いていて、のぼせることもなくじっくりと楽しむことができた。
お風呂上がりに「**に効く」と銘打ったお水が幾種類か用意されている。私は取水口が違って効能が違うのかと思っていたのだけれど、ホテルの方によると、それぞれ「**に効く」粉が溶かされているのであって、お水は同じお水らしい。
美白の水とストレス解消の水が減っていたのが何となく可笑しかった。


夕食は19時15分からレストランでいただいた。
席につくと、どどん!と用意されている鍋や、レタスにびっくりだ。このレタスは、味噌が3種類用意されてそちらをつけて召し上がってください、お代わり自由です、ということだった。
私は地ビールを、母は生ビールを選んで、早速、お食事の開始である。
このお刺身は「信州サーモンです」とおっしゃる。「何故、信州でサーモン?」とお聞きしたら、姫鱒とブラウントラウトとの掛け合わせで、卵を産めないのでその分身に脂が乗って美味しいです、というお話だった。
確かに、このお刺身はかなりの絶品だった。
この日の夕食のメニューはこんな感じである。
先附
とうもろこしの冷やし茶碗蒸し
前菜
厚焼き卵・山葵枝豆、川海老、ベッたら寿司
旬の逸品
高原レタス 三種の味噌(肉味噌、茄子味噌、エビチリ)で
お造り
信州サーモン
台の物
信州スタミナ鍋(白馬豚、モツ、鶏団子、餃子、キャベツ、もやし、豆腐、しいたけ、にら)
焼き物
鱧のトマト釜グラタン仕立て
強肴
白馬豚のロースト 杏とエンドウ豆の二色の彩り
食事
信州サーモンの冷や汁仕立て 野沢菜
水菓子
レアチーズムース
1時間以上かけ、とても美味しくいただいて、大満足だった。
部屋に戻るとお布団が敷かれていた。スティックのお茶が補充されていたのも嬉しい。
お腹がいっぱいになって滅多に飲まないお酒も入れた母は、そのまま「今日はもうお風呂はいい」と寝る態勢に入ってしまった。1時間くらいゴロゴロとお腹が落ち着くのを待ってから、一人で温泉に向かった。
夕食前よりもさらに空いていて、ほとんど貸し切り状態である。嬉しい。
露天風呂を占拠して、涼しい風に吹かれながら、のんびりと浸かることができた。
夕食後に売店を見ていたときに、売っていたりんごジュースが何だかとても美味しそうだったので、お風呂上がりか明日の朝に飲もうと買ってあった。
1本は多いなぁと思っていたら、母が目を覚ましていて「半分ずつなら飲む」と言うので1本だけ開けた。すり下ろしたりんごを搾ったような、りんごそのままの味のジュースで美味しかった。
天気予報を見て、明日、せめて土砂降りの大雨にならないよう祈りつつ、眠りについた。
2011年9月4日記
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