2019.11.17

ニュージーランド旅行記5日目その3

2019年1月30日(水曜日)

 17時に本日の宿であるクィンティンロッジに到着した。
 我々ツアーメンバーの中で最後の到着である。添乗員さんが迎えてくださった。
 ツアーメンバー8人のうち、ご夫婦一組と男性のお一人参加の方お一人の3人が、サザーランド滝を見に出発されているそうだ。
 添乗員さん曰く「歴代のツアー最速」で全員がクィンティンロッジに到着したそうだ。昨年は足を痛めてしまった方がいらしてロッジ着が18時45分だったらしい。足を痛めてこの急な下り坂は相当に大変だったろうと思う。

 ミルフォード・トラックは、このサザーランド滝を見に行くために開発されたとも言われるくらいの場所だ。
 ただし、クィンティンロッジから往復で1時間半はかかるので、16時までにロッジを出発する決まりになっている。私などは1時間遅れだから全く問題にならない。
 とてもではないけれど、これから上り下りのある道を1時間半歩く体力はないものの、見に行けないのはとても残念だった。

 リュックの底、ビニルの外に入れていたサンダルは、背面のファスナーを開ければすぐに出すことができる。サンダルに履き替え、ビショビショのレインウエア(上)と靴とゲイターをドライルームに干す。そういえば、レインウエア(下)は履かずに済ませてしまった。
 ドライルームの温風で、全員の靴の匂いがまき散らされて、なかなか凄いことになっている。息を止めて中に入り、とっとと出る。
 クィンティンロッジのトイレ&シャワーは一部屋で男女共用である。広いし、個室だし、個室の数も多いし、清潔だし、全く何の問題もない。

 お部屋の方はこれまでで一番余裕があったようだ。我々ツアー一行が1区画を使わせてもらっていたのはこれまでと同様で、ご夫婦は一部屋、男性お二人、女性3人、私は添乗員さんと同室という部屋割りになった。
 どうやら、添乗員さんは昨夜の私がほとんど眠れていなかったことに気がついていて、それで配慮してくださったようだ。申し訳ないけれど有難い。
 2段ベッドの下の段が使えると、自分が上り下りしなくてもいいだけでなく、手を伸ばすと床に置いたリュックに手が届くので楽なのだ。

 荷ほどきをしたところ、リュックの中味はほとんど濡れていなかった。
 レインカバーをしていたし、リュックと背中の間に水が流れるような大雨ではなかったし、リュックの中にさらに大きなビニル袋を入れてその中に荷物を入れていたからだろう。
 準備って大切である。

 クィンティンロッジはマフィンが「名物」で、先着のみなさまが優雅にお茶など楽しんだり、派手に転んで流血状態になった方もいらして治療に邁進したりされている中、カメラの充電をセットしてからシャワーを浴びに行った。
 待ち時間なく使えるのが有難い。もちろんお湯もたっぷりと出たので、熱めのお湯にして身体を温める。ここで風邪をひいたりしたら目も当てられない。

 途中で着替えた服も含めて手洗いでせっせと洗濯し、ドライルーム(レインウエアと靴を干したのとは別のドライルームである)に干して、ルーティン終了である。
 そういえば、ミルフォード・トラック初日のグレイドハウスで、マイターピークロッジに荷物を送るかどうかかなり迷ったけれど、送らずにおいて良かったと思う。むしろ、厚手のフリース1枚にしたところ、薄手のフリース1枚と薄手のダウンジャケット1枚にすべきだったと思う。

20190130_183130 一通りのルーティンを終えた18時半頃、外をみたら青空が広がっていた。
 何となく釈然としない。この天気をマッキノン峠で欲しかった! と思う。
 食堂に行ってみると、三々五々人が集まり始めていた。
 サザーランド滝に行った方達は、雨ではなく滝の水しぶきでびしょ濡れになったらしく、サザーランド滝組の身支度の時間も見込んで、この日の夕食は18時45分からと少し遅めである。

20190130_19283020190130_185946 このスープは、添乗員さんの旅日記によるとトマトスープだったようだ。
 メインにお魚(鯛)のフライを選んでいたので、ワインはカウンターのお姉さんに「白ワインのお勧め」を聴いたら「HAWKSHEAD」を選んでくれた。
 デザートはハニーポッキーソースのケーキで、コーヒーはセルフサービスである。といっても、ここにも立派なコーヒーマシンが用意されている。

 夕食後、20時半前くらいからラウンジっぽいコーナーに場所を移して明日の説明会である。
 併せて、明日の夕食メニューを選ぶ紙も回される。
 ララちゃんが説明してくれている間、日本語の説明書を熟読する。
 とりあえず、今日の消灯が22時、明朝に発電機が動き始めるのが6時、出発が7時半くらいのことは聞き取れる。

 聞き取れなかったところは、全体の説明の後、かなさんが日本語で説明してくれる。毎度のことながら有難い。
 明日は、5.5マイル地点でモーニングティが供され、その代わり、11マイル地点のランチのポイントでは温かい飲み物はなし。ここから終点のサンドフライポイントまでは3.5マイルで、ランチを食べるジャイアントゲート滝を14時までに出発するようにしましょう、と言う。
 サンドフライポイントはその名のとおりサンドフライが大量にいるので、虫除けスプレー必携だそうだ。

 マッカイ滝は、ミルフォード・トラックのパンフレットなどで必ず使われる綺麗な滝で「必見」のポイントだ。
 その他、ミルフォード・トラックで最後に開通したロッキーカッティングという場所(29.5マイル地点)は、アイルランド人工夫がツルハシで岩を削って道を作ったという。
 明日歩くアーサー渓谷はミルフォード・トラックの中でも最も雨の多い場所で、天気予報は「にわか雨」。これが大雨になると道が水没して、腰まで水に浸かって川を渡るなんてこともあるらしい。

 もちろんクィンティンロッジにもピアノがあって、我々ツアー一行のラジオ体操は7時15分に設定された。
 ラジオ体操に加えて、かなさん指導によるストレッチも恒例となっている。一通りの説明の後は、全員参加でストレッチである。身体がバキバキになっているのが分かる。

 併せて、かなさんに足の治療をしてもらう。右足は踵が靴擦れを起こし、小指は水ぶくれができている。左足の小指は元々がボロボロで、加えて親指の側面にも水ぶくれが出来ている。
 昨日と同様、水ぶくれは針を刺して水を抜き、靴擦れも一緒にテーピングしてもらう。運動を全くしていない私は「テーピング」は言葉は知っていても全く縁がないので、とても有難い。バンドエイドではケアできない領域だと思う。

 この日は「コケなかった人はいない」という状況で、かなさんに治療をお願いする人も昨日より増えている。
 治療をしてもらいながら、ルートバーントラックをお勧めされ、うーんと唸る。かなさんは、むしろルートバーントラックが専門で、「どんなコースですか」と尋ねたら、この日の登りを3日に分けて登る2泊3日のコースだという。
 それって、登りっぱなしということなのでは・・・、と思う。
 一応「散歩道」と称されるミルフォード・トラックよりも難易度は高そうだ。

 「今日、辛かったしなぁ」とボヤいていたら、かなさんはあっさりと「雨の中を歩いたことがなかったんでしょう?」とおっしゃる。
 ミルフォード・トラックを歩くために日帰りの山歩きツアーにいくつか参加して、そのうちの1回は雨が降ったけれど、木々に遮られるくらいの雨量だったし、レインウエアは着込んだものの割とすぐに小止みになったし、これは「ない」と答えるのが正しいと思う。
 というよりも、そもそも天気に関わらず「トラック」と言われるような場所を歩いたこと自体がほとんどない、というのが正解だ。

 治療を終えて部屋に戻り、洗濯物とレインウエアと靴などを取り込みに行く。もうすっかり乾いている。強力な乾燥室である。
 明日も暗いうちに起き出すので、電気が点いているうちにある程度荷造りをする。22時には発電機が止まるので、充電していたカメラも回収する。
 足の脛が痛かったので、筋肉痛の薬を塗りまくる。肩にも塗る。重いリュックを背負うことなどほとんどないし、元々肩凝りが酷いので、筋肉痛の薬は必携だ。

 消灯後、添乗員さんがお仕事をされていたので、私もついでにメモを書かせてもらう。
 歩いているときはメモを書く余裕などないし、機会を見つけてメモしておかないと、どんどん記憶など薄れて行ってしまう。
 その証拠に、添乗員さんと色々お話ししたように思うのに、何をしゃべっていたのか全く覚えていない。
 電気が点く前の5時45分に起きましょうと決めて、就寝した。

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2019.09.23

ニュージーランド旅行記5日目その2

2019年1月30日(水曜日)

 マッキノン碑まで一緒に来たかなさんはここでアナちゃんと交代していた。
 アナちゃんはかなり長い間、雨の中、吹きっさらしの峠で我々を待ってくれていたようだ。
 暖かい飲み物をいただいてほっとしたのも束の間、とにかく寒い。レインウエアの中に来ている半袖Tシャツがぐっしょり濡れていて、それで体温を奪われている気がする。

20190130_121027 「とにかく寒いので先に行きます!」と宣言し、歩き始める。動けば温まるかと思ったけれど、相変わらずやっぱり寒いままだ。
 マッキノン碑は標高1146mで最高地点ではなく、ここからまた少し登りになる。その登りの途中で、座って休憩しているツアーメンバーの女性お二人に会った。
 そのままご一緒し、最高地点1154mのマッキノン峠に到着したのが12時過ぎである。

 ちょうど同じタイミングでマッキノン峠に到着した二人連れで交代で写真を撮り合う。
 3人の格好の色合いが似ているのは、3人ともレインウエアその他の山道具の多くをモンベルで購入していたからだ。
 モンベル、人気である。
 やっぱり寒くて、マッキノン峠を味わっているお二人に「寒いので先に行きます!」とやっぱり宣言し、一足先に歩き始める。

20190130_121908 マッキノン峠からパスハットまで、10分くらいだった。
 トレッキングポールとレインウエアを入口にあるフックに掛け、中に入ると暖かくてほっとした。
 ザックを小屋の真ん中に下ろし、とりあえずはびしょ濡れになったTシャツを脱ぎ、長袖のシャツに着替えた。
 レインカバーもしていたし、ザックの中の大きなビニル袋に着替え等々は入れていたので、荷物も濡れていないようだ。

 そのうち追いついてきたかなさんに、開口一番「着替えましたか?」と聞かれて、「着替えました!」と元気よく回答する。「上に着ましたか?」と重ねて聞かれ「そこに出しました!」とさらに元気よく答えてフリースを指さしたところ「すぐに着てください!」と指示が飛んだ。
 私が余りにも「寒い」を連発していたので、低体温症を心配してくださっていたらしい。

 あまりにも寒くて、パスハットに入って、暖かい飲み物もいただき、かなりほっとしたらしい。
 見事に、パスハットの中や、食べた筈のお昼ごはんの写真を撮っていない。
 パスハットは壁に沿ってベンチが作り付けられていて、そこに座ってお昼ごはんを食べた。サンドイッチも完食したし、体調的には問題なさそうだ。

 このパスハットの外には「世界で一番見晴らしの良い」トイレがある。
 しかし、この霧ではその「見晴らし」は全くない。ただ一面の白が広がっているだけである。
 私が到着した頃にはツアーメンバーの半分は出発済み、添乗員さんたちも次々と出発して行き、私がお手洗いを借りる頃にはパスハットにはガイドさんとあと2〜3人が残るのみだった。

 かなさんに「ご自分のフリースは下山後のために荷物に入れて置いてください」と言われ、かなさんのフリースをお借りして着込む。
 パスハットまでに小さいペットボトルに入れていたお水を飲みきったので、500mlのボトルから移し替える。500mlのボトルが空になったのを見たかなさんに「追加しますか」と言ってもらったけれど、あと1本持っていますと答えたら「それなら大丈夫でしょう」というお返事だった。

20190130_132303 ツアーメンバーの男性のお一人と、13時10分過ぎにゆっくり出発した。
 まだ雨が降っているのでレインウエアは着て、防水ではない帽子はびしょ濡れなので被らないことにしてザックにしまう。
 雨の中でも結構写真を撮っていたので、手袋は付けない。
 ウエストバッグもザックの中にしまい、お水の小さいボトルとカメラをレインウエアのポケットにしまう。

 私たちがパスハットを出発したのは本当に最後で、かなさんはパスハットのお掃除を始めていて「すぐに追いつきますから」とおっしゃる。
 まだ雨は降っているものの、13時22分に17マイルの標識を通過する頃には、霧が少しずつ晴れてきた。
 山の反対側に回ったためか風も治まってきて、かなさんにお借りしたフリースのお陰もあり、登っているときの寒さは感じない。


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 歩き始めて20〜30分くらいでかなさんが追いついてきた。
 雨はまだ降ったり止んだりを繰り返しているし、足下が岩だったりするので、結構滑る。かなさんも危うく転びそうになっていて「このツアーが終わったら、靴を買い換えなくちゃ」と言っていた。

 道の途中でチェーンソーが置かれていて、その周辺は草の緑の匂いがむっとするほどだ。
 雨の中をガタイのいいお兄さんが草刈りに精を出しているところにも行き会う。
 この重いチェーンソーを持って上がってきて、雨の中を自在に操って草刈りをするなんて、私からすると尋常でない体力である。そして、有難い。

 14時15分、18マイルの標識を通過する。
 下を見るとまだ真っ白である。そして、(後から考えると)この辺りの下りはまだ購買も緩やかで歩きやすい。
 一旦、谷底みたいなところまでたどり着き、じゃぶじゃぶ歩けるくらいの川を渡る。
 この辺でだいぶ暖かくなってきたのでお借りしたフリースを脱いでザックにしまおうをしていたら、かなさんに「返していただいて大丈夫ですよ」と言ってもらい、そのままお返しした。何だかお世話になるだけなって申し訳ない。

20190130_142928 14時半くらいに、サザーランド滝のビューポイントに到着した。
 もちろん、何も見えない。視界は真っ白である。
 このミルフォード・トラックは、この「サザーランド滝」を見るために拓かれたとも言われていて、今日、16時前までにクィンティン・ロッジに到着できたら、往復1時間半くらいかけて滝の足下まで行くことができる。

20190130_143906 時間的にも体力的にも無理なので、せめてここから見ることができたら良かったのだけれど、残念ながら、サザーランド滝を目にすることはできなかった。
 そしてまた、ちょうどこの辺りから、下り坂が急になってきた。
 ストックに頼りまくりである。

 14時45分くらいにアンダーソンの滝の始まりに到着した。
 アンダーソンの滝は七つの滝が集まっているそうで、その滝に沿って木の階段が作られている。
 この頃には雨もあがっていて、レインウエアのフードを取れるくらいになっていたのが有難い。

20190130_14564820190130_145145 階段の途中、踊り場のようになっているところは、同時にフォトスポットでもある。
 写真を撮る振りをして休憩しつつ、ゆっくり木の階段を降りる。
 結構つるつるして滑りやすいし、足下の穴にストックを刺してしまうとそのままコケそうになる。

 15時10分、アンダーソン滝下にあるシェルターに到着した。
 「シェルター」という名前のとおり、「小屋」ではない。屋根があって、壁はなく、屋根の下にテーブルと机が設えられていて、トイレがある。(この下の写真の左奥に写っているのがトイレである。)

20190130_151018 ここまでご一緒した男性が先を急がれたので、へとへとの私はここで一息入れた。
 一人でへたっているところに、かなさんとツアーメンバーのお一人が追いついてきた。
 膝を痛めてしまったそうで、下り坂は特に大変そうである。
 何故か3人で(というか、私は聞くばかりだけれども)人生についてアンダーソンシェルターで語ってしまった。

 そして、かなさんのリュックを背負わせてもらおうとして果たせなかった。ベンチに置いてあった彼女のリュックが重すぎて持ち上げられない。
 このリュックに、さらにパスハットで提供してくださった飲み物用のお水や、歩いている途中にガイドさんはトイレのお掃除もしてくださっているそうで、補給用のトイレットペーパーや消毒用のディスペンサーも入っていたらしい。
 凄すぎる。

 シェルターでどれくらい休憩したか覚えていないのだけれど、今度はツアーメンバーの女性と二人で出発する。
 かなさんは、追いついてきた中国からいらした母娘のお二人に付くことにしたようだ。
 この辺りもかなりの急坂なので、ゆっくりおしゃべりしながら歩く。
 19マイル標識を15時40分に通過した。

20190130_162421 木々の間からかろうじて見えるダッドレイ滝を遠望し、そこから7〜8分歩いた16時30分頃に20マイル標識を通過した。
 こんなに急な下りなのに、後ろから追いついてきた(推定)アメリカ人の女の子がもの凄い勢いで駆け下りて行くのを見て唖然とする。素晴らしすぎる脚力である。
 「登りよりも下りの方が大変だ」ということを、今回、初めて身に沁みて感じたように思う。
 かといって、今日の登りが楽だったとか、今日の登りがずっと続けばいいとか思った訳では全くない。

20190130_170139 17時ちょうど、本日の宿であるクィンティン・ロッジに到着した。
 はっきり言って、びしょ濡れのへとへとのボロボロである。

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2019.08.18

ニュージーランド旅行記5日目その1

2019年1月30日(水曜日)

20190130_062646  確か発電機が回って灯りがつくのは6時と聞いていたけれど、相談の結果、5時半にそれぞれ目覚ましをセットして起き出した。
 サンドイッチ作りは6時からである。それまでに懐中電灯等々の灯りを頼りに身支度をし、荷造りをあらかた終えておく。
 添乗員さんにお勧めしてもらったバジルソースをたっぷりパンに塗り、ハム・チーズ・キュウリ・トマトを挟んでサンドイッチの完成である。もう一つは、甘い物が欲しいと思い、イチゴジャムのサンドイッチを作った。おやつにチョコレートももらう。

 朝食は、シリアルにヨーグルトをかけてアプリコットのコンポートと一緒にいただく。オレンジジュースとコーヒーを飲む。ツアーの方から「バナナ、半分食べない?」と声をかけていただき、有難くいただく。
 このポンポローナ・ロッジでは、マフィンとポーチドエッグが朝食に供され、自分でエッグベネディクトを作って食べられるところが売りだけれど、荷造り等々の手際が悪く、朝食後の出発準備に時間がかかる私はホットミールを待つ余裕がない。残念ながら見送った。
 
 この日の天気予報は小雨である。
 迷った末、半袖Tシャツ、スポーツタイツに山スカートを履く。トレッキングシューズを履き、ゲイターを付ける。
 できるだけこのままで行き、雨が降ってきたらレインウエア上下を重ねる心づもりで、リュックの外ポケットに入れる。
 峠越えのコースだから、もちろんストックを準備する。
 雨だし大丈夫だろうと思いつつ、念のため、虫除けを付ける。

 準備万端でロビーに行き、7時20分からラジオ体操だ。
 ポンポローナ・ロッジにもピアノがあり、かなさんがラジオ体操のテーマを弾いてくださるのに合わせて、我々ツアーメンバーが集まって準備運動である。
 今日も、2〜3人、外国の方がラジオ体操に参加してくださっていた。
 基本的には「遠巻きにされている」という感じではある。

20190130_073111  7時半、出発である。
 昨日よりも「我れ先に」という感じで足早に出発して行く人が多かったように思う。
 ロッジを出て、直進してしまうと昨日来た道に戻ってしまうので、板を渡して通行止めになっている。
 ロッジを出てすぐの道を右に曲がり、5分も歩くと11マイルの標識があった。
 まだ雨は降っていない。

 さらに10分ほど歩くと、開けた場所に出た。青空も見える。ここを流れている小川は、山からの雪解け水だそうだ。
 この辺りまでは、まだ前後に歩いている人の姿を見かけたけれど、8時10分くらいに12マイルの標識を過ぎる頃には完全に一人旅になっていた。
 多分、この小川を超えて森の中に入った辺りからが「プラクティスヒル」で、足慣らしといった感じの上り下りがある。

20190130_084307 20190130_082811 しばらく、森の中に入ったり、川の流れる開けた場所を歩いたりといったことを繰り返す。
 赤い大きなリュックを背負っているのはガイドさんで、多分左の写真に写っているのはアナさんだ。
 今日の登りは11回ジグザグ道を歩くと言われていて、11回を数えようと思っていたけれど、この「ジグザグ」の起点が今ひとつ判らずに、結局数えることはできなかった。

 しかし、8時50分過ぎに13マイルの標識を過ぎた頃には、すでに道は石畳っぽい感じに変わり、徐々に登り坂になっていたと思う。
 私はあまり水分を取らない方だと思うけれど、9時20分くらいにミンタロ・ハットに到着した頃には、ウエストバッグに入れた220ml入りのペットボトルのお水は空になっていた。
 意外と暑かったのかも知れない。

 ミンタロ・ハットで標高600mくらいだそうだ。ポンポローナロッジが標高410m地点にあるから、200m弱登ったことになる。
 お手洗い休憩を取り、小屋の中にある水道で空になったペットボトルに水を補充する。この他に500mlのペットボトルを2本満タンにして持っている。ミンタロ・ハットでのお水補給は、昨日かなさんにしつこく念を押されていたことだ。

 小屋の中に入るために靴を脱いだついでに、靴下をはき直す。
 5本指のシルクソックスの上に厚手のウールソックスを重ねていたら、内側の5本指ソックスが何だかよれてきて気持ち悪い。歩くときの気がかりはできるだけ少ない方が良い。
 身支度を終えて「ミンタロ・ハット」の看板の地点に戻ったら、道の真ん中にララちゃんがリュックをどんと置いていた。今日は彼女が殿らしい。そして、私はほぼ最後尾を歩いているようだ。

20190130_093153  ミンタロ・ハットを出発する頃にぽつぽつと雨が降り出したので、レインウエアの上を着る。レインパンツは迷った末、かなさんに相談してもっと雨が強くなったら履くことにしてリュックの外ポケットに戻す。
 リュックにレインカバーをかける。
 レインウエアを着るとウエストバッグが邪魔だったので、カメラとペットボトルだけレインウエアのポケットに入れて、ウエストバッグはリュックの一番上に仕舞う。

 9時35分、ミンタロ・ハットを出発した。
 ほぼ最後尾にいるというのに、コマドリの写真が撮りたくて何枚もシャッターを押しているのだから、我ながら余裕があるのかないのかよく判らない。
 少し遠いところにいたこともあって、がんばってもかなりブレブレの写真になった。

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 9時50分くらいに14マイルの標識を通過する。雨が多いところらしく、シダがうっそうと茂っている。
 この辺りはまだ傾斜は緩い。
 クリントン川にかかる橋を渡り、何だか変わった面白い形の木が生えているところを抜ける。景色が色々と変わるのは、気分転換になって有難い。

 多分、この辺りはすでに「つづら折り」に入っていたのだと思う。Dangerなどと書いてある看板が最初に出てきたときにはとにかくびっくりした。10時過ぎくらいである。
 Dangerって何? という感じである。
 要するに「落石注意」ということらしいけれど、「ここから200mは立ち止まるな」とか書かれると不安この上ない。
 何となく一息入れて呼吸を整え、お水を飲んでから出発した。

20190130_103744 20190130_102110  ちなみに、危険な箇所が終わると「Safe stopping area」と書かれた看板が設置されている。
 とにかくずっと登りが続く。
 しんどい。息も切れるし、汗だくである。
 そんなしんどい道中で、もの凄く綺麗な訳ではないけれどウェカでも会えると嬉しい。

 そういえば、アナちゃんはミルフォードトラックでキウイを見たことがあると言っていたけれど、今回のツアーでは「キウイを見た」という人はいなかった。
 ちょっと残念である。

 10時40分に15マイル標識を通過した。1マイルに50分かかっている。
 リュックを下ろしてしまうとまた背負うのに体力を使いそうだったし、ポケットにお水、リュックのポケットにチョコとナッツを入れていたので、休憩は立ち止まって立ったままお水を飲んだりチョコを食べたりしていた。
 それに、雨が降っているので、座るところもない。

 それでも、11時くらいに一度、木の下で地面が比較的乾いた感じのどころがあったので、リュックを下ろして休憩した。ペットボトルにお水を注ぎ足し、ナッツを食べる。
 見上げると、中国からきた母娘二人連れ(だと思う)の姿が見えた。
 確か、ママの方は「初めてのトレッキングだ」と言っていたから、私同様、登り坂に苦戦しているようである。

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 後になって考えてみると、実は峠越えのこの日が一番お花を多く見られたように思う。
 雨が降っていなかったらもっとたくさん写真を撮るところだけれど、登り坂で息が切れるし、そんな余裕はなかなかない。
 でも、雨が小止みになってきて、光りが入り、真っ白で全く見えていなかった周りの景色が少しだけ見えると何だかとても嬉しくなる。
 山肌から雨が滝になって流れているのが見える。

20190130_113449 そうやって一歩一歩、悪戦苦闘しながら歩いていると、名前を呼ばれたような気がした。11時35分くらいのことである。
 かなさんの声だ。
 「どこ〜?」と返事を返すと、ここここと手を振ってくださって、やっと発見することができた。
 ツアーメンバーのお一人と、二人で登ってきているらしい。

 普通なら待っていたいところだけれど、待たなくても多分追いつかれるし、待っているだけの体力もない。
 このとき既に、大量に汗をかいたところに、標高900mの森林限界を超えて風に吹かれ始め、相当に寒かったのだ。
 モンベルで購入したジオラインを着ていたのだけれど、私の汗っかきはモンベルの想定を超えていたらしく、びっしょり濡れて乾く気配もない。

 今から思えばフリースを着てしまえば良かったのだけれど、「濡れた上に着たところで暖かくない」と思い込み、「着込んでもっと汗をかいたら大変だ」という気持ちもあって、とにかく止まらずに動き続けることを選んだ。
 この辺がやはり「経験のなさ」の怖さなんだろうなと思う。風邪を引いたり具合が悪くなったりせずに本当に良かったと思う。

20190130_113741  この日はずっと小雨で、森の中を歩いているときは木々が雨を遮ってくれていたし、雨でびしょ濡れにはなっていないと思う。
 基本的には、森林限界を超えても周りは真っ白で景色を見ることはほとんどできなかったけれど、時々さーっと霧が晴れて、ちょっとだけ渓谷の底が見えたりした。
 また、ちょっと可愛い実がなっていたり、よりみずみずしい緑を見ることができた。
 自然が相手だし、そもそも雨の多いところを歩いているのだし、と自分に言い聞かせる。

 中国からの母娘お二人と前になったり後ろになったりしつつ歩き、11時50分、標高1146mの地源にあるマッキノン峠の記念碑に到着した。
 アナちゃんが記念碑の前に待機していてくれて、飲み物をくれる。
 コーヒーはすでに売り切れで、私は身体が温まる飲み物にしようとココア(チョコレートドリンク、だったかも)をいただいた。

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2019.08.04

ニュージーランド旅行記4日目その3

2019年1月29日(火曜日)

20190129_150154  15時にBUS STOPに到着した。
 この緑色の看板に、正しく「BUS STOP」と書いてある。
 もちろん、ここにバスがやってくる訳ではない。
 この先、ポンポローナ・ロッジに行く手前に川が流れており、雨量によっては「氾濫」に近い状態になることもあるそうで、雨が止んだり水が引いたりするのを待つための場所である。
 実体は、掘立小屋だ。
 しかし、屋根があって、壁があって、ベンチが置いてあるのだから上等というものである

20190129_150418 しばしの休憩後、BUS STOPを出発するとすぐ「ガレ場」に到着した。
 この緑の看板の上にある張り紙には「洪水で堤が不安定な状態になってしまったので、左に5分オレンジのリボンを辿って登り、非常用の橋を渡ってください」的なことが書いてある。
 後で聞いたところによると、トップグループに付いていたガイドさんが、参加者を下で待たせ、あっという間に登りながら目印にオレンジのリボンを付けていったのだそうだ。
 何て高すぎる身体能力だろう。

 かなさん言うところの「明日の予行練習」 をこなすべく、オレンジのリボンを辿りながら登る。
 実際のところ、5日目の峠越えの道はきちんと整っている箇所が大部分で、こんな感じのガレ場を歩くのはほんの一部である。
 しかし、そんなことは知らないので、かなり戦々恐々として添乗員さんと一緒にゆっくり歩く。

 道なき道を行く、オレンジのリボンの後を辿るという歩き方になるので、ゆっくり上がらざるを得ない。
 そして、若干のアドヴェンチャー気分も味わえるし、お天気も曇りで歩きやすい。
 何よりゴールが見えていて距離も短かったので、凄く大変だと思った記憶はない。このガレ場は、割と楽しく登ったと思う。
 もっとも、BUS STOPからほぼ平らな位置で橋が渡されていたのが見えて、「あっちだったら楽ちんだったのに」と思ったのも本当である。

 「非常用の橋」に折れる角にはガイドのアナさんが待っていてくれて、「あの橋を渡って右に折れ、ここから見えるあの看板を左に曲がればすぐだから」的なことを教えてくれる。
 彼女はここでずっと道案内をしてくれている訳だ。
 「非常用」という割にちゃんとした橋を渡り、再び森の中を歩いていると、向こうからカズアキさんが歩いてくるのと行き会った。しかも、荷物も背負っていない。

 「どうしたんですか?」と尋ねると、先ほどのバスストップにストックを置いて来てしまったので取りに戻ると言う。
 確かに、バスストップの横にストックが立て掛けてあったのを見た記憶がある。
 すると、添乗員さんが「私、アナに言って、最後尾を来るガイドさんにピックアップするよう無線で連絡してもらいます!」と言って、あっという間に引き返して行ってしまった。
 ガイドさんも凄いけれど、彼女の体力と応用力にも脱帽である。

20190129_15195420190129_152358 橋からロッジ入り口まで10分弱くらい歩き、無事、15時20分に本日の宿であるポンポローナ・ロッジに到着した。
 靴の泥を拭うために、ブラシを向かい合わせてくっつけたようなものが用意されている。よくよく泥を落とし、入口に用意されていたビスケットとジュース、お水のうち、お水をもらう。

 それほど暑くなかったし、途中で長袖シャツを脱ぎ着したくらいだから、それほど喉が渇いた感じはしない。
 この日、16kmを歩いている間に飲んだお水は700ccだった。

 ポンポローナロッジは、崖っぷちというか斜面を利用して建てられており、3階層(だったか?)になり、階段の両脇に廊下が延びてお部屋が並んでいる。
 シャワーとトイレは階層ごと、男女別にある。
 ここでは、我々ツアーの女性陣は添乗員さんも含めて一つのお部屋が割り当てられた。
 6人部屋で、2段ベッドが三つあるお部屋である。
 私がツアーのみなさんの中で最後尾だったらしく、先に到着した方々は荷ほどきをし、シャワーも浴びて、ロビーでアフタヌーンティと洒落ていらっしゃるようだ。

 カメラの電池が怪しくなっていたので充電を始め、ビーチサンダルに履き替えて靴を乾燥室に入れて乾かす。
 シャワーを浴びて洗濯をし、何故だか晴れてきたせいもあって暑いなぁと思いながら長袖シャツとヤマスカートに着替える。
 洗濯物を乾燥室に干すのと入れ替わりで靴を取り込み、部屋の中に入れておく。
 このロッジでは、靴を部屋の外に置いておくと、ケアという鳥にいたずらされてしまうのだ。

 シャワーを浴びているときに気がついたのだけれど、右足のちょうどゲイターの上端が来ていた辺りに、サンドフライに刺された後が横一列で並んでいた。
 ゲイターの隙間から入り込み、歩きながら刺しまくってくれたらしい。
 赤くポツポツと刺された跡が並んでいて、非常にみっともない。しかし、それほど痒くないのは有難い限りである。

 ポンポローナ・ロッジの「ポンポローナ」はスペイン語で「スコーン」の意味らしい。
 そんな訳で、ポンポローナ・ロッジのアフタヌーンティ・タイムにはスコーンが供される。
 16時頃にラウンジに行き、スコーンと紅茶をいただいた。クロテッドクリームとイチゴジャムもあって本格的だ。トマトケチャップが並んでいた理由は謎である。
 ついでに、空になったペットボトルを持ってきてお水を入れ、ティーバッグももらって明日用のお茶を作る。

20190129_175411 スコーンをいただいて一息入れ、ラウンジは飲んでいる方々が多かったけれど、どうにも筋肉痛の予感が激しかったので、お部屋に戻ってシーツをセットしたり、ストレッチをしたり、メンテナンスに努める。
 歩いている間、チェストベルトとショルダーベルトにちょっとでも違和感があったら直すように気をつけていた成果か、背中はそれほど痛くなっていない。

 18時前に夕食に行こうとお部屋を出ると、青空が広がっていた。
 山の上には雪も見える。
 下に見えているのは、ロッジの下の階のお部屋の屋根である。
 しばし、全員で入れ替わり立ち替わりの写真撮影タイムになった。

20190129_175627 20190129_184628  「食堂」などと言っては申し訳ないようなこちらの空間で夕食をいただく。
 前菜 は何故だかアラブ料理風である。ホブスに豆、チーズやディップ、オリーブの入ったトマト煮込みもある。
 メインはチキンのレモンソースだから白ワインがいいなとカウンターのお姉さんに伝えたところ、シャルドネをお勧めしてもらった。
 デザートのクレームブリュレまで美味しくいただく。
 コーヒーや紅茶はセルフサービスだ。

 19時半過ぎから翌日の説明があった。
 明日は6時起床、6時15分から昼食づくり、7時に朝食である。
 全体の一通りの説明が済んだところで、我々ツアーメンバーにはかなさんからの説明が続く。有難い。

 明日の午前中はとにかくひたすら果てしなく登って行くそうだ。
 かなさん曰く「登りじゃないところはほとんどありません。あったらラッキーだと思ってください」。
 しかし、実際は6マイルで700mを上がる登りよりも、3.5マイルで900mを下る後半の方がより辛いという。本当か、と思う。
 また、かなさんから7時20分にラジオ体操開始、7時半出発と厳命される。

 最初の休憩場所であるミンタロ・ハットで必ずお水の補給をしてください、と言う。
 明日のポイントは「水分補給」のようだ。
 あまり言いたがらないかなさんに食い下がって聞いてみると、明日の天気は「小雨」で、かなり暑くなる予報らしい。

 マッキノン峠を過ぎ、さらに30分くらい登るとパスハットに到着し、ここでお昼休憩になる。
 このパスハットを13時までに出なければ、サザーランド滝に行くことはできないと思ってください、という話だ。サザーランド滝に行く人は、明日の宿であるクィンティン・ロッジを16時半までに出ることになっていて、下りに3時間は楽にかかるらしい。
 途中、長い木の階段があって、そこに青い鴨がいる、かも知れないので探してみてくださいと言われた。
 果たしてそんな余裕があるものかと思う。

 明日の夕食を選び、明日の説明も聞き終えたら、ストレッチタイムである。
 かなさんが講師役になり、ラウンジの絨毯が敷かれたところを利用して、我々ツアーメンバーと、ガイドさん達も加わる。これが結構気持ちいい。
 ストレッチの後は治療タイムだ。
 腰や膝に痛みが出た方はテーピングをしてもらっていたし、私は左足の親指の脇にマメができかけていたのと、左足の小指が元からボロボロだったのがさらにボロボロになってきたので、その両方にテープを貼ってもらった。

20190129_205706 21時くらいには治療タイムも終了し、就寝準備開始である。
 これが、みなさんもの凄く手際が良くて、私などぼーっとしているとあっという間に置いて行かれてしまう。
 歯磨きをし、お手洗いを済ませ、ふと気がつくと21時半には私ともうお一方の他はすっかり寝入っていらした。
 それも凄いけれど「明日の朝も早く起きて走る」と言っている添乗員さんも凄い。凄い人だらけである。

20190129_213614

 21時半頃、夕焼けを見ることができた
 日が長い。
 暗くなってからお手洗いに行ったところ、ポンポローナロッジでは、外廊下には灯りが付いているけれど、お手洗いには灯りがついていない。
 各自が持っているライトが頼りである。

 歩いているときはウエストバッグとして使っているバッグを、ロッジに着いた後はショルダーバッグにして持ち歩いている。
 これが結構便利である。
 寝るときにもベッドに持ち込んで、バッグを手にすれば、水もライトも時計も手にできる。これは便利だ。

 前日のグレイドハウス・ロッジでは、「断続的ながら眠れた」という感じだったけれど、このポンポローナ・ロッジでは、何故だか全く眠れなかった。
 普段から全く運動をしない私がこれだけ歩いているのだから、疲れていない筈がないのに本当に眠れない。
 この日の夜に関していうと、「眠れた」とか「うとうとして目が覚めた」という記憶が全くない。
 もしかして一睡もできなかったかも知れない。しかし、そんな調子で普段から全く運動をしていないような私が峠越えのキツイ道を歩くことができただろうか。

 未だに、謎である。

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2019.05.04

ニュージーランド旅行記4日目その2

2019年1月29日(火曜日)

20190129_114357 20190129_113719  ひたすら、こんな感じの道をのんびり歩く。
 左側の写真のように道が落ち込んでいるところがところどころにある。恐らく、雨が降ったら水かさが増し、川の中をじゃぶじゃぶと歩く感じになるのだと思う。
 しかし、概ねの道は、右の写真のように平らである程度の道幅があり、木々に覆われている。
 たまに、コマドリが道の真ん中に現れたりもする。

20190129_115827  12時少し前にビッグスリップと呼ばれる、大きな土砂崩れ跡に差し掛かった。
 1982年に大きな土砂崩れが起き、クリントン側がせき止められて湖が生まれ、そしてこの辺りは土砂崩れで木々がなぎ倒されてしまったため、こんな開けた場所になっているという。
 昨日、かなさんは「そう思って通ると、”おぉ!”となります」と説明してくれた。
 確かに、と思う。

20190129_121013 20190129_120722 この辺りで、添乗員さんに追い抜かれた。
 彼女は我々ツアーメンバーの前後を行ったり来たりしながら歩いている。ガイドさん達並みの体力だ。
 体力のない私は、相変わらずののんびりペースでU字谷の底を歩く。
 土砂崩れ跡を過ぎ、7Mの標識を過ぎた辺りに「デッド・レイク」と呼ばれる湖がある。
 というか、あった筈である。

 7Mの標識もどうやら見逃したらしいし、「鱒がいるかも知れない」と言われたその湖を見た記憶がない。
 右の写真がそのデッド・レイクだろうか。
 デッド・レイクは「生き物が死に絶えた」という意味ではなく、ビッグスリップで生まれたこの湖によりブナの木が枯れてしまったことから名付けられたそうだ。

20190129_121708 ところで、この道の両脇に立っているポールは、先っぽが黄色く塗られており、かつ、その下に黄色で矢印が描かれている。
 こんな分かりやすい道にどうしてこんな道しるべが立っているのかといえば、この高さまで水が出ることがあり、そうなったときに「道を示す」必要があるからだという。
 確かに、じゃぶじゃぶと川を渡ったりする必要があるかも知れないから、荷物はすべてビニルに入れて防水するようにと言われていたものの、こういう目に見える形で注意喚起されると、「ひえぇ」という気持ちになる。

20190129_122553  12時20分、ほぼ7.5マイル地点にあるヒレレ小屋に到着した。ここでランチタイムだ。
 ツアーメンバーのみなさんは、全員、すでに到着していたと思う。
 小屋といっても、ランチを食べるスペースに壁はなく、いわゆる東屋である。そこにベンチが設えられている。

 ガイドさんによるホットドリンクのサービスがあり、ミルク入りのコーヒーをお願いする。
 朝作ったサンドイッチは、大きい方がハムやローストビーフ、きゅうりにチーズを入れたサンドイッチ、小さい方がイチゴジャムのサンドイッチだ。

20190129_124426 20190129_124420

 左の写真が、トラックとは逆側から見たヒレレ小屋である。
 トラックから入り、ヒレレ小屋を通り抜けて少しぬかるんだ道を行くと、右の写真のように川縁まで行くことができた。
 もの凄い透明度である。
 この川には鰻もいるらしいのだけれど、残念ながら私は見ることができなかった。

20190129_124413  このヒレレ小屋からは、ヒレレ滝を見ることができる。
 見ることができる筈なのだけれど、どうにも見た記憶がない。
 川の水の綺麗さに目を奪われて、「滝を見ることができる」ということ自体、すっかり忘れていた。

 お手洗いを済ませ(クリントン・ハットからこのヒレレ小屋までの間にもトイレが1カ所あった)、13時5分くらいに出発した。
 なかなか身体が温まってこなかったので、半袖シャツの上に長袖シャツを羽織る。
 ツアーメンバーで一番遅い出発となった私は、添乗員さんと一緒である。
 10分ほどで、8Mを通過する。

20190129_132712  この辺りは緑が濃く、鳥の鳴き声がうるさいくらいに聞こえている。
 アメリカから来たというイタリア系のおじさん(だと思ったけど、私より若かった可能性が高い)が動画を撮りつつその鳥の声を録音していた。
 マネしたつもりが、久々にデジカメを使ったもので、動画の撮影に失敗していたのは痛恨のミスである。

 13時半、初めてマッキノン・パスを見ることが出来る場所に差し掛かった。
 ところが、実は未だにこの景色のどこがマッキノン・パスなのか判っていない。
 先ほどのヒレレ滝と同じである。
 どこまでぼんやり歩いていたんだと思う。大体、このときには添乗員さんと一緒に歩いていた筈で、聞くこともできた筈なのに、間抜けなことこの上ない。

 でも、同時に、(勿体ないことではあるけれど)ただぼんやりとその道を歩くというのは贅沢なことだなぁと思う。
 荷物を背負って歩くことがかなり不安だったのだけれど、モンベルのお店で根掘り葉掘り「正しい背負い方」を教えていただいた甲斐があり、意外と楽に背負い、歩いている。
 途中リタイアできず引き返すこともできない道を歩き始めちゃってから言うのも何だけれど、意外と私って歩けるもんだなぁと思う。

 ここから歩いてすぐ、本当に2〜3分のところに、Hyden Lakeへの分岐がある。
 かなさんに「行ってください!」と力強く指示されていたこともあり、道を左に折れる。
 この分岐は、先で本道に合流するので、荷物を背負ったまま行って良いことになっている。

20190129_134637-2 20190129_133437 Hyden Lakeへの分岐を折れてから後が、この日、一番たくさんお花を目にしたように思う。
 道の両脇に黄色い小さいお花が一面に咲いているような場所もあって、若干乾き気味ではあったけれども歩いていて楽しい。
 寄り道すべき分岐である。
 戻らなくて良いというのもポイントだ。

20190129_133800  その分岐を入って5分くらい、お花を眺めながら(ついでに写真を撮りながら)歩くと、Hyden Lakeに到着した。
 この湖は、大きな雪崩がこの崖の上から落ちてきて地面に穴が開き、そこに水が溜まってできたのだそうだ。
 本当に、どれだけの勢いでどれだけの量の雪が落ちてきたんだろうと思う。

 そして、穴があれば普通に水が溜まって涸れないくらい、この辺りは雨が多いんだなぁと思う。
 この辺りでまたイタリアのおじさんと一緒になった。
 何だか英語ができない人(私である)との会話に慣れているなぁと思ったら、何回も仕事で日本を訪れているそうだ。納得である。

 何の仕事をしているのかと質問したときに考え込んだのは、どうやら「私が判る英語の範囲でどう説明すればいいか」を悩んだかららしい。
 宝石の鑑定の仕事をしていて、彼が務めている会社は「世界No.1」だと胸を張る。
 日本に行ったときには、その支社で働く60人のために、材料を買い集めてティラミスを作るそうだ(シンガポールかどこかに行くときは、社員が多すぎてとても作りきれないらしい)。

 日本支社のマネージャーに「ティラミスを作るからフィンガービスケットを買ってきて」と頼んだら、マネージャーはフィンガービスケットではなく、ティラミスを買ってきちゃったんだよ、と笑っていた。
 イタリア系アメリカ人のサービス精神ここに極まれり、という感じだ。素晴らしい。

20190129_140421 20190129_141553

 9M標識を14時に通過した。
 多分、Hyden Lakeに寄り道した分の距離は含まれていないので、1Mに45分かかったように見えるけれど、そうペースが落ちた訳ではない。
 ちょうど、この辺りからも道の右側にクリントン川が見えた。
 本当にどうしてこんな色なんだろうという色をしている。
 そして、水鳥が川面を跳ねるように飛ぶ姿も見ることができた。超低空飛行である。

20190129_142226  14時20分、プレイリー湖への分岐に到着した。
 ここでは、リュックを分岐に置いて行く必要がある。
 戻ってきた方に「綺麗だったわよ(推定)」と教えていただき、私もリュックを下ろして行ってみると、先ほどのHyden Lakeと同じように崖下に湖があり、細い滝が流れ落ちている。

 この場所のもう一ついいところは、何だかいい感じの二人が寛いでいるところに出会えたことだ。
 こちらの方向を見ると、確かに「草原の湖ね」という感じがする。
 プレイリー湖から戻り、14時40分に10M標識を通過する。

20190129_144611  添乗員さんと合流して歩いていたら、道に(推定)ケアが登場した。
 いたずら好きな鳥として、ミルフォード・トラックではよく話題に上る鳥である。
 彼女のトレッキングシューズを盛んにつついて遊んでいる。
 割と大きめの鳥だし、全体に茶色っぽいし、落ち着いて考えると決して可愛い鳥ではない。
 それにも関わらず、現れてくれたら嬉しいし、何だか可愛く感じてしまうところが、NZマジックだ。 

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2019.05.03

ニュージーランド旅行記4日目その1

2019年1月29日(火曜日)

20190129_072038 6時45分に起き、顔を洗って身支度をする。半袖Tシャツにジップオフしたズボン、念のためゲイターを付ける。
 7時前くらい食堂に行くと、ランチを作るための準備がすでに整っていた。
 パン、ペースト各種、具材各種、ランチボックス(好きな野菜を入れてサラダを作る人が結構いた)にラップ、茶色い紙袋が用意され、それぞれ好きな具を挟んでサンドイッチを作るのだ。
 これが結構楽しい。

 歩きながら食べるおやつも用意されていて、チョコレートとドライフルーツをもらう。
 昨日のうちにペットボトルにお水をもらい、用意されていたティーバッグをいただいて1本はハーブティを作ってある。
 夜の間に飲んでいたペットボトルのお水を開けて、新しいお水をもらう。

20190129_072504  追って朝食も用意される。
 もう少し待つとホットミールが出てくるけれど、食後にお腹を落ち着かされる時間が欲しかったのでそちらはパスし、フルーツのシロップ漬けとグラノーラにヨーグルトをかけ、ハーブティと一緒にいただいた。
 ツアーメンバーの方が「食べきれないから」とおっしゃったバナナ半分も有難くいただく。

 何しろ、朝は忙しい。
 サンドイッチ作りと朝食を済ませたのが7時40分、それから歯磨きをして、荷造りをして、8時25分には歩ける格好でロビーに集合である。
 ここで「入らない!」と焦るのが嫌だからというのが最大の理由で、45Lという大きなリュックを選んだのだ。

 かなさんのピアノ伴奏で、8時25分、我々ツアーメンバー参加によるラジオ体操が始まった。
 当然、他国から来た方々は「何だ?」という顔でこちらを見ている。
 そして、意外とラジオ体操を忘れていることに気がついた。無意識にやっていると「それは違います」と、かなさんからツッコミが入る。
 日本に住んでいたことがあるという女性がいて、いつの間にかラジオ体操に参加されていた。 

 ラジオ体操を終えて8時35分、出発である。
 リュックのポケットに500mlのペットボトルを2本入れ、ウエストバッグに180mlの小さなペットボトルを入れる。
 ウエストバッグには、パスポート、お財布、ハンカチ、ティッシュ、メモ帳とボールペン、カメラ、虫刺されの薬・日焼け止め、リップクリーム、おやつを入れた。
 帽子を被り、手ぬぐいを首に巻き、サングラスをぶら下げる。

 ロッジを出発してすぐ、ロッジの前の川にかけられた吊り橋を渡った。
 これが結構揺れて、楽しいといえば楽しい、コワイといえばコワイ。
 お天気は曇りである。

20190129_090732

 2日目のこの日に歩く道は「簡単」らしい。実際、歩き始めはアップダウンもほとんどなく、道は広めで平らだ。水たまりがほとんどないのも有難い。
 右手には先ほど渡ったばかりの川が流れているが、姿は見えない。
 その代わり、コマドリが木々の間を飛んでいるところが見えた。

 ミルフォード・トラックでは、こんな標識が1マイルごとに立てられている。
 この日、1マイルの標識も通り過ぎた筈だけれど、見逃してしまった。
 早めにスタートした筈が、どんどん皆さんに追い抜かれて行き、この時点ですでに一人で歩いていたような気がする。
 2マイルの標識を通過したのが9時7分だった。

 そして、2マイルの標識を通り過ぎてから10分くらいで、ウェットランドへの分岐に到着した。
 ここは結構みな寄り道しているらしく、標識の周りにリュックがたくさん並べられている。
 こういう感じで、横道に入るときにはリュックを置いて行くルールだ。最後尾を歩いてくるガイドさんに見落とされないようにするためである。

20190129_091819 20190129_092315

 昨夜の説明会のときに見た資料によると、元々、ニュージーランドにあった湿原は農地化されたりして、現在は、元々あった湿原の10%程度しか残っていないそうだ。
 ここはその貴重な10%の一部である。
 湿原は、乾いた時期には周りの植物に水を供給し、大雨が降れば水を吸収して洪水を防ぐという、いわば貯水池のような役割を果たしている。

 湿原には木道が設えられていた。
 ちょうど木道の一番奥にさしかかった頃、かなさんが追いついてきて、色々と説明してくれた。
 右上の写真の、真ん中の雪山の左側の山が、グレイドハウスロッジからも見えていたsentineil(だったか・・・)山である。
 この辺りには水苔もあって、手折っても元の場所に戻しておけばまたそこで生きて行かれるそうだ。強靱な生命力である。

20190129_092817 20190129_092800-2 また、左の写真の赤いお花は、食中花である。
 今のところ被害はないものの「噛まれたら大変です」と前評判の高い(?)サンドフライを食べてくれるという。
 そして、右の写真は、マヌカハニーのあの「マヌカ」の木だ。枝は黒く、時期には白いお花を咲かせるそうだ。

20190129_093613  15分ほどの寄り道で、ウエットランドを後にした。
 道の真ん中にコマドリがいて、すぐ足下まで寄ってきたりする。
 ミルフォード・トラックでは、コマドリに意地悪する人も捕まえようとする人もいないから、みな、人懐こいそうだ。

 歩いているときに何をしているかというと、誰かと一緒のときはおしゃべりだ。
 ただ、ミルフォード・トラックでは「みんな一緒に」歩く訳ではなくて、それぞれが自分のペースで歩くことになる。
 そうすると、とろい私などはあっという間に置いて行かれ、一人で歩いていることがほとんどだった。

 一人で歩いているときに何を考えるかというと、意外と「何も考えない」とか「頭を空っぽにして歩く」というのは難しい。
 こんな清々しい場所に来て、仕事のこととか考えたりしている。
 意識して深呼吸するようにしていた。
 あとは、リュックのチェストベルトをもう少し締めようかとか、ウエストバッグの紐とリュックのウエストベルトが当たるなぁとか、二重にした靴下の内側に履いた五本指ソックスがもぞもぞするなぁとか、そんなことを考えていたような気がする。

20190129_094354 20190129_094341

 ウエットランドから10分くらい歩いたところで、右側からひょいっと誰かが現れた。
 そこから川岸に降りることができるようだ。
 「綺麗なビーチがあるよ」と言われて河原に降りてみたら、いきなり開けて水があって、その水が綺麗で、なかなか気持ちの良い場所だった。
 河原の石が大きくてごつごつしていて歩きにくかったし、そういえばリュックを背負って来てしまったので、早々に戻る。

20190129_095657 20190129_095708

 先ほどの河原からほんの2〜3分、9時55分にクリントン・ハットに到着した。
 我々は「ガイドウォーク」に参加してミルフォード・トラックを歩いている。
 もう一つ、「個人ウォーク」で歩くこともでき、そちらの定員は確か1日40人だったと思う。

 個人ウォークでは、こんな感じで泊まるべき山小屋にベッドとマットレスは用意されているけれど、食べるものも寝袋もすべて自分で持ち運ぶ必要がある。
 クリントン・ハットは、その個人ウォーク用のハットで、我々はお手洗いを借りたり、お水を補給したりすることができる。
 もちろん、ここに泊まった方々はとっくに出発していて、管理人の人がいる筈だけれど見当たらず、人っ子一人いなかった。

20190129_100839_1  クリントン・ハットを10時に出発し、5分後には3Mの標識の横を通り過ぎた。
 道は整備されていて、時々、倒木が道を塞いだりしているけれど、そんなことは滅多にない。
 平らだし、ぬかるみも水たまりもないのが有難い。
 一方通行で分かれ道もないので道に迷う心配もない。
 気持ちよく歩くことができる。
 こんな景色と森と道を独り占めだ。

 ウエットランドだけでなく苔があちこちにあって、やっぱり屋久島っぽいなぁと思う。
 試しに苔を手のひらで押してみたら、3cmくらいもあって驚いた。
 そんなことをして遊んでいたら、ガイドさんや添乗員さんたちに追いつかれ、しばらく一緒に歩いた。
 色々と教えてもらえるのが楽しい(しかし、覚えていられないのが申し訳ない)。

 10時30分に4Mの標識を通過した。
 1.6kmに25分だから、1kmに換算すると15分ちょっとである。結構な重さのリュックを背負っていて、きょろきょろわくわくしながら歩いていることを考えると、私にしては上出来である。
 道は平らだし、お天気は曇りだし、歩きやすい条件が揃っているお陰だ。

 歩きやすいと言いつつ、たまにはこんな道を通ることもある。
 たまにアドベンチャー(というほどでもないけれども)なのが楽しい。
 オレンジのリボンは、進むべき方向を示してくれる目印だ。この隙間を通りなさいと言ってくれている。

20190129_10483320190129_104534 歩いていると、お花が目に入ったり、再びコマドリが遊んでくれたりする。
 それも嬉しい。
 お花について言うと、夏の盛りの筈だけれど意外と咲いていないなぁという印象だ。
 季節的にはもう少し早い時期なのかも知れない。
 実際、この翌日にマッキノンパスまで標高を上げて歩いたときの方が、お花をたくさん見かけたと思う。

20190129_110207 20190129_105542 その代わり、なのかどうか、折れて倒れた木の裏側に真っ白なキノコが生えていたりする。
 道の両脇にある岩に苔が生え、その苔を伝って水がしたたり落ちている様子もあちこちで見ることができる。
 やはり「1年に300日雨が降る」と言われるだけあって、森は豊かに水を内包しているのだ。

 それでも、この日は実際のところ、いつもよりもずっと「乾いて」いたようだ。
 「気分転換」の役割を果たしてくれたこの橋も雨が降り、川の水かさが増したときには、張られたネットと併せてきっと命綱のような存在になるのだと思う。

 5Mの標識は見落としたらしい。
 6Mの標識を通り過ぎたのが11時33分だった。

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2019.05.01

ニュージーランド旅行記3日目その3

2019年1月28日(月曜日)

 15時にガイドウォークに出発した。
 我々ツアーメンバーにはかなさんが専属で付いてくれる。我々のツアーとは別に、個人でガイド・ウォークに参加している日本人の方がお一人いらしたけれど、英語に堪能な方らしく、他のグループにさりげなく混ざっていらした。
 何だかちょっと申し訳ない。でも、気持ちは分かる。

20190128_151341 20190128_152029  

 写真左側、ギンブナは常緑樹で、南極ブナの一種だそうだ。
 そういえば、昨年にタスマニアに行ったときにも南極ブナはたくさん見ている。確か、葉の裏が白っぽいから「銀」ブナと呼ばれているのではなかっただろうか。
 滅多に花を付けないギンブナが、今年、花を咲かせていたそうだ。

 右側の写真は、ペッパーツリーの葉である。
 マオリの人々は、消化の薬として用いていたそうだ。
 名前のとおり、噛んでみると辛いというか、刺激を感じた、ような気がする。

 倒木の更新の説明を聞きながら、やっぱり屋久島を思い出すなぁなどと思う。屋久島と違うのは、ガイド・ウォークのコースのあちこちに置いてあるの存在だ。
 奥に見えるピンクの三角は「この近くに罠が仕掛けてありますよ」というサインである。
 この罠は、「獲物がかかっていない」ことが重要で、罠に動物(イタチなど)がかかっていれば、それは「この近辺にイタチが生息している」ことの証明になってしまう。

20190128_161121 説明を聞きながら森の中を歩き、パッと開けたところに出た。
 そこは渓流で、先に到着した方々は靴を脱いで足を浸したりして寛いでいる。
 やっぱり、お天気が良くて気持ちが良い。

 ストックを置いて、ちょっと上流の方まで岩伝いに行ってみたり、川の水で顔を洗ったりしてしばし寛ぎ、かなさんが戻るのに合わせて一緒に出発した。
 方向音痴の私に、ここからロッジまで迷わずに戻る自信はない。

20190128_162058 20190128_162532  帰り道で聞いたヤリの木の説明も面白かった。
 まだ若い内、ヤリの木は、その名のとおり、写真左側のようにとんがった槍のような葉っぱを付けている。
 そして、ある程度大きくなると右の写真の右端に写っているように、高い場所にだけ普通の葉っぱを付けるようになる。

 こんな不思議な形態変化をするようになったのは、もう絶滅してしまった鳥のモアに食べられないようにするためだったそうだ。
 若木で背が低いうちは葉っぱを細く固く槍のようにして食べられてしまわないように防御し、背が高くなるとその先端に普通の葉っぱを茂らす。
 ここに来るバスの中でドライバーさんが「ニュージーランドは鳥と木が特別」と言っていたことを思い出した。

 ガイドウォーク終了直前には、新種の熊など発見して「誰がやったんだろうねぇ」「ニュージーランドでもここだけでしか見られない新種の熊だねぇ」などと笑い合いながら、約1時間半のガイドウォークは終了となった。
 ロッジに戻ったのは17時近かったと思う。

 汗びっしょりでTシャツの色が完全に変わってしまった私に、みなさんが「先にシャワーを浴びてらっしゃい」と言ってくださり、お言葉に甘える。
 我々ツアーメンバーが集まった建物には、女性用のシャワーが二つあった。
 前室っぽいスペースにフックや棚があり、足拭きマットも用意されている。お湯の量も温度もバッチリだし、ボディソープやシャンプー・リンスも備え付けられている。

 シャワー後は、長袖Tシャツとトレッキングスカートに着替え、着ていたものを洗濯し、乾燥室に干す。
 夕食の少し前から、アルコールを飲めるようになり、おつまみ的なものも出されて、添乗員さんから「どうぞ〜」と声がかかる。
 語学って重要、と思うのはこういうときだ。

20190128_185149 20190128_182400 夕食は、ロッジのリビングダイニング(?)スペースで18時からである。
 繰り返すけれど、何とも贅沢なトレッキングである。ここにはピアノも置いてあるのだ。
 別料金でアルコールも飲むことができ、バーカウンターで各自注文する。
 赤ワインでお勧めは? と聞いたら、ピノ・ノワールを選んでくれた。10〜15NZドルくらいだったから、良心的な価格だと思う。

 前菜はチキンサラダで、盛り付けも選ばれた食材も「おしゃれ」である。
 メインは、この日は、鹿肉のシチューか、サーモンのグリルか、ベジタブルキッシュから選ぶことができ、私は鹿肉のシチューにした。
 マッシュポテトがたっぷり付いているところがポイントだ。
 前菜とは別にグリーンサラダもある。

 デザートにアップルパイ(アイスクリーム添え)をいただき、食後のコーヒー・紅茶はセルフサービスである。
 「セルフサービス」以外のお皿は、すべて、ガイドさん4人がサーブしてくれる。
 働き者かつパワフルなガイドさんたちである。

 2時間弱で夕食を食べ終わり、そのままスライドを使った翌日の説明が始まった。
 説明していたのは、ガイドさん4人のリーダーであるララちゃんである。
 同時に、明日の夕食のメインディッシュを選ぶ紙が回ってくる。
 スライドの説明はもちろん英語で行われるけれど、同じ写真と日本語の説明がある資料が何冊か用意されているので、時間の変更等々にだけ気をつけていれば、全く英語の聞き取り能力のない私でも最低限必要な内容は理解することができる。

 明日は、今日と同じような天気だという。つまりは、暑い。
 そして、明日の道はほぼ平坦(最後だけ登りとガレ場がある)という話だったので、スポーツタイツはなし、ズボンはジップオフ、ストックはなしで行くことに決める。
 今日は22時に消灯、明朝は6時45分に電気が付き、7時からランチ用のサンドイッチを作ることができる。
 朝食は7時半、8時半から9時の間に出発するようにと言われる。

 しかし、我々ツアーメンバーには、かなさんから「我々は8時半出発、その前にラジオ体操をやります!」 と宣言があった。
 彼女はピアノの先生もしていて、「ラジオ体操のテーマ」の楽譜も持ってきてくれていると言う。
 そして、グレイドハウス・ロッジも含め、すべてのロッジにピアノがあったのだった。

 サイドウォークに行くときは必ずリュックを分岐に置いて行くようにという注意があった。
 明日は、Wet LandやHiden Lakeなどに行くサイドウォークがあるらしい。「ぜひに」というお勧めがあった。
 ランチはヒレレ小屋で、このときには温かい飲み物のサービスがある。もちろん、このサービスをしてくれるのもガイドさん達だ。

 それから、グレイドハウス・ロッジだけの「サービス」で、ここからもマイターピークロッジに荷物を送ることができるという説明があった。
 多分、1日(といっても1kmちょっとだけど)歩いてみて、「こんな重い物は運べない!」と傲然とした人向けのサービスだと思う。
 あるいは、乾燥室の威力に接し「本当にこんなに着替えは必要ないんだわ」と深く納得した人向けのサービスだ。
 荷物を送りたい人は銀色のバッグを取りに来てね、と言われた。

 説明会の後は、自己紹介タイムである。
 まずガイドさん達から始まった、ように思う。リーダーのララ、アナ、メリッサ、そしてかなさんの4人だ。
 参加者は、国別に集まって前に出て、色々と語っていた。聞き取りの努力を放棄してひたすら人数を数えた結果、オーストラリアから11人、アメリカから19人(後になって、ドクターのツアーが含まれていたと知った)、イギリスからご夫婦が二組、中国から母娘一組、国際結婚のカップルが一組、我々日本人がお一人でいらした方を含めて10人の計48人だった。
 ニュージーランド国内からの参加っていなかったんだっけ? 自信がない。

 ちなみに、「国別に歌を歌う」とか「芸を披露する」とかはなかった。
 私たちのときはかなさんが通訳してくれて、名前くらい言えばOKだった。そうじゃなければ、(少なくとも私にとっては)罰ゲームである。
 みなさん、「ずっと歩いてみたいと思っていた」とおっしゃっていて、そういう深い思い入れのなかった私は「何となく歩いていたいと思って来ました」と正直に言ってしまい、かなさんに「それって、訳しにくいわ」と嘆かれてしまった。申し訳ない。

20190128_204549  21時くらいに説明会兼自己紹介が終了し、「お隣にミュージアムがあるから行ってみてね」と言われて立ち寄った。
 でも、もはや何があったのか覚えていない。
 「昔の写真」や「昔使っていた道具」が色々と展示されていた。

 そして、このミュージアム(お部屋)の外廊下には掲示板っぽいものがあり、これまでのガイド・ウォーク参加者が置いて行ったらしいお守りや各国のお金、国旗のミニチュアなどなどがピンアップされていた。
 折り鶴もいくつかあったから、きっと、日本の方の置き土産だと思う。
 今回のグループにはいなかったけれど、ハングルのものも目立っていたから、韓国からの参加者も多いのだと思う。

 掲示板の下にはゲストブックも置かれていて、みなさん、色々とメッセージを書かれていた。
 日本語も、英語だけど日本の方のお名前のメッセージもある。
 こういうときにさらっと書けるっていいなぁと思う。
 少し考えて書くことが思い浮かばなかったのでパスし、消灯前にドライルームに行くと、洗濯物はすべてカラカラに乾いていた。
 ドライルームの威力、恐るべしである。

20190128_205350 20190128_205431

 21時を過ぎてもまだ空は明るい。
 写真左側がロッジ前の草原、写真右側が我々ツアーメンバーが割り当てられていた建物である。
 22時に消灯となり、お部屋の電気は消えたけれど、共有スペースと廊下はぼんやりと明るいくらいには電気が付いていて、懐中電灯なしで歩くことができるくらいだ。

 久々に二段ベッドで寝たせいか、なかなか眠れなかった。
 ベッドの横には奥行き10cmくらい、幅30cmくらいの棚が付いている。そこにウエストバッグやお水のペットボトルを置く。
 仕方がないので、「マイターピークロッジに荷物を送るべきか」を考え続ける。
 散々迷った末「送ったところで大した軽量化は図れない」という結論になった。

 2時過ぎに目が覚めた。
 目が覚めてしまうとなかなか眠れない。
 3時過ぎ、トイレに行ったついでに外に出た。
 明かりがなく真っ暗な分、満点の星が綺麗だ。オリオン座も見える。しばらくカメラと格闘したけれど、上手く撮ることができなかったのが残念だ。

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2019.04.29

ニュージーランド旅行記3日目その2

2019年1月28日(月曜日)

20190128_105420 トイレ休憩後もバスはニュージーランドらしい景色の中を走り、11時20分頃にテ・アナウの街に到着した。
 確か、トイレ休憩後、テ・アナウの街に到着するまでの間に、本日の夕食メニューの説明があったと思う。
 例によって私にはほとんど聞き取れなかった訳だけれど、ガイドさんがプリフィクスになっているメインディッシュを紹介するごとに、バスに乗ったツアーメンバーから「おぉー!」だの「あぁ」だのと声が上がっていた理由が未だに謎である。

 その後、ツアーメンバーの名前とメインディッシュ(毎日3種類の中から選ぶことができ、うち一つは必ずヴェジタリアン・メニューだった)の説明が書かれた紙が回されて来た。
 自分の名前のところで、食べたいメニューにチェックを入れればOKである。
 ところで、私たちはトレッキングに行くんですよね??? と思う。何とも贅沢なトレッキングである。

 テ・アナウの街は、ミルフォード・トラックだけでなく、ルートバーン・トラックやケプラー・トラックなどを歩くトレッキングの基地にもなっている。
 そう思って見ると、お土産物屋やレストランだけでなく、アウトドアショップも目についた。

20190128_113904  KIWI Countryというお土産物屋さんの奥にあるカフェで、サンドイッチビュフェの昼食である。
 サンドイッチやキッシュ、私が選んだラップサンドの他、サラダや野菜の煮込みなどが用意されていた。
 何となく調子が良くなくて、ジュースとカフェオレで糖分と水分を補給し、控えめな量に抑えた。

 お土産物屋さんには、何故かリャマのぬいぐるみがいたりしつつ、マオリの意匠を活かしたアクセサリや、羊の脂やハチミツを使ったスキンケア用品、Tシャツや帽子などのアウトドアグッズなどがあった。
 ここで購入したら3泊4日のトレッキング中にずっと持ち歩くことになるし、帰りにもこのお店に寄るという話なので、お買い物はしない。
 そもそも、あまり物欲を刺激されなかったように思う。

20190128_124734  12時10分に出発し、30分ほどでテ・アナウ ダウンズの船着き場に到着した。
 バスに預けていた自分の荷物を引き取る。
 ここからミルフォード・トラックのスタート地点であるグレイドワーフまでは船で行く。
 いつの間にか空が曇ってきて、風も強い。
 今日は風が強いので、通常なら1時間のところ、もう少し時間がかかるかも知れないとアナウンスがあったくらいだ。

 やはりミルフォード・トラックを歩こうという人たちなので、船室の上にあるオープンデッキが人気である。
 それにしても、風が強くて帽子が飛ばされそうだ。実際、ツアーメンバーの方は帽子を飛ばしてしまったらしい。
 風で雲が飛ばされたのか、行程の半分を過ぎ、クィンティン・マッキノンの十字架を通り過ぎる頃には青空が広がった。

 クィンティン・マッキノン氏はミルフォード・トラックの開拓者である。
 彼の名前は、マッキノン・パスとクィンティン・ロッジと、峠とロッジの名前として残っている。
 そして、彼はこの湖で遭難して亡くなったそうで、遺体は見つかっておらず、彼が乗っていた船が流れ着いたこの場所に十字架が立てられたそうだ。
 我々の船もこの十字架の横で少しだけ停まった。
 追悼と感謝の意を表すためだと思う。

20190128_134000

 もう1カ所、船がスピードを落とした場所があって、何となく写真を撮っておいた。
 もちろん、英語でガイドがされていたのだけれど、私の語学力では全く聞き取れない。というよりも、私の耳はすでに「聞き取ろう」という努力を放棄している。

 とりあえず、何かなんだろうと写真を撮っておき、後でかなさんにお聞きしたところでは、この島にマオリの人々が鰻釣りをしに来ていたそうだ。 
 結局、どこのことだかは判らなかったけれど、岩が屋根のようになっている場所があり、シェルターとして利用されていた跡が見えていたという。

 14時過ぎ、船はグレイドワーフに到着した。
 乗るときは自分のリュックを担いで乗ったけれど、降りるときは、ガイドさんから渡されるリュックを持ち、その辺に並べて置いて自分のリュックを探してくださいと言われた。
 合理的である。
 合理的だけど、渡されたリュックが異様に重くて、担ぎ上げられないかと思った。

20190128_141222 20190128_141501

 くるくる変わる天候は、完全に晴れで安定したようだ。
 船着き場から上陸した地点に、ミルフォード・トラック出発地点の看板が立っており、みなで代わる代わる記念撮影大会になった。
 今日はここから1.2km.だけ、グレイドハウス・ロッジまで歩く。

 心ゆくまで記念撮影を楽しみ、リュックを背負って歩き始める。
 実は、この「リュックを背負って」歩くというところが一番心配だったのだけれど、お店で背負い方を根掘り葉掘り聞いて教えていただいた成果か、意外と大丈夫そうである。
 それほど重いと感じない。

20190128_1417181km

 しかし、暑い。
 日差しは木々が遮ってくれているけれど、結構な気温の高さである。
 半袖Tシャツの上にスコーロン素材の長袖シャツを着ていたら、あっという間に汗だくになった。

 道は平らで、整備されており、歩きやすい。
 ところどころに水たまりがあるのは、雨が降ったばかりだからだろう。
 というか、ミルフォード・トラックはそもそも雨が多い場所として知られている。
 だからなのか、屋久島の印象に近い。

 歩き始める前に、「水たまりを避けて道の端を歩かないでください」と注意があったように思う。
 そうやって道の端を歩くことで、道がどんどん広がってしまうことを避けるためだ。
 それでも水たまりの真ん中をじゃぶじゃぶ歩く勇気はなく、なるべく浅そうなところを選んで歩いた。

 歩くこと30分弱、14時30分くらいにグレイドハウス・ロッジに到着した。
 いきなり森の中の道が開けて、明るい場所に出たので驚いた。
 何とも清々しい場所である。それはここにロッジを作りたいと思うよね、と思う。
 ロッジの玄関では、ジュースとクッキー、果物が用意されていて、有難くごくごくとジュースをいただいた。

 部屋割りは、到着したときにロッジのスタッフから説明されることになっている。
 もちろん、私は添乗員さん頼みである。
 ロッジのお部屋は、我々日本からのツアーメンバーに、トイレやシャワーも専用になる一角(3部屋)を割り当ててくれたようだ。
 基本は男女別で、ご夫婦で参加された方も、ここでは男女に分かれて別々のお部屋である。

 トイレとシャワーはロッジによって配置というか作りが違っていた。
 グレイドハウス・ロッジでは、男女別になっており、トイレの個室とシャワー、洗面台が並んでいる。
 外から入ると、3部屋共通のスペースがあり、廊下があって、各部屋とトイレ・シャワー室が並んでいる。
 コンセントは各部屋にあったと思う。

20190128_144347 20190128_145600

 左の写真のような二段ベッドが4つあるお部屋が、女性5人に割り当てられた。私の到着が一番遅かったし、年齢順で、私が上の段に決定である。
 マットレスと掛け布団、枕は用意されていて、昨日レンタルしたシーツを敷いてセットする。
 バスタオルとタオルも各自1枚ずつ用意されている。
 ロッジに到着後は、原則として土足禁止だ。早速、サンダルに履き替える。

 その他、特徴的な設備といえば、右側の写真の乾燥室だと思う。
 奥に見える銀色の送風口から激しく温かい風が送られていて、洗った物があっという間に乾いてしまう。
 洗濯場もあって(要するに流しと洗濯用石けんが用意されていて)、夕食前にお洗濯をして干しておけば、発電機が切れる22時までにはほぼ完全に乾いている。相当強力だ。

20190128_151019  今日はほとんど歩いていないし、明日からの足慣らしも兼ねて、15時からガイドウォークが予定されている。
 かなさんから、明日以降の予行演習も兼ねて、ストックを持ってきている人は使ってみてくださいと案内があった。
 リュックにくくりつけてきたストックを伸ばし、ウエストバッグだけを持ち、暑かったので、ズボンをジップオフする。
 考えてみれば、今日は1kmちょっとしか歩かないのだから、サポートタイツは必要なかったと思う。暑いだけだ。

 ガイドウォーク出発前に、ロッジの前の広い草原(?)で、全員揃っての記念撮影があった。
 ロッジの前を流れているのはクリントン川である。
 お天気が良くて良かったなぁと思う。
 我々48名は、今シーズン89番目のグループである。

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2019.04.20

ニュージーランド旅行記3日目その1

2019年1月28日(月曜日)

 前日は23時に就寝したところ、時差もない筈なのに2時に目が覚め、その後も眠れず、結局4時に起き出して荷造りを開始した。
 だいぶ緊張しているらしい。
 そして、荷物を減らそうとだいぶ頑張った割にまだ多い。そしてデカい。あまり圧縮しようとしなかったこともあり、45Lのリュック(モンベルのチャチャパックである)がほぼ一杯だ。

 散々出し入れを繰り返し、ウエストバッグに入れたもの、リュックに入れた(つまりは、この後、3泊4日背負って歩き続ける)荷物は以下のとおりである。
 (着ているものも含む。)

ウエストバッグ
 パスポート
 財布
 カメラ
 腕時計
 水(220mlのペットボトル)
 ミニライト
 目薬
 リップクリーム
 日焼け止め
 虫除け
 虫刺されの薬
 ハンドクリーム
 サニタリー
 ハンカチ
 飴
 地図(説明会でもらったもの)
 筆記用具

リュック
服(持ち歩く着替えはジップロックに分けて収納)
 半袖Tシャツ 1
 長袖Tシャツ 1
 長袖シャツ(スコーロン素材) 1
 スタビライザ 1
 ウールスパッツ 1
 下着2セット
 5本指靴下 2
 ウール厚手靴下 2
 パンツ(スコーロン素材、ジップオフ可) 1
 山スカート 1
 フリース 1
 レインウエア上下 1
 日よけ帽子 1
 手ぬぐい 2
 スパッツ(ゲーター) 1
 トレッキングシューズ 1
 サンダル 1

寝具
 シーツ(レンタル) 1

20190128_064204 洗面セット
 歯ブラシ
 歯磨き粉
 櫛
 髪ゴム
 カミソリ
 オールインワンジェル
 爪切り
 耳栓
 リップクリーム
 裁縫セット
 日焼け止め
 制汗剤
 筋肉痛の薬
 サニタリー

20190128_063805 救急セット(リュックのトップリッドに収納)
 靴紐
 風邪薬
 傷薬
 鎮痛剤
 バンドエイド
 (何故か)カメラの充電池

その他
 お水のペットボトル(500ml) 2
 エコバッグ
 トレッキングポール
 カメラの充電用コード
 サングラス
 折りたたみ傘

 リュックの中に昨日オフィスでもらった大きなビニル袋を入れ、そこにサンダル以外の荷物を全部詰め込んだ。
 サンダルは濡れてもいいし、ロッジに着いたらすぐに出せた方がいいかと思い、リュックの底に入れた。
 ビニル袋の口を素早く上手く縛れる自信がなく、タイラップ(パンの袋などを留めている針金入りのヒモ)を持参したところがポイントだ。

 最後まで迷い、サングラスのケースと電子辞書は置いていくことにした。
 この他に、最終日に泊まるマイターピークロッジ宛てに荷物を送ることができる。
 トレッキングシューズではない靴を送るかどうか迷った末、「靴を履き替えたら、トレッキングシューズは持って帰らないといけない」ことに気がつき、送らないことにした。

 マイターピークロッジ宛てに送った荷物は以下のとおりである。

 ワンピース
 レギンス
 iPad(これは、ロッジでwi-fiが使えると勘違いしたため)

20190128_070403  荷造りでぐだぐだ迷ったり、昨日カズアキさんと共同購入した虫除けを分けたり、ニュージーランドのお札の写真を撮ったりしているうちに、あっという間にモーニングコールの時刻(6時40分)になった。
 朝食は7時からである。
 この後はバス移動だしと思い、控えめにしておいた。
 ミューズリーにヨーグルトをかけたものが美味しい。

 朝食をサクっといただき、お部屋に戻る。
 あまりよく覚えていないけれど、朝食のときに、スーツケースはやっぱり廊下に出して置いてくださいと指示があったような気がする。
 また、リュックはバスに預けてしまうので、バスの中で使うものは別にしておいてくださいと言われたように思う。

 スーツケース、リュック、マイターピークロッジに送るバッグ、バスに持ち込むバッグの4種類のうち、スーツケース以外の荷物を抱え、8時15分にロビーに集合した。
 添乗員さんの指示で、ホテルに預けたスーツケースの預かり証の写真を撮る。これで預かり証を失くしても大丈夫だ。

 私以外の方々は山に慣れていらっしゃるのでみなさん荷造りが上手である。30Lのリュックの方もいらして、持たせていただくと私の荷物より格段に軽い。
 添乗員さんのリュックも、仕事用の紙がほとんどだとおっしゃりつつ、私の荷物よりもだいぶ軽い。
 ここでもかなり迷ったけれど、置いていけるものを選べず、そのまま持って行くことにした。

 8時20分にホテルを出発し、徒歩10分弱で昨日説明会のあったオフィスに到着した。
 ファーストネームだけが書かれた名札を受け取る。名札は常に見えるところに付けておくよう指示され、着替えても付け替えなくていいように、ウエストバッグにくっつけた。
 この名札があったので、この後ずっと、ツアーメンバーの間でもファーストネームで呼び合うことになった。
 それでもついつい「どういう漢字を書くんですか」と聞いてしまうところが日本人だなぁと思う。

 リュックをバスに預けようとしたとき、日本人ガイドのかなさんから「バスの中はかなり寒いですよ」と声がかかった。
 相当に冷房を効かせるらしい。
 リュックからフリースを取り出すと、添乗員さんから「だいぶリュックが小さくなりましたね」と言われた。
 後から考えると、厚手のフリース1枚ではなく、薄手のフリース1枚とダウン1枚にした方が良かったかも知れない。

 普通の観光バス1台にガイドツアー参加者48人とガイドさん4人(ララ・メリッサ・アナ・かなさんの女性4人)が乗り込み、オフィスを8時50分に出発した。
 けいこさんのお隣の席にお邪魔する。
 運転手さんがしゃべり倒して観光案内やニュージーランド案内をしてくれる。というか、してくれているらしい。
 英語力不足故に全く聞き取れず、ほとんど子守歌である。
 かなさんが「かいつまんで」と言いつつ、通訳してくださったときだけ聞いていた。

20190128_09083720190128_091400

 マオリだけが住んでいた頃のニュージーランドには、哺乳類がいなかったそうだ。
 19世紀にヨーロッパ人がハンティングの獲物としてウサギを持ち込んだという。
 天敵がいなくて増えすぎてしまったウサギを減らそうと、今度はイタチを持込み、そのイタチが元々ニュージーランドに生息していたタカヘやキウイなどの飛ばない鳥などの鳥を食べてしまった、という話くらいしか覚えていないのが申し訳ない。

 昨夜ほとんど眠れなかったこともあり、爆睡してしまったようだ。
 ワカティプ湖とか、カワラウ湖とか、世界で二つしかない真南から真北に縦断するリマーカブル山脈とか、色々と案内いただいたことも全く知らないまま、10時半くらいに、最初のトイレ休憩ポイントであるモスバーンに到着して目が覚めた。
 トイレ休憩なんだけど、出発時間の案内がないところが若干不安である。

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2019.03.21

ニュージーランド旅行記2日目

2019年1月27日(日曜日)

20190127_040044 日本時間の日付が変わったころ、1回目の機内食が出た。
 機内食が配られる前に、メニューのアナウンスがあって、これは有難い。
 チキンかビーフが選べたのでチキンをお願いしたところ、トマトソースのかかったソテーだった。付け合わせのポテトサラダも美味しい。
 スパークリングワインをお願いして飲んでいたら、食事の途中で赤白のワインボトルを両手に持ってアテンダントさん達がお代わりをお薦めしていて、流石、ニュージーランド航空だわと思う。

 相変わらず機内では眠れないタチなので、食後は「銀魂2 掟は破るためにこそある」を見た。
 今ひとつ世界観的なものがよく判らなかったけれども、こういうものだと思って見ると面白い。2ということは1もあった筈で、そちらはどういうストーリーだったんだろうと思う。

*** ここからNZ時間で表記*** 

 ニュージーランドは日本時間+4時間である。真南にあるイメージだったので、4時間の時差が意外だ。いかに私の頭に世界地図が入っていないか、よく判る。

20190127_105718 多分、映画を見終わった後3時間弱くらいはうとうとできたと思う。
 10時半くらいに目が覚めた。機内が朝になっている。
 朝食メニューも事前にアナウンスがあり、洋食か和食かを選べたので洋食にする。
 コーヒーを頼んだら、問答無用で甘いミルク入りになった記憶である。

 NZ航空941便は、定刻よりも50分遅れの12時50分にオークランド空港に到着した。
 着陸の前、「当機は着陸態勢に入っております」のアナウンスがあった頃、私の席の上から水滴がいくつも振ってきた。しばらくして止まったから良かったけれど、あれは何だったんだろう。
 それはともかく、乗り継ぎの国内線まで1時間半強というのは、後で添乗員さんに聞いたところによると「普通は間に合わない」時間らしい。過去に、乗り継げなかったツアーがあったという。

 入国の際に検査があるので、機内預けの荷物をいったん引き取る必要がある。
 入国審査は自動化されており待ち行列なしだったのはラッキーだ。
 ターンテーブルからキャリーケースを引き取り、税関の列は添乗員さんが空港スタッフに頼んで先に入れてもらい、審査官の質問をその場で通訳してくれて、我々は頷くだけでOKという流れ作業だ。
 「トレッキングシューズとかポールを持ってるよ」「食べ物持ってるけどキャンディだけだよ」という正直申告が功を奏し、全員、オープンチェックを免れた。

 国際線ターミナルでも荷物の預け替えは出来るらしいけれど、「それよりも国内線ターミナルに荷物を持って行った方が早い」という添乗員さんの判断で、ほとんど小走りで国内線ターミナルに向かう。
 そういえばニュージーランドは夏で、半端に冬仕様の格好をしているので暑い。

 徒歩10分という案内の出ている道(外である)を急ぎ、荷物を再度預け、セキュリティチェックを抜けたら14時5分だった。
 添乗員さんは「私、飛行機止めてますから!」とそのまま搭乗口にダッシュして行き、我々も彼女の後を追いかけて、何とか14時25分発NZ航空623便に乗り継げた。

20190127_150346 2時間弱で本日の目的地クィーンズタウンに到着である。
 機内では、クィーンズタウンに本点のあるクッキータイムのチョコチップクッキーがおやつに出た。
 お隣の席になったツアーメンバーの方が、アテンダントさんに「このクッキーは有名なの?」と聞くと「とーっても有名よ!」と何をコイツは聞いているんだ、当たり前じゃないかというニュアンスでお答えがあった。
 なるほど。そういえば添乗員さんもばらまき土産にお勧めしていた。

 16時15分にクィーンズタウンに到着した。
 空港で会った日本人スタッフの方にお聞きしたところでは、先週、ミルフォード・トラックは大雨だったらしい。「今日、降る分にはいいでしょ!」「今週は多分大丈夫よ!」という力強いのかどうなのかよく判らない激励を受け、バスに乗り込んで市内に向かった。
 ポツポツと窓に水滴が当たっている。

 17時前にUltimate Hikes社のSTATIONに到着した。
 Ultimate Hikes社は、ミルフォード・トラックのガイドウォークを主催している会社である。ミルフォード・トラックを通して歩くには、このガイドウォークに参加するか、やはりUltimate Hikes社が管理しているハットを泊まり歩く個人ウォーク(こちらもハットの定員があるから1日当たりの人数が制限されている)をするか、その二つの方法しかない。

 明日からのミルフォード・トラック歩きに備え、17時から説明会がある。
 我々はバスを降り、説明会終了後はそのままレストランで夕食なので、キャリーケースなどは先にホテルに運んでおいてもらえるそうだ。

 明日出発のガイドウォークの参加者は48名(定員が50名)、そのうち日本人は我々ツアーメンバー9人と、あと個人参加の方がお一人いらっしゃるという。そのお一方はミルフォード・トラックは3回目ということで説明会はパスされ、我々だけの説明会となった。
 我々がツアーだからか、通常の取扱いなのか、日本語で説明を聞けるのは有難い。

 地図とザックにすっぽりと入れて荷物を雨から守るビニル袋、ロッジで使うシーツ、ミルフォード・トラックの終点にあるロッジに送るものを入れる「マイターピークロッジバッグ」を受け取り、説明の始まりだ。
 順不同で説明のあった内容を書いて行くと、こんな感じである。

  • 我々が参加するグループNoは89である。
  • サザーランド滝は高低差580mで世界で5番目に高い滝である。この滝を見るために、ミルフォード・トラックは拓かれた。
  • サザーランド滝までは、3日目のロッジ到着後、往復2時間弱かけて歩いて行くことができる。
    サザーランド滝まで行くためには、16時半までにロッジを出発する必要がある。
  • 一緒に歩くガイドさん4名のうちお一人は日本人女性の方である(ちょっとだけ顔を出してくださった)。
  • 先週は最高気温6度の日もあったが、明日から4日間はとにかく暑い予報である。
  • 先週は雨の日が多く、腰まで水に浸かって歩いた日もあった。明日からの3泊4日でも雨の予報が出ている。
  • 明日は8時半にSTATIONに集合し、9時にバスで出発する。
    11時にティアナウの街でランチ、船でグレイドワーフまで行き、1kmくらい歩いてグレイドハウスというロッジに向かう。
    ロッジ到着後、1時間くらいのネイチャーウォークがある。
  • シーツは最後のマイターピークロッジで回収(そこまでは自力で持ち運ぶ)。
  • マイターピークロッジには靴を送ることをお勧めする(びしょ濡れになる可能性が高いらしい)。
    その他、着替え等も送ることができる。
  • 出発前に、トレッキングシューズの靴底、つま先、靴紐を要チェック(靴を壊す人が必ずツアーに一人くらいいるらしい)。
  • (売店で売っている)フットフリースは靴下の下、つま先に詰めると滑りが良くなって靴擦れを起こしにくく、マメも作りにくくなる。
  • 今週は最高気温30度の予報が出ているので、水は毎日1リットルくらい持ち歩く方が良い。
    寒くはないので、水筒は必要ない。
  • 虫除け、日焼け止め、懐中電灯、室内履き、カメラ、充電器等は必携。
    各ロッジは22時で消灯、充電も22時まで。
  • 各ロッジで飲み物(アルコール含む)を注文した場合、支払いはマイターピークロッジでまとめて行う。カード払いも可。
  • お水は、ランチの場所や、ハット(ガイドウォークではなく個人ウォークの人が泊まる小屋)で補給できる。

 説明会は1時間強だったと思う。
 この後、サンドフライという虫の脅威と「暑い」という説明に白旗を揚げ、STATIONのショップで虫除け(ツアーメンバーのお一人と半分こにすることにした、スプレー容器を持っていた私は賢い)と、icebreaker社の半袖ウールTシャツを購入した。
 フットフリースやキャップ、植物図鑑などを購入されている方もいらした。

 ツアーメンバーの中にはSTATIONでリュックを借りた方もいらっしゃるし、そうでなくても全員大荷物だ。
 その荷物を抱えたり背負ったりしてSTATIONから少し歩き、ブリタニアというちょっと船っぽい感じのレストランに到着した。

20190127_18405220190127_190303 本日の夕食メニューは、トマトとにんじんのスープ、ガーリックブレッド、プライムリブのステーキ、アイスクリーム木イチゴソース添えだ。
 ステーキの焼き加減とソースが選べて、ミディアム・ペッパーソースの組み合わせでお願いした。
 せっかくニュージーランドに来たし、赤ワインもいただく。
 このガーリックブレッドがとにかく大きくて熱々で美味しかった。
 ステーキももちろん柔らかくて美味しい。

 ツアーメンバーの中に明後日(だったと思う)にお誕生日を迎える方がいらして、ミルフォード・トラックに入ってからでは流石にケーキの用意は難しいからと、この日にバースデーケーキでお祝いとなった。
 大きなブラウニーのケーキに蝋燭が立てられて運ばれてくる。
 もちろん我々もバースデーケーキのお相伴に預かった。美味しい。

 食べ終わってレストランを出ると、20時過ぎでもまだ明るい。
 しかし、雨が降り出していたので雨宿りを兼ねてコンビニに立ち寄る。
 「寒くない」という話だったので、だったら荷物の重量を減らすために水筒は置いて行くことにして、ペットボトルのお水を水筒の役割を兼ねて購入する。
 止まない雨の中、結構な急坂を歩いて、本日のホテル SCENIC SUITES QUEENSTOWNというホテルに到着した。

 軽く明日の朝食や集合時刻、荷物出しなどの説明を受ける。
 明日までに、「ホテルに置いて行くもの」「トレッキング中に背負う荷物(バス移動の間は預け荷物になる)」「マイターピークロッジに送る荷物」「バスに持ち込むもの」の4種類の荷造りが必要である。

 また、ミルフォード・トラックの初日のロッジで自己紹介タイムがあるそうで、それは添乗員さんがグループ代表みたいな感じで話してくれるという。これまた、英語脳をどこかに置いてきた私には有難い。
 「罰ゲームになっちゃいますから」という添乗員さんの言葉に深く頷いたのが自分一人だということに気づくのは24時間後のことである。

20190127_203228_1 お部屋に入って、有難いことにバスタブがあったのでお湯を張る。
 ゆっくりお風呂に浸かり、お洗濯をする。流石に「夏」のニュージーランドでヒートテックを2枚重ねて着続けていたら暑いに決まっている。大汗だ。
 ホテルにwi-fiがあったので母に無事ニュージーランドに到着したことをメールし、目覚ましを6時にセットし、荷造りを半ばで放棄して明日の朝やることに決め、23時くらいに就寝した。

 2日目の歩数 6020歩

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