「コースト・オブ・ユートピアーユートピアの岸へ」を見る
Bunkamura20周年記念特別企画「コースト・オブ・ユートピアーユートピアの岸へ」
I部:VOYAGE「船出」
II部:SHIPWRECK「難破」
III部:SALVAGE「漂着」
作 トム・ストッパード
演出 蜷川幸雄
出演 阿部寛/勝村政信/石丸幹二/池内博之
別所哲也/長谷川博己/紺野まひる/京野ことみ
美波/高橋真唯/佐藤江梨子/水野美紀
栗山千明/とよた真帆/大森博史/松尾敏伸
大石継太/横田栄司/銀粉蝶/瑳川哲朗
麻実れい 他
観劇日 2009年9月22日(火曜日)午後0時開演
劇場 シアターコクーン 中2階ML列17番
上演時間 I部 3時間(15分の休憩あり)
休憩 30分
II部 2時間55分(15分の休憩あり)
休憩 45分
III部 3時間10分(15分の休憩あり)
料金 29000円
ロビーではパンフレットが2000円で、ポスターがB全は1000円、B2サイズが500円で販売されていた。
その他、出演者の過去のDVD作品や、関連書籍なども販売れていたけれど、こちらは15分休憩の際にはクローズしてしまっていた。
それにしても、やはり10時間20分は長い。
お昼ごはんは途中で買って持参し、30分休憩におやつを食べ、45分休憩のときに東急本店の地下のイートインで夕食を食べた。
ロビーでもサンドイッチやおにぎり、ピロシキにお団子などが販売され、30分休憩と45分休憩のときには客席での飲食も可だった。
ネタバレありの感想は以下に。
とにかく、長かった。
3時間の芝居を3本連続で見たのだから、それは長いに決まっている。
3部に入る頃には「見届けることが使命」のような心境になっていた。
この秋に、もう1本「ヘンリー6世」という大作が予定されていて、見たいと思っていたのだけれど、チケットを取ろうかどうしようか、考えてしまった。
ロシアっぽいと思ったのは、恐らく主人公と言っていいのだろう、阿部寛演じるアレクサンデル・ゲルツェンが1部の1幕には一切登場しないところだ。
主人公が、全体の1/6が終了するまで姿も現さなければ、(確信はないけれど恐らく)話題にも登場しないなんていうことは、普通だったら考えられない。
それだけ考えても随分と贅沢なお芝居だということが判る。
開演前、役者さん達は、ちょうど本読みが始まる前、といった風情で、ロの字型に会議室っぽいテーブルを並べ、稽古着を着て、何やらおしゃべりをしている。
寛いでいるように見える。
このおしゃべりや寛ぎまでが「演出」なのか、それとも本当に寛いでいるのか、よく判らない。
そして、さっと紗のようなカーテンが引かれ、いきなりきびきびと立ち働いて役者さん達がテーブルを片付け、いくつかは晩餐用のテーブルとして並べ替えてテーブルクロスが敷かれる。
最初のシーンに登場する役者さん達は、思い切りよく稽古着を脱ぎ、衣装に着替える。髪と顔を整える。
次に「しゃっ」という音と立ててカーテンが引かれると(ここがちょっと歌舞伎っぽい)、そこはロシアの裕福な家のディナーの場である。
見事だ。
舞台は、劇場の真ん中に仮設で作られ、元々舞台があった場所に客席が設置されて、前後から挟まれている。
コクーンは両脇にも座席があって斜めに配置されているのだけれど、そこはそのまま残されている。
ほぼ三方に舞台が開けている感じになっている。
後ろ向きになってしまう役者さんも多いし、私が座った席からは、一部の舞台が見切れてしまっていたのだけれど、それはほとんど気にならなかった。
舞台セットと演出の力だ。
3部6幕の全てに登場していたのは、恐らく、勝村政信演じるミハイル・バクーニンだけだったのじゃないだろうか。(一人二役以上を演じていた俳優さんが全部に登場していたという例は除く。)
そう考えると、彼が主人公だったのかも知れないと思いたくなる。
2部では、バクーニンが一人でいるシーンにしか登場しないし、シベリア送りになったなどという会話もあったし、私はてっきりバクーニンは死んでしまっていて、幽霊というか亡霊として登場しているのだとばかり思っていた。
3部になって、より太って髪の生え際もだいぶ後退した本人が登場したので「うーん、生きていたのか!」と思ったくらいだ。そうしたら、2部での彼は、生き霊か、ゲルツェンの妄想か、どちらかだったんだろう。
特に1部を見ていると、ここに登場するロシアの革命家たちは、どうも、頼りにならない感じがする。
適当に哲学的というか哲学っぽい匂いのする言葉を振りまき、哲学をするよりも、革命を志すよりも、恋愛ごっこにうつつを抜かしているように見える。
特に1部での彼らはみな若者なのだから、ある意味、「ロシア貴族(あるいは富裕層)の恋愛ごっこ」というのはステレオタイプとしてよくあるイメージがあるけれど、何だかなー、という感じがするのも事実である。
その中でも極めつきにいい加減なのはやはりミハイルで、「僕がどこで間違っていたのかがやっと判った!」と叫んでは、それまで信奉していた本や人を放り出し、次々に乗り換えていく。その乗り換える過程で必要となったお金は、家族と友人からの借金でまかない、返した様子もない。しかも、借金を断られると平気で逆切れする。
とんでもない奴である。
4姉妹からどうしてあんなに愛されているのか、さっぱり判らない。
生来の愛嬌ということか?
でも、お話が続いていくうちに、どうもこのミハイルは異様に先見の明があるらしいことが判る。
話の後先が逆なのかも知れないのだけれど、ミハイルが崇拝した人物や書物は、その後、彼のグループの人々に浸透し、同じように崇められるようになって行くのである。
同じ傾向にある人々が集まっているだけなのかも知れないのだけれど、やっぱりミハイルという人物には何かを動かす力があるということなんだろう。継続する力はなさそうだったけれども。
1部が一番はっきりしていたのだけれど、1幕はミハイルの実家を舞台にした数年間を描き、2幕は同じ数年間をモスクワを舞台にして描く。
それぞれの幕で、もう一方の幕で演じられた物事や人物を噂にして語っている。
紗のカーテンを透かすような感じで、こちらからとあちらからと、同じ時間を二重に見られるのが楽しかった。
このままこの方式でやられたら、集中力が落ちるだろう2部と3部はきついぞと思っていたのだけれど、その後は、多少の時間の前後はしつつも、ほぼ時間通りに話が進んでいて助かった。
場面転換が多いのだけれど、そのたびに「18**年夏 **にて」という感じでその場面の時と場所が表示されるので、それも助けになっていたと思う。
2部以降は、ゲルツェンの物語になっていく。
1部では4姉妹がそれぞれに恋愛模様を演じていたのだけれど、2部ではゲルツェンの妻である水野美紀演じるナタリーが、3部ではゲルツェンの友人の妻である栗山千明演じるナターシャが、それぞれ中心となって、場を引っかき回していく。
いや、恐らく、彼女たちは自分に正直に振る舞っているだけなんだろうと思うのだけれど、それが結局、場と革命家たちを引っかき回す結果になっていく。
何だか、他に女性の描き方はなかったのかとちょっと暗い気持ちになってしまう。
そういう意味では、3部で麻実れいが演じていたゲルツェンの子供達の家庭教師であるマルヴィーダという女性は特異だったかも知れない。
雇われている身ではあるけれど、もちろん誰かの「所有物」ではないし、雇い主に対しても堂々と(ときには堂々過ぎるくらいに)意見を言い、それを通して行く。
最後には、ゲルツェンの子供を引き取って一緒に暮らしてしまう。
こういう存在の女性が登場人物にいるとほっとする。
それというのも、やはり、ナタリーという人もナターシャという人も(というか、この2つは同じ名前の違う呼び名である。ニコライが大勢登場するところも、やはり、ロシアっぽい)、何というか、感情的というのか、常にテンション高く生きている感じがするのである。
そのテンションの高さを身振りと声で表現し、かつ、その声が魅力的で台詞もきちんと届けているところは見事なのだけれど、多分それは俳優さんのせいではなく、彼女たちをずっと見ていると疲れてしまうというのも事実だったりする。
ゲルツェンという人は、最終的に、外から、段階的に、平和的かつ穏やかに革命を進めようとする。
これって、恐らく同時代的になかなか理解を得られにくいポジションなんだろうという気がする。
過去のこととして見たら、非常に賢いやり方だと思うし、その時代に生きて暮らして革命家との交流もあってその道を選ぼうとすることがどれだけ大変でどれだけ大切なことだったか、という風に言えるけれど、その場にいたら、絶対に非難されるし、なかなか理解者は出てこないだろうし、もの凄く損な役回りだったのではなかろうか。
3部2幕の最後、ゲルツェンのモノローグで幕は閉じる。
いや、もしかしたらモノローグの後に何かのシーンがあったような気もするのだけれど、とにかく私の印象としては、ゲルツェンのモノローグでこの芝居は終わる。
このモノローグで、絶対に、この芝居を貫き、ゲルツェンの行動の元となっていた考え方が語られる。それも、かなり力強く語られていた。
そういう確信はあるのだけれど、どうも、ゲルツェンがそこで何を言っていたのか、全く記憶がないのである。
これまた、俳優さんのせいではなく、私が10時間を超す観劇に集中力を失っていたことが原因である。
あそこで彼は何を語っていたんだろう。
それは、私が10時間このお芝居を観て感じたことと、そんなに激しく乖離してなければいいのだけれど、と思う。
それにしても、長い。
最後には使命とか修行とかいう言葉が頭に浮かんでくるくらいだった。
それでも、最後のモノローグはともかくとして、自分でも意外なくらいちゃんと見られたと思う。面白かったし、一人何役も演じる俳優さんがいてそこを区別するのも結構骨が折れたし、この人達はどうなるんだろうという興味が最後に幕が下りるまで持続した。
やっぱり、見て良かったと思う。
| 固定リンク
「*芝居」カテゴリの記事
- 「主婦 米田時江の免疫力がアップするコント6本」の抽選予約に申し込む(2024.09.08)
- 「バサラオ」を見る(2024.09.01)
- 「破門フェデリコ~くたばれ!十字軍~」を見る(2024.08.25)
- 朝日のような夕日をつれて2024」を見る(2024.08.18)
- 「奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話」を見る(2024.08.12)
「*感想」カテゴリの記事
- 「バサラオ」を見る(2024.09.01)
- 「破門フェデリコ~くたばれ!十字軍~」を見る(2024.08.25)
- 朝日のような夕日をつれて2024」を見る(2024.08.18)
- 「奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話」を見る(2024.08.12)
- 「正三角形」を見る(2024.08.11)
コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
最後の台詞を教えていただいてありがとうございます。
なるほど、そういうことを最後にゲルツェンはそういう心境に達していたのですね。
今年もお互い、楽しいお芝居をたくさん観られますように!
投稿: 姫林檎 | 2010.01.03 21:31
DVD1枚につき1部約3時間、3部で9時間でした~。でも1部を通して見る集中力は僕にもないで~す。それは休み休みということで・・・
姫林檎さんが気にしていたラストは多分”ユートピアなんてあるか分からない、それよりユートピアではないこの世界を行き抜くことが大切なんだ”だと思います。何しろ素直には分かりにくい言い回しですから・・・機会がありましたらご自身で確認してください。
この劇での会話、特に論戦では観念的な言葉の応酬でその個々の台詞の内容は分かりにくいし、分かる必要もないんじゃないかな?
むしろ今この劇を振り返ると、ゲルツェンという人物がいたこと、その人となり、そして彼の家族愛、夫婦愛ばかりが浮かんできます。この物語を貫く主題ってのはひょっとしたらそれなんじゃないかな?とも思われます。
DVDの本当の最後の最後に終わったばかりの楽屋裏映像が少し収録されていましたが、役者さんたちの笑顔、達成感が感じられて印象に残りました。
投稿: 逆巻く風 | 2010.01.03 08:53
逆巻く風さま
あけましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします
「コースト・オブ・ユートピア」はテレビ放映されたのですね。
気がつきませんでした。
コメントを拝見すると、テレビ放映の際には演出家や出演者の方々の解説等々が入ったのですね。
確かに、解説とか予習とかが必要な感じでした。
ロシア史の予備知識なんて丸っきりないですし、大体、同じような名前が頻出するだけで頭が混乱しますし(笑)。
というわけで、私は多分このお芝居も、このお芝居のストーリーも理解はしていないと思いますが、私の印象に残ったシーンを再構成するとこうなる、という感じなのかも知れません。
もういっぺん見たら間違いなく印象も感想も変わると思いますが、でも、映像で10時間を超えるお芝居を観る根性はないと思います・・・。
逆巻く風さんの集中力に脱帽です。
投稿: 姫林檎 | 2010.01.02 23:14
あけおめ~(o^-^o)今年もよろしくです。
さてさて、み・ま・し・た・よー『コースト・オブ・ユートピア』・・・・TVでしたが。
1回目はライブで・・・でも用があったりで3分の2ぐらいしか見れませんでした。内容はともかく、というか全然把握できませんでしたが、俳優さんの記憶力と瞬発力?に感心しながら。
多分この劇には十分な予習が必要でしょうね。
そして2回目は録画したDVDで。その回は時代背景とか人物の相関関係とか解説を見たりして、考えながら見ましたが、だいぶ分かってきました。先送りもできましたが、そうせず、何か長いとか、疲れるといった他の感想が得られると期待し、蜷川さんの「出演した人は皆面白いと言ってくれる」という言葉に励まされながら。
この劇って、あまり作者はここで何を言いたいのか?とか何かを感じるべきとか考えない方が良いかもしれません。阿部さんが言っているように”日本で言えば幕末から明治維新の時代のように、ロシアという国で激動時に生きた人々(知識人?)の「群像劇」”として見る方が良いんだろうな。
そしてラストは感動的とも思われました。
それにしても1回観ただけでこれだけストーリーを理解するなんて、さすがですね姫林檎さんは!
投稿: 逆巻く風 | 2010.01.02 17:35
サニー様、コメントありがとうございます。
そうですか! サニーさんもご覧になりましたか!
ほんっとうに長かったですよね。
私は達成感の前に、「終わりまで劇場にいなければ」という使命感と同時に、何故か「これは修業だ」という言葉が頭の中をぐるぐる回っていました(笑)。
これは5連休だからこそできた業だということで、新国立劇場の「ヘンリー六世」は見送ろうかと思ったところでした。
でも、サニーさんがご覧になるということなら、やっぱり、見ておいた方がいいでしょうか。
また迷い始めています。
投稿: 姫林檎 | 2009.09.23 23:39
姫林檎さん、こんばんは。
私も土曜日に通しで観てきました。
分かってはいましたが、実際観ると長かったですね〜。
所々、集中力を欠いてしまったので、
この芝居の言わんとするところを
半分も理解できたかは、定かではありませんが、
個々の登場人物は興味深いものがありました。
最後には疲労感と共に
見届けた!という自己満足な達成感は味わえました(笑)
新国立の『ヘンリー六世』も観る予定ですので、
今回の経験を生かせれば、と思っております(笑)
投稿: サニー | 2009.09.23 22:53