2016.10.31

クローズアップ現代+「ピラミッド透視 謎の空間を発見!」を見る

 2016年10月31日、毎週月曜日から木曜日まで、22時からNHK総合で放映されている「クローズアップ現代+」を見た。
 この日のテーマは「ピラミッド透視 謎の空間を発見!」である。

 クローズアップ現代が19時半から22時に移動し、国谷裕子キャスターが降板してから初めて見たクローズアップ現代+という番組に対する印象は、実はあまりよくない。
 やはり国谷裕子キャスターという方は、専門家から判りやすく話を引き出し整理し語ってもらうプロだったんだなと改めて思った。

 それはともかく、この日のテーマは「ピラミッド透視 謎の空間を発見!」ということで、エジプトのクフ王のピラミッドの内部構造に迫る、という内容だった。
 フランスとカナダと日本のチームが、それぞれの手法で、クフ王のピラミッドの内部構造を解明しようというプロジェクトが始まっているそうだ。
 ドローンを用いるフランスチーム、赤外線による温度変化を調べるカナダチーム、ミューオンという宇宙から降り注いでいる物質を用いる日本チームという構成だ。NHKがこの日本チームに加わっているらしい。

 番組を見る限りでは、まだ調査の端緒という段階のようだ。
 北側の斜面にある、切り妻屋根の端っこが見えているような場所から、ピラミッドの中心部に向かい、水平か上昇しているか下降しているかは判らないものの、1〜2mの大きさの通路が延びている可能性が出て来たという。
 ミューオンを反射させる装置をさらに大量にピラミッド内部に設置し、これからさらに研究を進めれば、内部構造を解明し、もしかしたらあるかも知れない新たな空間を発見できるかも知れないという。

 先の長い話だ。

 クフ王のピラミッドはデカ過ぎて、これまで正確な計測や内部構造の調査研究がほとんど進んでいないという話を聞いて、なるほどなぁと思ったり、現代科学を駆使しても計測すらそうそう簡単にはできないのだなと思ったりした。
 番組に登場した考古学者の方も「とにかくデータが欲しい」と言っていた。データがなければ仮説も立てられないし、研究も進められないのだ。

 続報に期待したい。

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2016.06.11

ブラタモリ「#41 伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」を見る

 2016年6月11日、毎週土曜日19時30分からNHK総合で放映されている「ブラタモリ」を見た。
 この日のテーマは「伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」の2回目である。

 御師のお宅では、江戸時代に江戸からお伊勢参りに来た一行17名の「旅の記録」の文書と、御師の家に残されていた江戸からのご一行様を迎えた「おもてなしの記録」の文書を付き合わせながら、どんな旅だったのかを推理する。

 当時、御師の家(要するに旅籠である)で出されたお料理をいただき、神楽の奉納やお土産や宿代食事代を含めた17名様ご一行が5泊した代金が当時のお金で60両だったそうだ。今のお金に換算すると600万〜1000万円くらいになるらしい。
 「御師って儲かるんですね」という感想に対して、「いえいえ、そんなことは」と御師の家の方が同じ年に25両の借金をしていたんですと証拠の文書を出してきたのが可笑しかった。

 可笑しいといえば、外宮と内宮の間の街に一大娯楽街が誕生し、江戸から来たご一行のうち何名かはそちらに行って夕食も食べず朝帰りをしたなんていう記録が律儀に御師の側で残してあったのも可笑しい。
 特に言及はなかった記憶なので、「お伊勢参りをした側」の記録にはなかったのだと思う。

 江戸時代には日本人の6人に一人がお伊勢参りをしたけれど、明治になって御師の制度が廃止されてしまう。
 しかし、天皇がお伊勢参りをするために国道1号線が東京から伊勢神宮まで引かれたり、鉄道が大阪から引かれたり、交通手段が発達したことで新しいお伊勢参りの形ができる。
 しかし、交通手段が発達したため、おはらい町を素通りして志摩などの次の目的地へ向かってしまう観光バスが続出し、今から40年くらい前のおはらい町の写真は見事に閑散としている。

 そこで「おはらい町に人に来て貰いましょう」ということで、その街並みを江戸時代の風情に変えようと行政と商店街の人々が取り組んで、今の盛況を呼び込んだと言う。
 江戸時代には「新しくなる」「若返り」ということで遷宮が人を呼び、明治以降には今度は「次の遷宮までに」という行政や町の人々の取組の節目となり目標となっている。

 伊勢神宮は遷宮に始まり遷宮に終わる。
 そういう感じがした。

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2016.06.05

ブラタモリ「#40 伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」を見る

 2016年6月4日、毎週土曜日19時30分からNHK総合で放映されている「ブラタモリ」を見た。
 この日のテーマは「伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」である。

 伊勢神宮内宮は河岸段丘に作られたというところから話が始まる。
 「河岸段丘」などという単語は、ブラタモリ以外では耳にしたことがない。国土地理院から表彰されたという話も納得である。

 伊勢神宮にお参りするときに下調べしたことが番組で結構取り上げられていて、予習した甲斐があったんだなぁと思って嬉しかった。
 タモリもそうだと言っていたけれど、私が前にお参りしたお正殿等々はもうすでにないのだなと思うとちょっと寂しい。

 20年ごとに建て替える式年遷宮をするお陰で「若返り」のイメージとイベント効果でお伊勢参りに来る人が増えたという話は何となく可笑しかった。この場合、誰が「たくさんの参拝者が欲しい」と思ったんだろう?
 また、伊勢神宮の建物は壁で屋根の重さを支えることで、逆に壁板同士の隙間を埋めるようになっていて、柱は実は屋根を支えてはいない。しかし、壁板の経年劣化でついには柱で屋根を支えなくてはならないようになるまでに大体20年かかるのだそうだ。

 伊勢神宮の外宮には、もの凄く広い門前町が広がっており、その門前町の発展を支えたのが「御師」と呼ばれる、全国に伊勢神宮の名と意義を広め、かつお伊勢参りに来た人に宿と情報を提供していた人々だったという話も面白かった。
 何だ、作戦じゃん、作ろうと思って作った伊勢神宮人気なんじゃん、と思う。我ながら徹底的に信仰心というものが欠如しているらしい。

 次回も伊勢神宮のお話が続き、江戸時代のお伊勢参りを再現するそうだ。ぜひ見たい。

 江戸時代には日本人の6人に1人がお伊勢参りをしており、「お伊勢講」が大きな役割を果たしていたらしい。その話が出たときに、母が「お母さんが子どもの頃にもあった」と言うので驚いた。一体いつくらいまで続いていた習慣なのだろう。

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2013.12.29

「 堤真一×神秘の熊スピリットベア 〜カナダ 聖なる森をゆく〜」を見る

 2013年12月28日19時30分からNHK BSプレミアムで放映された、の堤真一×神秘の熊スピリットベア〜カナダ 聖なる森をゆく〜を見た。

 カナダ北西部に広がる「グレート・ベア・レインフォレスト」を堤真一がギットガット族の父子と行き、スピリット・ベアと呼ばれる白い熊を追い求めるという番組だ。
 という触れ込みだったと思うのだけれど、実際見てみたらちょっと趣が違う。

 ギットガット族のお父さんは、スピリットベアを守るためには秘密にしておくのではなく保護しようという人々の協力が必要だと考えた長に託され、もう何年もスピリットベアを探し、出会い、観察を続けて来ているようだ。
 その息子のネルソン君(8歳)も一緒に海を行き、森を歩き、赤ちゃんの頃から森や熊を身近に感じて育ってきているらしい。
 彼らに会えたところで「スピリットベアは幻の熊」という大前提は崩れている。
 それでももちろん「必ず出会える」訳ではないし、初めてスピリットベアを海上から見つけたときの堤真一の感動は伝わってきたように思う。

 そして、森の中で本当に近くで出会えたときのその近さはびっくりである。
 もっとびっくりなのは、ほんの数メートル先に熊がいるのに、悠々と岩の上でお昼寝をしていたネルソン君だ。

 スピリットベアは白い熊なので、目の位置がすぐ判るし表情も判る。だから人間の側もゆったり構えて見るし、熊の方も落ち着いている。
 一方、ブラックベアは目が黒い毛に同化してしまっていて、人間はつい目を覗き込むようにしてしまい、そうすると相手の熊も身構えてにらみ返すようなことになり、場に緊張感が生まれるそうだ。

 そのブラックベアとスピリットベアが実は同じ「熊」で、毛の色を伝える遺伝子の組み合わせで、黒い方が優性遺伝子なので、白いスピリットベアは数が少ないということらしい。
 それは、ギットガット族に伝わる「氷河時代のことを忘れないように、この世界を作ったワタリガラスが、黒熊10頭につき白熊1頭が生まれるようにした」という伝説ともマッチする。

 最後に、堤真一は、スカン・グアイに向かう。熊が人の子を抱えた意匠のトーテムポールがそこにはあるのだ。
 半年前に行ったその場所が懐かしい。
 そして「立ち去りがたい」と表現していた筒井真一の気持ちがとてよく判るような気がしたのだった。

 この旅は何月のことだったのだろう。それほど重装備ではなさそうだったから、夏なのは間違いない。
 革を埋め尽くすような鮭の遡上、ブラックベアにスピリットベア、ザトウクジラなどたくさんの生き物と出会えた様子がとても羨ましかった。

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2013.09.21

出没!アド街ック天国「伊勢神宮」を見る

 毎週土曜の21時からテレビ東京で放映されている「出没!アド街ック天国」」で2013年9月21日に放映された「伊勢神宮」の回を見た。

 今年は遷宮が行われるということで、随分前からあちこちで特集されていた「伊勢神宮」だけれど、アド街は相変わらずアド街で、もちろん「伊勢神宮」が1位になるところは譲れないものの、美味しいものだったり、その昔からあった遊郭の風情を残す宿だったり、王道ではないところを丁寧に拾って行くところが好ましい。

 5年前に伊勢神宮に行ったときには調べた記憶すらないのだけれど、伊勢はフレンチやイタリアンのレストランがひしめきあっているそうだし、恐らくは遷宮をきっかけに新しい宿がいくつも生まれているようである。

 その代わり、「伊勢神宮」そのものについては5年前の私はなかなかがんばっていたということも確信した。

 いずれにしても、近いうちにまた行きたいと改めて思ったのだった。

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2013.08.03

「日立 世界ふしぎ発見! エジプト スフィンクスの謎 遂に解明!!」を見る

 毎週土曜の21時からTBSで放映されている「日立 世界ふしぎ発見!」」「エジプト スフィンクスの謎 遂に解明!!」を見た。

 何というか、テレビを見たのは久しぶりな気がする。

 タイトルのとおり、スフィンクスにスポットを当て、誰が何のために建造したのかを解明しようというチャレンジ精神溢れる内容だ。

 河岸神殿を建造したのはカフラー王であるというのは定説のようだ。
 スフィンクスを建造した王の候補として、クフ王の息子であるジェドエフラーとカフラーが挙げられているというのも定説らしい。
 そのことから、河岸神殿よりもスフィンクス神殿の方が後に建てられたことが証明できれば、スフィンクス神殿とセットで建造されたスフィンクスはカフラー王が建造したことになる。

 そういう三段論法だった。

 そして、河岸神殿の周りに築かれていた壁がスフィンクス神殿の下に潜っている(というか、その壁の上にスフィンクス神殿が建てられている)ことから、スフィンクスを建造したのはカフラー王であると結論づけている。

 仮説としてはともかく、「証明できた」とは言えないのでは? というのが私の正直な感想だ。
 でも、ロマンであることは間違いない。

 夏至の日に、カフラー王とメンカウラー王の両ピラミッドの間に太陽が沈む。その太陽が沈む場所にスフィンクスを建造し、王の再生を願ったのではないかという説も紹介されていたけれど、いや、それは「どこから」見たときにということが重要なのでは? と思ってしまった。

 それはそれとして、確か今は通常入ることのできない、「世界最古の宗教碑文」であるらしいピラミッドテキストの部屋に入っているのが羨ましかった。

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2013.04.09

ダーウィンが来た!「アフリカ象300頭! 謎の大集合」

 毎週日曜の19時30分からNHKで放映されている「ダーウィンが来た!」「アフリカ象300頭! 謎の大集合」を見た。

 先週の放送でヌーの親子を見た際、予告編でアフリカ象を次に取り上げると知って、これは見てやろうと思っていたのだ。
 予想通り、アフリカ象300頭が集合するのは、ケニアのアンボセリ国立公園だった。
 キリマンジャロがくっきり見え、その手間をゾウの一家が横切る映像は、かなり待って撮ったんだろうななどと感慨深い。私がケニアにサファリをしに行ったのは、もう10年も前の話だ。

 乾季の始め、アフリカ象の大集団が湿地帯に集まるのだという。
 さて、その理由は? というのがこの回のテーマだ。

 アフリカ象は1頭だけでももの凄い量の草等々を食べるので、そもそも300頭の大集団というだけで食糧危機勃発である。
 それでも集まってくるのは、この場所に生きて行くには欠かせない「カンダリ」という薬草として人間も活用している草が生えており、その草を食べるためには「数が力」という状況だからだという。
 この時期だけは、普通は家族(といってもメスと子どもだけ)で暮らしているゾウが、親類縁者で繋がって大集団を作り、この地にやってくるのだそうだ。ただし、食糧危機を招かないように(?)ほぼ3週間くらいで解散するらしい。

 ゾウが30種類以上の草や果実を食べなければ健康を維持できないということも初めて知った。
 しかし、この時期だけカンダリを食べているということは、1年周期くらいで30種類を食べられればオッケーということなんだろう。
 ちょっと不思議な感じがしたのだった。

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2011.04.02

「米エール大、マチュピチュ遺跡の遺物をペルーに返還」の記事を読む

 「米エール大、マチュピチュ遺跡の遺物をペルーに返還」という記事を読んだ。

 2011年3月30日、マチュピチュ遺跡から持ち出され、合衆国のエール大学に保管されていた遺物の一部がペルーに返還されたのだそうだ。

 第1陣として返還された約1400点は、約600人の警官に護衛されてトラックで大統領官邸に移送され、祝砲で出迎えられたというから派手である。
 返還された遺物の中には、マチュピチュを「発見した」考古学者ハイラム・ビンガムが発掘して持ち帰った陶磁器や骨片366点も含まれているという。

 これらの遺物はリマで短期間公開された後はクスコ大学で保管される予定だというから、私が目にすることはできなさそうなのが残念だ。

 エール大は、2011年がマチュピチュ遺跡発見100周年に当たることを契機に、遺物4万5000点あまりをペルーに返還することに2010年に合意していたというから、さらに10倍以上の遺物が返還されることになるのだろう。
 これで、さらにマチュピチュ遺跡の在りし日の姿が研究されるといいなと思ったのだった。

 私が読んだ記事はこちら。

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2010.07.11

THE 世界遺産「ペトラ」を見る

 毎週日曜の18時からTBSで放映されている「THE 世界遺産」「ペトラ」の回を見た。

 9月にペトラに行こうと思っている自分にはまさにグッドタイミングである。

 ペトラは、紀元前2世紀から400年に渡って反映したナバテア人の都だったこと。
 ナバテア人の末裔が現在の遊牧の民であるベドウィンであること
 ペトラはアラビア半島南部から古代ローマやエジプトに「乳香」を運ぶ交易路に位置していたこと
 ワディ・ラムもその交易路の一部であり、その岩肌にラクダの絵が遺されていること
 アカバの港もまた交易港として栄えていたこと
 ペトラが高い通行税を取りながら反映していた理由は、近くのワディ・ムーサの泉から水を引き、砂漠の旅に必要なオアシスを人工的に作り上げていたからであること
 ペトラの岩山は外的から守る要塞であると同時に水路及び水瓶の役割を果たしていたこと
 死海の底から浮かんできたアスファルトは、エジプトのミイラの防腐剤として必須の材料であったこと

 特に、雨の降っているときのペトラ、雨上がりのペトラに水が流れている様は圧巻の映像だった。

 やはり、ペトラだけではなく、ワディ・ラムやアカバを含んだツアーを選択したことは正しかったと納得したのだった。

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2010.02.06

「永平寺 修行の四季」を見る

 今日(2010年2月6日)の10時05分から、NHK総合で放映された「NHKアーカイブス」を見た。
 この番組は、文字通り「「時代を記録した映像などを保存・活用する施設や機能」という趣旨で設立された「NHKアーカイブス」という施設と連動し、そちらで保管している番組の中から選んで毎週土曜日の10時05分から放映しているようだ。

 今日は、2001年3月31日に放映されたハイビジョンスペシャル「永平寺 修行の四季」と、2005年6月5日に放映されたNHKスペシャル「永平寺 104歳の禅師」という番組だった。

 放映に気づくのが遅くて見始めたのは10時30分近かったし、後半の「永平寺 104歳の禅師」は見なかったのだけれど、それでも興味深かった。

 何しろ、入山したての若い雲水の姿を追っているので、「近しい感じがする」と言っては彼らに失礼だけれど、高祖といわれる方々のお話を聞くよりはやはり近しい感じがするのだ。
 特に「我慢強さがアップした」などとインタビューで答えているのを見ると、「外来語は使用禁止かと思ったよ」などという時代錯誤な感想が浮かんで来るのである。

 実家がお寺さんで、という人が修業にくることが多いように見受けたけれど、それにしても、若者が「厳しい」と知られる永平寺での修業に来る、自分で決めた「*年」という間、修業に励むというのは、やはり並大抵のことではない。
 まして、そういう「家」に縛られているわけではなく入山する人の気持ちというのは、一体、どこにあるのだろうと思ったのだった。

 そして、何ごとかを求めて入山してきた人々に、何ごとにもとらわれないことを求める曹洞宗は、やはり厳しい教えだよ、と(何も判らないながら)思ったのだった。

2010年2月6日(土曜日)10時02分から
NHK総合 NHKアーカイブス「永平寺 修行の四季」
NHKの公式Webサイト内、「NHKアーカイブス」の番組ページはこちら。

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