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2007.12.28

「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」に行く

 2007年12月4日から2008年1月27日まで江戸東京博物館開館15周年記念特別展として開催されている「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」に久しぶりに会った友人と2人で行って来た。

 展示作品も多く、楽しく、午後2時30分に入館して閉館時刻の午後5時30分までたっぷり堪能した。
 ただ、作品保護のために室温がかなり低く設定されており、これだけの時間歩き回っているとかなりシンシンと冷えてくる。暖かい格好で行くのがお勧めである。
 年末の平日の午後に行ったのに、絵の前に一列に人が並ぶくらいの盛況だった。どうしてだろうと考えたのだけれど、この「北斎」展は、前期(12月27日まで)と後期(1月2日以降)に分かれていて、前後期で出展作品に多少の異同があるらしい。私たちが行ったのは12月26日だから、「前期」にしか出展されない作品をギリギリで見に来た人が多かったのかも知れない。
 北斎という人が、そもそもが人気のある絵師だということもあるだろう。

 中学・高校の歴史で習ったオランダの医官シーボルト(友人によると彼は本当はドイツ人で、当時の日本が鎖国をしてオランダ人しか入国を許されていなかったため、オランダ人として来日していたのだそうだ。知らなかった。)が大量に持ち帰り、オランダ国立民族学博物館に所蔵されている、「端午の節句」や「大川端夕涼み」などの普通の日本の風物詩が描かれた絵がまず「北斎とシーボルト」のタイトルで並んでいる。
 彩色された肉筆画は鮮やかで、北斎は版画の人と思っていた私には意外だし、「絵」というよりも「イラスト」という印象が強い。もっとも、「絵」と「イラスト」の違いは私には判らない。
 フランス国立図書館に所蔵されている作品も多数出展されているのだけれど、これは絵よりも所蔵印に目が行ってしまった。
 美しい印だとか凝った印だとかいうことではなく、絵のド真ん中に押されていたりするのだ。次々に見ていくと、どうも画面に余白(実際はそれは余白ではなく、水面だったり道だったり空だったりするのだけれど、白に近い色で彩色されているところ)があるとそこに押しているようなのだ。それが証拠に、画面全体が濃い色彩の絵では、絵の周りの本物の余白に印が押されているし、雪景色を描いた絵では、白く塗られた雪の部分に印が押されることはない。
 この所蔵印を押した人にとって、空や道や水面を表した白に近い色彩の部分は「何でもない」ように見えたのだなと思うと、可笑しいような腹立たしいような妙な気分だった。
 そして、時々展示されている同じ絵をテーマに描いた素描(何故か全て大英博物館所蔵の作品だった)と見比べてみるのも楽しい。そして、素描ではない絵は概ね「北斎工房」の「北斎」など描いた人が特定されている(北斎ではない弟子である作品も結構含まれている)のだけれど、素描については「北斎派」と表示されているのも不思議である。

 第二部は、「多彩な北斎の芸術世界」というタイトルで、お馴染みの版画が並ぶ。
 「忠臣蔵」はちょうど討ち入りの場面が描かれているし、「新版浮絵忠臣蔵」は「聞いたことはあるかも」というシーンが描かれていて、いずれも本物の事件を題材としているのではなく、歌舞伎の忠臣蔵をモチーフにしているのだなと思ったり、風流おどけ百句というのは、意味が判らないところもあったけれど思わず「ぷっ」と吹き出しそうになる句に北斎が絵を付けている。
 安藤広重で有名な東海道五十三次は、実は北斎の方が先に描いているのだそうだ。でも版が小さく、紙も何となくガサガサとしていそうで、色遣いも少ないし、「初期は版元にそんなにお金をかけてもらえなかったのね」というのが正直な感想だった。安藤広重が「東海道の風景」を描いたのに対して、北斎が「東海道を歩く人の様子」を書いたという解説があり、同じ題材を選んでも同じものを見たり描いたりするとは限らないのだなと当たり前のことを思ったりした。
 富嶽三十六景になると、版も大きくなるし、藍の濃淡が中心になるのだけれど色遣いも却って鮮やかで、版元としても彫り師や刷り師に一流どころを連れてきてやったのだろうなという印象になる。
 富嶽三十六景の評判がよくて実際のところはあと十景を足して四十六景となっており、さらに次のシリーズとして諸国瀧廻りや諸国名橋奇欄が次々と発売されたというのは、何だか今と通じる商売根性だなという感じがする。私の勝手なイメージでは北斎は偏屈な爺さん(もちろん、若いときもあったのだろうけど)という感じなので、商売根性があったのは北斎というよりも版元なのだろうというのが私の予想である。

 掛け軸などは個人蔵のものが多く、30年振りに公開された(と書いてあったと思う)屏風など、持ち主の方は日常的に部屋に飾ってあるのかしら、貸金庫にずっと眠っていたのかしらと余計なことを考えてしまう。
 かなり昔に小布施に行って天井に北斎が描いた龍の絵を見たことがあるのだけれど、ここで見た中では「雲龍図」という墨一色で描かれた掛け軸がちょっと欲しかった。「竹林の虎図」の、どう見ても虎というよりも大型のネコでちょっとマヌケな顔の奴にしか見えない虎も楽しい。

 でも、多分、何よりも楽しかったのは「絵手本」で、これはまさしくイラスト集である。
 にらめっこをしている男の人の顔数種や、様々な職業の人の様々な働いている姿、一筆書きシリーズや、何故か「踊り方」を懇切丁寧に解説したページを持つ本まである。その「踊り方」では「ツン」などと文字が書き加えられ、手を伸ばした人の絵が横にあって、曲を知っていればこの本だけで私にも踊れそうに思うくらいに臨場感たっぷりだった。

 ミュージアム・ショップでは、この「絵手本」を復刻したもの(厚さ7〜8mmくらいの和綴じ本の全集である)が25万円で予約販売されていて、とてもとても手が出ないけれど、思わずじーっと見本を眺めてしまった。
 この全集に関する情報はサイトには見つからなかったけれど、音声ガイドの音声や出品リストなどはサイトからダウンロードできるようだ。中には図録を抱えて、絵と見比べながらじっくりとご覧になっている方もいて、少し驚いたのだった。

 たっぷり3時間、とても楽しかった。
 久しぶりに「誰かと美術展に行く」ということをして、その楽しさを思い出せたのも良かった。

 江戸東京博物館の「北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師」のページはこちら。

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