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2008.02.12

「人間合格」を見る

「人間合格」こまつ座
作 井上ひさし
演出 鵜山仁
出演 岡本健一/馬渕英俚可/山西惇/田根楽子
    甲本雅裕/辻萬長
観劇日 2008年2月10日 午後3時開演(初日)
劇場 紀伊國屋サザンシアター 6列3番
料金 6300円
上演時間 3時間(15分間の休憩あり)

 初日だったせいか、何となく開演前や休憩時間のロビーは、いかにも「関係者です」という風情の、比較的年配の方が多かったように思う。
 ロビーでは、井上ひさしの著作やパンフレットなども販売されていたけれど、今回は購入しなかった。

 タイトルからも判るように太宰治を主人公にした舞台にネタバレもないような気もするけれど、ネタバレありの感想は以下に。

 最初に、舞台上には6枚の太宰治の写真が掲げられている。
 そのうち2枚は本物の太宰治の写真、4枚は出演している役者達を撮った、(あえて言えば)作りものの写真である。
 本物の2枚が、子どもの頃の写真と、晩年の写真であることには、多分、理由があるだろうと思う。

 太宰治が大学に入学し、下宿先で友人を得、その友人たちのうち1人が亡くなり、1人が精神を病んでいずれも「遠いところ」に行ってしまうまでの物語である。
 回り舞台を使い、転換の間にスクリーンを降ろして、時間の経過や時代背景を文字で出す。
 割と、ここのところよく見る手法のように思うのだけれど(こういう演出にもやはり流行り廃りがあるんだろうか)、そこで映し出される文章の内容が「流石」と唸らせられる、いかにも井上ひさしの戯曲らしさがにじみ出ているもののように思う。

 岡本健一演じる津島修治、山西惇演じる同じ帝大生の佐藤、甲本雅裕演じる早大生の山田の3人は、風呂敷劇場と称してアジテーションを行い(という風に見える)、タワシを売り歩いてプロレタリアートに連帯を説く。その目指すところは「万人平等」である。
 そこに、時折、辻萬長演じる津島の実家の番頭が現れて、「修ちゃん」と説教する。彼は、決して悪人ではなく、時代時代に合わせて、みなが信じているもの、おかみが「信じろ」と言ったものを何の疑いもなく信じ、津島たち3人を呑み込もうとするものを象徴しているように見える。
 もの凄く乱暴にまとめると、多分、この番頭は「日本人」を象徴しているように見える。

 そう思うと、太宰治を始めとする3人も、もちろん太宰治を描いているのだけれど、別の側面からスポットを当てられた「日本人」たちという風にも見える。
 地主の息子が「プロレタリアート!」と叫ぶことに矛盾はないのかと悩む津島も、「万人平等」の思想をどこまでも真っ直ぐに貫く佐藤も、戦争の悲劇を訴えようと上演する芝居が逆に戦意高揚の芝居だと受け止められていつしか流されていく山田も、それぞれがある意味「日本人」を象徴しているのだと思われる。

 この4人の男優に、田根楽子と馬渕英俚可が、あるときは津島たちの暮らす下宿屋の女将と下働きの少女、あるときは津島たちを指導するカフェの女給に身をやつした共産党員とそのカフェの女主人、あるときは津島たちの暮らす長屋の住人、あるときは津島が入院している病院の看護師、あるときは戦時中に佐藤が姓名身分を偽って潜り込んだ仙台の旅館の女将とそれを手伝っている親戚の女、あるときは終戦後に山田が率いていた劇団の女優たちと、場面場面で違う「女」になって物語を進めてゆく。
 その早変わりと、全く違う人物をさりげなく演じ分けてしまう様は、あまりにも自然すぎて「圧巻」という状態を通り越している。

 番頭の中北は「日本人」の象徴であるが故に、戦後初の選挙では津島の兄の選挙参謀を務め、民主主義を叫び、選挙活動の一環として山田の劇団を招き、その土産に100円札いり饅頭を配ろうとする。
 その様子は、あくまでも「人の酔い」おじさんであるところが、余計に恐ろしいようにも思う。

 だから、ラストシーンで、辻萬長が番頭ではなく、屋台のラーメン屋の親父として登場し、友人2人の消息を聞いて酔いつぶれてしまった津島の理解者として登場したときには何だかほっとしてしまった。
 近くの工場で働く工員たちとして、4人の俳優が現れ、労働組合を結成したのだと乾杯するのを見て、決して明るい光がないわけではないというメッセージを見たようで、やっぱりほっとしてしまった。
 でも、酔いつぶれてその「乾杯」を見なかった津島にとっては、自分の周りには暗闇しかないように思えたのだろう、という風に思った。

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