2019.05.18

烏場山 山歩き旅行記の入口を作る

20190112_140805-2 そういえばすっかり作るのを忘れてしまっていたので、今頃になって烏場山 山歩き旅行記の入口を作った。
 出かけたのは、2019年1月のことである。

 以下の日付をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。

 2019年1月12日(日曜日)

 持ち物リスト(烏場山編)

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2019.01.15

烏場山 山歩き旅行記

2019年1月12日(日曜日)

 ツアーの集合は7時20分、上野駅近くの駐車場だった。
 受付をしてもらいに行くとき「烏場山」の読みが「からすばやま」であることを知る。それくらいは事前に予習をしておこうよと自分にツッコミを入れた。
 7時過ぎに受付をしてもらい、バスの到着までしばらく待つ。
 バスは24人乗り、今回の参加者は20名だそうだ。

 前回の反省に基づき、また南房総といえど今日はかなり冷え込む予報なので、大分着込んでいる。
 上野駅出発時点では、上はヒートテックのタンクトップ、長袖Tシャツ、半袖Tシャツ、長袖シャツ(薄手)、ちょっと厚手のフリース、レインウエアの上を重ねていた。下はスポーツタイツに、薄綿入りのパンツを重ねている。
 使い方を練習しようと、ストックをリュックにくくりつけた。

 7時20分にバスが出発し、30分強走ったところでうみほたるに到着した。
 トイレ休憩兼お買い物タイムである。お買い物といってもお土産を買う訳ではなく(買ってもいいけれども)、行動食が足りない人、お水が足りない人は買い足しておいてくださいということだ。
 うみほたるを出発してからもバスは順調に走り、フロントガラスに雨が当たっているのを見つつ「雨があがって欲しい」という全員の願いを乗せ、当初予定よりも30分ほど早く、9時半前に和田浦の駐車場に到着した。

出発 お手洗いを済ませ、身支度を済ませ、靴紐を結び直し、9時35分くらいに駐車場を出発した。
 この駐車場に戻ってくるのが16時くらいの予定だ。
 フリースを脱ぎ、このときは雨は上がっていたものの、空がどんよりしていたので、ジップロックに無理矢理詰め込んでリュックに入れる。
 この時点で私は思いつきもしなかったけれど、ツアーの半分くらいの方はすでにリュックカバーを装着されていた。慣れている方は違う。

 菜の花はもちろん、ポピーや、温室の中ではストックが咲いている。
 そんな中、アスファルトの道を歩くこと20分くらいで花嫁街道入り口に到着した。
 ここにもお手洗い(確かバイオトイレ)があったけれど、誰も使っていなかったような記憶だ。
 リュックを下ろし、ガイドさんの先導で準備運動をする。
 ちょうど乗用車が入ってきて、3〜4人の方が装備を整えて出発して行った。

道祖神 和田浦の駐車場から花嫁街道入口までの間だったか、花嫁街道入口の到着した後だったか、こんな可愛らしい道祖神が道ばたにあった。
 流石、「花嫁街道」である。
 どうやら、この「花嫁街道」は「和田浦歩こう会」という会が結成されていて、看板や道の整備に尽力してくださっているようだ。
 最初は急登だというガイドさんの説明があったのでレインウエアの上をここで脱いだ。
 前回の反省に基づいてニットキャップを被り、手袋を二重にしているので、それでちょうどいいくらいだ。

 階段のような道を30分で一気に上がり、標高180mの第一展望台を通過した。
 「第一展望台」という名前は付いているものの、ここには「眺望」はほとんどない。木が育って、眺望を完全に遮ってしまっているようだ。
 第一展望台から約20分、ところどころこんな坂も登りつつ、さらに標高を20mほど上げて、11時前に第二展望台に到着した。

第二展望台 ここから後は急な登りはほとんどないとガイドさんに言われ、脱いでいたレインウエアを着込み、水筒のお茶を一口飲む。
 「うみほたる」で水の小さいペットボトルを購入し、ウエストバッグに入れていたので、歩きながらお水が飲めて便利である。でも、温かいお茶が美味しい。
 第二展望台からは、房総の海が見下ろせた。
 しかし、何しろ今日は曇り空である。海は薄いグレーに、空は白っぽく霞んでいて、「おぉ! 海だ!」というような感動はない。ちなみにそれは「うみほたる」にいたときも同様で、かろうじて工業地帯が見えるなぁというくらいの展望しかなかった。

マテバシイ 第二展望台を過ぎた辺りのところでは、マテバシイの林が広がっていた。
 ツアータイトルにもなっていたくらいだから、多分「見どころ」の筈だ。
 しかし、今回は割とツアーメンバーの方々の中にも植物好きの方があまりいらっしゃらなかったようで、特に盛り上がるということもなかった。
 ガイドさんも特に植物に詳しいという感じではなさそうだ。

 マテバシイの林の横を通り過ぎたところくらいで、本日の目的地である「烏場山」の山頂を見ることができた。
 といっても、富士山のようにすっくと立っている訳ではないので、稜線の一部、という感じだ。
 木がまばらっぽくなって、ぼさぼさっと木が生えている感じのところが烏場山山頂である。
 「ぐるっと回ってあそこまで行きます」と言われると、もの凄く遠いように感じられる。

経文石 第二展望台から5分ほど歩くと、経文石があった。
 このコースで、ここまで大きな岩が露出しているところは他にないそうだ。
 「お経がどこかに彫ってある訳じゃなさそうですね〜」と言って笑われてしまう。しかし、後で調べたら、昔はこの経文石の下を登山道(花嫁街道)が通っていて、見上げると梵字をかすかに確認することができたらしい。
 今は風化してしまっているということだ。
 花嫁の無事や幸せを祈ったんだろうか。

 経文石から15分くらいで「じがい水」の標識の横を通った。
 細い道が伸びていたから、花嫁街道を外れて歩かないと「水」を見ることはできないようだ。
 「じがい水」は「自我井水」の字を当てるようだけれど、このお水を飲んだ後で自害した人がいるといった伝説が残っていたり、かくし田の水源として使っていたという話があったりするようだ。
 真相は謎である。

 ポツポツと雨は降っていたのが、じがい水を通り過ぎて小さな山頂のまき道を通った辺りから本降りになってきた。
 木々がだいぶ雨を遮ってくれているものの、レインウエアを叩く音がする。
 風も出てきたため、駒返しで昼食となった。11時40分から「あまり休むと体が冷えるので」とガイドさんは当初「30分」と言ったけれど、20分後には出発したと思う。

 大きな木の根元で雨を避け、これまた前回の反省を元に持ってきたクッションを敷いて座ると、まずレインパンツを履いた。
 食べ終わってからだと忙しそうだし、食べている間も雨が当たって濡れそうだし、ここはレインパンツ装着が最優先事項だろうという判断である。
 ついでに、リュックカバーも装着したものの、ストックをくくりつけている分、上手くカバーを嵌めることができない。これは要検討事項である。

 身支度を先に整え、しかし何となく食欲がない。
 ここまで休憩のたびにチョコや干し梅を口にしていたためか、雨で気持ちが落ち込んでいるためか、その両方だと思う。
 甘い物なら食べられそうな気がして、お惣菜パンはパスし、甘い菓子パンを二つ食べた。ほうじ茶も飲む。山専ボトルは保温性能は抜群だけれど、その分、直接飲めずにコップに注ぐ必要があるところが面倒くさい。

見晴らし台 10分ほど歩いて見晴らし台に到着したときには、雨は少し弱まっていた。
 でも、雨である。
 雨が降り出してからこちら、ひたすら黙々と一列になって歩いている。
 何だか修行のような気分にすらなってくるようだ。
 見晴らし台から第三展望台までも5分くらい、そこからさらに15分くらいで烏場山山頂に到着した。

山頂 この看板と一緒に撮ってもらった自分の写真を見たら、これがヒドイ。
 雨はまだ降っていて、レインウエアのフードと重ねて被っていたらニットキャップがどんどんずり落ちてきて、それが邪魔で何度も上げたり被り直したりしていたせいで、髪はぐちゃぐちゃ、修行のようだと思っていることが顔に出ていて疲れ切っている。
 それほど大雨ではなかったし、レインウエアもきっちり濡れから守ってくれていたのにこの体らくかと笑えてしまった。

 山頂を出発してからは、雨が弱まったのと、頭上の木々の葉っぱが茂っていたのと、多分両方で、雨はそれほど気にならなくなった。
 それでも、下り道になり、「やせ尾根」と言われる、両方が下に落ちている道を歩いたりしていたこともあって、やはり修行状態である。
 防水手袋での捜査がしづらかったという理由もあり、全く写真を撮っていない。ガイドさんが、ポイントで足を止めて説明してくれた際に時間の記録も兼ねて撮っていたくらいだ。
 烏場山山頂から1時間弱、14時25分くらいにマテバシイの大木のある見晴らし台まで降りてきた。

金比羅山 見晴らし台から少し下り、登り返したところが金比羅山(標高121m)である。
 70m降りてくるのに25分くらいかかっている。
 そして、この金比羅山からの下りが難所だった。
 お天気が良ければ多分、大したことのない「注意してください」という感じの下り道だけれど、雨が降っている、足下が濡れているとなると、階段の土止めになっている木や露出している石などが結構滑る。

 贅沢なことに、この下りの箇所でガイドさんのすぐ後ろを歩かせてもらい(要するに、私が一番の初心者だということである)、「前を歩いている人を見ていれば、どこが滑って危ないか判るでしょう」と言われつつ、「いえ、ガイドさんは全く危なげなく歩いているので判りません」と心の中で答えつつ、ゆっくり下る。
 ガイドさんも「滑りやすくて危ないので、少し間隔を空けて降りてきてください」と声をかけている。

 この祠を過ぎたところからもまだ急な下り坂が続き、足下が悪いというのは本当に疲れることなんだなぁと思う。
 金比羅山から下ること20分、木の階段(ここでもガイドさんは足下が濡れていることと、階段自体の強度を心配して、「あまりたくさんの人数で階段を降りないように」と注意していた)を降り、黒滝に到着した。
 14時10分くらいのことである。

 黒滝からは水辺沿いの道を歩き、飛び石のような橋や木の橋を渡り、少しばかりアドベンチャー気分を味わって、5分ばかりで花園広場に到着した。
 サザンカの大きな木が並んでいて、綺麗である。
 広々とした本当の「広場」で、ここにもトイレがあった。
 ここまで来たら、雨は完全に止んでいた。良かったー、と思う。
 添乗員さんは「やったー!」と喜んでいたけれど、ここから最初の和田浦駐車場までは40〜50分かかるという。ガイドさんは「ここからがキツイんです」と言う。

ハイキングコース ここから「黒滝ハイキングコース」を歩き、抱湖園」を経由してスタート地点を目指す。
 休憩後、14時35分くらいに出発した。
 そして、いきなりの登りである。
 結構な急坂で、「花園広場でもうおしまいと思ったのに〜!」と何故だか騙されたような気分になる。

 レインウエアといえば、ふと気がつくとレインパンツの裾の内側だけ、もの凄く泥はねしていた。
 「何故だ?」と思っていたら、ベテランの方から「一本道で歩いているからよ」とご指導いただいた。山では1本の線の上を歩くのではなく、肩幅に引いた2本の線の上を歩くように歩くのだという。そうすれば重心が下がってコケにくくなると他の方も教えてくださる。
 それ以降、意識して歩いたのだけれど、これが結構難しい。
 「レインパンツがこすれる音がするようじゃダメ!」「また1本線で歩いている!」と厳しい指導を受けながら練習である。

海 雨も止んだし、意外な急坂に暑くなってしまい、レインウエアの上は脱いだ。
 濡れているレインウエアをリュックにしまうのも面倒で、乾くようにできるだけ広げるように手に持って歩く。
 ふと気がつくと、日が差し、青空も見えていた。
 海も、歩き始めたときよりは、大分色が明るくなってきているように思う。
 添乗員さんと「青空ですよ!」「今日初めて見ましたね!」と喜び合う。

抱湖園 スタートした頃から「抱湖園に寄る」「和田浦で切り花栽培を初めて行った場所である」と言われていたので、そのつもりがなくても期待が高まっていたらしい。
 要するに、この池が和田浦で切り花栽培を始めた間宮七郎平という方の残したもの、ということのようだ。
 お花畑があるのかと思っていたので、何だかがっかりしてしまった。
 しかし、もう少しすると、元朝桜という寒桜が綺麗に咲くそうである。

 抱湖園まで来てしまえば地上はすぐそこで、下り坂もおしまいである。
 アスファルトの平坦な道を歩き、15時15分にスタート地点の駐車場に到着した。
 本日の歩行時間は4時間45分、ガイドさんの想定より15分長かった。雨が降って足下が悪かったことを思えば上出来である。

 駐車場のお手洗いを借り、身支度を整え、特に靴の泥を念入りに落とし、整理体操を行う。
 多分、バスが出発したのが15時半くらいだったと思う。
 うみほたるで帰りもトイレ休憩を取り、道も空いていてバスが順調に走ってくれて、上野駅には17時半くらいに到着した。
 色々と勉強になった山歩きだった。

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2019.01.13

無事、帰宅する(烏場山)

 2019年1月12日、烏場山の山歩きから無事に帰宅した。

 行き先は房総半島ではあるけれど、天気予報をみると最高気温が7度くらいだったので、前回よりもかなり厚着(ヒートテックのタンクトップ+長袖Tシャツ+半袖Tシャツ+長袖シャツ(薄手)+フリース+レインウエア 歩いているときはフリースは着ず、レインウエアは着たり脱いだり)をしたお陰で、体温調整は上手く行った。
 パンツも薄綿入りにして正解。
 前回、失敗したと反省した手袋も、薄手のものに雨用のものを重ねてちょうど良かった。
 進歩している。

 小さいペットボトルの水を購入し、ウエストバッグに入れて歩いたら、手軽に水分補給ができて、こちらもなかなか正解だった。
 ただし、雨が降り出すとウエストバッグすら開かなくなる。雨天時の水分補給が課題かもと思う。今回、6時間強の山歩きで、200mlくらいしか飲んでいない。

 天気予報では夕方から雨だったので、リュックのカバーを取り出しやすい外ポケットに入れたり、脱いだフリースをジップロックの袋に入れてからリュックに入れたり、レインパンツを荷物の一番上に入れたり、ある程度準備をしていたので、お昼前に雨が本格的に降り出したときも、私にしては手際よく対処できた。
 ゲイターを最初から付けておけば良かったというのが反省点。
 集団行動だと、なかなか時間のかかる準備をする勇気がない。

 しかし、ゲイターは汚れよけという意味でも必要だと認識した。
 レインパンツを履いて歩いていたら、何故かパンツの内側だけひどく汚れてしまった。
 「何故だろう?」と首を傾げていたら、山の先輩方から、「1本線で歩いているからよ」「2本線の上を歩く気持ちで!」「足を開けばその分、重心が低くなるから転びにくくなる」「レインパンツがこすれる音がしないように!」「お尻が痛くなるのも1本線で歩いているからよ」と指導が飛び、後半は「2本線で歩く」がテーマになった。
 色々と教えていただけて有難いことである。
 ツアーに参加した甲斐もあるというものだ。

 急な下り箇所でガイドさんのすぐ後ろを歩かせてもらい、歩き方について色々と教えていただけたのも有難かった。
 参加メンバーで一番くらいに若かったのに、一番手がかかって申し訳ない。

 雨が降っても樹林帯を歩いている分には、それほど気にならないということも判った。
 これは降雨量にもよるだろうけれども、レインウエアやトレッキングシューズの防水能力を確認できたのも良かったと思う。

 天気が悪くて見張らしも利かず、結果として黙々と歩くことになったおかげで所要時間も当初見込みより短くなった。
 山歩きの後半、樹林帯を抜けた辺りで雨も上がり、結果としてなかなか上手く行った山歩きだった。

 山歩きの道具やら何やら、ちゃんと手入れをしておかねばと思っている。

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