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2010.07.24

「お気に召すまま」を見る

子供のためのシェイクスピア「お気に召すまま」
作:ウィリアム・シェイクスピア ~小田島雄志翻訳による~
脚本・演出・出演 山崎清介
出演者 伊沢磨紀/福井貴一/戸谷昌弘/若松力
    大内めぐみ/加藤記生/北川響/高島玲
観劇日 2010年7月24日(土曜日)午後1時開演
劇場 あうるすぽっと C列1番
上演時間 2時間30分(15分の休憩あり)
料金 4800円

 ロビーでは、パンフレット(900円)の他、シェイクスピア人形のストラップ(800円)や、25周年記念のTシャツ(2500円)が販売されていた。
 また、これまでの「子どものためのシェイクスピア」シリーズ上演作品のチラシやポスター、舞台写真などが飾られていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 華のん企画の公式Webサイトはこちら。

 舞台の幕は上がっていて(というか、閉じられておらず)、舞台の上方にはキン斗雲のようなものが下がっている。舞台奥に黒い幕が下げられ、その中央だけが開いていて明るく白く柱のように光っている。
 舞台上にはいつもの机が3つと椅子がいくつか置かれている。
 開演15分前(だったと思うけれど、時計を見なかったので確かではない)には、恒例のイエローヘルメッツのステージがあった。前は本当に歌っていたと思うのだけれど、いつからか口パクになったように思う。
 イエローヘルメッツは、観客に早めに来てもらえるよう、開演の少し前に出演する役者さんたちが舞台上に登場して歌を披露するようになったと聞いたことがある。
 今日の(歌っていない)メインボーカルは若松力だった。
 そして、開演が少し遅れたようで、イエローヘルメッツの退場から舞台の開演までがかなり長く感じられた。

 「お気に召すまま」は、前に蜷川幸雄演出のオールメールバージョンの再演を見ている。そのときのロザリンドは成宮寛貴で、オーランドーは小栗旬、シーリアは月川悠貴だった。
 その結果、娘2人のうちシーリアの方が大人しく、ロザリンドは、はっちゃけているというか、元気いっぱいなタイプというイメージだったのだけれど、今回はシーリアの方が元気いっぱい、ロザリンドは芯はしっかりしているけれど大人しい、というイメージに見えた。
 それだけで、お芝居全体の印象はかなり違うものである。

 黒い帽子と黒い長いコートを身にまとってクラッピングをしながら役者全員が三角形を描くように並んで小股で歩きながら登場するのはいつものパターンである。
 口火を切るのがシェイクスピア人形なのは、いつものことだったか自信がない。今回のシェイクスピア人形の役どころは、ハイメンという結婚の神様のようだ。

 若松力演じるオーランドーと大内めぐみ演じるロザリンドは似たような境遇にある。
 オーランドーは家を継いだ兄に疎まれ、家に居場所もなく、教育も受けていない。父親が財産のほとんどを長兄に譲ると遺言したのは、オーランドーが父親にも疎まれていたからなんじゃないかと疑ったのだけれど、話を聞いているとそういうわけではなく、兄が十分に弟を養育するように、という趣旨の遺言だったようだ。
 しかし、子供たちの尊敬は受けていたようだが、我が子の本質を見抜けていなかった父親だということだろう。

 一方のロザリンドは、父親は公爵だったがその弟に陥れられて追放され、一緒に追放されそうになったところを、高島怜演じる従姉妹のシーリアが、北川響演じる父親に懇願してロザリンドだけは一緒に暮らせるようにしてもらった、という境遇のようだ。
 しかも、最近、シーリアの父親である公爵はかなりロザリンドを疎んじる風を見せているらしい。

 公爵の家で開かれた、「相撲大会」(原作はレスリング大会である。世相に合わせたのか、合わせ過ぎたのかは微妙なところだ)で優勝したオーランドーに、決勝戦を見ていたロザリンドが惹かれるのは、外から見ていれば必然だけれど、この2人はお互いの境遇は知らないわけで、ご都合主義といえばご都合主義である。

 そして、「自分の領地から姿を消せ」と公爵に言われたロザリンドは、シーリアに励まされ、福井貴一演じるアーデンの森にいる父親を捜すことにする。
 娘2人の道行きが危険なのは判りきっていて、ロザリンドは男装し、シーリアは粗末な服装に着替え、戸谷昌弘演じるタッチストーンという道化の男をお供に連れて行くことにする。
 一方、相撲大会で優勝した弟に、戸谷昌弘演じる兄のオリヴァーは逆ギレしてしまい(こういうことを逆ギレというのが正しいかどうかはよく判らないけれど)、弟が帰ってきたら住んでいた小屋ごと焼き殺してしまおうというところまで追いつめられる。それを兄の使用人たちに聞かされ、オーランドーはすぐさま逃げ出すことになる。
 そういえば、どうしてオーランドーがアーデンの森を目指すことにしたのか、よく覚えていない。

 戸谷昌弘が2役を演じていたように、このお芝居は一番出番が多いだろうオーランドーとロザリンドを演じている2人の役者さんも含めて全員が様々な役を演じる。
 タッチストーンのときとオリヴァーのときとでは、戸谷昌弘は衣装を判りやすく替えていたけれど、その他の役を演じるときはオリヴァーの衣装のままだったり(タッチストーンは道化の役で余りにも派手な衣装だったので、そのまま他の役を演じることは無理だと思われる)、黒いコートを上から着たりして、いわば個性を消して演じていた。
 これは他の役者さんたちも同じで、短時間で多くの役を演じ分ける工夫だな、と思う。

 工夫といえば、私はたまたま一番端の席だったので見えてしまうことが多かったのだけれど、黒いコートを着た男優さんが3人も並ぶと、その後ろにいる役者さんはほぼ隠されてしまう。そこで衣装を変えたり突然現れたりするのを見て、正面から見たかったなと思ったのも確かだ。
 また、舞台奥にかかった黒い幕の切れ目の明るい場所に、意味ありげに立っていてそれからおもむろに舞台上に出てくるということも多く、私の席からでは、幕より手前に出てきて初めて「あそこにいたのか」と判ったりしたので、そういう意味でも正面から見たかったなという気がする。

 確か、この辺りまでで休憩に入ったのではなかったろうか。
 随分とオーランドーとロザリンドの話が進まないのだなと思った記憶がある。
 再び黒い帽子に黒い長いコートになった全員がクラッピングで舞台上を巡り、みんなで首を傾げて耳を傾け「ただいまより15分間の休憩をいただきます」というアナウンスを聞くといういつものシーンを見られるのが嬉しい。

 さて、後半は、公爵のところに集まる人々の話、公爵のところに集まっていない伊沢磨紀演じる偏屈なジェイクイズの話、羊飼いと出会ってその主人が売りに出していた家を買い取ったロザリンドとシーリアの話(しかし、家出娘の割に優雅な奴らである)、従者のアダムに食事をさせようと迷い込んだのが偶然にも公爵のところだったという幸運の持ち主であるオーランドーの話、娘2人を案内した羊飼いの友人と加藤記生演じるその恋人のフィービーの話、タッチストーンと土地の羊飼いの娘の恋の話などなど、あちらこちらが偶然で絡みまくって話が回転しまくっていく。

 それはいつものシェイクスピアのお約束なので、あっさりと乗っかって楽しむのが正解だ。
 しかし、男装したロザリンドが、アーデンの森中にロザリンドへの思いを詩にして刻みつけるほど狂っているオーランドーに近づいて、「恋の病を治してあげましょう」というのはどうなんだろう、と思ってしまう。
 前半のロザリンドとオーランドーの「一目惚れ」シーンはひたすら微笑ましかったのだけれど、後半のこの2人のやりとりは、何となく釈然としない。

 男装したロザリンドが、正体が知れていないことをいいことに、自分に恋する男をからかっているようにしか見えないのは、私の見方がヒネくれているからなんだろうか。
 ついでに書くと、オーランドーに命を救われて改心した兄とシーリアが一目惚れし合ってしまうのもよく判らない。ロザリンドとオーランドーの場合はそれでもきっかけがあったのだけれど、この2人の場合は何がきっかけなのかすら判らなかった。
 何故???としばらく首を傾げてしまったのもやっぱり私だけなんだろうか。

 ロザリンドが男装していて、自分をロザリンドと呼んで恋の練習をしろと散々言っていた当人だということを理解しても怒らないオーランドーも判らないし、それでも彼女に惚れたままのオーランドーも判らない。
 よく考えれば、自分の恋心を恥ずかしげもなく、森中の木に刻みつけ、書いた紙を枝にぶら下げまくるというオーランドーの行動も尋常ではないわけで、変わり者同士気が合ったということなんだろうか。
 全体にこの物語には微笑ましさを感じたし、にこにこして見てしまったし、割と幸せな気持ちで見守っていたのだけれど、ふと個々の登場人物の行動などなどを考えると「何故そういう展開???」「何故その行動???」ということがやっぱり多いのだ。流石シェイクスピアというべきなのか。

 最後の最後、シーリアの父親が森の際まで来たのに何故か改心し、兄であるロザリンドの父親に公爵の位や領地などを返上し、修道院か何かに入ることを決心する。
 どうして突然にそんなことになったのか。
 改心したのだし、元々が兄を陥れて手に入れた地位なのだから返上したことに何の文句もないのだけれど、それを受けて喜ぶ公爵に何となく失望を感じるのは勝手過ぎる感想なんだろうか。
 アーデンの森で隠者の暮らしを楽しみ、馴染み、慕ってくる人々と満足して暮らしていたのではなかったのか。地位や領地や財産に未練があった気にしている公爵に、ちょっと幻滅してしまったのだった。

 そういえば、タッチストーンの恋の相手を演じたのは高島怜で(役名がどうしても思い出せない)、恒例の工事現場のシーンで「横顔がスガシカオに似ている」とか「名前を呼んで顎の下を撫でる仕草をするとタコのような動きをする」などと散々言われ、素に戻って苦笑していたように見えた。
 あれは、アドリブなんだろうか。
 「タコ」というのは、ワールドカップサッカーの勝利チームを悉く当てたドイツ在住のあのタコのことだと思うのだけれど、名前を呼ばれてタコのように歩こうとして、「随分、体の堅いタコだな」「中途半端なんだよっ!」とツッコまれていたのは、何だか気の毒だった。
 ここって日替わりのシーンだったんだろうか。

 こういう「お約束」のシーンはとりあえず置いておくとして、個々の登場人物の行動を考えるとなんだか釈然としないのだけれど、でも、それでもやっぱり全体的に幸せなにこにこしたくなるような舞台だったし、楽しく見ることができたのだった。
 来年はどのシェイクスピア作品が上演されるのだろう。
 今から楽しみである。

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