瀧原宮旅行記の入口を作る
ここは、2026年6月5日から1泊2日で熱田神宮経由瀧原宮にひとり旅した旅行記の入口である。
1日目は、新幹線で名古屋に行き熱田神宮にお参りしてから三瀬谷まで移動した。
2日目は三瀬谷の宿から瀧原宮に移動してお参りし、熊野古道をちょこっと歩いて帰って来た。
なかなかいい旅になったと思う。
以下の日程をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。
ここは、2026年6月5日から1泊2日で熱田神宮経由瀧原宮にひとり旅した旅行記の入口である。
1日目は、新幹線で名古屋に行き熱田神宮にお参りしてから三瀬谷まで移動した。
2日目は三瀬谷の宿から瀧原宮に移動してお参りし、熊野古道をちょこっと歩いて帰って来た。
なかなかいい旅になったと思う。
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2026年3月15日から2泊3日で母と長崎に行って来た。
1日目は、出島、大浦天主堂、グラバー園と巡り、夕食後に稲佐山からの夜景を楽しんだ。
2日目の午前中はフリータイムで眼鏡橋周辺を散策した後、早めの昼食、軍艦島に上陸した後は西九州新幹線で武雄温泉まで移動して、ハウステンボスのイルミネーションを早足で見学。
3日目は午後3時くらいまでハウステンボスを満喫した後、船で長崎空港に向かい、帰宅している。
さすがツアーで、盛りだくさんの行程である。
個人旅行だと流石にここまで詰め込めないし、移動も大変だ。
盛りだくさんだった分、なかなか旅行記が進まず、まだ1日目までしか書き終わっていないけれども、なのに5ヶ月も経ってしまっているけれども、プロフィール写真を変えることにした。
ベタだと思いつつ、ハウステンボスのチューリップと風車の写真を選んだ。
2026年8月2日から1泊2日で、母と作並温泉に行って来た。
行き先は、というよりも、宿泊したホテルは母のリクエストである。
1日目は、新幹線で仙台まで行き、お昼ごはんにお寿司をいただき、仙山線普通列車に揺られ、駅までお迎えに来ていただいてホテルにチェックイン、その後はひたすらまったりして、オールインクルーシブを満喫した。
2日目は、やはり出発までオールインクルーシブを堪能し、リトリートツアーに参加してニッカウヰスキー工場、鳳鳴四十八滝、定義山を見学して仙台駅まで連れて行ってもらい、1時間1本勝負で母のお土産のお買い物に従い、新幹線でずんだ餅をおやつにいただきつつ帰ってきた。
この1泊2日の旅行の費用は、約59000円である。
この中には、交通費、宿泊費、食費、おやつ代、お賽銭&御朱印は含まれているが、お土産は含まれていない。
また、1日目の歩数は5161歩、2日間の歩数は9790歩だった。
もっと歩いていないと思っていたので、かなり意外だ。
2026年8月2日、1泊2日で母と作並温泉に行ってくる。
毎回、初志貫徹できていないような気もしつつ、今回もひたすらのんびりしてくる予定だ。
仙台の天気予報を見ると、今日の最高気温が21度、明日の最高気温が24度だ。私の部屋の今の気温が29度だというのに!
もはや、21度や24度がどのくらいの体感温度だったか全く思い出せない。
今日はともかく、明日、何とか雨に降られずにすみそうで、それも有難い。
とにかく、涼んできたいと思う。
朝まで迷った持ち物リストは以下に。
2026年6月6日(土曜日)
結局、ホテルから歩いて行く案とホテルからタクシーで行く案を両方却下し、電車に一駅乗って滝原駅から瀧原宮まで歩くことにした。
電車の本数が限られているので、出発時刻は早い。
6時に起床し、昨日買ってきたパンとヨーグルト、ホテルロビーのミニキッチンにあるコーヒーマシンでコーヒーをいただいて朝食にする。
ロビーには食卓風に使えるテーブルと椅子もあるけれど、何となく落ち着かないので、コーヒーや温めたパンを部屋に持ち帰った。
マツウラベーカリーのだし巻きたまご入りカレーパンはなかなかヒットな美味しさだった。


諸々支度を調えて、7時20分にチェックアウトした。フロントの方に、念のため電車の乗り方を聞いてみたところ、何だか答えがあやふやだ。多分、ホテル勤務だし、普段は全く電車に乗ることは(特に地元で乗ることは)ないんだろうと納得した。
三瀬谷駅7時42分発の電車に乗ると、今日も車内は高校生で一杯だった。土曜日の今日は部活に行くんだろうか。
20分弱で滝原駅に到着する。滝原駅で降りたのは私を含めて4人、高校生は一人も降りなかった。
4人の中に外国人女性の二人組がいて、この後、瀧原宮でも見かけなかったのが不思議だ。どこを目指して来ていたのだろう。

駅を出てそのまま真っ直ぐ進み、大内山川を越えて左折する。川沿いのこの道は熊野古道の一部で、まっすぐ瀧原宮まで続いている。
方向音痴の私にも間違いようのない、分かりやすい道筋である。
熊野古道とはいえ、要するに生活道路だ。以前に熊野古道を歩くツアーに参加したときも、「それっぽい」道筋を選んであったものの、やはり多くはアスファルトの生活道を歩いていたと思う。
大した道ではないし、それほど遠くもないけれど、やはり1泊2日分の荷物を背負って歩くには、チェストベルトとウエストベルトがあるリュックの方が断然いい。
歩き出して10分後には痛感し、帰宅したらそういう「荷物全部背負って歩くのに向いた」リュックを購入しようと決意する。
曇っていることが救いだ。
ゆっくりのんびり写真も撮りつつ歩き、20分くらいで瀧原宮に到着した。意外と近い。
鳥居の道路を挟んだ向かい側に、縁起というのか、瀧原宮の由来が何故か漫画で紹介されていた。
1コマ目、約2000年前、倭姫命が天照大神の指示で居場所を求めて視察中。
2コマ目、川を渡れずに困っていた倭姫命を近所の真奈湖神が助け、御礼に多岐原神社を贈る
3コマ目、倭姫命は真奈湖神の案内で瀧原の国を見渡せる山の頂上に行く
4コマ目、倭姫命はこの地を、天照大神が鎮座する場所として選定する。
なるほど、分かりやすい。
鳥居の手前には、漫画の元となったのだろう由緒の説明板があり、反対側に衛士派出所とお手洗いがあった。
伊勢神宮の外宮・内宮・伊雑宮、倭姫宮のいずれも、こんな物々しい「派出所」なんてあったかしらと思う。
瀧原宮はこの参道の奥深く、約400m先にあるという。
鳥居の前で一礼し、やけに静かでしんとして何となく湿っぽい参道を歩き始める。
ところで、瀧原宮の式年遷宮は外宮や内宮の翌年に行われるそうだ。
次の瀧原宮の式年遷宮は令和16年に行われる。しかし、そのための行事というのか儀式はすでに始まっており、令和8年4月12日に御木曳初式が行われたという。
ちょっと見てみたかったなと思う。

瀧原宮の参道は森に囲まれており、中には樹齢100年を超える杉の木もあるそうだ。
ということは、この森から式年遷宮のための木材として木を伐採することはないのだなと思う。
木が多い場所というのはしんとして涼しくて水っぽいと思う。
瀧原宮の参道ももちろんしんと静かで湿っぽくも涼しい。
熱田神宮と比べればもちろん人は少ない。少ないというかいないと言ってもいいくらいだ。お参りしている間、合計でも10人くらいしか見かけなかったと思う。
その10人もうち何人かは昨日ホテルの人が言っていた「磁場ゼロ」を目がけて来ていたのだろう。
瀧原宮も、内宮と同じように、川の流れを利用した御手洗場がある。
参道を途中で右に折れ、より湿っぽい感じの階段を降りて御手洗場に降りて行く。
この御手洗場というのが、異様に気持ちいい場所だった。
水の流れはもちろん清らかといった感じで川底まで綺麗に見えている。
水音はもちろんのこと、鳥の鳴き声がずっと聞こえていて、落ち着く感じがする。ずっと水の流れを眺め、周りの木々を眺め、水音を聞き、鳥の鳴き声を聞いていられそうだ。
実際、手を清めるには十分以上の時間をうっかりここで過ごしてしまった。大丈夫、時間はたっぷりある。
来た道を戻るのではなく先に進む方向に延びる階段を上り、参道に戻ってお宮を目指す。
400mは真っ直ぐな木々の間を通る道を歩くには長い。
そう思いつつ歩いていると、突然木々が切れて広い砂利の場が広がり、その奥にお宮の姿が見えた。
手前が広かったのは、今のお宮が向かって右側に建てられており、次のお宮は向かって左側に建てられるからだ。
突然木々が切れると曇り空とはいえ本当に明るくなって、ちょっとびっくりする。
同時に、あらもう着いちゃった、という気持ちもある。何というか、もっと延々と参道が続くと思い込んでいた。歩いていると本当に深さを感じる参道である。
真っ直ぐ先に参道の突き当たりが見えており、ここが瀧原宮の取っ付きである。
少し手前にあった立て札に「瀧原宮から順にお参り下さい」と書かれていた。参拝順序は瀧原宮、瀧原竝宮、若宮神社、長由介神社の順だ。
瀧原宮と瀧腹竝宮は伊勢神宮の別宮だからいいとして、他二つの神社がどうしてここにあるのだろうと思う。謎だ。
帰りにいただいたパンフレットによると、こちらの二つの神社は御祭神も詳細も不明だという。うん、分からない訳である。
お参り順のとおり、最初に瀧原宮にお参りし、次に左隣にある(参道から来ると手前にある)瀧原竝宮にお参りする。
瀧原宮は、入口のところの漫画にもあったように、神宮(伊勢神宮)の本宮と同様に天照大神をお祀りしている。瀧原竝宮は、天照大神の荒御魂をお祀りしているとも言われているという。とすると、瀧原宮は天照大神の和御魂をお祀りしている、のかも知れない。
伊勢神宮にお参りしたときは、大きなこと(世界平和などなど)と個人的なことはお参りするお宮が違うと聞いた気がするけれど、どちらがどちらだったか、肝心なことを覚えていない。困ったものである。


そういえば、この瀧原宮と瀧原竝宮の間にある大きな木が、パンフレットに言う「樹齢100年を超える杉の木」だろうか。
実は、参道の途中にも砂利が敷かれた道のど真ん中に生えている大きな杉の木があって、そちらが樹齢100年の木だったのかも知れない。
何にせよ、人がほとんど来ないというのが素晴らしい。これでベンチでもあったら延々ここにいられるなと思う。

次いで、若宮神社にお参りする。
参道の突き当たりの左から延びる階段を上がると若宮神社がある。高低差はあるものの瀧原宮の隣、と言えるかも知れない。
最後にお参りするのが長由介神社で、こちらは本当に参道の突き当たりにある。
どちらも非常にこじんまりしたお宮だ。
ときどきいらっしゃるお参りの方をやり過ごしつつ、ぼんやりしたり、鳥の声を聞いたり、座り込んだりして瀧原宮を堪能し、帰路に着く。
少し日が差してきて、木漏れ日が綺麗だ。
瀧原宮には、内宮や外宮、他の別社にはない「御船倉」という建物があるらしいけれど、全く見た記憶がない。写真にもない。一体どこにあったのか、未だに謎に思っている。

帰りに社務所に寄り、御朱印をいただいた。
ガラス戸に「巡回中」の貼り紙がありどうしようかと思っていたところに、ちょうど建物の裏から宮司さんが出ていらして受け付けてくださった。
ちょうど巡回に出ようとしたところだったろうに申し訳ない。
御朱印をいただいている間に何故かヒルの話になる。
瀧原宮は川も近いし、土が湿っていることが多いからか、雨の日には鹿やイノシシが山の中からヒルを連れて来て、玉砂利からピッと跳ねて足にくっつくらしい。
「私はまだヒルに捕まったことはありません」と笑っていらっしゃる。
「塩をかければすぐ取れるんですけれどね。でももの凄く痒いらしいですよ」とやっぱり笑っていらした。
瀧原宮まで来て宮司さんとどうして私はヒルのお話をしているのか、しみじみと謎である。
瀧原宮、謎が多い。
なるべく長くいようと思ってはいたものの、瀧原宮にいたのは1時間半弱だった。
これを長いとみるか短いとみるか、微妙なところである。
どちらにしても、瀧原宮を出たのは10時半過ぎで、11時59分発のバスの時間までかなりある。
瀧原宮を出て道の駅の方に歩いていたら、「熊野古道伊勢路」という道しるべがあった。ここから1.3kmのところに「三瀬坂峠 里登り口」があると書いてある。
のんびり歩いて、恐らく往復45分といったところだろう。
時間つぶしにちょうど良いと思い、歩いてみることにした。
とはいえ、今の熊野古道は普通にアスファルトで舗装された生活道路である。
特別の風情はない、ような気がする。
日差しも出てきてかなり暑い。ひいひい言いながら、それでも奥に見える山や田んぼの緑が気持ちいいなぁと思いつつ歩いた。
そして、ここに来てやっと、ホテルからここまで熊野古道を歩けたんじゃないかと思いついた。なるほど、そういうことだったのか。




11時過ぎに道の駅奥伊勢木つつ木館に戻って来た。一通りお土産物など見てから、併設の木つつ木茶屋に入り、お昼ごはんをいただいた。
もちろん、松阪肉焼肉定食である。
この道の駅がある大紀町七保地区は松阪牛生産区域に登録された地域だそうで、正しく地産地消のメニューだ。焼肉の味付けは脂の甘さに合わせて甘辛になっており、ごはんが進むお味だった。
食後はバスの時間までお土産の買い物だ。
この木つつ木館では、盆栽コーナーがあったり、地元野菜が販売されていたり、三重の地酒のコーナーがあったり、お土産物がなかなか充実している。
もちろん、木工品も多数揃っている。
三重県産の木材で作ったお皿が欲しいなと思って探したけれど、なかなかちょうど良い大きさのお皿が見つからない。
ぐるぐるうろうろして探し当てたお皿は、何故か屋久杉から作られたお皿だった。どうしてここにあるんだ・・・、と思いつつ、でも欲しいと思っていた大きさのお皿だし、木材として屋久杉に何の不満もない。
それでも何となく「違うんだよな」と思いつつ、購入を決めた。
そういえば売り場には「ゼロ磁場」を歌った商品も並んでいた。こんなところにまで進出していたのか! と驚いたものの、特にチェックしてこなかったのが今となっては残念である。
一体何が売られていたのか、ちらとでも見てくれば良かったと思う。
代わりに惹かれたのが、伊勢神宮の杜から切り出された神宮ひのきの木の芯の部分から抽出したという精油である。
うっかり値段を見ずにレジに持って行ってしまい、5ml4400円という結構なお値段にかなり引いたけれども、これも何かのご縁であろうと自分に言い聞かせてそのまま購入した。
アロマオイルというと普通は無色から黄色っぽい透明な色をしているイメージだけれど、こちらは本当に綺麗なグリーンのオイルである。香りもいい。「森の宝石」という呼び名も納得である。
そんな感じでお土産を購入し、11時59分発の高速バスで帰路についた。
バス停は道の駅の目の前にあり、かなり便利である。本数が少ないものの、名古屋まで直行できるこのバス路線を見つけたことが、今回、瀧原宮に行くことを決心した決め手と言ってもよいくらいだ。
三重交通の高速バスの滝原宮バス停でバスに乗り込むと、他にお客さんは同じバス停から乗車したお一人だけだった。席は選び放題だ。
バスは少し走ってすぐ高速に乗り、高速に乗ってすぐ奥伊勢PAで20分の休憩となった。
暑かったしどうしても気になってしまい、デザート代わりに緑茶のミックスソフトクリームをいただいた。大内山牛乳ソフトはこれまで何回か看板とかポスターを見かけていた気がする。
そして、この緑茶と牛乳のミックスソフトクリームは、抹茶ではなく緑茶というのは珍しいし、緑茶の香りが濃く、とにかく滅法美味しかった。
バスはこの後高速を降りて、かの有名な(らしい)VISONにも寄り、一路、名古屋駅を目指した。
VISONが何なのか、ホテルと温泉とショッピングセンターとその他諸々観光に特化した複合施設なのでは? と通りすがりに思ったけど、未だ正体は判明していない。
でもとにかく人気の施設のようで、もの凄く混雑していた。
14時25分にバスは名鉄バスセンターに到着した。昼神温泉に行ったとき以来、こんなにすぐ戻ってくることになるとは思っていなかった。
さて、帰りの新幹線まで1時間ほどある。忘れてはいけない、きよめ餅(季節限定・抹茶餡)を購入し、昨日名古屋駅に到着したときに「ぴよりんvillage 6/15開店予定」と大きく壁に書いてあるのを見かけて気になっていたぴよりんの待ち行列に並んだ。
30分くらい並んで無事にプレーンのぴよりんを購入し、巷で噂らしい「ぴよりんチャレンジ」は回避して、帰りの新幹線の車中でいただいた。
ところで、やっぱり未だに磁場ゼロが何なのか全く分かっていない。
いつか調べてやろうじゃないかと思っている。
瀧原宮旅行記1日目 <-
2026年7月18日、母と行く作並温泉旅行で2日目に乗車する作並・定義リトリートバスツアーを予約した。
11時に宿を出発し、ニッカウヰスキーの工場、鳳鳴四十八滝、定義如来西方寺を巡り、15時45分に仙台駅に到着という行程の観光バスだ。
ニッカウヰスキー工場の見学はツアーに含まれておらず、見学したい人は個別に申し込んでくださいということだったので、併せてそちらも申込みを行った。
最初の予約者だったことが若干不安だ。参加者が母と二人だったらどうしよう、と思う。
これでほぼ旅の準備が完成した。
あとは、予約した新幹線の内容をsuicaに登録し、荷造りをしたら出発できる。
のんびりしてこようと思っている。
2026年6月5日(金曜日)
朝、7時前に家を出て8時半になる前に東京駅に到着した。
通勤電車の一番混む時間帯に、厳選したとは言え大きめのリュックを持っていて申し訳ない。
東京駅でお昼ごはん用に神戸 淡路屋のすきやき弁当を購入する。「軽く済まそう」と思っていた筈なのに、とんでもなくガッツリとしたお弁当を選んでいる。謎だ。
ぷらっとこだま特典で売店で飲み物を購入することができ、ここは健康のために特茶を選んだ。
新幹線改札口で登録しておいたsuicaをかざしたら、列車番号や号車、席番号が書かれた紙が出てきた。慌ててメモってこなくても大丈夫だったらしい。納得の仕組みである。
現在の気温は20度で、半袖Tシャツの上に長袖シャツを羽織ってちょうどいいくらいだ。
東京駅8時57分発のこだま811号に乗車し、名古屋に向かう。
外は青空も見えていたものの、富士山は狙ったようにすっぽりと雲に隠れてしまっていた。残念である。
ずっと雨の予報だったのだから、青空が見えているだけで御の字だ。
お隣の席の方は小田原で降りて行き、その後はずっと空席だった。有難い。
心置きなく、すきやき弁当を広げていただいた。
ちょうど同じときに私の斜め前に座っていた女性が、缶の濃いハイボールを飲みつつナゲットを摘まんでいて、何て格好いいんでしょう! と思う。オトナだ。
そうこうしているうちに11時37分に名古屋に到着し、快速みえの切符を購入すべく券売機に向かう。
向かったものの買い方がよく分からない。三瀬谷までの切符を購入したいだけなのだが、そもそも行き先として三瀬谷を選べない。路線図にも載っていない。
快速みえは途中で伊勢鉄道に乗り入れるため、他社線経由の切符を買う必要があることまではネットで予習できたものの、もう少し詰めておく必要があったらしい。
しばしうろうろした挙げ句、指定券券売機で購入できることが判明し、ついでに多気までの指定席を押さえた。
名鉄名古屋駅に移動し、11時55分発の電車で熱田神宮に向かう。
駅を出て少し歩くと熱田神宮の東門がある。もうその辺りからびっしりと屋台が並んでいる。毎年6月5日は熱田まつりの日なのだ。
熱田まつりの本命というか最大の盛り上がりは夜の花火のようで、昼過ぎの時間帯はそれほど混雑はしていない。
正門から入ろうと思っていた筈がうっかり東門からそのまま入ってしまい、参道を歩いて正門まで歩いて入り直すことにした。若干、間抜けである。
その参道沿いにももちろん屋台がびっしりと並んでいる。
トルネードポテトって初めて見たわ、とか、最近の綿あめはカップに入って販売されているのね、とか、チョコバナナの屋台が多すぎない? とか、冷凍みかんの屋台があるよ・・・、とか、懐かしかったり目新しかったりなかなか楽しい。
ここでお昼ごはんにしても良かったかも、おやつくらいは食べちゃう? と誘惑に負けそうになりつつ、まずはお参りせねばと参道を歩く。
もらって来た熱田神宮の境内案内図に「正門」「東門」と書いてあるのでそう書いているけど、神社で正門、という言い方に違和感があるのは私だけか。
それはともかく、正門を入ってすぐの左手に別宮八剱宮と上知我麻神社があり、まずお参りした。
別宮八剱宮は熱田神宮本宮と同じ神様をお祀りしているそうだ。神事などもほぼ同等に行われるという。
この八剱宮にお参りしたとき、手を合わせて顔を上げたちょうどそのときに風が吹いて白い布がふわっと揺れて、何だかいいことがありそうな気がした。大歓迎とは行かずとも、お参りを許された、という感じがある。嬉しい。
そのまま、お隣というか90度向きを変えて上知我麻神社にもお参りする。お参りしたときは知らなかったけれど、今、改めて境内案内図を見てみたら、こちらは「知恵の文殊様」と呼ばれている、学業成就や命名の神様がいらっしゃるらしい。
甥っ子たちにお守りを買ってあげれば良かったかしらと思う。
写真左が別宮八剱宮、右が上知我麻神社である。


お参りし、御朱印をいただこうと社務所に行って御朱印帳を差し出したところ、「これから本宮にお参りされますか?」「本宮の御朱印の場所を空けておきますか?」と聞かれた。
なるほど、本来は先に本宮にお参りすべきだったのだなと思いつつ「お願いします」と答えた。
御朱印を押したところに挟んでいただいた案内によると、本宮、こちらの別宮と摂社の他に、熱田神宮境内の外に主立った摂社が二社あるそうだ。高座結御子神社と氷上姉子神社がその摂社で、機会があったらお参りしようと思う。
参道に戻って進むと、少し外れたところに二十五丁橋という石橋があった。真ん中は金網で覆って直接石橋を踏まずに渡れるようになっている。
名古屋最古の石橋で、名古屋甚句では西行法師が腰掛けて四方を見回しこんなに涼しい宮を誰が熱田と名付けたのかと言ったというような逸話が入っているのだと看板に書かれていた。
西行法師がいらっしゃった頃は涼しかったのだろう。今は暑い。
橋を渡ったすぐ先がくさなぎ広場で、売店があったり、池があったり、オブジェがあったり、いわゆる「憩いの場」になっている。
池ではアヤメ(菖蒲の可能性もある)が咲いていた。
参道に戻ってさらに進むと左手に大きな楠があった。
境内に7本の大きな楠があり、そのうちの1本であると同時に、「弘法大師お手植え」と伝わっているそうだ。怪しい。
弘法大師お手植えの真偽はともかくとして、樹齢1000年以上というのは確からしい。
ボランティアガイド風の年配の男性が写真を見せて何かを説明していらしたと思うのだけど、それが何だったのか思い出せない。洞の中に何か生き物がいたとかそういう話だったような気がする。
本宮にお参りし、その後、13時から拝殿前で行われた「棒の手」を見学した。
熱田まつり奉納行事表によると、「愛知県棒の手保存会連合会による奉納演武」で、内部事情は全く分からないながら、二つのグループというか流派があるらしく、その二つの流派がそれぞれ同時に説明し、演武を行うので、説明はほぼほぼ聞き取れない。
譲り合うとか、交互に行うとか、そういうことにはならないもんだろうかと勝手なことを思いつつ見学する。
そもそも「棒の手」がなんぞやということもよく分かっていないけれども、見学しているとなかなか激しかったり美しかったりして、見学の姿勢として正しいかどうかは甚だ謎だけれども楽しくて、結局、最初から最後まで見てしまった。
多分、全体で45分くらいだったと思う。






その後、御朱印をいただいた。
思ったより混雑しておらず、3人目くらいだったと思う。
授与所では御朱印帳も売られていて、もの凄く前に伊勢神宮で購入した御朱印帳と同じ種類というのか、同じシリーズの色違いの御朱印帳だったと思う。
実はこのとき私は出雲大社で購入した御朱印帳を持参していて、伊勢神宮に近いのは出雲大社より熱田神宮だったのかなと思った。
御朱印帳の大きさや、その商売っ気のなさが同じだし、御朱印自体も伊勢神宮のものと熱田神宮のものはよく似ている。「奉納」の文字にお宮の名前のみの大きめの印、日付、以上である。
そういえば、名前だって「神宮」の部分は同じだ。
そのうち、明治神宮にお参りして御朱印をいただこうかしらと思った。同じくシンプルな御朱印だったら、私の仮説は証明される(?)筈だ。
じっくり棒の手を見学した分、ちょっと気になっていた宝物館や「剣の宝庫 草薙館」に入る時間はなく、泣く泣く熱田神宮を後にして、名鉄の神宮前駅に戻った。
草薙剣はパスしても、屋台の買い食いを我慢しても、きよめ餅総本家の名鉄神宮駅前売店・喫茶部に立ち寄っておやつをいただきたかったのだから仕方がない。
14時だから少し早めのおやつに、ここはもちろん、きよめ餅とお抹茶のセットをお願いした。
きよめ餅は、こしあんのもの(これがいわゆるプレーンである)、栗が入ったもの、季節限定の抹茶餡のものの3種類がある。
お抹茶でいただくのだしと思い、栗入りのセットを頼んで、ひとつをプレーンのものに交換していただいた。
このきよめ餅が美味しい。かなり美味しい。
お餅の部分はふわふわもちもちと柔らかく、こしあんはかなり上品な甘さである。栗入りの方は「栗入り」の名のとおりで結構大きな栗一粒が入っている。贅沢だ。
お抹茶をいただきつつ二つをぺろりと平らげた。大満足である。
売店でお話を伺うと、「明日来れば本店とこのお店限定の黄な粉を買えるんだけどね」とおっしゃる。土日祝日限定で、熱田まつりの日は土日祝日と同様、とは行かないらしい。残念だ。
お店の方は、6月末までの販売という季節限定の抹茶餡のきよめ餅をお勧めしてくださる。
お店でいただかなかった抹茶餡のきよめ餅をお土産にすることに決め、でも今買ってしまうと重いので、名古屋駅でも購入できることを確認して見送った。
ちなみに、サイトで確認してみたら、夏季限定のきよめ餅は「れもんきよめ餅」だった。抹茶餡をいただけてラッキーだった。
名鉄で名古屋駅まで戻り、高島屋で今日の夕食と明日の朝食を調達する。
本日の宿である、フェアフィールド・バイ・マリオット・三重奥伊勢おおだいでは、朝食はお弁当のサービスがあるもののホテル内にレストランがなく、代わりにオーブントースターや電子レンジを備えたミニキッチンがロビーに併設されている。少し歩けばイオンスーパーがあるけれど、折角だから名古屋で鰻を買って行こうではないかという算段だ。
高島屋の地下に行き、まずはうなぎ しら河で、夕食用のひつまぶし弁当とお茶漬け用お出汁を購入する。ちょうど焼き上がったところだったらしく、待たずに買えてほっとする。
明日の朝食用には、しら河の目の前にあったマツウラ ベーカリーでだし巻き玉子入りキーマカレーぱんと白玉団子入り あんぱんを購入した。
両方揚げパンだ・・・と思いつつ、いつもという訳ではないし! と心の中で言い訳する。
この辺りで時間切れとなり、15時37分名古屋発の快速みえに乗車した。
2両編成で、指定席は1両の半分くらい、指定席に空きはありつつ、列車全体としては結構な混み具合である。この混雑を見て、その場で指定席券を買う方がいらっしゃったくらいだ。
電車に乗ったら疲れが出て、5〜6分遅れで乗換駅の多気に着くまで爆睡した。
多気駅では駅のホーム上にある待合室で30分ほど電車待ちをし、17時38分発の新宮行きの普通電車に乗り換えた。
2両編成の列車はほとんど高校生で埋まっている。
30分弱で三瀬谷駅に到着した。ホームから本日の宿であるホテルが見えているのに道がない。とりあえず改札を出ると、一緒に降りた高校生達はそれぞれ迎えに来てくれていた車に乗り込んであっという間に取り残されてしまった。道を聞く相手もいない。
iPadを取り出して道を確認し、かなり迂回して線路を渡り、無事にホテルにチェックインできた。
チェックインの際に「瀧原宮に行きたいのですが」と相談したところ、「いいですね。磁場ゼロってYouTubeなどでも話題になっているそうですよ」と返ってきた。磁場ゼロが「じばぜろ」に聞こえて、最初は何のことだか分からなかった。今でも分からない。磁場ゼロって何なんだ。
それはともかく、私が聞きたいのは磁場ではなく交通手段である。
「歩くのがお好きでしたら、ここから歩く方もいらっしゃいますよ」と言われた。想定外の回答である。後になって思えば、恐らく三瀬谷駅近くから熊野古道が瀧原宮まで続いているのだと思う。
あとは、電車で滝原駅まで行って歩くか、ここからタクシーか、選択肢はやはり多くない。当然のことながら駅前にタクシーは常駐しておらず電話で予約する必要があるという。タクシー会社の電話番号を教えていただいた。
とりあえず、お部屋に入って荷物を置く。
なかなかいい感じで、3月に宿泊したヒルトン長崎と同様に、洗面台と部屋の間に仕切りはなく、引き戸を閉めて分けられるようになっている。
湯船がなくシャワーのみなのは残念だけれど、窓際には固めのソファがあって居心地がいい。テーブルもある。ベッドの真正面にテレビがあるのも良い。
一息付くと居着いてしまいそうなので、すぐにイオンに買い出しに出かける。
今夜のフルーツと明日の朝のヨーグルト、そういえば存在を忘れていたお出汁を温めるための器を購入する。ミニキッチンに紙製の器は用意されていたけれど、電子レンジでは使えないと注意書きがあったのだ。
お買い物から戻ったら夕食の準備である。ひつまぶし弁当を電子レンジで温め、お出汁も買って来た容れ物に移し替えて温める。
熱湯で用意されていたインスタントの味噌汁を作る。
トレイがあったのでお借りして温めたものを載せて歩いていたら、 フロントの方がエレベータのボタンを押してくださった。親切である。
お部屋のポットでお湯を沸かしてお茶を入れ、もしかしてこのポットでお出汁を沸かしちゃえば良かったんじゃないかと反省しつつ、夕食をいただく。
もちろん最後はお茶漬けにし、ミニキッチンでいただいてきたスプーンで綺麗さっぱりいただいた。
食休みした後でシャワーを浴び、冷蔵庫で冷やしておいたスイカをデザートにいただく。
テレビを見たり、iPadで遊んだり、メモを付けたりしつつ寛いで、23時過ぎに就寝した。
明日は早起きだ。
-> 瀧原宮旅行記2日目
本日(2026年7月11日)、どなたかが1000000アクセス目を踏んでくださった。
これまでの経過は以下のとおりである。
スタート 2004年9月1日
10000アクセス 2005年7月17日
50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
200000アクセス 2009年11月30日
300000アクセス 2011年5月26日
400000アクセス 2012年9月3日
500000アクセス 2013年8月14日
600000アクセス 2014年7月7日
700000アクセス 2015年10月31日
800000アクセス 2017年8月30日
900000アクセス 2021年6月9日
1000000アクセス 2026年7月11日
前回「990000アクセスをいただいた」と書いてから、旅行記が一向に進んでいないのに、あっという間に10000アクセスをいただいて、申し訳なくも有難い。
がんばって旅行記書きます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2026年6月頃から母に「夏に涼しいところに行きたい」と言われていた。
現在の日本に夏涼しいところがあるのか、かなり疑問である。
「涼しいところねー」と思い悩んでいたところ、今度はやけに具体的に「作並温泉に泊まって、中尊寺と毛越寺に行きたい」と言い出した。
なるほど東北に行きたいのですね、と調べたら、作並温泉と中尊寺&毛越寺は結構遠い。新幹線を使って移動しても2時間以上かかる。
「1泊2日で両立させるのは相当大変」と伝えたところ、「だったら温泉だけでいい」と言う。
それでいいのか、と思いつつ、作並温泉の宿を予約した。
チェックイン時間の少し前に作並駅に到着する電車に乗ることにして、その到着時刻に併せて宿の送迎を予約し、また、仙台駅でお昼ごはんを食べる時間を見込んで行きの新幹線を予約した。
もう少し早く決めていれば間に合ったかも知れないものを、トクだ値の設定が全くなかった(あるいは売り切れていた)のは残念である。
また、2日目は、作並温泉発の観光バスで仙台駅まで移動することに決めて、その仙台駅到着時刻に母のお土産買い物タイムをプラスして、帰りの新幹線まで一気に押さえた。
これで、ほぼほぼ旅程は完成である。
宿を堪能する旅行、になる筈である。
2026年6月4日、どなたかが990000アクセス目を踏んでくださった。
これまでの経過は以下のとおりである。
スタート 2004年9月1日
10000アクセス 2005年7月17日
50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
150000アクセス 2009年2月21日
200000アクセス 2009年11月30日
250000アクセス 2010年9月16日
300000アクセス 2011年5月26日
350000アクセス 2012年2月8日
400000アクセス 2012年9月3日
450000アクセス 2013年2月19日
500000アクセス 2013年8月14日
550000アクセス 2014年1月14日
600000アクセス 2014年7月7日
650000アクセス 2015年2月10日
700000アクセス 2015年10月31日
750000アクセス 2016年9月7日
800000アクセス 2017年8月30日
850000アクセス 2018年12月30日
900000アクセス 2021年6月9日
910000アクセス 2022年3月21日
920000アクセス 2022年11月9日
930000アクセス 2023年7月22日
940000アクセス 2024年2月18日
950000アクセス 2024年9月28日
960000アクセス 2025年5月12日
970000アクセス 2026年2月8日
980000アクセス 2026年5月1日
990000アクセス 2026年6月4日
1ヶ月強で10000アクセスいただいている。びっくりだ。何が起きているのだろう。
よく分からないけれど、引き続きよろしくお願いいたします。