「僕の大好きなペリクリーズ」を見る
成井豊の世界名作劇場「僕の大好きなペリクリーズ」
原作 ウィリアム・シェイクスピア
構成 成井豊
演出 成井豊・白井直
出演 筒井俊作/左東広之/多田直人/小多田直樹
井上麻美子/久保田晶子/鍛冶本大樹/坂口理恵
石川寛美/伊藤ひろみ/大家仁志(青年座)
観劇日 2008年9月14日(日曜日)午後7時開演
劇場 中野ザ・ポケット H列7番
料金 4000円
上演時間 2時間10分
久しぶりに中野ザ・ポケットに行こうとしたら、私の思い描いていた場所になく、5分ほど道に迷ってしまった。それでも「パソコンスクールの角を曲がる」とか「変な場所にあるセブンイレブンの看板が目印」といった適当な記憶で何とかたどり着くことができたのだから、私にしては上出来である。
ロビーでは、会場限定、1日50着限定だというTシャツ(2500円)が売られていた。デザインはほぼチラシと同じである。スタッフの人が着ていた黒いバージョンだったら判らなかったけれど、オリーブグリーンしか販売されていないようだったので買わないことにした。
非常に狭いスペースなので特に御手洗いは大混雑していた。
そうした場合の交通整理というか仕切りというのは、キャラメルボックスはいつもながら見事である。
ネタバレありの感想は以下に。
見終わって2時間以上たった今になって思ったけれど、シェイクスピア劇をシェイクスピアに縁のない観客に2時間くらいで見せようとした場合の回答には多分いくつかのパターンに分けられるのだと思う(というよりも、いくつかのパターンしかないのだと思う)。
今回の「成井豊の世界名作劇場」は、多分、子どものためのシェイクスピアに近いところにある方法論を採ったのではないかと思う。
もっとも、その方法論というのはどういうものなのかと聞かれると困るのだけれども。
ペリーとクリーの2人合わせてペリクリーズだというギターデュオ(?)が登場し、上演中の注意事項などをハモって聞かせる。
高音は喉がつらそうで、上演後にもらった曲目リストを見たら演奏している本人が作曲もしていたようで、だったらもう少しキーを低くすればいいのに、これで喉をやられちゃうんじゃないかしら、などと余計な心配をしてしまった。
タイトルに「僕の大好きな」と銘打っているだけのことがあって、冒頭は、出演する役者陣が一人一人、作・演出の成井豊からもらった手紙を読むところから始まる。
これから演じられるのは「成井豊バージョン」のシェイクスピアなんだとあっさりと納得させてしまう。
そして、手紙を読んでいた「役者」から、「ペリクリーズの物語の元となった歌を作った作家」に早変わりして物語を進めるのは、やはり坂口理恵である。
この辺りの緩急自在というのか、衣装もメイクも変えず(衣装はときどき少し変わったけど)、場の雰囲気を変え、物語を動かす呼吸は見事である。
若手中心のこの舞台で、彼女はもちろん、久々に舞台で拝見した石川寛美も伊藤ひろみも、それぞれにクセはありつつも、主役ではないからこそやはり見事に場を支配する。
大体、この2人の「以前との変わってなさ」は一体何なんだろう。褒めて言うけれど、化け物である。
ペリクリーズというのは、何とかという都市(地図がずっと舞台の背景として出され、何度も説明されているのにもう忘れている)の領主である。
この領主を最初に「漁師」と聞き間違えたものだから(しかも、地図上で見ても海辺の街だったのである)、しばらくは頭の中が大混乱だった。
それも、聞き慣れない言葉や習慣、地名が出てくると、役者さんたちの誰かが大学の博士の帽子を被って登場し、解説を加える。
「この時代には**(例えば教会)はなかったけれど、この辺りの時代考証無視はシェイクスピアはよくやっている」という感じで、シェイクスピアにケンカを売っているような解説が多いのが可笑しい。
これはシェイクスピアへの親しみやすさを演出しているんだろうか。
かつ、この解説でずっと不思議だったのは、登場人物は概ね神をローマ神話の名前で呼んでいるのだけれど、それをひとつひとつ「ギリシア神話の**のことです」と注釈を入れてくれる。
恐らく、シェイクスピアはローマ神話での名前を使って書いたのだろうと思うのだけれど、ギリシア神話に置き換えて解説される意味はよく判らなかった。
単純に、日本人にとってはローマ神話よりもギリシア神話の方が身近であると成井豊が考えたということなんだろうか。これはかなり不思議な感じがした。
隣の国の美人のお姫様に求婚しようとして謎をかけられ、その謎をうっかり解いて「この父娘は近親相姦をしている」と気づいてしまったものだから、この結構大きな国らしい王様に追われることになる。
自分の国に戦争を仕掛けられることを恐れ、どこかの都市に身を寄せようとして、飢餓状態のその都市に手みやげ代わりに小麦を渡し、英雄のように扱われる。
自分に刺客が放たれたことを聞いてその都市も脱出し、部下を引き連れて海に出てさらに放浪しようとしたら船が嵐で難破する。
打ち上げられた浜で、その国の王女様のお誕生祝いが行われると聞き、そこに出かけていって槍の勝負で優勝し、ついでにその王女様と結婚する。
懐妊した王女様を連れて故国に戻ろうとしたところ、またもや船が難破し損ない、船中で出産した妻は亡くなり、彼女の遺体は海に生け贄として投げ入れられる。
最初に身を寄せようとした都市の領主夫妻に娘を預け、ペリクリーズ本人は故郷に戻る。
娘に会いに行こうとしたら、美しく育った彼女と自分の娘とが比較され、自分の娘が貶められたと感じた領主夫人に娘は殺されそうになり、命は助かったものの海賊にさらわれてしまい、ペリクリーズは娘は死んだものと思い込む。
海賊にさらわれた娘は娼館に売られるが、心の清らかさと信心深さとで強引に操を守り抜く。
この娘のシーンが一番笑えた。
考えてみれば、何の罪科もないのに殺されかけ、命は助かったものの娼婦として売られ、客を取れと強要されているのだから、悲惨極まりない彼女の運命なのだけれど、何だかそういう悲惨な感じが全くない。
娘の「自分は清らかである」とか「自分は美しい」とか「自分は歌が上手い」とか「自分は悪いことは何もしていない」とか、心の底から自分の価値というのか、自分というものの値の高さを信じ、臆面もなくそれを口にしている感じがやたらと可笑しく思える。
今の感覚で言うと、彼女は相当に嫌な奴だし、アイドルのドラマでは絶対にこういう性格の女の子はイジメ役として登場していると思う。
けれど、シェイクスピアの時代なのか、シェイクスピアが夢想した紀元前3世紀の地中海沿岸なのかはともかくとして、この娘にはそういう「違和感」は全く通じないし届かないらしい。
流石にご都合主義のシェイクスピアは、娘のいる街の沖合に全てにやる気をなくしたペリクリーズが乗る船をつけさせ、見舞いに訪れたその街の大公が「よくできた娘がいて」と彼女を呼び寄せ、父娘の再会を演出する。
さらに、そこに唐突に(いえ、確かに、娘はずっと信仰していたのだけれど)女神ダイアナを登場させ、父娘を実は助かっていた母が暮らす修道院に行かせるのだ。
どうして突然に女神様が登場するんだ!
そう叫んでも、シェイクスピア的には、せっかくギリシアも舞台なんだし、ギリシア悲劇の必殺技であるデウス・エクス・マキナを使わずに物語を終わらせてなるものかと思っていたのかも知れない。
めでたく親子3人が巡り会い、その後、幸せに暮らしましたとさ、と大団円で終わるところも非常にシェイクスピアっぽいと思う。
ポイントは、ペリクリーズ父娘の結婚にあるように思われる。この父娘の結婚は似ているようで核心が違っていて、ペリクリーズが身分を明かす前に結婚できているのに対して、娘はペリクリーズの娘であると明らかにされてからでないと結婚できなかったのである。
この戯曲にもし「本当に言いたいこと」があるとしたら、多分それはここだという気がする。
物語がそもそも長大なところ、2時間にそれを収めたから、かなりジェットコースタードラマのように物語が展開する。
それが、スピード感を与え、客席の集中力を生むのだから、きっと「成功したシェイクスピア」だったのだろうと思う。
「この展開はどうよ」と思いつつも、結局、最後まで楽しく見てしまった。
このお芝居に出ていたキャラメルボックスの若手の男優陣、実はあまり見分けがつかなかった。申し訳ない限りである。
若手の女優さん2人は、かなりタイプが違うこともあったし、ベテランの3人は見間違いようがないということもあって、それぞれの個性が生きていたと思う。
家に帰ったらキャラメルボックスからメールが入っていて、2009年のトライアスロンパス(年間パス)の発売がお知らせされていた。
その2009年のラインアップを見ると、「小説の原作を戯曲にして上演」という路線がますます太くなってきている。
この「シェイクスピア」がそこに当てはまるのかと言われると微妙なところだけれど、いずれにしても、キャラメルボックスはそっちの方向に(とりあえず、かも知れないけれど)舵を切ったのねと思ったのだった。
別のシェイクスピア作品も上演してもらいたいものである。
やっぱり、一番キャラメルボックスらしくないということで「リチャード3世」がいいのではないだろうか。
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