「ヘンリー六世」を見る
彩の国シェイクスピア・シリーズ第22弾「ヘンリー六世」
作 W.シェイクスピア
演出 蜷川幸雄
出演 上川隆也/大竹しのぶ/高岡蒼甫/長谷川博己
たかお鷹/原康義/山本龍二/横田栄司/塾一久
木村靖司/石母田史朗/吉田鋼太郎/瑳川哲朗 他
観劇日 2010年3月27日(土曜日)午後1時開演
劇場 彩の国さいたま芸術劇場 P列24番
上演時間 前後編合わせて8時間15分(15分、1時間、15分の休憩あり)
料金 19000円
8時間15分は長かった!
ロビーでは、パンフレット(1500円)、トートバッグ(パンフレットがぴったり入る大きさで500円)などが販売されていた。
また、前後編の間の1時間休憩時のお弁当予約なども行われていた。
1フロア下の映像ホール前等に椅子が用意され、1時間の休憩の際には客席内での飲食も可ということで、私は近くのファミマでお弁当を買って夕ごはんにしたけれど、思ったほどの混雑ではなかったように思う。
でも、1時間休憩は16時45分からだったので、夕食にはかなり早く、家に帰ってから中途半端にお腹が空いて困ってしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
とにかく長かった。
13時開演で、終演が21時15分(だったと思う)。間に、15分、1時間、15分の休憩が入るとはいえ、本当に長い。
読売新聞の劇評で「長さを感じない」と書いてあったけれど、私は何だかもの凄く長く感じてしまった。
恐らくは、シェイクスピアや、薔薇戦争、歴史的背景その他諸々の知識の有無が「面白い」と感じられるかどうかの大きな分かれ目なのではないかと思う。
そういう基礎知識というか、予備知識がない私には、(体調その他の問題もあったと思うのだけれど)なかなか集中することが難しかった。
「ヘンリー六世」というお芝居が(というよりも、そのストーリーがといった方がいいのかも知れない)どれくらい有名なのか判らないのだけれど、シェイクスピアだし、リチャード三世というかなり有名な戯曲の直前を扱ったお芝居なので、多分、「よく判らない〜。薔薇戦争も世界史でやったような気がするけど覚えていない〜。」と思っている人は少数派なんだろうと思う。
以前にリチャード三世を見たときに、リチャードと呪い合戦を繰り広げていたマーガレットという老婆がヘンリー六世の妃のマーガレットだと私が気がついたのは、実は、家に帰って来てからだったりする。
この辺りが、「あぁ、あのマーガレットの若い頃の姿なのね」とすぐに頷けるようだと、かなりこのお芝居を観る「楽しさ」は膨らむのではないかと思う。
「薔薇戦争」についても同じで、せめて「ヘンリー六世」を見に行く前に、WIKIででも読んでおけば、お芝居への入り込みやすさがかなり違っていたのではないかと思う。
舞台では、ランカスター家(派)の人々が登場しているときは赤い薔薇が降り、ヨーク家(派)の人々が登場しているときは白い薔薇を振らせるという演出で、双方が舞台上で争っているときは、何も降らないか両方が降っているかという感じで判りやすかったのだけれど、しかし、それも、ランカスター家の紋章は赤い薔薇、ヨーク家の紋章は白い薔薇、この両家はそもそも双方ともイギリス王家の傍流で根っこは一緒、ということが判らないと、この「判りやすさ」は意味を成さないのである。
舞台奥にも客席を作り、舞台は前後から客席に挟まれる形で作られている。
いつもと違うのは、その舞台奥に作られた客席から引き続く形でかなり上の方まで階段が作られ、一番上に通路が造られて、そこも舞台として利用されていたところである。
新機軸といえば新機軸だし、舞台奥の客席の後ろに鏡がある演出は見たことがあるなとか(あれも大竹しのぶが出演していたお芝居だったと思う。ギリシャ悲劇ではなかったろうか)、舞台奥一面を急な階段にしている舞台も見たことがあるなとか(木村佳乃が出演していた日本を舞台にしたお芝居だったのだけれど、タイトルを思い出せない)、その折衷かしら、と失礼なことを考えてしまう。
客席からの登場を多用するのも、蜷川演出では多く使われているところである。
舞台の要所(だと思うのだけれど、最初と最後以外にどのような場面だったかは思えていない)で、多分、生肉のかなり大きな塊を上から落とすのには度肝を抜かれた。
生々しい。
後編の第2幕でだけ、戦闘シーンのバックにヘリコプターの爆音などの「現代」の戦争を思い起こさせるような音が入っていたのだけれど、そちらよりもずっとインパクトがある。
こうして上から降らせた生肉やお花、庭園シーンのために立てられた薔薇の木やその他の木は、お掃除の格好をした年配の方々(さいたま芸術劇場のシニアの方々なのかも知れない)が片付けたり、セットしたりしている。
そういえば、そもそもこの舞台の幕開けは、真っ白な舞台上に飛び散っていた赤いもの(最初は薔薇の絵を描いてあるのかとも思ったのだけれど、血だまりだと考えた方が良さそうである)を彼女たちが拭き取るシーンだったのだ。
そして、舞台は薔薇戦争ではなく、百年戦争まっただ中のフランスから始まる。
大竹しのぶ演じるジャンヌ・ダルク登場のシーンから始まるのだ。
百年戦争もそうだし、薔薇戦争もそうなのだけれど、長いとはいえ8時間のお芝居に凝縮するために、勝ったり負けたり、奪ったり奪われたりを、際限なくひたすら繰り返しているように見える。
イギリスとフランス、ランカスター家とヨーク家、どちらも「自分が正統の王家だ」「支配者だ」「王だ」という意識を持っているから、「奪う」のではなく「正統な権利を回復する」と思っている。
だから、容赦ないし、いつまでたっても終わらない。
その「空しさ」「馬鹿馬鹿しさ」は嫌というほど伝わってくる。
そんなわけで、登場人物達はいつでも悪事を企んでいるし、「正統な権利」の回復を企んでいるし、自分の正統な権利を侵している誰かを憎んでいる。
ここまで悪人(といって悪ければ、好感を持てない人物)ばかり出てくるお芝居というのも珍しいのではないかと思うくらいだ。
ジャンヌ・ダルクでさえ最初は「羊飼いの娘の私が」と言っていたのに最後に捕らえられたときには自分の父親を見下げて「私を貶めようとしてそんな嘘を付くのだ」と言うし、ヘンリー六世の側近にいるウィンチェスター司教はどうみても聖職者にはみえない政治的野心満々で摂政のグロスター公爵を追い落とそうとしているし、池内博之演じるサフォーク伯爵は、大竹しのぶ演じるマーガレットを愛人にしつつ(というように見える)ヘンリー六世の后にしてしまうし、「正統な権利」を唱える吉田鋼太郎演じるヨーク公リチャードだって、決して清廉潔白な人物には見えない。
イギリス王室史は陰謀史なのかい! と言いたくなるくらいである。
そんな中、ヘンリー六世はひたすらいい人に見える。
少年時代のヘンリー六世など、いかにも賢い、利発な少年に見える。
前編の二部になってやっと登場した上川隆也が演じるヘンリー六世は、確かに気弱そうな人物だし、マーガレットを妻に迎えるために10分の1税などというものを課しているのだけれど、言っていることは一番まともな気がする。
一番、現代人の倫理観に近いというか、判りやすく「いい」ことをしゃべるのである。
ヘンリー六世はこんなに好人物(偉大とは言わないまでも)なのに、何故か活躍できないし、頼りない感じがするし、実際にマーガレットと結婚した後は完全に尻に敷かれている。
こういう普通に信心深いいい人(という風に見える)が「いい王」になれないというのも何とも皮肉である。
フランスでサフォーク伯爵が会ったマーガレットは可憐な王女だったのに、ヘンリー六世の后となった後の彼女の気の強さと「自分は正しい」という確信の強さは一体何なんだろう。
ジャンヌ・ダルクを含めると、この「使用前・使用後」の落差の激しい女2人を大竹しのぶが演じるというところが、恐らく、このお芝居の白眉なんだろう。
タイトルにもなっているし、実際に出番も多いのだけれど、ヘンリー六世という人物は、とことん影が薄いのである。
読売新聞の劇評にヘンリー六世(あるいは、彼を演じた上川隆也)について書かれていなかった(ように記憶している)理由が判ったように思う。
でも、恐らくヘンリー六世という人は影の薄い人物で、影の薄い人物について「この人、影が薄いなぁ」とわざわざ思わせるのではなく、その存在感を感じさせないで演じるというのは、逆に相当に難しいことなのではなかろうか。
物語は、ヘンリー五世が亡くなるところから始まり、エドワード四世が改めて王冠を頂くところで終わった、のではなかったか。
登場人物たちも、ヘンリー六世に「正統な王位を奪われた」と考えるヨーク公に与する一派は胸に白薔薇を挿し、そのヨーク公に反する一派(でも、少なくともお芝居を観ているときには、決してヘンリー六世に味方しているわけではないように見えた)は赤薔薇を挿している。黒い衣装の上に羽織ったマントとベストを足したような衣装も白が基調だったり赤が基調だったりするので、敵対関係はよく判るのだけれど、如何せん、名前が覚えられない。
あと、薔薇戦争と同じように百年戦争も判っていない私には、フランス(宮廷)がどう関わってくるのかが今ひとつ飲み込めない。フランス宮廷の人々の衣装や旗が白を基調としていたのは、ヨーク公に最終的に味方するという意味だったのか、それとも、特に薔薇戦争がらみの意味はなかったのか、最後までよく判らなかった。
シェイクスピア劇を見に行くときには、やっぱり、事前の予習が必要だとしみじみ痛感したのだった。
予備知識があったら、もうちょっと集中して見られたし、ところどころに挟まっていた「笑って!」という台詞にももっと敏感に反応できたような気がする。
準備不足で十全に楽しめなくて、今は何だかもの凄く反省している。
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コメント
ぐーぐー様、お久しぶりです&コメントありがとうございます。
「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」!
そうそう、そんな感じのタイトルでした!教えていただいてありがとうございます。スッキリしました。
確かに、8時間超のお芝居は長いです。
集中できなかった私が書くのも何ですが、かなりの集中力を要求されます。
できるだけ薔薇戦争前後の歴史を復習して、体調を万全に整えてご覧になることをお勧めします。その方が絶対に楽しめると思います!
投稿: 姫林檎 | 2010.04.06 23:40
ご無沙汰してます。
たぶん「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」ですよね、木村佳乃のでてた舞台。鉄球がぶら下がってたやつです。
ヘンリー6世。関西では今週なんですけど、いまだ悩み中です(笑)。疲れてたら寝ちゃいそうですもん。
投稿: ぐーぐー | 2010.04.06 13:07