「IZO」を見る
新感線プロデュース いのうえ歌舞伎☆號「IZO」
劇作・脚本 青木豪
演出 いのうえひでのり
出演 森田剛/戸田恵梨香/田辺誠一/千葉哲也
粟根まこと/池田鉄洋/山内圭哉/逆木圭一郎
右近健一/河野まさと/インディ高橋/礒野慎吾
吉田メタル/中谷さとみ/保坂エマ/村木仁
川原正嗣/前田悟/木場勝己/西岡徳馬/他
観劇日 2008年1月19日 午後6時開演
劇場 青山劇場 2階D列33番
料金 9500円(A席)
上演時間 3時間35分(25分間の休憩あり)
25分間の休憩は長すぎるだろうと思ったのだけれど、お手洗いの様子を見ていて納得した。2階は男性用トイレも女性用として使い、隣の青山円形劇場のお手洗いも男性用を女性用として使い、それでもかなり長い列ができていた。
休憩時間内にぎりぎりさばけたかどうかというところではないだろうか。
うっかり地下1階に行きそびれたのでパンフレットその他の物販の様子は確認できなかった。
出かけにオペラグラスを慌てて取りに戻って正解だった。
2階席からは回り舞台の様子やライティングなど全体は見渡せたけれど、流石に役者さんの表情を見分けることは難しい。
ネタバレありの感想は以下に。
3時間を超える長丁場の舞台、割と舞台になることが多い幕末ものだけれど、主役の「岡田以蔵」は、決して幕末の登場人物としてメジャーなというか、愛されるキャラクターとは言えまい。
それなのに、何故か全く集中力を途切れさせることなく、息を呑むようにして見てしまった。
流石、いのうえ歌舞伎である。
岡田以蔵の名前は聞いたことがあったけれど、土佐藩出身だということは知らなかった。
土佐藩の武市半平太とか薩摩藩の田中新兵衛とか、エラそうに中心人物っぽい感じなのにあまり名前を聞いたことがないなぁと思っていたら、森田剛演じる岡田以蔵も含めて、いわゆる「幕末」という時代がいよいよ本当に変わる(終わる)前に死んでしまうのだ。
ラスト近くのシーンで、岡田以蔵と武市半平太が「天は変わる」とそれぞれが叫ぶのだけれど(正確にいうと、岡田が「自分は天に命じられた人を斬った。でも、空を見ていれば判る。天は動く。」と叫び、それを聞いた武市は自分が岡田に「天誅」を命じていたことを認め、西岡徳馬演じる山内容堂に「天は動く。徳川はなくなる。」と叫ぶのだけれど)、「終わりが来る」ということを本当に心の底から判ったところで彼らの出番は終わってしまう。そういう物語なのだ。
岡田が新撰組の沖田とニアミスするシーンがあった。
確か、「幕末純情伝」の沖田も人を殺すマシンとしての一面を強調して書かれている。
本当のところ、岡田や沖田がどんな人物だったのか、私には知りようもない。ただ、さりげないすれ違いだったけれど、何だかとても象徴的であるように見えた。
それにしても、水色の羽織を着て咳き込んでいると沖田に見えるというのも、何だか凄いことのような気がする。
土佐勤王党を率いた武市は、ひたすら尊皇攘夷を説き、道場の門下生には「先生」と慕われている。
彼と坂本竜馬との違いがどこにあるのかと言えば、この舞台では「外国」をどう捉えていたかということと、もう一つさらに大きな違いとして「藩」をどう考えていたかということにあると考えていたように見える。
「藩」にとんどとらわれていないように見える竜馬に対して、武市は「藩」とか「上士」とか「殿様」いうものを最後のところで信じているし、平等になれるとは考えていない。だからこそ、藩主にいいように使われ、自分たちの「党」を守るために岡田を毒殺しようとし、最後には切腹を命じられてしまったように見える。
武市の田辺誠一には線の細いイメージがあったのだけれど、骨太なイメージが強く出されていて、遠目だったということを割り引いても、かなり意外だった。最初は「この人誰だろう?」と思ってしまったくらいだ。
武市と義兄弟の酒を交わす田中新兵衛を演じた山内圭哉はさらに意外だった。休憩時間に配役を見るまで気がつかなかったくらいだ。岡田と同じく「人斬り」と呼ばれた人物だったようだけれど、この舞台ではその一面よりも誠実そうな実直そうな感じが前面に出ていた。
勝海舟と坂本竜馬という、ある意味「幕末の勝ち組」に属する人物が、飄々とした人物として描かれていたのが、いかにも本当らしくていい感じだった。
粟根まことが勝海舟を演じていたのも意外だったし、池内鉄洋が坂本竜馬??と最初は思ったのだけれど、段々、勝も坂本も、こういう人物だったんだろうという気がしてくるから不思議である。
ところで、粟根まことが眼鏡をしていなかったんじゃないかということと、舞台上の役者さんたちが皆草履や下駄を履いていたんじゃないかということが気になっている。
粟根まことが眼鏡をしていなかったら、それは初めて見たような気がするし、これだけ殺陣が満載の舞台を草履でこなすというのは相当に大変なのではないだろうか。
あまり「話」の中心になったことのない人物を主人公に据え、結構長い時間の経過を見せている分、どうしても情報量を詰め込まざるを得ず、それは場面転換の際にスクリーンに字幕で時の経過や場所の移動を示したり、スクリーンに影絵で物語の一部を展開させることで補っていた。
回り舞台に十字に路地を走らせて家を配置し、その格子の隙間からライトを通して殺陣を見せるシーンや、舞台の床にライトで模様を描いたり、舞台奥の川面をライトで光らせたりするシーンがとても美しかった。
戸田恵梨香演じる、以蔵の幼なじみのミツが、物語の中心人物としては「紅一点」でがんばっている。
岡田に「侍はやめないか」と言い続けた賢いミツが、田中新兵衛の刀を盗めと岡田に頼まれ、それを果たしてすぐに田中が捕縛されて切腹したことに疑問を持たなかったらしいところは納得ゆかなかったけれど、まさか、武市が岡田を毒殺しようと差し回した酒で岡田と三三九度のまねごとをし、そこでミツが死んでしまうとは思わなかった。
ある意味、ヒロインらしい散り際だったかも知れない。
そして、その酒を一緒に飲んだのに何故か岡田は命がつながり、土佐に戻ろうとして捕縛され、最後に「犬から人間になろうとし、侍になろうとしたけど、元々自分は人間だった」とミツの命名の由来であるマンサクの黄色い花が散る中で死んでいった岡田の「考えたこと」と「判ったこと」が重く感じられ、どうしてもっと早く判らなかったんだと言いたくなる気持ちとを生んでいるようにも思う。
岡田以蔵を演じた森田剛は、違和感なく達者な感じがしたけれど、さて岡田はどういう人物だったのかという風に考えると印象が薄まってしまう。ラストシーンも、土佐藩主の前で武市と対決したときも、絶対に「何か大切なこと」を言っていて、それに聞き入ってしまったのに、どうしてだろう。
もう一つ何か(抽象的な言い方になるけど「血の匂い」なんじゃないかという気がする)を強く出すと、もっと印象が強くなったのじゃないかという感じがした。
当日券も出ているらしい。お勧めである。
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コメント
ガマ王子さま、コメントありがとうございます。
ガマ王子さんは「IZO」は物足りなかったのですね。そのお気持ちはちょっと判るようにも思います。
森田剛の台詞が聞き取りにくかったということですが、私は台詞の言葉自体は聞き取れたように思います。それが「届いていたか」ということになると、はっきり断言できないのですが。
映像は確かに多かったですが、暗転の時間を有効に使って時間の流れや場面の動きを伝え、少しお芝居が進むと真っ暗になって場面転換待ち、という状態を回避するのに役立っていたように思いました。
いずれにしても、次回作が楽しみですね。
投稿: 姫林檎 | 2008.01.31 23:30
どうしても前作の衝撃が大きいから物足りなかったです><
僕は姫林檎さんより前に見たんですけど
森田君の台詞がききとりずらく弱りました・・
あと映像おおくて集中できなかったかんじでした
でも来年もいのうえ歌舞伎あったらとるんだろうなw
投稿: ガマ王子 | 2008.01.31 00:07