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「エネミイ」
作 蓬莱竜太
演出 鈴木裕美
出演 高橋一生/高橋由美子/梅沢昌代/粕谷吉洋
高橋長英/林隆三/瑳川哲朗
観劇日 2010年7月17日(土曜日)午後6時開演
劇場 新国立劇場小劇場 D4列7番
上演時間 2時間35分(15分の休憩あり)
料金 5250円
ロビーではパンフレット(800円)の他、「時代背景を理解する助けになる書物」がかなり充実したラインアップで並べられて販売されていた。
開演前の注意事項でスタッフが「携帯電話はマナーモードに設定した上で電源をお切りください」と言っていて、隣の席にいた女性が「電源切るだけじゃ、ダメなんだね。順番があるんだね。」と言っていたのがおかしかったけどもっともだった。
電源を切るならマナーモードにする必要はないような気もする。
万が一電源を切り忘れたときに傷が浅いようにという趣旨なんだろうか。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台は奥行きが深く、キッチン、階段、広めのリビング、庭があり、天井が高く、相当に大きい家だし、贅沢な造りの家だということがよく判る。
開演前のBGMはピアノを習い始めて数年で弾くような曲(「ウォータールーの戦い」とか)が流れていたのだけれど、客席と舞台が暗くなったところで、爆音に変わる。
そうだ、このお芝居のタイトルは「エネミイ」だった、と思い出したところで舞台が明るくなり、その爆音は高橋一生演じる礼司がやっていたゲームの音だということが判る。
礼司は、何というか、見るからに体温の低そうな若者である。
いや、31歳だと後で言っていたから、その礼司を若者だと感じる私の年齢を感じるべきなのかも知れない。ともかく、体温が低そうな、感情の起伏があまりなさそうな、落ち着いたといえば落ち着いた、無関心なといえば無関心な風情がまた高橋一生によく似合う。
粕谷吉洋演じるサトウくんという礼司の友人との会話から、彼らが、ネットゲームで何やら難度の高そうなアイテムを入手して、それをリアルの世界で売り払うという「商売」をしていることが判る。
といって、礼司が引きこもりになっているとか、家庭内暴力にはひっているということではなく、追々、派遣社員として働いていたけれど派遣切りに遭い、今は実家に帰ってコンビニでバイトしているという状況が判ってくる。
一方の、「デートの帰りです」という格好で帰ってきた(実際にデートを途中でぶった切って帰ってきたらしい高橋由美子演じる姉の紗江は、体温が高いかどうかはともかくとして、気の強い、感情の起伏の大きそうな、言いたいことはキッパリと言える率直な感じの女性である。
そういえば、彼女に対しては「若者」とは思わないのは何故なんだろう。設定で彼女が礼司の姉だからということではないような気がする。
この2人のかみ合っているんだかかみ合っていないんだか判らない、でもいかにも兄弟な会話が楽しい。
そこにインターホンが鳴り、彼らの父親の友人と名乗る林隆三演じる男「瀬川」がやってくる。
インターホンなので、まずは声だけの登場である。
「瀬川です」「幸一郎と会う約束をしていたんです」と言い張り、「岐阜からわざわざ来たのにこのまま帰るのは悲しい」「携帯電話などは持っていないのでお父さんに連絡してみてもらいたい」と礼儀正しい割に強引な話の運びをした上で、連れの瑳川哲朗演じる成木が庭から強引に家に侵入してしまう。
このやりとりをしつつ、弟の弱気をなじりつつも対応を弟に任せる姉の風情が楽しいし、声だけで感じられるこの瀬川という男の礼儀正しい威圧感が何ともいえない。
梅沢昌代演じる彼らの母親について、2人は「今日はメンコの日だから」などと言っていたのは何かと思っていたら、フラメンコを習っているのだという。
そのフラメンコから帰ってきた母は、ソファの2人の間に収まってすっかり馴染んだ風情である。私は、この母も含めて学生時代の友人だったのかと思ったくらいだ。
しかし、もちろん違っていて、単に母である彼女の天真爛漫さと人の良さのなせる業らしい。
そこに、定年退職したのに土曜出勤していたらしい(いや、退職しているのだから出勤ですらない)高橋長英演じる一家の父親が帰ってきて、「瀬川さん」と言って立ち尽くす。
40年前の約束だと瀬川らは言っていたけれど、決して幸せな約束ということではないらしい。
大体、40年ぶりの再会らしいのに、定年退職したことを知っていること自体怪しいではないか。それはもちろん、年齢から推測可能だけれど、サラリーマンをしていること、再雇用制度等を利用していないこと等々を知っていなければ確信を持って「定年退職をしているのに」などとは言えない筈である。
インターホンでの態度といい、怪しすぎる。
判りやすく歓迎していない父親に対して、「40年前の約束を守って会いに来た」というシチュエーションに酔ってもいるし、そもそも客は歓迎すべきものだと信じて疑わない母親のリードによって、彼らはあれよあれよという間に夕食を食べていくことになり、泊まっていくことになる。
強引な客2人の風情には何となくイヤな感じを受けるし、明らかに気が進まないというよりもはっきりと忌避している態度を示しつつはっきりそうとは言えない父親にはイライラする。
自分の夫が嫌がっている風情に気づかず(というよりも、若い頃の友人がわざわざ訪ねてきてくれたのにそれを忌避する人間がいるはずがないと思っていて)天然な感じで歓迎し、食事を作り、泊まっていくように進める妻にも、正直、好感を持つことができない。
ここで母親の彼女に交換を持てない私は人間としてどうなんだと思わなくもないのだけれど、でも、やっぱり「どうよ」と思ってしまったのだった。
そういうわけで、この一家プラス怪しげな男2人に礼司の友人という7人の登場人物の中で、何となくこの姉弟に好感を覚えつつ、舞台は進行して行く。
紗江は、成木と意気投合し、一升瓶を抱えて日本酒を酌み交わしつつ、結婚観を語っている。
礼司は、コンビニのバイトのシフトを組むのに四苦八苦している様子であり、みなが三々五々散る中洗い物をしているところが、非常に「らしい」感じである。
父親は、苦々しい気持ちを持ちつつもそれを口に出せずにいる。
次の日も居座った男2人は、掃除や買い物を手伝い、何故か庭を家庭菜園として開墾するのに礼司を使い、瀬川などは、母親に「フラメンコの発表会に着ていく服はどちらがいいですか?」などと聞かれている。礼司は、佐藤に頼まれていたネットゲームのアイテム奪取に取り組むことができず、佐藤に半泣きで拝まれることになる。
礼司と父親と、それぞれに相手に聞かれていないだろうタイミングを狙って、何やら話しかける。
2人は岐阜で農業をしているということなのだけれど、成田の三里塚での集会に行かないかと礼司を誘い、幸一郎にはお前は40年間何をしてきたんだと暗に責めるような言葉を口にし、周りに家族がいるときにはことさらに「立派な家だ」と強調する。
申し訳ないけれど、やっぱり、イヤな感じだと思ってしまう。
家の中をかき回しにきたんですか、と思う。
それでも、瀬川たちから言われるよりはと、幸一郎が礼司に三里塚の話をしようとするのだけれど、姉から「雑学王」と呼ばれる礼司ですら、「成田空港」「闘争」「三里塚」という言葉に全く反応しない。
近寄って欲しくないくせに、「何も知らないのか!」と呆れる父親は勝手だとは思うけれど、でも、正直な感想でもあるのだろうと思う。
このシーンは何かの象徴のようにも見える。
逆に、幸一郎が告白する前に、瀬川は礼司に、幸一郎の仕事がリストラ担当だったことを告げてしまう。
それでも、体温低い感じで「あぁ」とか「そうなんですか」とか答えるのを聞いて、何だかほっとしてしまう理由が自分でも判らない。
結局のところ、私も瀬川たちに「お前はきちんと生きているのか、生きてきたのか」と正面切って追い詰められたら、何も言えなくなってしまう、自堕落な毎日を送っている人間だという自覚があるからなんだろう。
そこに正面切って反論するでなく、何となく受け止めてそれ以上の争いを起こそうとしない礼司に、何となくほっとするのだと思う。
紗江と一緒にディズニーシーに行った成木が帰って来て、再び礼司を三里塚の集会に誘う。
それを聞いた幸一郎が「妙なものに誘うのは止めてくれ」ととうとう言ったことがきっかけになって、「撤回しろ」「撤回しない」と激しい言い合いに発展する。
お互いの人生をなじり合う。
ここでも、お前は礼司に何をしてやったんだと詰め寄られて、正面切った答えを返せない幸一郎が何とも歯がゆく、でも、それは自分の姿でもある。
ゴキブリが出現して、紗江も母親も「瀬川さーん、何とかして!」と叫ぶのを聞いた幸一郎が、それまでも母親が発表会に来ていく衣装のことなどなどで自分には尋ねずに瀬川に聞いていることにこっそりイライラしていた(自分の存在感を薄くさせられた、自分はないがしろにされていると思ったというのはよく判る)父親が、まあ、楽しみにしていたヨーロッパ旅行のパンフレットか何かを瀬川がゴキブリ退治に使おうとしたということもあるのだろうけれど、突然発憤してゴキブリ退治に乗り出し、瀬川と大人げなく争うというシーンの辺りからが、このお芝居のクライマックスである。
もうすでに前後関係が怪しくなっているのだけれど(多分、それは私がこのお芝居をきちんとつかめなかったからだと思うのだけれど)、自分を巡って父親とその友人が言い争っていることが耐えられなかったのか、幸一郎がゴキブリ退治に使ったファイルが、ここのところずっと礼司が苦心惨憺しているシフト表を挟んだファイルだったからか、とうとう礼司が自分のことについて涙まじりで語り出す。
コンビニには色々な事情を抱えた人が集まってきて働いている、その「事情」は生活に直結しており、自宅暮らしで困っていない自分が他の人の希望を優先してくれと店長に申し出たら、店長は自分に仕事をくれようとしてシフトを組むように言ってくれた、しかし、全員の事情を汲もうとするとどんどんシフトがぐちゃぐちゃになっていく、自分はどうすればいいんだろう・・・。
また、礼司は、「仕事中だけど」とやってきた佐藤君を家に上がらせ、彼が実は警察官であることが(制服を着ているので)すぐにバレて笑いが漏れる。しかし、礼司は「ネットゲームのアイテム販売で小遣い稼ぎをしている」とバラし、それも家計費を奥さんに湯水のように使われているからで車が欲しいと思っているからなんだと叫ぶ。
珍しく興奮した弟を見て、「終わりか?」と尋ねる姉の姿がまた可笑しかったりもする。どこまでも現実的な姉である。
一方の母は、自分は、主人は立派に働いてくれたと思っているし、礼司も一生懸命考えていると思っている、紗江も仕事も婚活もがんばっていて、一家は仲良く暮らしている、こんなに嬉しいことはない。瀬川も成木も自分のやりたいことをやってきておりそれは素晴らしいことである。どこに喧嘩をしなければならない理由があるのか。
そう、邪気なく尋ねるのだ。
「負けた!」と思った。
しかし、紗江が負けたと思ったのは、違うシーンだったようだ。
そう言った母親は、何故か無言で2階に上がって行き、大声で紗江を呼ぶ。呼ばれて2階に行き、降りて来た紗江は、「あの人には敵わないわ」と呟いて、オーディオのスイッチを入れる。
フラメンコの音楽が流れ出し、2階からフラメンコの衣装に身を包んだ母親が降りて来て、そしてもちろん踊り出すのだ。
確かに、敵わない。
その翌朝の早朝、アイテム奪取まであと一歩のところまで来ていたネットゲームのデータを全て吹っ飛ばすという非常に成木らしい置き土産を残し、2人は去って行く。
去り際に、瀬川が幸一郎に「ただ、久しぶりに酒でも飲んで、お互いをねぎらいたかっただけなんだ」と言って去るのが、ここまで来ておいて何だけれど、やっぱり感じが悪いと思うのは、やっぱり私がヒネくれているせいなのか、瀬川らに同じように責められたら絶対に何も言い返せないからなのか。
この捨て台詞は酷いよな、と思ってしまった。
さて、彼らの敵は何だったのか。
幸一郎に「(瀬川が語る)講演会にくらいは行ってくれば」と言い、瀬川らが出発したと幸一郎に告げられた母親が、2階で「お土産を渡そうと思っていたのに!」「追いかければ捕まる?」などと紗江も巻き込んで大騒ぎしているのを聞いて笑みを浮かべていた礼司には、多分、何が敵なのか、判っているんだろうと思ったのだった。
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コメント
はなび様、コメントありがとうございます。
かのこさんに教えていただいた理由の他にも、自動電源ONの機能で、まさしく自動的に電源が入ってしまうから、という理由もあるのですね。
なるほど。
「自動電源機能やアラーム機能をOFFにした上で」と言うよりも、マナーモードにした上でと言った方が簡単ですし、操作するところも1カ所で済むから実行してもらいやすい、ということなのでしょうね。
携帯電話を持たない私は、つい、ややこしい世の中になったなー、などと思ったりしてしまいました(笑)。
教えて頂いてありがとうございました。
投稿: 姫林檎 | 2010.07.24 09:03
私も携帯のことは謎に思って、劇場の制服を着たお姉さんに聞いたことがあります。
携帯電話の機能の中の「自動電源ON」や「アラーム機能ON」になっていると、電源を切っていても、設定された時間になると携帯電話の電源が入ってしまうからなんだそうです。
その際にバイブにしておかないと音がしちゃうので、マナーモードに設定の上、電源OFFをお願いしている、とのこと。
なるほど~~!!と思いましたです。
投稿: はなび | 2010.07.22 01:45
かのこ様、コメントありがとうございます。
なるほど、携帯電話を持たない私は、お隣の方と一緒になって(心の中で)「そうだよねー」と思っていたのですが、ちゃんと理由があったのですね。
確かに、大勢で一斉に携帯電話の電源を切って、一斉に効果音が鳴ったらうるさいかも(笑)ですね。
お隣の女性お二方は舞台俳優さんっぽかったので(会話の中で「夏場は稽古場にいるのが一番! 涼しいし」とおっしゃっていたので)、ぜひお伝えしたいものです。
教えて頂いてありがとうございました。
投稿: 姫林檎 | 2010.07.21 20:58
いつも冷静なレポート、とても参考にさせていただいています。
携帯をマナーモードにしてから電源を切る件、わたしも前に不思議に思って自分のブログに書き込んだところ「電源を切る時のメロディ(チャリーンとか)を設定している人がいるから」だと教えていただいたことがあります。ご参考までに。
投稿: かのこ | 2010.07.20 05:58