2015.09.24

能登旅行記の入口を作る

和倉温泉 ここは能登旅行記への入口である。

 母が「能登へ行きたい」「加賀屋に泊まってみたい」と言うので、ならばその方向で2泊3日の旅程を組んでみようではないかと奮闘した。
 なかなか公共交通機関を利用しての旅が難しい場所だけれど、1泊目に泊まったホテルのときんぷらの支配人さんのご厚意もあり、充実した旅行になったと思う。

 1200年の昔、七尾湾の沖合(すなわち海の中!9一羽の白鷺が傷ついた足を湯で癒していたのを漁師が見つけたのが和倉温泉の始まりだという故事にちなんだブロンズ像が置かれたこの場所では、温泉卵を作ることもできるそうだ。

 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 2015年8月28日(金) 能登旅行記1日目

 2015年8月29日(土) 能登旅行記2日目その1

 2015年8月29日(土) 能登旅行記2日目その2

 2015年8月30日(日) 能登旅行記3日目


 持ち物リスト(能登編)

 今回の旅行にかかった費用は一人分75000円だった。ここには交通費、観光バス代、宿代、食事代が含まれているが、お土産代は含まれていない。

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2015.09.21

能登旅行記2日目を書く

 2015年8月28日から2泊3日で母と能登に行って来た。
 その前に8月8日からロシアのカムチャツカに行っていて、そちらの旅行記はまだ手も付けられていないけれど、能登旅行記の方が早く完成できそうなので、そちらから書き始めることにした。

 お天気が心配だったけれど、雨に降られたのは3日目だけで、ラッキーだった。
 何しろ「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるという場所である。

 2日目は、宿泊した九十九湾からのと里山鉄道の穴水駅まで送っていただき、のと里山里海号に乗車、七尾でお寿司を食べ、一本杉通りを散策した後、和倉温泉へ入った。
 2日目の旅行記は長くなってしまったので、その1は和倉駅辺りまで、その2は宿泊した加賀屋に到着した後のことを書いている。

 能登旅行記2日目その1はこちら。

 能登旅行記2日目その2はこちら。

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2015.09.14

能登で出した絵はがきが届く

消印記念スタンプ 2015年8月28日から30日まで、能登に行って来た。

 のと里山里海号に乗った際、郵便車も見学し、アテンダントさんに託して絵はがきも出してもらった。
 私達が乗車したのは土曜日で、郵便車を見学した際に「郵便局が開いていないので、ここを出るのは月曜日になります」と説明されたところ、確かに、翌週月曜日8月31日付けの消印が押された絵はがきが、9月2日にわが家に届いている。
 甥っ子たちに母が出した絵はがきは、3日に届いたようだ。

 この消印が嬉しい。
 郵便車内にあったスタンプも押して出した絵はがきに満足である。

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2015.09.13

能登旅行記1日目を書く

 2015年8月28日から2泊3日で母と能登に行って来た。
 その前に8月8日からロシアのカムチャツカに行っていて、そちらの旅行記はまだ手も付けられていないけれど、能登旅行記の方が早く完成できそうなので、そちらから書き始めることにした。

 お天気が心配だったけれど、雨に降られたのは3日目だけで、ラッキーだった。
 何しろ「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるという場所である。

 1日目は、のと里山空港に飛んで、珠洲市でお昼を食べ、宿を取った九十九湾に移動して散歩して遊覧船に乗って、炉端焼きの美味しい夕食をいただいた。

 能登旅行記1日目はこちら。

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2015.09.10

加算されたマイルを確認する(能登)

 2015年8月28日から出かけた能登旅行では、往復、のと里山空港までANAで飛んだ。

 元々、ANAのサイトで購入した航空券なので、当然のことながら、特に手続き等をすることもなく、ANAのマイレージクラブ羽田ー能登間往復分の310マイルが加算されていることを確認した。

 片道155マイル!
 少ない!

 いつか、「貯めたマイルで旅行してきたの!」と言ってみたいけれど、なかなか道は険しそうである。

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2015.08.30

無事、帰宅する(能登)

 2015年8月28日から2泊3日で、母と能登を二人旅してきた。

 1週間くらい前から雨の天気予報で気を揉んでいたけれど、結果として、3日間のうち雨に降られたのは最終日の今日だけだったから、なかなかの好成績だったと言えると思う。

 私がレンタカーを運転できればいいのだけれど、全く運転に自信がないので、どうしても公共交通機関を利用しての旅になる。
 1日目はふるさとタクシー(のと里山空港からリーズナブルに乗り合いタクシーを利用できる)と路線バス、2日目は宿の送迎とのと里山鉄道、3日目は観光バスを利用して、効率的とは言えないまでもなかなか楽しい旅程を組めて、そして回ってこられたと思う。

 今回の旅行は「加賀屋に泊まる」ことがメインだったので、かなりの贅沢旅行になった。
 往復に飛行機を使ったので尚更である。
 概算で今回の旅行にかかった費用は一人分約75000円だった。ここには交通費、宿代、食事代が含まれているが、お土産代は含まれていない。また、助成金やポイントを利用した分は「もしポイントを利用していなかったら」ということで計算してある。

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能登旅行記3日目

2015年8月30日(日曜日)

 今日の出発は早いので、5時半起床である。
 外を見ると、見事なまでの雨である。雨粒が地面に落ちて跳ねているのが見えるくらいの雨だ。
 まずは辨天の湯に行き、昨夜は入れなかった「野天の湯」に浸かる。湯船が岩風呂っぽくなっているから「野天」というネーミングになっているらしい。
 大浴場から戻るときに「祭り小屋」の前を通ったところ、ちょうど朝市が開催されていた。
 輪島の朝市の超ミニミニ版をイメージしているようで、海産物や瓶詰め、お饅頭などが売られている。お財布を持ってないと言うと「お部屋番号につけておけます」と返された。この辺りの連携は見事だ。
 でも、「これから輪島の朝市に行くんだし」ということで、雰囲気を味わうだけに留めた。

朝食 お部屋に戻って荷物を整理し、着替え終わった6時半頃、仲居さんがお布団を上げに来てくれた。
 そのまま、座卓をまたお部屋の中央に戻し、テーブルクロスをかけ、7時からでお願いした朝食の用意だ。
 この朝食がまた豪華で、こんなにたくさんおかずがあると、ご飯が茶碗一杯ではとても足りない。ついついお変わりをしてしまう。
 笹かれいの一夜干しが美味しい。

 名残惜しいけれど、8時5分に加賀屋を出発する送迎バスに乗るので、ゆっくりしている時間はない。
 7時45分くらいにフロントに降りてチェックアウトする。
 もちろん、フロントのカウンターの下の漆塗りを改めて鑑賞することは忘れない。
 チェックアウトをお願いすると、フロントの方から「お席を予約しておきました」とこれから乗る観光バスおくのと号の予約票を手渡された。
 朝食の時間を決めるときに「観光バスに乗るので間に合うような時間で」と話している。なるほどこれが「おもてなし」かと納得した。

 加賀屋から和倉温泉バスターミナルまでは歩いてすぐだけれど、これだけ雨が大降りだとバスで送って貰えるのは有り難い。
 仲居さんがお二人乗り込み、別の何人かが雨の中傘を差しながらお見送りしてくれて、バスターミナルへ向かった。
 窓口で料金を支払い、行程が書かれた紙をもらい、バスまでの10mほどを仲居さんが持っていた大きな傘に入れてもらい(これをするために付いてきてくれたらしい。凄すぎる。)、小さめの観光バスに乗り込んだ。

 ドライバーさんがガイドも兼ねている観光バスで、本日の乗客は2名ずつ3組の計6名である。座席指定の紙をもらったけれど、席など選び放題だ。
 もっとも、いつでもこうという訳ではなく、前日も翌日も20名を超えるお客さんだそうで、この日はエアポケットのような1日だったらしい。
 2015年春くらいまで「のとフライト号」という名前だった「おくのと号」は、8時25分の定刻通りに出発した。

 バスは、能登島を経由して輪島を目指す。和倉温泉からかかる能登島大橋を渡って能登島に入り、ツインブリッジを渡って能登半島に戻る。
 お天気が良ければそれぞれの橋の上から眺めが楽しめるだろうけれど、如何せん、窓の外は雨で真っ白だ。
 輪島に到着したときに、ドライバーさんから「ワイパーを使っても叩きつける雨で何も見えない」状態になったと聞いたけれど、それにも気付かずに輪島までの1時間弱を瀑睡してしまった。

車窓 輪島に近づく頃には、雨もだいぶ弱くなっていた。そうなると、緑鮮やかな窓の外の田園風景が気持ちいい。
 バスは、9時半くらいに、輪島塗会館の駐車場に到着した。
 輪島の朝市と輪島塗会館のために取られた時間は1時間だ。ドライバーさんは、輪島塗会館の2階に資料展示室があって観光バスの乗客は無料で見学できるので、集合の10分くらい前には戻って来てくださいと言う。

輪島朝市 観光バスの乗客6人は、カルガモの親子よろしくドライバーさんに朝市の入口まで連れて行ってもらい、「まず一番奥まで行って、帰りにお店を覗きながら戻ると良い」というアドバイスに従って歩き始めた。
 母は、「朝食に食べた笹かれいを買って帰りたい」と言う。お魚を売っている露店を中心に覗いて見るけれど、意外とこの笹かれいを売っているお店が少ない。

 そうやって歩いているうちに、ついうっかり、蒸しあわびを売っている露店に迷い込んでしまった。
 なかなか調子のいいおじさんが店長さんで、「この一切れが300円だよ」などとおっしゃりながら試食させてくれる。
 丸ごと1個の蒸しあわびと、小さく切られたものが詰まっている蒸しあわびと、もちろん食べ比べてしまえば前者の方が美味しいに決まっている。
 東京のデパートで売ったら1万円オーバーだけれど、蒸しあわび丸ごと1個、8500円に負けとくよとおっしゃる。
 それでも母が唸っていると「判った。8000円で持って行きな。」と言い、こちらの返事も待たずに包み始めた。流石、商売上手である。

 そして、笹かれいの方も、他の一夜干ししたお魚たちとの盛り合わせて1000円で売っているお店が見つかり、「笹かれいだけが欲しい」と言うと、笹かれい10枚が乗ったお皿を出してくれた。
 「1枚おまけだから」と言ってもらい、笹かれいの一夜干しを11枚1000円でお買い上げだ。1枚1枚ラップに包んで冷凍すれば保存できる、焼くときは冷凍のまま焼けばいいそうだ。

 目指すお買い物ができたので、雨も降っていることだし、足早に漆塗会館に戻る。
 まずは2階の資料展示室の見学だ。
 製作の過程を追ってずらりとお椀が並んでいたり、加賀屋にも松の絵の漆塗りがあったけれど、似た感じの図柄がついたお椀があったり、製造過程で必要な道具たちが集められていたり、かなり楽しい。
 これが、沈金の過程や蒔絵の過程の説明となると、質実なイメージから一転して華やかになる。

 輪島塗会館の1階には、輪島市内の漆器店が60店舗以上出店しているそうだ。
 ドライバーさんも「物もいいし、お値段もいい」と評していた。確かにその通りですねという感じで、テーブルやタンスなどの大きな家具から、母と私が狙っているお椀、アクセサリまでかなり広いスペースにゆったりと並べられている。
 「買うなら六鹿椀でしょう!」とかなり強力に押したけれど、お値段もかなり良くて「お手入れも大変だし」「手入れが大変だからって使わなかったら勿体ないし」と言いつつ、母は「やっぱり買わない」方にジャッジしたらしい。

20150906 その代わりという訳ではないけれど、母と私とそれぞれ一つずつ、輪島塗ペンダントを購入した。
 私が購入したのは中門漆器店というお店の、グラデーションのペンダントトップだ。
 白から赤へのグラデーションのものとどちらにしようかかなり迷って、何となく黒い方が漆器っぽい気がしたので、黒から赤へのグラデーションのものを選んだ。

 輪島塗会館からバスで5分も走れば、そこは輪島キリコ会館である。
 2015年3月29日に輪島マリンタウンに移ってリニューアルオープンしたばかりらしい。
 中に入ると、所狭しと「キリコ」が並んでいる。
 スタッフのお姉さんから一通りの説明を受けた後(かなり興味深い話が出ていたのに、全く覚えていない自分が情けない)、自由に見学ということになった。集合は11時だ。
 LEDでライトアップされ、色が変わる。
 この高さのものを担ぐって一体・・・、と思う。傾いたり倒れたりしないんだろうか。

キリコキリコ

キリコキリコ

キリコキリコ

キリコ2キリコ

 これはちゃんとお祭りの中で、生きて動いているところを見たかったなぁと思う。
 確か「能登国」と書かれたものは、一番古いという説明だったか、一番高いという説明だったか、とにかく何かのNo.1だったと思う。

大松明大松明 キリコ会館では、キリコ祭の様子を移したビデオの上映が行われ、また祭で使う大松明も展示されていた。
 この松明は、ショップから3階の展望室まで吹き抜けに貫くように設置されている。
 かなり背が高いし、かなり頭が大きい。
 ここで火が燃えていると思うと相当怖い、ような気がする。下でこの松明を支えていたら火の粉がどんどん落ちてきそうである。
 この日は陣太鼓の演奏が中止になったという貼り紙があって、もし演奏が行われていたら、とてもじゃないけど見学時間が30分では足りなかったと思う。
 なかなか充実していた。

白米 バスに乗って10分くらい走ったところに白米千枚田があった。
 雨が小降りになって、少し空が明るくなってきたのが有り難い。
 しかし、それにしても1枚1枚の田んぼの何と狭いことだろう。機械化などとても無理そうである。
 白米千枚田の場合は、田んぼの持ち主はほぼ「オーナー制度」のオーナーの方々で、田植えや稲刈り、その他の諸々の農作業はオーナーとボランティアの手によって行われているらしい。
 色々な時期、色々な時間、そしてできれば晴れた日に来て眺めたい風景だと思う。
 20分の見学では、とてもとても時間が足らなかった。

南惣美術館 この辺りの見どころは近接いているようで、白米千枚田から南惣美術館まではバスで10分くらいだった。
 南惣家は、「豪農」とか「庄屋」とか言われる家だったようで、この地域の文化の中心となり、また各地の「文人」との交流があったり、収集を趣味とする主人が存在したりしていたらしい。
 そうして集めた品々を、蔵を改装した美術館に展示し、公開しているのだ。
 ドライバーさんは、「早い人は5分くらいで戻って来ちゃうけど、好きな人は時間目一杯見ています。20分取りますから、すぐに戻って来ないように」と冗談半分、厳かに告げた。

 蔵なので急な階段を上ったりするとギシギシいうのが少し怖い。
 しかし、確かに、長谷川等伯(伝)の屏風があったり、柿右衛門のお皿があったり、西鄕隆盛や乃木希典の書があったりする。誰の絵だったか忘れたけど、まるでネコのような虎の絵もある。「ねこのような虎の絵」って有名なような気がするのだけれど、誰の作だったろうか。
 どれくらいの時間をかけたかは計らなかったけれど、私が最後に美術館から出たことだけは確かだ。

曽々木海岸揚浜式製塩

 バスは曽々木海岸沿いを走る。窓岩や細い滝の見えるところでは徐行してくれる。
 また、「まれ」ではなく「鉄腕! DASH!!」で有名になったという、1300年前からの手法を守っている揚浜式製塩の前でバスが停まったので、見学できるのかしらと思ったら、残念ながら「車内からのフォトストップ」だった。
 このバスの窓ガラスは青っぽく着色されていて、写真を撮ると全部青味がかってしまうので、停まったバスの中から窓を少し開けて写真を撮れるのは嬉しい。
 もっとも、こんな雨の日では、揚浜式製塩は開店休業だろうと思われる。

すだれ式 バスは新海塩産業の前で停まった。
 こちらでは、平成9年から始まったという流下式という方法で塩を作っている。
 中に入ると、すだれを伝わらせるように水を滴らせている場所があった。何度もすだれに吹き付けて流すことで風や太陽にさらされた海水の水分が蒸発し、3%だった塩分濃度を10%にまで上げることができるという。
 この方法のいいところは、揚浜式とは違って天候の影響を受けないことだそうだ。

釜 そうして10%濃度になった海水を、今度は大きな釜で火にかける。
 この日はたまたま涼しかったけれど、暑い夏にこの作業は本当に大変だとおっしゃる。薪を次々と釜に投げ入れる作業は、重労働だ。それを年配の女性が軽々とこなしている。
 まず2〜3日かけて塩分濃度を20%くらいにしてから一度漉す。
 さらに1〜2日かけて煮詰めると、「塩」と「にがり」が残る。
 液体である「にがり」がなくなるまで炊き続けると、美味しい塩ができるという。
 もちろん皆してショップでお塩を購入する。藻塩とか桜塩などもあったけれど、ここはシンプルに「塩」だろう。わが家は結晶塩を購入した。

能登丼 珠洲ビーチホテルには12時40分頃に到着した。
 自由昼食と、お隣にある珠洲焼資料館との見学の両方で1時間だ。
 観光バスが和倉温泉を出発するときにメニューが配られたので、予め注文しておいた。母と私が頼んだ大浜大豆の豆腐丼は、能登丼の一つである。
 能登丼というのは、奥能登産のコシヒカリを使用するとか、能登産の箸を使用してその箸はプレゼントされるとか、メイン食材は地元のもとであるとか、いくつかの「条件」がある。
 こちらの丼は、お豆腐と厚揚げに塩味の餡がかかっていて、優しいお味で美味しかった。

 さらに、メニューに「コーヒーは二三味珈琲を使用している」と書いてあったので、追加でそちらをお願いした。
 酸味が割と強いコーヒーだったように思う。
 珈琲豆を購入することはできなかったけれど、二三味珈琲を地元で味わうことができて満足である。
 ちなみに、私が参加した8月末は自由昼食だったけれど、10月からは、昼食場所は珠洲ビーチホテルのままだけれど、観光バスのコースに昼食も含まれるように変更され、観光バス料金も一人3500円から5200円に変更になるそうだ。

珠洲焼 食事を終え、珠洲焼資料館に入った。
 珠洲焼は、12世紀後半から15世紀の終わりにかけて、珠洲市及び能登町の辺りで作られていた焼物で、灰黒色が特徴だという。
 14世紀には越前から北海道南部の日本海側まで船で運ばれて流通したそうで、運んでいた船が難破して海底に沈んだ珠洲焼きも多いそうだ。
 この壺は、珠洲焼に特徴的な櫛目紋が施されている。櫛目紋が壺全体に施されている例は少ないという。
 櫛目を格子状に付けたり、頸のところにはお花模様のような印花紋があしらわれたり、かなり凝った模様の壺である。姿もいいなぁと思う。

 バスは、13時40分に珠洲ビーチホテルを出発した。
 ここから車で15分くらいで禄剛埼灯台に至るそうで、それならば是非観光バスのコースに空中展望台ともども入れてもらいたいところだけれど、残念ながらここからバスは内浦を引き返していまう。
 15分くらいで見附島に到着した。

見附島 この3日間、青空と青い海に浮かぶ見附島を遠目ながら何度も見てきたけれど、一番近くから眺める今日に限って雨が降っている。
 軍艦の姿にも見えることから軍艦島とも呼ばれている、高さが28mあるという奇岩だ。
 海岸線まで歩いて眺めたけれど、霧雨が舞っている感じの厄介な雨が降っていて、跳ねて濡れるというよりは、少しずつ着ている服が湿っていくのが判る。

恋路駅 浜辺には「縁結びの鐘」が設置され、ここから始まる海岸線は「恋路海岸」と呼ばれている。
 参加人数も少なく、雨模様なので、時間に余裕ができたらしい。今回、輪島で降りる方がいなかったので、我々を空港に送った後は和倉温泉に直行できるから、ますます時間の余裕がある。
 ということで、最後の観光スポットである見附島を出発した観光バスは、恋路駅の前を通ってくださった。
 既に廃線になったのと鉄道能登線の駅である。
 「恋路」などという優雅な駅名から、幸福駅と同じように、この駅までの切符を求める人も多かったそうだ。

 この駅や線路、隣接する宗玄トンネルを宗玄酒造が管理しているそうだ。このトンネルが「隧道蔵」の「隧道」である。
 恋路駅から宗玄トンネルまで、奥のとトロッコ鉄道のとろというトロッコ列車を走らせることもできるそうだ。
 15時前に、のと里山空港に到着した。
 我々の乗る飛行機は17時発で、2時間もある。「何をしていればいいですか」とドライバーさんに聞いたら、一言、「何もないよ」と返事があった。
 「まれ」のセットが再現され、お土産物屋さんがあり、といった感じだという。

「まれ」のセット 「まれ」を見ていないのでよく判らないけれど、空港の2階に再現されていたのは、主人公のまれがバイトしていた居酒屋らしい。
 その居酒屋を眺められるベンチに陣どって荷物を整理し、空港の売店で買いそびれていたお土産を買い、ターミナルビルの外にポストがあることは到着時に確認していたので、友人に絵はがきを書き、羽田に着いたら夕ごはんを食べようとiPadでお店を探す。
 そんな感じで、2時間の待ち時間はそれほど退屈せずに済んだ。

焼きそば ANANH750便は定刻通りに飛び、18時過ぎに羽田空港に到着した。
 母のリクエストで赤坂離宮(空港第2ビル店)に行くと、5〜6人が待っている。日曜の夜に、これだけたくさんの人が旅行帰りなのか、大きなカバンを持っている人は少ないから空港に遊びに来ている人なのか、よく判らないが、とにかくターミナルビル全体が大混雑だ。
 20分ほど待って入ることができ、二人して焼きそばを注文する。
 空港バスと電車とどちらを使うか迷ったけれど、日曜夜なら電車もそれほど混んではいないだろうし、ミラコロを引きずっていてもそれほど迷惑にはなるまいと電車で帰宅した。

 能登旅行記2日目その2 <-

 2015年9月23日記

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2015.08.29

能登旅行記2日目その2

2015年8月29日(土曜日)

 のんびり散策するにはちょっと暑すぎた。
 長谷川等伯が収蔵されているという石川県立七尾美術館も気になったけれど、そもそも、本日のメインテーマは「加賀屋」である。
 14時過ぎの電車で和倉温泉に向かうことにした。
 七尾駅で本日の宿である加賀屋に電話し、和倉温泉駅までの送迎をお願いしたところ、駅に到着して宿のバスがいなかったらもう1回連絡してくださいと言う。
 何となく釈然としない。

 のと里山里海号に乗車すると、帰りの電車の切符も貰える。我々は穴水から七尾まで乗ったから、七尾から穴水へ向かう電車の切符がサービスされるのだ。
 その「帰りの切符」を使ってマジンガーZのラッピング車両だに七尾駅から一駅乗った。七尾駅は、JRとのと里山鉄道の両方の駅を兼ねているので、改札口がちょっと判りにくい。
 それはともかく、来たときよりもだいぶ早いような気がしつつ、和倉温泉駅に到着した。
 ロータリーに出て見回してみたけれど、それらしいマイクロバスはいない。
 改めて電話したところ、何だか要領を得なかったけれど、別のお客さんが依頼した送迎のバスが駅に向かっていたらしく、間もなく付きますという話だった。

 14時半くらいに加賀屋に到着した。
 迎えてくださった方が「すみませんでした」と開口一番言ったのは、電話のやりとりの情報が伝わっていたからだと思う。こういう連携が「おもてなし」なんだろう。ちょっと、もやもやが薄まる。
 よくテレビなどで見る「ずらっと並んで」という感じではない。チェックインは15時からということで、ラウンジに案内され、冷たい麦茶が供される。
 大きな一面のガラス窓からは海が一望だったけれど、あと30分もぼーっとしているのも芸がないと、和倉温泉の散策に出た。

七尾湾

 海を見渡せるベンチがあって、木陰は風も気持ちいい。
 しばらくそこで海を眺めた後、近くにあった辻口博啓美術館(ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ)に行ってみた。
 若い女の子だけでなく年配の女性にも人気らしく、カフェには長い順番待ちの行列ができている。そこまでしなくていいよねと母と言い合い、美術館スペースに入ってみると、こちらはガラガラだ。
 飴細工(じゃないかと思ったけれど、多分、もっと複雑な何かである)とライティングとで「ART」している空間だ。それほど広くないお部屋一室のみというのが残念な感じである。
 カフェとショップが中心ということだろう。

 そして、2階には、カフェの一部と、角偉三郎美術館が入っている。
 ちなみに、どちらの美術館も入館無料である。
 角偉三郎氏は、最初は沈金師として修行・仕事を始めたものの、「使う器」を作ろうと合鹿椀にシフトして行った方なのだそうだ。
 漆塗りの椀の製造工程や、関わる人々、作られた「器」たちが展示されている。
 思えばここで美しい合鹿椀を見てしまったために、我々は漆塗りの器を買い損ねた、のかも知れない。

 そうこうするうちに15時を過ぎたので、宿に戻った。
 仲居さん達がずらっとスクエアに並んでいるのは壮観だけれど、何しろそういう「おもてなし」に慣れていないこちらとしては思わず逃げ出したくなってしまう。
 足早にフロントに向かってチェックインをお願いすると、並んでいた中からお一方(と書きたくなってしまうのだ)が出ていらして、お部屋に案内してくださった。

おもてなしお部屋 我々のお部屋は「能登客殿」の4階だった。
 窓から海が見えるのが嬉しい。
 能登客殿は、加賀屋の建物の中では海に一番近いと聞いていたので尚更である。
 海を眺められるようにテーブルと椅子が置かれ、それとは別に座卓と座椅子が配されている。ちなみに、写真のとおりの座布団で、噂の「ふかふかの座布団が一人2枚」ではなく、残念なようなほっとするような気がする。

 お抹茶とお菓子をいただいていると、仲居さんが「それぞれにジャストサイズ」の浴衣を持ってきてくださる。この辺りは、事前にネットで読んだ宿泊体験記の通りだ。
 夕食と朝食の時間を聞かれ、朝食は明日乗る観光バスの「のとフライト号」に間に合うようにとお願いする。
 1階にある大浴場は海に一番近いので明るいうちがいいですよとお勧めしていただいたけれど、客室にあった「加賀屋の美術品を巡るツアー」が気になり、16時から1時間のコースに参加できますかと聞いたところ、まだ空きがあったようで参加できることになった。
 何だか楽しそうである。
 早々に、集合場所でへ向かう。何しろ大きな旅館だし、建て増し建て増ししているから、なかなか目的の場所に辿り着けないのだ。

 参加者は20人弱くらいだったと思う。
 年配の女性がガイドとなり、若者がアシスタントのようについて、館内美術ツアーが始まった。
 参加者には「館内は美術館」というタイトルのかなり立派なリーフレットが配布される。

加賀友禅「四季の花」 加賀屋の建物は、どうやら階ごとにテーマとなる植物が決まっているようだ。
 我々が停まったフロアは「山吹」で、お部屋の名前にも「山吹」が付く。
 そして、シースルーになっているエレベーターから、それぞれのフロアの植物をテーマに織られた加賀友禅の反物を組み合わせたタペストリをずっと見ることができる。
 「パッと見ただけだと絨毯のように見えるかも知れませんが、反物なんです。」という説明に、確かにそうだわ、としみじみと見上げ、エレベーターからもじっくりと見る。
 梶山伸氏の作品だそうだ。

輪島塗「寿松」輪島塗「寿松」

 こちらは、輪島塗で作られた屏風なのか壁なのか飾りなのかすでに何だか判らないくらいだ。
 角野岩次氏の作である。
 とにかく細かい。そして、この「松ぼっくり」がたまにあるところが「味」なんだという説明を受けたことを覚えている。どうポイントなのかは覚えていないのだけれど、この「寿松」という作品のポイントはとにかく松ぼっくりなのだ。

九谷焼「刻彫椿」

 こうまで「大物」が続くともう「欲しい」とか「勿体ない」とかいう普通の感想も続かなくなってくる。
 こうした美術品の数々が普通に飾られていたり、「飾る」というよりも内装の一部であるかのように納まっているのだから恐ろしい。
 さらに恐ろしいのは、もしこういったツアーに参加しなかったら、価値を知るどころか、私がこれらの美術品に目を留めることすらなかっただろうということだ。
 こちらの九谷焼は、三代 浅蔵五十吉作である。
 ちなみに、同じ椿の図柄の壺(花瓶かも)も飾られていた。でも、ここまで鮮やかな椿が描かれた花瓶(仮)に一体どんなお花を生けたらいいのか、もはや想像もつかない。

輪島塗「天女の舞」 例えば、この輪島塗の「天女の舞」という作品は、最初に加賀屋に到着して案内されたラウンジの、ガラス窓の上にぐるりと飾られている。
 であれば、かなり高い位置にあるとはいえ目にしていてもおかしくはないのに、全く見た記憶がない。「猫に小判」「豚に真珠」とはこのことである。
 さらに言うなら、「天女の舞」は、先ほど美術館も訪れた角偉三郎氏の作品であり、この作品を最後に角氏は「器」制作へと向かったというつながりのある作品なのだ。

九谷焼「花いかだ」 さらに言うなら、ラウンジの「床」とテーブルにも九谷焼が使われている。
 中谷淳子氏の作品だそうだ。
 だから、自分がラウンジでお茶かお酒をいただいたとして、その足もとに九谷焼が鎮座しているなどと誰が思うだろう。
 もっと言うと、実はチェックインしたフロントのカウンターの下にまで、輪島塗の作品が施されているのだから参ってしまう。「瑞鳥の図」と題された小西啓介氏の作品で、離れたところから説明してもらってやっと気がつくことができた。
 チェックインの際には必見である。

 また、加賀屋には能舞台まであって、そこは結婚式場として使われることが多いという。
 能舞台で結婚式というのは普通のことなのか。全く訳が判らない。
 しかし、確かにその能舞台の上には、結婚式用のしつらえが施されている。

彩釉鉢 彩釉鉢と言われたところで、すでにどんなものかすら想像できない。
 こちらは、人間国宝の三代 徳田八十吉氏の作品だそうだ。
 ギャラリー形式で、ガラスケースの中に入っていたと思うけれど、それにしても、人間国宝の作品を普通に飾っておく加賀屋って何なんだという気がしてくる。
 そりゃあ、これだけのものを維持するのだから宿代も高くなるわよね、というのが、美術に素養のない母と私の抱いた正直な感想だ。

能登島焼「桃」 最初に見たときは木彫だろうと思ったこの山田剛氏の作品は、木彫りではなく焼き物だそうだ。
 能登島焼の作品だという。
 パッと見たところでは木彫りに見えるよと近寄ってしげしげと見れば、確かに質感が違う。

九谷焼 こちらも、人間国宝の吉田美統氏の作品なのだけれど、特に名前はついていないらしい。
 「お皿はお皿」「お皿として使ってください」という趣旨で名前がついていないとすれば何だか凄いけれど、普通にお皿として使ってもらおうと思ったら、金箔は施さないよねと思う。
 それにしてもこういった作品たちはどうやって保管されているのだろう。季節によって変えたりもするのだろうし、保管には気を使うだろうなぁと思うのだ。
 そして、そういった「美術品」をこうして惜しげなく飾るのだから太っ腹である。

西塚栄治作 「魚映」というタイトルのこの作品は西塚栄治氏の作で、でも、それが「何」なのか、私には判らない。
 輪島塗? 象嵌? という感じである。
 この写真では判りづらいのだけれど、泳いでいる魚たちがかなりリアルだ。
 こんな感じで、1時間の美術ツアーが終了した。
 充実した内容に説明、そしてもちろん作品たちに大満足である。参加して良かったと思う。
 そして、この館内美術館ツアーに参加すると、館内にある輪島塗のお店と九谷焼のお店でのお買い物が10%引きになる割引券がもらえるのだ。

 17時を過ぎてもまだ外が明るかったので、仲居さんのお勧めに従って、夕食前に1階にある「花神の湯」に行くことにした。
 タイルで華やかな絵が描かれた大浴場で、本当にすぐ前というか下が海である。
 露天でないのが残念だ。その代わり、大きくガラス張りになっていて、外から覗けないようになっているという。
 加賀屋の総客室数は知らないけれど、かなりの宿泊客がいるだろうと思うし、実際に大浴場にスリッパが並んでいるところを見ると怯むところもあるのだけれど、中に入ってしまえばゆったりしていて「大混雑」という感じがしない。
 流石である。

 バスタオルが使い放題、浴用タオルも1枚はお部屋で歯ブラシ等と一緒に用意され、洗濯したものが大浴場に豊富に用意されているのが嬉しい。
 タオルって重要である。
 大浴場の入口で、スリッパに番号札を付けて整理してくださる方がいて、人件費のかけ方が違うぜ、などと思ってしまう私はやっぱり無粋かつ場違いなんだろう。

夜景 お風呂からあがると、流石に外は真っ暗になっていた。
 お部屋から見える景色はこんな感じである。
 和倉温泉の旅館は、多く、海際に海を向いて建っているようだ。
 涼みつつ写真を撮っていたら、19時からでお願いしていたお食事の用意が始まった。座卓にまずテーブルクロスがかけられて驚く。お部屋食で、まずテーブルクロスが敷かれたなんて記憶にない。

前菜 お夕食はこんな感じだった。
 母は生ビールを、私は冷酒(もちろん「宗玄」を選んだ。「隧道蔵」である。)をお願いした。

 食前
 金澤柚子蜂蜜
 「食前酒代わりに」という口上だったので、恐らくはノンアルコールだったと思う。

 先附
 夏野菜の金時草ドレッシング餡
 金時草は、加賀野菜のひとつで、血糖値や血圧上昇を抑える効果、免疫を高める働きがあるそうだ。
 お抹茶と一緒にいただいたお菓子も、この金時草を使ったお菓子である。

前菜干し口子

 前菜
 干し口子、黒藻酢、烏賊海女漬け、姫さざえ旨煮、手長海老つや煮、穴子八幡巻き、とうもろこし松風、枝豆白玉
 前菜のお皿の向こうの和紙に包まれていたのが「干し口子」だ。
 くちこは、糸くらいしかないナマコの卵巣を何本も何本も重ねて陰干しして作られる。どれだけ貴重でどれだけ手間暇がかかっているのだろうとクラクラする。
 いかにも「高級珍味」というお味で、日本酒と良く合った。

お造り先吸物 先吸物
 鱧真丈
 実は、鱧を食べたのは初めてかも知れない。

 お造り
 白身魚(2種あったけど忘れた)、まぐろ、イカ、甘海老、雲丹
 市松模様のお皿も可愛いくて、四角く深さのあるお皿にお刺身を盛り合わせるという方法もあるんだなと思う。

治部煮 煮物
 合鴨治部煮
 治部煮は石川県の郷土料理なのだそうだ。知らなかった。
 鴨肉は、旨味を閉じ込め、またとろみを付けるために小麦粉をまぶしてあるそうだ。鴨ってこんなにコクがあったんだなと思う。
 そして、添えられた山葵が効いている。

台物 台物
 和牛陶板焼き
 これはもう鉄板中の鉄板という感じのお料理である。
 お肉が柔らかくて、とても美味しい。母など「昨日とはだいぶ違う」などと言う。
 確かに、昨日と今日で随分と趣の違う宿に泊まり、趣の違う夕食をいただいている。
 我ながら、なかなか乙な旅程を組んだものだ。

冷し鉢 冷し鉢
 中島菜うどん いしる風味
 中島菜は能登野菜の一つだそうだ。こちらも血圧の上昇抑制効果が見つかったという。
 「いしる」も能登の特産で、日本三大魚醤油の一つだそうだ。ちなみに、あとの二つは、「しょっつる」と「いかなご」だ。
 今回の旅で「いしる」を味わうのは初めてで、出汁でのばしてあるせいか、ほとんど匂いは感じなかったような気がする。もっとも、酔っ払って舌が効かなくなっていた可能性も高い。

 そして、漆塗りのお椀でおうどんをいただきつつ、母が「こういう風に使いたいのよね。でも、うちじゃこの大きさじゃ小さいわね」と繰り返していた。
 母は、輪島塗りのお椀でお蕎麦やおうどんを食べようという野望を抱いて能登に来ているのだ。

蒸物 蒸物
 ふかひれ茶碗蒸し
 この辺りになると、実はあまり感興も抱かなくなっている。
 ずっとかなり大きな声でしゃべっていたお隣が静かになって、ちょっとほっとしていた頃かも知れない。我々よりも早く食事を始め、早々に酔っ払っていたものと思われる。

食事 御飯
 石川県産コシヒカリ

 留椀
 小ふぐ味噌汁

 香の物
 盛り合わせ

 そういえば、昼食を食べたお寿司屋さんでもふぐのお寿司があったから、もしかして能登はふぐの産地なのかも知れない。

デザート デザート
 フルーツのレモン蜜ゼリー掛け
 そういえば、ここだけ「デザート」で「水菓子」じゃないんだなとちょっと楽しい気分になった。

 1時間半くらいをかけて夕食をいただいた。
 順番にゆっくりと供されると、これだけたくさんの食事でも結構食べてしまうものである。
 お酒ももちろんしっかり飲みきっている。

祭り小屋 美術ツアーの集合場所になっていた「祭り小屋」で、20時15分からステージが毎日30分行われ、そちらは無料で見られるという。
 もう開始時間は過ぎていたけれど、雰囲気くらいは味わえるかと行ってみることにした。
 前半の剣舞(と書いてあったと思う)は終わっていて、後半は格好良く言うと歌謡ショーのようなステージだったらしい。
 ステージ上には太鼓が据えられていたけれど、我々は結局、この太鼓の音を聞くことはなかった。
 ちょっと残念である。

 ステージはあっという間に終わってしまったので、そのまま「にぎわい処」をぶらぶらした。
 つまりは、お土産物屋さんが並ぶ一角が、ちょっとないくらい広がっているのだ。
 加賀屋と銘打った品々が並んでいたり、石川県内の名産品が並んでいたり、漆塗りや九谷焼の専門店もある。至れり尽くせりだ。
 母と二人で輪島塗りのお店に行き、じっくりと見る。
 やっぱり、いい物を見てしまうと、「まぁ、普通かな」という物が見劣りしてしまう。困ったものだ。
 私は六鹿塗がイチオシになっていたのだけれど、本当にいいお値段である。館内ツアーでいただいた10%割引券があっても手が出ない感じだ。
 明日は輪島にも行くことだしと、とりあえず購入は見送った。

 お風呂上がりに飲もうと能登ミルクの瓶入り牛乳だけ購入し、お部屋に戻る。
 1時間近くもうろうろしていたけれど、お腹はいっぱいのままである。
 そして、お部屋にはすでにお布団が敷かれていて、お食事の途中でいなくなってしまった先ほどの行動を二人して反省する。

 22時過ぎに今度は辨天の湯に行く。
 加賀屋は、女性用の大浴場は二つあるのだ。男性用は一つしかない。女性のお客さんの方が多いのだろうし、多分、女性の方が長湯だし、長湯せずとも身繕いに時間がかかるからだろうと思う。
 そして、こちらも結構な人が来ていたけれど、「混雑している」という感じはない。
 「野天の湯」が残念ながら閉まっていたので、そちらは明日の朝に来ることにして、露天風呂で寛ぐ。
 やっぱり、風に吹かれながら入る温泉は気持ちいい。

 日付が変わる前に就寝した。
 明日は早起きである。

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 2015年9月21日記

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能登旅行記2日目その1

2015年8月29日(土曜日)

 6時半と6時45分に母と私でそれぞれ目覚ましをかけ、その助けを借りて起き出した。
 雨音がしていることは夢うつつに聞いていたけれど、外を見ると結構な降りになっていた。
 7時過ぎに大浴場に行くと、昨夜とは違って先客がいらした。それでも3人だから、のんびりしたものだ。露天風呂に屋根がついていたので、早々に露天に出て、朝風呂を楽しむ。くらいに目が覚めた。

朝食 朝食は8時にお願いしてあった。
 フロント横の、「レストラン」というよりは「食堂」という風情のお部屋でいただく。
 和食の「旅館の朝ごはん」といったメニューで、どうして旅先で和食の朝ごはんをいただくとご飯をお代わりしたくなるんだろうと思う。「ちょっとだけ」と言いつつ、今回もおかわりしてしまった。
 お部屋に戻って出かける支度をし、9時にチェックアウトする。
 昨夜のビール代の支払いと、あとロビーにあった売店で能登海洋深層水から作ったという「九十九塩」と、支配人さんお勧めの宗玄の純米生酒を購入して、助成金もしっかり活用させていただいた。

 宿の車で穴水駅まで送っていただけるのが有り難い。
 チェックアウト後、すぐに出発である。穴水に近づくにつれ、空に晴れ間が見え、道路が乾いて来るのが嬉しい。
 能登の家々の瓦は、もうほとんど全てと言っていいくらい、黒くつやつや光っている。わが家の辺りでは、すでに「瓦屋根の家」自体がほとんどないので、それだけで「原風景」という感じがする。
 何故黒いのかは諸説あるそうだけれど、「雪が溶けやすいように」という説が有力らしい。
 そして、大抵の家の屋根には「雪止め」があるけれど、能登でも特に雪が多い地方では、貯めてから雪が堕ちるのでは危ないので、わざと「雪止め」を付けないのだそうだ。

 ホテルのときんぷらで先ほど「九十九塩」を買ったけれど、つい最近まで、NHK朝の連続テレビ小説「まれ」にも登場した、揚げ浜式製塩の能登のはま塩も売店に置いてあったという。
 それが、「まれ」の影響ではなく、ザ! 鉄腕DASH!!の「世界一うまいラーメン作れるか」で取り上げられて以降、大人気となり、とても生産が追いつかずに仕入れることができなくなってしまっているらしい。
 「連続テレビ小説の影響ではない」というところに時代を感じるなぁとしみじみする。

 食べ物の話つながり、珠洲市つながりで、二三味珈琲の話にもなった。
 「昨日カフェに行ったらお休みだったんです!」と言ったら、「言ってくれたら持ってきたのに」とおっしゃる。支配人さんも二三味珈琲のファンで、お休み前にお宅に買いだめしてあったという。
 うーん。惜しいことをした。
 他のお店の珈琲はもう飲めない、というくらいお気に入りなのだそうだ。

 穴水駅には10時くらいに到着した。
 待ち時間が長くなってはと、途中、ゆっくりめに走って時間調節をしてくださっていたようだ。本当に有り難い。
 穴水駅には、遠藤関の記念館があるという。
 そもそも、能登半島の特に穴水町はお相撲の盛んな地域で、町営の相撲場もあるくらいだそうだ。そんなことは知らなかったよと驚いた。

記念乗車券 駅の窓口でまず、のと里山里海号の切符を引き取る。
 10時47分発なので、もちろん余った時間は穴水駅のお隣に27年3月にオープンしたばかりだという穴水町物産館 四季彩々に入って色々と見てまわる。
 電車の中でおやつを食べようかと思ったけれど、朝食をたっぷりいただいたばかりでとても入りそうにない。
 結局、ひばの木を使った入浴剤(というか、ひばの木を乾かしてあって、それを入浴剤としてお風呂に入れてください、という感じだ)と、絵はがきを購入した。

のと里山鉄道のと里山鉄道

 ホームに出てみると、すでにのと里山里海号が入線していた。
 隣には、マジンガーZの電車もいる。マジンガーZの作者である永井豪が輪島の出身であることから、のと里山鉄道ではラッピング電車を走らせているのだ。
 そして、やけに「オタク」っぽい男性がホームをうろうろしているなと思っていたら、さらに向こうにきらきらした女の子たちが描かれたラッピング電車があった。
 そちらは(後で調べたところによると)、2011年に日本テレビで放映されていた「花咲くいろは」というアニメの中で、よく登場する駅のモデルがのと里山鉄道の西岸駅であり、何というか、能登まるごとタイアップ、みたいなアニメ作品だったようだ。

マジンガーZが運転 そうやってホームをうろうろしていたら、ちょうどマジンガーZが運転席(ではないけど)にいるような写真が撮れて、何だか嬉しい。
 のと里山里海号の前では、地元の子ども達が金色のポンポンを持って、歓迎+送迎の踊りを踊ったり歌を歌ったりしてくれていて、若干、その前を通って電車に乗り込むのが気恥ずかしい気もする。
 後で聞いたところによると、お休みの日も両親が働いているお子さんたちの学童保育だったようで、里山里海号でガイドを務めていた方の息子さんもそこにいたらしい。

 この日ののと里山里海号の乗客は、我々二人と、家族連れ(といってもみなさん年配の方だ)の三人と、二組だけだった。
 アテンダントとして乗車している方々の方が多いくらいだ。ちょっと心配になる。
 少し前に発車したマジンガーZの車両は、ツアー客だと思われる方々でほぼ満員だったので、路線として人気がないということはなさそうなんだけどなと思う。
 お隣に座った相客の方は、夏休み限定で全コースで販売しますという辻口博啓プロデュースのスイーツを食していたけれど、我々のお腹にはとても入りそうになく、カウンターで珈琲だけ買うことにした。

海と黒い屋根瓦ぼら待ちやぐら 発車してすぐ「手作りでイルミネーションを施しました」というトンネルを通過する。「ようこそ」といった文字が作られていて、ほのぼのとする。
 少し走ると海が見えてくる。散々迷った末に海側の窓に向いた席を予約したので、海がよく見え、景色がよく見え、そして暑い。
 緑の向こうに海が見えたり、黒い屋根瓦の家々の向こうに屋根が見えたり、若干はくすんでいるけれど、青い空と青い海が嬉しい。
 そして、走り始めてからそれほど時間がたったとは思えないところ、「第一のビューポイントです」ということで、電車が減速した。
 ぼら待ちやぐらである。

 ぼら待ちやぐらは、このやぐらの上で終日、ぼらの群れを見張り、網をたぐるという漁法のためのもので、最盛期には穴水町内に40基を超えるやぐらが立てられていたそうだ。
 1996年秋を最後に、この漁法を行う漁師はいなくなったそうで、この写真でやぐらの上に人がいるように見えるのは、おばあさんの人形だ。ガイドさん曰く「穴水で一番働きもののおばあさん」である。
 こんなに陸に近いところにあって、ぼらの群れが海岸まで来たということなのか、遠くまで見ることができたということなのか、ちょっと不思議に思う。

能登鹿島駅 次に現れたのが能登鹿島駅である。
 別名「能登さくら駅」とも呼ばれているそうで、駅の両側に桜の木が植えられている。しかも、かなり太い「年代物」の桜の木だ。
 季節になると桜のとんねるができてそれは綺麗な景色になるらしい。

 能登鹿島駅を過ぎると、海の向こうに能登半島と能登島を結ぶツインブリッジのとが見えてくる。
 能登島と能登半島は2本の橋で結ばれているそうで、2本目の橋がかかるまでは橋の通行は有料だったらしい。それでは能登島で暮らしている人の負担が大きすぎるだろうと、思わずガイドさんの説明にツッコミを入れたくなった。

筏 深浦漁港に達する少し前に、実はもう一つのビュースポットがあった。
 田んぼがあり、その向こうの海に筏が並んでいるのが見える。
 ちょっと記憶が怪しいけれど、確か牡蠣棚だという説明をしてもらったと思う。能登半島で牡蠣の養殖が盛んだなんて知らなかった。ちょっと驚く。
 確かにこれだけ島や半島に囲まれていたら海は穏やかだし、養殖漁業に向いているのだろうと思う。

深浦漁港 最後のビュースポットが深浦漁港である。
 曰く「昔ながらの漁港」ということだ。漁に出ているのか、それとも漁師さんがもう少なくなっているのか、船が1艘しか見えないのがちょっと寂しい。
 黒く光る屋根瓦の乗った家が並び、深く切れ込んだ海の青緑色が綺麗だ。
 この、漁港を俯瞰する景色は、能登鉄道からしか見ることができないらしい。まさに「里山里海」という景色だなぁと思う。

 のと里山里海号は、穴水駅、和倉駅、七尾駅でしか乗降できない。しかし、その他に1ヶ所だけ駅で停まり、降りることができる。
 それが能登中島駅である。
 能登中島駅には、日本に2両しか残っていないという郵便車があるのだ。

郵便車郵便車

 今の郵便物は車や飛行機で輸送されているそうだけれど、その昔は、鉄道がその多くを輸送していたらしい。
 「かつて」といっても、能登中島駅に保存されている「オユ10 2565」というこの車両でいうと、昭和32年から46年の間に72両が製造され、59年頃までは使われていたそうだ。
 郵便車は、郵便を運ぶだけではなくて、この写真のように車内で区分作業ができるようになっていたことから、「走る郵便局」と呼ばれたという。
 のと里山里海号の見学スポットになっていて、我々が行ったときには「ふるさと鉄道保存協会」の方が色々と説明もしてくださった。
 年2回の一般公開があるという話だから、逆に言うと、のと里山里海号に乗らずに見学するというのは結構難しいのかも知れない。

 また、郵便車両内には記念スタンプが置かれ、郵便車のすぐ外には昔懐かしい赤い丸形のポストが設置されていた。うっかり写真を撮りそびれたのがショックだ。
 ここで投函すると、記念消印を押してくれる。スタッフの方によると、このポストは本物の郵便局のポストではないので、駅員の方がポストから取り出して郵便局に持ち込むらしい。
 郵便を出せるようにと、のと里山里海号の車内で郵便車の写真がついた官製はがきが販売されている。5枚セットの販売で、バラ売りをしてくれないところが惜しい。

 ハガキを購入したけど、10〜15分の停車時間は目一杯見学してしまったので書いているヒマがない。アテンダントさんに降車の際に託すとポストに投函してもらえるのが有り難い。
 記念スタンプを押し、自分宛にも1通出した。
 そういえば、能登中島駅の駅名看板には、「演劇ロマン駅」とも書いてある。アテンダントさんに聞いたら、能登中島駅には、無名塾の拠点ともなっている能登演劇堂があるのだそうだ。知らなかった。

里山里海号車内里山里海号車内 能登中島駅を過ぎると、海はほとんど見えなくなってしまう。
 そんな訳で、ゆっくり車内の説明が始まり、こちらも車内を見学する余裕が出てきた。
 車内は、例えばパーテーションが飾り棚も兼ねていて、珠洲焼きや輪島塗りの作品が展示されている他、座席にかけられている布が能登上布(これが結構な高級品である)だったり、パーテーション自体が組子細工になっていたり、各座席にあるテーブルがヒバの木だったりする。
 美術展兼物産展みたいな車内なのだ。
 確かお手洗いも同じようにギャラリーみたいになっていた筈だけれど、「流石に写真を撮るのはどうだろう」と思って撮らなかったら、どんなお手洗いだったか忘れてしまった。少なくとも一見の価値があったことは確かだ。

 和倉温泉駅で降りる人はおらず、乗客全員、アテンダントさんの能登弁のご挨拶を受け、七尾駅で降りた。
 七尾駅到着は12時2分だ。朝ごはんをたくさんいただき、車で穴水駅まで送っていただき、その後は電車に乗っていただけなのに、どうしてちゃんとお腹が空いているのか謎である。
 駅のコインロッカーにミラコロを預け、観光案内所で美味しいお寿司屋さんを聞いたところ、すし王国「能登七尾」というリーフレットが差し出された。
 お腹も空いたことだしと、駅から近いのと前廻転寿司 夢市に行った。

地魚握りセット甘鯛

 回転寿司のお店で、セットメニューもオーダーすることができるようだったので、「地魚握りセット」を母と二人でオーダーする。
 アカイカ、バイガイ、イワシ、マグロの炙り、もずく、甘海老、鰤、穴子、蟹、鯛というラインアップで、これにお味噌汁が付く。
 とにかくイワシが美味しい。甘くてとろっとしていて、まぐろ顔負けである。
 「まだ食べられるね」「食べたいね」と、回転しているお寿司ではなく、板前さんの後ろのホワイトボードを隅から隅まで読んで研究した結果、追加で、白エビの軍艦巻きと甘鯛をオーダーした。
 二人で4000円ちょっとで大満足の昼食になった。

高澤ろうそく店一本杉通り そのまま腹ごなしも兼ねて、一本杉通りを歩くことにした。
 この仙対橋から始まる一本杉通りには、風情あるお店が並び、語り部がおり、それぞれにお店で体験メニューなども用意されている。
 しかし、ふらっと来てしまった我々は、高澤ろうそく店で、お花の絵柄の手描きろうそくや、無地の和ろうそくなどいくつか購入する。いわば、父へのお土産である。
 お店の2階にはろうそく作りが判る展示などもあったようで、気がつかなかったのが残念だ。
 また、一本杉通りには、お醤油の専門店や、お茶を臼でひくことができるお茶屋さん、海産物とガラス工芸のギャラリーが何故か一体化しているお店などもある。

花嫁のれん 商店街の中程に「花嫁のれん館」があった。
 ゴールデンウィークには、それぞれのお店やお宅にある「花嫁のれん」を外から見えるように飾って観光の目玉になっているという花嫁のれんである。
 花嫁のれんについて説明してもらったところでは、能登地方で、お嫁さんがお輿入れの際に持参するのれんで、嫁ぎ先の仏間の入口にかけ、そののれんをくぐることで今日から私はこの家の人間になりますと決意を見せるという儀式がある(あった)そうだ。
 そういう気持ちを表すために使うものだから、1回切りしか使われずにずっとしまい込まれる。
 それでも、娘を嫁に出す実家では、「あなたの家に染まる」という意味を込めて軽い絹を使い、華やかな模様が描かれたのれんを作る。
 ただいま、花嫁のれん館が建設中で、完成すれば、いつでも多くの花嫁のれんを見学することができるようになるという。

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 2015年9月21日記

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2015.08.28

能登旅行記1日目

2015年8月28日(金曜日)

 羽田空港からのと里山空港に飛ぶ飛行機は1日2便である。というか、のと里山空港に発着する飛行機はその2便しかない。
 8時55分発のそのフライトに乗るため、余裕を見て8時過ぎに空港に到着しようとすると、6時半過ぎには最寄り駅から電車に乗る必要がある。それでも平日だしバスのある時間帯で良かったという感じだ。
 その時間でも、バスも電車も普通に混雑している。ミラコロを自分の横にしっかり置いておけるくらいの混雑ぶりなのが有り難い。

 予定通り8時過ぎに羽田空港に到着した。朝ごはんも食べて来たし、特にお買い物もないので、さっさとセキュリティを抜ける。案の定、搭乗口は一番端で、そこまで歩いて行くのに結構かかってしまった。
 機内は、満席に近い感じだ。
 羽田空港からのと里山空港まではちょうど1時間くらいで、余りにも飛行時間が短いため「ドリンクサービスが全員分終わらないかも知れません」といった注意書きがあるのが面白い。
 確かに、シートベルト着用サインが消えて15分くらいで「間もなく着陸態勢に入ります」というアナウンスが入って、母と二人で顔を見合わせてしまった。

 定刻の9時55分にのと里山空港に到着し、観光案内所でパンフレットなどを頂いてすぐ、ふるさとタクシー乗り場に向かう。
 ふるさとタクシーは予約制、のと里山空港発着限定の乗り合いタクシーだ。
 事前に電話で予約しておくと(席が空いていた場合は当日の乗車も可能だそうだ)、幹線道路からそれほど外れていなければ行きたい場所まで連れて行ってもらえる。
 方面別に分かれていて、珠洲方面行きは我々二人の他、若い女性一人、若い男女の二人連れ(ただし、どう見ても仕事で来ている感じ)の5人の乗客で出発した。

 我々は、能登 和 DINING SHO-TATSUというレストランでお昼をいただこうと珠洲市役所まで予約していた。
 どうやら、もう一組も行き先は珠洲市役所のようだ。
 漏れ聞こえてくる話し声についダンボになってしまったところ、どうやら二人はテレビ局のディレクターとリポーターという組み合わせで、キリコ祭を取材するために来たのらしい。
 なるほど、そういうことだったのかと、微妙な敬語使いや、二人の服装のギャップに納得した。

空と海 珠洲市に向かう道中、道路の両脇にさるびあが植えられていたり、桜並木があったり、稲刈り後の田んぼがあったり、黒光りする屋根瓦の家が並んでいたり、 見附島が遠くにちらりと見えたり、車窓を楽しんでいたら、あっという間、40分ほどで珠洲市役所に到着した。
 早い。
 昼食の予約は11時半にお願いしているので、50分もある。
 ここ1週間ばかり、3日間とも雨かもと心配していたので、晴れた空が嬉しい。
 時間もたっぷりあるし、まずは海縁まで歩いて、青い空と青い海を堪能する。
 堪能するのはいいけれど、日射しがあまりにも強烈で「日傘を持って来れば良かったかも」「雨傘を日傘代わりにさそうか」などと思う。

足湯 珠洲市役所の道路を挟んだ反対側に飯田わくわく広場があり、そこに珠洲市唯一という足湯がある。
 とにかく日陰に入ろうと、母と二人、足湯を楽しむことにした。
 先客がお一方いらして、のんびりと足湯を楽しんでいらっしゃった。どうやら地元の方のようだ。
 母と二人、靴を脱いであがり、靴下を脱いでズボンの裾をまくり上げて足湯に浸かる。底が丸石を並べたようになっているらしく、なかなか気持ちがいい。
 日陰に入ると風も通って涼しく、しばらく足湯を楽しんだ。
 お湯が茶色っぽいから鉄分を含んでいるのかと思ったのだけれど、ナトリウム-塩化物泉という表示だった。

ショータツ外観 最初、あまりにも普通にそこにあったのと、看板が大きくなかったので気がつかなかったけれど、足湯の建物の道路を挟んだ反対側が目指すレストラン「ショータツ」だった。
 予約した時間を少し過ぎて入ると、お客は我々二人だけのようだ。
 天井が高く、落ち着いた内装のいい雰囲気のお店である。
 予め「今日のおまかせランチ」をお願いしてある。
 サーブをしてくださる奥様はこちらの生まれ育ちだそうで、母が「瓦が黒いんですね」と話しかけると、「珍しいらしいですね。私は生まれたときからこちらなので、これが普通だと思っちゃうんですけど」と笑っていた。

前菜 前菜3種は、もずく酢(もずくは珠洲の特産らしい)、無花果、卵焼きである。
 卵焼きの甘みはお砂糖ではなく、これまた特産らしい米飴で付けているそうだ。
 そう言われて食べると、柔らかい甘さのような気がする。

 次に出されたのが、南瓜と大納言豆のグラタンだった。グラタンとは言いつつ、確か、マカロニの類は入っていなかったように思う。
 グラタンに入っているこのお豆もまた能登のお豆なのだそうだ。南瓜もお豆もほくほくしていた。

メインディッシュごはんとお汁

 メインディッシュは、鯛(マトウダイと言われたような気もするけれど、既に記憶が曖昧だ)のハーブソルト焼きだった。
 一口食べて母が「美味しい」と言ったくらいで、新鮮なお魚をさっと焼いた感じがあっさりとしていて美味しい。やっぱり能登に来たらお魚よね、と思う。
 最後に、能登こしひかりを使った枝豆ごはんと、なめことオクラのお汁、お新香が出された。このご飯茶碗は珠洲焼きだそうだ。持ち重りのする素朴な手触りの焼き物である。
 最後に、焙じ茶をいただく。

貼り紙 1時間弱かけてランチをいただいた後、二三味珈琲のカフェに向かった。
 珠洲市でランチを食べた理由のもう一つが、こちらのカフェなのである。映画「さいはてにて」のモデルになった珈琲豆のお店が開いたカフェがあると知り、そこで珈琲を飲んで珈琲豆を買って帰りましょうと計画したのだ。
 ところが!
 カフェの前まで行ったところ、8月24日から9月8日までお休みしますという貼り紙があった。
 脱力である。ショックである。

 しかし、お休みなものは仕方がない。
 すぐ側にある飯田栄町のバス停を13時11分に出るバスに乗り、本日の宿であるホテルのときんぷらに向かった。チェックインが15時以降なのは知っていたのだけれど、荷物だけ預かってもらって九十九湾の遊覧船に乗ってこようと思ったのだ。
 路線バスなので、細い道や海沿いの道を走ってなかなか気持ちがいい。
 14時過ぎに「勤労者プラザ前」バス停に到着した。ここからホテルのときんぷらまでは歩いてすぐである。

のときんぷらのお部屋 早めにチェックインさせていただく。
 遊覧船のことを聞いてみると、問い合わせしてご連絡しますと言ってくださる。有り難い。
 夕食を19時からお願いし、明日の朝食の時間について聞かれたので、バス停(特急バスが止まるバス停はちょっと歩ける距離ではないのだ)までの送迎をお願いしていることを伝え、バス停までの所要時間等をお尋ねしたところ、バス停よりもずっと先の、のと里山鉄道穴水駅まで送ってくださるとおっしゃる。本当に有り難い。
 ホテルのときんぷらでは、チェックインの段階ですでにお部屋にお布団が敷いてある。
 夕食は別の場所でいただくので、つまりチェックインした後は宿の方はお部屋には来ないということだ。これは気楽である。

遊歩道 その後、16時に遊覧船が出るので間に合うようにお送りしますと言っていただき、それまで1時間近くあるので、九十九湾にお散歩に行くことにした。
 のときんぷらは九十九湾にあるお宿だけれど、残念ながら建物から海は見えないのだ。
 こんな感じの遊歩道を下って行くと、突然母が「あっ!」と叫んだ。何かと思ったら、赤い動くものが見え、「セアカゴケグモかも! そしたら毒があるわよ!」と言う。
 しかし、よくよく近づいて見てみれば、それは、アカテガニだった。後でホテルの方に聞いたところでは、基本的に山に生息している蟹で、8月の満月の夜には卵を産むために海に一斉に向かうのだそうだ。
 母の叫び声の方にびっくりしてしまった。

九十九湾九十九湾

 その遊歩道を10分か15分くらい下ると、海際に出ることができた。
 九十九湾である。
 景色も綺麗だし、何より、海の水の透明度が高い。底の底まで見ることができる。

飛んだ 遊覧船の時間があるので、そう遠くまでは行けないけれど、海際の遊歩道はぜひ歩いてみたい。
 少し行くと釣り筏があって、そこに名前はよく判らないけれど鳥が何だか悠然と歩いていた。鷺だろうか。
 何だか気になってじーっと待っていたところ、行ったり来たり歩いた後、ふわっと飛んで行ってしまった。
 立っているところもなかなか優雅だったけれど、羽を広げるとちょっといい感じの鳥である。

ジェラート 帰りは登り坂になるので少し余裕をみて戻った。
 しかし、暑い。
 時間もあるので、ロビーで売られていたマルガージェラートをいただくことにした。
 「ミルク」と「のとプレミアムミルク」があったらそれは「能登プレミアムミルク」を選ぶでしょう、とこちらを選ぶ。ジェラートなので、「プレミアム」と歌いつつさっぱりとしていて美味しかった。

 その後、海中公園 九十九湾観光船上野まで送っていただいた。バス停だと越坂が最寄りになるようだ。
 遊覧船乗り場の海もやはり透明度が高い。
 しかし、何故か乗り場の近くにはお魚の姿が全く見えないところが不思議である。チケット売場の方も一緒に来てくださって「あら、本当にいないねぇ。おかしいね。」とおっしゃっていた。

遊覧船遊覧船

 宿の方もご一緒して最初は3人での貸切状態だった。
 その後、同じく九十九湾にある百楽荘から3人乗船した方がいらして、6人で進む。曇ってきてしまったのが残念だけれど、いい眺め、そして、いい風である。

生け簀生け簀 そして、遊覧船は船長のおじさんが持っているという生け簀に到着した。
 アトラクションである。
 おじさんが用意していた南瓜はこのためだったらしい。その南瓜や、トマトなどを生け簀に投げると、もの凄い勢いで魚たちが寄ってきて争うように食べる。というよりも、本気で争っている。
 おじさんが「どんどんあげていいよ」とおっしゃるので、ついつい調子に乗って南瓜などの野菜を投げては寄ってくる魚の写真を撮りまくる。
 魚の種類なども教えてもらったけれど、蛸以外は全く覚えていない。
 鰺の生け簀に手を入れると、鰺が寄ってきて突いたり、指を噛んだりしてくるのも面白かった。何というか、尖ったプラスチックみたいな感触で全く痛くない。これで足を入れたらドクターフィッシュかしらなどと思う。
 ちなみに、この生け簀にいるお魚たちは観賞用で、食べることはないそうだ。ちょっと安心である。

人面岩シダ 生け簀にいたお魚は、野菜の食べ過ぎか丸々としていて、一頃流行った人面魚みたいだった。
 こちらは、「人面岩」だそうだ。確かにツンと鼻を高くした人の顔のように見える。可笑しい。
 そして、この海岸沿いに群生しているシダは、何かでとても珍しい(と船内放送が言っていた)そうなのだけれど、何がどう珍しいのか、何という名前のシダ植物なのか、どうしても思い出せない。我ながら、そんなことばっかりである。

 先ほどの「人面岩」もそうだったけれど、「波岩」も、船内放送のテープではなく、船長のおじさんがボソっと指さして教えてくれた。
 何だかそれも可笑しい。
 そして、確かに先ほどの岩は人の顔だし、こちらの岩は大波が襲いかかってきているように見える。

立山連峰コーラル号

 海上からは遠く立山連峰の山並みも辛うじて見ることができた。ただ、これも後で聞いた話なのだけれど、海の向こうに立山連峰が見えるときは、お天気が下り坂のときなのだそうだ。
 いずれにしても、この写真だと確認するのが難しいかも知れない。
 コーラル号に乗っての九十九湾遊覧を45分間たっぷりと堪能することができた。

露天風呂大浴場 ホテルに戻って、夕食の前にもちろんお風呂である。
 のときんぷらの大浴場は温泉ではないけれど、日本海の小木沖の水深320mから取水した「のと海洋深層水」を利用しているという。美肌・保湿・温浴効果が高いとなれば、ほとんど温泉のようなものだ。
 当たり前だけれど無色無臭である。味は判らない。
 そして、日の高いうちにのんびりお風呂に入れるなんて最高である。しかも、ずっと貸し切り状態という贅沢さだった。

 ところで、部屋にあったご案内に、のと里山空港を利用して能登町内に泊まった人には、一人2000円の助成金が出してもらえ、しかも泊まった宿での手続きが可能と書いてあった。
 夕食前にフロントで確認したところ、通常は宿泊料金と相殺という形で処理しているようで、私はカード決済で予約していたので、フロントの方々が困った顔をしている。
 それならばと、夕食のときの飲み物やお土産物屋さんでの買い物でも可能かと聞いたところ大丈夫ということだったので、4000円分(母との二人分)使おうではないかと決心した。

 その夕食は19時から、古民家を移築した「もちの木亭」での炉端焼きである。
 能登の日本酒も色々と用意されていたのだけれど、炉端焼きならビールでしょうと母と二人で生ビールを頼む。
 最初にお刺身が出てきて、後は野菜、魚介、お肉が並べられ「お好きに焼いて食べてください」ということになった。
 のときんぷらでは会席料理を選ぶこともできるし、素泊まりも可能で、どうやらこの日に炉端焼きの夕食を選んだのは我々とあとご夫婦一組だけだったようだ。

お肉炉端焼き

 炭火でじっくりと焼いては食べる。
 また網の上に食べたい物を並べ、焼いては食べる。
 その繰り返しで、とてもではないけれどご飯やお味噌汁が入る余地はなく、90分かけて炉端焼きを堪能した。
 美味しい。

 ここで私はビールを飲み過ぎたらしい。
 もう1回、大浴場に行こうと思っていたのにいつの間にか眠ってしまっていたらしく、ふと目が覚めたらお布団の上で(つまりはお布団をかけることもしないでいたらしい)、部屋は真っ暗になっていた。
 時計を見たら23時半である。
 辛うじて歯磨きだけして、そのままお布団に潜り込んだ。

-> 能登旅行記2日目その1

 2015年9月13日記

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