千倉旅行記の入口を作る
ここは千倉旅行記への入口である。
以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
ちなみに、1泊2日、1人当たりの費用は約2万円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代が含まれているが、お土産代や初詣でいただいてきたお守り等々は含まれていない。
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ここは千倉旅行記への入口である。
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ちなみに、1泊2日、1人当たりの費用は約2万円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代が含まれているが、お土産代や初詣でいただいてきたお守り等々は含まれていない。
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2011年12月31日(土曜日)から1泊2日で、千倉旅行に行って来た。
年越しを自宅以外のところで迎えるのは、私はエジプト旅行以来2度目、母は多分結婚以来初めてではないだろうか。
目的は初日の出(と、こっそり書くと親孝行のつもり)だったのだけれど、果たせたかどうかはいずれも微妙なところである。
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2011年12月31日(土)から1泊2日で母と千倉に行って来た。
一応、隠しテーマは「親孝行」で、表向きテーマは「初日の出」である。
1日目は、各駅停車の電車にがたごと揺られて宿に行き、美味しい夕食を食べ、お布団にごろんと寝転んで紅白歌合戦。
2日目は、初日の出は残念ながら厚い雲の上からということになったけれど、でも「ご来光」を拝めたので満足。安房神社に初詣し、いちご狩りの計画は頓挫したけれど、美味しいびわソフトクリームを食べた。
地震の影響で内房線が遅れ、再びがたごとと各駅停車の旅をして、19時くらいに帰宅した。
年越しの旅のポイントは判ったような気がするので、次回はもう少し上手く計画できると思う。
この1泊2日の旅行にかかった費用は、一人分約2万円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代が含まれているが、お土産代や初詣でいただいてきたお守り等々は含まれていない。
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2012年1月1日(日曜日)
何だか寒い気がしてエアコンを付けっぱなしにしていたせいか、夜中に喉が渇いてペットボトルのお茶を飲んだりしていたのだけれど、ちゃんと、目覚ましをセットした6時前に起きることができた。
窓から外を見ると、星は見えているけれど、でも曇りという感じである。
しかし、ここは初志貫徹で行かねばなるまいと起き出して身支度をした。母は「私は行かないから一人で行っていらっしゃい」と言う。
玄関まで行くと旅館の方が千倉の海水浴場へ行く道を教えてくださった。そこでは、護摩の火を焚いたり潮汁のサービスをしたりしていると言う。
「5時頃に凄い雨が降ったんですよ。今はあがっているようですね」という旅館の方の言葉通り、道はしっかりと濡れていた。でも、頭上には青空である。
5分ほど歩くと港と砂浜が見えてきた。
千倉の龍光山高徳院のお坊さんがいらして太鼓を鳴らしている。
結界が張られ、護摩の火を焚く準備がされている。青々とした葉っぱがかなり大きく盛られている。
潮汁のサービスがあり、「福あつめ」のためのカゴ(名前が判らない・・・)や、願い事をして投げ入れるという護摩木などが渡される。
福集めのカゴに入れるよう、11種類(だったと思う)のお守りを販売していますということだったのだけれど、お財布を宿に置いて来た私は買うことはできない。
水平線の辺りは厚い雲に覆われていて、残念ながら海から昇る朝日を拝むことはできなかった。
もし雲がなければ拝めたであろう日の出は6時45分頃で、その時刻にお経が上げられ、火がつけられた。大きな炎が上がる。
地元の方なのか、観光客なのか、数十人が砂浜に集まってきていて、次々と先ほど配られた護摩木を火に投げ入れる。投げ入れながらお願いごとをしてくださいということで、私も平穏を祈りながら護摩木を投げ入れた。
朝日に染まりつつある雲も見える。こうなったら雲の間からでも「今年最初の朝日」を見ようと、そのまま砂浜で待つことにした。
海の向こうを眺めながら待っているとき、ふと見ると、海に水着で入っている男の人がいる。何をしているんだ、この寒空にと思ったら、その人はサーファーだったようだ。ボードに乗って沖に出て行こうとする。
しばらく見ていたけれど、それほどいい波は来ていなかったようで、立って波に乗る姿を目にすることはできなかった。ちょっと残念である。
和尚さんが「ご来光です」とおっしゃったときが私の初日の出ということにする。
雲の間からだけど、確かに2012年最初の朝日を拝むことができた。
何だか清々しい気持ちになる。
しかし、いくら南房総といえども相当に寒い。7時30分くらいまで、少しずつ上がって行く太陽を見ていたのだけれど、後でいただこうと思っていた潮汁も終了してしまい、写真を撮ろうと手袋もしていなかった手がかじかんでしょうがなくなってきたので、宿に戻ることにした。
宿に戻ると、フロントで甘酒のサービスがあった。冷えた手と身体に有り難い。
2ついただいて、部屋に戻って母といただく。甘酒なんて飲んだのは何年ぶりだろうか。ちょっと酸味があって、ぶつぶつしていて、美味しい。
しかし、冷え切った身体を温めるにはやはり力不足である。朝食は8時半くらいと言われていたし、まだ間に合うだろうとお風呂に行くことにした。
昨夜は「石ノ湯」だったけれど、男女入れ替え制になっていて、今朝は「岩の湯」である。こちらの方が広い。7〜8人で入っても大丈夫そうである。お湯に入れると足と手の指先からじんわりと温まって行くのが判る。ゆっくり温まった。


お部屋に戻るとすでにお布団が上げられていて、8時半過ぎに朝食になった。
奥にあるお鍋はお雑煮である。お雑煮とおせちがあって、その他にごはんやかますの焼き魚などもある。
こんなに食べられるのか? と言いつつ、いや、1月1日だから今日のお昼ごはんは食べはぐっちゃうかも知れないなどと私が言ったので、2人してごはんもお餅が2個入ったお雑煮も完食した。結構、ぺろりと食べてしまえるところが不思議である。
朝から海岸に行って寒いところでエネルギーを消費したであろう私はともかく、お部屋でフジテレビの番組では富士山頂からの初日の出であるダイヤモンド富士を見られたのだと言っていた母までが食べてしまったのには驚いた。
10時にチェックアウトし、安房白浜行きバスが10時30分に来るので、それまでラウンジでコーヒーをいただくことにした。昨日のチェックインの際にコーヒーサービス券をいただいていたのだ。
カウンターに座ると宿のおばあさんがコーヒーを淹れてくださり、テレビの取材が来た話、くじらだれの話、マンボウの身はスポンジの様で時間がたつと溶けてしまう話、少し前まで畑仕事をされていた話、ゴーヤをお味噌汁に入れると美味しい話などなどをしてくださる。
また、安房白浜までバスで行くと言うと「左側に座りなさい。海が見えるから」ということも教えてくださった。
バスに乗り込み、教えていただいたとおり左側の座席に座る。
道筋には白間津のお花畑などもあり、まだ少し早いようだけれど、ポピーやキンギョソウ、キンセンカなどが咲いているのが見える。
バス通りは海岸線沿いの道から一本山側に入った道で、海は家々やお花畑の間からちらっと見えたり隠れたりといった感じだったけれど、ぽかぽかと太陽が暖かくて、のんびりとバス旅を楽しむ。
といっても、20分ほどで安房白浜に到着だ。
安房白浜のバスセンターの近くには、キンセンカの花畑があった。温室でもないのに、結構咲いている。
海の方にも行ってみたかったけれど、バスの待ち合わせが20分ほどしかなかったのでそれは諦めることにした。ここでバスに乗り遅れたら大変なのだ。
11時9分発のJRバス関東の館山駅行きのバスで(ちなみに、このバス区間も南房総フリー乗車券で乗れるのである)安房神社に向かった。
運転手さんは「初詣の車で混雑しているので遅れるかもしれません」と言っていたけれど、実際のところ、館山方面からの道は大渋滞だったけれど、安房白浜からの道は全く混んでおらず、時間通りに到着することができた。
宿の方も「この辺りでは一番大きい」とおっしゃっていた安房神社である。
駐車場に入る車は大渋滞だったけれど、中に入ってしまえばそれほど混雑しておらず、3〜4人分を待つだけでお参りすることができた。
これまた、2012年の平穏をお願いする。
神社に母とお参りしたときの恒例でおみくじを引くと、2人とも「中吉」だったのだけれど、どうも今ひとつ、個別のお達しの内容がよろしくない。かなり精進が必要な1年になるらしい。
ということで、2人ともおみくじは大切に結んで帰ることにした。
また、初詣で混雑するせいか社務所は閉まっており、珍しく用意周到に持っていたご朱印帳に御朱印をいただくのは諦め、その代わり、これまた2人おそろいで勾玉のお守りをいただいた。
また、安房神社のお隣には、千葉県立館山野鳥の森という施設があった。
母は鳥好きだし植物好きなので気になっていたようだし、この際1本バスを遅らせて周遊コースを回って施設の見学をする? と聞いてみたのだけれど「そこまではしなくていい」と言う。ここで売っていた木細工の干支のストラップが可愛かったので購入し(今は私の定期入れについている)、当初予定通り、1時間後の12時27分のバスで館山駅に向かうことにした。
安房神社前のお店は流石に初詣客を見込んでか1月1日から営業していたのだけれど、2人とも「朝遅かったし、たくさん食べたし、お腹は空いていないね」ということで意見の一致をみた。
さて、館山駅に到着し、「お腹もいっぱいだし、お昼ごはんはパスしてイチゴ狩りに行ってみよう」ということになった。
JRの駅で配っている「JR東日本 小さな旅」という冊子に、富浦駅から徒歩15分でかの有名な道の駅とみうら 枇杷倶楽部があり、そこでは1月1日からイチゴ狩りをやっていると書いてあったので、そこに行くことにした。
慌てて13時1分発の内房線に飛び乗る。
「誰も歩いていないね」と言い合いながら富浦駅から歩くこと15分で枇杷倶楽部に到着した。
ところが、どうにもいちごを栽培していそうなハウスが見つからない。「お魚を見る」という母を残してうろうろと探した結果、ハウスは見つかったのだけれど、同時にハウスの入口に「本日は予約のお客様のみとさせていただきます」という張り紙も見つけてしまった。
残念。
ハウスの中にいた方に「持ち帰り用の販売もありませんか?」とお聞きしたところ「それも終わってしまいました」というお返事で、元旦からイチゴ狩りの夢は生まれて1時間ほどで潰えてしまったのだった。
次回からは、もう少し周到に計画を練ろうと反省した。
せっかくここまで来たのだし、駅からここまで食事ができそうなお店も見当たらなかったので、枇杷倶楽部のカフェに入ることにした。テラス席もあったけれど、室内の窓際の席にしていただく。混んでいるけれど、落ち着ける感じのカフェだ。
パスタやカレーもあったけれど、それほどちゃんと食べるほどにはお腹が空いていなかったので、母はホットケーキとコーヒー、私はベイクドチーズケーキとびわジュースをいただいた。
そのまま、カフェの隣にあるお土産物のコーナーに行く。
やはりびわ関連の商品が多い。そして、美味しそうである。枇杷の葉の入浴剤や枇杷ゼリーなどを買い込もうとしたとき、かなり大きな揺れを感じた。
地震である。
コンクリート打ちの梁にスポットライトのような照明が付けられていて、それがガチャガチャと音を立てている。
けれど、棚の物が落ちた様子はなかったし、お店の方がすぐ「津波の心配はないそうです」と言ってくださったので、店内はすぐに落ち着きを取り戻した。
でも、びっくりした。
その後「食べなかったら後悔するよね」と言い合って、「でも少し寒くなったね」と言い合いつつ、びわソフトクリームを母と2人で1つ食べ、駅に戻った。
しかし、そうじゃないかと思っていたのだけれど、電車が遅れている。
15時20分発の各駅停車に乗ろうと思って駅に戻ったのだけれど、15時10分発の特急が遅れて入線している。10分弱の遅れだろう。特急に乗ろうか一瞬迷ったのだけれど、駅員さんに「特急は全然速くないよ。速度規制がかかっているから」と言われ、それならと当初予定通り各駅停車を待つことにした。
その各駅停車は30分ほど遅れてやってきて、でも富浦の駅に着く頃には速度規制も解除されていたようだ。
その後は順調に電車は走り、20時前には家に帰り着くことができた。
2012年1月8日記
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2011年12月31日(土曜日)
12月31日から1泊2日の旅行に出るというのは、初めてだけれど意外と忙しい。私は旅先でお正月らしいことは全て済ませてきましょうというつもりだったのだけれど、妹一家が2日に来ると言うし、母としてはそういう訳にもいかないようだ。
そんなこんなで年末の片付けと年始の準備の時間も取り、昼食後の13時過ぎに家を出た。
自宅最寄り駅から3回乗り換えて、ひたすら普通電車に揺られる3時間の旅である。
千葉駅から乗った内房線は、向かい合わせに座席が設定された車両と、ロングシートの車両が両方あって、ロングシートの方はガラガラだった。やはり、長時間だと電車に横向きで座っているのは疲れるものである。
内房線の車内からは、時々、東京湾を眺めることができる。
母と「明日がこのお天気だったら良かったのにねー」と言い合う。それくらいの快晴の空である。しかし、明日、2012年1月1日の天気予報は「曇り」で、初日の出が見られる場所は限られるでしょう、という予報なのだ。
「2時間は結構長いね」と言い合いつつ、「水仙がこんなに露地で咲いているんだから、暖かいんだね」と言い合いつつ、母が「うちでは枯れちゃったアロエがあちこちで咲いている!」と言いつつ、電車に揺られ、16時30分になる少し前に千倉駅に到着した。
千倉駅からはバスに乗り(南房総フリー乗車券の範囲内である)、10分くらいで、今回お世話になる「魚拓荘 鈴木屋」さんに到着した。「北千倉」というバス停の目の前である。
チェックインをお願いし、「夕食はお風呂に入ってからの方がいいですよね」ということで18時30分からということになった。お部屋でいただくそうだ。また、明日の朝食は8時30分くらいから、やはりお部屋でと伺った。
お部屋に入ると、エアコンがついて暖めてあった。有難い。
とりあえず、テレビをつけ、お茶とお菓子をいただいてのんびりする。
18時30分くらいから夕食ということなので、17時30分くらいから何回かお風呂を覗いたのだけれど、常に7足くらいのスリッパがある。宿の方にお聞きすると「ちょっとこれ以上は入れないと思う」とおっしゃる。結局、宿の方が気を利かせてくださって、「少し空いたらお部屋に電話しますから。お食事も少し遅らせるように言っておきます」ということになった。
それで、電話で連絡をもらうまで、何故かテレビでスティーブ・ジョブスの特集番組を見ていたのだった。
電話をもらってお風呂に行くと、先客がお二人いらっしゃった。
洗い場が3つか4つ、湯船も4人入ればいっぱいといったサイズなので、確かに7人は厳しいだろう。温泉ではないそうだけれど、「湯船に鉱物が沈んでいる場合があります」というような注意書きがあったし、ホームページには「庭から引いて沸かしています」という記載があったので、水道水とは違うんじゃないかと思ったのだけれど、よく判らなかった。
いずれにせよ、ゆっくり熱めのお湯に浸かってサッパリしたら、ごはんである。
夕食は、とにかく海の幸三昧だった。
サザエのつぼ焼きは苦手なので母に食べてもらったけれど、あわびの踊り焼き、お刺身4種(かじきまぐろ、キンメダイ、真鯛、カンパチ、だったと思う)になめろう、お魚の鍋(写真を取りそびれた)、海老のフリッター野菜あんかけ、鯵の南蛮漬け、大晦日なのでかき揚げ天ぷらそば、等々のお魚尽くし! を次々に平らげる。
これだけ海の幸が揃ったらやはり日本酒だろうと、宿の方にお勧めをお聞きして、鴨川の亀田酒造で作っている「純米吟醸 壽萬亀 生貯蔵酒」をいただくことにした。母はお猪口に2杯くらいしか飲まなかったので、300ml瓶の残りは全部私のお腹の中である。かなり飲みやすい日本酒で、くいくいと頂いてしまった。
流石にこれだけ食べてお酒も頂くと、お腹は一杯である。ごはんとお汁はパスさせてもらい、デザートをお願いしたら、イチゴとフルーツ寒が出てきた。


1時間以上食べ続けた夕食が終わるとテーブルの上が片付けられ、お布団を敷いていただいた。
母は普段ほとんどお酒を飲まないし、私も日本酒を一人でこんなに飲むことはまずないので、ふらふらくらくらといい気分である。
母は早々にお布団に入ってしまい、紅白歌合戦を見るともなく寝るともなくといった感じのようだ。
私はそれでも、歯磨きをしたり、明日の初日の出をまだ諦めていなかったので目覚ましをセットしたり、しばらくうろうろとしていたのだけれど、お布団が妙に気持ち良さそうである。
21時過ぎにはお布団に入ってしまい、2人してうとうとしながら紅白歌合戦を見る。もっとも言い合うのは「この歌知らないよ」とか「この人知らないよ」とか「この人、この歌ばっかりだね」の3つが主流である。あと、20時前の一時に限って「愛菜ちゃんと福くん、可愛いね」が加わる。実にバリエーションがない。
母は「除夜の鐘が聞こえない」ということが気になるらしい。
12時を回ったところでテレビを消したのだけれど、こちらの宿では生で「 除夜の鐘」の音は聞こえてこなかった。我が家は辛うじて除夜の鐘の音が聞こえて、毎年その除夜の鐘の音を聞くことを習慣にしていた母には、寂しいことだったらしい。
来年、「どこかに出かけて年越し」を実施することができたら、その辺りも検討材料にしようと思う。
そんな反省もしつつ、2012年は明けたのだった。
2012年1月7日記
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