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2020.04.06

カンボジア旅行記4・5日目

2020年1月2日(木曜日)

 13時半くらいに、サンボー・プレイ・クックに到着した。
 今回のツアーで最後に行ったこのサンボー・プレイ・クック遺跡は、カンボジアで3番目に登録された世界遺産であり、これまで見た中では最も古い7〜9世紀頃に当時の王朝の王都だった場所である。
 プレ・アンコール遺跡とも呼ばれ、アンコール遺跡群とは、そもそも王朝自体が異なる。

20200102_132400 サンボー・プレイ・クックの見学の対象は大きく3つのグループに分けられる。
 そのうちの一つプラサット・サンボー地区で最初に出会うのが、このプラサット・チュレイという建物だ。
 木の根が建物を締め付けんばかりになっている。かつて、遺跡の発掘・修復前には、多くの建造物がこんな状態だったそうだ。
 この木はそれほど太くはないけれど、樹齢200年くらいになるという。

 プラサット・チュレイの全景写真を撮ろうとして、見事にコケた。
 我ながら、冗談みたいな見事なコケっぷりだった。
 カメラとメモ帳を手にしていたのに、ちゃんと手を出せたので上半身のダメージは手のひらくらいだった代わり、膝やら脛やらから出血し、アザもこしらえた。
 2020年4月現在、このときの傷跡が足にまだ残っている。

 手のひらの傷やら足の傷やらを気にしつつ、見学に加わる。恥ずかしさが先に立ったせいか、痛みはほとんど感じないし、普通に歩けるのは有難い。

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 プラサット・タンボ地区の中心は、左の四角形の建物と、右の八角形の建物である。
 四角形の建物は入口の両脇にヴィシュヌ神とその妻であるラクシュミーが彫られている、と説明を受けたけれどよく分からなかった。
 この建物の中にはヨニが安置されている。

 一方、プラサット・タンボ地区には、八角形の建物 がいくつかある。クメール建築でこの「八角形」という形はまだここでしか発見されていないという。珍しい建築様式なのだ。
 中に入って見上げると建物が八角形であることがよく分かる。
 どうして屋根が抜けているのか、理由はよく分からなかった。

 20200102_133945 この八角形の建物の内の一つの外壁に「空飛ぶ宮殿」が彫られているというのだけれど、どの辺りが空を飛んでいるところを表しているのか、今ひとつよく分からない。
 建物というか、窓から外を覗いている人たちを表しているように見える。

 ただこの窓の下には、窓を支えるようにして並んで飛んでいる(ように見える)グリフォン達が並んでいる。
 グリフォンは、ヒンドゥ教の神話というよりは、西洋の架空の生き物だと思う。上半身は鷲、下半身はライオンという組み合わせからして、何となく西洋的だ。

20200102_135203 次のプラサット・タオ地区に向かう途中、聖なる池の横を通った。
 今は乾期なのでほとんど水は残っていない。
 王様の沐浴用として使われていたらしい。
 そのまま「他の木は全て伐採されてしまった」という樹齢の大きい木の横を過ぎて(ガイドさん曰く、お金になるので売り払われてしまったそうだ)、プラサット・タオ地区唯一の見どころと言っていいだろう建物に到着した。

20200102_14001820200102_135835 この建物は仏教寺院で、入口の両脇にタオ(ライオン)が狛犬のように並んでいる。
 ライオンのたてがみがくるくるとしていて、お尻が大きくて、百獣の王というよりは、やはり狛犬とかシーサーといった感じの愛嬌を感じる。
 このライオン像は、現在、カンボジアで確認されている最古のライオンの像だという。

 プラサット・タオはこのライオン寺院だけでさらっと通り過ぎ、プラサット・イェイ・ポアン地区に向かった。
 ここも八角形の建物が多い。

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 レンガで作られた壁に、丸い枠のある彫刻が彫られていた。
 ガイドさんは、左はラーマーヤナに出てくるシータ姫の像、右側は誰かがライオンと戦っている様子だと説明してくれた。
 ガイドブックを見ると、右側の丸の中で誰かがライオンと戦っているというのは共通理解のようだけれど、それが何を表しているのかということについては、まだ決着が付いていないらしい。
 私にはそもそもどこにライオンがいるのかも分からなかった。

20200102_143249 プラサット・イェイ・ポアン地区にある四角い建物の一つは、ヒンドゥ寺院だった。
 真ん中にヨニが安置され、このヨニを通って右側の蛇口のようなところから流れ出てくる水は傷を治すとされているそうだ。
 世界遺産遺跡であるのと同時に、ここはカンボジアの人たちの信仰の場所でもあるのだなと思う。
 実際、あちこちの建物の中にお供えが備えられていた。
 三つの寺院地区を回り、サンボー・プレイ・クックの見学を終えたのは14時40分くらいだった。

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 あとは一路プノンペンに向かい、夕食をいただき、プノンペン空港から帰路につくのみである。
 寂しいなどと思う間もなく、爆睡する。
 途中、にょきにょきときのこの山のような木が点在している畑と、川面に映る夕日を見られたのはラッキーだった。
 17時くらいにお手洗い休憩を取った後、バスは18時半くらいに、プノンペンのソカ・プノンペン・ホテル&レジデンスに到着した。
 メコン川とトンレサップ川の間の半島に立つ大型ホテルである。

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 夕食はコースになっていて、いきなり都会に戻って来た感じである。
 前菜:ポークリエット
 スープ:オニオングラタンスープ
 メイン:スズキのムニエル
 デザート:チョコレートムース

 これなら白ワインでもいただきたいところだけれど、飲んだら立ち上がれなくなりそうで、大人しくライムジュースを頼んだ。
 ココナツジュースを頼んだお嬢さんのところに、ココナツの実に切れ目を入れてストローを差したものが供されて、それがなかなか美味しそうかつインパクトがあった。

20200102_192923 プノンペンも渋滞が激しいそうで、ガイドさんは「橋が渡れないかも」と心配していた。
 19時半過ぎにホテルを出発し、このホテルが市内のどの辺りに位置するかよく分からないけれども、「地球の歩き方」には空港から市内までタクシーで30分くらいと書いてあるところ、空港に到着したのは21時近かった。
 やはり、相当、渋滞が激しかったようだ。

 ガイドさんとは空港の入口でお別れである。
 各自荷物整理を行い、21時にチェックインカウンターに並んだ。
 出国審査、セキュリティチェックも含め、それほど混雑していなかったと思う。
 免税品店でココ・クメールのリップスティックを購入した後、プライオリティパスを活用してラウンジに入った。

 汗だくになった服を着替え、改めて、サンボー・プレイ・クックでコケたときの傷をチェックする。
 手のひらの傷はもちろん、左足の膝はすでに赤黒く変色しているし、その他、あちこち擦り傷を作っている。ほとんど、幼稚園児(しかも乱暴者の男の子)のようだ。
 傷口を洗ったり、薬を塗ったり、バンドエイドや傷パワーパッドを貼ったりしていたらあっという間に時間が経ち、22時近くになってしまった。
 ボーディングタイムまで20分ではマッサージにチャレンジするのも難しい。諦めて、アイスティを飲みながらメモを書いたり、写真を整理したりして過ごした。

 プノンペン22時50分発ANA818便は、定刻通りに出発した。
 Exitシートの通路側、お隣は空席である。
 飛行機の照明はかなりよく出来ているけれど、それでもお隣の人が寝入っている隣で灯りを点けるのは躊躇する。飛行機で眠れた試しがないので、周りが寝入っているときに気兼ねなく映画を見たり本を読めるのは有難い。

 4日目の歩数 11398歩

*****ここから日本時間で表記*****

2020年1月3日(金曜日)

20200103_023109  4時半頃、機内食が出た。
 パンに卵料理、サラダとフルーツ、ヨーグルトといういかにもという感じの朝食メニューである。
 これにコーヒーをもらったと思う。

 何を見たか忘れてしまったけれど映画を2本見て、全く眠れなかったけれど退屈することはなく、定刻どおり成田空港に6時40分に到着した。
 ツアーは流れ解散である。
 家に電話したら妹一家が1月1日から泊まりに来ていて、今日、帰ると言う。お土産を取り出したキャリーケースを空港宅配に預け、8時前の電車に乗って、帰宅の途についた。

 5日目の歩数 3072歩

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