2017.10.01

「招き猫、全国から3万体 伊勢・おかげ横丁で「まつり」」の記事を読む

 「招き猫、全国から3万体 伊勢・おかげ横丁で「まつり」」という記事を読んだ。

 伊勢市の伊勢神宮内宮前のおかげ横丁で、今日(2017年10月1日)まで全国から個性豊かな招き猫約三万体を集めた「来る福招き猫まつり」が開かれていたそうだ。

 おかげ横丁に並んだ出店では、猫をかたどったべっこうあめや、サンタクロースの格好をした背丈20cmほどの招き猫など大小さまざまな種類が売られたり、大黒ホールで開かれている招き猫現代作家展では、国内の15人の作家が手掛けた招き猫の作品を展示販売していたそうだ。

 「来る福」にちなんだ「招き猫の日」の9月29日9時29分から、伊勢市宇治今在家町の宇治神社でおはらいした福招きの鈴を929人に授与したそうだ。

 伊勢神宮にはまたぜひお参りしたいと思っていて、次回はこうしたイベントや、特別な行事があるときがいいなぁと思っている。

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2017.09.24

「伊勢神宮で神楽祭、15年ぶりに”八仙”披露」の記事を読む

 「伊勢神宮で神楽祭、15年ぶりに”八仙”披露」という記事を読んだ。

  2017年9月22日から伊勢神宮の秋季神楽祭が始まり、内宮神苑の特設舞台で舞楽が公開されたそうだ。

 舞台を清める「振鉾」で始まり、続いて極楽にすむ鳥が舞い遊ぶ様子を表した「迦陵頻」、鳥の顔を模した独特の面をつけた四人舞「八仙」が15年ぶりに披露され、雨あしが強まったため舞を伴わずに演奏する「長慶子」は中止となったという。

 舞楽の公開は23、24日も11時、14時に行われ、雨天の場合は参集殿能舞台で11時の1回だけとなるという。

 伊勢神宮にはいつかまた行きたいと思っているので、次は、舞楽が見られる時期に行くのもいいかしらと思った。

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2017.09.02

「神宮奉納へ稲刈り 児童ら150人で350束」の記事を読む

 「神宮奉納へ稲刈り 児童ら150人で350束」という記事を読んだ。

 2017年8月27日、伊勢神宮に奉納する稲の刈り取り作業が伊勢市御薗町長屋の田んぼで行われたそうだ。10月15日と16日に行われる、外宮と内宮に新穀を運び込む「初穂曳」で、全国から寄せられた新穀とともに奉曳車に載せられるという。

 伊勢神宮奉仕会が27年間続けているこの稲刈りでは、やJA伊勢の関係者、ガールスカウトの小学生ら計150人が参加してコシヒカリの稲束350束を用意したそうだ。

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2016.12.29

「参拝者向け年越し餅 伊勢神宮に市観光協が奉納」の記事を読む

 「参拝者向け年越し餅 伊勢神宮に市観光協が奉納」という記事を読んだ。

 2016年12月26日、伊勢市観光協会による神宮奉納餅つきが¥市内の伊勢神宮外宮の奉納舞台であったそうだ。ついた餅は、大みそかに伊勢神宮の両宮で4000こずつ、年越し餅として参拝者に配られるという。

 観光協会関係者が火除橋の近くでおはらいを受けた後、勾玉池の奉納舞台に移動し、順番に臼ときねでもち米をつき、つきたての餅は、神宮に奉納されたほか、きな粉をまぶして参拝者200人に振る舞われたそうだ。

 ノロが多く発生して餅つき大会の中止が相次ぐ中、なかなか思い切ったことをするなと思った。

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2016.06.11

ブラタモリ「#41 伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」を見る

 2016年6月11日、毎週土曜日19時30分からNHK総合で放映されている「ブラタモリ」を見た。
 この日のテーマは「伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」の2回目である。

 御師のお宅では、江戸時代に江戸からお伊勢参りに来た一行17名の「旅の記録」の文書と、御師の家に残されていた江戸からのご一行様を迎えた「おもてなしの記録」の文書を付き合わせながら、どんな旅だったのかを推理する。

 当時、御師の家(要するに旅籠である)で出されたお料理をいただき、神楽の奉納やお土産や宿代食事代を含めた17名様ご一行が5泊した代金が当時のお金で60両だったそうだ。今のお金に換算すると600万〜1000万円くらいになるらしい。
 「御師って儲かるんですね」という感想に対して、「いえいえ、そんなことは」と御師の家の方が同じ年に25両の借金をしていたんですと証拠の文書を出してきたのが可笑しかった。

 可笑しいといえば、外宮と内宮の間の街に一大娯楽街が誕生し、江戸から来たご一行のうち何名かはそちらに行って夕食も食べず朝帰りをしたなんていう記録が律儀に御師の側で残してあったのも可笑しい。
 特に言及はなかった記憶なので、「お伊勢参りをした側」の記録にはなかったのだと思う。

 江戸時代には日本人の6人に一人がお伊勢参りをしたけれど、明治になって御師の制度が廃止されてしまう。
 しかし、天皇がお伊勢参りをするために国道1号線が東京から伊勢神宮まで引かれたり、鉄道が大阪から引かれたり、交通手段が発達したことで新しいお伊勢参りの形ができる。
 しかし、交通手段が発達したため、おはらい町を素通りして志摩などの次の目的地へ向かってしまう観光バスが続出し、今から40年くらい前のおはらい町の写真は見事に閑散としている。

 そこで「おはらい町に人に来て貰いましょう」ということで、その街並みを江戸時代の風情に変えようと行政と商店街の人々が取り組んで、今の盛況を呼び込んだと言う。
 江戸時代には「新しくなる」「若返り」ということで遷宮が人を呼び、明治以降には今度は「次の遷宮までに」という行政や町の人々の取組の節目となり目標となっている。

 伊勢神宮は遷宮に始まり遷宮に終わる。
 そういう感じがした。

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2016.06.05

ブラタモリ「#40 伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」を見る

 2016年6月4日、毎週土曜日19時30分からNHK総合で放映されている「ブラタモリ」を見た。
 この日のテーマは「伊勢神宮~人はなぜ伊勢を目指す?~」である。

 伊勢神宮内宮は河岸段丘に作られたというところから話が始まる。
 「河岸段丘」などという単語は、ブラタモリ以外では耳にしたことがない。国土地理院から表彰されたという話も納得である。

 伊勢神宮にお参りするときに下調べしたことが番組で結構取り上げられていて、予習した甲斐があったんだなぁと思って嬉しかった。
 タモリもそうだと言っていたけれど、私が前にお参りしたお正殿等々はもうすでにないのだなと思うとちょっと寂しい。

 20年ごとに建て替える式年遷宮をするお陰で「若返り」のイメージとイベント効果でお伊勢参りに来る人が増えたという話は何となく可笑しかった。この場合、誰が「たくさんの参拝者が欲しい」と思ったんだろう?
 また、伊勢神宮の建物は壁で屋根の重さを支えることで、逆に壁板同士の隙間を埋めるようになっていて、柱は実は屋根を支えてはいない。しかし、壁板の経年劣化でついには柱で屋根を支えなくてはならないようになるまでに大体20年かかるのだそうだ。

 伊勢神宮の外宮には、もの凄く広い門前町が広がっており、その門前町の発展を支えたのが「御師」と呼ばれる、全国に伊勢神宮の名と意義を広め、かつお伊勢参りに来た人に宿と情報を提供していた人々だったという話も面白かった。
 何だ、作戦じゃん、作ろうと思って作った伊勢神宮人気なんじゃん、と思う。我ながら徹底的に信仰心というものが欠如しているらしい。

 次回も伊勢神宮のお話が続き、江戸時代のお伊勢参りを再現するそうだ。ぜひ見たい。

 江戸時代には日本人の6人に1人がお伊勢参りをしており、「お伊勢講」が大きな役割を果たしていたらしい。その話が出たときに、母が「お母さんが子どもの頃にもあった」と言うので驚いた。一体いつくらいまで続いていた習慣なのだろう。

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2015.10.31

「式年遷宮"御装束神宝"を初公開、神宮徴古館で31日から」の記事を読む

 「式年遷宮"御装束神宝"を初公開、神宮徴古館で31日から」という記事を読んだ。

 2015年10月30日、伊勢神宮の過去の式年遷宮で作られ、平成25年の式年遷宮で役割を終えた神の衣装や調度品などの「御装束神宝」が、報道陣らに初めて披露されたそうだ。神宮の博物館「神宮徴古館」の耐震リニューアルオープンに合わせ、31日から一般公開されるという。

 公開されるのは、前々回の昭和48年の式年遷宮で内宮の正殿に奉納された「玉纏御太刀」など御太刀9本や、前回の平成5年の式年遷宮で、天照大御神の御神体を新社殿に遷す内宮の「遷御の儀」の行列で用いられた全長4.3mの大扇「羅紫御翳」などだそうだ。

 20年に1度、内宮と外宮の両正宮や14の別宮で社殿が建て替えられる式年遷宮では、社殿内の奉飾品や服飾の「御装束」や御太刀や馬具などの「神宝」の計714種、1576点も一新されるそうで、今回展示されるのはその一部という。
 明治時代までは、過去の式年遷宮で役割を終えた御装束神宝は人目を避けるため焼却されるか土中に埋められたとされているそうで、明治2年に内宮の土中から発見された鎌倉~室町時代の御太刀5本(いずれも国重要文化財)も同時に公開されるそうだ。

 神宮徴古館は伊勢神宮の祭儀や歴史を紹介するため明治42年に開館し、耐震工事のため昨年8月から休館していたということで、次に伊勢神宮にお参りする機会があったらそのときはぜひ行ってみようと思った。

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2015.10.17

「伊勢神宮125社で"神嘗祭"始まる 初穂を神にささげ感謝する」の記事を読む

 「伊勢神宮125社で"神嘗祭"始まる 初穂を神にささげ感謝する」という記事を読んだ。

 2015年10月15日、伊勢神宮125社で「神嘗祭」が始まったそうだ。
 国家繁栄、五穀豊穣などを願う「神嘗祭」は、今年の初穂を神にささげ感謝する祭りで、伊勢神宮で執り行われる年間1600余りの祭典の中で最も重要とされているという。
 約2000年前から台風の日でも風の日でも継続され、もともとは新穀が出そろう日本の風土に合わせた旧暦の9月17日を祭日として定めていたそうだ。

 祭典は内宮で15日17時から、無事に祭典が行われるようにと「興玉神祭」が行われ、続けて、神職が祭典奉仕をしてもいいかどうかを占う「御卜」を行う。
 外宮及び内宮で、22時から「由貴夕大御饌」、16日の深夜2時から「由貴朝大御饌」が執り行われ、その後も12時から「奉幣」、18時から「御神楽」が続くという。

  「由貴夕大御饌」「由貴朝大御饌」は、この上なく貴い「神様の食事」のことをいい、アワビや伊勢エビなど約30品目が並ぶそうだ。
 「奉幣」は勅使により天皇陛下からの幣帛を奉納することをいう。

 神嘗祭は、今月25日まで続くそうだ。
 一般人の我々が見ることはできないのだろうなと思った。ちょっと、残念である。

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2015.09.23

「雅楽の響きと華やかな舞 伊勢神宮で秋季神楽祭」の記事を読む

 「雅楽の響きと華やかな舞 伊勢神宮で秋季神楽祭」という記事を読んだ。

 2015年9月22日から24日まで、伊勢神宮で秋季神楽祭が行われているそうだ。
 22日には、内宮外苑の特設舞台では、古代中国の故事に由来し、左右の舞人が鉾を振り天地を鎮めて天下太平を言祝ぐ舞楽「振鉾」、極楽に住む鳥が舞う様子を表現した「迦陵頻」、奈良時代の聖武天皇の治世にインドとベトナムの僧が日本に伝えたとされる武の舞で舞人が鉾を持って攻める手振りなどを勇壮に舞った「陪臚」、平安時代の雅楽の名手である源博雅の作曲と伝えられる「長慶子」の舞楽4曲が公開されたという。

 神宮では古来、祭典で多くの歌舞が奏されたことが記録され、現在の神宮の雅楽は明治時代の初めに宮内庁式部寮から伝授されたことに始まるそうだ。
 神楽祭は雅楽を広く公開する目的で昭和20年代初めから春と秋の年2回行われており、今回は連日2回の公開舞楽(11時と14時)のほか、参集殿などで狂言や能楽、尺八献笛などの奉納行事が行われるという。

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2015.09.02

「郵船クルーズ、飛鳥IIで音楽クルーズ実施、10月と11月に」の記事を読む

 「郵船クルーズ、飛鳥IIで音楽クルーズ実施、10月と11月に」という記事を読んだ。

  郵船クルーズは、2015年10月から11月にかけて、「飛鳥II」で音楽をテーマにしたクルーズを実施すると発表したそうだ。10月に「JAZZ ON ASUKAII」を、11月に「ウィーンスタイルクルーズ」をそれぞれ2泊3日で行うという。

 「JAZZ ON ASUKAII」は10月12日から14日まで、神戸発横浜着で、13日には鳥羽港に寄港するそうだ。
 船内ではジャズピアニストの小曽根真さんによるスペシャルコンサートのほか、歌手の森川七月さんによるラウンジライブを開催するという。
 また、オプショナルツアーとして、「ガイドと巡る伊勢神宮内宮とおかげ横町」と「伊勢神宮 内宮と外宮両宮参り」、「<プレミア>鮑ステーキと英虞湾遊覧」を用意したそうだ。

 「ウィーンスタイルクルーズ」は11月16日から18日まで、横浜発着で、17日には清水港に寄港するという。
 船内ではウィーン三重奏団によるスペシャルコンサートを2日に渡って実施するほか、ウィーン風ディナーやザッハトルテなどのスイーツを提供するそうだ。
 また、オプショナルツアーには、三保の松原と久能山東照宮を訪れるコースと、帆船「オーシャンプリンセス号」に乗り、三保の松原を見学するコースを用意したという。

 クルーズ代金は「JAZZ ON ASUKAII」が11万5000円から53万円、「ウィーンスタイルクルーズ」が11万2000円から52万7000円に設定されているそうで、楽しそうだけれど、やっぱりいいお値段になってしまうんだなと思ったのだった。

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