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2010.01.10

「世界の秘密と田中」を見る

ラッパ屋 第35回公演 「世界の秘密と田中」
作・演出 鈴木聡
出演 福本伸一/おかやまはじめ/木村靖司/三鴨絵里子
    岩橋道子/弘中麻紀/俵木藤汰/大草理乙子
    中野順一朗/岩本淳/熊川隆一/武藤直樹
観劇日 2010年1月10日(日曜日)午後2時開演
劇場 紀伊國屋ホール G列13番
上演時間 2時間10分(15分間の休憩あり)
料金 4800円

 ロビーでは、過去作品の上演台本などの他、閉館したシアタートップスについてのムック本(1800円)が販売されていた。書店等での販売はない、残部が少ない、という呼び声にかなり揺らいだけれど、結局購入しなかった。
 今では、ちょっと失敗したかもと思っている。

 ネタバレありの感想は以下に。

 ラッパ屋の公式Webサイトはこちら。

 ちょっと古びた感じの(昭和レトロという表現が一番近いかも)、アパートの一室が舞台である。
 その部屋が向かい合っていて、ロールスクリーンをおろさないでいると幅50cmくらいしか隙間がないこともあり、やることなすこと全部筒抜けというのがこのセットの味噌だ。
 このアパートの各部屋を、住人を入れ替えることによって表現するために、「外国人のために元々は建てられた、今どき珍しい家具付きアパート」と説明するのも憎い。

 こうした環境のアパート故、住人たちの関係も近しい。
 「隣近所との関係がある程度近くてもかまわない」「その方がいい」という人たちが集まっている、というのもこの舞台のポイントだと思う。
 この設定を思いついたところで(いや、ストーリーが先にあったのかも知れないけれど)、この舞台の勝利は決まったようなものだ。

 ラッパ屋の舞台は毎度そうなのだけれど、岩橋道子が演じている役が私にとってのキーポイントだ。年齢も近いし、「バリバリ働くはずだった」なんていう今回のつぶやきはなかなか痛いものがあるし、概ね彼女が演じる役は結婚していないし、恋愛していても上手くいっている感じがないところが、非常に共感を呼ぶ。
 うんうん、そうなんだよね。私はアナタの言うことが判るわ。
 そう言いたくなるのである。

 人間関係の濃さ故に、このアパートでは次々に事件が起こる。
 これは、多分、このアパートでたまたま事件の多かった一時期を切り取った訳ではなくて、このアパートの一定期間を切り取ろうとするといつでも常に事件が起こっているのだという感じがする。
 それにしても、このお芝居で切り取った時間は、なかなかハードだったことは間違いない。

 おかやまはじめ演じる田部さんの部屋に遊びに来た俵木藤汰演じる村田が、アパートの上の階に住む、三鴨絵里子演じる携帯作家のミッチに恋をする。
 ちなみに、村田はもうすぐ定年を迎えようとしている年齢で、妻子もちゃんといる。ミッチの方は、40前後のいわゆるアラフォーで結婚している気配はない。
 これが村田の片思いなら笑って放っておけばいいようなものだけれど、「ネタになるかも」とうっかりミッチが思ってしまったものだから、話がややこしくなる。
 しかも、このアパートの住人(田部とミッチはそうだけど、村田はそうではない)たちが、他の住人の部屋に割と気軽に出入りする関係だというのがまた、話をややこしくする。

 岩橋道子演じる礼子は、幕開け直後くらいは「いっぱしのキャリアウーマン」風で、1ヶ月ぶりに会った、福本伸一演じる田中のアパートから、会社の接待のために飛び出すような生活をしている。
 それが、次に登場したときには、仕事は上手く行っていない風である。派遣社員だと言っていたから、雇い止めなんてことになっていたのかも知れない。
 不安も焦りもあってそれを恋人の田中に相談したいのだけれど、肝心の田中は、木村靖司演じる玉村に「自分はどうあるべきか」なんてことを酔った勢いで相談し、いきなり何をどう開眼したのか、仕事が突然に上手く回りだしていて礼子の話など聞いてはくれない。

 そういえば、田中が玉村に相談した「現状」には、「歌舞伎揚げ」の二番煎じでしかないおせんべいを営業していて先行きの見込みがないこと、恋人と上手く行っていないこと、実家の父親の痴呆症が進み妹が米国留学する予定もあって、母親に実家に戻るよう言われていることなどがあった。
 その中で、まずは仕事に集中しましょうと言った玉村が、田中に「なぜ、仕事なんだ」と聞かれて、「他の2つは、他人との関わりがあるからです。仕事が一番解決しやすい」と言っているのが、何となく納得もしたし、釈然としない感じも受けた。
 仕事だって他人と関わらないなんてあり得ないよ、というのと、この人(玉村なのか、作者の鈴木聡なのかは自分でも判らない)は、「他人との関わり」を問題解決の障害とどこかで考えているのかしら、ということと、疑問は残る。

 岩本淳と中野順一朗演じるストリートミュージシャンの若者2人(といっても、2人とも30代半ばのようである)も、武藤直樹と熊川隆一演じる脱サラしてカレー屋のワゴンを始めた50代の男2人も、それぞれに「このままでいいのか」「この選択でよかったのか」と日々自問しているような毎日である。
 というよりも、このコンビ2組は、底抜けに楽観的(何も考えていないともいう)な一人と、その楽観に惹かれて引きずられて、でもそちらに染まりきれないもう一人という組み合わせなのかも知れない。
 そういえば、ストリートミュージシャンの若者たちが、玉村を評して「世界の秘密を知っているような」と言ったのが、この「世界の秘密」という言葉が舞台上に登場した最初だったような気がする。

 そのうち、村田は妻子と別れてミッチと結婚すると言い出し、ミッチはとうとう「小説のネタになると思って寝たんだ」とまで言い切って村田を追い出す。
 玉村に相談に行った礼子は、この2人がそんなに何回も会ったことがあるとは思えないのだけれど、「口説いています?」なんて言う展開になり、あっさり口説かれてしまう。
 大草理乙子演じる田中の母親は、田中に会いに来たところ日曜出勤の息子に振られ、夫の介護疲れを田部に愚痴っているうちにやっぱり、寝てしまう。

 そんな話ばっかりなのだけれど、だからこそ、ベッドに入って完全に布団をかぶってしまった玉村と礼子が、随分とこのシーンが長いよ、ベッドカバーの動きが激しすぎるだろうと思っていたら、ベッドから現れたのが田部と田中の母親だった、なんていう演出も効くのだろう。
 あの入れ替わりは可笑しかったし、それで舞台に一瞬生まれた生臭さを消したということだろう。

 そして、この二組の女性が、揃いも揃って生真面目だったのが間違いの元である。
 実生活ではこういう生真面目さがどういう展開を生むのか、生真面目なのがいいことなのか、かなり疑問があるのだけれど、田中の母親は息子と弘中麻紀演じるその妹の翔子にすぐさま浮気の事実を告げ、礼子も日曜出勤から帰って来た田中にその事実を告げたらしい。
 田中にしてみれば、踏んだり蹴ったりの休日である。

 しかし、一番衝撃を受けていたのは、携帯に「酔った村田が交通事故に遭った(そして亡くなった)」という連絡を受けたミッチだったろう。
 そこに「慰めないと」と田部と田中の男2人が行くのを不自然に感じさせないのが、これまでのアパート暮らしを具に見ていた効果である。

 そこへ、今考えるともの凄くご都合主義な感じがするのだけれど、そのときには表れ方が余りにも妙だったのが可笑しくてあっさり受け入れてしまったのだけれど、村田の幽霊が登場する。
 足もあるし、しゃべる。
 でも、ミッチと田部には見えるし話もできるけれど、田中には見えないし話もできないようだ。
 これはやはり「関わり方の差」ということなんだろうか。

 ここで村田がミッチの名前を呼ばずに「姉ちゃん」で通していたのが何となく気にならなくもないのだけれど(実は心を許していないという印のようにも聞こえるではないか)、しかし、「可愛かったぞ」と言い「恨んでいない」と言い「ありがとう」と言う。
 それでミッチは手放しで泣き出す。
 田部にも唯一の友人だったと言葉を遺す。
 そして何故か田中に(その場にいたからということかも知れないし、サラリーマンの先輩としてと言うことかも知れない)、自分は何者かということが大事だと伝えるように田部に頼むのだ。

 これは、堪える。
 田中の立場に立てば、それも、サラリーマンとしての調子が再び悪くなりつつあった田中にしてみれば、ほとんど全世界を考え直せと言われているに等しい台詞だったろう。
 しかも、相手はサラリーマンを全うした大先輩なのだ。
 ところで、村田の台詞が聞こえていない筈の田中を演じる福本伸一のこのシーンでの反応は、ちょっと早すぎたような気がする。村田の台詞を聞いたミッチと田部の態度に反応しているにしては早いというか的確過ぎるような感じに、少し違和感を覚えた。

 そして、話はいきなり飛んで、礼子と玉村の結婚式の朝(昼)である。
 近くのオープンカフェで披露宴というよりもカジュアルなパーティを開くようだ。
 玉村が「僕が招いた友人は3人で、しかも、株関係でMIXIで知り合った顔も知らない人たちだ」と嘆くのに、招待客がたくさんいる礼子が「友人は数じゃなくて深さだ」と慰める。
 これくらい(礼子が今年39歳という設定である)になってくると、小学校や中学校時代とは全く別の意味で「友人」という存在への呪縛が強くなるような気がするので、これはこれで一つのイタイ指摘であると思う。

 このお芝居にはイタイ指摘がたくさんあって、玉村が礼子を評して「バリバリ活躍するキャリアウーマンというのは、ミスキャストじゃないか」と指摘していたのも痛かった。続けて「でも、自分にミスキャストをしている人はたくさんいる」と。
 よーく考えると結構ヒドイ言い方なのだけれど、それがそのとき(礼子が玉村に相談に行ったときのことなのだけれど)の礼子にはいたく響いたのだ。
 これは誰の台詞だったか忘れたけれど、礼子はきっと、がんばってもがんばっても駄目な田中と(お兄と、という台詞だったような気がするので、翔子が言ったのかも知れない)2人でがんばることに疲れてしまったんだ、というのも痛かった。
 自分で自分が判っていない、誤解している、判りたくないと思っている、という事実を突きつけられるのはかなり痛いことの一つだと思う。

 田部が田中の母親に「夫婦2人の姿を書かせてくれ。そのために、家に行っていいか。旦那さんにもきちんと謝罪したい」と言っていて、この関係に一つのけじめがついたのも、礼子と玉村の披露宴のために人が集まったからこそである。

 いったんは、ストリートミュージシャン2人とカレー屋2人の協力を得て「披露宴ぶちこわし」に走りそうになった田中も、妹の翔子に諫められて、「そんなことはしないよ」と言う。そう言われても信じる気にはならないけれど、「これ以上自分をみじめにはしない」と言われると信じる気になる。
 どうして田中の暴挙に荷担しようと思ったのか謎の2組も、ストリートミュージシャン2人は最初から「披露宴向け」のステージを用意していたようだし、カレー屋の2人も激辛香辛料を用意しつつ、もう一つ辛みを付けていないカレーの鍋を用意してあって、ちゃんと美味しいカレーを鍋2つ分用意する。
 結局のところ、アパートの住人達もみな、田中を信じていたということなんだろう。それでも、どうしても暴れたくなることがあるよね、ということをちゃんと知っているということなんだろう。

 最後に、翔子がハリウッドへの留学(だと思う)を取り消すと言い出す。
 短編のドキュメンタリー映画で賞を受けた翔子は、文化庁の海外派遣研修制度(だと思う)に応募し、選考に通っていたのだ。だからこそ、母親は田中に「家に帰って来てくれ」と言いに来ていたわけだけれど、母が「戻ってこなくていいわ」と父との生活に覚悟を決めたにも関わらず、「やっぱりアメリカには行かない」と言い出すのだ。
 田中が「自分が家に帰って父親の世話をする」と言うと、翔子はやっと本音を言うことができる。
 「本当は逃げ出したくて、海外派遣制度に応募したんだ」と言いかけるのを止めた田中も、それでも「自分はずるい」と最後まで泣き叫んだ翔子は、両方とも男前だった。

 そういえば、翔子が自分と兄のことを語ったときに、兄は周りに友達がたくさんいて、特に何も考えなくても周りの友達が上手くいくように運んでくれていた、自分は友達がいなかったからちゃんと自分で考えなくちゃどこにも行けなかった、という意味のことを言っていて、ここでもやっぱり「友達」なのか、人生の十大キーワードみたいなのがあったら、きっと「友達」はかなり上位にランクインするんだろうなと思ったりした。
 やっぱり、私にとっては「友達」というのは、かなり引っかかるキーワードなんだろう。

 逆に、子どもの頃に思い描いていた「自分の人生」がきらきらしていたのは、子どもの頃に見せられていた「人生」というのは全て「予告編」だったからだ、というのは、意外と痛さを感じなかった。
 元々、私が予告編を信じるような素直なお子様ではなかったせいかも知れないし、元々が堅実志向なお子様だったからかも知れない。
 いずれにしても、どうも可愛げのない子どもだったからということになりそうである。
 それで、「どうしてこんな風になっちゃったんだろう」と思わない代わりに、きっと、何か最初から失っているものがある。どちらかというと、そういうことを思わせられたところが痛かった。

 「本当の自分なんてものはない。自分探しなんてしたって見つかりっこない。その人の心の持ちようこそがその人なんだ」という玉村の台詞に、でも、少しだけほっとしたというか、明るい光があるような気がしたのだった。

 そんなわけで、痛さ満載のお芝居だったのだけれど、泣いて笑ってすっきりして元気になれた。
 2010年、最初に観たお芝居がこの「世界の秘密と田中」で良かったと思う。
 ラッパ屋のお芝居がシアタートップスで観られないのは残念だし寂しいけれど、でも、空間(舞台も劇場も)の広がりにちゃんとお芝居が合っていて、紀伊國屋ホールで見てもやっぱり面白かったのだった。

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