2007.06.27

山寺旅行記の入口を作る

山寺 ここは、1泊2日で出かけた山寺ゆきの旅行記への入口である。

 5月26日は、山形経由で山寺に行き、作並温泉のお湯で癒され、ぷるぷる震える足を労った。
 5月27日は、仙山線で仙台に出て、かまぼこの手焼き体験をし、牛タンを食べ、ぶらぶらと歩いてずんだのおやつを堪能し、お土産を買い込んで東北新幹線で帰って来た。


 以下の日程表の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
 
1日目 2007年5月26日(土曜日)

2年目 2007年5月27日(日曜日)


 山寺旅行に当たってお世話になったサイト<2008年2月23日追記>

えきねっと JR東日本ローカル線の旅

やまがた観光ダイジェスト[山寺]

山寺観光協会 山寺の歩き方

作並温泉旅館組合

作並温泉 湯の原ホテル

せんだい旅日和

笹かまぼこの老舗 阿部蒲鉾店

味太助 仙台牛タン発祥の店

牛たん炭焼 利久

ずんだ茶寮

お茶の井ヶ田・喜久水庵


 ついでに、書くほどのこともないけれど、持ち物リストは以下に。

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2007.06.24

山寺旅行記2日目

2007年5月27日(日曜日)

 朝食は8時30分からでお願いした。
 6時30分か7時くらいに暑くて起き出した私は、昨夜の宣言どおり温泉に行った。
 昨日は展望風呂に行ったので、朝は大理石風呂に行く。ほとんど貸し切り状態だったけど、お湯も熱いし、空気も暑い。何だかすぐにのぼせてしまい、汗を流しただけでさっと出た。

交流電化 朝食は、昨日の夕食と同じ場所でいただいた。和食である。
 チェックアウトしてホテルにあったお土産コーナーをのぞき、10時過ぎの電車に間に合うように駅まで送っていただいた。
 作並駅では、これまた昨日から気になっていた「交流電化発祥地」の碑を写真に撮る。
 仙山線で交流電化を試験運用したのが日本の電車の交流電化の始まりで、その後の東北本線の電化や新幹線開通につながる日本の鉄道発展の基礎となった重要なできごとらしい。

 駅でもう一つ友人が気に入っていたのが、同じ作並温泉の宿である「鷹泉閣 岩松旅館」の方が3人くらいホームに並んで小さな横断幕を掲げ、宿泊客を見送っているところだった。
 多分、「鷹泉閣 岩松旅館」に宿泊した方々の誰よりも早く気づき、喜んでいたのは彼女だったと思う。「次に来るときには絶対にあそこに泊まる。」と宣言していた。

 30分ほど仙山線に揺られ、11時くらいに仙台駅に到着した。荷物をコインロッカーに預け、11時30分から「かまぼこ手焼き体験」を予約しているお店を目指す。
 友人のお父上の実家が仙台だそうで、彼女の記憶と方向感覚に頼りきりでついて行く。
 ポツポツと雨が落ちる微妙な空模様の下、予約時間に間に合うように「笹かまぼこの老舗 阿部蒲鉾店」に到着できた。脇道を入ったちょっと奥まったところに、でん、と大きな構えのお店がある。

P5270116 カウンターの中にいたお姉さんに声をかけると、そのお姉さんが「手焼き担当(と、予約確認の返信メールに書いてあった)」の方だったらしい。そのお姉さんの案内でまずはお店に併設されている工場を覗かせてもらう。ガラス張りになっていて、元々「見せる」ことを想定した工場のようだ。
 見える範囲には二人しかいなかったけれど、でも、。成形など一部を手作業でかまぼこを作っているようだ。半ば「見せる」ことを考えてのことだろうけれど、でも何だかすごい。
 写真を撮っていたら、作業していたおじさんがわざわざ近づいてきてピースサインを出してくれた。いい味出してるおじさんに感謝である。

 体験スペースに着くと、まず手を洗って風で乾かし、アルコール消毒してもらった。
 すり身はすでに用意されている。中味はお魚4種(たらと、あと「ナントカ鯛」が3種だったと思うが自信はない)、塩、卵白、デンプン質として馬鈴薯、セルロース(甘味料)、みりんなどだそうだ。お店で売っている「千代(せんだい)」というかまぼこと同じ材料だという。

 手を軽く水で濡らし、そこに直径3cmくらいのアイスクリーム・ディッシャーのようなものですり身を落としてもらう。
 掌で楕円形にまとめ、長い方に串を刺す。ちょうど、丈の短いきりたんぽみたいな感じである。
 そのまま葉っぱの型が彫ってある木の台に置き、指の腹で平らにする。
 これで成形は終了だ。

 そのまま、焼き鳥を焼くような機械のところで、串を手に持ってかまぼこに焼き色を付ける。確か700度くらいだと聞いた記憶があるが、これまた確かではない。
 焼き色がつくまで意外と時間がかかる。両面5分ずつ、10分くらい裏表を返しながら焼いたところでお姉さんのOKが出た。
 そのままかじりつく。
 お魚の優しい味がして美味しい。お店で買ったかまぼこも、袋のまま電子レンジで少し温めて食べると美味しいですよ、とお姉さんは言っていた。

 その後、15分くらいの「かまぼこづくり」のビデオを見せてもらい、お店に降りてお茶と試食のかまぼこを出していただいた。至れり尽くせりである。しかも、無料だ。
 でも、ここまでしていただいたら「お土産に買って帰ろう」と思いつくのが人情というものである。本店限定のささかまぼこや、試食で出していただいたかまぼこのゼリー寄せは海老風味で、蟹風味もあるということでそれと、いくつか購入した。

 かまぼこ手焼き体験とお買い物を終えるとお昼近くになっていたので、友人お勧めの「味太助 仙台牛タン発祥の店」を目指した。
 土地勘のある友人にくっついて歩いて行ったので、実は今でもこのお店が仙台の町のどこにあったのか判っていないし、もう一度仙台に行っても辿り着けない自信がある。
 お店の外に5〜6人並んでいたので列の後ろに付き、13時前にお店に入ることができた。

牛タン定食 ランチには「牛タン定食」を頼む人がほとんどのようだ。
 この日は入荷がなかったようだけれど、アメリカ産牛肉だと定食が1660円、オーストラリア産だと1260円だった。アメリカ産の方が高いのか、と思う。
 割とすぐ出されたご飯、テールスープ、何故か3人分一緒盛りだった牛タンと漬け物は、全部がとても美味しかった。牛タンというと薄切りというイメージだったけれど、こちらでは厚めに切ってあり、そこに包丁を入れて食べやすくしてある。味はどちらかというと濃いめだ。おかげでご飯も進む。
 人一倍、バクバクと食べてしまった。

 8月になれば仙台七夕祭りの飾りで埋められるアーケード街を通り、ぶらぶらとウィンドウショッピングを楽しみながら駅に向かう。
 三越デパートの地下では、作並駅近くにあるニッカウィスキー工場の方による実演販売が行われていた。友人は地ビールを購入して嬉しそうだ。
 途中に何軒か見かけた「阿部蒲鉾店」では、支店ごとに「当店限定品」があるようだった。買い集めたい衝動をガマンして通り過ぎる。

 「白松がモナカ」という看板も何度か見た。友人曰く「萩の月ができる前は、仙台土産といえばここしかなかった。」というお店だ。
 この「が」が不思議な感じである。「3人いればいいよね。」とガラガラだった1軒に入ったら、見た目どおりの上品なおじさまの応対で、梅昆布茶まで出してくださった。
 友人たちは、ここでもお土産を調達して嬉しそうだ。私は夏目漱石羊羹が気になってたけれど、賞味期限が短めだったので残念だけど諦めた。

 仙台駅に到着し、「20分後にここね。」と約束してそれぞれお土産を買いに走った。
 私は、駅の牛タン通りで人が一番たくさん並んでいた利久というお店のお土産用牛タンセット3人分と、お茶屋さんがやっている喜水庵というお店のおまんじゅうを購入した。
 このおまんじゅうが実は大ヒットで、喜久福という名前の付いた「抹茶生クリーム大福」と「ずんだ生クリーム大福」が美味しかった。聞けば、仙台はお茶どころでもあるそうだ。意外である。
 集合場所に戻ったら、友人二人もそれぞれ大荷物になっていた。

ずんだロール 何だか食べてばかりいるけれど、ここはやはり「ずんだ」でお茶をしなければならない。
 駅の1階にある「ずんだ茶寮」という、「萩の月」のお店が出している喫茶の最後に一つ空いていたテーブルに滑り込み、私はずんだロールケーキと冷抹茶のセットを頼んだ。
 友人らが頼んだずんだ餅と黒豆茶のセットも美味しそうである。 

 帰りの電車は時間が決められなかったので自由席にした。15時40分仙台始発のやまびこに乗るべく、20分前にホームに上がった。
 やってきたのは2階建て新幹線Maxだ。
 始発だから10分くらい前から入線しているのに、乗車まで何故か延々と待たされた。
 「つばさ」は座席が横に4列だったけれど、この「やまびこ」は横に6列並んでいる。そんなに大きさが違ったのか、と不思議な感じである。
 2階に上がって3人並び、爆睡して帰った。

 上野到着は17時50分だ。
 特に2日目は本当に美味しいものを食べて、お土産を選んでいたら終わってしまった。
 仙台って、食べ物の美味しいいいところだ。

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2007.06.22

山寺旅行記1日目

2007年5月26日(土曜日)

 昨年8月に修善寺に行って以来の国内旅行だし、温泉旅行だ。
 出発前日の友人からのメールで危機一髪、指定席を購入した山形新幹線は上野駅に停まらないことが判り、3人とも東京駅からの乗車になった。
 待合室でぼーっとしていて、新幹線が入ってきたことに気がついてもまだぼーっとしていたら、隣に座っていた女性が席を立ち、振り返ったその女性が実は一緒に行く友人だったので驚いた。
 お互い気がついていなかったのが、さらに可笑しい。

 9時24分東京発の山形新幹線はガラガラだ。
 Wikipediaの「一番混雑する新幹線」という記述は嘘で、びゅうのお兄さんの「まず満席になることはないと思います。」という発言が正しかったか、と思っていたら、驚いたことに、大宮で信じられないくらいたくさんの人が乗ってきて、あっという間に満席になった。
 みんな、どこから来てどこへ行くのだろう。

 山形駅にお昼前に到着し、仙山線の出発まで30分くらいあったので、改札を出た。
 さくらんぼが売られていたり、さくらんぼと洋なしのハイチュウ、ハローキティやキューピーのマスコットが売られている。だけど、こう言っては何だけど、その他には本当に何もない。
 少なくとも繁華街が駅前にない。コンビニも見当たらない。歩いている人もすぐ近くのビルに吸い込まれてしまい、そこから先は誰もいない。
 うら寂しい気持ちになる。

仙山線のドア ボタンを押さないと開かないドアを張り切って開け、12時24分発の仙山線快速に乗り込んだ。
 山寺駅まではすぐだ。
 駅を出ると目の前に山というか崖があり、「うーん、あそこまで上るのね」と思う。お天気は微妙な感じで、青空は見えずに一面雲で真っ白だけどとりあえず明るい。
 荷物をコインロッカーに預け、駅前にあったペンション兼食事処という感じの「おのや」に入ってお昼ごはんを食べた。

 昼食に必ずそばを食べるというダイエットを昨日開始したという友人はもちろん板そば(私は寡聞にして知らなかったけれど、この辺りの名物らしい)、もう一人の友人はそばと芋汁(名前が違う気もするが、とりあえずけんちんのような具だくさんのみそ汁)のセット、私は精進プレート(たけのこごはん、刺身こんにゃく、ごま豆腐、山菜の天ぷらや煮付けが大きなお皿に載り、これにおみそ汁とおそばがつく)を頼んだ。
 おそばは太く固くしっかりとしていて美味しい。
 食べている途中で、仙山線の時刻表のメモがコインロッカーに預けた荷物に入っていることに気がついた。朝は定期を忘れるし、今日は厄日かも知れない。
 駅舎まで時刻表を見に戻ったら、駅員さんが時刻表のメモの束を指さして「これどうぞ。」と教えてくれた。

 一休さん似の案内板どおり、駅を出て真っ直ぐ、突き当たりを右に折れ、左手に見えてきた川を渡りさらに右に折れる。この辺りにお昼ごはんを食べられそうなお店が何軒もあった。駅前で焦って食べなくても大丈夫だったようだ。
 それはともかく、そこから少し行った左側が、「立石寺登山口」だ。
 「登山口」である。

根本中堂 石段を上ると、正面に、重要文化財に登録されている根本中堂があった。
 お参りし、つやつやしている布袋様(だと思う)を撫でて無病息災を願う。
 確かここに「お作法」として「二礼、二拍手、一礼」のイラスト付き説明があった。
 3人で「お賽銭を入れるのはいつ?」「ガラガラと鳴らすのはいつ?」と言い合い、「来たことを気づいてもらうために鳴らすんだから二礼の前でしょう」という結論になる。

 天皇しか渡ってはいけないとされている石の小さい橋(下に川が流れている訳ではない)の横を渡り、小銭に名前を書いてお供えすれば延命・長寿が叶うという亀の甲石にお願いごとをした。
 そして、山門に向かっていたら、向こうから歩いてきたおじさんに「根本中堂の奥に不滅の火がある、200円が必要だけどあれは見るべきだ。」と教えてもらい、根本中堂に戻った。

 根本中堂の布袋様の横から靴を脱いで畳に上がり、200円を払って説明の紙をいただき、真っ暗な中に小さく切られた戸をくぐって入った。
 ここでいただいた説明によると、宝珠山立石寺の山内には50を超える建物があるけれど、「立石寺」という建物は存在せず、中心となる本堂がこの「根本中堂」であるそうだ。
 内陣にはご本尊の薬師如来が安置されているけれど、扉は閉められている、50年に1回しか開帳されない。その手前に日光菩薩と月光菩薩、お堂の中には他に文殊菩薩や毘沙門天が安置されていたようだけれど、真っ直ぐに法灯に向かってしまった私の記憶には残っていない。

 立石寺の「法灯」は、山寺の開山の際に比叡山延暦寺から灯を移して以来1200年、ずっと燃え続けているという。延暦寺が織田信長の焼き討ちにあった際には、山寺から逆に灯を移したそうだから、これ以上由緒正しい法灯はないと言っていいくらいだろう。
 この法灯は二つあり、片方は扉を開けて火を見られるようにしてある。「1200年」と思うからか、真っ暗闇の中に灯る明かりだからか、不信心者の私ですら何だか厳粛な気持ちになった。

姥堂 山門に再び向かい、14時15分、ここで入山料300円を支払って石段を上り始めた。一番上にある「奥の院」まで、800段以上の石段を上らなければ辿り着けない。
 山門を抜けたところの石段を5分くらい上ったところに「姥堂」があった。
 ここに祀られているのは、「奪衣婆」だ、「ここから上が極楽、ここから下は地獄」という場所におり、人はここで着替えて古い着物は奪衣婆に奉納するそうだ。名前に負けない、ちょっと怖いというか迫力のあるお姿である。
 この写真で右に大きく写っている岩は、慈覚大師が雨宿りをしたとも伝えられている岩だそうだ。確かに、一人や二人の雨宿りくらい楽にできそうな感じだった。

仁王門 「四寸道」と呼ばれる、一番狭いところで幅14cmという石段を抜け(確かに、両足を揃えて立つことができないくらいの幅しかない)、14時30分頃、仁王門を見上げる弥陀洞にたどり着いた。
 この弥陀洞には、直立した大きな岩に阿弥陀如来の姿が浮かんでいるという。しかし、私にはどこにお姿があるのか全く見当もつかない。
 ちょうど、母くらいの年代の女性グループがやってきて「あそこがそうなんじゃない?」「この辺りが頭よ。」と話していたので、その女性が指差す方向を一緒に見てみたけれど、やっぱり判らなかった。
 パンフレットには「仏のお姿を見ることができる人には、幸福がおとずれるという。」と書いてある。私に「幸福」が訪れる日は遠いらしい。

 仁王門は「これぞ山寺」という場所である。
 ガイドブックでもパンフレットでも、「山寺」といえば、この仁王門か五大堂の写真を載せていると思う。
 仁王門の左右にはその名のとおり仁王尊像がいらっしゃって睨みつけていた筈だけれど、これまた記憶にない。きっと、邪心だけはないと認められたのだろう(と思うことにしよう)。

郵便配達 仁王門からさらに石段を上ると、性相院、観明院などの支院があり、その昔は多数の僧がここで修行に励んでいたそうだ。
 そして、この辺りに何故かポストがあった。毎日ここまで上がってくる郵便局の人は大変だよねー、と話していたら、ちょうどそのとき、まさしく郵便局の方が通りかかった。
 「大変ですね。」と声をかけたら、普段は元気で体力のある専属の方(?)が回収に来ているのだけれど、今日はたまたまその方がお休みで、鈴虫のゆうぱっくを届けに上がって来られたとのことだった。
 思わず、私たちよりもはるかに軽快に石段を上がっている後ろ姿を写真に撮らせていただいた。

奥の院 上り始めて30分強で、奥の院に到着した。
 写真の向かって左が大仏堂、右が奥の院である。大仏堂には高さ5mの金色の阿弥陀如来像が安置されていた筈だけれど、これまた記憶にない。
 私は何をしに行ったのか、何を見ていたのか、我ながら情けない限りである。
 この写真には写っていないけれど、奥の院手前では、公衆トイレの工事をしていたことをはっきりと覚えているというのに、ご本尊のお姿は全く記憶にない。
 阿呆である。

胎内堂 奥の院手前から見えていた、どう見ても危なっかしい場所に立っている小さなお堂が気になっていた。
 お堂そのものよりも、実はそのお堂に行く手前の橋がまるではしごのようでもちろん手すりなどなく、落ちたら真っ逆さまに何十mも落ちるんだろうな、という場所にかかっていることがが気になる。
 あとでパンフレットを見たら、その場所は「胎内堂」だったらしい。看板も道案内もなかったから、きっと今は立ち入り禁止になっているのだろう。

藤の花 仙山線の車窓からも見えていた藤の花が、立石寺の山内でも野生の様子で咲いていた。友人は「この香りだと近くにある!」と藤の花の香りを嗅ぎ分けていたけれど、私にはこれまたさっぱりと判らなかった。
 山肌の新緑の若い緑に、藤の花がからみつくように咲いている。綺麗だ。
 こんな風に、藤棚になっていないところで咲く藤の花は初めて見たと思う。

 その後、重要文化財だという「三重小塔」を見た。木の建物の中に入っていて、木の格子にセルロイドのようなものが嵌めてあり、それが曇っていてよく見えなかったのが残念だ。
 申し訳ないことながら、そのやけに軽そうな感じの赤い色が、割り箸細工で作ったかのように見えてしまった。

納経堂 立石寺山内では、根本中堂と、「三重小塔」、あとはこの「納経堂」の三つが重要文化財に指定されているそうだ。
 それでも、先ほどの仁王門や奥の院、「納経堂」の奥にある展望台のような「五大堂」の方が知名度がある。不思議だ。
 「納経堂」は立石寺山内で一番古い建物で、しかも、この真下にある入定窟に慈覚大師が眠っていらっしゃるという。

五大堂より 晴れていたらぱーっと奥の方の山並みや手前の田園風景が緑に光って綺麗だったと思うけれど、残念なことに雨こそ落ちていなかったものの今にも泣き出しそうな空模様で、「立石寺随一」という五大堂からの眺めは堪能できなかった。
 この五大堂の横に「胎内堂」「釈迦峯」への案内板を隠すように「これより先は修行の場により危険ですので、一般客の登山を禁止します」という看板が立っていたことを妙にはっきりと覚えている。
 そこから見える範囲では普通のハイキングコースのように見えたけれど、きっと奥の方は「修験道」という感じの場所なのだろう。

花 五大堂でのんびりした後は、さらにのんびりと山を下る。
 途中からは、上がってきた石段とは別の、両脇にお花が咲いている坂を歩いた。階段を上るのも大変だったけれど、坂道をずっと下り続けるとこれはこれで膝が笑いそうになる。
 お花の写真を撮ったりしていたら、友人二人からすっかり遅れてしまった。

 麓にたどり着いたときには、すっかり膝が笑っていて、立っていると私の意思とは関係なくふくらはぎがプルプルと震えるくらいだった。こういうときに、しみじみと運動不足を実感する。
 友人の一人は地ビールを購入しに行き、もう一人の友人は力こんにゃくを食べていた。ご馳走になったら、しょうゆがしみて何だか懐かしい味がして美味しい。
 山寺滞在時間は、登山口から下山口まで約2時間というところだった。

 山寺駅に戻り、やってきた仙山線に乗って作並駅まで行く。
 今日の宿は作並温泉の湯の原ホテルだ。事前に確認したときは「駅から送迎しますので、山寺駅で電車に乗る前に電話してください。」というお話だったけれど、友人に電話してもらったら「迎えに行ってますよ。」というお返事だったらしい。よく判らない。
 駅から送迎のマイクロバスに乗り込み、17時頃にホテルに着いた頃、雨がポツポツと降り出した。

 一休みして、展望風呂に行く。展望風呂といっても、「何が見える」というわけではない。それでも、目の前の山の緑が嬉しい。そういう感じである。
 内風呂は空気が暑かったので、早々に露天風呂に出た。お湯はちょっと熱めだけど、風が涼しくて気持ちいい。
 今日の気温は25度以上に上がる予報で、仮に東京で同じ気温だったらとてもガマンできずにむしむしと暑苦しかったと思うけれど、東北地方は空気が違う。同じ気温でも爽やかだ。
 足の先から腿に向かってさするだけでも効果があると教えてもらったので、石段と下り坂でプルプルと震えていたふくらはぎを重点的にマッサージし、1時間弱、温泉に浸かっていつになく酷使した足を労った。

焼き魚コラーゲン鍋

 お昼ごはんが遅めだったので、夕食は19時からにしてもらった。
 畳の部屋にテーブルと椅子をセットし、お隣との間にはすだれのような間仕切りを下げた和洋折衷な雰囲気の食事処でいただく。
 焼き魚がふっくらと美味しかったことと、脂の固まりをもうちょっと透き通らせてさっぱりさせたような、白いこんにゃくをもうちょっと固めにしたような見た目のコラーゲンを入れた鍋料理があったことをよく覚えている。

 1時間くらいかけて夕食を食べ、部屋に戻ったらお布団が敷いてあった。
 山寺歩きの疲れからか、22時くらいにバタンと寝てしまった。

 ->山寺旅行記2日目

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2007.06.02

プロフィール写真を変える(立石寺)

 プロフィール写真を、先週末に行った山寺の仁王門の写真に変えた。
 曇っていたせいか(と思いたいのだけれど)ピンボケ写真ばかりでどうしようかと思ったのだけれど、「山寺に行って来た」という気分は出るだろう。

 山寺ゆきの前、山寺と仙台という組み合わせで載っているガイドブックを探そうとすると、「南東北」や「東北」というくくりになってしまい、私が欲しい情報はわずか数ページしか載っていないものばかりだったので、今回はインターネットをあちこち探してプリントアウトし、ガイドブック代わりにしていた。
 その、旅行前にお世話になったサイトを「山寺の支度(リンク)」ということで、サイドバーにまとめておいた。

 山寺ゆきの旅行記も手を付けていないのだけれど、日光の準備も進めよう。行き帰りの足はほぼ決まったので、あと宿だけは今日明日中に決めようと思っている。

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2007.05.27

山寺ゆきから帰る

 山寺ゆき(山寺旅行と言うよりも似つかわしい感じがする)から帰ってきた。
 2005年の初島、2006年の修善寺と同様に、今回も「旅行に行ってきた」というよりも、「美味しいものを食べて、温泉に入ってきた」という感じだ。
 それとあと一つ、今回は「よく歩いて」というのを足してもいいと思う。

 1日目は山形新幹線で山形まで行き、仙山線で山寺に向かい、そこでお昼ご飯。山寺をのんびり歩いて(でも、階段をずっと降りて来た後はふくらはぎが私の意思とは関係なくプルプル震えていた)、さらに仙山線で作並に移動して温泉泊。
 2日目は仙山線で仙台まで移動し、かまぼこ手焼き体験をして焼きたてを食べてから、牛タンのお昼ご飯、そのまま仙台の繁華街をぶらぶらして駅まで戻りずんだでお茶、お土産を買って、仙台始発のMAXで6時前に東京に戻ってきた。
 満喫してきた。

 仙台駅でお土産に買った喜久水庵「喜久福」という大福の賞味期限が明日だった。これは風味が落ちないうちに食べなければならぬと思い、今、絶対に太ると確信しつつお茶をしたところだ。
 美味である。
 ずんだの餡で生クリームを包んでいる「ずんだ生クリーム大福」と、こしあんで抹茶クリームを包んでいる「抹茶生クリーム大福」の2種類3つずつ(税込み630円)を買ってきたのだけれど、甘さ控えめの「ずんだ生クリーム大福」の方が好みだということで、母と一致した。

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山寺旅行記2日目

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 山寺旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

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1日目 2007年5月26日(土曜日)

2年目 2007年5月27日(日曜日)

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2007.05.26

山寺旅行記1日目

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 山寺旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

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1日目 2007年5月26日(土曜日)

2年目 2007年5月27日(日曜日)

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