2019.02.27

大阪日帰り旅行記

2019年2月21日(木曜日)

 前日の天気予報では「晴れ」「暖かい一日」と言っていて、スギ花粉が飛びそうだなぁとそちらを警戒していたら、朝、風の音で目が覚めた。結構な強風だ。
 簡単に朝食を食べ、始発バスで最寄り駅に向かう。
 このバスがちょっと遅れて来て、バスを待っている間が寒くて震えた。ヒートテックのタンクトップに長そでのタートルネックシャツ、ウールのシャツに薄手のダウンコートという格好では寒い。

 旅行社で出している大阪日帰りツアーでは利用できる新幹線が限定されていて、一番出発時刻が遅かったのが東京7時13分発だ。
 この新幹線に乗るためには、最寄駅を6時頃に出発する必要がある。
 平日なら始発のバスに乗ればこの電車に間に合うので、大阪日帰り旅行は平日に決行した。

 予定どおり、7時過ぎに東京駅に到着した。
 東海道新幹線はE列の席で、富士山を見られる側だった。窓の下に電源があるのも有難い。
 周りを見てみると、やはりそこそこの混雑具合の車内では、ABCと3列並びの真ん中の席が空いていることが多く、隣に人がいないA列やC列の席の方が快適だったかもと思う。
 お隣の方がやたらと肘を張ってくる方で、その肘を避けようと妙な姿勢を取ってしまい、やけに背中が痛くなったので余計にそんなことを考えた。

 富士山は雲に覆われていて残念ながらその姿を拝むことはできなかった。
 天候回復の兆しが一向にないまま、9時46分に新大阪に到着する。
 大阪市営地下鉄御堂筋線の新大阪駅まで意外と遠いなぁと思いながら歩き、天王寺駅に向かった。御堂筋線は折良く新大阪駅始発天王寺駅行の電車が来て、すぐに乗ることができた。しかも、ガラガラだ。
 10時20分ころに天王寺駅に到着した。

黒田門 美術館に一番近い出口を使えば、大阪天王寺公園のてんしばの辺りから人の流れがあって迷いようがない。
 大阪展では、東京展で採用されていた日時指定制チケットは採用されないと聞いて少し期待したけれど、決して「混雑しない」訳ではないらしい。
 黒田門をくぐり、フェルメール展開催中の大阪市立美術館に到着した。予めネットで購入した前売り券を示し、早速、入場する。
 お目当ては、東京展後半から展示された「取り持ち女」と、大阪にしか出展されない「恋文」である。

 フェルメール展の感想はこちら

 ほぼフェルメールの2作品に集中し、1時間弱で見学を終えた。
 次の予定は14時10分集合の太陽の塔内部の見学だ。移動距離はあるものの時間的には割と余裕がある。
 ビストロスタンド ふじでビフカツを食べようとアポロビル方面を目指していた筈が、何故かアベノ・ルシアスというお隣のビルにたどり着き、しかもスタンド ふじのランチが美味しそうだったので、あっさりと計画を変更し、お魚を食べることにした。

 12時前だったので、すぐに入ることができた。
 「刺身定食」と「魚屋丼」とで迷い、メニューに「最後にお茶漬け用のかつおだしを用意しております」と書いてあったことが決め手で、魚屋丼をお願いした。
 ふと店内を見回すと、生ビールをジョッキで飲んでいるおばさま方のグループなどがいらして、こちらもかなり心惹かれたけれど、アルコールは帰りの新幹線まで取っておくことにする。

魚屋丼 魚屋丼は海鮮が山盛りになっていて、山芋や卵黄、正体がよく判らなかった甘めのあられのようなものの食感も楽しい。
 盛大に混ぜてれんげでいただく。
 3/4くらいを食べたところでかつおだしをお願いし、そちらをかけてお茶漬けにすれば二度美味しい。
 あっという間に完食した。

 

 ちょうどお店が混み始めたところでお勘定し、御堂筋線天王寺駅から千里中央駅、そこから大阪モノレールに乗り換えて万博記念公園に向かった。
 駅に着いたのが13時くらいだ。電車に乗っている間に天候回復しないかしらと念じていたものの、念じ方が足りなかったのか、やっぱり空は雲に覆われている。
 駅から万博記念公園に向かう途中、「太陽の塔」が見えた。
 正直に言って、第一印象は「随分と薄汚れているな」だった。

太陽の塔 高速道路を歩道橋で超える手前に太陽の塔のグッズショップがあった。時間に余裕があるので、先に絵葉書などを購入する。
 入園券を購入してゲートを抜けると、目の前にどーんと「太陽の塔」が立っていた。
 そういえば、生で見るのは生まれて初めてである。
 「記念撮影用のカメラを置く台」まであって、入れ代わり立ち代わり記念撮影が行われていた。

 思っていたよりもデカイ。
 そして、やっぱり、白いところがだいぶ汚れてきてしまっている。惜しいような、この方が「自然」なような、微妙なところだ。
 青空の下で見たかった! と盛大に惜しみ、集合時刻までまだ大分あったので梅林に行った。
 「梅まつり」が開催されている。

 日差しがなく、風も吹いているので結構寒い。
 カメラを操作する手がかじかむくらいの寒さだ。
 それにも関わらず、大きなレンズを装着したカメラを持った方々が大勢いらしてびっくりした。ここは「梅の花」撮影のメッカなんだろうか。
 自然文化園と日本庭園とを合わせると、梅が140種類・680本も植えられているそうだ。

梅梅

梅と太陽の塔梅

梅梅

 私も(コンデジで)梅の花の写真をたくさん撮り、水車小屋を見学し、「太陽の塔」の周りを一周する。太陽の塔の外側には「顔」が全部で3つあって、それぞれ決して幸せそうでも楽しそうでもない顔をしているなと何だか不思議だ。
 明るいパワーというよりは、むしろ不機嫌そうな、敢えていえば不満そうな表情にすら見える。
 その「顔」が、存在感ありすぎな感じで、塔というキャンバスを存分に活かして描かれている。

 繰り返すが、デカイ。
 写真や映像で見たことはあったものの、こんなにデカイとは思わなかった。大きさを全く認識していなかったとも言える。
 この塔を何の先入観も情報もなくいきなり見た訳だから、1970年の万博当時はまさに「度肝を抜く」という感じだったんだろうなぁと思う。

太陽の塔の顔太陽の塔の顔

太陽の塔の顔太陽の塔の顔

 太陽の塔の地下入口から入り、14時過ぎに受付してもらうと、14時10分から入場していただけますと案内された。
 予約時刻の20分前に受付を済ませるようにサイトに書いてあるのは、そういうことらしい。
 「建築基準法により16人以下のグループを作ってご案内します」という説明もあって、多分そのための「完全事前予約制」なんだと思う。
 そういえば、太陽の塔には窓がない。

 「太陽の塔」には、外側に三つ(正面の真ん中にある顔が現在を象徴し、一番上の金色の顔が未来を象徴し、後ろ側の黒い顔が過去を象徴しているという)の顔があり、そして第四の顔として地下に祈りの意味を込めた地底の太陽があったそうだ。

ラフスケッチ最初ラフスケッチ最後

 太陽の塔1階には、大阪万博後に行方不明になったその「地底の太陽」が復元されて展示されている。
 大阪万博の際に実際に展示されていたという、仮面や石像などと一緒に展示されているその太陽は、当時のままなのか現在の工夫なのか、太陽の顔自体も照明や映像で色や表情を変え、背後の映像も常に変化している。
 「祈り」に対してこういうことを言うのもどうかと思うけれど、この地底の太陽の顔が一番ハンサムだ。

地底の太陽地底の太陽

 この地底の太陽があるスペースでは、「時間制限等はありませんのでずっと見ていても大丈夫です」と言われる。
 そう言われても、次の展示が気になるので、概ねみなすぐ壁際に沿って次胃の部屋に行く順番待ちの列に並んでいたと思う。
 次の部屋からは16名ずつの案内になる。人数を区切られてドアを入ると真っ赤な部屋が待っていた。
 「生命の樹」が天井に向かって大胆かつ傍若無人に伸びている。

生命の樹 太陽の塔に内部があったなんて知らなったよ、というのが最初に浮かんだ感想である。
 「内部公開が始まった」というサイトの情報を見て申し込んだにも関わらず、万博当時から太陽の塔内部を公開していたことは全く知らなかった。
 生命の樹は枝ごとに色が変えられていて、一番下の単細胞生物(だったと思う)から、一番上のクロマニヨン人まで、進化の過程を辿るように色々な動物がその「樹」に宿っている

 写真撮影は1階までで、階段を上がる前にカメラやスマホは鞄にしまってくださいと注意があった。
 次のフロアに移動するまで、夢中で写真を撮る。
 部屋全体が赤いこともあって、やっぱり異様だ。
 赤が基調をなしているのは、岡本太郎が「生命の樹は血流だ」と表していたからなのか、当時からこういうイメージで展示していたのか、両方なのか、どこかに説明があったかも知れない。

 階段を一つ上がったフロアでは、一番、生命の樹に接近して見ることができる。ほとんど触れそうな距離だ。触ろうと思えば簡単に障れたと思うけれど、触っている人はいなかったと思う。
 三葉虫などがすぐ近くにあったことを覚えている。当時使われていたという案内板も展示されていて、フォントに時代を感じる。

 恐竜のプロントザウルス(だったと思う)は、大阪万博後もずっと枝に乗っかった状態で保管されていたという。それでも当時のままという訳には行かず、修理されている。
 また、万博当時は、プロントザウルスのお腹の部分は脈動(呼吸)のように動いていたそうだ。
 そこまで凝るか! という感じだ。

 また、少し上の枝にいたゴリラは万博当時のもので、頭部は中の機械が露出してしまい、足の皮が剥がれた状態のまま、修繕せずに展示している。「作られてから約50年経っている」という説明付きで、その事実を感じてもらうために敢えて修繕していないというような説明があったように思う。
 そして、生命の樹のゴール(一番上)にいるのはクロマニヨン人だ。

 もっとも、見ただけで「これはネアンデルタール人」「これはクロマニヨン人」と私に分かる筈もなく、各フロアにいる案内の若者の誰かがそう教えてくれたと思う。
 また、最上階には、生命の樹にいる動物たちの一覧が展示されていた記憶だ。
 いずれにしても「人間」ではないのだなぁと思う。

 最上階の5階では、太陽の塔の腕の内部を見ることができる。
 片方の腕は、当時、スタッフの非常脱出経路とされていたそうで、腕の中の階段もそのまま残されている。
 太陽の塔は、当時、腕から直接太陽の塔を囲むようにして立っていた(というか、太陽の塔が突き抜けていた)建物の5階に繋がっていて、観客は、もう一方の腕の中に設置されていたエスカレータを利用して移動したそうだ。
 へーと思う。

 ここでコースは終了となり、普通の非常階段みたいな階段を下りた。この階段の踊り場には、太陽の塔を建設している途中の写真などなどが展示されていた。
 大阪万博の2年ちょっと前に依頼され、太陽の塔のデザインのみならず、全体の展示コンセプト(プレゼンテーション)を任されたというのだから、岡本太郎という人の勢いが分かろうというものだ。
 15時前には見学を終了し、太陽の塔内部にあるスーベニアショップは行きがけに寄ってきたお店と品ぞろえはほぼ同じことを確認して外に出た。

 この後、早めに新大阪駅に戻っておやつを食べるか、EXPO70展に行くか迷った末、今回は見送るつもりでいたみんぱくに向かった。
 45分あれば一通りどんな感じか掴めるだろう、次回じっくり見学するために下見をしておこう、という目論見である。
 実際にとにかく一周してみたところでは、何というか「雑多」な感じの空間だった。ものすごく駆け足で見ると、「展示」というよりは「コレクション」「オタク」という感じだ。

トーテムポール 全部をじっくり見るにはとても時間が足りなかったので、今まで旅行した地域の、例えば、北アメリカのトーテムポールや、ウズベキスタンのスザニや、ペルーのチチャ(というお酒)づくりを象った焼き物などなどを中心に見て回った。
 みんぱくは、恐らく、長く時間を取って大量に所蔵されているというビデオテークを見たり、音を聞いたり(これは楽器展が開催されていたため余計にそう思ったのかも知れない)、写真集などの書籍をゆっくり眺めたりするのが楽しいところだと思う。

 そろそろ帰ろうとしたところで、みんぱくの中で出口を見つけられずに迷ってしまった。さらに、モノレールで待ち、地下鉄で待ち、少しずつ待ち時間が積み重なって、16時半には新大阪駅に到着するつもりが15分遅れになってしまった。
 急いで新幹線の改札を入り、ツアー特典の「東海キヨスクで使えるクーポン3000円分」が使えるお店に行き、夕食のお弁当(炭火焼肉たむらの牛カルビ弁当)、ビール(を買ったつもりが発泡酒だった。慣れない買い物をするとこうなる)、お土産にひとくち餃子 点天大阪往来館の中之島ラスクを購入した。

夕食 帰りの方が新幹線の座席には余裕があったようだ。
 新大阪17時3分発ののぞみに乗り、乗り遅れなかったことにほっとする。企画チケットなので、他の新幹線に振り替えることはできないチケットなのだ。
 名古屋駅を過ぎたあたりで、お弁当を開け、発泡酒と一緒にいただいた。卵焼きが甘いのが意外だ。

 品川駅で新幹線を降り、乗り換え時間5分はギリギリだよと思いながら小走りで上野東京ラインに辿りついて、こちらもほっとする。
 大阪日帰り、しかも設定されている新幹線のうち一番遅い時間で行き、一番早い時間で帰ってきたのだけれど、これが意外と楽しめた。もう少し上手に計画を立てられたら、もっと楽しめそうだと思う。
 また、色々な行先でチャレンジしてみたいと思う。

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2012.10.03

「ポポル・ヴフを探して」に行く

グアテマラ・マヤ文化協会「ポポル・ヴフを探して」
第1部 マヤの神話のお話とマリンバの紹介
 講演「マヤの聖典、ポポル・ヴフ」 講師 半田昌之(たばこと塩の博物館)
第2部 コンサートと朗読
 出演 峰ゆうこ/川名千鶴子
 演奏 青山道子(マリンバ)/フルート(後藤玲子)
     菅原早由吏(ファゴット)/黒澤百合(パーカッション&マリンバ)
     甲斐元子(パーカッション)
 朗読監修 林屋永吉
講演日 2012年10月3日(水)午後7時
場所 文京シビックホール 小ホール

 グアテマラ・マヤ文化協会主催の「ポポル・ヴフを探して」というイベントに行って来た。
 グアテマラ・マヤ文化協会ってどんなところなんだろうと少々怪しんだりもしたのだけれど、グアテマラ駐日大使を名誉会長にいただき、協会の所在地もグアテマラ大使館内というかなりオフィシャルな存在らしい。
 一方、法人会員は原則としておらず、個人会員のみ100人程度のアットホームな運営がされているようだ。
 イベントの始めに、副会長さんが挨拶すると同時に協会への入会勧誘を兼ねて紹介していた。

 副会長さんの挨拶、グアテマラ大使の挨拶に続いて、簡単なグアテマラの紹介が行われ、併せて、グアテマラで使われているというマリンバの紹介もあった。
 グアテマラからマリンバを持ち出すには政府の許可が必要だという話で、それはマリンバという楽器一般についてそうなのか、それとも古いもの、伝統的な形のものだけのことなのか、その辺りはよく判らなかった。
 とにかく、グアテマラからはるばるやってきたというそのマリンバは、その後のコンサートで使われたマリンバの2/3程度の長さである。通常は2mほど(だと思う)のそのマリンバを3人で演奏するというからかなりキチキチではなかろうか。そして、3人がそれぞれ演奏に使う場所は決まっており、その場所に併せてバチ(という名前で正しいかどうか不明だが)の種類も変わるのだそうだ。
 また、通常のマリンバはピアノなどと同じように白鍵と白鍵の間に黒鍵があるものらしのだけれど、グアテマラのマリンバは白鍵の真上に黒鍵が配置されているという。
 少しだけ演奏されたそのマリンバは、少しくぐもっており、この日は雨が降っていたこともあって調弦が難しいらしく、音が二重に聞こえてくるような状態だったのが惜しい。

 その後、たばこと塩の博物館の半田昌之氏から、ポポリ・ヴフについての講演があった。
 いわば、第2部の朗読のための解説編である。
 このお話のなかで一番気になったのは、マヤ絵文書が世界で「3」点しか残っていないという説明があったところである。確か記憶では4点だったようなと思いつつ、芝崎みゆき著「マヤ・アステカ不思議大全」を見てみたところ、やはり「4」点となっている。
 講演では、マヤ絵文書は、マドリード、パリ、ドレスデンにあるということだったので、残りの1つは存在しない、あるいは偽物であったとされたのかも知れない。

 ちなみに、このマドリードのアメリカ博物館にあるマヤ絵文書に、タバコを吸っている人の絵が描かれていることから、「たばこと塩の博物館」の半田氏とマヤとの関わりが出ているらしい。
 「それだけのことなんですけどね」というのがご本人の弁である。

 マヤ絵文書は、皮あるいは植物から作られた紙に石膏を塗ったものに描かれていたのだそうだ。両面ぎっしり書かれているらしい。
 世界には3(ないし4)しか残っていないのは、スペイン人が布教のために焚書してしまったからだそうだ。
 しかし、そのような状態でも、マヤの神話である「ポポル・ヴフ」が残っていることには、理由というか経緯がある。

 ポポル・ヴフは、キチェ族の創世神話で、スペインの侵攻後の1550年頃、アルファベット(ローマ字、という言い方もしていた)を学んだキチェの人が、マヤの言葉をアルファベットで書き留めたものだそうだ。
 その後、しばらくこの文書は埋もれていたけれど、1700年頃、フランシスコ・ヒメネス神父がチチナステナンゴのサン・トマス大聖堂で発見し、写本を作成するとともにスペイン語訳を行ったという。
 現在、残っているのはこのヒメネス神父が作成した写本のみで、ヒメネス神父が移した元の文書は失われてしまっているという。

 1947年、グアテマラのアンドレアン・レシーノス博士が新たにスペイン語訳を行うと共に註釈を作成し、この新訳版を4年かけて日本語に訳したのが、グアテマラ・マヤ文化協会長でもある林屋永吉氏ということだ。
 日本語版の出版には三島由紀夫らも支援を行い、1961年に中央公論から出版、1971年にはディエゴ・リベラが描いた挿絵も含んだ豪華版が再版され、現在普通に入手できる文庫にもこの挿絵のいくつかがモノクロではあるけれど収録されているという。
 ロビーでこの文庫も売っていたのだけれど、ちょっと迷って買わなかった。

 「ポポル・ヴフ」というのは、「共通の書」というくらいの意味らしい。
 元本が書かれたのがスペイン侵攻後であることからキリスト教の影響がすでに入っているという説もあるし、ノアの洪水との類似性も窺えるが、全体としてはマヤ独自の宇宙観が感じられる内容になっているそうだ。
 マヤ独自の宇宙観というのは、大雑把にいって、アニミズムであり、循環思想であり、人間も自然の一部であるという考え方であるといえるという。
 その他、特徴的な考え方として、唯一神ではなく「神々」という考えであり、天と地・光と闇・生と死など二元性で語られていること、が挙げられるのだそうだ。
 というよりも、そういう特徴があると頭の片隅に入れてこの後の朗読を聞くとよいでしょう、というお話だった。

 また、マヤの神々は、神々を崇め奉る存在として、また、森の番人として人間を作ったとされているらしい。
 最初は泥から作って失敗し、次に木から作って失敗し(そして、その失敗作の生き残りが猿となり)、最後にとうもろこしから作ってやっと成功したのだそうだ。
 とうもろこしの地位の高さがよく判る。大地よりも森よりもとうもろこしである。
 マヤでは森は四角くて、その四隅に柱が立っていると考えられているらしい。そして、東西南北にそれぞれ赤・黒・白・黄色の4色が当てはめられており、この4色はいずれも「とうもろこしの色」であるそうだ。
 真ん中は緑とされていて、それは葉っぱの色ではなく、翡翠だろうということだった。
 翡翠と並ぶとうもろこし、である。

 話は少し戻って「循環思想」ということだけれど、マヤ暦がまさにこの「循環」の思想で作られているという。
 主に儀式に使われた13日*20ヶ月の260日暦と、20日*18ヶ月+5日(凶月)の365日の暦を併用し、この2つを丁度干支のように組み合わせた長期暦が5125年ぶりに2012年12月12日に「一巡り」するということで、話題になっている。
 ちょうど、今年、グアテマラ北部で長期暦で最古(8c頃)のものが発見されたそうなのだけれど、そのどこにも「世界は終わる」とは書いておらず、次の日になればまた次の暦が始まる、というのが正しいらしい。

 概ね、こういう感じのお話だったと思う。

 10分間の休憩後、ポポル・ヴフの冒頭から人間を作り出すまでの物語の朗読と、マリンバ・フルート・ファゴットの演奏のステージがあった。
 これは、なかなか楽しかった。
 ついうっかり、朗読の言葉を聞き流してしまったりもしたけれど、それはそれで、雰囲気を味わうというものである。
 45分くらいのコンサートの最後には、林屋会長へのハッピーバースデーのプレゼントもあり(翌10月4日、御歳93歳になられるということだ)、至極和やかにイベントは終了したのだった。

 あいにくのお天気だったけれど、会場には150〜200人くらいの人が集まり、盛況だったと言えると思う。私も、参加無料でかなり楽しませてもらった。

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2009.09.17

「トリノ・エジプト展」に行く

 東京都美術館で2009年10月4日まで開催されている「トリノ・エジプト展 イタリアが愛した美の遺産〜」に行って来た。
 平日の午後だというのに、どの展示物の前にも黒山のひとだかりができていた。チケット売り場や入場待ちで並ばなかっただけでもラッキーなのかも知れない。

 残念ながら、ツタンカーメン以外の名前は、人間(例えば彫像の主や、棺の主や、作らせた人など)よりも、神様の名前の方が近しく感じたくらいで、「エジプト旅行したときの感慨に浸る」という感じではなかった。
 どうも、心覚えのある年代とは別の年代のエジプト・コレクションが中心だったらしい。

 それでも、何だかんだ言いつつも、2時間半かけて楽しく見ることができた。

 感想はこちら。

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2009.08.07

「特別展 インカ帝国のルーツ 黄金の都 シカン」展の開催を知る

 2007年7月14日(火曜日)から10月12日(月曜日)まで、東京・上野の国立科学博物館で、「「特別展 インカ帝国のルーツ 黄金の都 シカン」が開催されていることを知った。
 この企画展の公式Webサイトによると、その「見どころ」は以下のとおりである。

***

日本人によって発掘された古代文化「シカン」
これまでの30年間の発掘史を大画面のハイビジョン映像で紹介します
今ここに、1000年の眠りから覚めた
アンデスの古代黄金文明の全貌が明らかになります

***

 ぜひ、行ってみたいと思う。

 上記公式Webサイトの案内によると、水曜限定レディース券(1000円)なども用意されているようだった。

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2009.08.02

「伊勢神宮と神々の美術」展の開催を知る

 2007年7月14日(火曜日)から9月6日(日曜日)まで、東京国立博物館の平成館で、「第62回式年遷宮記念 特別展 伊勢神宮と神々の美術〜上野でぶらり、伊勢詣で〜」が開催されていることを知った。
 この企画展の公式Webサイトによると、そのコンセプトは以下のとおりである。

***
 ・・・。
 この展覧会はその式年遷宮を記念して、伊勢神宮の神宝はじめ「古事記」「日本書紀」などの古文書や、考古遺物、絵画、彫刻、工芸品から伊勢神宮の歴史と信仰、式年遷宮の様子、さらに遷宮による工芸の伝統技術の継承などをたどるものです。また、歴史と伝統に育まれた神道美術に光を当て、近年注目されている神像彫刻や神宮以外の神社の古神宝など、その精華を紹介します。
***

 ぜひ、行ってみたいと思う。

 上記公式Webサイトで、当日券(大人1400円)から100円割り引いてもらえる、割引引換券を印刷することができる。

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2008.01.26

「PIECE OF PEACE 『レゴ(R)』で作った世界遺産展 PART-2」の開催を知る

 2008年2月1日(金曜日)から2月25日(月曜日)まで、渋谷パルコ パート1で、「PIECE OF PEACE 『レゴ(R)』で作った世界遺産展 PART-2」が開催されることを知った。
 PART-2と銘打つからにはPART-1があったと思うのだけれど、そちらは残念ながら見逃している。

 ホームページによると、このアート展の内容はこんな感じである。

***

 第2弾となる今回は、レゴブロックで作る世界遺産モデルの作品数をはじめ、国内外で活躍するアーティストからのピースなメッセージアート作品などコンテンツをさらに強化。「ピラミッド」に「アンコール」、「モン-サン-ミシェル」、「古都京都の文化財」などの第一弾モデルに加え「サグラダファミリア」「カトマンズの谷」「ブラジリア」「首里城」などなど世界20カ国26物件の地球のアートをレゴブロックを使ったアートとして造作します。
 ご想像いただくだけでも楽しいイメージを広げていただけるのではないでしょうか・・・。

***

 入場料、グッズの売り上げの一部は、日本ユネスコ協会連盟が行う世界遺産活動に寄付されるのだそうだ。

 ぜひ行ってみたいと思う。

 サイト「PARCO ART.com」内、「PIECE OF PEACE 『レゴ(R)』で作った世界遺産展 PART-2」のページはこちら。

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