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「グッドナイト スリイプタイト」
作・演出 三谷幸喜
出演 中井貴一/戸田恵子
観劇日 2008年12月20日(土曜日)午後7時開演
劇場 パルコ劇場 C列28番
料金 9000円
上演時間 2時間15分
30年の時間を追った夫婦2人の物語を、時間経過をアットランダムにして語っている。
その「仕掛け」のネタばらしを知りたくて、パンフレット(1500円)を購入してしまった。
芝居のパンフレットを購入したのは本当に久しぶりだ。
ネタバレありの感想は以下に。
三谷幸喜演出作品で、開演前のアナウンスを演出家本人が行うことは割と普通にあったことだと思うのだけれど、今回はそのロングバージョンだった。
ことさらに「です・ます体」を避けた(と思われる)アナウンス原稿も不自然で可笑しかったのだけれど、このアナウンスが開演直前に客電を落とすまで延々と続いた。
その5分間続いたアナウンスによると、この5分前アナウンスは消防法等々により避けて通ることはできない、でも、このアナウンスによって客席が緊張し開演まで無言の5分が続くことは耐えられない、だからしゃべり続けてお客さんに楽しんでもらおう、ということのようである。
戸田恵子の出したシングルCD(だと思う)の宣伝もあったり、中井貴一が出演していたTVドラマ「風のガーデン」の最終回を散々褒めた後で「年内には録画した(最終回を)見ようと思います。」と言ってみたりする。
可笑しい。
舞台には4人の音楽家がいて、生演奏のバンド(と言っていいのだろうか)が入る。
そして、「一番劇的だった1日からこのお芝居は始まります」の演出家のアナウンスと共に、舞台中央に置かれた円形の壁がそのままスライドして後ろ側に周り、夫婦の寝室が現れる。
「夫婦にとって一番劇的な日」は、私は結婚式かプロポーズの日かと思ったのだけれど、離婚して妻が住んでいたマンションを出て行く日のことだった。
その瞬間、私ってば甘い、と思ったものである。
戸田恵子演じる気が強くてやり手の妻と、中井貴一演じる気弱そうで優しそうな夫がいる。
妻は部屋の片付けをし、夫はただその様子を黙って見ている。というか、寝室で所在なげに見ている。
夫の職業は今ひとつよく判らないのだけれど、妻の方は画廊を経営しているらしい。
妻が置いて行くと言う本に挟まっていたチケットの半券について、新婚旅行のときに見たショーのチケットだという点では一致するものの、妻はファイヤーダンスだったと言い、夫はリンボーダンスだったと言って譲らない(あれ、逆だったかも)。
離婚の日にそんなことで言い争わなくても、と思わせる。
そして、同時に、見かけと逆に夫のある意味での無神経さがこの離婚を招いたんだな、それに対抗するために(まあ、ある程度は地もあったと思うけど)妻は言葉が強くなり本人も強くならざるを得なかったんだなという感じが漂う。
そして、舞台上が薄暗くなり、パジャマのような格好をした人が出てきて寝室を模様替えし、ベッドの位置が近くなり、タヒチへの新婚旅行の場面に移る。
このときに初めて、舞台右後方にある電光掲示板の数字が「(出会ってからか結婚してからか)何日目」ということを表していることに気がついた。
最初の場面で、10190だったか10240だったかという数字が出ていたときには、10月19日? それじゃあ一桁余計だし、1019年ということはあり得ないし、と思っていたのだ。
新婚旅行の場面ですでに数字は三桁だったから、多分あの数字は「出会ってから何日目」なんだろう。
(パンフレットを読めば書いてあるような気もするのだけれど、感想を書くまでは読まないことにしているのだ。)
とにかく、時は新婚旅行初日に飛び、2人が見たのは「松明を持って踊るリンボーダンス」だったことが判る。
もちろん、客席からは笑いが起こる。
こうして、時を前後に自由に飛び回ることで「あぁ、そういうことだったのね」と夫婦の歴史を納得させ、どちらかというと妻の気持ちを納得させるようにできているお芝居だと感じた。
最初は骨壺に入って登場したペットの「太郎」が実はリクガメだったこと、飼い始めるキッカケは夫が「子どもは今は欲しくない」と言ったことであったこと、夫が浮気している間に間違って煙草を食べて死んでしまったこと。
ペットの太郎の存在の他にもう一つ「時の変化」を象徴する軸になるのは妻の仕事で、今は画廊で浮世絵を扱っていること、知り合った当初は舞台でダンスを踊っていたこと、外国人家庭を主な対象にペットシッターをしていたこと、ペットシッター先の奥さんの薦めで英会話教室を始めたこと、ダンス・インストラクターから再度舞台に出ようとオーディションを受けたこと、英会話教室があっという間に5000人規模になったこと、子どもを作ろうと舞台に出演していた犬の世話係を辞めたこと、英会話教室で知り合った人に頼まれて京都を案内したことをきっかけに画廊を始めたことなどが(多分、この順番だったと思うのだけれど自信は全くない)、語られてゆく。
そして、その間、作曲家である夫は(途中まで私は彼は小説家だと思っていた)、少しだけ急に少しだけ上り、あとはゆっくりと下り坂を歩いてゆくのだ。
離婚の際に、夫名義のマンションをそのまま妻に譲られ、ローン返済のうち7割は妻が支払うという妻の申し出を断れないほどに下っているのが哀しい。
中井貴一は、それこそ「風のガーデン」で見せた佇まいとは全く別の、気弱で優しいのではなく実は情けない男をコミカルに演じていて、余計に悲哀が漂う感じになっている。
ラストシーンで、妻が覚えていた宝石箱の暗証番号を最後まで夫は思い出せず、妻が出していたヒントに気づくこともなく、そこに入っていたインスタント写真は真っ白になってしまっていて、夫はそれをいつどういうきっかけで撮ったのかも思い出せない。
妻が「永遠なんてものはない」と叫ぶ。
そこに漂っているのは「絶望」の気配だ。
「特にドラマチックなことはなかった夫婦の30年」と言うけれど、「特にドラマチックなことはない」のにここまで人は絶望を味わえる、と言われているように思える。
そして、そのだめ押しなのか、慰めなのか判らないのだけれど、このお芝居は、その「インスタント写真を撮った、結婚したばかりの夜」の様子を描いて終わるのだ。
お芝居は楽しかった。コメディだし、役者さん2人はコミカルに演じているし、「デカいリクガメの太郎」なんていう脇役も、床に置いてあった太郎の骨壺がいきなり床下に収納されるなんていう小技も効いている。
でも、ここで描かれているのは、決して前向きな瞬間ではないし、どちらかというと絶望を描いているようにも見える。だからこそコメディ・コミカルといった舞台装置が必要だったんじゃないかという気がする。
加藤健一事務所で上演された際に見た、不倫の2人の1年に1度の逢瀬を時を追って見せてゆく「セイムタイム・ネクストイヤー」の実は前向きなエンディングと対照的だったのが、何とも意外なような、納得のゆくような気がしたのだった。
でも、間違いなく面白いお芝居である。
そして、ちょっと意外な感じがするお芝居でもある。
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コメント
バランスとれすぎててね
あまりに数学的というか
なんだか綺麗な芸術作品みた感ありました
同じ2人芝居で夫婦物なら昨日みました
夫婦印プロデュース「月夜の告白」
のほうがタイプでした
投稿: ガマ王子 | 2008.12.21 23:08
ガマ王子さま、コメントありがとうございます&お久しぶりです。
「構成的に完璧」という感想を拝見して、なるほどと思いました。
私は「集大成」という感じを受けたように思います。
破綻なく細部まできっちりという辺りで、「味気ない」という風に思われたのでしょうか。
その分、戸田恵子さんと中井貴一さんのはじけっぷりがあって、バランスが取れていたようにも思いますがいかがでしょう。
投稿: 姫林檎 | 2008.12.21 22:58
お久しぶりです
ちょっと構成的に完璧すぎて
味気なかった気がしました
どうでしょう
手垢がないお芝居といいましょうか
投稿: ガマ王子 | 2008.12.21 21:15