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2015.03.25

「マヤ文明、公共祭祀建築は定住共同体が確立される前から存在」の記事を読む

 「マヤ文明、公共祭祀建築は定住共同体が確立される前から存在」という記事を読んだ。

 2015年3月24日、茨城大は、青山和夫教授が領域代表を務めるマヤ文明の定住共同体の発展に関する査読論文が、米国の最高学府である米国科学アカデミーの学術誌 Proceedings of the National Academy of Sciences USA に掲載されたと発表したのだそうだ。

 この研究は、紀元前1000年ごろより、現在のメキシコ南東部からグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス西部にかけて興隆したマヤ文明の起源と定住共同体の発展を新たに解明しようとするもので、茨城大、アリゾナ大、カリフォルニア大デービス校、総合研究大学院大、鳴門教育大らの研究者たちが、グアテマラのセイバル遺跡において調査を行ったという。

 マヤ文明の成り立ちは、従来の学説では「定住集団と非定住集団は、それぞれ別の共同体を形成した」「定住の後に大規模な公共祭祀建築が建設された」とされてきたが、今回のセイバル遺跡の研究では、以下の点が明らかになったそうだ。

①定住という新たな生活様式は、ある地域の全ての社会集団の間で必ずしも同時に起こらなかった。
②大規模な公共祭祀建築は、定住共同体が確立された後ではなく、それ以前に建設された。
③居住の定住性の度合いが異なる多様な集団が携わった。
④共同体の公共祭祀及び公共建設の共同作業は社会的な結束を促進し、マヤ文明の定住共同体の発展に重要な役割を果たした。

 さらなる研究の成果を知りたいと思う。

 私が読んだ記事はこちら。

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