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2015.09.26

「マヤ王の石碑を発見、二大勢力の新事実が明らかに」の記事を読む

 「マヤ王の石碑を発見、二大勢力の新事実が明らかに」という記事を読んだ。

 もう1ヶ月以上前の記事に、今日になって気がついた。
 グアテマラのペテン地方西部にあるエル・アチオタル遺跡で発見された石碑の断片に「アハウ」と呼ばれる王が描かれていたそうだ。このアハウを任命したのは、遠く離れた古代都市テオティワカンからやってきた戦士シヤフ・カックで、シヤフ・カック率いる軍勢は378年にマヤ低地に現れて都市国家ティカルを支配下に置き、マヤ全土に新たな政治体制を敷いていたという。

 テュレーン大学院生のルーク・オールド=トーマス氏は、エル・アチオタル遺跡でペテン地方にマヤの都市国家が現れ始めた先古典期中期から後期(紀元前800~紀元250年)の建造物を調べていたところ、マヤが最も繁栄した古典期(250~900年)に特有の彫刻の施された石碑を発見したそうだ。

 さらに発掘を続けると、石碑の上部と下部から取られて小さな神殿の中に移された石碑の断片が見つかったという。周囲には陶器、火打ち石、人骨などが祀られ、上部の断片には、支配者の象徴であるヘビの儀仗を持つ男が彫られていたそうだ。

 米テキサス大学でマヤの古代文字を研究しているデビッド・スチュワート氏が石碑の裏に刻まれた文字を解読したところ、アハウの即位40周年を祝うために造られたものであることがわかったという。スチュワート氏は、ここに記された日付はおそらく紀元418年11月22日ではないかと推測しているそうだ。

 また、神殿で見つかった供物から、アハウが描かれた石碑の断片が、この一帯がティカルと覇権を競っていた都市国家カラクムルの支配下にあった600年~650年頃まで崇拝されていたと推定されるという。カラクムル支配下の土地でティカルの王を崇拝していたというのは、驚くべきことなのだ。

 残念ながら、これ以上の詳しいことは記事にはなかったけれど、さらなる発掘でさらなる発見があることが楽しみである。

 私が読んだ記事はこちら。

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