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2007.04.21

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「写楽考」
作 矢代静一
構成・演出 鈴木勝秀
出演 堤真一/高橋克実/長塚圭史/キムラ緑子
    七瀬なつみ/西岡徳馬
観劇日 2007年4月21日(土曜日) 午後7時開演
劇場 シアターコクーン ML列22番
料金 8500円
上演時間 2時間10分

 ロビーでは、パンフレット(1000円)とポスター(500円)が売られ、劇場の外で写楽に関する本や出演者の過去のDVD作品などが販売されていた。

 ところで、演劇公演で「S席」「A席」というのは、どういう基準で誰が決めているんだろうか?
 今回の席はシアターコクーンの中2階(横側)の席だ。普通に椅子に座っていれば客席に私一人だけだとしても舞台上にどうしても死角ができる。しかも、手すりがとても邪魔で、ちょうど舞台中央に当たる部分が隠れてしまう。
 普通に座って舞台上に死角ができてしまう席をS席で売る(買う)というのは、何だかとても割り切れないし、納得できないと思ってしまった。

 終演後劇場を出たら、すでに明日(2007年4月22日)一般発売の「三人吉三」のチケットを取るためにすでに並んでいる方がいた。
 チケット発売開始まで12時間以上ある。驚いた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 構成・演出の鈴木勝秀が、矢代静一の原作(というか原台本というのか)をかなり刈り込んだという話はどこかで聞いていた。
 大太鼓と、客席から登場する高橋克実の十返舎一九とどちらが先だったろう。
 舞台に組まれた櫓の上でスポットライトに浮かぶ大太鼓で始まり、もう一方の櫓で横笛が高音を吹き鳴らす。
 その音と一緒に写楽の大きな役者絵が降りてきて、その絵の間に登場する堤真一の写楽。写楽が絞首刑になろうという前日だということが判る。
 写楽は罪人で、絞首刑になったために突然に姿を消したのだ、という解釈のようだ。

 ところで、堤真一の写楽よりも、高橋克実の十返舎一九の方が何故だか印象に残った。
 「どこまで写楽がしゃべり続けるんだろう」というくらいに人に語りかけているのだけれど内容は独白のような長台詞が多かった写楽に比べ、十返舎一九は狂言回しも兼ねていて展開の説明をする台詞が多い。どちらかというか写楽の「心情」の方が印象に残りそうなものなのに、十返舎一九の方が「人物」がくっきりしていたように思う。
 キャラとしても、遊び人の風情を見せながらもやっぱり生真面目そうな写楽より、田村意次暗殺に失敗し、大阪の一揆にも参加しそびれ、それなら世の中をナナメに見て笑い飛ばして生きていこうと決めた十返舎一九の方が一ひねりありそう感があったからかも知れない。
 ところで、十返舎一九が元武士なのは恐らく史実なのだろうと思うのだけれど、田沼意次暗殺に失敗した浪人だというのは史実なんだろうか?

 写楽と一緒に暮らしていて、何だか裏表なく生真面目そうに見せていた長塚圭史演じる喜多川歌麿もまた、判りやすく嫌な奴にどんどんなっていくのが面白い。
 そもそも、生真面目そうに見せていたときだって、写楽がキムラ緑子演じる何とか問屋の内儀のお加代と不倫(江戸時代風に言うと密通か?)に走って、しかもそれを隠そうとしていなかったのに、歌麿はその同じ女と不倫していて一切口に出さない。考えてみれば元々嫌な奴なのかも知れない。長塚圭史がまた、「端正そうに見せて嫌な奴」が見事にハマっている。

 お加代が歌麿の子を産み、写楽におまえの子だと押しつけようとし、それに失敗するとあっさりと「この子を捨てる」と言い放つ。
 それを聞いていた七瀬なつみ演じるお加代の女中のお米は、「この子は私が引き取ります」と言い返す。
 女優が2人しか登場しない舞台で、もの凄く対照的な女2人が一瞬にくっきりと浮かび上がる。

 そして、写楽と歌麿が暮らす長屋でお加代は自らの喉に包丁を突き立て、写楽に「早く楽にしてくれ」と言う。その包丁を抜いたところに、西岡徳馬演じる蔦屋とお米が来る。
 あっという間に殺人犯のできあがりだ。

 写楽はお米とお春と名付けられた子どもを連れて逃げ、その間に寛政の改革は始まって終わり、10年が過ぎる。
 写楽は自首するつもりで江戸に戻り、その前にお米と一緒に歌麿を訪ねる。そこには版元と知り合いになりたくて「絵を修行する」と偽った十返舎一九もいる。歌麿は今や押しも押されもしない大浮世絵師だ。

 結局、歌麿は写楽の描いた役者絵を見ることはせず、終始一貫感じの悪い成り上がり者を地で行く態度を取る。
 そこに歌麿から縁を切られた西岡徳馬演じる(ということに終演後に配役表を見るまで気がつかなかった)蔦屋がやってきて、歌麿から写楽に乗り換える大博打を打つことを決め、罪人だと知って写楽をかくまう。
 お米は「自首する」と言う写楽を説得し、写楽に「絵を描く」意思があることを確かめると「自分は邪魔だろうから」と姿を消す。
 このときお米は最初から、自分が写楽の身代わりに自首することを決めていて、でもすぐに自首しなかったのはきっと絵を描く写楽を見届けたかったからなんだろうと思う。

 お米が自首しても、何故だかお上は「本当の下手人は写楽だと判っている」と言う。お加代殺しの下手人が写楽と名乗って役者絵を描いていることまでどうして判っているのか、謎だ。
 そもそも、江戸時代の奉行所というところは、10年も前の町人殺害を粘着質に探索し続けるものだったんだろうか?
 お米の自主は逆に写楽をお縄にするきっかけとなり、蔦屋も写楽を「絶頂期の絵だけを残した謎の絵師」に祭り上げて儲けようと奉行所に取り引きを持ちかける。
 私の中では蔦屋という版元はどちらかというと太っ腹の清濁併せ呑む大物というイメージだったのだけれど、どうも「越後屋」の世界に近い悪人ということになっているようだ。

 絞首刑が決まった写楽を案じるお米に対して、歌麿は「発想を変えろ」と言う。自分のところにお春とともに来て暮らせとか、お春をとんでもなく残忍な女に育て上げようとか、何だかとにかく酷いことを言うのだ。
 さらに酷いのは、そういった発想の転換をしないと結果的に写楽を売った自分を責め続けることになるぞとお米に言ってしまうところだ。言われなければ気がつかない振りができたかもしれないのに、何もこんなに決定的なところで決定的なことを言わなくてもいいじゃないか。

 写楽の死に関しては、何だかみんなが少しずつ余計なことをしたんだという気がした。

 それにしても、写楽という人が正直に言ってよく判らなかった。
 やってもいない(と言い切るのはどうかと思うけど)人殺しの罪を着せられ、10年間逃げ隠れし、その10年間一緒に暮らしたお米と夫婦になることもなく、でも絞首刑になる直前、歌麿に「お米とお春を頼む」と頭を下げる。
 牢でも蔦屋の企みで役者絵を描き続けるが、絞首刑が決まると途端に絵から張りが失われる。でも絞首刑前日に「明日目が赤いと、怖くて眠れなかったと思われてみっともない」と言いつつ、結局一睡もできない。

 おぼろげな記憶だと、確か写楽の最後の役者絵何枚かはあまり出来がよくないと言われているのではなかったか。
 その説明をこのお芝居で律儀にしているのが、何だか不思議な感じだった。
 単に私の知識が乏しいからこの部分だけ印象に残る結果になったのであって、全体的に「時代考証」とか「写楽の正体の論証」に力を入れた台本でありお芝居なんだろうか。

 それにしても「写楽」がどういう人で何を考えていたのか、やっぱりよく判らなかった。
 絞首刑になった写楽は、宙づりになって、役者の化粧に見得を切って姿を消す。それが「写楽」という人間の象徴なのか、役者絵に自らを投影し続けて最後にその「役者」に逆になって死んでいったということなのか、そのときの写楽が判れば、写楽という人が判るんじゃないかという感じがした。

 写楽に2人を頼まれた歌麿は、恐らくは写楽としての夫の記憶を全て失ったお米をお春の元に返す。
 それが「よく考える」と写楽に答えたことの実践なのだとすると、成り上がった感じで嫌な奴だった、しかも死んだお加代の絵をその場で描き出し「天女」だと売り出した冷たい人間の歌麿の答えだとするなら、何だかちょっと救われると思った。

 要所要所で舞台を締める和太鼓と笛が何しろ格好良い。
 考えたら役者が6人しか登場していないのに、コクーンの舞台が確かに埋まっている。
 ずっと黒っぽい舞台に暗めの照明にスポットを当てて舞台の広さを感じさせないようにしていたのが、本当のラストシーン、十返舎一九がよぼよぼになってお春をお米の母子を訪ねるシーンで、桜の春の野が背景に描かれ舞台全体が明るくまぶしいくらいになっている。写楽も歌麿も十返舎一九の「東海道中膝栗毛」も知らないお春が清々しく、ずっと話題になっているお米が結局舞台に登場しないのも、何だか良かった。
 やっぱりイチオシはやっぱり十返舎一九の高橋克実と、妖艶な大店の内儀であるお加代と8人の子宝に恵まれた農村の女性であるお春を見事に演じ分けたキムラ緑子だ。
 最後の彼の台詞が何だかとても重要なことだったという印象があるのに、どうしても思い出せない。何て言ったんだろう。やっぱりパンフレットを買うべきだったかもしれない。

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