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2008.05.11

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「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」
作 清水邦夫
演出 蜷川幸雄
出演 野村萬斎/尾上菊之助/秋山菜津子/大石継太
    長谷川博己/坂東亀三郎/廣田高志/邑野みあ
    二反田雅澄/大富士/川岡大次郎/神保共子/津嘉山正種
観劇日 2008年5月10日(土曜日)午後2時開演
劇場 シアターコクーン XB列11番
料金 10000円
上演時間 2時間40分(15分間の休憩あり)

 ロビーではパンフレット(1800円)やポスター(大1000円、小700円)の他、出演者の過去の出演作のDVDや、著作本などが販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 確か、始まりは、尾上菊之助演じる五郎の一人語りだったと思う。
 XA列を潰してあって最前列がXB列だったので、私が座っていたXC列は前から2列目である。そこに段差がついていて、11番という席がほぼど真ん中だったから、これはたまらない。
 舞台の真ん中前方で演技されるとその距離2〜3m、「絶対私はこの人と目があった!」と確信してしまえる距離なのである。

 そこに、髪を長くたらし、鎧をつけつつもその上から白い紗の上着を羽織っている姿、目が大きく整い過ぎているようにさえ見える顔が目の前にあったら、それは視線が吸い寄せられざるを得ない。
 大抵、こういう席に座っていると何だか恥ずかしくなってしまって目をそらすのだけれど、今回はそれを凌駕する何かがあって、じっと見返してしまった。

 舞台が進むにつれ、時代は鎌倉時代前夜、源氏が平家一門に対して反撃を加えつつある頃のことである。
 野村萬斎演じる平家に仕える斎藤実盛は60歳。当時ではかなりの「老人」だったろうに、未だに戦場を駆けめぐり、その戦ぶりは群を抜いているようである。若い頃から「暴れ者」として有名だっただけのことはある。
 そして、五郎はその実盛の「死んだ息子」であり、実盛にしか姿を現さず、声も聞かせない。

 五郎は、実盛が昔命を助けた木曽義仲を慕って、というよりも、木曽義仲が暮らし実盛が語る「森の生活」に憧れて、木曽義仲のもとに身を寄せていた。
 そして、切り株につまずいて死んだ。ということになっている。

 そして、木曽義仲が京都へ兵を進めようというこのタイミングになって、五郎の弟の六郎も木曽義仲の元へ行くと叫び、出奔する。
 六郎は「嫌っていた里へ戻ってきた父を見て決めた。獣は死期を悟ると生まれた場所へ帰ってくるという」ということを言うのだけれど、それよりも「1ヶ月前から五郎が見える」ということの方が、死期が近づいていることを予感させる。五郎が死んだのはかなり前のことらしいとなればなおさらである。

 とにかく、この実盛と五郎の親子が美しい。
 五郎は若者のうちに死に、若者の姿のままの「死人(しびと)」なわけだから、それは美しく演じようとしているのだろうし、そもそも尾上菊之助という歌舞伎役者の佇まいが美しいのだと思う。
 一方の実盛は60歳の老人で、ずっと戦場にあったせいなのか、髪はザンバラのごましお、顔には深い皺が刻まれており、腰の位置も低い。声もしゃがれている。
 前から2列目だと、その皺も黒かグレーかで描かれていることがバッチリと見える。
 でも、やっぱりこの実盛は美しいのである。
 姿も美しいし、声もしゃべり方も、何もかも「いいものを見ている」という実感をもたらす。

 一方、六郎が飛び込んだ義仲軍は、もの凄いことになっていた。
 そもそも、木曽義仲がいない。
 心を病んでしまった義仲に代わって、妻の巴が全軍の指揮を執り、その戦い方は容赦ない。そして彼女のそのどろどろとしたものを利用しているのは、どうも弟の兼平のようである。
 義仲の愛妾であるふぶきは、義仲の正気を信じる余り、何やら企んでいるらしい。
 砂上の楼閣という言葉がここまでハマる組織も珍しいくらいだ。

 巴を演じた秋山菜津子は、これまでの私のイメージではスレンダーな女優さんだったのだけれど、今回は、ほお紅のせいなのか、顔も丸くふっくらとして見えて、最初は誰だか判らなかったくらいだった。
 恐らくこれは「若さ」の演出なのではないかと思う。

 つまるところ、実盛の木曽の森への憧れと、巴の実盛への執着が全ての元凶だったように思われる。
 実盛が語る「森の生活」に魅せられて、息子の五郎も六郎も義仲の元へ行く。
 その義仲の妻となった巴は、しかし次第に戦に飽いてゆく義仲に飽きたらず、五郎になびく。でも、それは五郎も看破していたとおり、五郎を通して実盛を見ていたに過ぎない。それが原因で、巴自身に殺されることになる五郎の運命は儚すぎる。

 どう考えても暗いどろどろした舞台である。
 戦闘シーンになると、舞台中央前方、つまり私の目の前2mくらいの場所で、ことさらに惨たらしく殺し合いが行われる。
 「なるほど、舞台の一番目立つ場所で印象的な演技を見せることで、戦全体の様子を想像させているのね」と頭の中では考えたりしていたのだけれど、でも正視できずに、つい目をそらしてしまった。

 そして、何よりも実盛と息子の五郎と六郎、義仲と、弟の兼平という5人の男たちが、巴一人に惹かれ振り回され人生を狂わされてゆく舞台なのである。
 舞台上、最初から最後まで呼ばれ語られるだけで姿を現さない「義仲」の存在は非常に重くて、その存在感が舞台を制覇しているときもあったような気がするくらいだ。
 そこを、実盛と五郎の親子のやりとりが笑いを誘い、緊張を解きほぐす。
 やっぱり、主演2人の存在感がこの舞台を成立させているし、そしてそれが決して「一人勝ち」になっていないところが見事というほかない。

 最後、巴の作戦の裏をかき、義仲軍のほとんどを自分に引き寄せ、平家軍のほとんどを逃がすことに成功した実盛は、「実盛を殺すな」と命じた巴の命令の裏をかき、変装することで殺されることに成功する。
 結局、実盛も巴のことが気に入っていたし理解していたのね、と思うのは何だかかなり悔しかった。

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