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「ガス人間第1号」
脚色・演出・出演 後藤ひろひと
出演 高橋一生/中村中/中山エミリ/伊原剛志
山里亮太(南海キャンディーズ)/三谷昇/水野久美
渡邉絋平/水野透(リットン調査団)/悠木千帆
観劇日 2009年10月31日(土曜日)午後1時開演(千秋楽)
劇場 シアタークリエ 16列7番
上演時間 2時間40分(20分の休憩あり)
料金 8800円
ロビーでは後藤ひろひとの過去の作・演出・出演作品のDVDなどが販売されていたけれど、千秋楽だったためかグッズはかなり売り切れていたらしく、パンフレットは予約販売ということになっていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ネタバレありとはいっても、そもそも、このお芝居は「ガス人間第1号」という昭和35年に公開された東宝映画のリメイクである。
といっても、私はこの映画は見たことがないし、今「一応、確認しておこう」とwikiを見るまでは、どんなストーリーなのかも知らなかった。
というか、お芝居を観たときには、映画とお芝居はほとんど同じ設定で同じストーリーだろうと思っていたので「随分と今日性の高いモチーフを使った映画だったのね。」と勝手に感心していたのだけれど、そうではなくて、後藤ひろひとはかなり翻案していたようだ。
割と後藤ひろひとが作・演出・出演を全部やっているお芝居で見かけることが多いように思うのだけれど、冒頭、「作者」である後藤ひろひとが舞台上に登場する。
珍しく原作があるものを上演するということで一言あいさつがしたかったのかも知れないし、恐らくは「往年のファン」という方がいるだろう作品をリメイクするに当たってあいさつが必要だと考えたのかも知れない。
カーテンコールで中村中が「全公演いらした方もいらっしゃるのでしょうか」というようなことを言っていたけれど、そういう「芝居」ではないものを楽しみに来た観客が多いことを予測して、できるだけ早く「つかみ」をカマしておきたいと思ったんじゃないか、というのが私の今の推測である。
後藤ひろひとが舞台上から去った後、私の曖昧な記憶によれば、確か、中山エミリ演じる「空気は読まない」「人の話は聞かない」「知ったかぶりはしないけど思い込みは激しい」女の子が、水野久美演じる上品っぽい初老の女性の車椅子を押して登場する。
彼女は実は週刊誌の記者で、記事にするために「ガス人間」の母親に会いに来ているようだ。
そして、恐らくは時はさかのぼり、伊原剛志演じる刑事が殺人事件の現場にいる。
この前に起きた殺人事件と同様に、山里亮太演じる怪しすぎるガスの専門家が言うには、ケトンというガスが現場に残されており、被害者の死因がはっきりしないらしい。
週刊誌の記者と刑事は、「年が離れているのに同級生は変だろ!」と心の中でツッコミを入れようとしたら、実は自動車学校の同級生ということが判明し、そんな小さな笑いをちりばめつつ、2人は実はそれぞれ有能な仕事人間のようで、あっという間に、3件のケトンガスが絡んだ殺人事件の被害者が、昔あった「JOKI」というバンドの関係者であったという事実にたどり着く。
私がぼーっとしているだけかも知れないけれど、展開早すぎである。
連続殺人事件の1件が半径2km以内に民家が1軒しかない場所で起こり、その民家には、中村中演じる「JOKI」というバンドでボーカルを務めていた女性が、三谷昇演じる盲目のアレンジャーであるおじいさんと暮らしていた、となれば、そりゃあ、警察は目をつける。
また、伊原剛志演じる刑事が、普段からちゃらんぽらんに仕事してそうで実は切れ者、という判りやすいキャラなので、それは疑うに決まっているのだ。
そういえば、このボーカルの女性は「藤田千代」という名前で、ファンからはそれを縮めて「ふじちよ」と呼ばれているという設定で、特に違和感は覚えていなかったのだけれど、映画では「藤千代」という名取り名を持つ日本舞踊の踊り手がヒロインで、こんなところでも遊んでいたのね(あるいは、オマージュとして捧げていたのね)と思ったのも、WIKIで調べてからである。
判っていなくて本当に申し訳ない。
藤千代がギターを売りに行き、高橋一生演じるその店の店員が発売前の彼女の歌をギターで弾いていたことから、伊原剛志演じる刑事は、さらに彼への疑惑も深める。
判りやすく彼と彼女への包囲網が狭まっていく訳である。
それにしても、落ち着いた声(感情をこめない声というのか)を出そうとしてしゃべっているときの高橋一生の声はいい感じである。容貌から想像がつかない感じの声なのだ。女優さんだと「やっぱり役者は声よね」と思うことが多いのだけれど、「やっぱり声だ」と思う数少ない男優の一人である。
そしてまた、彼は「泣き」の演技がよく似合うし、狂気の演技がよく似合う。
藤千代がギターを売ったお金を持って復帰コンサートを予定していたコンサートホールに行くと、そこにはバンドも元プロデューサーがいて、麻薬使用者として自分たちの名前を警察に告げた彼女に復帰なんてさせない、といかにも悪役ちっくに告げる。
こういう役をやらせてもハマってしまう後藤ひろひとってどうなんだろう(褒めているつもりなので、念のため)。
そして、作家としてここで麻薬を絡めてきたのは、やはり昨今の事件からの連想なんだろうか。
もうひとつ気になったのは、社会正義というか普通に考えて「麻薬使用はよくない」というのは当然の前提なのだけれど、それでも一緒に活動していた仲間を「わざわざ警察に告げる」というのは、何らかの契機がないとしにくい行動だと思うのだ。
彼女にそれをさせたのが何だったのか、気になってしまった。
そこへ、「ガス人間」が現れてプロデューサーを排除しようとし、藤千代を追っていてその場に居合わせ自分の写真を撮った雑誌記者の女の子まで襲う。
それを知った伊原剛志演じる刑事は、それまでのちゃらんぽらんな態度をかなぐり捨てて雑誌記者の女の子を叱りつけ(というか、おまえなんか単なる情報収集のための駒だ、ぐらいな言い方をする。)、一方の女の子も「これが私の仕事だ。知った以上は調べざるを得ない」と言い返す。
私だったら「駒だ」とキッパリ言われたらそれっきりだけど、この2人はラストシーンでは婚約していることになっていたから、「危険な目に遭わせたくなくて言った」という解釈になったんだろう。それでも言い方ってものがあるだろうと、小さいことにいつまでも拘っていた私である。
一方の藤千代と「ガス人間」は、知り合いだけれど、藤千代が拘留されるまでくらいは、「ガス人間」の彼が一方的に彼女を好きで、彼女(の歌)のために連続殺人まで行っているのだけれど、藤千代は歌のことだけを考えるようにして、彼の行動は見なかった知らなかったことにしようとしているように見える。
というか、そもそも、彼の行動の理由はこの辺りまで観客に語られることはないのだ。
でも、アレンジャーの老人が猫の話をしたことから、彼女の方にも変化が起きる。
もっとも、それは、「彼を止めるにはどうすればいいか」という疑問に対する答えが出たというだけのようにも見える。
こうなってくると2人の関係は刑事と雑誌記者の2人の関係よりもよっぽど歪んでいて、その心情はよく判らない。
よく判らないといえば、この彼が殺人を犯すたびに、藤千代に殺した相手の持ち物を渡していることの理由が最後まで判らなかった。
それは、めがねだったりコサージュだったりマフラーだったり要するに身につけていたもので、めがねなどにはご丁寧に名前まで入れてあったので、藤千代が逮捕される理由にもなってしまっている。
どうして渡していたのか、何故渡されて捨てなかったのか、説明してくれよ−、とずっと思っていたのだけれど、最後まで説明されなくて、またしても小さいことに最後まで拘っていた私なのだった。
もちろん、それでこのお芝居の「切なさ」が些かも損なわれているわけではない。
警察は、「ガス人間」の彼を止めるには、ガス化したところで水素と爆発させるしかないということになり、藤千代のコンサートを餌に彼をおびき寄せる。
そこで、伊原剛志演じる刑事は結局点火ボタンを押せないのだけれど、藤千代は「私を抱きしめて」と彼を舞台上まで呼び、最後まで手は貸さずに彼がギリギリの体力でステージに上がって自分に近づいてくるのを待ち、抱きしめられたところでライターを取り出す。
その、コンサートで歌った歌が本当によかった。
中村中が歌っているのか、藤田千代が歌っているのか、その辺りはだんだん判らなくなってきていたのだけれど、その歌を聴いているだけで何だか泣けてきた。
この先の展開が読めていたということもあるし、このお芝居のために作られた曲(テーマソングとして売られていたし)だから歌詞も「今」の状況にマッチしすぎるほどマッチしていたのだけれど、それよりも、やっぱり中村中の歌の力だったと思う。
また、(当たり前過ぎてこう書くのも失礼かもしれないけれど)彼女の声がいいんだ、これが。
正直、ちょっと入り込み過ぎなのでは、もうちょっと淡々としてくれていた方がいいなと思わなくもないのだけれど、これは単に私の好みの問題である。
この爆発、「ガス人間」の彼と、彼に連続殺人事件を「させて」しまった藤千代と、彼女のアレンジャーである老人の死で幕としないところが後藤ひろひとである。
ここで、再び舞台は最初の「雑誌記者の女の子が車いすを押すシーンに戻る。
「ガス人間」の母親に頼まれて丘を上り、そこにあった小屋に入ると、そこは何かの実験室のようである。
映写機が置かれており、それを回すと、そこは、「ガス人間」の手術を行った場所であることが判る。「ガス人間」は、彼が藤千代のためにお金を作りたくて、契約社員として働いていたドイツの化粧品会社で人体実験の被験者となることを承知し、化粧品会社は「脂肪を意識的に燃焼させることができる」体に彼を作り替えた結果だったのだ。
脂肪を燃焼させると、濃度の高い二酸化炭素に変化し、そして彼はその二酸化炭素を操ることができたらしい。
そして、ラストシーンである。
雑誌記者の彼女が、彼の母親だと信じていたその初老の女性は、実は、彼を手術した科学者だったのだ。
そして、彼女は彼の母親になりすまし、「次の獲物」がやってくるのをじっと待っていたらしい。
「事実」を知っている人間を消すのと同時に人体実験の次の被験者にしようという、頭の良すぎる企みである。
「次は失敗しない。ガス人間第2号では!」と叫んで、照明がスッと落ち、幕であった。
コワイ。
予定調和で、結末は判っていて、犯人も出てきた瞬間にそれだと判るのだけれど、でも、最後まで彼と彼女の心情は謎として残り、その謎は最後には切なさに転換される。
細かく気になったところは数々あるのだけれど、そんなものを気にさせない、ものすごくよくできたお話で、それに完全に絡め取られた気分だった。
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コメント
逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
「ガス人間第1号」はあまりお好みではなかったのですね。
おっしゃるとおり、劇場と演目との相性というのは確かにあると思います。
このお芝居ではどう感じたかすでに記憶が定かではないのですが、「もうちょっと小さい劇場でやった方が濃密感が出るのに」と思うこともありますし、もっと具体的に「**劇場で見たかった」と思うこともあります。
ところで、私は「グレイ・ガーデンズ」は迷った末にチケットを取りませんでした。
大竹しのぶの歌というのは、私もあまり意外性というか抵抗はなくて、「スウィーニー・トッド」でも市村正親と共演して歌っていましたし、私は見たことはありませんが、確か渡辺えりとディナーショーもやっていますよね。
今年は、大竹しのぶは「桜姫」で堪能したという気分だったのかも知れません。
投稿: 姫林檎 | 2009.11.23 11:09
ここに失礼します。
実は僕もこれを観たんですが、なんかしっくりしなくて・・・コメントは控えていたんですが。
何でこれがクリエなんだ!という思いが強くて・・・きっとどこかの実験劇場で観たなら感想も違っていたと思うんですが。
ということで、今回のクリエでの公演「グレイ・ガーデンズ」観てきました~。
えっ、大竹しのぶがミュージカル?と普通思うんでしょうが、僕が観たしのぶさんの3本とも歌付きでした。
まあ、今回のはミュージカルと名うっていても、巧く歌う必要はないし、むしろヘタっぴの方が良い、ということで彼女にとっても気軽だったでしょうね。客席に大竹さんが降りて来た場面で間近に見たんですが、肌がつるっつる、お若いですねー・・・・
1幕、2幕があったんですが、僕的には1幕のほうが好きです。
小品ですが、心に残る作品ではありました。機会があれば観たら、という感じかな。
投稿: 逆巻く風 | 2009.11.23 09:56
しょう様、コメントありがとうございます。
ふふふ。感想を読んでそのお芝居が観たくなると言っていただけて、とっても嬉しいです。ありがとうございます。
でも、おっしゃるとおり、10月31日が千秋楽でした。
ツッコミどころ満載ながら、私はいいお芝居だと思いましたし、楽しんで来ました。
映画もちょっと気になっています。
お芝居って、本当に「そのとき」のものだから、ついついチケットを取りすぎてしまうんですよね。私も「見るべきだった!」と臍を噛んだお芝居がたくさんあります。
しょうさんは、きっと「ガス人間第1号」ではない、出会うべきお芝居に出会っていらっしゃるのではないでしょうか。
投稿: 姫林檎 | 2009.11.03 00:25
ガス人間、姫林檎さんはご覧になったのですね。
うーんどうも姫林檎さんの感想を拝見すると、
見たくなる様になってしまいまっているのですが、
今日千秋楽でしたよね。。。
私はどうもキャストに魅力を感じず、しかも10月は
他に沢山みたいモノがあったので、今回の大王作は
止めにしたんですが、色んなところで
『いい話だった』という感想を見かけるので、
選択失敗したのかも、と、ちょっと不安になっていますw
投稿: しょう | 2009.11.01 23:45