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2016.04.29

八重山旅行記2日目その1

2016年3月12日(土曜日)

 朝は6時に起きた。まだ外は暗くて、空模様はよく判らない。随分と西に来ているのだなぁと思う。
 テレビをつけてだらだらと明るくなるのを待つ。何度見てもテレビの天気予報は「曇り」だし、6時半過ぎに明るくなってきたので外を見ても、やはり雲が広がっていて雲の切れ間というものがない。

朝食 朝食は7時からと指定されていて、行ってみると入口に10人くらいの行列ができていた。
 ちょうど後ろに並ばれた方とお話ししたら、ご夫婦で個人旅行されており、昨日は仲間川でカヤック(カヌーだったかも)を楽しまれたという。やはり沖縄を楽しむにはレンタカーなのかしらと思う。
 朝食では黒糖フレンチトーストのできたてが供されていて、もちろんいただく。パッションフルーツのジュースもとても美味しかった。私にしては控えめな盛りのつもりである。

ホテル 朝食後、少し時間があったのでホテルの中庭や、すぐ目の前にある砂浜に降りてお散歩した。
 このホテルの目の前の砂浜は「月ヶ浜」とも「トゥドゥマリ浜」とも呼ばれていて、後者は「神がとどまる浜」という意味だという。
 今日は大きな荷物はホテルで預けると石垣島フェリーターミナルまで運んでもらえるそうだ。部屋に戻って荷造りし、8時半の集合時間までにロビーに降りた。

 集合時刻には余裕をもって降りた筈が、母が「シーサーが買いたい!」と言い出し、ホテルにお土産物屋さんのシーサー売場から離れようとしない。「そろそろ時間だよ!」と散々急かし、母が選んだのが、こちらのシーサーである。
 バスがホテルを出発してすぐ、梅子だったかとにかく「梅」の字の付く焼き物の工房が見えたので、西表島来島記念ということであれば、そちらのシーサーを購入しても良かったかも知れない。

海中道路 バス車内では、運転手さんがガイドも務め、色々とお話をしてくださった。
 例えば、西表島には小学校が6校、中学校が4校あるそうだ。島内に高校はないので、高校進学時には沖縄本島に行くか、あるいはさらに遠く九州まで行って下宿するという。そのまま島に帰ってこない若者も多いそうだ。
 この道路は通称「海中道路」と言われて、海の中を突っ切っている。この道路ができるまで、西表島の東部と西部は陸路で結ばれておらず、舟で行き来していたそうだ。
 海中道路からは、ピナイサーラの滝やサンガラの滝を遠くに見ることもできる。ここ数日、西表島は雨がちで、滝の水量がいつもよりも多いと言っていた。

 そして、もちろん、一番多かったのがイリオモテヤマネコのお話である。
 もっとも、イリオモテヤマネコは夜行性で、我々が昼間の時間に見ることはまずできないらしい。西表島の道路にはところどころに看板が立っており、それは「イリオモテヤマネコが出没した」場所に立てられているという。
 だから車の運転には気をつけましょうという趣旨で置かれているけれど、逆に観光客が「この看板のあるところでイリオモテヤマネコが見られるかも知れない」と看板の辺りをひたすら往復する例などもあって、看板にも功罪あるというところのようだ。

 警察が発表する交通事故数の看板にも、「イリオモテヤマネコの死亡事故」件数が書かれている。
 運転手さん曰く「西表島では人間が交通事故に遭ってもニュースにならないが、イリオモテヤマネコが交通事故に遭うと全国ニュースになる」ということだった。
 確かに、と思う。
 西表島のゼブラゾーンは、異音を発生させてイリオモテヤマネコを驚かせ、それで交通事故から守ろうという発想で作られているらしい。
 ちなみに、昨年のイリオモテヤマネコの交通死亡事故は3件、今年はまだ3月なのに既に1件の事故が起きているという話だった。

水牛車 9時すぎに美原に到着した。ここから水牛車で由布島に渡る。
 バスを降りると雨が止んでいて、傘を差さずに済むのは有り難い。
 ツアーメンバーは二手に分かれ、水牛車に乗り込んだ。我々が乗り込んだ水牛車を引っ張るのはゆうと君で、9歳だという。
 彼らは浜では絶対に排便等々をしないようにしつけられていて、つまりは海中で立ち止まったときはその手の御用を足している可能性が高いそうだ。でも、草しか食べないので臭くないと言うけど本当だろうか。

 この時刻は満潮に近かったので、かなり水深がある。ゆうと君もご苦労な感じではあったけれど、10人くらいの人間が乗った車など彼らの力の前には全く問題ではないそうだ。
 我々が乗った水牛車を担当してくださったのは少し年配の男性で、海を半ばまで渡ったところで三線を取り出し、安里屋ユンタを歌ってくれた。担当の方々の中でも、三線を弾きながら歌う方も歌わない方もいるし、歌う歌も色々と違うらしい。そう聞いて何だか得した気分になった。

由布島ハイビスカス

 由布島は、かつては竹富島等から移り住んだ人々で栄えていたけれど、昭和44年の台風で大きな被害を受け、ほとんどの島民が西表島に移り住んだそうだ。しかし、西表正治夫妻が島に残り、水牛を頼りにお花を植えたり椰子を植えたりして、由布島を植物園に作り上げたそうだ。
 何だか凄いお話である。
 由布島には、お花が植えられ、散歩コースが作られ、蝶が飛ぶビニルハウスがある。
 添乗員さんによると、西表島にはなかなか大人数が一度に食事できる場所がないので、由布島のレストランで昼食というツアーも多いそうだ。

オオゴマダラオオゴマダラ

 到着したところでレイを首にかけてもらい、そのまま園内に入ったところで順番に「本日のモデル」である水牛ちゃんと記念写真を撮った後、僅か20分ほどではあるけれど自由時間となった。
 その「自由時間」に、ぜひ蝶々園には行ってくださいと案内される。蝶々園には「オオゴマダラ」という日本最大級の蝶々がいるのだ。
 蝶々園はビニルハウスのようになっている。お花が咲き、蝶々が無数に飛んでいる。鱗粉系が駄目な人は行かない方がよさそうだ。

金色のさなぎ ここでびっくりなのは、蝶々の大きさだけではない。
 この蝶々はさなぎのとき、金色をしているのだ。
 そう聞いて「眉唾だよ」と思っていたら、本当に金色のものが枝からぶら下がっていて驚いた。確かに「金色のさなぎ」である。
 オオゴマダラという無彩色の蝶々と金色のさなぎを満喫した後、島の奥まで行っている時間はなかったので、近くにあったマングローブの遊歩道を歩き、水牛車の待合所に戻った。

 これまた「余裕で戻って来られたわ」と思っていたら、由布島に上陸してすぐ記念撮影した写真が欲しいと母が言う。
 え? 欲しいの? と思ったけれど、母のご所望とあらば購入しようというものだ。せっかくなので加工できるようにCDに焼いてもらったら、これが思いの外時間がかかり、帰りの水牛車に間に合わないのではないかとヒヤヒヤものだった。
 お店の方も「ツアーの方ですよね?」と焦ってくださったけれど、我々が焦ったところで、のんびりとCDに書き込むスピードが上がる訳でもない。
 それでも、ギリギリで間に合ってほっとした。

こじろう 帰りの水牛車を引っ張ってくれたのは、こじろう君で、おじさん曰く「一番のハンサムで一番人気」だそうだ。
 そうと聞いたら、記念写真撮影にも力が入ろうというものだ。西表島に戻ってきてから結構必死で写真を撮ったけれど、なかなかイケメンらしく撮ることができなくて、こじろう君には申し訳なかった。
 由布島への往復の水牛車は、もう本当に引いてくれる水牛たちの気分次第のところがあって、立ち止まって動かなくなり片道30分もかかることもあれば、今回のように水深にもめげずに15分弱で渡らせてくれるときもあるそうだ。
 添乗員さんが、バスに戻ってから「今日は水牛くん達もがんばってくれて」とほっとしたように話していたのが可笑しかった。

 車窓からは牛が飼われている野が見える。西表島にいる黒毛和牛は仔牛のうちに全国に送られ、それぞれの産地で育てられて「ブランド牛」として売られるそうだ。毎月、12日と13日に石垣島で仔牛の競りがあるという。
 今日も何頭か何十頭かは判らないけれど、西表島から競りに掛けられている仔牛がいるんだろう。
 次に向かう仲間側マングローブクルーズの乗り場までは30分ほどだ。

日本最南端の信号機 運転手さんは「何でもない信号機ですよ」と言ったけれど、それでも写真に撮ったこの信号機は「日本最南端の信号機」である。
 運転手さん曰く「車が3台並んだら渋滞」という西表島に信号機があるのは、島外に出たときに困らないよう子ども達を教育するためだという。今は日本最南端の島である波照間島に信号機がないので、この西表島大原にある信号機が「日本最南端」だという話だった。
 ふと、日本最北端の信号機はどこにあるのだろうと思う。

 11時過ぎに、仲間川マングローブクルーズの乗り場に到着した。
 ツアー全員で、イリオモテヤマネコの帽子を被った船長さんが操縦する舟に乗り出発である。
 舟の両脇には風よけ寒さよけにビニルのカーテンが下げられていたけれど、満場一致でそれをくるくると巻いて上げ、景色を楽しむことになった。

マングローブマングローブ

 船長さんの説明によると、「マングローブの木」という木はなく、「河口汽水域の塩性湿地に成立する森林のこと(Wikiより)」なのだそうだ。
 マングローブの林を構成する木は日本には7種あり、メヒルギ、オヒルギ)、ヤエヤマヒルギ、ハマザクロ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、ニッパヤシである。西表島にはその全てが生育している。
 川の両岸にそのマングローブを見ながら舟は進む。
 随分とすれ違う舟が多いと思っていたら、この日の西表島には観光客が1000人も来ているそうだ。西表島の人口が2300人くらいだというから、いきなり1.5倍である。
 しかも、潮の関係で午前中しか舟を出すことができず、それで大混雑しているのだ。

サキシマスオウノキ しかし、ラッキーなことに、我々がクルーズの目的地であるサキシマスオウノキに続く桟橋に着いたときには、他の舟はいなかった。
 サキシマスオウノキを独占である。
 このサキシマスオウノキは日本最古と言われていて樹齢は推定350年とも400年ともいう。板状の根っこが特徴で、このサキシマスオウノキの場合は最大で高さ3mはあるそうだ。
 こんな木がクルーズの先に待っているとは知らなかったので、かなり驚き、かなり堪能した。

しじみ 帰りの船中で船長さんが回してくれたのが、このしじみである。
 仲間川で採れると言う。
 ただし、お味の方はかなりかなり今ひとつらしい。船長さんは話のタネにということか食べてみたそうで、「とにかくもの凄く臭い」と感想を述べていた。

 「川と海の境目はどこでしょう」というクイズもあって、さて、別に線が引いている訳でもないしと思っていたら、答えはある意味もの凄く簡単で、「橋がかかっている場所が川と海の境目」という話だった。
 河口に橋がない場合はどうなるんだろうとか、今になってみると色々と疑問の残るクイズの答えだけれど、そのときは、仲間川にはいかにも「海と川の境目」といった場所に橋がかかっていることもあって、特に疑問にも思わなかった。

 さて、これから大原港から小浜島に向かい、昼食である。
 そういえば、ホテルの方によると、島の西部というか北部にある上原港は風の影響を受けやすく、10月から4月の間はほぼ2/3は欠航してしまうという。
 だからなのか、今回泊まったリゾナーレ西表島は上原港からの方が断然近いのに、西表島への出入りは大原港からだった。

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