2015.06.07

尾瀬日帰り旅行記の入口を作る

水芭蕉 ここは尾瀬日帰り旅行記への入口である。

 2015年5月末、母と日帰りツアーで尾瀬に行って来た。
 好天に恵まれ、尾瀬を満喫してきた。
 その後、なかなか得がたい体験も待っていた。

 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 2015年5月31日(土曜日)その1

 2015年5月31日(土曜日)その2


 持ち物リスト(尾瀬編)

 今回の旅行にかかった費用は一人分22000円だった。ここにはツアー代、食事代、おやつ代が含まれているが、お土産代は含まれていない。

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2015.05.31

全く無事でなく帰宅する(尾瀬)

 2015年5月30日、日帰りツアーで尾瀬に出かけ、機嫌良く過ごした帰路、新幹線の車中にいた20時24分ころ、小笠原を進言とするマグニチュード8.5の地震が起こり、停電して新幹線が止まった。
 車内が暗くなって非常灯のみとなり、空調もストップした。
 
 そんな経験は初めてである。

 その後、送電は比較的早く再開されたものの、高崎駅少し手前のトンネルにいた新幹線はその後遅れに遅れ、3時間近く遅れて大宮駅に到着した。
 もちろん、在来線も遅れに遅れている。

 そんなこんなで、自宅に着いたのは翌31日の2時だった。

 それでも、新幹線を大宮駅で下車した後、電車の乗り継ぎも比較的良く、自宅最寄り駅まで座って帰れたし、不幸中の幸いというか、総じてラッキーだったと思う。

 でも、疲れた。


<同じ日の午後に追記>
 肝心の尾瀬では、絶好のハイキング日和に恵まれ、晴天と涼しい風が吹く中、気持ち良く歩いて来た。
 「6時間滞在」と歌ったツアーに参加したのだけれど、これが4時間では多分あまり楽しめなかったと思う。欲張って良かった。
 ちなみに、花豆ソフトクリームが美味しい暑さだった。山の鼻の最高気温が27度だったそうだ。

 風が強く、地糖が波立っていて、逆さ燧を見られなかったのがちょっと残念である。

 今回の日帰り尾瀬旅行にかかった費用は、概算で22000円だった。ここには、ツアー代、集合場所までの交通費、食費、おやつ代が含まれているが、お土産代は含まれていない。

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尾瀬日帰り旅行記その2

2012年5月30日(土曜日)

逆さ至仏 12時半くらいに出発し、牛首分岐から山の鼻に戻り始めてすぐ、「逆さ燧」ならぬ「逆さ至仏」を見ることができた。
 川面に映っていて綺麗である。
 せめてこんな風に逆さ燧も見られるといいなぁと思いながら歩く。
 しかし、戻り始めて気がついたけれど、かなり疲れている。そして、足に結構きている。ふくらはぎと腿の前側が何となく張っているような気がする。日頃の運動不足の成果だ。母は週3回を目標にスポーツクラブに通っているせいか、別にどこも痛くないと言う。

逆さ至仏 10分くらいで逆さ燧のビューポイントに戻ったけれど、やはり水面が波立っていて、逆さ燧を見ることはできなかった。
 残念である。
 その代わりといおうか、再び、逆さ至仏を見ることができた。水面自体が細切れなので山が映っている様子も細切れだけれど、間違いなく「水面に映った至仏山」である。
 何だか嬉しくなってしまった。

 帰り道に気がついたけれど、尾瀬では、蛙の鳴き声が聞こえ(姿を探したけれど、見つからなかった)、カッコーの鳴く声がし、同時にウグイスの鳴く声も聞こえていた。
 鳥たちも、もちろんどこにいるのか判らない。けれど、吹く風に乗ってその鳴き声が聞こえてくる。
 何だかとても贅沢な気持ちになる。

 もっとも、母と私はこの時点で結構バテバテである。山の鼻に戻ったらソフトクリームを食べよう! を合い言葉にがんばって歩く。
 牛首分岐からその先の竜宮小屋を目指さなくて本当に良かったと思う。
 牛首分岐から東電小屋に向かう木道も、林の際を進んで行けるようで、とても涼しげかつ気持ちよさそうだったけれど、行ったら多分、時間内に戻るのは相当に厳しかったような気がする。

ソフトクリーム 山の鼻に戻ったのは13時過ぎだった。
 尾瀬ヶ原から山の鼻に戻ると、一番手前に山の鼻小屋がある。
 その小屋の前に並べてあるベンチに母はへたり込み、ちょうど目の前に座った方が食べていたソフトクリームを指さして「これが食べたい」とおっしゃる。結構な行列ができていたのだけれど仕方がない、母にリュックを見てもらっておいて並び、「ソフトクリーム花豆トッピング」を2つ購入した。
 あっという間に溶け出すソフトクリームを慌てて美味しくいただいた。

 まだ時間に余裕があったし、ソフトクリームを食べて元気も回復したので、植物研究見本園に行って見ることにした。
 この時期の尾瀬だと、私には水芭蕉にリュウキンカ、あと薄紫のスミレのようなお花にヤマツツジくらいしか見つけられなかったけれど、植物研究見本園には尾瀬に咲く多くのお花が咲いていると聞いていたし、いかにも人工的に作ったような名称だけれどそこは自然のままの場所だということも知っていたからだ。

至仏山と水芭蕉燧岳と水芭蕉 13時半ころに見本園を歩き始めてすぐ、こんな景色に出会えた。
 水面から顔を出している水芭蕉が散らばり、その背景に至仏山がある。
 木道が延びてその傍に水芭蕉が咲き、その奥に燧岳が構えている。
 私的には「これぞ尾瀬」という風景だ。
 しかも、この見本園のいいところは、ほとんど人がいないというところである。立ち止まって写真を撮っていても周りの方に迷惑をかけることはない。有り難いことだ。

木道の焼き印 バスから降りる寸前、添乗員さんから「尾瀬は東京電力の持ち物です」という話があった。
 元々はダムにするために購入した場所だったらしい。その後、反対運動などがあって、尾瀬はダムに沈めずにそのまま保護されることになったそうだ。
 「木道の整備等も東京電力と環境省などで行っており、木道には整備したのが誰か、いつ整備したのかが判る焼き印が押してあります」という話を聞いて気になっていた焼き印の写真もやっとここで撮ることができた。
 後で調べたところによると、この木道は、国際森林認証(FSC(R))を取得した尾瀬戸倉山林の木材で作られているそうである。

尾瀬!

 何という山なのかは知らないけれど、しかし、手前に水芭蕉が群生し、水が湛えられており、奥に林、さらにその奥に雪の残る山があって、青空に映えている。
 何て幸せな景色なんでしょうと思う。
 私の目もカメラも釘付けである。

水芭蕉と木道リュウキンカ 水芭蕉の群生も綺麗だし、たびたび見かけつつ写真を撮りそびれていたリュウキンカに出会えたのも嬉しい。
 バスの中で添乗員さんが「水芭蕉の白い部分はガクで、お花は真ん中の黄色い部分です」と説明していたのを思い出した。
 水芭蕉もリュウキンカも、両方、黄色いお花である。

 研究見本園を1周するのに30分かかった。
 母と私がこれだけ写真を撮りながらコースタイムよりも早く歩ける筈がないので、我々が回ったのはショートコースだったのかも知れない。
 研究見本園に注文をつけたい唯一の点は、どこがコースなのか、どこからどこまでが研究見本園なのかがよく判らないところだ。どうやら研究見本園の奥は至仏山への登山道になっているらしいので、余計に判りにくいのだ。道順を示すような看板とか、木道に矢印があるとか、何かしてあるといいのになぁと思う。

樺の木 旅行社からもらった地図には、山の鼻から鳩待峠までのコースタイムが90分と書いてあった。
 添乗員さんは「かなり余裕をみた時間です」と言っていたけれど、そこに書いてある鳩待峠から山の鼻までのコースタイムは60分である。それをオーバーした母と私なので、帰り道も90分で上がれるとはちょっと考えにくい。
 見本園を一周した後、もう1回ベンチで休憩し、ドライフルーツなども食べて栄養補給し、当初予定通り、14時20分に山の鼻を出発した。
 鳩待峠まで2時間という予定である。

帰り道 母が「ダブルストックだと、痛めた腕に負担がかかる」と言うのでストックは母と私で1本ずつ持っていた。だから少し楽できていたと思うけれど、それにしても疲れた。
 木道が辛い。木の階段が辛い。上り坂が辛い。
 母と二人「辛いね−」「きついね」と言い合い、ベンチを見るたびに座り込んで水分と栄養を補給する。
 「尾瀬の帰りが必ずこの山道なら、もう来なくていいや」と言い合ったくらいである。情けないけれど、本当にそう思ったし、口にもしながら歩いた。
 そんなに辛かったのに、写真に撮るとそうでもない坂道に写ってしまうのが本当に悔しい。

記念写真 ところが意外なことに、どんどん後ろから追い抜かされ、ベンチを見るたびに休憩し、ゆっくりゆっくり歩いたにも関わらず(というよりも、ゆっくりとしか歩けなかった)、山の鼻から鳩待峠まで、1時間10分で到着してしまった。
 びっくりである。
 行きには大混雑していて「尾瀬」の看板と一緒に記念写真を撮れなかったので、今回利用したツアー会社専属スタッフの方に母と一緒に「へとへと」の写真を撮っていただいた。
 へとへとだし、大汗である。
 よく考えたら、1日のうち一番暑い時間帯に山道(これは、公平に言って大袈裟な言い方である)を登ったのだから当然だ。

 その現地スタッフのお兄さんによると、バスで往復するコースだと現地滞在が4時間になり、鳩待峠から山の鼻に下りて研究見本園を1周するのが精一杯という人も多いそうだ。母と私など間違いなくそうなる。
 それで「物足りない」という感想になって、我々が参加した新幹線利用のツアーや、尾瀬で1泊するツアーで再訪する方も多いのだという。
 特に今日は関越道で事故があってバスの到着が遅れたので、新幹線で正解でしたよ、とおっしゃる。
 ここで「ふふん」と鼻高々になったのがいけなかったのか、と思うのは4時間半後の話である。

ソフトクリーム 現地スタッフのお兄さんに「こちらが元祖」と教えてもらい、それは食べねばなるまいと、花豆ソフトクリームを食べた。
 流石に、今度は二人で一つである。
 花豆を練り込んだソフトクリームで、豆の味とどこか香ばしい感じもして美味しい。二人で一つと言いつつ、ほとんど私が食べてしまったような気がする。
 かなり時間があったのでお土産物屋さんも覗き、尾瀬記念にカラビナと、あと花豆の甘納豆を購入した。
 バスのドライバーさんの指示に従い、三々五々集まって来た方々とストレッチをする。腿の前側を伸ばしておくといいそうだ。

 16時20分にバスは鳩待峠を出発し、17時30分くらい(だったと思う)原田農園に立ち寄った。
 さくらんぼ狩りなどもでき、食事もでき、お土産も購入できるという観光農園だ。我が家はアップルパイ(バスの中で注文すると割引してもらえた)を購入したので、りんごジュースを1杯飲んだだけになったけれど、他の方々は結構色々と購入していたようだ。
 野菜が売っていたり、りんごが丸ごと入ったバウムクーヘンがあったり、そのバウムクーヘンの切り落としがあったり、なかなか充実していた。

海鮮弁当 その後、バスは19時くらいに越後湯沢駅に到着した。
 行きは群馬県内の上毛高原駅で降りたのに、何故か帰りは新潟県の越後湯沢駅まで行くのが不思議である。色々と事情があるらしい。
 駅に着いたところで、注文していた人にはお弁当が配られ、一度解散となった。
 行きのバスの中で予告されていたとおり、駅構内のお店は軒並み閉まっている。バスが到着していたときには開いていた店舗も、19時、19時半くらいには閉まってしまう。
 他にやることもないので、テーブルとベンチを見つけ、集合時間までそこで夕食のお弁当をいただいた。

 越後湯沢駅20時7分発のとき346号に乗り、あとは一路帰るだけだ。
 その筈だったのだけれど、20時24分、高崎駅手前のトンネルを走っていたときだった。突然、新幹線車内の電光掲示板が消え、非常灯を残して照明も消え、新幹線も停車してしまった。
 携帯電話の電波も届かない。
 数分してアナウンスが入り、地震のために停電してしまったということだった。停電の原因は調査中であり、復旧の見込みは立っていないと言う。
 非常灯があるのでそれほど暗くはないのだけれど、空調が止まってしまったために蒸し暑い。

 しばらくして送電が回復し、空調の有り難さを実感した。
 しかし、かなり大きな地震だったため、線路等々を点検しなければ運転再開できないと言う。
 結局、我々が乗った電車の1本前の電車に作業担当の方が乗り、徐行運転しながら線路の状態を確認しつつ走らせますというアナウンスが入ったのはいつ頃だったろう。
 元々の予定では大宮に着いている筈の21時過ぎ、まだ新幹線は高崎で停まっていた。

 停車する予定ではない(従って停車してもドアは開かない状態で)本庄早稲田駅に到着したのが22時過ぎである。
 その後も、新幹線はノロノロ運転が続く。
 熊谷駅で「この先、大宮上野間で新幹線が動けるかどうか判りません。在来線は動いていますが、どれくらいの時間がかかるか判りません。熊谷で降りて在来線に乗り換えたい方は、下車証明を書きます。」と添乗員さんに言われ、迷っているうちに新幹線が動き出し、大宮に到着したのは11時40分くらいだったと思う。
 東武線が動いているようだったので、そちらを利用して帰るつもりだったのだけれど、「ちゃんと」動いていた東武線は時刻表通りに運行していて、「そこまで行く電車は23時半前に終わりました」と言われてしまった。
 これだけダイヤが乱れていれば臨時で走らせるだろうというヨミが外れてしまったのだ。

 大宮に妹の家があるのでそこへ行くという方法もあったし、私は大宮近辺でホテルに泊まってしまってもいいかと思っていたのだけれど、母が「家に帰りたい」と言うので、自宅を目指すことにした。
 当然のことながら在来線のダイヤも乱れまくりで、次にどの電車が発車するのか全く判らない。
 駅の案内放送に耳を澄ませ、結果として、電車2本を乗り継ぎ、その2本ともかなり遅れたけれど運良く座れたのでそれほど苦痛に感じることもなく、自宅最寄り駅の隣の駅に翌日の1時半くらいに戻ることができた。
 そこからタクシーに乗り、自宅に帰り着いたのは、2時である。

 尾瀬日帰り旅行記その1 <-

 2015年6月7日記

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2015.05.30

尾瀬日帰り旅行記その1

2012年5月30日(土曜日)

 今回の尾瀬旅行は新幹線を利用したツアーで、「日帰りだけど、尾瀬滞在6時間」という点が売りだ。
 日帰りのお出かけが「旅行」なのかは微妙なところなのだけれど、私としては新幹線に乗って出かけたらそれはやっぱり「旅行」という感じがする。
 何しろ、朝だって早い。7時2分大宮発の上越新幹線に乗らなくてはならない。そのためには最寄り駅5時42分発の電車に乗らねばならず、駅まで行くバスの始発の前なので、タクシーを呼んで駅に向かった。

 前の日には、母と「朝ごはんを食べている時間はないよね」と言い合っていたのだけれど、二人とも4時過ぎには起き出し、母は洗濯機を回して干すところまでやってしまっていたし、私も水筒のお茶を詰めがてら菓子パンと果物の簡単な朝食を用意して二人して食べる。
 どういうときでも「食べないで出かける」という選択肢は我々母子にはないみたいだ。
 それでも、大宮駅で新幹線乗り換え口に向かう途中で、おにぎりを2個(母と私で1個ずつ)を朝食として購入した。

 毎回思うのだけれど、試している時間がなく、窓口で大宮駅までの運賃の精算と、新幹線ホームに入るための入場券を購入する。
 これらを新幹線の券売機で済ませることができるんだろうか。
 大体、新幹線の券売機はガラガラで、みどりの窓口には行列ができていることが多いので、いつか確認しようと思っている。

上毛高原駅 尾瀬には小型バスでしか行けないので、このツアーも22人が定員だそうだ。今回は、定員いっぱいの参加である。
 新幹線ホームで無事に添乗員さんとも出会え(今回は、東京発のツアーに大宮途中乗車で加わったのではなく、大宮発着のツアーに参加したのだ)、MAXたにがわ401号に乗り込んだ。
 「上毛高原駅に着いたらすぐにバスに乗るので、お水等は買っておいてください、トイレには電車の中で行っておいてください」という案内があったので、7時半過ぎにお手洗いに行ったらもの凄い行列になっていた。ツアー1本は22人定員だけれど、クラブツーリズムだけでこの新幹線に4本のツアーが乗っているのだ。それは混む筈である。

谷川岳 本当にピーカンのいいお天気である。嬉しい。
 車窓からなのでボケボケだし反射もしてしまっているけれど、谷川岳もくっきりと見える。
 バスの中では、「歩くコース専属です」という添乗員さんから、尾瀬を歩くに当たっての注意事項が色々とあった。ストックでお花やその他の物を指し示してはいけない、とか、前に行く人を抜くために木道の横に出るのはいいが戻るときには必ず一声かけること、とか、木道を歩いているときに写真は撮らないこと(渋滞を起こす)、とか、歩荷さんは70kgとか80kgの荷物を背負って集中して歩いているので声をかけてはいけない、とかである。
 いや、もっと色々とあったのだけれど、私が覚えているのはこの4点くらいだ。申し訳ない。

 その他、尾瀬の地図とパンフレットが配布され、夕食のお弁当とお土産のアップルパイの案内と注文取りがあり(帰りに越後湯沢駅に到着するのは19時ころで、駅の売店等はほとんど閉まってしまっているという)、車窓から見える木々の名前やお花の名前、尾瀬で咲いているだろうお花の紹介などがあり、戸倉温泉等の紹介があり、井上食堂で本日のお弁当を積み込み、戸倉温泉から先、とてもじゃないけれど大型バスではすれ違えないようなつづら折りの山道を登って、9時半過ぎに鳩待峠の駐車場に到着した。

鳩待峠 鳩待峠到着後は自由ハイキングである。16時20分までに鳩待峠に戻ってくればいい。
 「尾瀬に6時間滞在」と歌っているツアーだけれど、約7時間の滞在が約束されているのが有り難い。新幹線の時間によって前後することになるのだろうと思う。
 添乗員さんは「ご希望の方は一緒に歩きましょう」とも言ってくれたけれど、母と私はどう考えてもトロトロとしか歩けないので、準備運動をしているグループにこっそり混ざってふくらはぎや肩を伸ばしてから出発した。
 9時40分出発である。

 最初は、大きめの石がごろごろしている階段を下る。
 昨日、雨が降ったのだそうで、余計に歩きにくい。一段一段の幅が一定ではなく、敷かれた石が平らではなく、水たまりがあり、流れているところもある。滑る。
 母にストックを渡し、ゆっくりゆっくり歩いて行く。
 20分くらい歩いたところで、河原にちょっと出られるような場所があり、休憩する。川と木々の向こうに至仏山がくっきりと見えていて清々しい。
 至仏山にもかなり雪が残っているけれど、この山の鼻までの道の端にも、結構雪が残っているのだ。

至仏山

ミズバショウ木 コースタイム1時間と聞いていたけれど、1時間って結構長いなぁと思う。「山の鼻まで2.2km」という看板のところまで30分もかかってしまった。鳩待峠から山の鼻までが3.3kmだそうなので、1/3の距離に30分をかけたことになる。
 しかし、木道や木の階段になると格段に歩きやすくなり、すっくと伸びた木や、群生する水芭蕉にも助けられ、気持ち良く歩ける。
 水芭蕉が群生しているところを見て「私、もう尾瀬に来た目的は達したかも」と思い、口にしつつ進む。
 この日の最高気温は確か25度くらいで、歩いているうちに暑くなってきたので、長袖Tシャツの上に重ねていた長袖のシャツを脱いでリュックにしまう。

岩を回り込む木道 山の鼻が近づいてくると、大きな岩を木道が回り込んでいるところがある。
 母と私は鳩待峠出発後、ここまで45分かかっている。かなりゆっくり歩いてこの時間だ。山の鼻に着くまでに、意外と汗もかいたし、無理は禁物である。
 その後も、河原のようなところで休憩して持参していたドライフルーツを食べたり、出発してちょうど1時間後に川上川(一級河川だそうだ)を渡ったり、鳩待峠から1時間10分かかって山の鼻に到着した。
 新幹線ではお腹が空かずにおにぎりも食べなかったので、まだ11時前だけれど、荷物を軽くするためにもここでお昼ごはんのお弁当を食べてしまおうという計画である。

舞茸弁当 山小屋の前に点在するベンチは、ほぼ満員である。陽向だけれどまぁいいかと腰をおろし、鳩待峠で配られた舞茸弁当を広げる。これにペットボトルのお茶がついている。
 舞茸弁当は結構味付けが濃いと思うけれど、汗をかいた後だし、その塩気が体に染み渡る感じがする。美味しい。普段はあまり食べきることのないお漬物まで含め、私は全部食べきった。母は少しごはんを残していたようだ。
 ゴミはもちろん持ち帰りである。
 デザートにドライフルーツを再び食べ(私の荷物を軽くしたかったということもある)、食休みをし、お手洗いも借りて(100円の協力料を支払う)、出発だ。

 鳩待峠から山の鼻まで意外と時間がかかってしまった。だとすると、帰りもコースタイムの1時間20分では戻れない可能性が高い。帰りの上りを急ぐのは辛いので、余裕をみて集合の2時間前である14時20分には山の鼻を出発したい。
 そんなこんながあり、片道40分の牛首分岐まで歩き、戻って来て1周40分だという植物研究見本園を歩こうという計画で、11時20分、山の鼻を出発した。

燧岳 出発してすぐ、前方に燧岳が見えた。
 それにしても、いいお天気である。
 このお天気だったら、添乗員さんがバスで言っていた「逆さ燧」も見られるんじゃないかと期待してしまう。
 歩き始めたばかりの当たりの木道は結構高さがあって、バランスを崩して落ちたらイヤだなぁと思う。
 木道の傍に咲いている水芭蕉は、もちろん歌のイメージ通りの可憐なものもあるのだけれど、どうにも大きい、グロテスクと言いたいような大きさの水芭蕉もあって複雑な気持ちである。雪がかなり残っている今の時期でこんな大きさだとすると、この先どこまで大きくなるのだろう。

水芭蕉 水芭蕉は、結構、木道の傍とか木道と木道の間で咲いている。
 健気といえば健気なのだけれど、如何せん、大きさがその可憐さを裏切る。
 「水芭蕉がこんなに大きいとは思わなかったよ」と母と呟きつつ、「可憐な大きさの水芭蕉はないかしら」と言いつつ歩く。しかし「写真渋滞を起こしてはいけない」という添乗員さんの教えが染みこんでいたので、あまり写真を撮ってもいられない。
 私にしては破格に写真が少ないのはそのためである。
 その分、いつもよりもテンポ良く歩いている。

至仏山

 前を見れば燧岳で、うっかり忘れそうになるのだけれど、振り返ればそこには至仏山を見ることができる。
 これぞ尾瀬の景色だよと思う。
 前方に山、後方に山、水芭蕉が咲き、地糖があり、川が流れ、水がある。
 時々、気持ちのいい風が吹き抜けて行く。遠目に雪が残っているのが見える。

逆さ燧 途中、ベンチがあれば休み、水分補給し、飴なども口に入れ、ゆっくり歩いて30分、逆さ燧が見られるというポイントに到着した。
 看板が出ていたのだったか、木道に指示が出ていたのだったか、場所はとても判りやすい。
 しかし、見えない。
 お天気としては正しく逆さ燧日和なのだけれど、どうも風が強くて水面が波立ち、燧岳の姿を映してくれないのだ。しばらく粘って待ち構えたのだけれど風は止みそうにない。
 「帰りにもう1回チャレンジしましょう」と先に進むことにした。

牛首分岐 山の鼻を出発してちょうど1時間後、コースタイムを20分オーバーして牛首分岐に到着した。
 ここにはベンチがあって、左右に目をやると燧岳と至仏山を見ることができる。
 絶景だ。
 母は「竜宮小屋まで行きましょう」と言ったのだけれど、木道の堅さのせいか、私の膝がちょっと不安だったのと、あと「私は意外と疲れている」という自覚があったので、母を説得し、ここで一休みして景色を堪能し、引き返すことにした。

 -> 尾瀬日帰り旅行記その2

 2015年6月7日記

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