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2016.12.04

京都旅行記(2016)1日目その1

2016年11月20日(日曜日)

 6時過ぎに起床した。
 グラノーラとミルクティ、果物で朝食にする。お湯を沸かしたついでに、携帯マグに焙じ茶を入れて持って行こうと急須にお湯を入れたら「ピシっ」という音がしてお湯がぽたぽたと漏れ始めた。
 うわ! と慌てて急須の中味を流しにあけ、ひっくり返してみたら底にヒビが入っていた。
 「この旅行と、私の**歳1年分の厄落としが済んだ」と思うことにする。

 ミラコロを転がして家を出る。いいお天気だ。
 昨日だったら大雨の中を出発する羽目になっていた。我ながら悪運が強い。京都に着いてからも青空が拝めれば嬉しいけれど、それは天気予報を見る限りは難しい。夕方から雨の予報である。
 8時15分過ぎくらいに東京駅に到着した。
 そのまま地下に降り、グランスタで、eashionのスペイン産ベジョータイベリコ豚重弁当を購入した。

 行きの新幹線は、JR東海ツアーズの「ぷらっとこだま」を利用した。
 ぷらっとこだまにはワンドリンク券が付いている。こだまに車内販売はないので乗車前にJR東海系の売店で飲み物を買うことになる。お弁当を購入した後はさっさと新幹線の改札を通った。
 切符ではなく「ツアーチケット」なので、有人改札を通る必要がある。

 新幹線ホームにある売店にワンドリンク券が使える旨の掲示があった。イベリコ豚には赤ワインだろうと、ワンドリンク券に170円を足して購入する
 こだまは出発の15分前くらいに入線した。
 待合室から見ると乗車口がひどく混雑していたので空いてから行こうとのんびりメモなど付けているうちに、出発時間ギリギリになってしまった。どうやら乗車口が混雑していたのはツアーのお客さんが集中していたためらしい。
 ここで乗り遅れたらシャレにならない。

富士山 8時56分の定刻に発車したこだま641号は、あちこちの駅でひかりやのぞみの通過待ちをしつつ、気分的にはのんびりと進む。
 二人並び席の通路側だし、久々に新幹線に乗ると前後の座席間隔が広く、リクライニングもためらわずにできるし、ゆったりできる。
 三島ー新富士間で大きく迫って来た富士山を堪能する。
 新富士駅と岐阜羽島駅で通過待ちの際ホームに出てみたら、コートがいらないくらい暖かかった。

お昼ごはん 今日は夕食も早めだし、12時44分に京都に到着するので、11時半前にお弁当を広げ、赤ワインを開けた。
 醤油で甘辛く味付けされたイベリコ豚が美味しい。味が濃く、赤ワインとよく合う。
 明るいうちからお酒をのんびりちびちび飲むっていいなぁと思いつつ、お弁当も完食、赤ワインのボトルも空けた。
 満足である。ちょっと酔っ払ったかも知れない。

 名古屋辺りから曇りつつあったお天気は何とか保ったまま、京都に到着した。
 烏丸口に向かって歩いている途中、京なびの看板を見つけて立ち寄った。結構な混雑ぶりである。
 京都一周トレイルの公式ガイドマップのうち、東山コースを購入する。
 「今日、これから龍安寺に行きたいのですが。」と相談したところ、50番の立命館行きのバスで終点まで行き、そこから歩くよう教えてくれた。

 本日の宿は京都駅近くだ。ミラコロを駅のコインロッカーに預けても良かったけれど、できればチェックインをしてしまいたい。
 何度か宿に電話したけれど誰も出なかったので、「この際行ってみよう。」と宿に向かった。
 本日の宿は、京都駅前 お宿 みつばで、本当に駅から徒歩数分である。近い。
 何とか宿の方とお話しすることができた。荷物を預かってもらうことにし、22時前にはチェックインしてくださいというお話があって、観光に出発した。

 コートを着ていると暑いくらいの気温だ。
 バス乗り場に行くと「龍安寺に行くなら59番のバス!」と案内のおじさんに言われた。よく聞くと立命館から龍安寺までバス停一つ分だと言うし、ちょうど立命館行きのバスも来たし、おじさんが指差したバス停は結構な行列が出来ていたので、そのまま50番の立命館行きのバスに乗る。
 日曜の13時過ぎだったこともあり、ほとんど渋滞に巻き込まれずに済んだ。二条城の辺りで多少混雑したくらいで、30分の予定のところ、10分遅れで立命館に到着した。
 バスが来た道をそのまま10分ほど下れば龍安寺である。

龍安寺 龍安寺に入ってすぐ、紅葉の木々が迎えてくれた。
 もう、いきなり満足である。
 参道は鏡容池に沿って設けられており、池の端にある木々が紅葉し、水面に映っている姿も綺麗だ。
 横を歩いていた若い男の子たちが「嵐山よりこっちの方が全然綺麗だ」と言っているのが聞こえてきて、こちらにきて正解だったとちょっと得意な気持ちになる。
 確かにトンネルのようになったもみじが赤く染まって綺麗である。見頃だ。

参道龍安寺垣 龍安寺と言えば石庭、以上、という印象しか持っていなかったので、方丈に至る参道が意外と長く続いて驚く。
 境内はかなり広いらしい。
 そもそも鏡容池を境内に抱え込んでいるのだから狭いはずがない。
 紅葉も一斉とには行かないのか、庫裏に上がる階段、両脇に組まれた龍安寺垣でも有名(らしい)この場所では、まだ緑色の葉がほとんどで、僅かに黄色く色づいた葉が覗いているという感じだった。

 方丈にあがると、入ってすぐ左手に石庭の模型があった。
 その模型の向こうに紅葉が見えている。実物は「石の配置」を見ることができないので、ここで俯瞰して見せてくれているということだろう。
 その反対側に売店があり、御朱印をお願いしたところ「15分くらいかかります。」と案内があった。入ったときにお願いして帰り際にいただくのがちょうど良さそうである。

 石庭である。
 初めて見る。思ったよりも狭い。こちらは「虎の子渡し」だし、正伝寺の「獅子の子渡し」のお庭と同じくらいかと思っていた。
 もしかしたら広さは同じくらいかも知れないけれど、比叡のお山という借景がない分、こちらの方が「広くない」ような気がした。
 閉じられた、完結した場所という感じである。

 広縁というのか、石庭に向かって開かれた場所は、人だかりがしている。ずらっと並んで座ったり立ったりお庭を眺めている人は、多分半分くらいが日本人、4割くらいがアジアからの観光客、残り1割が欧米からの観光客、といったイメージだ。
 「15個の石を一度に見ることはできないんだよ。」という声も聞こえてくる。
 全ての石を見ることができるポイントもあるという話も聞くけれど、実際のところはどうなんだろう。

 一番前に座って、自分の位置を低くしてお庭を眺めたり、柱の陰に立ってお庭を眺めたり、左から右から、色々な角度から眺めた。
 石と砂だけのお庭で、土塀の屋根(でいいんだろうか)に散ったもみじが鮮やかだ。
 このお庭を作った人は判っていないそうで、作った本人も何百年も後にこんなに観光客が集まり、「石が全て見えない」ことがこんなに人の口の端に上るとは思っていなかっただろうと思うとちょっと楽しい。
 もしかすると、自分はそんなことは意図していないと怒っていたりするかもと思えば、なお可笑しい。

襖絵 あまり見ている人はいないものの、石庭の背後にある方丈の襖絵も見事である。中に入って鑑賞することができないのがちょっと残念だ。
 そして、広縁からではなく、このお部屋の中からは石庭がどういう風に見えるのか、ぜひ見てみたいと思う。
 実は、龍安寺は公開されているところが非常に少ない。建物の内部、お部屋の中を拝見することができるのは、方丈のこのお部屋だけだったと思う。

グラデーション 石庭の向かって右側、その奥にこちらのお庭が続いていた。
 苔が一面に生え、そこに赤から黄色へのグラデーションになって葉が散っている。
 ここまで計算して植えてあるとしたら何て凄い計算なんだろうと思う。
 広縁から降りて地面と同じ高さから見ることもできる。そうすると、余計に、苔の上に散ったもみじの葉が印象的だ。
 石灯籠に三日月のようにも見える型が抜かれているのも、何だか不思議な感じである。

茶室つくばい そのまま方丈を回り込み、石庭とちょうど反対側につくばいがある。
 真ん中の水が溜まっている四角い部分を「口(くち)」に見立て、それぞれ「吾」「唯」「足」「知」という四文字の旁や冠が彫られている。凝った造りである。
 「足るを知る」というのは、お寺っぽいし、茶道っぽい言葉だなぁと思う。
 このつくばいは、水戸黄門が寄進したと伝えられているそうだ。諸国漫遊の最中に・・・、という訳ではないだろうけれど、実際に龍安寺に来たことがあったのだろうか。
 このつくばいで身を清め、紅葉した木々の奥にある茶室に進んだと思われる。

 方丈を一周し、お願いしてあった御朱印帳を受け取り、龍安寺限定のお線香と、紅葉の龍安寺の絵はがき(写真ではなく絵が描かれている)を買い求めた。
 石庭の手ぬぐいがあると聞いていて、そちらも欲しいと思っていたのにすっかり忘れていたのが今でも心残りだ。
 そういえば、「御朱印をいただく前にお参りするのがマナー」だけれど、龍安寺でお参りをしたという記憶がない。全く以てお恥ずかしい限りだ。しかし、そもそも一体どこでお参りするべきだったんだろう???
 我ながら、とんでもない拝観者もいたものである。

鏡容池

 龍安寺境内にある西源院という湯どうふのお店の横を通り、まだ15時前なのにかなり暗くなったように見える鏡容池の紅葉を眺め、1時間ほどで龍安寺を後にした。
 そのまま、きぬかけの路を下って行く。仁和寺まで15分以上も歩いたと思う。どちらも大きなお寺だし、たとえ隣り合っていたとしても入口と入口の間は距離があって当然である。
 仁和寺というと、「仁和寺の翁」という言葉が頭に浮かぶ。浮かぶけれど、それが何だったのか全く思い出せない。ネットで調べてみたところ、どうやら徒然草に出てくる「仁和寺の法師」が私の中で勝手に変換されてしまっていたらしい。

二王門 仁和寺の二王門は、車道に面して建っている。京都ではこれはかなり珍しいらしい。境内の敷地が足りない訳でもないのに、どうしてこういう配置にしたのだろう。不思議だ。
 門を入ってすぐの左手に拝観受付がある。もう15時半を回っていたので、期間限定で公開されるという霊宝館は諦め、御殿の分だけ拝観料をお支払いした。
 未だにこの「御殿」が何を指している言葉なのか、よく判らない。「宸殿」がその一部であることは判る。どういう場所のことを「御殿」と言っているのだろう。

御殿入口 受付横すぐのところにある入口から御殿に入る。
 建物に至る道沿いに、砂が敷かれ、箒目がついて掃き清められている。
 中に入る前、御殿の入口の横で御朱印をいただいた。またしてもお参り前に御朱印をいただくということになってしまった。しかし、仁和寺は本当に広くて、金堂は二王門から真っ直ぐ奥に進んだその一番先だ。お目こぼしいただきたい。

 靴を脱いで入り、白書院まで歩く。
 今回、京都トレイルを歩こうとトレッキングシューズで来ているので、この建物にあがるというのが意外と面倒である。京都で脱ぎ履きに時間のかかる靴は面倒だということは重々承知しているけれど、靴を2足用意するのも面倒臭いし荷物になる。
 混んでいるときには、本当に周りの方に申し訳ないけれど、こちらもご容赦いただきたい。

 白書院まで行くと、南庭が広がっていた。
 何というか、周りにもみじなども植えられているけれど、ひたすら箒目の鮮やかなお庭である。これだけくっきりと縞が浮かび上がっているお庭はあまり見ないような気がする。それくらい、深く鮮やかな箒目だ。

南庭

 勅使門が一際目立って見えていて、もちろんその勅使門の前の箒目も鮮やかな白砂である。
 実際にこの門が開かれて使われるとき、門をくぐった方はどこをどう通ってどこに至るのだろう。門を開くときには、この箒目も模様を変えて誘導するように道を作るんだろうか。
 そして、このお庭のどこから見えたのか忘れてしまったけれど、仁和寺の五重塔をもみじ越しに望める。

 白書院から宸殿に向かう途中、紅葉と五重塔と板塀と白砂の箒目という「四者揃い踏み」のような景色が見られた。
 恐らくこの板塀で南庭と北庭が区切られていて、右側が南庭で、左側が北庭だ。

北庭 記憶が定かでないけれど、この写真は恐らく宸殿から見た北庭である。
 いただいたパンフレットには「池を配した晴れやかな北庭」と説明されている。
 どちらかというと、白砂を敷き詰めた南庭の方が「晴れやか」で、植栽と緑色の池、奥に五重塔を覗かせたこの北庭は晴れやかというよりは重厚という印象だと思う。
 あるいは、青空が背景にあったらまた異なって見えるのかも知れない。

襖絵 御殿は、白書院、宸殿、黒書院が渡り廊下で繋がれた、方向音痴の私にとってはかなり複雑な造りの建物で、この襖絵がどの建物で見たのかすら判らない。
 その上、絵心もないので、描かれている樹木が桜か梅かも判らない。
 ただ、この襖絵を見たときに、お花が白く浮き上がって見えているような気がした。もしかすると、胡粉の蓄光の効果なのかしらと思ったことは覚えている。

霊明殿より 他の建物よりも一段高いところに霊明殿がある。
 屋根の上に見事な宝珠が飾られているというけれど、残念ながら見た記憶がない。
 そもそも、霊明伝の外観を見た記憶がないのだから当然だ。
 ご本尊は薬師如来で、秘仏だという。
 ここから見た北庭がなかなかの絶景だ。
 霊明殿には歴代の仁和寺門跡の位牌がお祀りされているというから、みなさんに見守ってもらっているという意味もあるのかしらと思う。

金堂 御殿を巡った後、後先になってしまったけれど、金堂に向かった。
 真っ赤に染まった金堂に至る道筋を通り、お参りする。
 こう言っては何だけれども、金堂は地味な建物である。御所内裏紫宸殿を移築した建物で、宮殿建築を伝える貴重なものだという。よく言えば大陸的というのか、何だか横に長すぎる気がして落ち着かない。
 ご本尊である阿弥陀如来が安置されている御堂に対して不謹慎だけれど、それが正直な感想だった。

紅葉 この金堂の横にあったもみじが、いっそ毒々しいほどの赤い色をしていた。
 ちょっと怖いくらいの赤だと思う。赤というより、真紅だ。
 この木の前で記念写真を撮っている人がたくさんいた。私はどちらかというと、この奥にあったグラデーションになった紅葉の方が好みだ。
 そうして紅葉の写真を撮っていたら、16時過ぎ、読経の声が聞こえてきた。
 曇っていることもあって、ちょっと暗くなりかけたお寺の境内で聞く読経の声はなかなかの迫力である。これで周りに人がいなかったら、ちょっと怖いくらいだと思う。

修行 声のする方に行ってみると、若いお坊さんたちが数人、般若心経を唱えていた。
 その様子を見守る年配の僧侶が二人いらして、修行の様子を見守っているという感じだ。
 じっと見ていると、交替で主導権を担うようで、一人一人に注意していると声が大きく通るようになったり、小さくウィスパーに近くなったりしている。そして、全体としては同じ声量を保っているように聞こえる。
 修行中の彼らの中には外国人の方もいて、国際的なのだなと思う。

五重塔 16時半過ぎに、日本語と中国語と韓国語で「間もなく閉門」というアナウンスが入った。
 参拝客向けの放送で、こちらもやはり国際的である。
 般若心経をもう1ヶ所分聞き、五重塔経由でゆっくり二王門に戻る。
 17時前に仁和寺を後にして、妙心寺に向かった。

-> 京都旅行記1日目その2

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