「から騒ぎ」を見る
「から騒ぎ」彩の国シェイクスピア・シリーズ第20弾
作 W.シェイクスピア
翻訳 松岡和子
演出 蜷川幸雄
出演 小出恵介/高橋一生/長谷川博己/月川悠貴
吉田鋼太郎/瑳川哲朗/手塚秀彰/青山達三
井手らっきょ/妹尾昌史/岡田正/大川浩樹
高瀬哲朗/鈴木豊/清家栄一/高橋広司
今村俊一/福田潔/宮田幸輝/石田佳央
石井則仁/千田真司/下塚恭平/宮内克也
楽師 松村耕資(サックス・クラリネット)/木村仁哉(チューバ)
古川玄一郎(パーカッション)
観劇日 2008年10月11日(土曜日)午後1時開演
劇場 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール 2階V列21番
料金 9000円
上演時間 3時間(15分間の休憩あり)
ロビーではパンフレット等が販売されていたけれど、お値段等はチェックしそびれた。
「冬の旅人」のチケットが売られていたけれど、販売開始からだいぶたっているのか、限られた平日公演のみだった。
パンフレットを購入しなくても、キャスト表が配られるのは嬉しいことだ。
ネタバレありの感想は以下に
開演前にロビーで楽隊(3人だけれどそういうイメージである)による演奏があるのは恒例である。
チューバとクラリネットとパーカッション(小太鼓とシンバル)だけなのにびっくりするくらい豊かな音色である。単純に楽しい。
幕が開くと、そこにはたくさんの大理石(っぽく作られた)彫像が暗闇にぼーっと浮かんでいる。
ちょっと異様というか不気味なオープニングである。
そこに、これまた恒例だと思うのだけれど、出演者が「まだちゃんと衣装を着ていない」状態で客席を走り抜けて舞台上に駆け上がってくる。
舞台前面はかなり長く客席への階段が作られていて、客席との上り下りはもちろんのこと、ベンチ代わりのように使われる。
舞台奥に丈の高い貴族の屋敷の外壁が作られ、正面にドアが切られているというのも、このシリーズでよく見る舞台装置である。
「から騒ぎ」というタイトルのとおり、恋愛もののドタバタ劇である。と思う。
でも「ドタバタ劇」というには、悪者の悪巧みが結構どぎつくて、シェークスピアだし、「から騒ぎ」なんだし、最後は大団円で決まりだ! と思っていても、途中、かなりハラハラさせられた。
面白い。
吉田鋼太郎演じるドン・ペドロが戦いに勝って凱旋し、瑳川哲朗演じるレオナート伯爵(公爵だったかも)邸に滞在することになる。
レオナートには月川悠貴演じるヒアロー(見ている間、ずっと「ヒアロン」だと信じていた)という娘と、高橋一生演じるビアトリスという姪がいて、この2人は仲良しである。
どこかで聞いたような設定だけれど、とりあえず気にしない。
このヒアローにドン・ペドロの側近で売り出し中の長谷川博己演じるクローディオが恋をし、同じくドン・ペドロの部かである小出恵介演じるベネディックは、ビアトリスとは日頃からの悪口友達であり、彼は結婚する気なんてこれっぱかしもないらしい。
割と真っ当な方法で(上司が部下の名前を騙ってヒアローにプロポーズし、親の承諾も取り付けるというのは考えたらとんでもないけれど、これが真っ当に見えるのがシェイクスピア劇のシェイクスピア劇たるゆえんである)クローディオとヒアローは結婚が決まり、ドン・ペドロ、レオナート、クローディオ、ヒアローの4人は、判りやすく好き合っているらしいのに喧嘩ばかりしているベネディックとビアトリスをくっつけようと画策することになる。
この辺りは、「もしかしてドン・ペドロはクローディオのことが好きなのかしら?」と思わせたり、ベネディックとビアトリスをくっつけようと心から楽しそうに作戦を立てたり、吉田鋼太郎が客席を沸かせながらどんどん話を引っ張ってゆく。
ベネディックやビアトリスが彫像の振りをしたりその後ろに隠れたりして立ち聞きしていることを知りながら(というよりも、立ち聞きするように仕向けながら)、実はベネディックはビアトリスに恋をしているのだ、ビアトリスはベネディックに恋をしているのだと話す悪巧み4人組の楽しそうなことといったらない。
ベネディックもビアトリスもそれぞれ激しく鼻っ柱の強い皮肉屋(劇中では「ウィット」ということになっている)のだけれど、このときばかりは己に都合良く素直なのも可笑しい。
こちらは上手く行きそうなのに、婚約が整ったクローディオとヒアローには邪魔が入る。
ドン・ペドロの弟である大川浩樹演じるドン・ジョンは、自分をないがしろにする兄と兄のお気に入りであるクローディオを心の底から嫌っているらしく、クローディオの結婚を壊し、兄の面目を丸つぶれにしてやろうと画策するのである。
ヒアローと男との逢い引き(に見せかけて、実は、ヒアローの侍女である岡田正演じるマーガレットとドン・ジョンの部下との逢い引き)をドン・ペドロとクローディオに見せるというドン・ジョンの作戦は何故か大成功する。
おいおい、ドン・ペドロとクローディオは莫迦すぎないか? と思う。
かつ、ヒアロー本人と話そうともせず、結婚式のその場で彼女にその事実(と彼らが思ったこと)をつきつけて、ヒアローを「出戻り」に仕立て上げてやろうというそのやり口は、「どこが高潔な人間なんだよ」とツッコミを入れたくなるほど悪辣である。
そして、結婚式当日、花嫁衣装も美しい(舞台奥に鏡を置いて、彼女の姿を前からも後ろからも見せるという演出が効いている)ヒアローに悪口雑言を浴びせたクローディオとドン・ペドロは溜飲を下げ、ヒアローは気を失い、その場には、ヒアローとビアトリス、父親のレオナートとベネディック、神父とヒアローの侍女2人が残される。
ここで、「侍女のマーガレットは、ヒアローが落とされた罠と昨日の夜にやらされたヒアロー役の意味をここで気づかないわけがないだろう。なのにどうして、なんて酷いことを・・・、みたいな顔をしているんだ!」と思ったのは私だけではないはずである。
芝居の最後の方で「本人は何も知らされていなかったらしい」と釈明があるけれど、しかし、知らされていなくても気づくのが普通である。
レオナートは娘の潔白をなかなか信じようとはしなかったけれど、神父に諭され、とりあえずヒアローは死んだということにしてはどうかという提案を受け入れる。
「ヒアローは死んだ」ということになれば、彼女に対する誹謗中傷も一転して同情に変わるし、クローディオだって後悔するはずだという神父の思考は、これまた結構現実的でシビアである。
この辺りのそれぞれが考え実行している作戦の「悪辣さ」が、この舞台が「恋愛物のドタバタ劇」と言い切ることを躊躇させるのである。
そして、この後、唯一クローディオのやり方の酷薄さをビアトリスが糾弾し、ベネディックに自分のことを愛しているならクローディオを殺してくれと頼む。
従姉妹のためとはいえ、なかなか凄いことを言っているのだけれど、この舞台で唯一涙腺が緩みそうになったのは実はこのシーンだった。
月川悠貴のショートカットで肩も首も出しているのに遠目には完璧に女性に見える姿と立ち居振る舞いに比べると、高橋一生はときどき地というのか男っぽい仕草が出てしまうのだけれど、でもここでヒアローのことを真剣に思い、ベネディックに言いつのる様子は、完全に「女」だった。
さて、この後、上演時間も残り少ないのにどうするのだろうと思っていたら、割とあっさりとレオナート邸を警備している夜警がドン・ジョンの部下が悪巧みの首尾を話していたところ引っ捕らえる。
警察署長の怪しげな尋問にはひやひやしたものの(しかし、韻を踏み、反対語を駆使し、「反対のことを言いたいのだな」ということを判らせつつ笑いを取るという、この台詞の超絶技巧は凄すぎる。きっと日本語訳に一番苦労したに違いない)、まともな書記官が登場し、ドン・ジョンの悪巧みは白日の下にさらされる。
ドン・ジョンもすぐに逃げたりしなければ、もうちょっと悪巧みが長続きしたかも知れないのにねと思ったりする。
さて、ことの真相を知ったレオナートとドン・ペドロとクローディオである。
ドン・ペドロとクローディオなど、自分たちが騙された結果とはいえヒアローを殺してしまったのだと思っている筈である。
真相が明らかになった直後、ヒアローを生き返らせてクローディオともう1回結婚させようと「すまないという気持ちがあるなら自分の姪と明日結婚しろ」と言い出すレオナートも機転が利きすぎというか柔軟に過ぎるし、それをあっさりと受け入れるクローディオもどうかと思う。
しつこいようだけれど、クローディオの「結婚式の場でヒアローを辱め、出戻りにしてやる」という発想とやり方は、かなり悪辣なのである。
そんなに簡単に許していいの? と思う。
厳しい言い方をすれば、ドン・ジョンの作戦にあっさりと引っかかったのだってクローディオが軽率でヒアローを信じていなかったからだし、騙された結果とはいえ酷い行いを考え実行したのはクローディオなのである。
でも、ヒアロー本人はクローディオと再婚(?)できて幸せそうだったし、ベネディックがクローディオに手袋を投げたこともなかったこととして取り扱われていたし、まあいいのかと思う。
最後に、ベネディックとビアトリスが、実は互いに相手が自分に惚れていたわけではないということに気づいて破談になりかけるのだけれど、クローディオとヒアローがそれぞれこっそり入手しておいた彼と彼女が書いたラブレターを相手に渡し、めでたしめでたしである。
この、自分が書いたラブレターを相手に読まれないと取り合う2人がなかなか可愛かった。
2階席で全体を見渡せるのも意外と良かったし、オペラグラスを持って行ったので、意外とストップモーションを多用していてそれが効いているということもよく判り、それも楽しかった。
なんだかんだ文句を言いたくなりつつも、3時間たっぷり楽しんだ。
蜷川幸雄のシェイクスピア、オールメール・シリーズの中では、ダントツだと思う。
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