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2019.07.07

出雲旅行記2日目その1

2019年6月2日(日曜日)

 5時半に起床した。外を見ると曇り空だ。
 みなさん早起きのようで、貸切風呂まで行ったところ、満室になっている。その奥にある佳雲の大浴場も今までで一番の人手だ。
 それが、大浴場からの帰り、6時頃に通りかかったら、貸切風呂のうち「漆」のお部屋が空いていた。折角なので、入ってみることにする。「漆」のお湯は温泉なので嬉しい。

貸切風呂 大人が二人、足を曲げれば一緒に入れるな、という感じの大きさである。
 漆塗りの赤い色がなかなか派手だ。
 ここには写っていないけれど、カランが確か一つだったと思う。
 ザブンと入るとお湯が溢れ出すのが嬉しい。しばし、貸切の贅沢を楽しんだ。

 昨夜はアイスが用意されていた休憩処に、今朝は乳飲料(ヤクルトみたいな奴だったけど、ヤクルトではなかった)が用意されている。
 有難く1本いただいて飲んだ。

 朝食お部屋で身支度をしたり荷造りをしたりテレビで天気予報を見て「雨は降らなさそうだな」と確認したりした後、7時過ぎに朝食を食べに行った。
 昨夜はスタッフの方が席に案内してくれたけれど、朝は自由席のようだ。
 お宿 月夜のうさぎの朝食は「海鮮丼作り放題」が目玉で、しかしそれでも選べるならつい洋食を選んでしまう。

 洋食も、焼きたてのクロワッサンあり、フレンチトーストあり、オムレツ(焼きながら並べていた)ありで、なかなか豪華である。
 チョコファウンテンもあってかなり惹かれたけれど、「甥っ子達じゃあるまいし」と自粛する。
 レストランでもコーヒーをいただき、ロビーのコーヒーメーカーでもう1杯紙コップにコーヒーをいただいてお部屋まで持ち帰って楽しんだ。

 8時半にチェックアウトした。
 「八足門内」特別参拝ツアーの集合は、いにしえの宿 佳雲のロビーだ。お隣に移動して、フロントで荷物を預け、ツアーの受付をしてもらう。
 ツアー参加者は12〜13人だったろうか。一人で参加していたのは私だけだったと思う。
 ガイドさんは、いわゆるシルバーガイドさんっぽい。

 まず、徒歩で島根県立古代出雲歴史博物館に向かった。
 お宿からは徒歩5分といったところだ。
 まだ開館前の時間だったからか、東入口から入り、情報交流室に集まると、「30分、自由見学です。時間が足りなかった人は、あとで戻ってきてゆっくり見ていただくこともできます」という説明があり、見どころをいくつか教えてもらった。

宇豆柱  その、最初に見どころがロビー中央でケースに入って鎮座している「出雲大社境内遺跡出土の宇豆柱」である。
 平成12年から13年にかけ、出雲大社境内遺跡から杉の大木を3本一組にし、直径が約3mにもなる巨大な柱が3カ所で発見されたそうだ。
 「宇豆柱」はこの3カ所のうちの一つで発見されたもので、棟をささえる柱すなわち棟持柱を指すという。

 宇豆柱は、その後の調査で鎌倉時代のものだと推定されているそうだ。それにしても、よくこの状態で腐りもせずに残っていたものだと思う。
 この柱が発見されたことで、その昔、出雲大社にはやたらとデカくて高いお社があったという説の信憑性が増したという。

出雲大社復元模型 ロビーを抜けて展示室に入ると、その「平安時代にあったと推定されている、高さ48mに及ぶ出雲大社本殿」の1/10復元模型(イメージ)が展示されている。
 この模型の他にも、幾種類か学者さんが作成した模型が展示されていて(そちらは小さい)、実際の姿はまだよく判っていないということだと思う。

 それにしてもこの10倍の大きさの建物が平安時代に既にあったとしたら、とんでもないと思う。
 先ほど見た3本の杉の柱の間をさらに埋めて1本の柱として使っていたとはいえ、こんな重そうなものをどうやってこの高さまで持ち上げたのか。
 ピラミッド並みに「どうやって作ったのか」が研究対象になりそうである。

 ついでに言うと、この形状からすると、もの凄く横揺れに弱そうに思える。
 耐震設計などという概念はなさそうだし、出雲は実はほとんど地震が来ない地域だというのでもない限り、ぱたんと横に倒れちゃいそうだと思うのだ。

出雲大社本殿の模型 千木と勝男木

 出雲大社本殿の模型もあった。
 上から見ると正方形になっている。縦横2間だそうだ。
 千木までの高さは24mもある。

 平成の大遷宮で下ろされた千木が展示されていた。
 右側の写真の斜めにバッテンに渡された木材が「千木」である。これがまたデカい。長さ約8m、重さ約500kgだそうだ。こんな大きくて重いものを、現代ならともかく、その昔にどうやって屋根の上に上げたんだろうと思う。

 この他にも様々な展示品がある。
 発掘された銅鐸をモデルに、成分分析をして同じ成分で作成した模型の銅鐸では、音を鳴らしてみることができたりする。
 その昔に響いていた音が再現されている、筈だ。

204 204  写真をパシャパシャ撮っていたためか、博物館のスタッフの方(というよりは、やっぱりシルバーガイドさんのようにも見受けられた)が色々と説明してくださった。 
 この銅鐸に描かれている鹿や四つ足獣は、他の地域で出土した銅鐸にはない模様なのだそうで、出雲周辺で作られたものである可能性が高いという。
 ちなみに、国宝だ。

204 204

 こちらも国宝の銅鐸である。
 やはり、雲南市の加茂岩倉遺跡で発掘されている。
 吊り手の中央にウミガメが描かれていることが最大の特徴で、スッポンなど淡水にいる亀が描かれることはあっても、海洋性の亀が描かれることは希だそうだ。
 もっとも、この絵柄からどうやって「淡水性か海洋性か」を見分けたのか、そこのところの解説も欲しいところではある。

 銅鏡こちらは「景初三年」の銘が入っている銅鏡である。
 この年の銘が入っている銅鏡は全国でも二つしか発見されていないそうだ。
 景初三年は、卑弥呼が魏の国に使いを送って鏡100枚を賜ったとされていて、それでこの銅鏡の説明文にも「卑弥呼の鏡 か」と記載されていた。
 ちょっと可笑しい。

刀剣

 こちらは安来市で大正時代に発見された、6〜7世紀の刀剣である。
 そんな昔の刀剣や鞘木などが綺麗な状態で発見されるのは非常に希なことだそうだ。
 刀剣自体も今も使えそうなくらいの光り方である。

 ただ、この刀剣は発見当時に研いでしまっており、「発見時の状態」を保っていないという解釈になってしまうらしく、「国宝級」ではあるものの、「重要文化財」としての指定にとどまっているそうだ。
 何だか勿体ない。
 発見したのは考古学の愛好家の方達だったそうで、鞘から刀剣が抜けるくらいの状態であったら、それは研いでみたいに決まっているよなぁと思う。

 そんな感じで30分一本勝負の見学はとてもではないけれど時間が足りなかった。
 9時35分に再集合し、出雲大社に向かう。
 博物館の外には桂の木が植えられている。桂の木は、女神が宿って製鉄の技術を伝えたといういわれがあるそうだ。その桂の木の、ハートの形をした葉っぱを加えたウサギの像などもある。
 出雲大社にもあちこちあるウサギの像は、平成の大遷宮の際に作られ置かれたものであるらしい。

勢溜の大鳥居

 9時50分くらいに勢溜の鳥居に到着した。
 出雲大社の参拝はここから始まる。
 勢溜の鳥居は、昨年建て替え工事が完了し、それまでの木造から鋼管製になったそうだ。
 ガイドさん曰く、参道の右側を通るか左側を通るか、その日によって人の流れが変わるそうだ。
 いずれにしても「真ん中は神様がお通りになる」ので避ける必要がある。

中の鳥居

 全国的にも珍しいという下り参道を進み、ガイドさんがスルーしたので我々も祓社はスルーして、祓橋を渡った先にあるのが、中の鳥居である。
 両側の松の木の枝に隠れてしまっているこちらの鳥居は鉄製だ。
 鳥居をくぐったすぐ先からは松の木を守るために入ることができないが、鳥居自体はくぐることができる。有難い。

 この松の参道は、松江城城主堀尾吉晴の長男が1630年に寄進した、とガイドさんは言っていたと思うのだけれど、ネットで検索してみると諸説あるらしい。
 とりあえず、松江藩ゆかりの誰かが寄進したことは間違いなさそうである。

 平成の大遷宮のとき、この小石が敷き詰められた参道の両脇に石畳の道を作り、黒松の根を保護するために通行止めにしたそうだ。
 ただし、旧暦10月10日のお祭りのときと、6月30日・12月31日の大祓ときは、神様にお通りいただくために通行止めを解除するそうだ。

 また、祓橋を渡る手前左側に、出雲大社相撲場がある。つまりは土俵だ。
 6月2日は、ちょうど、第5回野見宿禰わんぱく相撲大会出雲場所が開催されていて、子供達の声や、応援の声が響いていた。
 出雲大社と相撲の関係は古く、出雲はお相撲の発祥の地でもあるらしい。野見宿禰という人が垂仁天皇の7年に大和国の当麻蹶速と力比べをしてこれを倒した事が相撲の元祖であるとされ、以後野見宿禰は相撲の始祖となり尊崇されているという。
 へぇ、という感じだ。

銅鳥居と拝殿と本殿

 中の鳥居に戻り、両脇の石畳を進むと、正面に銅鳥居がある。
 ガイドさん曰く、ここがフォトスポットだそうだ。銅鳥居、拝殿、本殿を並んで見通すことができる。
 周りが木々(というか山)に囲われているのも良い。
 この鳥居をくぐる前に、各自、手水舎で両手と口をすすいで清める。

 ここから見える拝殿のしめ縄は、出雲大社の中で2番目に大きなしめ縄だそうだ。重さは1.5tもある。
 拝殿では個人の祈祷が行われるそうだ。
 一番大きなしめ縄は神楽殿にあるしめ縄で、こちらは5.3tもあるというから驚きである。昨年の6月、7月に新しくしたばかりだそうだ。
 これだけ大きいと新しくするのも大変である。

八足門

 本殿は屋根付きの回廊で囲まれており、回廊には八足門ともう1カ所に門があるそうだ。
 通常、この回廊の中には入れないので、八足門からお参りすることになる。しかし、その八足門からはご本殿が見えない。しかも、ご祭神のオオクニヌシノミコトは、ご本殿で何故か西向きに鎮座されているという。(八足門からいうと向かって左が正面ということになる。)

 この八足門には、左甚五郎の作とも言われている彫刻があるそうだ。
 左甚五郎といえば、日光東照宮の眠り猫である。
 ちゃんと探してから帰ろうと思っていたのに、すっかり忘れていたのが悔やまれる。

 また、八足門の前の地面にある赤い三つの丸は、博物館でも見た「柱」の建てられていた場所を示しているそうだ。
 こうして改めて上から見てみるとデカイ。
 再び「どうやって建てたんだろう」というのと、「そもそもどうやって柱を作ったんだろう」と気になってくる。

 ガイドさんとはここでお別れである。
 このツアーは、例えば伊勢神宮などに比べてドレスコードがそれほど厳しくないものの、それでも例えばノースリーブやショートパンツはご遠慮くださいとか、ビーチサンダルやクロックスはご遠慮くださいといった制限はある。
 その上で、神職の方から貸していただく「きよがき」(と説明されたと思ったけど自信がない)を肩にかけることで正装したことになるそうだ。
 ここまで確認し、ガイドさんは「奥にスサノオミコトを祀った摂社もあるので、この瑞垣の周りをぜひ1周して帰ってください」と案内して帰って行った。

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