ハトヤホテル旅行記の入口を作る
ここはハトヤホテル旅行記への入口である。
以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
ちなみに、この1泊2日のハトヤホテル旅行にかかった費用は、1人分で概算2万6000円だった。
(この中には、交通費、宿泊費、食費などは含まれているが、お土産代は含まれていない。)
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ここはハトヤホテル旅行記への入口である。
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ちなみに、この1泊2日のハトヤホテル旅行にかかった費用は、1人分で概算2万6000円だった。
(この中には、交通費、宿泊費、食費などは含まれているが、お土産代は含まれていない。)
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香港の炊き込みごはんの写真も気に入っていたのだけれど、昨日(2009年3月21日)、東京で桜の開花宣言が出たこともあるし、季節感のある写真に変えることにした。
伊東駅の裏手に伊東公園というやたらと縦に長い(というか、高低差のある)公園があり、そこで(推定)オオシマザクラでお花見もしてきたのだけれど、ここは天の邪鬼に、でも伊豆らしく、みかんと海の写真を選んでみた。
伊東公園は、駅からすぐだし、桜も咲いているし、上がって下がるとナントカ神社があり(名前を忘れてしまった)、ナントカ神社の石段を上がって裏手にでると、少し歩いたところに松月院というなかなかお庭が綺麗なところがあって、ちょっと時間が余ったときの散歩コースとしてなかなかよいと思う。
喉が渇いたら、駅の方に戻ってきて江戸屋さんでお茶もできるし、オススメである。
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昨日(2009年3月14日)から1泊2日、女三人で伊東のハトヤホテルに行って来た。
やはりこことは「伊東の旅」ではなく「ハトヤホテルの旅」というべきである。
私の雨女ぶりはどこまでも健在で(本当に申し訳ない)、大雨と強風の中での出発となり、最寄り駅からの電車が止まってしまい待ち合わせに間に合わないかとヒヤヒヤした。
それでも、ギリギリで滑り込み、予定の新幹線こだまに乗り込んだ。
伊東駅前で「まつり寿司」のお昼ごはんを食べ、そのままハトヤホテルに直行した。
ホテル内を探検したり(消防車が本当にある!)、卓球をしたり、お部屋で昼寝をしたり、超まったりモードで夕食までの時間を過ごす。
夕食はバイキングではなく個室プランだったので、こちらもゆったり1時間半かけて食べ、温泉に入り、23時には就寝した。健康的である。
翌日は7時に起きて朝風呂に入り、7時30分からバイキングの朝食を食べ、午前中に帰宅しなくてはならない友人と別れ、残った2人でサン・ハトヤに向かった。
目当ては、ズバリ「海底風呂」である。
私の「ハトヤホテル」のイメージは、まさにこれである。
2時間弱も露天風呂を満喫し、昼食後は伊東公園から松月院にかけて桜を求めて歩いた。
駅前の喫茶店でお茶し、友人は地ビール、私は干物を買って帰宅しようとして驚いたことに、踊り子は「本日の指定席は全て売り切れました」と言われてしまうほど混雑している。
何故だ?
熱海まで出て、新幹線こだまを利用し、家に帰り着いたのは19時前だった。
ハトヤホテル満喫の旅は、かなり充実して楽しかった。
出発前に持ち物リストを作る余裕がなかったので、覚えているうちに書き出しておくことにする。
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2009年3月15日(日曜日)
旅先では超健康的になる私は7時前には目が覚めてしまった。
7時になるのを待って起き出し、大浴場に出掛ける。昨夜と今朝とは違うお風呂に入れるようになっていて、今朝の方が小さめの大浴場だということが判った。
狭いせいなのか、何だかやけに混雑しているように感じる。
やはり、メインは人魚の像があるお風呂の方だったらしい。
朝食はバイキングになっていて、ちなみに会場はステージ館1階の「きっと派手な舞台機構をたくさん持っているのだろう」大レストランである。
和食と洋食と両方が用意されている。
バイキングと言われると何だかパン食をしたくなるので、こんなメニューになった。
考えてみたら、せっかく伊東に来たのだし、鰺の干物や佃煮、海苔などで純和風の朝食を狙ってみても楽しかったかも知れない。
1時間くらいかけてゆっくりといただいた。
午前中のうちに実家に帰らねばならないという友人は9時45分の送迎バスに乗って伊東駅に向かい、残る2人でチェックアウトし、サンハトヤに行く送迎バスに乗り込んだ。
ハトヤホテルに宿泊すると、サンハトヤの「海底温泉 千石風呂」の無料利用券がもらえるのだ。
ただし、タオルやバスタオルの貸し出しは別料金になるという。
サンハトヤは海沿いにあり、CMでお馴染みの「海底風呂」がある。この「海底風呂」も大小あるようで、この日に女湯が割り当てられていた方がよくパンフレットなどで見る「大きい方」のお風呂だったのかどうか、結局よく判らなかった。
とりあえず、水槽には大きな亀が何頭も泳いだり沈んだりしていた。
海底風呂も楽しいけれど、水槽がすぐ隣にあるせいか、何となく暗く感じられる。
ハトヤホテルにはない露天風呂がこちらには併設されているので、陽の光を求めて早々にそちらに向かった。
いいお天気なので、日陰を選び、ほとんど半身浴のような感じでおしゃべりに興じる。
ふと気がついたら、2時間近くを過ごしてしまっていたのだった。
お風呂から出て、ビールが飲める場所を探しつつ、サンハトヤを探検する。
友人の旦那様がハトヤホテルと聞いて「三段逆スライド方式!」とまずそこを思い出して叫んでいたらしいのだけれど(いや、違ったか?)、確かにサンハトヤには釣り堀があり、その料金表にはキッパリと三段逆スライド方式と書かれていた。
要するに、たくさん釣れると一匹当たりの値段が安くなるような値段設定のことをそう呼んでいるらしい。
サンハトヤのお土産物屋さんでハトヤサブレ(ハトサブレよりも鳩の意匠が凝っているように感じられるのは気のせいか?)と、ハトヤホテルのオリジナルらしい練りワサビを購入する。
友人は、昨日からずっと気にしていた、ハトヤホテルのマスコットの「鳩」がついたキーホールだーを嬉しそうに購入していた。
確かにこれが可愛いのだ。ちなみに、赤、白、黄色、緑の4色が揃っていたけれど、白がお勧めである。
サンハトヤから伊東駅に向かうバスはお昼の時間帯には走っておらず、13時30分まで待たなければならない。
お昼の時間帯にいる客は絶対の逃すまいという気合いの感じられる運行時刻表である。
お腹も空いたことだし、風呂上がりのビールも飲みたいしということで、かの有名な「大漁苑」でお昼ごはんを食べることにした。
昨日のお昼にも鰺のたたきとまつり寿司とでどちらにしようか迷ったので、ここは待望の鰺のたたき(1680円)を食べることにした。
美味しい。
お風呂上がりの生ビールもこれまた美味い。
伊東駅に戻ってコインロッカーに荷物を預け、踊り子号に結構空席があることを確認して安心し、そのままお散歩をすることにした。
出発前に伊東市・伊東観光協会のホームページで確認したところによると、伊東駅近くの伊東公園と松月院で、ちょうど桜が咲いているらしいのだ。
地図で見たよりも狭いと思った伊東公園は、確かに平地の部分は狭かったし桜も1〜2本あるかないかだったけれど、奥が小高く崖というか丘のようになっていて、土と木で階段が刻まれている。縦に長い公園のようだ。


その階段を上がると、上が少し広くなっていて、芝生のようなところに石が丸く並べられて半ば埋まっているのが、恐らく「李王家別邸跡」だろう。左手前に白く点々と散っているのは桜の花びらである。
その並びに割と立派な桜の木があって、散りかけの桜の花が咲いていた。
友人と2人で写真を撮りまくる。
その広場を出て階段を下り、今度は明らかに神社の入口だろう石段を上る。
そこが「桜が咲いている」という松月院だろうと思ったのだけれど、どうも違うらしい。考えてみれば、「松月院」と名乗るからにはお寺だろうし、そこは石段といい、鳥居といい、どこからどう見ても神社である。
階段を下るのではなく、境内からそのまま道路に出られた。
神社を出たところに夏みかんの木が植わっていて、その向こうに青い空と青い海が見えたときにはかなり得をした気分になる。
夏みかんがどうして春3月にたわわに実っているのか、今ひとつ納得しがたいところもあるのだけれど、「みかんと青い海と青い空」なんて、いかにも伊豆な光景である。
夏みかんと海の景色に満足し、松月院は諦めて駅に戻ろうかと周りを見回したところで、赤い幟が見えた。
赤い幟なんて、お寺か神社か甘酒屋と相場が決まっている。

行ってみると、そこがやはり目的地である「松月院」だった。
目的の知に辿り着けたことに満足する。
しかも、意外とちゃんとしたお寺で、意外すぎるくらいちゃんとしたお庭が整えられている。そして、このお庭からも海を眺めることができ、桜が咲いて、少し濁った池の水面に映っている。
なかなか風情のあるお庭である。
ふらふらと駅に戻る途中、桜の木の間を飛び回る目白(だったと思う)を発見し、鳥好きの友人の目が光った。
そういえば、彼女はハトヤホテルの「鳩」グッズにも目の色を変えていたのだった。
「撮って!」と言われて狙ったのだけれど、小鳥の動きは素早く、私のカメラは初動が遅いので、なかなか捉えることができない。
しかも、撮ってその場で確認したときには何枚か目白が写っていた筈なのだけれど、さっき探したところ、いっくら目を皿のようにしても淡いグリーンの小鳥の姿を見つけることができなかった。


駅前の商店街に戻り、パン屋とカフェが併設されている「江戸屋」に入る。
随分歩いたし、喉も渇いたので休憩である。
名物らしいホットアップルパイ(バニラアイス添え)が美味しそうだったのだけれど、すでに今日の分は売り切れということだったのが惜しまれる。
アイスカフェオレをいただき、アップルパイの代わり(?)に、ナントカさんという哲学者の方が描いた絵をデザインしたミニトートバッグを自分土産に購入した。
江戸屋の向かいにあった干物のお店で私は鯖のみりん干しとエボ鯛の開き(全部で1000円強)を買う。
友人はその隣にあった酒屋さんで地ビールを購入する。彼女はビール好きで、特に地ビールには目がない。4種類あるうちの1種類が売り切れていて、とてもとても残念そうにしていた。
さて、お土産も買い込んだし帰ろうと15時前に駅に戻ると、何故か今日の東京方面行き踊り子号の指定席がほぼすべて売り切れていた。
さっき見たときにガラガラだったのは一体何だったんだろう、という感じだ。そこで買っておくのが正解だったらしい。
下田からやってくる踊り子号の自由席に座れるとも思えず、伊豆急行の普通電車で熱海まで出て、そこからこだまに乗って東京に帰ることにしたのだった。
東京駅に着いたのは17時30分前くらいである。
実は、踊り子号で帰るよりも、所要時間としては新幹線を利用した方が早いのだ。
こうして、のんびりまったりのハトヤホテルの旅は終わったのだった。
2009年5月9日記
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2009年3月14日(土曜日)
10時30分に東京駅の新幹線中欧改札口に集合ということになったのだけれど、この朝、目覚めてみれば、電車が強風のためストップしていた。
雨ではないけれど、やはり、雨女の面目躍如といったところである。
友人2人に「遅れるかも」とメールして、計算よりも早めに家を出た。
迂回した電車がことごとくタイミングぴったりに来て、混雑した電車には乗らざるを得なかったけれど、ほぼオンタイムで待ち合わせの場所に到着できた。
ホームでペットボトルのお茶だけ買い込み、10時56分発のこだまに乗って出発である。
電車の中では、友人が持ってきた「iPod Touch」でハトヤホテルのCMを繰り返し眺め、聞き、気分が盛り上がることこの上ない。
私が一番よく覚えているのは、サンハトヤができたばかりの頃だろうCMで、ねじりはちまきに法被の女の子が海をバックに「前は海、後ろはハトヤの大漁苑」と歌うCMなのだけれど、全部で5〜6種類もあるらしい。びっくりである。
熱海駅で伊豆急行のリゾート21、黒船号に乗り換える。
友人はこの黒船号がいたくお気に召したようだった。リゾート21は海に向いた座席があって居心地がよいし、なのに各駅停車だから特急料金がかからないところがよい。
お昼頃には伊東駅に到着することができた。
風は多少強いけれど、このまま雨には降られずに済みそうである。
今回の旅の指南役は、友人がコピーを持ってきてくれた週末ジャパンツアー (杉浦さやかの旅手帖)という本の、その名も「ハトヤ・ワンダーランド」という章である。
その本のお薦めに従い、お昼ごはんは、伊東駅前の商店街にある「きなし」でまつり寿司(840円)をいただいた。
このそぼろは、鯛のそぼろだったか。箸使いの悪い私にはかなりの難関でぽろぽろこぼしていたような気がしなくもないけれど、ぎゅっと詰まったお寿司を完食した。
食べ終わったところで14時を回っており、お天気も、崩れそうではないのだけれどポツポツ来そうな気もするという微妙な辺りだったので、真っ直ぐ本日の宿に向かうことにした。
もちろん、向かうはハトヤホテルである。
駅の改札を出たところに停まっているバスはサンハトヤ行きで、ハトヤホテル行きのバスは道の反対側に停まっていた。
ちなみに、インターネットでつらつら調べたところ、サンハトヤよりもハトヤホテルの方がクチコミの評判がよく、かつ、サンハトヤよりもハトヤホテルの方が予約が取りにくい。
この違いがどこから出ているのか。
電車の中から見えるのは「ホテル・サンハトヤ」であって、ハトヤホテルは山の上にあって電車からは見えないらしい。
やけに細い急な坂道をくねくねと上り「私には運転できない・・・」と思っていたら、ハトヤホテルに到着した。
3人で何故か異様に盛り上がり、「ハトヤホテル」という看板に興奮し、きゃーきゃー言いまくる。はっきり言って、怪しい客である。
チェックインし、フロントにあった「ハトヤホテル」のタグなども頂いて、とりあえず、お部屋でまったりする。
私たちが案内されたのはステージ館という一見リゾートマンション風の建物だった。外側に何故か滝があるところがポイントである。
エレベータに下層階のボタンがなかったのでホテルの方に聞いてみたら、「ステージ館」の名のとおり、1階にはステージつきの大レストランがあって、その上下のフロアにはステージのための機構が詰まっているという。
今現在はその機構を使った大がかりなステージは行われていないというのが残念である。
お部屋は和室で、ちょうど海が眺められる向きのお部屋だったのが嬉しい。大きな窓のついたお風呂もついていて、半露天気分で温泉も楽しめる。
ウワサどおり、床の間には鳩の置物が飾られ、お部屋に用意されたお菓子が「ハトヤサブレ(ハトサブレではない)」ところもポイントである。
ハトヤホテルに来たからにはこれを見ずには帰れるまい、ということで、何はともあれ消防車を見に行く。
女3人旅の好奇心はこういうところに発揮されるのだ。
確か、この消防車は一般道を走ることはできず、あくまでもハトヤホテル敷地内での火事にしか対応できない。サンハトヤで火事があっても駆けつけることはできないのだ。
もっとも、車庫の中に入り込んだ友人によると、車庫内には色々とモノが置いてあって、迅速な出動は望めそうにないらしい。「出動したことのないハトヤ消防隊」が自慢であり、あるべき姿なんだろう。
ちなみに、「ハトヤ消防隊」のこの文字は、夜になると光る。
ハトヤホテルに行ったら卓球をしようと決めていた。ゲームコーナーの隣の微妙に狭い空間に3台並んだ卓球台を発見して早速始める。
何故かシャンデリアが下がっているここでの卓球が異様に楽しい。必死になって友人2人のプレイを動画で撮影してしまった。
そして、温泉宿では、不思議と隣の卓球台に「やたらと卓球の上手い」人がいるものである。この悪条件下での見事なプレイに心の中で拍手する。
ついでに、隣にあるゲーセンにも寄り、友人を無理矢理誘って全然知らない曲で「太鼓の達人」にも挑戦する。これまた、可笑しい。
ハトヤホテルはどうも増築に増築を重ねて今の姿になったらしい。
うろうろしていると、自分がどこにいるものやら判らなくなってくる。
最初は「室内プールを見てやろう」と探検していた筈なのだけれど、ふと気がついたら「ハトヤホテル」という看板を背負った屋上に出た。
この頃になると空も晴れ渡り、青い海がくっきりと見えて気持ちよい。
ついでに、「ハトヤホテル」の看板をバックに3人で記念撮影をした。この綺麗な青い海をバックに撮ったわけではないところがポイントである。
何しろ、今回はハトヤホテルの旅なのだ。
夕食前に、いかにも「職人」といった風情のおじさん2名が登場し、手際よいという言葉では追いつけないくらい手際よくお布団を敷いてくださる。
そして、19時になったところで個室の食事処に向かった。
ハトヤホテルといえば、私は「バイキングでわたあめ」というイメージなのだけれど、インターネットをうろうろ探し回ったところ、個室での食事になるこのプランにだけ、空きがあったのだ。
夕食はなかなか豪華で、鰒のステーキまで出たのが驚きだった。
多分、私にとっては生涯で4回目の鰒である。
混雑していたのか、ビールをお願いしたのだけれどなかなか出てこなかったのが唯一のマイナス点である。
食休みをした後、大浴場に行くことにした。多分、21時頃のことである。
ハトヤホテルでは、夜中(だったと思う)に入れ替え制でお風呂を両方満喫することができる。男風呂の方が大きく立派に作った時代の名残かなという風にも思う。最近作られたホテルや旅館の大浴場は、全く同じか、逆に女風呂の方を広めに作ったりしているのではなかろうか。
お風呂にも鳩の置物が仕込まれ、何故かケースに入った大理石の人魚像が飾られているところに時代を感じる。
でも、大きなヒノキ風呂もあってなかなか気持ちがよい。
露天風呂がないのが惜しいところである。
そして、もうひとつ残念だったのは、お風呂に行く途中、すでに終了して片付けが始まっているわたあめ製造器を見かけたことである。こんな場所でやっているとは気がつかなかった。
私は「わたあめを作る」というのをやりたくて、友人は「わたあめを食べたい」と言っていたので、ちょうどよかったのに!
この後は、お部屋でそれぞれ持ってきたアイスワインを飲んだり、えびせんをいただいたり、ぽんかんをいただいたり、やっぱり「まったりモード」が全開になり、お腹がいっぱいになってお風呂に入ってお酒を飲んで、眠くなった私たちは健康的なことに23時には就寝したのだった。
2009年5月9日記
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**−旅行記の入口はこちら− | *100Q | *200309ケニアのその後 | *200309ケニアの始末 | *200409ペルーのその後 | *200409ペルーの始末 | *200409ペルーの支度 | *200501正月パスの始末 | *200501正月パスの支度 | *200503オーロラ(フィンランド)の始末 | *200503オーロラ(フィンランド)の支度 | *200503フィンランドのその後 | *200506初島のその後 | *200506初島の始末 | *200506初島の支度 | *200508アイスランドのその後 | *200508アイスランドの始末 | *200508アイスランドの支度 | *200604熊野古道のその後 | *200604熊野古道の始末 | *200604熊野古道の支度 | *200608モンゴルのその後 | *200608モンゴルの始末 | *200608モンゴルの支度 | *200608修善寺のその後 | *200608修善寺の始末 | *200608修善寺の支度 | *200705山寺のその後 | *200705山寺の始末 | *200705山寺の支度 | *200706日光のその後 | *200706日光の始末 | *200706日光の支度 | *200710立山・黒部のその後 | *200710立山・黒部の始末 | *200710立山・黒部の支度 | *200712エジプトのその後 | *200712エジプトの始末 | *200712エジプトの支度 | *200802伊勢志摩のその後 | *200802伊勢志摩の始末 | *200802伊勢志摩の支度 | *200805伊豆断食の始末 | *200805伊豆断食の支度 | *200808箱根のその後 | *200808箱根の始末 | *200808箱根の支度 | *200809オーロラ(ホワイトホース)の始末 | *200809オーロラ(ホワイトホース)の支度 | *200809カナダのその後 | *200902香港のその後 | *200902香港の始末 | *200902香港の支度 | *200903ハトヤホテルの始末 | *200903ハトヤホテルの支度 | *200906奥日光の始末 | *200906奥日光の支度 | *200907裏磐梯のその後 | *200907裏磐梯の始末 | *200907裏磐梯の支度 | *200908ベネズエラのその後 | *200908ベネズエラの始末 | *200908ベネズエラの支度 | *200911袋田の滝のその後 | *200911袋田の滝の始末 | *200911袋田の滝の支度 | *201001河口湖のその後 | *201001河口湖の始末 | *201001河口湖の支度 | *201002京都のその後 | *201002永平寺と京都の始末 | *201002永平寺と京都の支度 | *201002永平寺のその後 | *201005熱海のその後 | *201005熱海の始末 | *201005熱海の支度 | *201005箱根の始末 | *201005箱根の支度 | *201008奥日光の始末 | *201008奥日光の支度 | *201009ヨルダンとエジプトの始末 | *201009ヨルダンとエジプトの支度 | *201009ヨルダンのその後 | *201011日本平の始末 | *201102知床流氷のその後 | *201102知床流氷の始末 | *201102知床流氷の支度 | *201108白馬の始末 | *201108白馬の支度 | *201109ウズベキスタンのその後 | *201109ウズベキスタンの始末 | *201109ウズベキスタンの支度 | *201110奥鬼怒の始末 | *201110奥鬼怒の支度 | *201111鹿児島のその後 | *201111鹿児島の始末 | *201111鹿児島の支度 | *201112千倉の始末 | *201112千倉の支度 | *201112大阪と京都の始末 | *201112大阪と京都の支度 | *201202蔵王の始末 | *201202蔵王の支度 | *旅の支度(国内) | *旅の支度(海外) | *試験の始末 | *試験の支度 | おすすめサイト | ウェブログ・ココログ関連 | グルメ・クッキング | ニュース | パソコン・インターネット | 学問・資格 | 心と体 | 携帯・デジカメ | 文化・芸術 | 旅行・地域 | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 趣味 | 音楽