2012.07.17

オーロラ(イエローナイフ)旅行記の入口を作る

ティーピーとオーロラ ここは2012年3月に旅した、オーロラ(イエローナイフ)旅行記への入口である。
 
 オーロラは3回目のチャレンジで、2勝1敗1分け、という感じだった。
 まだブレークアップを見ていないのが心残りだけれど、でも、次々と姿を変えるオーロラはいつまででも見ていたいような気がした。

 以下の日程表の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

1日目 2012年3月20日 成田 -> イエローナイフ

2日目 2012年3月21日 イエローナイフ(泊)

3日目 2012年3月22日 イエローナイフ(泊)

4日目 2012年3月23日 イエローナイフ(泊)

5日目 2012年3月24日 イエローナイフ -> バンクーバー(泊)

6・7日目 2012年3月25・26日 バンクーバー -> 成田


その国の旅を終えて 100の質問 (カナダ・イエローナイフ編)


持ち物リスト (イエローナイフ編)


2012年3月 「カナダ イエローナイフでオーロラ」の写真

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2012.07.16

オーロラ(イエローナイフ)旅行記6・7日目

2012年3月25日(日曜日)

ノースバンクーバーの夜明け 4時過ぎに起き出し、何だか小腹が空いたような気がして、soy joyの最後の1本とコーヒーを淹れて飲んだ。これだけ睡眠時間がめちゃくちゃだと、社会復帰できるか、かなり不安である。
 この日は、完全に体内時計が狂っていたようで、ほとんど眠れなかった。
 本を読んだり、旅行記を書いたり、寝ようとしてみたり、外を見て日の出を確認したり、連続して眠ったのは2時間もなかったと思う。

 7時過ぎに完全に起き出して、荷造りを始めた。
 来るときには余裕だったし、そんなにたくさんの買い物をしたつもりもないのに、どうしてこんなにフタが閉まらなくなるのか。そして、重くなるのか。謎である。
 7時30分にモーニングコールが来た。イエローナイフでは添乗員さん直々だったけれど、バンクーバーではホテルの録音アナウンスである。

朝食42階から

 朝食は8時に揃って食べてくださいという案内があったので、8時少し前に42階に出向くと、ほとんどの方がすでに食べ始めていた。
 42階のそのレストランは私たちのツアーだけの貸切で、一画だけが開かれていた。
 久しぶりの朝食が嬉しい。イエローナイフでは毎日ブランチだったので、このツアー中、朝食っぽいごはんは初めてである。
 お天気も良く、42階からの眺めはとても綺麗で、1周して眺めを満喫した。

 バゲージダウンが10時、集合11時である。
 添乗員さんからお散歩をお勧めされたこともあって、とっとと荷物を整理してドア外に出し、9時過ぎにお散歩に出発した。目的地はスタンレーパークである。

スタンレーパーク入り口 日曜日の朝ということからジョギングする人が多いのは何となく判るけれど、それにしては、同じユニホームを着ている人が多い。マラソン大会なのか、ジョギング大会なのか、そういったものが開かれる感じだ。みんな、同じ方向を目指して歩いたり走ったりしている。
 気になって追いかけてみようかとも思ったし、ゴールデンゲートブリッジが見えるところまでぐるっと回り込んで歩こうかと思っていたけれど、集合時間に遅れてはいけないのでそれは断念し、海沿いにホテルの方に戻ることにした。

ノースバンクーバーを望むノースバンクーバーを望む

 途中、同じツアーの方とすれ違ったり、イエローナイフとバンクーバーでは時差があることを思い出してカメラの時計を慌てて直したりしつつ、のんびり歩く。
 スタンレーパークにはヨットハーバーがあるし、カナダプレイスに近づくと今度は水上飛行機がたくさん浮かんでいる。海が青くて遠くに見える山々は雪を被っていて、青空が広がっている。
 本当にいいところだなー、とぼんやり歩く。
 結局、カナダプレイスまで歩いてしまい、そこからロブソン通りまで上がって、11時少し前にホテルに戻った。週末だからか、11時前では開いているお店はちらほらしかなく、最後のショッピングが出来なかったのが少し心残りである。

 ホテルの部屋に機内持ち込み用のバッグを置き去りにしていたので取りに行き、ホテルのロビーに中学生なのかスポーツで来ていたのだろう少年少女の団体がいるのを見て「あの子たちより早く空港に行きたい」と添乗員さんが焦る中、空港に向けて出発した。
 そのドタバタでホテルの部屋のカードキーをうっかり持ち帰ってしまったのは私である。申し訳ない。
 出発したのは私たちの方が早かったけれど、どこかで抜かれたらしい。空港に到着したら、少年少女たちがバスから荷物を降ろしているところだった。

 ところが、一発逆転というのはあるものである。
 行きの飛行機の遅れの原因がストライキ(による機材回しの失敗)だと知った添乗員さんは、その後、しつこくしつこく「今度遅れたら承知しないから!」というファックスをエアカナダに入れていたそうだ。ここで私たちが予約している飛行機を飛ばさないようなことがあったら違約金がいくらかかるか判っているんでしょうね! というレターだったらしい。

 それがかなりの効果を発揮して、空港ビルに入ってもの凄い早さでチェックインカウンターを目指していたところに、空港職員の人が寄ってきて「おまえたちはJTBのツアーか?」と尋ねた。違うんだけど、でも多分あなたが探しているのは私達、と思ったものの、それを説明する語学力は私にはない。「先頭の彼女に言って!」と添乗員さんを示して先に走ってもらった。
 やはり彼らに探されていたのは私たちで、そのまま裏口のようなところに連れて行かれた。機内預け荷物をX線検査に通し、チェックインもその場で終了、搭乗券まで渡されて、あっという間に手続きが完了した。

 出国審査らしい出国審査はなく、セキュリティ検査を抜ければOKである。
 ところがこのセキュリティ検査で何が引っかかったのか、私は脇に呼ばれて透明の円筒形(直径は1m以上あったと思う)に入り、手を上げてぐるっと回るように言われた。これが噂のボディスキャナーか? とかなりイヤな感じがしたけれど、やけに事務的にこなす空港職員の前に私はあっさりと言われたとおりにする。
 担当官はパソコンの画面のようなものを見ていたけれど、私にはその映像は見えず、噂のボディスキャナーがどこまで「見えて」しまうのか、確認できなかった。

機内食 免税店で家と妹一家へのお土産にスモークサーモンを購入し、余ったカナダドルでナッツとお水を買って、13時5分発のエアカナダで帰路についた。
 どう考えても昼間に搭乗したこの復路ではヒマだったに違いないのに、何故だか旅行記を書いていない。メモもしていないので、既に記憶の彼方である。あまり寝ていなかったので、最初の機内食でワインをいただいて爆睡していたのかも知れない。わざわざツアーの方に通路側の席に交換していただいたのに、甲斐のないことである。

 翌2012年3月26日15時過ぎに成田に到着し、無事に家に帰り着いた。

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オーロラ(イエローナイフ)旅行記5日目

2012年3月24日(土曜日)

 今朝方6時に就寝し、11時チェックアウトのため9時に目覚ましをかけておいた。かなり眠い。
 チェックアウト後、出発のためのロビー集合が12時30分なので、その間に昼食を済ませてくださいと案内があった。この日だけは、夕食しかついていないのだ。
 起き出して、お腹が空いていないなと思いつつ、持参した味噌汁を作って飲んだら胃腸が目覚めたらしい。そのままコーヒーを作り、まだ食べていなかったsoy joyと、スーパーで購入したバナナとフランボワーズのヨーグルトで、結構しっかりした朝食になった。
 その後は、一気に荷造りである。流石に洗って干してから5時間くらいの洗濯物は何となく湿っている。
 ピローチップとともに、持って来すぎて余ってしまったカイロを置いてきたけれど、誰か使ってくれるだろうか。

 11時前にチェックアウトし、お土産物屋さんでも見に行こうかと外に出た。タイツにGパンだけだと少々寒いけれど、ニットの帽子もストールもあるし、天気もいいので歩くには問題なさそうだ。マイナス13度くらいだったと思う。
 昨日の午後にオールドタウンまで行かれた方が20分くらいで歩けたとおっしゃっていたし、再集合まで1時間半以上あるので、行ってみることにした。
 オールドタウン入り口にイエローナイフでは有名なお土産物屋さんもあるし、前日から始まったというお祭りを見られるかも知れない。

 足下は雪が固まっているけれど、滑ることもなく歩きやすいのが下り坂には有り難い。
 お土産物屋であるギャラリー・オブ・ミッドナイトサンまで15分もかからなかったと思う。暖を取るのを兼ねて店内に入ると、ツアーでご一緒しているご夫婦がいらした。「お土産が足りないことに気がついて。」とおっしゃる。
 店内を回って、オーロラの写真集がないかと探してみたけれど見当たらない。
 品揃えとしてはジュエリーや置物が多い。ドリームキャッチャーをネックレスにアレンジしたものがあって心惹かれたけれど、「本物を買ったし」と見送る。2日目に購入したのと同じハーブティーを発見し、値段が変わらなかったことに安堵する辺りが我ながらせこい。
 結局何も買わずじまいだった。

お祭り会場モニュメントとアイスロード

 店を出て、オールドタウンに向けてまっすぐ歩くと道は左右に分かれていた。右に行けばお祭りの会場だけれど、お祭りを見ている時間はなさそうである。前方に見えている丘の上のモニュメントを目指した。
 このモニュメントまでの坂と階段が結構キツイ。筋肉痛になるかもと思いながら上ると、視界が360度開けていた。
 アイスロードが真っ直ぐに伸びているのが判る。この時期にだけしか出現しない、凍った湖の上に作られた道である。

 一方のお祭り会場方面は、遠目にぐるぐるとスケートで回っている様子や、氷で作られたお城も見えた。
 そして、ダウンタウン方向の眺望も開けている。
 これだけ視界がいいということは、風もまともに受けるということである。ちょうどベンチにいたお兄さんに(しかし、彼はそこで何をしていたのだろう)「寒い!」と叫んだら「今日は風が強いからね。フードをかぶれ!」とアドバイスされた。確かに、その方がずっと暖かい。

 11時30分を回ったので、ダウンタウンに戻る。
 今から思えば、WILD CAT CAFEの外観くらい見て写真を撮っておけば良かったけれど、そのときには寒さのあまりそんなことには気がつかなかった。
 上りの坂道を急いでいると、1時間に1本のバスに追い越されて、ちょっと悔しかった。あれに乗れれば楽だったのにと思いつつ、でも歩いてお腹を空かせなければとせっせと上り坂を早足で歩く。

北極イワナのお寿司 集合時間まで30分くらいあったので、当初予定のとおり、SUSHI NORTHで北極イワナのお寿司を食べた。
 SUSHI NORTHのレジも厨房も日本の人がやっているようだ。日本語で注文できるのが有り難い。北極イワナの握りとのり巻きのセット(9ドル)と日本茶(1ドル)を頼む。見た目はサーモンのようで、サーモンよりさっぱりしていて、なかなか美味しかった。
 レジのお姉さんは「今日の午後1時からドッグレースがありますよ。」とか、「今夜は晴れるみたいですよ。」とか教えてくれたけれど、残念ながら私のイエローナイフ滞在はあと2時間ほどである。「もう帰るんです。」と告げたら残念そうにしてくれた。

 集合時間にも何とか間に合い、バスに乗り込んだ。
 イエローナイフの空港までは7〜8分だ。空港からの送迎も含めて、オーロラビレッジがまとめて面倒を見てくれる仕組みらしい。これなら個人でも来られるなと思う。
 ツアーが26人と大所帯だったためか、すべての送迎はスクールバスを借りて(?)行われていた。可愛いバスだけれど、乗り心地は今ひとつというところである。
 国内線の割にイエローナイフの空港のセキュリティチェックは厳しく、私の荷物は何度も往復させられていた。裁縫セットがいけなかったのかも知れない。

イエローナイフ空港 空港では乗るはずの飛行機が現れないまま、モニターの表示は「on time」、予定登場時刻には「bording」に変わり、もしやこのモニターは現実に合わせて表示を変えることをしていないのではないかと疑う。
 そのうち飛行機(数えたら、片側が12列、片側が13列、横に4列という座席数だった)がやってきて人が降りて来た。整備をしたとも思えない時間で搭乗が始まる。

 この飛行機が寒かった。すきま風か? というくらい、足下が冷える。
 でも、アテンダントさんが気のいい若者で、日本語の挨拶を操り、「こんばんはがgood afternoonだっけ?」とか勉強熱心だったのでまぁいいかという気持ちになった。ただし、この質問に先駆けて「英語をしゃべれる?」と聞くのはどうかと思う。

ロッキー山脈 エドモントンの空港はカルガリーよりも広いくらいで、しかも綺麗だった。
 乗り継ぎ40分というアナウンスがあったけれど、国内線同士であれば十分である。こちらは飛行機のサイズも上がって、寒くなかったのが何よりだ。
 また、ラッキーなことに窓際の座席だったので、エドモントンからバンクーバーに向かう眼下にはカナディアンロッキーを見ることができて、天気もよく、かなりいい眺めを満喫できた。
 17時20分くらいに到着したバンクーバーも快晴のいいお天気である。

 18時30分くらいに本日の宿であるエンパイア・ランドマーク・ホテルの部屋に入ることができた。15階で、ノースバンクーバー側のお部屋である。もう少しフロアが上だと一望だと思うけれど、15階だと海岸との間にいくつもの高いビルがあって、景色が分断されてしまうのが惜しい。

 スーツケースの到着を待って、買い物に出た。
 「シルバージュエリー」というお店でブルー・トパーズが新しく入ったんだと説明され、そういえば私の誕生石はトパーズで、いつか買おうと思いつつまだ買っていなかったなとかなり惹かれた。けれど、次回7月に来る予定なので、ご縁があったらそのときにと思い、購入は見送る。
 rootsに行って、何はともあれ甥っ子のお土産を買う。1フィートより小さいくらいの子で、と説明したら、「いくつ?」と聞かれた。それはそうだと「1歳の男の子」と伝えると、サイズ表を示し、いくつか選び出してくれた。その中からTシャツを2枚選ぶ。1枚はセール中で、2枚で25ドル強。コインをいろいろ出し入れしてちょうどになったら「perfect!」と誉められたのが微妙に情けない。

 その後、ロブソン通りをスタンレーパークの方に少し下がったところにあるスーパーマーケットに行き、家用にメープルシロップを買う。バンクーバー在住のお姉さんも言っていたけれど、カナダで買っても決して安い訳ではない。
 さらに、お土産にゴートミルクの石鹸を大量購入する。
 その他も細々と買い込み、35ドルくらいになりそうで、現金で支払うと夕食時の飲み物代がなくなりそうだったので、支払いをトラベラーズチェックでできるか聞いてみた。すると、できるけれども面倒だったようで、パスポートナンバーを控えたり、時間がかかる。集合時間ぎりぎりになってしまい、スーパーからホテルまで上り坂をダッシュした。最後になってしまったのが申し訳ない。

カナダのビール ホテルから歩いて、夕食をいただくKIRINという中華料理屋さんに行った。日が落ちて気温も下がっていたけれど、それでも10度というのは暖かい。天気がよくて良かった。
 KIRINには、日本酒などもあったけれど、ここはやはりカナダの飲み物だろうと、ビールをいただくことにした。小瓶が6.25ドルである。楓の葉のラベルが付いていてかわいい。
 添乗員さんの太鼓判の通り、この中華はかなり美味しい。北京ダックあり、カニあり、エビチリありで、結構豪華である。チャーハンに焼きそば、杏仁豆腐までしっかりたくさんいただいた。

エビチリ炒め物

カナダプレイスの夜景 レストランで21時半くらいに解散になり、リカーショップに向かった。
 散々迷って、アイスワインは結局買わなかった。家にまだあるし、それよりはお土産としてサーモンの方が良かろうという判断である。
 そのままホテルに戻りかけたけれど、せっかくなので、海岸線まで降りて夜景の写真を撮りがてら、腹ごなしの散歩をする。そんな時間の一人歩きに危険を感じないのは有り難い。唯一の問題点は、海岸に向かって下り坂だったので、ホテルへの戻りは上り坂になって、この坂が意外ときつかったことだ。
 のんびり歩いて、部屋に戻ったのは22時30分過ぎだった。

 お風呂に入り、明日の天気が良かったら出発前にお散歩をしようと目覚ましを6時にセットして、さて寝ようとしたけれど、オーロラ鑑賞で夜更かしのクセがついてしまったらしく、なかなか眠れなかった。

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2012.07.15

オーロラ(イエローナイフ)旅行記4日目

2012年3月23日(金曜日)

昼食 この日は前日とは打って変わって、目覚まし時計をかけた10時30分まで爆睡した。
 起き出して鏡を見ると、目が腫れぼったいのが判る。これはかなり恥ずかしいと冷たい水で何度も顔を洗ったけれど、あまり効果はなかったかも知れない。
 朝食兼昼食は、昨日と同じ、ホテルに隣接するセンタースクエアモール内にあるレストランである。メニューは、シーザーズサラダとアラブ風の牛肉のサンドイッチ、チョコレートケーキにこの日は紅茶を頼んだ。
 ここのサンドイッチは美味しい。

 前日に時間を延長して残ったのは全体の1/3というところなので、やはり「その後」の話で盛り上がっている。私がカメラが不調だと騒いでいたので、心配してくださる方もいらっしゃって有り難い。
 カメラに関していえば、やはりレンズの明るさが必要だなとか、魚眼レンズ(私の場合はフィルタだけれど)は広く写せるけれどトリミングがしにくそうだなとか、反省点がてんこ盛りだ。その反省の元は要するに「ちゃんと予習と準備を怠らずに!」ということに尽きる。
 でも、何だか満足しているし、この日ももっとすごいオーロラが見えそうな気がしていた。

 もっとすごいオーロラが出たら、やはり延長するしかない。寒い中にずっと外に出ている必要がある。
 この日からイエローナイフのお祭りが始まって、氷の像なども作られている、会場はオールドタウンだという案内も添乗員さんからあったけれど、ここは体力温存が必要だと断じて、食事後、私は部屋に戻ってお昼寝をした。
 ツアーのみなさんは、結構、そのお祭りに行かれたようだ。氷の像はまだ作成途中だったものの、お城が作られてその中でコンサートが行われていたり、力自慢大会が開かれたり、屋台が出たりしていて、車で次々と人がやってきて、結構盛大なお祭りだったらしい。
 この日は、初めて昼間に青空が広がっていたこともあって、行けば良かったかもと思った。

 昼寝から目が覚めたのは16時30分くらいだった。集合まで2時間くらいある。今朝もオーロラ鑑賞から帰ってきて、冷えた体を温めるのに湯船に浸かったけれど、髪を洗って乾かすには眠すぎる。
 この時間を利用してシャワーを浴びて髪を洗い、よくよく乾かした。

 この日の夕食はオーロラビレッジでいただくことになっており、オーロラ鑑賞の準備も済ませて、18時30分にロビー集合である。
 この時間だとまだまだ明るいので、初めてオーロラビレッジに向かう道筋の景色を見ることができた。針葉樹林が続き、たまに金鉱山の跡地などがある。
 現在、金鉱山の跡地は次々と埋められていて、そもそもオーロラビレッジ自体がそうだし、あるいは、イエローナイフ空港近くの金鉱山跡地はスノーボードのハーフパイプの会場として整備されたりしているそうだ。
 イエローナイフの町の説明などもあった。私がメモした唯一の話は、この辺りで暮らしていた人々が銅製のナイフを持っていたことから、この地にやってきた白人が「イエローナイフ」と彼らのことを呼び、それがそのまま地名になったというものだ。

 もう一つ覚えているのが、ゴールドラッシュは終わり金鉱山も閉山しているけれど、代わりに今のイエローナイフは、北方300kmくらいのところにあるダイヤモンド鉱山のための基地として機能しているという話である。
 品質を表す刻印として、ポーラーベアと、あと二ついかにも極北らしいものがあるという話が印象に残っているけれど、「あと二つが何か」については忘れている。情けない。

オーロラビレッジ この日は明るいうちに到着するため、ダイニングホール前までバスが乗り付けてくれた。いつもの時間にそんなことをしたら、オーロラ鑑賞の邪魔になるけれど、この時間なら全く問題がない。
 オプショナルを楽しんだ方は昼間のオーロラビレッジに来ているけれど、私は初めてである。ダイニングホールのデッキに立って「こういうところだったのか・・・。」と眺める。もっとも、オーロラビレッジの広さや設備、景色よりも、この雲の広がりまくった空が気がかりである。
 風が雲を飛ばしてくれることを祈りつつ、ダイニングホールに入った。

 テーブルクロスもかけられてきちんとセットされたダイニングホールでの夕食には、乾杯の飲み物もついてかなり豪華である。19時過ぎから夕食となった。
 メニューは、まず前菜として、チーズとソーセージとクラッカーのプレート、野菜サラダ(スティックサラダに近い感じで、ほうれん草のディップと、パプリカのディップが用意されている)から始まる。
 メインは、ホワイトフィッシュのソテーとバッファローのローストビーフ(これにマッシュポテトと温野菜がつく)だ。
 デザートのチーズケーキと、コーヒーまたは紅茶がいただける。

 このメニューなら赤ワインでしょうと思ったけれど、白ワインはカナダ産、赤ワインはチリ産(と言ったと思う。要するに、カナダ産ではない)と言われたら、白ワインを選ぶしかない。
 これまでの夕食ではやはり後のことを考えてアルコールを飲む人は少なかったけれど、このときは半数以上のメンバーが飲んでいたと思う。

 ツアーに明日がお誕生日という方がいらっしゃって、乾杯のときに、添乗員さんから「明日のお夕食のレストランはがやがやしているので。」と、一日早いお誕生日プレゼントが手渡された。
 ご挨拶によると、オーロラをもう何回も見に行っている方で、最初に北欧で素晴らしいオーロラを目にして以来はまっているそうだ。今回も、昨年末に1回行ったけれど、お誕生日をオーロラを見ながら迎えたいとこのツアーに申込みをされたらしい。
 そうした方に相応しく、お誕生日プレゼントを見せていただいたら、オーロラの写真集だった。
 包みを解いた途端に添乗員さんが「あっ!」と叫ぶので何かと思ったら、値段のシールが貼ったままだったらしい。慌てて剥がそうとしていたけれど「剥がしても書いてありました。」ということで、笑ってその場が収まった。

 お料理はビュッフェ式で、メインのお料理はお皿を持っていくとサーブしてくれる形である。その盛りがダイナミックで、手にした瞬間「これは無理でしょう」と思う。
 美味しかったので残すのはもったいない&申し訳なかったけれど、残念ながら完食できなかった。

メインディッシュデザート

 デザートをいただきながら、DVD鑑賞になった。
 私たちが滞在した3日間(もっとも、1日目は雲がかかってほとんど見えなかったので、実質2日間)のオーロラ写真と、何と言っていたかもうすでに忘れてしまったけれど、町の光が反射して天に向かって行く筋も伸びる現象を写真に納めたものがスライドショーになってDVDに収められている。
 その画面を写真に撮る人が続出したのがおかしい。つられて私も挑戦したけれど、あまり上手く撮れなかった。
 このDVDを40ドルで販売しますという。「画面を撮ったもので満足。」という人あり、購入する人あり、様々である。
 そういえば、お誕生日プレゼントの写真集をお借りして写真を撮っている方もいらっしゃった。ちょっと、びっくりである。

 21時過ぎにティーピーに移動して、本日のオーロラ鑑賞が始まった。
 割と早い時間帯に、湖の向こうにオーロラが見えますという話があって、確かに雲の切れ間から星が見え、オーロラが光っているのが見えた。結構強い光のようだ。
 さらに雲が切れたら大きく揺らめくオーロラが見られそうだったけれど、その前にオーロラは薄く弱くなってしまった。惜しいところである。

 その後も、雲の上にはオーロラが出ていたらしく、写真に撮ったら緑色に写ったという話もお聞きしたけれど、いかんせん、雲が切れる気配がない。星も見えない。
 昨日もその前の日も、割と遅い時間にオーロラが見えているので、この辺りまでは割と余裕の感じで、昨日見られていることもあって、ほとんどの人がティーピーでくつろいでいる。
 今から思えば、22時45分から極寒実験を行いますというアナウンスがあったところで「今日は見えそうもないってことだな」と察するべきだった。でも、このくらいの時間はまだまだという感じもあって、「見えないかも」とか全く思い及ばなかった。

極寒実験 極寒実験では、まずタオルを凍らすところから始まった。水に濡らしたタオルをぐるぐると振り回す。そのタオルが凍ることよりも、タオルを振り回しているスタッフの方が素手であることの方が驚異である。ご本人は「今日はマイナス10度くらいなので、素手でも回せます。」などとあっさりと言っている。
 そうしてしばらくぐるぐる振り回されていたタオルは、本当にカチンコチンに固まった。板のようだ。
 また、「豆腐で釘が打てます」実験や、「バケツの水を撒くと一瞬にして氷の結晶になります」実験なども行われる。町から水を運んできているというオーロラビレッジだから、この水まき実験は限定2名(3名だったかも)である。
 定番の、カップヌードルをフォークで持ち上げた状態で凍っているものも「展示」されている。スタッフの方曰く「とてももろいので気をつけてくださいね。スタッフが4時間近くフォークを持ったままがんばって作ったので。」ということだった。
 ずっとティーピーで座ったままなのも何だしと思って行っただけだったけれど、結構、楽しめた。

 0時過ぎ、本日の夜食を食べに行った。本当のところはそんなにお腹も空いていなかったけれど、何だか食べなくてはならないような気がしたのだ。
 ちょうどスープがなくなったところだったらしく、出来たてが運ばれてくるのを少し待ち、熱々をいただくことができた。この4日間で、熱々のスープを食べたのはこれが初めてだったと思う。小さくラッキーだ。

ドリームキャッチャー 極寒体験を見に行ったときにショップに立ち寄り、ドリームキャッチャーを見つけて実はずっと気になっていた。
 それは、イエローナイフ近くに住む方(ラリーさんというらしい)の手作りで、完成後にスマッジ(お浄め)も施されているという。確かに燻されたような甘い香りがする。ドリームキャッチャーは「念を込める」のではなく、「無の境地で作る」ことが必要とされているそうだ。
 そういう説明に弱い私はあっさりと陥落し、「結構いいお値段だな」と思いつつ購入した。ここでトラベラーズチェックでの支払いが簡単に可能だったことも、私の財布の紐を緩ませた一因である。

ティーピー強力ストーブ

 1時を過ぎる頃には「今日はもうダメだ」という雰囲気が辺りに漂い、ティーピーの中も完全に弛緩しきっていた。カメラをしまう人も多い。
 何だか名残惜しい感じがして、ティーピーの中の強力ストーブの写真を撮ったり、外に出てティーピーの写真を撮ったりする。デジイチはピントを無限大に合わせてテープで固定してあったのでコンパクトカメラを持ち出す。このコンパクトカメラは、タフな造りになっていることが売りだけれど、流石にマイナス10度は想定外だったのか、あっという間に電池がなくなってしまった。
 オーロラビレッジのスタッフの方が外に出て空を見上げている。無線で交信して、オーロラが出るとすぐさま教えてくれるのだ。お話を伺ったらワーキングホリデーで来ていて、このオーロラのシーズンが終わったら旅行して帰国予定だという。「日本に帰る前に、メキシコでリゾートです!」と嬉しそうに言っていたのが印象的だった。

 流石にこの日は延長する人は出ず、2時過ぎにオーロラビレッジを出てホテルに向かった。
 最終日で、ホテルに着いたら防寒着一式を返却することになるので、その説明を聞く。このとき初めて防寒マスクがプレゼントされることを知った。なかなか便利なマスクだったので、次に活躍することがあるかどうかは微妙だけれど、嬉しい。
 ホテルに戻って防寒着一式を返却し、お風呂に入る。
 興奮していたのか、オーロラに備えて昼間に爆睡していたのにオーロラの出る気配がなくてティーピーにこもって体力を消耗しなかったせいか、眠気が差さずに困って文庫を読んでしまい、寝たのは6時近かった。

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2012.07.09

オーロラ(イエローナイフ)旅行記3日目

2012年3月22日(木曜日)

 就寝4時30分で、何故か6時30分に目が覚めた。しかも、目覚めた後、全く眠気を感じない。
 仕方がないので、そして、気になることがあるから目が覚めてしまったのだろうと考えて、カメラの設定見直すことにした。
 ティーピーも、オーロラビレッジ内の歩道に設けられた足下灯も写っているから、明るさが足りないに違いない。
 そんなこんなで苦節30分、カメラの説明書を読み直し、オーロラ撮影ガイドの本を読み直し、室温に慣れて電池も復活したカメラをいじりたおして、語るも恥ずかしい設定ミスが原因で撮ることができなかったことが判明した。

 判明した後、「よかった、これで今日の夜には間に合う。」と思えた自分が謎である。
 前々からチェックしておけば良かったのにとか、どうしてこんなバカな設定を見逃したんだとか、昨日のうちに気がつけたよねとか、そういう風に思いそうなものなのに、何故だか自分でも判らない理由で妙にポジティブシンキングである。
 その後、安心したせいか何となく小腹が空いて、昨日買った「スパークリング、果汁100%」という両立しなさそうな表示のあった謎のオレンジジュースを飲んだ。さてどんな味なかと思ったら、正しくファンタオレンジの味だった。100%って書いてあるのは何なんだ! と思う。

 昨日は爆睡していたし、「Do not Disturb」のカードを出しておいた。
 でも、今日は、お掃除やベッドメーキングはともかくとして、タオル交換はして欲しい。添乗員さんから、寝る前にドアを開けたすぐのところにタオルを置いておけば、お掃除の方々も慣れているのでタオル交換だけしてもらえますと教えてもらい、その通りにしておいた。
 しかし、9時過ぎにお掃除が始まったらしい気配があったので、もう諦めて起き出し、廊下に出てお掃除の方を追いかけ、お掃除はパスさせてもらって部屋のゴミを捨ててもらい、新しいタオルに交換してもらった。
 お昼ごはんを食べた後で6時間くらい時間があるし、そこでお昼寝をして寝不足を補おうと思う。

朝食 11時30分に集合し、昼食はホテルに隣接するショッピングモール内のMackenzie Loungeというお店だった。
 メニューは、クラブハウスサンド(サラダ付き)とコーヒーor紅茶、デザートのチーズケーキである。
 同じテーブルになった方のオーロラ写真を見せていただいて、ちょっと悔しい気持ちになる。昨日のオーロラがこれだけ「すごい」写真になるとは意外だった。私の目はとことん「色」を感じないらしく、昨日も白くぼんやりとした光にしか見えていなかったけれど、明るい緑色に写っている。
 また、ティーピーの明かりだけで、ある程度の時間シャッターを開けておけば、例えば懐中電灯で顔を照らしたりしなくても人とオーロラの写真を撮ることができるという。しげしげと見せていただいた。

 食後にモール内を歩いて、オーロラの絵はがきを買って友人に書こうかと思ったけれど、自分で写真が撮れてからでいいかなという気がして、先送りにした。そもそも、私がオーロラを見に来ていることを知っている友人はほとんどいない。
 一人参加の女性が私を含めて4人いて、食後のおしゃべりがなかなか凄かった。初めて会う人間が26人(添乗員さんを含めて27人)集まっているのだし、その中であれこれあるのは仕方がない。
 流石に若輩の私が参加するのはどうかという気もして、日本人得意の曖昧な微笑を連発というか顔に貼り付かせていたら、後で「ごめんね、おばさんの井戸端会議につきあわせて。」と言われてしまった。

 13時くらいに部屋に戻った。
 それほど眠気が差してきていないし、お天気もいいので町歩きに出かける手もあったけれど、体調がすこぶるいい訳でもないので自重し、当初予定通りお昼寝をした。
 13時半にベッドに入り、気がついたら16時半になっていた。遮光カーテンを引いても結構な明るさになるお部屋で、耳栓もなしで、我ながらよく熟睡したものだ。

 17時45分にホテルのロビーに集合し、昨日の昼食をいただいたエクスプローラーホテルまで歩いて、ダイニングで夕食である。少し前に部屋を出て、ショッピングモール内のお土産物屋さんで絵はがきを2枚購入した。泊まっているホテルのロビーからガラス扉1枚を抜ければショッピングモールに行けるのはやはり便利だ。
 晴れているので寒いかと思ったらそうでもない。気温計はマイナス10度と出ている。シャツ2枚にカーディガン、マフラーを巻いて、ダウンジャケットを着れば大丈夫である。
 ダイニング入口の部屋にコートを掛けておくことになるので、みんなと同じレンタルのジャケットでは探すのが面倒だし、取り違えがあったりするかも知れないので、自前のダウンジャケットを着て行った。

サラダメインディッシュ

 夕食は、ベリーソースのドレッシングがかかったグリーンサラダ、ホワイトフィッシュのフライ、デザートのチョコレートケーキだった。チョコレートケーキにもベリーソースが飾られている。
 前日の昼食ではドリンク1杯つき、今回はディナーだからということで、ドリンク1杯と、食後のコーヒーor紅茶もいただけるという。何だか得した気分である。でも、夜更かしするので、アルコールを自粛せざるを得ないところが残念だ。
 今回のツアーは食事に恵まれていると思う。このディナーでも、特にサラダについてきたベリードレッシングがテーブルの人たち全員に大好評だった。「買って帰りたい!」という声もちらほら出たけれど、添乗員さん曰く、こちらではベリーのジャムやドレッシングなどは家で作るものであって買ってくるものではないそうで、販売されていないらしい。ホテルで販売したら、日本人観光客に飛ぶように売れると思う。

 食事のときにお隣になった方は、今日の昼間はオプショナルでかんじき体験をされてきたらしい。
 高校生と大学生らしいお子さん3人と家族5人で参加されている方だったので、お子さん達は昼間寝ているだけではパワーを持て余してしまうんだろう。
 かんじき体験はオーロラヴィレッジ内で行われたそうだ。湖の周りをかんじきを履いて一周し、その間に例えば火起こしの体験があったり、犬ぞりを引いてくれる犬たちを見たり、雪で作られた大滑り台で遊んだりとなかなか充実したオプショナルだったそうだ。

 夕食後、割と遅めに席を立ったところ、やっぱり「レンタル上着の取り違え」事件が発生していた。みんな同じコートを借りて、特に目印を付けるでもなくハンガーにかけて並べておいたら取り違えが起きない方がおかしい。
 逆にどうして「自分のコートじゃない」と気がついたのかというと、ポケットに入れた覚えのないもの(確かマスクだったように思う)が入っていたからだそうだ。
 この上着取り違え事件がどういう決着をみたのか、そういえば覚えていない。サイズは同じだったから諦めて取り違えた方を着ることにしたのだったか、本来の借り主が判明したのだったか、どっちだったろう。

夕日 いずれにしても、そうやってわさわさした後、外に出てみたら、ツアーの方々が帰り道とは違う方向から戻って来るところだった。ちょっと上ったところにある駐車場から夕日が綺麗に見えますよと教えてもらい、もちろん、行ってみる。
 真っ赤になって沈みかけている夕日はとても綺麗で、しばし見とれ、バシバシ写真を撮った。
 時刻はもう20時近い。そして、明るいので油断していたけれど、かなり寒い。高台で風を受けながら写真を撮っていたら、けっこう冷えてしまった。

 その後、ホテルに戻る方々と別れて、スーパーに立ち寄った。朝食を食べていないので、果物や乳製品が足りない感じがしてベリーのヨーグルト(0.8ドル)を1個だけレジに持って行ったら、前に並んでいたフィリピンから来たというおじいさんに「ダイエットか?」と笑われてしまった。いや、そうじゃなくてオーロラを見に来ているから朝食の時間は眠っていて、などと説明できる語学力はないので、にっこり笑って「YES」と答える。
 ホテルに戻る途中で気温を見たら、マイナス18度! ホテルを出るときにはマイナス10度だったから、一気に8度も下がっていたらしい。寒いはずである。

 ホテルに戻ると、一人参加の女性陣が若い男の子と何やら楽しそうに話していた。帰り道で一緒になったらしい。そこはスルーして部屋に戻る。
 戻って来たときのためにお茶を沸かして水筒に詰めたり、準備をする。
 もちろん出発の準備も必要だ、今日は犬ぞりに乗るので、いつもより暖かい服装が必要だろうと、レンタルのフェイスマスクの他にサーリセルカで買ったフェイスマスク(目と口のところしか空いていない、銀行強盗みたいなマスク)を用意し、服装もボディウォーマーを足して着込む。あまり着込んでも汗をかいて却って冷えてしまうので難しいところだ。

 21時30分頃にオーロラヴィレッジに到着した。ティーピーに一旦集合し、犬ぞりの説明を受ける。「犬ぞりってどれくらいの時間乗っているんですか?」と尋ねたところ、「犬が走る気満々だと早いし、ちょっと気が乗らないというときは時間がかかるので何とも・・・。」というお答えだった。
 ともかく寒さ対策は必要だろうと、持ってきたフェイスマスクを装着する。
 犬ぞりは2艇ずつ4回に分けて走らせるそうで(というよりも4往復してくれるそうで)、私は3回目を指定された。
 人が近づいていくと吠え声が大きくなるので、ティーピーで待っている間も、臨場感バッチリである。

犬と私 犬ぞりは、何というか舟のような形をしている。底に敷物は敷いてあるけれど、結構、地面(というか雪)の凹凸がダイレクトにお尻に伝わって来る感じだ。
 犬たちは走る気に溢れていたらしく、素晴らしいスピードで進む。森林コースのような感じで、木々の間を抜けて行くのはなかなかスリリングだ。
 体感としては10分くらいだったろうか、今回のツアーメンバーで貸切になっているファーレイクに到着した。完全に沈み込んで乗っていたので、なかなか立ち上がれない。スタッフの方にほとんど引っ張り上げて貰うような感じで立つことができた。

 私はほとんど聞き分けられなかったけれど、犬ぞりはかけ声で操っていて、「ハーッ」というのが進め、「ジー」というのが右、「ユー」というのが左を指示しているのだそうだ。流石に犬ぞりを引くハスキー犬は賢い。
 犬ぞりを引くのは大体10歳くらいまでの犬で、リタイア後は悠々自適ではなく、後輩の犬たちの指導係に任命されるそうだ。
 この辺りでは子供達も犬ぞりを与えられて学校に通うし、エネルギ−切れがない分、遠出するにも犬ぞりの方が安心らしい。少し前までは警察官も犬ぞりを使っていたというから、相当に浸透している乗り物なんだろう。

 ファーレイクでは大きなテントが張ってあって、その中で」ストーブが焚かれている。外に出て少し歩くと湖が広がっており、周りに明かりもなく、絶好のオーロラポイントだ。
 到着して犬たちの興奮が少し収まった頃、「この子は大人しいので写真撮影できますよ。」とスタッフの方が案内してくださり、一緒に写真に収まった。

 ファーレイク上に行くと、空は満点の星である。流れ星も見られたし、人工衛星も判る。
 かすかにオーロラらしき動きはあるものの、あくまでも、空に広がっているのは満点の星空である。
 昨日の反省を元に試しに写真を撮ろうとすると、何故だかレリーズが効かない。レリーズを外してシャッターを切ることは出来るけれど、レリーズのシャッターボタンを押してもシャッターが降りない。ツアーの方に相談すると、レリーズの中に湿気がたまっているとそういうことが起こりやすいという。
 私がレリーズと格闘しているうちに滞在時間も終わり(恐らく1時間もないくらいだったと思う)、元のティーピーに戻ることになった。名残惜しいが仕方がない。

 行きよりもアップダウンの多い、でも距離としては短いコースを走り、あっという間に出発地点に戻った。
 戻ると、丁度0時くらいである。寒い中を走ってちょっと小腹が空いたので、ダイニングに行って本日の夜食をいただいた。今日は七面鳥とマカロニのスープだ。これにスコーンが付く。温かい物を食べると人心地がつくというものだ。
 そして、今日になって初めて、テーブルにぽつぽつとバターが置いてあることに気がついた。これが甘くて美味しい。スコーンにたっぷりつけて頂く。スタッフの方によると、バターとシロップをひたすら練って作ったものらしい。
 ダイニングのお手洗いに寄ってティーピーに戻ると、外ではオーロラが始まっていた!

最初の1枚 レリーズはもう諦め、シャッターを直接押すことにした。それもあって、三脚は低めに構えて安定性を高める。
 これが最初に撮ったオーロラの写真である。
 判りにくい。
 絞り3.5(これが私のカメラのレンズの限界値である)、ISO1600で、シャッタースピード6秒で撮ったのだから当たり前だ。シャッタースピード6秒は、そのときたまたまお隣にいたツアーの方に倣った。少し考えれば、その方が使っているレンズはかなりいいもので明るいのだから(確かF値が1台とお聞きしたような気がする)、私が同じにしていい訳がない。

オーロラ その後、ISOを上げたり下げたり、シャッタースピードを短くしたり伸ばしたり、色々と試してみた。
 試すのはいいとして、その結果は一瞬、液晶に表示される「今撮った写真」で確認しているだけだから甚だ怪しいけれど、これはもう仕方がない。
 結局、この後はほとんどISO1600〜2000、シャッタースピード20〜25秒で撮っていた。この写真はISO2000、シャッタースピード20秒である。
 メディアだけはたっぷり用意してあるし、昨日一昨日と写真を撮れていないのでさらに余裕がある。画質を上げ、LAWでの保存も同時に行ったので、シャッターを切るのに20秒、保存をするのにもおなじくらいの時間がかかる。
 やっぱりレンズの明るさは大事だよ、としみじみと思った。魚眼のフィルターをつけて撮影範囲を広げた分、恐らくは光を取り込みにくくなっていた筈だ。
 
 オーロラはその後もゆらゆら揺れたり、消えたり、また違う場所から上がって来たりした。
 ずっと迷っていたけれど、1時45分頃、さらにオーロラが大きくなりそうな感じになってきたので、25ドル払って1時間の延長を決めた。ツアーの方の1/3くらいが延長していただろうか。この延長分の支払いは、現金でもカードでもトラベラーズチェックでもOKだった。
 延長なしの方々は2時20分にオーロラヴィレッジを出発する。みなさんを送った後、オーロラはさらに動きを見せてくれて、延長して正解だったと思う。
 この頃には既に電池マークが点滅し続けていて、私が持っている三脚とカメラでは、三脚に付けたままでは電池交換ができないので、「お願いだから次の1枚まで保ってね」と思いながら写真を撮り続けた。フリースのミニ毛布で巻いただけだから、大した防寒はしていない。
 結果的には、電池マークは点滅していたけれど、帰るまで電池は保ってくれた。

  この日に撮ったオーロラの写真はこちら。

 オーロラも落ち着いたし、出発時間も近いということで、3時頃には集合場所もダイニングに向かった。
 実は、この頃には、ポケットに入れておいたコンパクトデジカメも、リュックの持ち手にくくりつけておいた腕時計もすでに止まっていて、はっきりした時刻は判らなかった。周りから人が少なくなっていることにふと気がついたのだ。
 ダイニングに戻り、温かいココアを飲んでほっとしていたところに、「またオーロラが動き始めましたよ。」というスタッフの声を聞いたら、それは出て行くに決まっている。カメラと三脚はまだ外に置きっぱなしだったので、荷物は放り出したまま、カメラをひっつかんで少し暗いところに移動した。

最後の1枚 そうして撮ったのが、この1枚である。
 というよりも、この後もオーロラは大きく動き続けたけれど、私の方がエネルギー切れとなり、カメラを三脚から外してジップロックに入れ、撤収した。
 オーロラはこの後、バスに揺られて市内に戻る途中も、曇った窓ガラスの向こうでずっと大きく揺れ続けていた。このときのバスには、この後4時30分ホテルのロビー集合で帰国する方もいらしたそうで、きっと激しく眠いけれどとても満足だったに違いない。

 ホテルに到着したのは4時過ぎで、かなり冷え切っていたので周りのお部屋の方に申し訳ないと思いつつバスタブにお湯を溜めて、ゆっくり浸かる。
 お腹も空いていたのでお湯を沸かして持ってきた春雨スープを作って食べる。水筒に入れておいた温かい麦茶が我ながら大正解で落ち着く。
 5時くらいにベッドに入った。

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2012.07.04

オーロラ(イエローナイフ)旅行記2日目

2012年3月21日(水曜日)

 10時に目覚ましが鳴るまで爆睡した。寝るときは「あまり役に立たないかも」と思った耳栓が結構威力を発揮したらしい。
 何もかも荷物を出しっぱなしで寝てしまったので、片づけと着替えに忙しい。10時20分くらいに電話が鳴って、何も考えずに日本語で「もしもし」と出たら添乗員さんだった。昨日バタバタだったので、不安だったのだろう。念のためにモーニングコールしましたということだった。
 ヒートテックのシャツは乾いていたけれど、さすがに靴下は無理だったので、加湿器代わりにそのまま干しておく。空気が乾燥していて、何かにさわるとバチっと静電気が飛ぶのが痛い。

 11時ロビー集合でホテル外で昼食、その後、希望者は街の散策に行くという予定なので、少し厚めに着込む。レンタルの防寒着は重いので、上はシャツ2枚にセーター、フリースを念のため腰に巻いてダウンジャケット、下はタイツとGパンと綿入りのパンツ、毛の靴下、手袋を2枚重ねるという私にしてはかなりの重装備である。
 これでも上半身は寒かった。そして、何よりも寒いのは顔である。ニットの帽子をかぶると邪魔なので、ストールをぐるぐる巻いて、ダウンジャケットの襟を立てた。

昼食 昼食は、徒歩10分ほどのところにある(雪道をおっかなびっくり歩いたせいで、距離的にはもっと近いと思う)、エクスプローラーホテルのレストランである。
 なぜか東南アジア風料理のワンプレートで、サラダとヌードルと牛肉を揚げてオイスターソースで炒めたものというメニューだった。これにパンと飲み物がつく。運ばれてきたパンが温かく、水があらかじめセットしてあるのは嬉しいけれど、お水に氷を入れる必要はないと思う。
 味が濃いなぁと思いつつ、結構美味しく食べた。
 外は雪がちらほら舞っていて、ショッピングモールの温度計はマイナス14度とある。添乗員さんが「昼間は曇っていても夜晴れてくることが多いですから、シュンとならずに。」と言っているのがおかしい。

 12時20分発で、市内観光に向かった。半数くらいの人が参加したと思う。
 割とすぐ、観光案内所に到着した。ピンバッチが配られる。オーロラビレッジで昨日もらったものとは違うようだ。
 北緯60度越えの証明書が3ドルだったので、作ってもらう。担当の上品そうなおばさまが、証明書よりも一回り大きな冊子等で挟んで曲がらないようにしようとしてくれるけれど、どれもこれも一回り小さいサイズらしい。最後には、「ごめんなさい、これが私にできるベストだから。」とそのまま渡してくれた。

ダイヤモンド 大きなダイヤモンドなども展示されていて、ツアーにご参加のおばさま方と競うように写真を撮りまくったけれど、当然のことながらこれは偽物である。
 動物の剥製も展示されていて、中にやたらと大きなバッファローの頭部が飾られていた。
 「これは本物ですか?」と尋ねたら、添乗員さんは「判りませんが、これくらいの大きさのアメリカン・バッファローはいます。」と言う。

錫杖 観光案内所から10分くらい歩いたところに、州の議事堂がある。
 年間5回開催されるという議会は開かれておらず、見学することができた。
 もっとも、ここで心惹かれたのは議事堂内部のシロクマの剥製やアザラシの皮を張った州知事の椅子よりも、外に展示してある(もちろんケースの中に厳重に保管されている)錫杖である。
 頭には2カラットのダイヤモンドが付いているという話で、よく見えるようにとケースの中には鏡まで配置されているけれど、残念ながらよく判らなかった。

じゃこう牛 次に向かったのは、議事堂からすぐのノーザン・ヘリテージ・センターである。極北の文化を学ぶ施設といったところだろう。
 やはり寒いところだからか、入り口横にコートを置く場所が完備されている。そういえば、ホテルのレストランもそうだった。
 添乗員さんの案内は何故か野生動物に重点が置かれている。
 ジャコウウシ(目の下から出る分泌液がジャコウの香りらしい)は、非常に毛皮が暖かいので乱獲されてしまい、数が少なくなっているそうだ。春に抜けた毛を集め、細い毛のためすべて手作業で作られたセーター等々はとても軽くて暖かい。カシミアの8倍とか言っていたと思う。イエローナイフでは売られていないけれど、アラスカで買ったというマフラーを添乗員さんがしていた。200ドルくらいだったらしい。

 地球温暖化のため、北極熊もアザラシも減っているそうだ。
 北極熊は泳ぎが上手いけれど、狩りは地上(というよりも氷上)で行うので、その氷が薄くなって割れてしまうようだと、食べ物を確保できなくなってしまう。
 北極熊の餌となるアザラシも、アザラシは氷のドームをこしらえて暮らしており、そのドームが作れないほど暖かくなると、ドームの中の温度が必要な子供が生き延びられなくなってしまい、成獣も減ってしまう。
 次に見たイルカも、この北極熊も、エスキモーの人々は狩りをして、生肉を食べているらしい。

カリブー カリブーは、雄も雌も角があり、雌と子供の剥製があった。
 雄と雌とでは角が生え変わる時期が違っていて、雌は出産(通常は3〜4月)後に子供と暮らす時期が一番おそわれやすく危ないので6月に生え変わり、雄は繁殖期(8〜9月)前に雌を巡って争うことになるので、その後の10〜11月に生え変わるという。
 自然の摂理だ、と思う。

 ビーバーは、添乗員さん曰く「人間以外で唯一自然環境を変えて暮らす動物」だそうだ。
 川をせき止めてダムを造り、その真ん中に家を造る。家の中は暖かいので冬眠はしない。また、水上に入り口を作ると他の動物に襲われてしまうので入り口は水中で、2階建てになっているそうだ。
 よくできている。

白い動物たち 白い動物が集まっているコーナーでは、その中にはいないカンジキウサギの話になった。昨日、オーロラヴィレッジにもいたらしいけれど、気が付かなかった。
 白い雪の中に白いウサギなので、なかなか人間は気が付かないけれど、ウサギの方は人間の存在に気が付いているそうだ。もしウサギに気が付いて逃げられても、そのままカメラを構えていれば、逃げるときに必ず振り返るのでそのときがシャッターチャンスだという。
 でも、オーロラを探して上ばっかりみているだろうからなぁ、と思う。

セスナ機 セスナ機は野生動物以外で唯一添乗員さんが足を止めた展示物で、最近は減ったけれどそれでもこの辺りの人々は数人に1人がセスナの免許を持っているという。
 実際、20万円くらいで免許が取れるらしいし、中古のセスナ機なら200万円くらいから買えるそうだ。ほとんど車と同じ感覚である。
 実際にセスナ機で買い物に行ってしまう(セスナ機でしか買い物に行けない)地ならではの話だろう。
 ゴールドラッシュで内陸に人がどんどん入り込む過程では、やはりセスナ機が唯一の交通手段で、車輪とスキーとフロートと、どれでも離着陸できるそうだ。

 最近日本語バージョンができたという、ノースウエスト準州の紹介映像を見て、ムースの剥製を作っているところにおじゃまする。
 ムースの場合はカリブーと違って角は雄にしかなく、毎年生え変わることもないという。

舟 最後に見た、この辺りの人が使っていたというボート(といってもかなり大きい)は、白樺や唐檜の木を骨組みにムースやカリブーの皮を張って作られているそうだ。
 これがもっと北の方の人になると、木がなくなるので、鯨の骨を骨組みにアザラシの皮を張ったもう少し小さいボートになるという。
 今ではエスキモーの人々も金属製のボートも使っているけれど、その金属と氷とが触れたときの音を鯨が嫌って逃げてしまうので、捕鯨には昔ながらのボートということになるらしい。

スーパーマーケット 15分ほどのフリータイムの後、スーパーマーケットExtra Foodsで解散になった。
 うろうろ見て回り、イチゴとバナナで迷ってバナナを買う。また、100%だけどスパークリングという謎のジュースを発見して、250ml4本で2ドル弱ならと購入する。合わせて3.51ドルだ。
 また、スーパーマーケットのYK Centreというショッピングモールの地下に入っているチョコレートショップThe Chocolatierで、メープルサンドクッキーにチョコレートがけしたものが個包装になって一つ3.15ドルで売っていたので、こちらも味見に購入する。購入しようとしたらレジに試食用のチョコが置いてあったので1カケいただく。パフ入りで、甘すぎずにおいしかった。
 カナダのお店は外税らしい。クッキーの値段表示は3ドルで、5%の何とか税がついた。

ハーブティー 同じくYK Centreに入っている本屋The Book Cellerでオーロラの写真や絵本などを眺め、向かい側にあるお土産物屋さん、というよりは、イヌイットの伝統工芸を集めたようなお店Northern Imagesに入った。
 すると、イヌイットの文化を継承した(とまでは書いていなかったかも知れない)というハーブティーが売っていた。20個入りで10ドルは高いと思ったけれど、これを配って職場土産にしてしまおうと決める。いつまでも「探さなくちゃ」「買わなくちゃ」と気にしているのは疲れるのだ。
 試しにこのお店でトラベラーズチェックを出してみたら受け取れないと言われてしまった。
 この時点で残金40ドルだったけれど、特に買い物の予定もないし、オプショナルに申し込む予定もないし、スーパー等々ではカードが使えるようだし、バンクーバーに戻ればトラベラーズチェックも使えるだろうから、何とかなるだろう。

チョコクッキー ホテルに戻ったら15時30分だった。
 三脚の練習やカメラの設定確認をしていたら16時になったので、昨日頼んでおいたレンタル防寒着のズボンの交換に行く。オーロラヴィレッジのツアーデスクがイエローナイフ・インのロビーに毎日2時間やってくるのだ。
 LサイズをMサイズに交換したら、ちょうどいい大きさだった。
 買ってきたメープルクッキーの味見を兼ねて紅茶を飲み(挟んであるチョコもコーティングのチョコも甘すぎず、結構美味しいクッキーだった)、お腹が膨れたら眠くなってきたので、1時間くらい昼寝をした。
 起きればもう夕食の時間である。

北極イワナ 18時にロビー集合で、夕食はホテルに隣接するセンタースクエアモール内のラティテュードというレストランだった。
 香辛料の効いたスープ、北極イワナ(見た目はピンクでサーモンみたいだけれど、もっとさっぱりしていて、皮が固い)のソテー、ケーキ、コーヒーというコースで、なかなか美味しい。イワナの付け合わせのライスが何かの香りがして気になりそれは残してしまったけれど、パンを一つ食べているので、十分である。
 お腹がいっぱいになった。
 一人参加の女性が私以外に3人いらっしゃり、みなさん年上、海外旅行も相当あちこちに行かれているらしい。何となくこの4人で集まって食べ終わってもおしゃべりに興じていたら、19時15分過ぎになった。この時間だと、センタースクエアモール内のお店は軒並み閉まっている。

 20時45分に集合で、再びオーロラビレッジに向かった。
 昨日の反省と経験を元に、今日の方が断然オーロラ鑑賞の時間が長いことも考慮して、上は長袖の山用の防寒シャツにタートルネック、セーターを重ね、下はタイツに綿入りのパンツを履いた。靴下はウールの厚手のもの1枚である。
 結論からいうと、これでオーロラ鑑賞中は特に寒さを感じなかった。つま先も大丈夫である。指先が痛かったり、右手が真っ赤になったりしたのは、カメラを操作するために薄手の手袋一枚になっていたためだから仕方がない。

 21時30分くらいにオーロラビレッジに到着し、今日の待機場所はティーピーだと案内される。中は会議用みたいなテーブルが6台あり、その周りに折り畳みイスがおかれ、強力なストーブが焚かれている。でも、マイナス30度、40度になるとこの強力なストーブですら全く役に立たなくなるそうだ。
 今日はオーロラこたつ使用可能日だったので、支払い済みの証明にリボンが配られる。明日の予定の説明を聞いた後、オーロラこたつの設置場所に行って使用説明を受けた。

 ティーピーに戻って、添乗員さんのオーロラ解説を聞きつつ(スケッチブックに絵まで用意されていた)、出入りしてオーロラを観察する。薄い筋状のオーロラは出たり消えたり少し大きくなったりしている。
 ガイドさんに「今日は湿度が高い。」と言われてイヤな予感はしていたけれど、薄曇りの感じで、星は見えているけれど雪も降っている。はっきりしたオーロラにはなかなかならない。
 お部屋のテレビで天気予報を見た方によると、明日、明後日が晴れの予報だそうだ。確か、昨日の段階でダイニングに出ていた天気予報では今日が晴れの予報だったけれど、天気だけでなく天気予報もくるくると変わるらしい。

 オーロラ解説では、オーロラと名付けたのはガリレオ・ガリレイだと言われているという話が印象的だった。地動説を唱えた学者がオーロラにも注目していたということなんだろうか。
 ガリレオ・ガリレイはイタリアの人だったと思うけれど、一体どこでオーロラを見たのだろう。その頃は、オーロラを見られる場所も今とは違っていたんだろうか。

 また、オーロラの周期は11年と言われているけれど、それは実は「平均値」であるそうだ。今回の周期については、米国かどこかの研究期間が12年7ヶ月であると最近発表したそうで、そうすると、2012年末から13年にかけてが極大期になるらしい。
 添乗員さんは、各旅行社はこの冬が極大期であると宣伝してきていたけれど、あと1年延びたからそれはいいとして、その後はどうするんだろう、全くお客さんがいなくなってしまうんじゃないかと言っていた。
 確かに、この話を聞いて「そうしたらこの冬はウユニに行けばよかった。」とちらっと思ったから、逆に今後のお客さんが減ることは間違いないだろう。

 また、オーロラが見える地域の人たちはあまりオーロラにいいイメージを持っていないそうだ。
 夜に口笛を吹くとオーロラが現れてその人を死後の世界に連れて行ってしまうという話もあるし、赤いオーロラが出ると争いごとが起こって人がたくさん死ぬとも言われているそうだ。
 また、大きなオーロラが出ると地震が起きると言われており、添乗員さんも昨年、大きなオーロラが見たその帰国日が2012年3月11日で、着陸直前に東日本大震災の地震が起きたという。当然のことながら成田空港には着陸できず、その日はそのまま横田基地に飛行機を降ろしたという。
 横田基地に降りても入国していないので家に帰るどころか基地から出ることもできず、翌日に成田空港に着陸し直して、電車が動かない中を帰ったそうだ。

 せっかくだからオーロラこたつを体験しようと22時30分すぎくらいに行ってみる。利用者はほとんどいないようだ。
 こたつというよりは、遊園地などのライドもののイメージに近い。カバーを外して潜り込んでみる。角度的には楽だし、風が当たらない分楽だけれど、それほど暖かいという感じでもない。足下から温風が出ているという話だったけれど、手袋を外して探ってみても特に感じない。
 それに写真を撮ろうとすると結構不便だったので、30分くらい眺めたところでティーピーに戻った。

 ティーピーに戻ると、何人かの方が待機していた。ガイドさんもストーブに燃料を足したり、ストーブで沸かしたお湯をポットに入れたりしている。
 ガイドさんは無線を装着していて、オーロラが出ると連絡が回って知らせてくれるようだ。その無線も何も言わないし、お腹が空いてきたし、ダイニングの夜食サービスは0時30分までという話だったので、食べに行った。23時過ぎのことである。
 今日のスープは牛肉とマカロニのスープで、昨日のスープほどスパイシーではなく、飲みやすかった。

 その後、何回か筋状のオーロラが出て、それが太くなり、渦を巻き、ということがあった。慣れてくるとオーロラの発見も素早くなってくる。
 オーロラが大きくなってくると、スタッフがフラッシュ使用禁止の案内や、写真撮影の勧誘を日本語で叫ぶ。もしかして、ここには日本人しかいないんだろうか。多分、英語やその他の言語でこれらの注意事項が叫ばれることはなかったような気がする。

 オーロラの写真を撮ろうと努力したし、だからこそ右手だけ霜焼け一歩手前のようになったけれど(ティーピーでストーブに当たったら、右手だけが真っ赤になった)、オーロラが写真に写ってくれない。
 ISO感度を上げたり、露出時間を延ばしたり、ティーピーを撮って写真自体が撮れることを確認したり(撮れているのだ、これが)、いくつか試してみたけれど、改善されない。
 この日のオーロラも、自分を入れた記念写真を撮ろうという人が列を作るくらいの大きさにはなっていたし、サーリセルカでオーロラを見て写真を撮ったときよりも断然大きいし、サーリセルカのときはコンデジで緑色に撮れていたのだから撮れないはずはないのに、だ。

 2時20分集合だったので、2時過ぎにカメラをしまうまで何度か試したけれど、やっぱり撮ることはできなかった。
 何回もオーロラを撮りに来ているという方や、添乗員さんにも相談してみたけれど、お二人とも首を傾げている。
 自分でも不思議だけれど、写真が撮れなければショックを受けそうなものなのに、意外と平気である。「見られた!」ということもあるし、明日と明後日とあと2晩ある、また絶対に見られるという確信が何故かどこかにある。今日はまだ準備だ、明日に間に合えば大丈夫、みたいな気がする。
 一度長く外に出てからはカメラはずっと外に出しっぱなしにしていたら、フリースと梱包材(もっとも、こちらはいつかどこかで落としたらしく、カメラをしまおうとしたときには失くなっていた)で包んでいたためか、電池はギリギリ帰る時間までは保った。三脚につけたままでは電池交換できないので、これは有り難い。

 あと1時間の延長を25ドル(15ドルだったかも)で承りますというガイドさんの案内もあったけれど、それに申し込む人はおらず、でも、空がクリアになってきてまた太めのオーロラが現れてきたので、何となくみんなで外にでて鑑賞し、2時20分に出発して3時前にホテルに到着した。
 それまでは全く大丈夫だったのに、バスに乗った途端に手足の指先が冷たくなり、何となく寒くなった。これはマズイと、お風呂にお湯をため、お腹が空いたせいかもしれないとお湯を沸かしてカップラーメンを食べる。

 お風呂にゆっくり浸かったらまだお腹が空いていたので、スーパーで買ってきたバナナも食べて、4時30分くらいにベッドに入った。

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2012.06.10

オーロラ(イエローナイフ)旅行記1日目

2012年3月20日(火曜日)

 今日は妹一家が我が家にやって来るので、飛行機は19時10分だけれど早起きした。
 それでもお洗濯して、お墓参りに行って、甥っ子と遊んでとやっているとバタバタしてしまった。昨日のうちに荷造りをほぼ終えておいて正解である。
 家を出たのは14時30分過ぎで、成田空港に16時10分過ぎに到着することができた。スカイアクセスは速い。

 もっとも色々と失敗していて、荷造りを終えておいた筈のリュックに文庫本が入っていないし、空港宅配の支払いをしようとしたらクレジットカードの割引クーポンのプリントアウトがなければダメと言われて、JCBのカウンターにもらいに行くことになったし(バンクーバーのガイドをもらえたので結果オーライだった)、クレジットカードの暗証番号がどうしても思い出せないし、ヒートテックのタートルネックの上にセーターを着ていたら空港では暑すぎて大汗をかいてしまったし、窓際の席がすでに指定されていたし(やはり事前にリクエストを出すべきだった)、カナダにスキーに行くらしいお子たちのチェックインに時間がかかってかなり待ったし、そんなに久しぶりでもない海外旅行なのに、この手際の悪さが我ながら情けない。

 ツアーのカウンターでeチケットを渡され、チェックインして戻ってきたら添乗員さんから説明の紙を渡された。バンクーバーまでツアーメンバー全員が揃うことはないらしい。
 カナダ国内線では食事は出ないそうで、成田でおにぎり等を買っておくか、カルガリーで3時間くらいあるのでそこで食べてくださいと案内があった。空港にカフェくらいはあるだろうと、特に買って行かないことにした。
 その代わり、カナダドルのトラベラーズチェックは持っていたけれど現金を持っていなかったので、念のため両替する。100カナダドルが9293円だった。
 この時点で何となく察せられたところ、ツアーメンバーは年輩のご夫婦が多いようだ。

 セキュリティチェックも出国審査もガラガラだった。今どきの大学生は卒業旅行などしないのだろうか。出国審査を抜けたところでカートがこんなに揃っている成田空港は初めてかも知れない。
 唯一の割引クーポンが使えるANA系列の免税店にクリニークが入っていなかったので(お隣のJAL系列の免税店では扱っていたらしいのに、この日から閉店していた)、諦めて他の免税店で乳液と美容液を購入する。
 家に電話をかけて甥っ子とおしゃべりし(もっとも、甥っ子が何を言っているかはさっぱり判らなかった)、18時過ぎに搭乗口前の待合いに到着した。あまりにもお腹が空いたので、先ほどスーツケースから抜いたSOY JOYを食べ、ペットボトルのお茶を飲む。

 19時10分発予定のエアカナダ0004便が滑走路の定位置に着いたときには20時近くになっていた。あまりにも長く地上を動いたので、もう離陸したのかと勘違いしたくらいだ。
 それでも、今日は強烈な追い風が吹いていて、予定よりも30分以上早くバンクーバーに着く予定だという。
 そして、13Kの座席は窓際だけれど、通路まで一人しかいないし、そのお隣も若いお嬢さんで安心した。
 しかし、この辺りの座席中央部は灯りが全くつかないらしい。読書灯も点かない席があって、何人かの方が苦情を言っていたけれど、アテンダントさんは「調整中です」と言うばかりである。私の席の読書灯も点かない。結局、バンクーバー到着までに直らなかった。

機内食 20時30分くらいに夕食が出た。珍しく機内食の写真を撮る。
 ビーフシチューか焼き鳥丼を選べたので焼き鳥にした。豆のゴマドレッシングサラダとパン、チョコレートケーキという妙なメニューだけれど、そこそこ美味しかった。
 国際線ではアルコールは無料だけれど、かえって眠れなくなるので止めウーロン茶をもらう。
 灯りが点いているうちにとカナダの税関申告書を記入し、持参したポメラで旅行記も同時進行で書く。旅行中にポメラで旅行記を書くのは多分初めてだ。最初だけ詳しい旅行記というのもどうなんだろうと思いつつパタパタとキーボードを叩いた。

 バンクーバー時間の10時くらいに朝食が出た。オムレツかおかゆと言われればオムレツだ。それにリンゴジュースを頼んだ。
 この頃からお隣の席の女性とお話するようになって、聞けばバンクーバー在住だという。カルガリーでさらに乗り換えだと話したら、空港の中に入っているティム・ホートンの(彼女曰く)「薄くてまずい」コーヒーを熱烈に推奨された。それがカナダの味だそうだ。
 あとは、フレンチフライにグレービーとチーズをかけ、チーズを溶かして食べるモントリオール生まれの食べ物が(名前も聞いたけれど忘れてしまった)ザ・カナダの食べ物だそうだ。
 ロブスターも美味しいそうで、こちらはバーベキューの味らしい。カナダの男性はバーベキューができるとプチ・ヒーローになれるという。確かに、バーベキューでロブスターを手際よく捌いたらそれはかなり格好いいに違いない。

 バンクーバー在住で友人が遊びに来たとき、アウトドアをする人にはビクトリアに行ってカヤックをするとか、カナディアンロッキーに行くとか色々選択肢があるけれど、そうでない人を案内するのは難しいとおっしゃる。
 街が好きな人が来たときには、車で2時間のシアトルに行ってしまうそうだ。大きな会社がたくさんあるので街全体が裕福、安全で、楽しく街歩きができるという。
 逆にカナダで「行ってよかった」と思うのはレイク・ルイーズだと言っていた。ナイアガラは、行ってみたら「ただの段差」だったそうだ。なるほどと思う。
 最終日、バンクーバーに夕方から朝まで滞在すると言ったら、グランビルアイランドはあまりお勧めしない、お天気がよければイングリッシュ・ベイを朝一番で散歩すると気持ちがいいと思うと教えてくれた。

 予定より早く11時40分くらいにバンクーバーに到着する直前、カルガリー行きの便がキャンセルになったとアナウンスが入った。正確に言うと、添乗員付きツアーに参加してお任せモードの私はアナウンスに気が付かず、隣の女性に教えてもらった。
 飛行機を降りたところで添乗員さんから説明を聞くと、やはり乗る予定だった便はキャンセルされたそうで、1本前の13時発の便に乗るらしい。カルガリーでの待ち時間が4時間に延びた。
 逆にバンクーバーの乗り継ぎは忙しい。12時くらいには入国審査を抜け(「何故カナダにきた?」「どこへ行く?」「イエローナイフに何しに行く?」の三問だった)、荷物を預け直して搭乗口に直行した。

 13時発の予定の飛行機は、アナウンスで「japanese」を連発させつつ(多分、日本からの便の乗り継ぎを待つので離陸が遅れると言っていたと思う)、13時30分に離陸した。振り替えのチケットなので、ツアーメンバー全員、ご夫婦でいらした方もバラバラに座ることになったようだ。
 バンクーバーまでの便では全く訪れなかった眠気がここでやってきて、1時間のフライト中、ずっと爆睡した。
 カルガリーでは時差が縮まり、1時間のフライトを終えてターミナルビルに入ったのは15時45分だった。
 ゲート19に19時5分集合を告げられて、いったん、解散となる。ここで私を含めた一人参加の女性4人のうち2人は友人同士で、5人家族のお子さんたちを除くと全員が私より10〜20歳は年上らしいといった、ツアーメンバーの全貌が判った。

カナダドライ バンクーバーまでの機内で一緒になった女性のお勧めに従って夕食はTim Hortonにしようと思うけれど、とりあえずお腹が空いている。16時過ぎでは夕食には早い。
 green teaの文字だけを見てCanada dryの文字を見そびれたジンジャーエール500mlを2,61ドルで買い、日本から持ってきたチョコバーと機内でもらったプリッツェルでお腹をなだめた。ちなみに、このジンジャーエールは特に緑茶の味とか香りはしなかったと思う。
 ついでにお土産を探したけれど、メープルシロップの小さいボトル3本が14ドル強、大きいボトル1本が10ドル強だった。これなら、50mlのアイスワイン12本セット100ドルの方がお得な気がするけれど、どうなんだろう。

夕食 18時30分になったところで、tim hortonで夕食代わりにサンドイッチを食べた。
 ベーグルサンドと言ったらクロワッサンが出てきたり、チェダーチーズのベーグルにハムを挟んでと言ったらハムとチーズとレタスとトマトが挟んであったり、トーストしてねと言ったら何故か笑われたり、しみじみと英語力のなさが情けないけれど、とりあえず美味しいベーグルサンドにありつけたから良しとする。これで6ドル弱だった。
 コーヒーは、さすがに機内で推奨された「ダブダブ(砂糖とミルクを2つずつ)」とは言えずに1つずつにしてその薄さを存分に味わった。
 これで5.9ドルである。

 19時5分の集合を目指して指定されたゲートに向かったら、添乗員さんが「お探ししていました。」と現れた。「まだ時間大丈夫ですよね?」とびっくりして尋ねると、「19時40分発予定の便が21時30分発に変更になりました。」と言う。そうすると、イエローナイフに着くのは23時30分くらいになってしまう、今日のオーロラ鑑賞はどうなるのだろう。
 オーロラの本は読んでしまったし、スーツケースには何冊か入れてある文庫もリュックには1冊しか入れていないし、暇つぶしのタネがない。ソファ席に落ち着いて、うとうとしていた。
 後から思えばここでもう一度カメラの設定を確認しておくべきだった。後の祭りである。

 20時30分過ぎにボーディングタイムを確認したら、21時30分発の予定がさらに遅れて22時発に変更されていた。今日中にイエローナイフに到着できるのか心配になってくる。
 こうなってくると、ただでさえ長い1日が異様に長く感じられる。そして、疲れる。
 結局、私たちを乗せた飛行機は、22時30分にイエローナイフに向けて離陸した。
 搭乗前の説明で、今日のオーロラ鑑賞は3時までか4時までか選べること、現地の現在の天候は雪であること等々が伝えられた。

 カルガリーからイエローナイフに向かう飛行機に乗っている場合、進行方向に向いて右側の席からオーロラが見える可能性がある。そのことを知っていた私は、サーリセルカに一緒にオーロラを見に行った友人の忠告に従い、しつこくしつこく窓の外を見ていた。
 途中、雲をオーロラを見間違えたりしたものの、そのしつこさが功を奏して、オーロラが筋状に現れて、カーテン状に大きく広がり、そして消えて行くまでを見ることができた。
 白い、大きなオーロラである。
 そして、機上から見ると、オーロラが縦に長く現れていることが確認できる。凄い。
 よくぞ飛行機よ、遅れてくれたというものだ。
 機長さんが気を利かせて途中で機内の照明を消してくれたので、より一層、はっきりと見ることができた。
 幸先がいいぞ、と思う。

イエローナイフ到着 現地時間でも翌21日になってから、飛行機はイエローナイフに到着した。
 この空港では、飛行機から空港ビルまで数十メートルを歩かなくてはならない。ここがとにかく寒い(しかも夜である)と聞いていたので、成田空港から防寒着をえっちらおっちら担いで来ている。綿入りのパンツを履き、ダウンジャケットを着込み、薄手の手袋を嵌めて毛の帽子を被る。それでも寒い寒いと跳ねるようにしながら空港ビルに飛び込んだ。
 空港には、オーロラ鑑賞施設のオーロラビレッジのスタッフが待機してくれていた。ここからはオーロラビレッジ主催のツアーに日本からのツアー丸ごとで参加する形になるらしい。

 混載のバスで、今日から3泊お世話になるイエローナイフ・インに送られた。
 ホテルのロビーに到着して0時55分、「1時25分集合です」と言われる。この時間からでも、お天気が悪くても、とにかくオーロラ鑑賞に向かうのだ。
 ツアーメンバー26人がスーツケースを持って1台のエレベーターで各自の部屋に行こうとして大行列になる。でも、各自の部屋に防寒着が用意されているので、一旦、部屋に入らないわけにいかないのだ。

 私が自分の部屋に入ったときにはもう1時を回っていた。
 防寒着はかなりしっかりしているので中で厚着をすると汗をかいて却って冷えてしまうという注意事項を守り、フリースと綿入りのズボンを脱ぎ、部屋に用意されていた防寒服を着こむ。オーロラ鑑賞で必要なもの一式を詰め込んだバッグを作ってそのままキャリーケースに入れていたので、その他の準備は簡単だ。ぐちゃぐちゃに散らかった部屋は見なかったことにして慌ててロビーに向かった。
 レンタルのズボンがあまりにもブカブカだったので、今日は仕方なくストールをベルト代わりに使い、オーロラビレッジのガイドさんにその旨を訴えて、明日、交換してもらうことになった。

 送迎バスがオーロラビレッジに到着したのは2時過ぎで、駐車場からダイニングホールに歩き、施設の説明を受けたらもう第一陣が帰る2時20分だった。私が参加したツアーには1時間の延長が元々組み込まれているけれど、同じ飛行機で到着して個人で来た人たちは1時間延長すると25ドルになるそうだ。
 逆にここで帰ることもできたけれど、ツアーメンバーはほとんどの人が延長を選んでいたと思う。

1日目の夜食 ダイニングホールでホワイトフィッシュのスープ(ごはんが入っていて、胡椒が効いていて、美味しかった)とパンをいただいていると、「真上にオーロラが出ています」の声に呼ばれて、カメラのセットもそこそこに外に出た。
 確かに真上に出ていることは判るけれど、いかんせん雲が結構厚く、雪も降っている。そして、私は三脚の使い方をすっかり忘れていて、写真は全く撮ることができなかった。
 ダイニングホールにはホワイトボードで今日と明日の天気予報が表示されており、明日(というか、今日)の天気は晴れ時々曇りのようだ。この失敗を糧に三脚のセッティングをきちんとやっておこうと思う。
 また、荷物を二つ持ち歩くのは無理なので一つにまとめること、カメラをフリースで巻いただけで電池は30分保ったけれど、そちらもきちんとセッティングしておく必要があること、レリーズの使い方はそんなに難しくないことが判った。

 オーロラ鑑賞1日目は多数の反省事項とともに終了した。
 4時にホテルに戻ってきて、シャワーを浴び、洗濯をし、目覚まし時計もセットした。
 明日は11時に集合で昼食を食べに行くことになっているので、10時に起きる予定である。
 結局、ベッドに入ったのは5時を過ぎていた。長い長い1日が終わった。

 -> オーロラ(イエローナイフ)旅行記2日目

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2012.06.02

オーロラ(イエローナイフ)旅行の写真をアップする

 マイフォトに2012年3月20日から26日まで、カナダのイエローナイフにオーロラを見に行ったときの写真をアップした。
 少し迷ったのだけれど、オーロラの写真だけにして、12枚。
 厳選したというよりも、ちゃんと写っている写真があまりなかったという事情である。

 アップした写真もかなりソフト的に手を入れてある。

 この後、多少の写真の入れ替えがあるかも知れないのだけれど、まずはこの12枚が私に撮ることができたオーロラ写真の中から(一応)選抜された方々である。
 こうして眺めていると、またオーロラを見に行きたい、今度はもう少し上手く撮りたいという気持ちがふつふつと湧いてきて困ってしまう。

 アップした写真はこちら。
 どうぞ、見てやってください。

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2012.04.14

プロフィール写真を変える(オーロラ)

 2012年3月20日から26日まで、カナダのイエローナイフにオーロラを見に行って来た。

 今回は本当にカメラに泣かされて、やはりデジイチなど私の手には余るシロモノだった、こんなことなら多少なりとレンズの明るいコンデジで撮った方がマシだったんじゃないかと本気で考えたくらいだった。
 今のところ、次の機会があったら、絶対に明るいレンズを買うか、明るいレンズの付いた広角で撮れるコンデジを買ってやると心に決めている。

 何とか加工も施して、カッコよく見えそうな一枚をプロフィール写真に設定した。
 ちなみに、下に明るく移っているのはティーピーといういわばテント、画面左が赤っぽく明るいのはオーロラではなく街の明かりである。

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2012.04.09

「その国の旅を終えて100の質問(カナダ・イエローナイフ編)」に答える

*****
 「その国の旅を終えて100の質問」は 旅して~世界206ヶ国&旅と暮らし からいただきました。
*****

tabibanner.gif

1.ハンドルネーム、性別、星座、血液型をどうぞ。
 姫林檎 女 さそり座 A型

2.行った国はどこですか?
 カナダ

3.日程(年月日)と日数を教えて下さい。
 2012年3月20日〜26日 7日間

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