「私はだれでしょう」を見る
「私はだれでしょう」こまつ座
作 井上ひさし
演出 栗山民也
音楽 宇野誠一郎
美術 石井強司
振付 井手茂太
出演 川平慈英/佐々木蔵之介/浅野ゆう子/梅沢昌代
大鷹明良/北村有起哉/前田亜季/朴勝哲(p)
観劇日 2007年2月17日 午後1時30分開演
劇場 紀伊國屋サザンシアター 10列13番
料金 6300円
上演時間 3時間20分(15分間の休憩あり)
初日が二度に渡って延期された公演で、2回目の延期で持っていたチケットが引っかかり、こまつ座に電話して振り替えてもらった。「とうとう見られる」という感じだ。そして、見ることができて本当に良かったと思う。客席は満員だ。それなのに、こんなにいい席(前方のほぼ中央)で見られて有り難い。
ロビーにはお花がたくさん飾られていた。パンフレット(過去の公演のものも含む)、井上ひさしの著作本、佐々木蔵之介のサイン入りDVDなどが販売されていた。パンフレットはかなり迷ったけれど、購入しなかった。
ネタバレありの感想は以下に。
「ネタバレありの感想」とは言うものの、いつものことながら、こまつ座のお芝居の感想というのはとても難しい。
朴勝哲の軽快なピアノに乗って、唄と踊り、今回は川平慈英が見事なタップダンスも披露して、とても楽しい。明るく、前向きな感じが舞台から伝わってくる。
でも、そこで語られていることは、とてつもなく重い。
「私はだれでしょう」は、玉砕したはずのサイパン島で生き残ってでも記憶をなくした青年の心からの疑問であり、その言葉を受けて、昭和21年当時のNHKラジオで放送されていた「たずね人」の番組の一コーナーの名前でもある。
この「たずね人」のコーナーを担当している3人の女性がこの舞台の中心を担う。
その中でも、この「たずね人」のコーナーを始めた浅野ゆう子演じる川北京子がやはり中心だ。
彼女は花形アナウンサーだったのだけれど、とある番組で15秒間の空白を作ってしまって以来、マイクの前に立っていない。
そして彼女が15秒間黙ってしまったのは、スタジオの壁に飾られた日の丸が、自分の弟の遺骨を納めた木箱とそこにかけられた赤い縄の十字に見えたからだという。
戦時中、上官の指示に従わなかった兵の遺骨はそのようにして家に帰されたのだそうだ。
そのことが語られたとき、もしかして井上ひさしはこのことを一番書きたかったのじゃないかと思った。
戦後すぐの時代だから、たずね人のコーナーを担当する部屋にも、様々な問題がやってくる。
放送は事前に占領軍の検閲を受けなくてはならない、そのための担当官として日系二世の佐々木蔵之介演じるフランク馬場がやってくる。彼は、実は軍人ではなく、自分が小学生時代を送った村の子ども達に食事を提供し続けており、そのために軍の食料を横流ししており、ブラックリストに載っている。
この部屋にはまた、北村有起哉演じる高梨勝介という労働運動の闘士もたびたび訪れてはカンパを募ったり、演説をしたりしている。
また、この部屋の片隅で大鷹明良演じる佐久間岩雄は「正しい日本語」をチェックし続けている。
そこに「私はだれでしょう」と、川平慈英演じる山田太郎がやってくる。
このいかにも偽名臭い名前を持つ男は、玉砕したはずのサイパンで生き残り、しかし記憶を失っている。記憶を失って「自分は誰だ」とたずね人に手紙を出す人が当時、大勢いたのだという。
彼は、柔道はできる、空手もできる、剣道もできる、タップダンスも踊れる、驚異的な記憶力を持つ(それで、馬場の上官の引き出しを覗いてブラックリストに載った馬場の名前とホワイトリストに載った高梨の名前を覚えてくる)、英語はぺらぺらにしゃべれる、怪しさも極まれり、という人物だ。そりゃあ、諜報関係の仕事についていたとしか考えられないでしょう、と冗談半分に思っていたのだけれど、本当にそういう設定だと判ったときには本当に驚いてしまった。
とにかく、3時間20分のお芝居に、本当にたくさんの「考えなければならないこと」が詰め込まれていて、とてもじゃないけれど書ききれない。書ききれないだけならともかく、とてもじゃないけれど咀嚼しきれない。
見ているときは、もっとたくさんのことを思ったり、怖くなったり、頭のどこかで考え込んだりしていたのだけれど、言葉にするのがとても難しい。
川北京子は、アナウンス原稿の最終決定権を持つアメリカ軍人のサインを偽造し(この偽造の方法を教えたのも、記憶喪失のままの山田太郎である)、当時「放送コード」に指定されていた原爆によって家族を失った人々の「たずね人」の投書を放送する。
山田太郎は高級軍人の息子だったことが判り、しかし父親のやっていること・考えていることについていけない。「軍にだけは戻らない」と、自分を「孫だ」と連絡してきた老人と妹たちのところに帰ることを決心する。
高梨は、自分の組合活動が「誰かの大義のため」の鉄砲玉としての役割を果たしていたことに気づき、彼らのもとを去り、どこかの工場で働こうと思うという葉書を送ってくる。
アメリカ国籍を返上し、小学校時代を過ごした村の村長になろうとしていた馬場と、川北京子はある日、逮捕される。「原爆」を放送したことで、占領政策を妨害したとされたのだ。
2人に、残された「たずね人」担当の梅沢昌代演じる山本三枝子と、前田亜季演じる脇村圭子、佐久間岩雄とかけつけた山田太郎が面会に行こうとするところで、幕である。
どの登場人物もドラマがあって、思っていることがあって、事情がある。
みんなが等分に舞台と物語を支えている、という感じがする。
こまつ座ではお馴染みの梅沢昌代がやっぱりしっくりと要となって舞台を締めている。そして舞台全体の明るさは彼女から醸し出されている部分が大きいのではないかと感じる。
でも、やっぱり、登場人物全員、役者さん達全員とピアノの朴勝哲の全員で支えているお芝居だと思う。
そして、だから、登場人物達全員のその後が知りたいと思う。
初日延期など、ないに越したことはない。それでも、振り替えてもらってでも見て良かったと思う。だからこそ、逆に、できるだけたくさんの人に見てもらえるよう、「初日が延期されたなら払い戻ししてもらいたい」という人が出ないよう、して欲しかったなと思う。
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