2016.05.28

八重山旅行記の入口を作る

由布島にて ここは八重山旅行記への入口である。

 数年前から母に「沖縄の離島に行きたい」と言われていて、やっと念願がかなった。
 今回は青空を見られることが少なかったのがちょっと残念。そして、意外と自分が沖縄にハマらなかったのが意外だった。
 沖縄のベストシーズンっていつなのかしらと思っている。

 1日目 2016年3月11日(金曜日)

 2日目その1 2016年3月12日(土曜日)

 2日目その2 2016年3月12日(土曜日)

 3日目 2016年3月13日(日曜日)


 持ち物リスト(八重山編)

 今回の旅行にかかった費用は一人分約135000円だった。かなりいいお値段なのはちょっと高級なツアーに参加したからだ。
 ここにはツアー代、食事代(飲み物やおやつなど)、交通費(自宅から最寄り駅まで)等が含まれているが、お土産代は含まれていない。

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2016.05.22

八重山旅行記3日目

2016年3月13日(日曜日)

 5時に目が覚めた。
 二度寝を決め込んで、本格的に起き出したのは7時である。
 母と大浴場に行ったら貸し切り状態だった。カメラを持って来れば良かった! と思う。温泉ではないし、朝風呂を楽しもうという人は案外と少ないらしい。

ホテルの部屋から 起きたときから、何となく青空が見えるかも! と思っていたら、大浴場からお部屋に戻ってベランダに出てみると、青空がかなり広がっていた。
 嬉しい。
 やはり、太陽の光の下では海の色も明るく濃く見えて嬉しい。これが見たかったのよ! と母と二人で興奮し、写真を撮りまくった。
 海の向こうに見えているのは竹富島である。近い。

朝食 朝食は8時からという案内で、8時過ぎに行ったらすでに順番待ちの行列ができていた。
 それでも5番目くらいだったので割とすぐに入ることができた。
 相変わらず、旅行に来て朝食がビュッフェだと二人揃って洋食を選んでしまう。今日は朝も遅めだし、川平湾でグラスボートに乗ったらすぐに昼食なので、控えめにしておいた。
 グアバジュースが美味しい。
 普通にドラゴンフルーツが並んでいるところが流石、沖縄である。

海 朝食後、そのままお庭のブール、そしてすぐ目の前にある海まで行った。
 海の水が綺麗である。風はもの凄く強いものの、波はそれほど高くないようだ。
 小学生らしい男の子が裸足で海に入って遊んでいる。ちょっと寒そうだ。そろそろ海開きの石垣島ではあるけれど、何しろまだ3月である。
 お庭の四阿のようなところにブルーと白のリボンで飾り付けがされていて、何かしらと眺めていたら、どうやら結婚式の飾り付けらしいことが判った。
 この強風の中ではちょっと大変そうだ。

もう一度部屋から 売店に寄ってさらに色々とお土産を買い込み、部屋からの海の眺め、竹富島の眺めを満喫し、チェックアウトした。
 10時10分出発で、川平湾に向かう。
 バスガイドさんがいて色々と話してくれたのに、すでにその大半を忘れているところが情けない。バスガイドさんが東南アジア系の顔立ちをしていらして、そのことをネタに随分と笑わせてくれたことを覚えている。確かにパッと見たところ日本人っぽくない感じの方だった。

 川平湾に近づくにつれ、空に雲が広がり始めた。
 しかし、バスガイドさんによると、川平湾の海の色は、あまり天候とは関係ないらしい。雲一つない上天気の日でも美しい色が出ていないときもあれば、曇っていても綺麗なグラデーションが楽しめるときもあるそうだ。
 「川平湾はミシュラン・グリーンガイドで三つ星を獲得しています。」という説明もあった。しかし、実は「ミシュラン・グリーンガイド」が何なのかよく判っていない私である。とにかく「世界的に有名な観光地である」らしい。

川平湾 石垣リゾートグランヴィリオホテルからバスで40分弱で川平湾に到着した。
 まず、ツアーメンバー全員で記念撮影する。
 その後、海岸まで降りて川平マリンサービスのグラスボートに乗り、自由時間が20分くらいあって、集合場所まで上がって来てくださいと指示があった。
 よし、と思う。
 向こうに見える山にも雲がかなり低くかかっているものの、海の色は綺麗に出ている。この海の色は、マリンブルーというのか、エメラルドグリーンというのか、何というのだろう。

 グラスボートに乗り込んだ。
 約30分かけて回る。
 グラスボートの「グラス」の色づけは不要だよと思う。どうして概ね青系統の色が付いているのだろう。

グラスボートから珊瑚

 お魚はもっとたくさんカラフルなものが見られたし、珊瑚も綺麗に見えた。
 写真で再現できないのが残念である。
 引き潮満ち潮の関係で綺麗に見えたり砂が舞い上がってしまったりするようだ。このときはどんなコンディションだったのかよく判らなかった。
 ずっと下を見続けて船酔いが心配になり、外を眺めている方もいらした。

川平湾川平湾

 バスガイドさんから、小指くらいの珊瑚を拾って箸置きにされる方もいる、という話を聞いて、竹富島で拾った珊瑚もあるし、それならと浜に戻ってからしばらく珊瑚を探した。
 バスガイドさんによると、歯ブラシ等でよくよく洗い、漂白剤にしばらく浸け、それからもう一度歯ブラシ等でよくよくこすって洗うと真っ白になるという。ただ、「人骨と見間違うこともありますのでご注意ください。」と冗談半分に言われ、それはジョークにならない・・・、と思った。

 グラスボート乗り場の上から、琉球真珠のお店までは海沿いの散歩道を歩いてすぐだ。
 皆して移動し、お手洗いタイムも含めて30分のフリータイムになった。
 お高いものはお高い。700万円のゴールドっぽいパールがあって、思わず見とれてしまう。
 そういう「いいもの」を見てしまうと、お手頃なお値段の品がよく見えなくなってしまうのも事実で、迷うまでもなく「買えない」という結論になった。
 真剣に買おうと思えば30分は短いけれど、買えないわぁと思ってしまうと30分は長い。店外に出て海を眺めて時間を潰した。

 琉球真珠のお店から30分くらいバスで走り、昼食をいただく和琉ダイニングみふねに到着した。
 このお店は、みんさー織のお店であるみんさー工芸館に併設されている。
 まず最初に、みんさー織の説明を軽く受けてから、昼食会場に移動した。

昼食 メニューは、島野菜と普通の豚とあぐー豚と石垣牛のしゃぶしゃぶである。
 左側が石垣牛、右側のお皿に豚肉が2種類並べられて供された。豚肉は、「違うな」ということは判ったけれど、お店の人の説明をすっかり聞き流してしまい、どちらが普通の豚でどちらがあぐー豚なのか判らないまま食べることになった。
 マヌケである。
 逆に言うと、「こっちの豚肉が異様に美味しいから絶対こっちがあぐー豚」という感じではなかったと思う。もっとも、私の舌がだめだめだというだけのことかも知れない。

 13時40分の集合まで時間があったので、みんさー工芸館の店内を色々と見て回った。
 みんさー織りのお店であると同時に、お土産物も色々と取り揃えられている。琉球ガラスのコップを母と二人分、色違いで選んで購入した。
 これで勢いがついてしまい、八重山上布のテーブルセンターか壁掛けかといったサイズのものを一枚購入した。母と私の趣味が一致した稀有の例だ。涼しげでいい感じである。
 みんさー織りの手織り体験にチャレンジした方もいらした。ちょっと羨ましい。時間に限りがあるので、一番小さくて時間も短くて済むしおりを織っていたようだ。

 みんさー工芸館から石垣島空港まではバスで30分弱である。
 14時過ぎに空港に到着した。15時30分発のANA92便羽田空港行きであとは帰るだけだ。
 カウンターに結構な行列ができていたのでまずチェックインを済ませ、友人にお礼代わりに送るお菓子を探したり、甥っ子たちに海人の空港限定デザインのTシャツを買ったり、やることは結構あった。
 帰宅してから、母と「あまり買い物欲を刺激されなかったね。」と言い合った割に、こうして書き出すと結構お買い物をしていたようだ。

ジェラート 一通りお買い物欲を満足させ、セキュリティチェックを抜ける前に休憩した。
 添乗員さんから「ここが日本最南端のスタバです。」と教えてもらったスタバも気になったけれど、ここはやはり地元・石垣島のミルミル本舗のジェラートを食べるべきだろう。
 空港限定フレーバーもあって迷った末、母は紅いもと塩黒糖、私はマンゴーとミルクという組み合わせにした。
 もちろん、どれも美味しい。大満足だ。

 アナウンスによるとANA92便も満席だったらしい。
 定刻通りの18時15分に羽田空港に到着した。
 羽田空港の出発ロビーに一度上がって夕食のお弁当を購入する。この時間になると「空弁」もほぼ売り切れているということを学習した。ほとんど選ぶ余地がない。
 これまでは、羽田空港から自宅最寄り駅の一つ先の駅までバスを利用することが多かった。しかし、駅から少し離れた場所にバス停があって、少しの距離ではあるけれど歩かなくてはいけないのが面倒である。
 今回、自宅最寄り駅から20分くらいの駅までバスで行ったところ、改札前にバスが横付けされ、こちらの方が便利であることが判った。試してみるものである。

 お天気に恵まれたとは言えないものの、しかし雨に降られることがほとんどなく観光できたのはラッキーだったと思う。
 沖縄に一度行けばハマって何度も行きたくなるかなぁと思っていたら、ハマらなかったのが自分でも意外な八重山旅行になった。
 帰宅してからずっと母は沖縄の天気予報を気にしていて「沖縄って雨が多いのね−。」としょっちゅう言っているのが可笑しい。ハマりはしなかったけれど、お天気リベンジはしてもいいなぁ、次は個人で何とか旅程を組んで行きたいなぁと思っている。

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2016.05.01

八重山旅行記2日目その2

2016年3月12日(土曜日)

 12時半の船で西表島から小浜島へ向かった。
 「ちゅらさん」の小浜島である。大体、船で30分強くらいだ。
 小浜島に到着すると、船に乗ってきた人のほとんどが島内観光バスに乗りこんでいたような気がする。我々ツアーメンバーも何台かのバスに分かれ、一路、はいむるぶしに向かった。
 まずはお昼ごはんである。

ちゅらさん弁当 割と広いレストランに次々と観光バスで乗り付けた人々がやってきて、予め「ちゅらさん弁当」が用意されたテーブルにつく。
 この他に、八重山そばと何種類かのスープをバイキングで自由にいただくことができる。
 お弁当に入っていた海苔の佃煮(あーさー海苔)と肉味噌(あんだ味噌)が美味しかったので、ホテルの売店で購入した。

 昼食後は、30分ほどの島内観光である。バスに乗って小浜島を巡る。
 小浜島には、今さっき昼食をいただいたはいむるぶしと、星野リゾート リゾナーレ小浜島の二つの大きなホテルがある。というか、ほとんどそれしかない。
 小浜島の人口600人くらいのうち、100人がこの二つのリゾートホテルのどちらかで働いているそうだ。もの凄い雇用創設である。ホテルが撤退しちゃったらどうなるんだろうと余計なことを考えてしまう。

シュガーロードちゅらさんの家

 小浜島といえば「ちゅらさん」である。
 ちゅらさんに出てきた、さとうきび畑を貫く真っ直ぐな道「シュガーロード」や、えりぃが生まれ育った家などが紹介される。
 当時、えりぃの家として撮影に使われていたお宅の方は石垣島で暮らしていて、それで自宅を撮影用に貸し出していたそうだ。今は退職されて自宅に戻っているので、えりぃの家は外観を見るだけになっている。
 何とも寛容な話だなぁと思う。

西表島 西表島がすぐ近くに見える。小浜島と西表島との間の「水道」は、マンタがいることで有名だそうだ。
 こんな曇り空だというのに、海の色が綺麗なことに驚く。
 昨日は土砂降りの雨だったそうで、「土砂降りの雨の日に来たのじゃなくて良かった」という、「すっぱいブドウ」みたいな感想が浮かぶ。
 小浜島で印象に残ったのが、お墓である。お墓の一つ一つがもの凄く大きい。4畳半くらいは余裕でありそうだ。
 そして、「墓地」ではなくて、そのお墓がぽつりぽつりとサトウキビ畑の中にあったりするのが不思議だった。

海 島内観光のバスは船の時間に間に合うように港に連れ帰ってくれた。
 14時40分の船に乗り、竹富島に向かう。
 この船は、前の方は室内、後ろの方はデッキ風になっている。1回くらいは外の見える後方席に座ってみようと座ったところ、ほとんど人がいない理由が判明した。燃料のガソリン(?)の匂いが強いし、風が強くて寒いし、そして波飛沫がじゃばじゃばかかる。
 それでも、ガラス越しではない海の景色はやっぱり嬉しくて、海の色が綺麗だよなぁ、晴れていればさぞや、と見飽きずに眺め続けた。

 15時過ぎに竹富島に到着し、そのままバスに分乗して水牛車の乗り場に向かった。
 2台の水牛車に乗って出発である。
 我々の車を引いてくれた水牛のリュータくんはかなり賢い子らしい。御者を務めているおじさん曰く、4日でコースを覚え、もはやおじさんが指示をしなくても、コース通りに歩くのはもちろん、説明が必要な場所では自主的に停車し、おじさんが「(説明は)おわり」と言うと歩き出す。
 4tもあるという水牛車を引くだけでも凄いのに、内輪差も考えて角を曲がっているという。
 そして、話してくれているおじさんがかなり自慢げなのが何だか楽しい。

竹富島の家 沖縄といえば「安里屋ゆんた」で、今回のツアー中も何度となく聴いている。
 その安里屋ゆんたの本場は竹富島だ。この家に住んでいた美女が、どこかから来た役人の妾に望まれたけれど、身分違いを理由に断ったことを歌った歌だという。
 水牛車の内側には、標準語で歌詞が書かれた紙が貼られ、おじさんは八重山の言葉と標準語と両方で安里屋ゆんたを歌ってくれた。
 そして、この家の形は竹富島(八重山だったかも)の伝統的な家屋の形で、家に玄関はなく、かならず東西(だったと思う)に風が抜けるように建てられ、庭に入った家の前には塀が建てられている。

お祭り会場 竹富島では、11月5日から6日にかけて沖縄の踊りをひたすら踊るお祭りが行われている。この広場がその主な会場である。
 紅型の衣裳が凄いらしい。
 ステージで踊った後、集落の家々を回って踊り、お酒をご馳走になり、その家の長男を最後に胴上げする。
 御者をしていたおじさんはどうやら集落の「世話役」のような方だったらしく、毎年おじさんの家は最後に踊りの方々がやってきて、もちろんその頃には踊り手の方々はへろへろのぼろぼろで、おじさんはこれまでに胴上げの途中で落とされ、2回も骨折しているそうだ。

 沖縄返還のとき、竹富島の人口は220人くらいで、最年少の方が70代だったそうだ。
 その後、人口が増えて今は300人くらいが住み、小中学校の生徒が合わせて43人いるという。小中学校の規模は小浜島と同じくらいだ。
 竹富島の今の最長老の方は103歳で、高齢化率は高いけれど、寝たきりの人は一人もいない。「健康長寿の島」だ。

 街並み保存のため、家を建てたり建て替えたりする際は、瓦屋根で平屋で石の塀を作ることが義務付けられている。アスファルト舗装も禁止で、家の前の白砂の道を毎日お掃除するのが「務め」だそうだ。
 おじさん曰く「雨が降っていると、道を掃除しなくていいから嬉しい。」そうだ。
 竹富島に電気と水道が通ったのは昭和47年以降のことで、それまで、集落は井戸を中心に作られ、月明かりで歩けるように白砂の道にしていたという。
 おじさん曰く「集落の周りのアスファルトの道を、我々は”高速”と呼んでいる。」そうだ。

水牛車 竹富島には駐在所もなく、たまにおまわりさんが小浜島からやってくる。
 竹富島は、犯罪検挙のない島でもある。
 おじさんが子供の頃などは、何か悪いことをして見つかったら村八分にされ、袋叩きにされたそうで、とてもじゃないけれど罪を犯そうなどということは考えられないらしい。

 竹富島のお墓も「亀甲墓」といってかなり大きい。
 1月16日は「あの世のお正月」で、親類縁者一同がお墓に集まり、三線を引いて歌い踊って過ごすから、島の人達に「お墓が怖い」という感覚はない。
 そもそも、お墓が大きいのは、あの世で人々が集まれるようにという考えからだ。
 約30分、水牛車に揺られながら聞いたおじさんのお話がとても面白かった。

カイジ浜 バスに乗ってカイジ浜へ向かった。
 「星の砂」の浜である。
 星の砂は波に運ばれて砂浜まで来るので、あまり踏み荒らされていない場所に手のひらを付け、手のひらにくっついてきた砂の中から星形のものを探すのがコツだと教わる。
 お兄さん達に「下ばかりじゃなくて、海も見てくださいね〜。」と言われて顔を上げたら、本当に綺麗な色と水の海でしばし見とれた。
 しつこく繰り返すと、お天気が良かったらなぁと思ってしまう。

 竹富島観光はこれで終了である。
 16時40分に港に送ってもらい、45分発の船に乗る。全てが船の運航時間に合わせて計画され、システマティックだ。
 個人旅行で再訪するなら竹富島が楽しそうだなと思う。実際、道を歩いている観光客の姿を見たのはほぼ竹富島だけと言ってもいいくらいだ。
 石垣島まで船で30分もかからず、八重山観光の拠点となる石垣島から近いのも高ポイントだ。

石垣リゾートグランヴィリオホテルのお部屋 17時10分くらいに石垣島に到着し、フェリーターミナルでキャリーケースをピックアップした。
 本日の宿である石垣リゾートグランヴィリオホテルまでバスで20分くらいだ。
 このホテルは、沖縄のホテルでは珍しく大浴場がある。添乗員さんによると、沖縄の人は大浴場で皆と一緒にお風呂に入るのは「恥ずかしい」という感覚らしい。
 温泉ではないけれど、それでもやっぱり大浴場があるのは嬉しい。

 夕食は18時からだ。
 この日の夕食は、八重山会席か焼肉かを選ぶことができ、我々は母のリクエストで「舟蔵」というホテル内のレストランでの会席を頼んであった。

夕食夕食

 お品書きをいただいたつもりが忘れてきたらしく、すでにメニューが定かでない。
 前菜が3品に酢の物とお造り、ラフティーの炊き合わせ、ステーキサラダ、お魚(何だったか忘れてしまった)の揚げ物、炊き込みごはんとお味噌汁、デザートのクレームブリュレにちんすこうが添えてある。
 これに、請福ビンテージと銘打たれた泡盛を合わせた。
 ちょうど、三線を弾きながらの歌のステージが店内で行われていて、今回の旅行で何度目かの「安里屋ゆんた」も聴くことができた。女性の声で聴くとやっぱり違うなと思う。
 こちらのお姉さんは「恋人がいたので丁重にお断りした。」という歌詞だと言っていた。
 色々なバージョンがあるのか、解釈が異なるのか、どちらだろう。両方かも知れない。

 1時間ちょっとかけて夕食をいただいた後はお土産物屋さんを覗き、少し早めにロビーに向かった。
 石垣島出身の歌手、仲田かおりさんのライブがありますと添乗員さんからもホテルの方からも案内があったのだ。
 シンセサイザーの男性と仲田さんと二人のステージで、「安里屋ゆんた」はもちろん歌われた。「ゆんた」というのは「労働歌」という意味だそうだ。
 沖縄の子守歌や、「涙そうそう」、パーマ屋ゆんたなど、沖縄らしい歌が続く。
 お話も面白くて、この冬の沖縄はとんでもなく例年になく寒くて雨が多いということだった。石垣島に雪まで降ったという。
 アンコールの「花」まで45分くらいのステージで、みんなで一緒に踊りましょう(といっても手だけの振付である)というコーナーもあったり、とても楽しいステージだった。

 お部屋に戻って一休みしてから大浴場に向かったら、皆同じタイミングで同じことを考えたのか、混雑していた。
 それでもカランが空くのを待つというほどではない。
 こちらの大浴場には岩盤浴があって自由に使うことができる。折角なので利用したら、思っていたほど汗がでず、トシを取って新陳代謝が悪くなったのかしらと思った。
 露天風呂もあり、ゆっくりすることができた。

 22時過ぎに部屋に戻り、テレビを見ながらうだうだしているうちに眠ってしまったようだ。

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2016.04.29

八重山旅行記2日目その1

2016年3月12日(土曜日)

 朝は6時に起きた。まだ外は暗くて、空模様はよく判らない。随分と西に来ているのだなぁと思う。
 テレビをつけてだらだらと明るくなるのを待つ。何度見てもテレビの天気予報は「曇り」だし、6時半過ぎに明るくなってきたので外を見ても、やはり雲が広がっていて雲の切れ間というものがない。

朝食 少し早めにレストランに行ったら、入口に10人くらいの行列ができていた。
 ちょうど後ろに並ばれた方とお話ししたら、ご夫婦で個人旅行されており、昨日は仲間川でカヤック(カヌーだったかも)を楽しまれたという。やはり沖縄を楽しむにはレンタカーなのかしらと思う。
 朝食では黒糖フレンチトーストのできたてが供されていて、もちろんいただいた。パッションフルーツのジュースもとても美味しかった。私にしては控えめな盛りのつもりである。

ホテル 朝食後、少し時間があったのでホテルの中庭や、すぐ目の前にある砂浜に降りてお散歩した。
 このホテルの目の前の砂浜は「月ヶ浜」とも「トゥドゥマリ浜」とも呼ばれていて、後者は「神がとどまる浜」という意味だ。
 大きな荷物はホテルで預けて石垣島フェリーターミナルまで運んでもらうことができる。今日の観光で使わないものをキャリーケースに詰めて荷造りし、8時半の集合時間までにロビーに降りた。

 集合時刻には余裕をもって降りた筈が、母が「シーサーが買いたい!」と言い出し、ホテルにお土産物屋さんのシーサー売場から離れようとしない。「そろそろ時間だよ!」と散々急かし、母が選んだのが、こちらのシーサーである。
 バスがホテルを出発してすぐ、梅子だったかとにかく「梅」の字の付く焼き物の工房が見えた。西表島来島記念に、そちらのシーサーを購入しても良かったかも知れない。

海中道路 バス車内では、運転手さんがガイドも務め、色々とお話をしてくださった。
 西表島には小学校が6校、中学校が4校あるそうだ。島内に高校はないので、高校進学時には沖縄本島に行くか、あるいはさらに遠く九州まで行って下宿するという。そのまま島に帰ってこない若者も多い。
 この道路は通称「海中道路」と言われて、海の中を突っ切っている。この道路ができるまで、西表島の東部と西部は陸路で結ばれておらず、舟で行き来していたそうだ。
 海中道路からは、ピナイサーラの滝やサンガラの滝を遠くに見ることもできる。ここ数日、西表島は雨がちで、滝の水量がいつもよりも多いと言っていた。

 そして、もちろん、一番多かったのがイリオモテヤマネコのお話である。
 もっとも、イリオモテヤマネコは夜行性で、我々が昼間に見ることはまずできないらしい。西表島の道路にはところどころ「イリオモテヤマネコが出没した」という看板が立てられている。
 車の運転には気をつけましょうという趣旨で置かれている筈が、逆に観光客が「この看板のあるところでイリオモテヤマネコが見られるかも知れない」と看板の辺りをひたすら往復する例などもあって、看板にも功罪あるというところのようだ。

 警察が発表する交通事故数の看板にも、「イリオモテヤマネコの死亡事故」件数が書かれている。
 運転手さん曰く「西表島で人間が交通事故に遭ってもニュースにならないが、イリオモテヤマネコが交通事故に遭うと全国ニュースになる」ということだった。
 確かに、と思う。
 西表島のゼブラゾーンは、異音を発生させてイリオモテヤマネコを驚かせ、それで交通事故から守ろうという発想で作られているらしい。
 ちなみに、昨年のイリオモテヤマネコの交通死亡事故は3件、今年はまだ3月なのに既に1件の事故が起きているという話だった。

水牛車 9時すぎに美原に到着した。ここから水牛車で由布島に渡る。
 バスを降りると雨が止んでいた。傘を差さずに済むのは有り難い。
 ツアーメンバーは二手に分かれ、水牛車に乗り込んだ。我々が乗り込んだ水牛車を引っ張るのはゆうと君で、9歳だという。
 彼らは浜では絶対に排便等々をしないようにしつけられていて、海中で立ち止まったときはその手の御用を足している可能性が高いそうだ。でも、草しか食べないので臭くないと言う。本当だろうか。

 この時刻は満潮に近かったので、かなり水深がある。ゆうと君も大変そうな感じではあったけれど、10人くらいの人間が乗った車など彼らの力の前には全く問題ではないそうだ。
 我々が乗った水牛車を担当してくださったのは少し年配の男性で、海を半ばまで渡ったところで三線を取り出し、安里屋ユンタを歌ってくれた。担当の方々の中でも、三線を弾きながら歌う方も歌わない方もいるし、歌う歌も色々と違うらしい。そう聞いて何だか得した気分になった。

由布島ハイビスカス

 由布島は、かつては竹富島等から移り住んだ人々で栄えていたけれど、昭和44年の台風で大きな被害を受け、ほとんどの島民が西表島に移り住んだそうだ。しかし、西表正治夫妻が島に残り、水牛を頼りにお花を植えたり椰子を植えたりして、由布島を植物園に作り上げたという。
 何だか凄いお話である。
 由布島には、お花が植えられ、散歩コースが作られ、蝶が飛ぶビニルハウスがある。
 添乗員さんによると、西表島にはなかなか大人数が一度に食事できる場所がないので、由布島のレストランで昼食というツアーも多いそうだ。

オオゴマダラオオゴマダラ

 到着してまずレイを首にかけてもらい、そのまま園内に入ったところで順番に「本日のモデル」である水牛ちゃんと記念写真を撮った後、20分ほどの自由時間となった。
 「自由時間」に、ぜひ蝶々園には行ってくださいと案内される。蝶々園には「オオゴマダラ」という日本最大級の蝶がいるのだ。
 蝶々園はビニルハウスのようになっている。お花が咲き、蝶々が無数に飛んでいる。鱗粉系が駄目な人は行かない方がよさそうだ。

金色のさなぎ ここでびっくりしたのは、蝶の大きさだけではない。
 この蝶はさなぎのとき、金色をしているのだ。
 そう聞いて「眉唾だよ」と思っていたら、本当に金色のさなぎが枝からぶら下がっていて驚いた。本当に正真正銘の金色である。
 オオゴマダラという無彩色の蝶と金色のさなぎを満喫した後、島の奥まで行っている時間はなかったので、近くにあったマングローブの遊歩道を歩き、水牛車の待合所に戻った。

 これまた「余裕で戻って来られたわ」と思っていたら、由布島に上陸してすぐ記念撮影した写真が欲しいと母が言う。
 え? 欲しいの? と思ったけれど、母のご所望とあらば購入するしかない。せっかくなので加工できるようにCDに焼いてもらったら、これが思いの外時間がかかり、帰りの水牛車に間に合わないのではないかとヒヤヒヤした。
 お店の方も「ツアーの方ですよね?」と焦っている。我々が焦ったところで、PCの処理スピードが速くなる訳もなく、ギリギリで間に合ってほっとした。

こじろう 帰りの水牛車を引っ張ってくれたのは、こじろう君で、おじさん曰く「一番のハンサムで一番人気」だそうだ。
 そうと聞いたら、記念写真撮影にも力が入る。西表島に戻ってきてから結構必死で写真を撮ったけれど、なかなかイケメンらしく撮ることができなくて、こじろう君には申し訳なかった。
 由布島への往復の水牛車は、引いてくれる水牛たちの気分次第のところがあって、立ち止まって動かなくなり片道30分もかかることもあれば、今回のように水深にもめげずに15分弱で渡らせてくれるときもあるそうだ。
 添乗員さんが、バスに戻ってから「今日は水牛くん達もがんばってくれて。」とほっとしたように話していたのが可笑しかった。

 車窓から牛が飼われている野が見える。
 西表島にいる黒毛和牛は仔牛のうちに全国に送られ、それぞれの産地で育てられて「ブランド牛」として売られるそうだ。毎月、12日と13日に石垣島で仔牛の競りがあるという。
 今日も何頭か何十頭かは判らないけれど、西表島から競りに掛けられている仔牛がいるんだろう。
 次に向かう仲間側マングローブクルーズの乗り場までは30分ほどだ。

日本最南端の信号機 運転手さんは「何でもない信号機ですよ」と言ったけれど、それでも写真に撮ったこの信号機は「日本最南端の信号機」である。
 運転手さん曰く「車が3台並んだら渋滞」という西表島に信号機があるのは、島外に出たときに困らないよう子ども達を教育するためだという。今は日本最南端の島である波照間島に信号機がないので、この西表島大原にある信号機が「日本最南端」だ。
 ふと、日本最北端の信号機はどこにあるのだろうと思う。

 11時過ぎに、仲間川マングローブクルーズの乗り場に到着した。
 ツアー全員で、イリオモテヤマネコの帽子を被った船長さんが操縦する船で出発である。
 船の両脇に風よけ寒さよけにビニルのカーテンが下げられている。満場一致でそれをくるくると巻いて上げ、景色を楽しむことになった。

マングローブマングローブ

 船長さんの説明によると、「マングローブ」という木はなく、「河口汽水域の塩性湿地に成立する森林のこと(Wikiより)」をマングローブというそうだ。
 マングローブの林を構成する木は日本には7種あり、メヒルギ、オヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ハマザクロ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、ニッパヤシである。西表島にはその全てが生育している。
 川の両岸にそのマングローブを見ながら舟は進む。
 随分とすれ違う船が多いと思っていたら、この日の西表島には観光客が1000人も来ていたそうだ。西表島の人口が2300人くらいだというから、いきなり1.5倍である。
 しかも、潮の関係で午前中しか船を出すことができないため、観光客が集中している。

サキシマスオウノキ しかし、ラッキーなことに、我々がクルーズの目的地であるサキシマスオウノキに続く桟橋に着いたときには、他の船はいなかった。
 サキシマスオウノキを独占である。
 このサキシマスオウノキは日本最古と言われていて、樹齢は推定350年とも400年ともいう。板状の根っこが特徴で、このサキシマスオウノキの場合は最大で高さ3mはあるそうだ。
 こんな木がクルーズの先に待っているとは知らなかった。かなり驚き、かなり堪能した。

しじみ 帰りの船中で船長さんが回してくれたのが、このしじみである。
 仲間川で採れるという。
 ただし、お味の方はかなりかなり今ひとつらしい。船長さんが話のタネに食べてみたところ、「とにかくもの凄く臭い。」貝だったらしい。

 「川と海の境目はどこでしょう」というクイズもあって、さて、別に線が引いている訳でもないしと思っていたら、答えはある意味もの凄く簡単で、「橋がかかっている場所が川と海の境目」という話だった。
 河口に橋がない場合はどうなるんだろうとか、今になってみると色々と疑問の残るクイズの答えだけれど、そのときは、仲間川にはいかにも「海と川の境目」といった場所に橋がかかっていたし、特に疑問にも思わなかった。

 クルーズ終了後は、大原港から小浜島に渡り、昼食である。
 ホテルの方によると、島の西部というか北部にある上原港は風の影響を受けやすく、10月から4月の間はほぼ2/3は欠航してしまうという。
 だからなのか、今回泊まったリゾナーレ西表島は上原港からの方が断然近いのに、西表島への出入りは大原港からだった。

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2016.04.17

米子焼のシーサー「ワッショイ」

 2016年3月に八重山に行った際に買い求めた数少ない自宅用のお土産のひとつが、こちらのシーサーである。

 私は初沖縄だったけれど、母は沖縄本島に何度か行ったことがあって、我が家にはシーサーがすでに二組あった。
 そちらのシーサーが、割と伝統的な感じの作りだったので、今回は「面白いもの」が欲しかったらしい。
 セレクトは母である。

 現在は、我が家の玄関で、先住のシーサーたちと共に守り神の役を果たしてくれている。

 (画像をクリックすると、楽天のお店に飛びます。)

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2016.04.10

八重山旅行記1日目

2016年3月11日(金曜日)

 母と二人分の荷物をいつも10日間くらいの海外旅行に持っていくキャリーケースに詰めたら、ちょうど片側半分で納まった。
 石垣島まで直行便で行くし、ツアーだからその後はバス移動がメインだし、キャリーケースでも充分対応できるだろうというヨミである。また、出発日が寒かったので、厚手のコートを着て空港まで行き、軽装になってコートはキャリーケースに詰めてしまおうという思惑もあった。
 霧雨が降っているし、平日朝は通勤・通学で混んでいるだろうからと、駅まではタクシーを奮発した。

 8時半過ぎの電車に乗り、10時半過ぎに羽田空港第二ターミナルビルの集合場所に到着した。
 添乗員さんから荷物のタグとバッジを受け取り、私はキャリーケースを預けるべくカウンターに並び、母にはお昼ごはんにするお弁当を選びに行ってもらう。
 この荷物預けが結構行列していて、30分もかかった。

 セキュリティチェックを抜け、10時50分に60番ゲートに到着した。近くにあった自動販売機でお茶を買ったりしていたらあっという間に搭乗開始である。余裕をもって行動していた筈が、結構バタバタだ。
 11時15分発ANA91便は、カウンターでキャンセル待ちの掲示が出ていた割に、後方にちらほらと空席があった。
 B787で座席は3-3-3の並びである。母と私は窓際から2席並びで通路側席が空いていた。ラッキーである。

押し寿司焼き鯖寿司

 11時10分に離陸した機内は、12時過ぎにはみなさんが食べるお弁当の匂いで満たされた。
 我々もたまらずに羽田空港で買い込んだお弁当を開く。ちょうど良くドリンクサービスも始まったので温かい緑茶をお願いする。
 富山にある(らしい)味よし食品の「ますとかにとえびの押寿司」と、福井の若廣の焼き鯖すしである。
 どちらもなかなか美味しかった。

着陸寸前 14時くらいの機長アナウンスによると、石垣島の天気は曇りで気温は15度だそうだ。
 天気があまり良くないことは織り込み済みだけれど、気温が低いことに驚いた。東京とあまり変わらないではないか。
 若干揺れつつ、定刻通りの14時50分に石垣島空港に到着した。
 着陸前、飛行機から見えた石垣島に結構畑が多くて驚いた。石垣島の主要産業は農業なんだろうか。
 できたばかりらしい新しい空港で預けた荷物を受け取り、バスに乗り込んで15時15分に出発した。港まで30分、そこから船で1時間弱かけて西表島に向かう。

 この港までのバスの中で、沖縄は3月が一番混雑すると聞いて驚いた。修学旅行生がやってきて、卒業旅行の学生が来て、そして台湾や中国からの外国人観光客もやってきているそうだ。
 本日から3日間の行程表が配られる。
 今日の夕食がビュッフェであることは知っていたので、時間が自由になったらホテルで主宰するヤエヤマボタルの見学ツアーに申し込もうかと思っていた。しかし、行程表と添乗員さんからの説明によると、夕食の時間が指定されており、ちょっと無理そうだ。残念である。

具志堅用高の像 石垣港には具志堅用高氏の銅像が建っている。
 雨も降っていなかったので、少々冷たい海風が吹く中、外に出て写真を撮った。この日は風が冷たかったためか、あまり写真を撮ったり眺めたりしている人はいなかったように思う。
 西表島に行く船の出航は16時10分予定で少し時間があったので、ターミナル内に数軒あったお店を見て回る。ちょっとお腹が空いたなぁとさーたーあんだぎーを購入した。

 船内黒島

 西表島へ行く船は、出航時間の10分前くらいになってやってきた。それほど大きくはない。というか、小さい船である。
 夕方から西表島に行こうという人は少なく、船内はほぼ我々のツアーメンバーのみである。
 何となく空いている場所を探して前方席に座ったら、船は前方席の方が揺れるという注意書きがあって驚いた。てっきり後方席の方が揺れると思っていた。揺れるからこそ前方席にはクッションが付いているらしい。

 曇天ではあるものの、海は決して荒れている訳ではない。これだけの水しぶきを上げている割に、揺れはさほどでもなくて有り難い。母と「伊勢湾フェリーに比べたらこれくらい。」と言い合い、おやつにさーたーあんだぎーを食べる余裕もあった。
 奥の方に見えている平らな島は黒島だ。今回の「5島巡り」には残念ながら含まれていない。それにしても本当に真っ平らな島である。

 17時前に西表島に到着したときには雨が降っていた。
 バスに乗り換え、50分ほどかけて本日の宿である星野リゾート リゾナーレ西表島に向かう。
 星野リゾート リゾナーレ西表島としての営業は2016年3月いっぱいで終了するそうだ。これまでは星野リゾートが委託を受けて運営していたが、4月からは「ホテルニラカナイ西表島」に「戻って」営業を続けるという。
 添乗員さんは、「星野リゾート」のネームバリューはやはり大きくて、かなり営業的にも好転し、西表島に宿泊する人も増えてきていたところ、「星野リゾート」の看板がなくなるのは営業的にもやはり痛手なんじゃないかという感じで語っていた。
 なるほど、そういうものかと思う。

 雨が強くなったり弱くなったりする中、マングローブや海を眺めつつバスで進む。
 西表島には内部に向かう道路はほとんどなく、外周を走る道路も「島一周」は繋がっていないという。
 また、西表島には信号が二つある、中学校は一つあって、高校に進学するときは石垣島か本島に行くと聞いて驚いた。
 ちょうど通りかかった中学校では、卒業式の看板が立っていた、ような気がする。

 ホテルに到着すると、ホテルスタッフがバスに乗り込んできて一通りホテルの説明をし、鍵を配った。
 夕食は19時15分から、明日の朝食は7時からで、集合は8時半だという。こちらのホテルにはいわゆる「大浴場」はない。
 また、歯ブラシや櫛などはエコのために部屋に常備しておらず必要な場合はフロントにお申し出くださいというスタイルだ。

ホテルのお部屋 18時にはお部屋に入ることができた。暖房が入っていてちょっと驚く。
 お茶を淹れ、テレビを見つつ寛ぐ。寛ぐのにこのデイベッドがいい感じである。寝そべったりできるので、母と旅行するときには特に和室がいいと思っている。しかし、このデイベッドがあれば、洋室だってごろごろと寛げてしまえる。何てすばらしいアイデアだろうと思う。
 星野リゾートでお部屋に用意されているお茶が粉末だった。びっくりだ。ツアーではなく宿泊すれば、ロビーのドリンクサービスが利用できるし、あまり需要がないのかも知れない。
 そうと判っていたらティーバッグを持参したのになと思った。

DEEPエリアオリオンビール 19時15分から夕食である。
 普通のビュッフェメニューもありつつ、店内の奥に「西表DEEPブッフェ」のコーナーがあり、そこには沖縄、そして西表島独特のお料理が用意されている。コーナーは完全に独立していて、その入口に「息を止めて」などという注意書きがあるのが可笑しい。
 中に入ってみると、泡盛の飲み放題コーナーもあって、数種類の泡盛を樽から各自注げるようになっていた。かなり魅力的だったけれど、泡盛をそれほどたくさん飲める筈もないので、大人しくオリオンビールを注文する。

西島DEEPブッフェヒージャーのしゃぶしゃぶ

 まずは西表DEEPブッフェのコーナーに行き、一通り全てのお料理をいただいてきた。
 この辺りの行動は母と私と共通である。ツアーメンバーの中には「匂いが凄くて・・・。」と顔をしかめている方もいらしたけれど、母も私も「特に感じないよね。」と意見が一致した。
 左手前から時計回りに、イカスミのジューシー(炊き込みごはん)、沖縄そば、ヒージャー(山羊肉)のしゃぶしゃぶ、イノシシ肉の炒め物、冬瓜の酢の物、ワタリガニの茶碗蒸しである。
 中でも、左側写真の、ヒージャーのしゃぶしゃぶが匂いもなく柔らかくて美味しく、2回もお代わりした。「一番匂いが少ないレアで。」という説明だったから、そのしゃぶしゃぶ加減が絶妙だったのだろう。

 その他にも、沖縄料理として、ゴーヤチャンプル、ラフテー、ジーマミ豆腐などももちろん用意されている。
 何故かカレーもある。
 そしてまたデザートが豊富で、パイナップルやドラゴンフルーツなどの果物から、紅芋のわらびもち、アイスクリームも数種類が用意されている。
 1時間半もかけて、お腹がはち切れそうになるまでいただいた。

 今日はもうお部屋に戻って寝るだけである。
 大浴場がない代わり、お部屋についているバスルームは家庭用のように洗い場がついているタイプで、のんびりできる。
 母と二人、何故かずっとテレビを見ながらくつろぎ、23時前に就寝した。

-> 八重山旅行記2日目その1

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2016.04.02

マイレージの事後加算の手続きをする(八重山)

 2016年3月11日から13日まで八重山5島巡りのツアーに参加した際、往復はANAの羽田-石垣島直行便を利用した。

 以前に国内旅行のツアーに参加した際、マイレージの加算対象になっていなかったので、今回はそもそもANAマイレージカードを持参しなかったし、事後登録のチャレンジもしていなかった。
 ちょうど、旅行の資料を整理していたらeチケットが出てきたので、試しにANAのマイレージプログラムのサイトに行き、事後登録の手続きにチャレンジしたところ、片道612マイルずつの加算ができた。
 驚いた。
 何でもやってみるものである。

 10000マイルまであともう少しだ。それと同時に、6月末に期限が迫っているマイルが2000マイル強ある。
 どう有効利用しようか、悩ましい。

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2016.03.13

無事、帰宅する(八重山)

 2016年3月11日から2泊3日で、母とツアー出八重山5島めぐりに行って来た。

 今年の沖縄、特に今年2月の沖縄は驚くほど寒く驚くほど雨が多かったそうだ。
 何しろ、雪も降ったらしい。

 その天候不順は3月に入っても続き、今回、青空を拝めたのは2〜3時間くらいのものだった。
 しかし、すべての観光ができたし、1回も傘を差していないし、船もそれほど揺れなかったし、意外と上手く行った旅行だったんじゃないかと思っている。
 母が「見たい」と言っていた綺麗な海も見られて満足だ。

 概算で今回の旅行にかかった費用は一人分約135000円だった。かなりいいお値段なのはちょっと高級なツアーに参加したからだ。
 ここにはツアー代、食事代(1日目のお昼や飲み物代)、交通費(自宅から最寄り駅まで)等が含まれているが、お土産代は含まれていない。

 それにしても、沖縄は1年で3月が一番混むということを今回初めて知った。

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