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2007.04.04

「第16回 奉納靖國神社 夜桜能 第二夜」を見る

「第16回 奉納靖國神社 夜桜能 第二夜」
火入れ式/舞囃子「融(とおる)」梅若晋矢
狂言「磁石(じしゃく)」野村万作・野村萬斎
能「巴(ともえ)」梅若六郎
観劇日 2007年4月4日(水曜日) 午後7時10分開演
劇場 日比谷公会堂 2階K列52番
料金 4500円
上演時間 1時間40分

 前日になって靖国神社のサイトを確認し、チラシをダウンロードして初めて、雨天の場合の対応を知った。野外公演だというのにその辺りが全く無頓着だった私も私だけれど、プレイガイドでチケットを入手した人にももうちょっと親切に情報を流してくれてもいいのではないかと思う。
 チラシによると、午後4時30分の段階で野外で実施するか、日比谷公会堂に場所を移すか決定するので、電話で確認してくださいということだった。

 午後4時の段階で、職場の窓から外を見たら雪が降っていた。これは間違いなく、靖国神社から会場は日比谷公会堂に変更になるだろうと思っていた。案の定、指定の電話番号にかけてみたら「水たまりで足場が悪いので、みなさまの健康を考えて会場を日比谷公会堂に変更しました」というアナウンスが流れた。
 それはそれで仕方がないけれど、日比谷公会堂に会場が変更になる場合は開演時間も30分遅れるとは思わなかった。最初からその方針だったなら、チラシに書いておいてくれればいいのに、と思ってしまった。
 もうひとつ、開演時間はアナウンスがあったけれど、開場時間についてはアナウンスがなかった。30分前には開いているだろうとそのくらいの時間に行ったけれど、それもテープに吹き込んでおいて欲しかった。

 とは言うものの、突然の会場変更の上、事前に「雨天の場合のチケット」を請求していなかった人は、日比谷公会堂で当日に晴天用から雨天用にチケットを交換してからの入場になった。それにも関わらず、(少なくとも私の目には)大きな混乱もなく、きちんと運営されていたのだと思う。見事だ。

 ロビーではパンフレット(1000円)の他、夜桜能の絵はがきやお弁当なども販売されていた。終演後、カツサンドが半額になっていたのが何だかちょっと可笑しかった。

 帰り道、雨は上がり、うちの近くでは桜の花の向こうに月が白く浮かんでいた。
 明日は「夜桜能」が上演されるといいなと思った。(私は見に行けないが・・・。)

 感想は以下に。

 考えてみれば、「舞囃子って何?」というくらい何も知らないし、狂言は野村萬斎がシェイクスピア劇をアレンジした作品や「狂言教室」みたいなものを見たことがあるだけ、「能」を見たのも初めてだったような気がする。迷わずイヤホンガイド(500円、保証金1000円は返却の際に返してもらえる)のお世話になることにした。
 それくらい疎いのにチケットを取ったのは、とにもかくにも「夜桜能」だったからで、桜の下の舞台で見られなかったのはとても残念だ。

 A席のチケットを持っていた私が指定されたのは、2階の真ん中より少し後ろよりといった辺りの席だった。
 何故か私が座った辺りの前3列くらいはほとんど人がいなくて、死角になるところもなく、舞台全体の配置などもよく見えて、却って良かったように思う。
 舞台上の桜は、最初は造花かと思ったのだけれど、開演前に「会場変更のお詫び」に出てきた方によると、東北から満開の桜を運んできたとのことだった。確かに見事だったけれど、見事すぎて、こんなに立派な桜をこの舞台のために切ってしまったのねと思うと、何だか可哀想なような切ないような気持ちになった。

 狂言は、判りやすい筋立てだったし、可笑しみもたっぷりで、会場の笑い声に遅れることも多々あったけれど、かなり楽しめた。
 動きを見ているだけでも楽しい。
 言葉も、舞囃子の謡や能に比べれば、格段に聞き取りやすい。やっぱり知っている言葉の方が聞き取りやすいのだなと実感した。

 能は、狂言に比べると台詞に唄のような節回しがあって、面白いけれど聞き取れない。すっかり、イヤホンガイドのお世話になってしまった。
 能というのは全員が能面をつけて演じるのだとばかり思っていたのだけれど、そういうわけでもないようで、この「巴」では、巴御前役の方だけが能面を付けていた。

 イヤホンガイドの説明の方が「私もこの演出は初めてです」とおっしゃっていたくらいだから、かなり珍しい解釈で演じられていたのだと思う。通常は里娘で若い女性の姿で出てくる「巴」(チラシの説明でも「里娘が」になっていた)が、年老いた尼の姿で出てきていた。
 木曽義仲と巴御前のお話なら多少なりとも馴染みがあると思って今日の演目を選んだのだけれど、実際のところは、「義仲」「巴」という名前だけは聞き取れたものの、イヤホンガイドなしでは何が何やら判らなかっただろうと思う。
 「巴が義仲を想う気持ち」が出ている見どころの多い能、という説明だったのだけれど、その辺の「気持ち」はよく判らなかった。

 「巴御前」の亡霊が着ていた袴は「源氏香」の模様だと解説があった。源氏香の「源氏」は「源氏物語」の「源氏」だと思うのだけれど、「源氏物語」の「源氏」と「源頼朝」とか「源義経」とかの「源氏」とはどういう関係があるのだろう、と莫迦なことを考えてしまった。
 莫迦なのだけれど、未だに判らない。そのうち、調べてみよう。

 見ていて思ったのは、演じている人よりも止まっている人が凄い、ということだった。
 演じている人の凄さは(申し訳ないことに)さっぱり判らないのだけれど、お約束で「いない」ことになっているけれど舞台上にいる人や、お囃子の人など、出番ではないときに本当に微動だにせずに「待って」いる。少しでも動いたら多分演じている人の邪魔になってしまうと思うのだけれど、全くそんなことはない。
 私にはあの姿勢でゆらりともせずに座っていることなどできないだろう、きっと鍛錬の賜物なのに違いないと思った。

 それから、(恐らく)マイクなどは使っていないと思うのだけれど、それでもあの広い日比谷公会堂で、(私の知識のなさに起因する部分は置いておいて)何方もが見事に声が通る。笛や太鼓の音と被っているときも、全く負けていなくて、2階の比較的後方、しかも真正面ではないところに座っている私にも十分すぎるくらい声が届いて、こちらも鍛錬の賜物なのに違いないと聞き惚れてしまった。

 全く判らないのだけれど、でも、雰囲気にひたれて楽しかった。
 次の機会にはぜひ、本物の「夜桜」の下での能を見てみたいと思う。

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