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2009.11.22

「十二人の怒れる男」を見る

Bunkamura20周年記念企画「十二人の怒れる男」
作 レジナルド・ローズ
訳 額田やえ子
演出:蜷川幸雄
出演 中井貴一/筒井道隆/辻 萬長/田中要次
    斎藤洋介/石井愃一/大石継太/柳憂怜
    岡田正/新川將人/大門伍朗/品川徹/西岡徳馬
観劇日 2009年11月21日(土曜日)午後7時開演
劇場 シアターコクーン ベンチシートZ50番
上演時間 2時間35分(15分の休憩あり)
料金 9000円

 ロビーでは、パンフレット(1500円)、ポスター(多分、1000円だったと思う)の他、出演者の過去の出演作品のDVDや、裁判員制度に関する本、演出の蜷川幸雄の著作なども販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 シアターコクーンの公式Webサイト内、「十二人の怒れる男」のページはこちら。

 仮設舞台が作られて、陪審員室は三方から囲まれるようになっている。舞台の奥にお手洗いのセットが設置されて完全に四方から囲まれているわけではない。
 ベンチシートだったので、舞台はかなり近い。ベンチシートと舞台との間には壁があり、窓があるという設定なので、役者さん達が窓から外を眺めていたりすると、前から4列目にいる私でも、手を伸ばすと届くんじゃないかという錯覚さえ起きる。
 何といってもベンチシートの魅力はこの近さだ。そして、コクーンのベンチシートは決して座り心地も悪くない。

 ただし、私の席はほぼ舞台の真横から見る感じだったので、舞台の真ん中に斜めではなくまっすぐに置かれたテーブルの席に着かれてしまうと、石井愃一演じる陪審員長(陪審員1号)についてはずーっと背中を見ることになる。
 もちろん、役者さん達は立って歩いて議論し、お手洗いに行き、給茶器(といっても出てくるのは水だけっぽかったけど)に行くので、ずっとその表情を見られないというわけではない。
 また、テーブルの長辺に座る人を、舞台奥に6人、手前に4人にしたのは、舞台手前から見ている一番数の多い観客にとって、正面を向いている役者さんの数を増やし、背中を見せて座ることの多い役者さん達の間から奥に座る役者さんを見せるためでもあるんだろう。

 いずれにしても、少なくとも私の座った席から、「全然見えないじゃない!」というストレスを感じることがほとんどなかったのは事実である。

 「十二人の怒れる男」という作品を見たのは初めてである。
 だからずっと、「十二人の優しい日本人」を頭に浮かべて見ることになった。
 「十二人の怒れる男」を見ながら思う感想ではないのかも知れないのだけれど、「十二人の優しい日本人」という三谷幸喜の作品は、とても上手く「本歌取り」をしていたんだなー、と思っていた。あー、本歌をちゃんと見てから「本歌取り」を見れば良かった、と訳の判らない後悔をしたくらいである。阿呆である。

 「十二人の怒れる男」で裁かれているのはスラムで育った16歳の少年である。
 母親はおらず、父親が刑務所にいる間は孤児院に預けられ、父親がいる間も始終殴られていたという生活環境にあった。
 その少年が父親殺しの嫌疑をかけられたのである。
 罪状からいって、有罪ならば死刑であり、無罪であればもちろん全くのお咎めなしという、陪審員たちには両極端の選択肢しかない。

 被害者のアパートの真下に住む老人は、12時10分に少年の「殺してやる!」という声を聞き、人が倒れるような音を聞き、その直後、外廊下の階段を駆け下りる少年の姿を目撃している。
 被害者のアパートの真向かいに住む女性は、通り過ぎる高架電車越しに、少年がナイフを振り上げて父親を殺す姿を目撃している。
 被害者の殺害に使われたナイフは、少年がその3時間前に購入したナイフに酷似している。
 事件が起こった時間、少年は映画を見ていたと証言したけれど、映画のタイトルも出演者も言うことはできず、映画館で少年が目撃されてもいない。
 少年は3時に自宅に戻ったところを逮捕されている。

 これだけの事実が陪審員達に提示され、「絶対有罪だろう」という雰囲気が漂っている。
 そこへ、中井貴一演じる陪審員8号が、ただ一人、真っ向から「無罪」を主張するのである。
 いや、無罪に手を挙げるけれども、無罪を確信しているわけでも無罪を主張しているわけでもない。
 ただ、有罪であるという確証もない、だから議論しましょう、16歳の少年に死刑を宣告するということは5分で決めていいことではない、と主張するのだ。

 格好良すぎである。
 しかも、言い方も格好いいし、態度も格好いい。
 また偏った感想だけれど、そうか、三谷幸喜は、こういう格好よさは日本人には似合わないと思ったんだな、などと考える。
 自ら信念を持ち、疑いを持ち、それを論理的に穏やかに周りに伝え、議論自体をリードしてゆく。そういう「格好よすぎる」人間は、なかなか日本人からは出てこないだろう、というよりも、照れが先行してここまでやる日本人(できる日本人ではない)はいないだろう、というか、いないと設定するのが面白い、ということなんだろう。

 しかし、十二人の怒れる男はアメリカ合衆国市民であるので、そういう格好いい人間が出てくるかも知れないのである。

 10人の男たちが次々と陪審員8号や、その他の陪審員たちのちょっとした「気づき」の発言によって最初の確信を揺るがされ、「これほど確実な証拠はない」と考えていた証言の信憑性が揺らぎ始め、一人また一人と「無罪」に意見を変えて行く。
 その過程が、このお芝居の醍醐味である。

 そして、舞台がアメリカ合衆国であることから、「個人的偏見」が強調されて浮かび上がってくる。
 もちろん、舞台にするためにそこはデフォルメされ強調されていると思うのだけれど、そこを12人の男達が時に怒鳴り、胸ぐらを掴んで言い争っている姿は、決して見やすいものではない。ある意味、陪審員たちに裁かれている事件よりも、見難い現実である。
 「最近の若者」「スラム」「移民」・・・。
 自分たちが怒りを抱いている「何か」と少年のを重ね合わせることからなかなか自由になれない。
 しかし、「事実」が本当に証言のとおりだったのか、その解釈に本当に偏りはなかったのか、証人に嘘を吐くつもりはなくとも事実誤認をして本当のことだと思い込んで嘘を語っていることもある。

 最初から「無罪」を主張している陪審員8号に対して、最後まで「有罪」を主張するのは西岡徳馬演じる陪審員3号である。
 彼は最初から最後まで、攻撃的なまでに少年の有罪を主張する。
 証人達の証言が次々と揺らいでも、「有罪しかあり得ない」と叫ぶ。有罪から意見を変えた他の陪審員達を怒鳴り、脅す。
 彼に引導を渡すのは誰だろう。
 そう思って見ていたのだけれど、「十二人の怒れる男」ではその役割までの陪審員8号に負わせるのだ。
 「それは格好良すぎだろう!」と心の中でツッコミを入れてしまった。

 何となくだけれど、役者さん達はそれぞれ10歳くらいずつ若い役を演じているのではなかろうか。
 これだけの役者さんを12人に集めるのがどれほど大変なことなのか、贅沢なことなのか、考えただけでくらくらしてしまう。
 そして、実年齢の高い人が演じることで出る落ち着きとリアリティを、ほぼ同年齢の役者さん達で演じたら多分出せないだろう理由は何なんだろうと考えてしまう。

 一番近いところに座っていたせいかもしれないのだけれど、気が弱くて、先客がいたり「始めます」という言葉に負けてなかなか給茶器に行けないような気の弱い陪審員2号を演じた柳憂怜が上手かった。もしかして地なんじゃないかとじーっと見てしまったくらいである。

 やはり「本家」は面白い。
 面白いからこそ「本歌取り」をされるんだということが、もの凄くよく判った。
 休憩を挟んで2時間35分、全く退屈するという瞬間がなかった。
 そういえば、ロビーでポスターを確認するまで、蜷川幸雄演出だということに思い至らなかったくらい、このお芝居はスタンダードというか、正統派というのか、奇をてらったところがなかったように思う。そして、その骨太な感じが実によかったと思う。

 いいものを見た。
 そういうお芝居だった。

 ところで、「十二人の怒れる女」という「本歌取り」は可能だろうか。
 見終わって、ふと、そんなことも考えたのだった。

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コメント

 サニー様、コメントありがとうございます。

 サニーさんもZ列(というか、Zブロック)でご覧になったのですね。
 実は、Zブロックは、ずーっと格好良いままの中井貴一さんを遠いながらも正面から見ることができて、お得な席だったんじゃないかしらと思ったりしています。
 さらに、柳さんの「小心者風を醸し出す細かいお芝居」を堪能できて、さらに楽しめましたよね。

 ほんと、見ているときも、見終わってからも、いいお芝居だと強く感じさせるお芝居だったと思います。

 同じ感想の方がいらっしゃって、とても嬉しいです。
 ありがとうございます!

投稿: 姫林檎 | 2009.11.24 22:58

姫林檎さんこんばんは。
私は金曜日に同じくZ列の最前列で観ました。
私も柳さんが近かったので、ドロップの缶のフタがなかなか開けられずにいろいろ試しているのとか、細かい芝居してるなぁ、と思いながら観てました(笑)
よく出来た舞台ですよね。
観終わってとても満足感を得られました。

投稿: サニー | 2009.11.23 23:37

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