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シス・カンパニー公演 「2人の夫とわたしの事情」
作 W.サマセット・モーム
演出・上演台本 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
翻訳 徐賀世子
出演 松たか子/段田安則/渡辺徹/猪岐英人
皆川猿時/水野あや/池谷のぶえ
西尾まり/皆戸麻衣/新橋耐子
観劇日 2010年5月15日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 シアターコクーン XC列18番
上演時間 2時間40分(10分の休憩が2回あり)
料金 9000円
ロビーには、出演予定であった大森博史が体調不良のため降板し、猪岐英人が代役を務める旨の張り紙がされていた。
また、パンフレット(1000円)等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
なかなか強烈なお芝居だった。
サマセット・モームという人はこういうものを書く人だったのか! という感じである。
劇評などで「松たか子の新境地」とか「新たな魅力」などという文章を読んだ記憶があって、一体どんなコメディエンヌぶりなのかと身構えていたのだけれど、これが彼女の新境地だと思った評者は松たか子という女優を知らないのだわ、と偉そうなことを思ってしまった。
私には、この、我が儘で自分勝手で何よりも自分が大切で世の全ての男は自分にひれ伏すのが当然だと思っているヴィクトリアというこの役は、彼女の真骨頂であると思う。
そして、やっぱり松たか子という女優には「一人勝ち」の舞台が似合う。
第一次大戦後のイギリスが舞台で、松たか子演じるヴィクトリアは、最初の夫ビルを戦争で亡くし、夫の親友だった渡辺徹演じるフレディと再婚している。
ヴィクトリアの母である新橋耐子演じるシャトルワース夫人も「男と会うときには3秒唇を噛んで舌でなめて、唇を赤く塗らして会いなさい」ときっぱりと既婚者の娘に教え諭すくらいだから、ヴィクトリアがどういう女性なのか判ろうというものだ。
自分に心酔している皆川猿時演じるミスター・ペイトンに(古典的な言い方でいえば)色目を使って、石炭やら食料やらをちゃっかりせしめる
「お国のために石炭を節約する」と言って家の中では子供部屋と自分の寝室にしか火をたかせないなんて、そうした彼女の性格を見事に表している逸話だと思う。
そうして、2度目の夫であるフレディを振り回していることが十分に伝わった辺りで、戦死した筈の最初の夫ビルが現れる。
フレディはかなり物堅そうな男だけれど、段田安則演じるビルの方はまたかなり軽そうな男である。
ついでに言うと、どうして「2人の夫」役にこれだけ年の離れた俳優をキャスティングしたのだろうと思ったりもしたのだけれど、役柄としてというよりも、恐らくは「芸達者」さが必要だったからなんだろうな、などと余計なことを考える。
第1幕は、帰還してきてヴィクトリアが再婚したなどとは全く夢にも考えていないビルに、ヴィクトリアとフレディの夫婦がお互いに押し付け合い失敗しあいながら、何とか自分たちが再婚したことを伝えるまでである。
「はいからさんが通る」を引き合いに出すまでもなく、これはどう考えても悲劇なわけだけれど(いや、「はいからさんが通る」はシチュエーションが逆で、夫に2人の妻がいたのだけれど)、ヴィクトリアがどこまでも自分大事に振る舞うせいか、ビルがどこまでも軽いせいか、フレディがどこまでも弱気で小心なせいか、どうがんばっても悲劇にはならない。
どちらかというと、ヴィクトリアは2人の夫がいるという自分の状況を悲劇とは考えていないか(何しろ、2人の夫を愛していると西尾まり演じるネイリストに延々と語れるくらいだし、2人の夫の写真を並べて飾っているくらいだし、ビルは自分と結婚できて幸せだったと強調するくらいだから)、悲劇的な状況に置かれた自分が嬉しすぎて笑いが止まらないか、どちらかにしか見えないところがミソである。
2幕の舞台は客間である。
青い壁に何やら前衛的な彫刻が置かれ、そこの妙な形の寝るには具合の悪そうなソファでフレディがコートを着たまま毛布にくるまっている。
ヴィクトリアの母がやってきて子供達を連れて行くことを宣言し、そこにペイトン氏がやってくる。
また、何というか、きらきらとしたシルバーのスーツで、いかにも「成金」な匂いがぷんぷんとしている。
そこに現れたヴィクトリアの方といえば、「これから色仕掛けで行きます!」と声高に宣言しているかのようなピンクのガウン姿で、胸元はほとんど隠されていないといってもいいくらいだ。
ヴィクトリアはもちろんペイトン氏が自分に惚れるよう、ひれ伏すよう、尽くすよう、様々に誘惑しまくる。
松たか子は、こういう色仕掛けのシーンだけは似合わないなー、とまた余計なことを考える。
本当に色仕掛けをしようとしているのではなくて、そういうシーンを演じようとしている、という印象がどうしても前面に出てしまうところが惜しい。
ペイトン氏がヴィクトリアとランチの約束をして帰り、ヴィクトリアが着替えのために姿を消すと、そこではビルとフレディとの間で争いが起きる。
これが「どちらがヴィクトリアの夫として生きて行くか」ではなく、「どちらがヴィクトリアから自由になるか」を争っているところが可笑しい。
よくよく考えると、2人の夫からそういう風に「もうこの女とは暮らしたくない」と思われてしまうヴィクトリアは悲劇的な立場だと思うのだけれど、この時点ではもうすでにそういう風には考えられなくなっている。
しかも、このヴィクトリアがとことんメゲないタイプなのである。
唯一、彼女が悔しそうな顔をしたのは、池谷のぶえ演じるコックの面接に来た女性とやりとりしたときだと思う。
他の誰もを意のままに操っている彼女でも、「コックがいなくてこの家は困っている」と足下を見ているコックの女性には叶わない。
ディナーの用意は1時にするとか、コックの彼女が起きる前に台所を暖めておくとか、無理難題を呑み込まざるを得ない時の彼女の悔しそうな顔がまた可笑しい。
でも、ここで「ざまあみろ」と観客に思わせないところが見事である。
その代わりに、メイドに言わせるのもまた見事だ。
フレディは浮気(寸前)の気持ちを打ち明け、ビルは「これからカナダに行って農場を経営する。ヴィクトリアにも農場の仕事を手伝ってもらうし家事もやってもらう」と言い、お互いに自分を卑下して何とか「ヴィクトリアの夫」という地位を免れようとするけれど、結局、「どちらの夫を選ぶか、ヴィクトリアに決めさせよう」というところで2幕が終わり、3幕のセットはキッチンである。
2時間45分の芝居で10分の休憩2回という珍しい形は、このセットの変更の必要によるものらしい。
そして3幕は2幕の3週間後である。
コックも結局この家には来なかったようで、メイドも全員が辞めてしまい、コックはビルが、その他の雑用はフレディが担当しているようだ。
そこへヴィクトリアがやってきて、「離婚することにした」と宣言する。
2人と離婚すると宣言されたときの2人の嬉しそうな顔といったらない。
全ての悲劇は喜劇として上演できてしまうのではないかと思いたくなってくるほどだ。可笑しい。
ヴィクトリアが頼んだ離婚専門の弁護士がやってきて、彼女ら3人に「離婚の指南」を始める。
早く離婚するためには夫に暴力を振るわれたという必要があると弁護士が言い、ここでヴィクトリアお得意の「私があなたにこれまで頼み事をしたことがあった?」という台詞が放たれる。
もちろん、頼み事をしないことなんてなかった訳だけれど、そんな事実はヴィクトリアの眼中にはない。
暴力を振るったことを立証するためのお芝居を練習しようと、これまた弁護士の指南の下、ビルがヴィクトリアの首を絞める。
それはもちろん「リハーサル」なのだけれど、ビルの顔はどんどん鬼の形相に変わってしまい、ヴィクトリアの苦しみようも尋常ではない。
照明も暗くなり、ビルのこれまで抑えていた怒りが一気に表に出てきたかのようである。
キッチンの鍋から蒸気が吹き上がり、ヴィクトリアは倒れてぴくりともしない。
このシーンが、このお芝居で唯一、笑いと切り離されたリアルでシビアなシーンだったのではないかと思う。
これまでがこれまでだったから、緊迫の度合いは高い。
その緊張が頂点に至る寸前、ヴィクトリアが起き上がり(腹筋だけで起き上がったのが地味だけど見事だった)、大息をつく。
そこでほっとするビルもフレディも悪人にはなれないし、ヴィクトリアのことが好きなんだろう。
こうして離婚への手続きも順調に進み始め、自分は料理をしないくせに「ここで食べるよりママのところで食べる方が美味しい」とランチを食べに出かけたヴィクトリアを見送って、2人は乾杯する。
ヴィクトリアのことを散々こき下ろしていたけれど、でも、その「もの凄く酷い」ところも含めていい女だったと言い合う2人に何だかほっとしたのだった。
ついでに言うと、このビルとフレディも、作者のモームも甘い、と思う。
このお芝居を観ながら、「女なんて多かれ少なかれみんなヴィクトリアよ!」と思っていたし、もっともっと我が儘勝手なヴィクトリアが現れると想像していたこともあって「こんなヴィクトリアなんて可愛いもんじゃない」と思っていた。
今の時代に上演するなら、もっともっとヴィクトリアを欲張りな女にしてくれても全く問題ないわ、その方がスピード感が出ていいくらいだわ、と思ったのだった。
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コメント
つむじ雲さま&逆巻く風さま、コメントありがとうございます。
二つ名を持つ方からコメントをいただけて、光栄です(笑)。
逆巻く風さんは、もしかして、千秋楽をご覧になったのでしょうか。
いかがでしたか。
しかしやっぱり、松たか子は「一人勝ち」の舞台が似合いますね。
投稿: 姫林檎 | 2010.05.18 21:23
あっと、ぼんやりしていて違うハンドルネーム(何か懐かしいこ言葉・・・)使ってしまいました。
↓ 下
投稿: 逆巻く風 | 2010.05.17 08:58
あっ、1日違いでしたね。
これって、(やっぱり)松さんの松さんによる松さんの為の芝居ですよね。渡辺、段田さんという芸達者な役者さんでも、松さんのいない場面は火の消えたようなもの・・・
こういうコメディって嫌いじゃないです。くすくすっと笑えるような。
モームってあまり読んでないし(高校時代ぐらいしか 笑)印象もないんですが、ラストとか何となくモームらしさを感じました。
投稿: つむじ雲 | 2010.05.17 08:29