2011.11.13

奥鬼怒旅行記の入口を作る

秘湯を守る会 ここは奥鬼怒旅行記への入口である。
 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 1日目 2011年10月9日(日曜日)

 2日目 2011年10月10日(月曜日)


 持ち物リスト(奥鬼怒編)

 ちなみに、1泊2日、1人当たりの交通費、宿代、食事代、入場料等の旅費(ここには、お土産代は含まれていない)は、約25000円だった。

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奥鬼怒旅行記2日目

2011年10月10日(月曜日)

 6時頃に目が覚めた。外はいい天気である。
 起き出してすぐ、3人揃って温泉に行った。
 混浴と女性用とがある露天風呂に向かうと、初めて他のお客さんとお風呂でかちあった。あと3人くらいは入れるだろうと支度をしていると、先客の家族連れがあがって出て行かれた。ちょっと追い出してしまったようで申し訳ない。
 気のせいではなく、昨日よりも一歩、紅葉が進んでいるようだ。
 昨日の夜、温泉を自粛したお姉様は内風呂に入りに行き、もう一人のお姉様も後を追い、露天風呂に一人になった私は再びザブンと丸太風呂からお湯を溢れさせて遊び、温泉を堪能した。我ながら小学生のようである。

朝食 7時30分頃に旅館の方から「朝食の用意ができました。」と電話が入った。
 ちょうど温泉からあがってきたお姉様方と合流し、食事処に行く。
 自分で作るお味噌汁は初めてだ。そういえば、私、お味噌汁の作り方知らないよと思いつつ、こっそりお二方の手順を盗み見る。
 わかめとお豆腐のお味噌汁に冷や奴に納豆と豆づくしの朝ごはんだなと思う。完食した。
 朝風呂の後とはいえ、どうして旅先だとこんなに朝ごはんをたくさん食べられるのか謎である。

 朝食後は、「おひさま」の総集編など見つつまったりした。
 お二方ともよく見ているようで、話題は「和成さん」に集中する。「和成さんって本当にいい人なのよぉ。」、「この人(高良健吾)、いい役もらったよねー。」と大絶賛だ。
 ほとんど見ていなかった私も一緒になって総集編に見入った。

紅葉紅葉 9時30分少し前にチェックアウトし、バスを待ちがてら、旅館の前で「一番紅葉している」木をめがけて写真撮影大会になった。
 そうやって騒いでいると、タクシーの運転手さんに声をかけられた。バスのチケットをまだ買っていないようなら、同じくらいの値段で、駅までの間の見どころ(峡谷があったり、滝があったり、びっくりするくらい透明度の高い池があったりするらしい)を回ってあげるよ、とおっしゃる。
 残念ながらツアーでバスもセットになっていたのでその提案に乗れなかったけれど、なかなか魅力的な話だった。

ダム湖 9時52分発のバスに乗り、鬼怒川温泉駅に向かう。
 昨日、旅館に向かうときはずっと逆光だったような気がしていたので、今朝は順光の筈と思ってカメラをずっと構えたけれど、どうも今日も逆光のような気がするのが謎である。
 バスは細い道を結構なスピードで飛ばしていて、窓ガラスにレンズを押しつけて撮ることもできず、やっぱり妙にピントの合っていない、光が変に入りまくった写真ばかりになってしまった。
 この写真は、ダム湖である。
 昨日と同じように、途中の青柳車庫前でトイレ休憩を兼ねた一休みがある。
 3人ともバスを降り、それぞれお饅頭、イチゴ、花豆(私)を購入した。

 11時30分過ぎに鬼怒川温泉駅に到着した。今日はこれから東武ワールドスクエアに行く予定である。
 その前に帰りの電車の指定席を押さえておこうと駅に入った。電光掲示板を見ると、ほとんど席が残っていない。3人が並んで座るのはとても無理で、窓口のお姉さんにお願いし、3人とも通路側席、通路を挟んで近い辺りに席を確保してもらった。
 駅の観光案内所で東武ワールドスクエアの割引入場券(2200円)と行きのバスのチケットを購入し、コインロッカーに荷物を預け、11時45分発のバスにギリギリ乗り込んだ。

 今回の旅程に「東武ワールドスクエア」が含まれたのは、私を含めた行ったことある二人が「あれは、いっぺんは行っておくといいと思う。」、「意外と楽しいんだよ。」と力説した結果である。
 私が来たのはもう10年以上前のことだと思う。誰と行ったのか忘れてしまっているのが我ながら情けない。鬼中学のときの友人と就職したての頃に来たのだったろうか。

スカイツリー そんなわけで、本日の目玉はやはりこの「東京スカイツリー」だろう。
 流石、東武ワールドスクエアである。
 スカイツリーのてっぺんからときどきミストが吹き出していて、あれは何だろうと思っていたら、説明によるとそれは「あまりにも高いので雲がかかることがある」という「雲」の演出だそうだ。
 なるほど。芸が細かい。
 でも、説明がないと判らない演出というのはどうなんだろう。

ウエストサイドストーリー 展示は、成田空港や東京駅、国会議事堂などの東京の建物から始まり、次はいきなりアメリカ合衆国に飛ぶ。
 世界貿易センタービルがあり、9.11についての説明が付け加えられている。
 そして、ニューヨークの摩天楼(という言い方を今もするんだろうか)の裏の路地では、こんな風にウエストサイドストーリーの世界が展開されている。
 この人形たちの芸の細かさが、大袈裟に言ってしまうと東武ワールドスクエアの真骨頂である。
 こういう「くすぐり」が楽しいし、「ウルトラマンを探せ」というクイズイベントが開催される所以であろうと思う。
 この他にも、何故かミラノのドーモの前の広場をスクーターで走るアン王女とか、ウエストミンスター寺院で馬車に乗り込んだウィリアム王子夫妻などのくすぐりが楽しかった。

跳ね橋跳ね橋

 もう一つ楽しいのが、たくさんある展示物のうちいくつかは有料のカードで「動かす」ことができることだ。
 この跳ね橋、どこにある何という名前の跳ね橋なのか忘れてしまったけれど、通常は閉まっている跳ね橋を動かして跳ね上げさせ、船が通るところを見ることができる。
 もっとも、私たちがカードを買った訳ではなくて、他の方が動かしているところに便乗させてもらって見学した。

 東武ワールドスクエアの構成は、現代日本、アメリカ合衆国、エジプト、ヨーロッパ、アジア、日本という感じである。
 できれば、南アメリカとオセアニアにも手を広げていただきたいけれど、スペースの問題もあるし難しいところだろう。

万里の長城孫悟空

 中国にお仕事で行ってらしたお姉様が惹かれていたのは万里の長城である。
 東武ワールドスクエアの展示物は全て1/25の縮尺だそうだ。でも、万里の長城は多分違うよな、全体像の1/25だったらもっとずっと大きいだろうなと思う。
 やはり一番大きな展示物で、ここだけは手入れなのか修理なのか、係の方が中に入り込んで何か作業をしていらした。
 万里の長城には三蔵法師一行もいた。ところで、彼らの時代に万里の長城はあっただろうか。よく判らない。

安芸の宮島 万里の長城のような広大なものを見てしまうと、その後に続いた日本の、例えば金閣寺や姫路城などが、非常に小さくこぢんまりとして見える。
 安芸の宮島の写真を撮ったのは、確か「この角度からでは絶対に見られない」と思ったからだ。そう考えればどれもこれも俯瞰で見ることなどできはしないけれど、でも、この鳥居の奥にある、という特別な感じが気に入った。

 徒歩による世界一周が終わる頃には、14時を回っていた。
 東武ワールドスクエア内のカフェテリアでお昼を食べることにして、私はきのこのパスタを選んだ。
 そして、昨夜から「飲みたい」と言っていたら本当に飲みたくなってしまったアイスコーヒーを頼む。
 よっぽどお腹が空いていたようで、写真を撮るのを忘れてしまった。

 バスで再び鬼怒川温泉駅に戻り、鮎の一夜干しなどのお土産を買い込み、15時44分発のきぬ130号に乗って爆睡し(だったら並び席にこだわることはなかったのだった・・・)、帰宅したのだった。

 奥鬼怒旅行記1日目はこちら。

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2011.11.06

奥鬼怒旅行記1日目

2011年10月9日(日曜日)

 10時15分に、浅草駅前の松屋浅草正面入口で待ち合わせた。
 松屋の地下でお弁当を買い込み、11時発の特急スペーシアで鬼怒川温泉に向かう心算である。
 少し早めに到着したので、浅草駅周辺からスカイツリーが見えないものかと松屋を一周したところ、建物に遮られて全く見ることはできなかった。
 そして、松屋の入口は、地下や2階も含めてかなりたくさんあることが判り、果たして無事に会うことができるか不安になった。改札よりは判りやすかろうと思ったけれど、実際のところはどうだったのだろう。

20111009_113419 松屋浅草でお弁当を買い込むなら地元密着のお店で買いたい。早めに着いたから地下はすでに調査済みという用意周到なお姉様の先導に従い、スタスタとお弁当のお店何軒かを見て回る。
 私は早々に浅草田甫 草津亭の松茸弁当に決めた。こういう季節限定物に弱いのである。
 それから「3人で分ければいいよね。」と、同じく草津亭の「玉子焼き」も買い込んだ。

 3連休の二日目だし、スペーシアは空いているかと思っていた。
 浅草では流石に満席にはならなかったけれど、北千住などでどんどん人が乗り込んでくる。
 でも、向かい合わせにした席は、そのまま鬼怒川温泉まで3人で過ごすことができた。ラッキーである。
 お弁当も美味しい。
 食べているかしゃべっているかで口が休むヒマなどなかったことは覚えているけれど、どんな話をしていたのか覚えていないところが情けない。

 鬼怒川温泉に到着後、そのまま1日に4本しかない日光市営バスの女夫淵行きに乗り込んだ。
 バスはほぼ満席で3人が固まって座ることができない。
 登山ないしハイキングの格好をしている中高年(こういう場合、自分はここには分類されないと思っているところが我ながら可笑しい)の方が多いようだ。あとは若いお嬢さん同士やカップルの姿がちらほらといったところである。
 バスの発車前、運転手さんが「女夫淵からのバスは午前中が混むので。全員が乗り切れないようならバスをもう1台用意しなくてはならないので、明日、午前中のバスで駅に戻る方は手を挙げてください。」と調査しているのが珍しかった。

川 バスは川治温泉を通り過ぎ、五十里ダムや川治ダムの横を走り抜け、名前が判らないながら綺麗なブルーの水を湛える川を遡って、青柳車庫前に到着した。
 鬼怒川温泉駅から40分ほど、ここでお手洗い休憩である。また、バス停の目の前に栗山ふる里物産センターがあり、店先でお団子を炭火で焼くいい匂いを漂わせていた。店内で食事もできるようだ。
 お店の方が「手作りなんですよ。」とラスクを勧めてくれる。そちらも気になりつつ、「なつおとめ」というイチゴが美味しそうだったので買い込んだ。秋のイチゴなんて珍しい。

蛇王の滝 青柳車庫前から先は道も細くなり、また、すれ違うために停まることも増えたような覚えがある。
 この蛇王の滝(だったと思う。実はあまり自信がない)のところでは、運転手さんが滝を見せてくれようとわざわざ徐行してくれた。そうでなければ、揺れるし、窓ガラス越しだし、逆光のことが多かったし、なかなか上手く撮ることができない。
 蛇王の滝は、中禅寺湖の湖水が地下に浸透し、数年を経て滝として流れ落ちているそうだ。そう聞くと、残念ながら紅葉にはまだ早かったけれど、風情も増すというものである。

橋 この橋を渡ってしばらく行ったところが川俣温泉である。
 といっても、川俣温泉は広い。蛇行する川沿いに並んでいるというよりも、点在している。しかも、川は峡谷の底を流れていて、道路はその峡谷の上にあり、崖に張り付くように何軒かの旅館が建っている感じだ。
 川俣温泉入口で降りようとした方がいて、運転手さんが「どこの宿?」と尋ね、宿の名前を答えると「そこの前でバス停まるから」と止めるシーンもあった。
 確か川俣温泉には間欠泉があり、その名前のバス停もあったので左右目を凝らしたけれど、残念ながら見ることはできなかった。

こまゆみの里 バスに乗ること約1時間半、終点の一つ手前の平家平温泉バス停の目の前が、今夜の宿のこまゆみの里である。
 来た道を振り返っても、行く先を望んでも、他に建物らしきものは見当たらない一軒宿だ。
 だいぶ涼しい。相当に標高は上がってきているのだろう。
 ロビーに飾られた熊の剥製と「日本秘湯の会」の提灯がなんとも言えない風情である。

 部屋にはストーブがあったくらいで、かなり涼しい。
 「ティーバッグじゃなくてお茶の葉だ!」と感動しつつ、お湯を沸かしてお茶を淹れ、持ってきていただいたおやつなど食べながらとりあえず寛ぐ。
 私はともかく、お姉様方お二人は普段相当にお忙しいようで、まさに「骨休め」である。

内湯 一息ついたところで、お風呂に行くことにした。
 全16室(他に離れがあるらしい)の宿だし、まだ到着していない方も多かったようで、内湯と2つの露天風呂はいずれも貸切状態だった。これならいいだろうと写真もたくさん撮る。
 洗い場は内湯にしか付いていない。
 区切られた湯船は、奥というか内側の方が熱くなっている。多分、42度とかそれくらいではないだろうか。私は小学生みたいに「10数えるだけガマン」という感じで浸かった。
 
混浴露天風呂 こまゆみの里で一番大きなお風呂は、この混浴露天風呂である。
 行ったときには誰もいなかったので「大丈夫だよね。」と3人で談合(?)し、占拠する。もっとも、私以外のお二方は混浴温泉の経験も豊富なようだ。思い返してみると、このときが私の混浴風呂初体験だったかも知れない。
 真ん中の大きなお風呂に入った次は、周りにある丸太風呂に浸かる。こちらは川の景色も眺められ、また入るとざぶんとお湯があふれ出すのが何とも贅沢である。気持ちいい。
 更衣室方面から人の声が聞こえてきたのを汐に、この奥にある女性専用露天風呂に移動した。

女性専用露天風呂 女性専用露天風呂の全体はこんな感じである。
 混浴露天風呂の横(木の塀が巡らせてあるのでもちろん見えない)を通ったその奥の川縁に3つの湯船が置かれている。このお風呂のすぐ横にカゴを置けるスペースがあり、屋内にもスペースがあるので、どちらで着替えても大丈夫だ。
 このときはまだ10月初旬、17時前だったのに結構寒く感じて、なるべくお湯に近いところで着替えた。これはこれで戸外で着替えることになるので寒い。どちらがいいのか微妙なところだ。
 お湯に浸かるとこれまたザブンとお湯が溢れて贅沢な気分になる。
 湯船から、川と、ほんの少し色づいた紅葉が見られたのが嬉しい。
 1カ所だけ、湯船から道路を走る車が見えるポイントがあった。走る車も方からは、わざわざ立ち止まって、双眼鏡でも使わない限り見えることはないだろう。

女性専用露天風呂女性専用露天風呂 他に人がいなかったのをいいことに、写真を撮りまくり、露天風呂とこの眺めを満喫する。
 気持ちいい。
 静かだし、何といってもお湯がいい。
 空気が冷たく、お湯がぬるめなので、いつまででも入っていられる。結局、40分以上もお湯に浸かっていた。
 私はここであがったけれど、お姉様方はこの後さらに内風呂に再び行ったらしい。凄いパワーである。

夕食 「用意ができたらお部屋に電話します。」と言われていた夕食は、18時くらいから食べ始めた。
 旅行会社のプランでお酒かソフトドリンクが付いており、私ともうお一人はお酒、お一人は烏龍茶をお願いした。風邪気味だそうでお酒は止めておく、とおっしゃる。
 お燗したお酒をお銚子1本飲んだのは多分生まれて初めてだと思う。結構飲めてしまうものだと我ながら感心した。
 このお刺身が確か何か川魚のお刺身で「珍しい」と思ったことは覚えているけれど、何のお刺身だったかどうしても思い出せない。
 かなりのんびりと夕食をいただいた。

 お酒を入れてしまったため、この後は写真もメモも残っていない。
 お部屋に戻って、コーヒー持ってくれば良かったねという話をしたこととか、お茶セットが緑茶からほうじ茶に変えられていて嬉しかったこととか、風邪をひいてしまったらしく早々にお布団に入ったお一人を置き去りに二人でもう一つの露天風呂に行ったこととか、途中で買ってきたイチゴを食べたらコリコリしていて酸っぱくてでもとても美味しかったこととか、お仕事の話を伺ったこととか、断片的にちらちら思い出せるだけである。

屋根付き露天風呂 まだ行っていなかった露天風呂に行ったら、これがぬるい。
 二人してお湯の注ぎ口に寄り、最後にはほとんど張り付くようにして入っていたけれど、とても温まった感じがしない。
 大分粘ったけれど「やっぱりこのままあがったら風邪ひきますよね。」ということになって、ぱぱぱっと浴衣を着て(この宿は、内湯と露天風呂と露天風呂がつながっておらず、一度あがって服を着て廊下を歩いて移動する必要がある)さささっと移動し、内湯で温まり直した。

 本日2回目の温泉からあがったのは何時頃だったろう。
 テレビで韓国ドラマが始まったのは覚えているけれど、覚えているのは本当に冒頭のシーンだけですぐに眠ってしまったらしい。お姉様方は翌朝、このドラマについて熱く語り合っていたから、多分、この後も最後まで見ていたのではないかと思う。

 奥鬼怒旅行記2日目はこちら。

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2011.10.10

無事、帰宅する(奥鬼怒)

 2011年10月9日(日曜日)から、1泊2日で以前に熊野古道のツアーでご一緒したお姉様お二人と奥鬼怒旅行に行って来た。。
 この3人は晴れ女一人、雨女二人という組み合わせなのだけれど、今回は、数で劣勢の晴れ女が強いパワーを発揮してくださって、今日など暑いくらいの1日になった。

 1日目は、スペーシア車内でお昼ごはんをいただき、そのまま鬼怒川温泉駅からバスで2時間弱の宿まで直行した。
 昼間から浸かる温泉の気持ちのいいことと来たらない。本当にいいお湯だった。

 2日目は、10時前のバスで宿を出発し、鬼怒川温泉駅から東武ワールドスクエアに向かった。
 入ってすぐの特等席にスカイツリーがある。
 行きの電車の中からスカイツリーを見ているのに、1/25の模型に騒ぐ私が自分でも謎である。
 これが結構楽しくて、2時間弱も歩き回ったのだった。

 スペーシアを降りた後、最寄り駅までの電車が遅れていて回り道をしたけれど、19時前に自宅に帰り着いた。

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奥鬼怒旅行記2日目(引っ越しました)

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 奥鬼怒旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

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 1日目 2011年10月9日(日曜日)

 2日目 2011年10月10日(月曜日)

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2011.10.09

奥鬼怒旅行記1日目(引っ越しました)

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 奥鬼怒旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

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 1日目 2011年10月9日(日曜日)

 2日目 2011年10月10日(月曜日)

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