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2010.08.15

「広島に原爆を落とす日」を見る

「広島に原爆を落とす日」
作 つかこうへい
演出 岡村俊一
監修 杉田成道
出演 筧利夫/仲間リサ/リア・ディゾン/大口兼悟
    馬場徹/武田義晴/山本亨/山口紗弥加ほか
観劇日 2010年8月14日(土曜日)午後6時開演
劇場 シアターコクーン D列5番
上演時間 1時間50分
料金 9500円

 開演時間を1時間遅く勘違いしていて、あわてて駆け込んだせいで、ロビーで販売されていたパンフレット等々の値段をチェックしそびれてしまったけれど、かなり分厚いしっかりしたもののようだった。

 「広島に原爆を落とす日」の公式Webサイトはこちら。

 割と久しぶりに開演前に幕が下りている舞台に出会ったような気がする。真っ黒な幕である。
 そして、もう一つ驚いたのは、客席が半分くらい(というのも適当な目測だけれど)埋まっていなかったことだ。
 つかこうへいが病床から演技指導をしたという「熱海殺人事件」(だったと思う。黒木メイサが主演していた舞台)のインパクトが大きすぎて、この「広島に原爆を落とす日」の舞台はいわゆる追悼公演という感じが薄くなったのだろうか。
 井上ひさしの「黙阿弥オペラ」で満員御礼が出ていたのとは対照的で、かなり意外で、ちょっと寂しい気もしてしまった。

 「広島に原爆を落とす日」は、1998年に稲垣吾郎主演の舞台をル・テアトル銀座で見ているのだけれど、記憶がかなり曖昧だということを除いても、かなり雰囲気が違っていたように思う。
 つかこうへいは、台本を書き、「口立て」という演出法で稽古場でどんどん台詞を変えたり足したり、リアルタイムで当て書きをしていたというのは有名な話だ。
 「つかこうへい演出ではない」という先入観(というか、正しい情報なのだけれど)があるせいか、どうしても何か違うという感じがしてしまった。
 もっとも、単なる思いこみなのかも知れない。

 カーテンコールで最後に呼ばれたのも、客席に挨拶するときに舞台の中心にいたのも筧利夫だし、この舞台の主役は山崎と犬子の2人を演じた筧利夫だと思う。
 筧利夫は、つかこうへい作品の常連という感じがするし、役柄ととても合っていて、この舞台を支えていたのは間違いなく筧利夫の立ち姿であり、キレのいい動きだったと思う。
 でも、この舞台の印象を決めたのは髪百合子を演じた仲間リサで、あと一つ何か足りないという感じがしてしまった。

 前回見たときに髪百合子を演じていた緒川たまきの印象が非常に強いことも、私のこの感想を作った一因かも知れないとは思う。
 でも、ダンスがどちらかというとラフだった(これは仲間リサだけではなくて、全体の印象としてもラフなダンスをきっちり踊っているという感じがあった)ことが気になったし、超然とした感じがもうちょっとあるといいんだけどなと思ったり、暗殺者の一族という陰がもうちょっと欲しかったなと思ったりした。一言で言うと「あと一歩」という印象がある。
 それは仲間リサの年齢もあるし、外見から来るイメージもあるし、個性もあるし、演出もあるのだから、前作に拘り過ぎている私の問題なのだろう。

 一方で、髪今日子を演じていた山口紗弥加の立ち姿がいい感じに見えた。
 ただ、「戦後65年」を言いつつ、髪百合子が身ごもっていたことを示しつつ、髪今日子というキャラを出すことは多少無理があったようにも思う。
 恐らくは、初演のときには「髪百合子の娘の髪今日子」でしっくり年齢的にも整合性が取れていたのだと思うのだけれど、戦後65年ではどうしても孫の世代になっていて、そこに説明なり暗示なりがされていないと何となく釈然としない。
 あなたのお母さんはどうしたの?(泣き女の一族というイメージなので、髪百合子の身ごもっていた子供は女の子だったろうと思われる)と聞きたくなるのだ。

 それはともかくとして、山口紗弥加は、何より、一瞬だけ演じた、犬子恨一郎(という字だと思うのだけれど)の母親で李朝の最後の王女のときが凛としていて格好よかった。
 出所した途端に謎の刺客に襲われた山口を助けに入ったときの殺陣(とは言わないのかも)もキビキビとしていたし、もっと舞台で拝見したい女優さんだと思う。
 彼女が、ときどき髪百合子を演じることで、彼女の超然とした感じやその背景となった感情などなどがかなり補強されていたと思う。

 「広島に原爆を落とす日」というこの舞台は、ハワイの真珠湾攻撃、戦艦大和造船等々を企画した犬子という少佐がどうして歴史からその存在を抹殺されてしまったのか、それを山崎と、髪百合子と犬子の子孫なのだろう髪今日子が探って行く、という構造になっている。
 そして、現在(2010年)で探っている山崎たちと、太平洋戦争当時の犬子と髪百合子の物語が交互に語られる。
 その2つの時間をつないでいるのが、山本亨演じるところの当時内閣総理大臣を務めていた重宗である。

 犬子は、重宗から「日本が戦争でアメリカに勝てる方法を考えろ」と言われて真珠湾攻撃を計画する。
 重宗からも側近からも「朝鮮人」と忌避されているのに、作戦参謀として軍の中枢におり、「戦争に勝てる方法を考えろ」と直接に時の総理大臣から命じられる犬子という存在も考えれば奇妙な立場なのだ。
 どちらかというと総理大臣たちの妙に歪んだ犬子への対応がつかこうへい独特の「嫌な感じ」を強烈に放っているので、舞台を見ているときにはそんな疑問はあっと言う間に飛んでしまう。

 ヒットラーの元に「贈り物」として赴いた百合子は、ヒットラーに「あなたと犬子のためにドイツ第三帝国はアメリカに宣戦布告しましょう」と言われ、躊躇いを振り切って要請する。
 ドイツの宣戦布告の情報を得た重宗は、暴徒として真珠湾に出撃させた犬子たちを正規軍に格上げし、宣戦布告をしようとするが、最初から日本の真珠湾攻撃を知っていたアメリカは逆に宣戦布告を受けないよう工作する。
 犬子が日本を勝たせるために計画した真珠湾攻撃は、アメリカに原爆投下の理由という「切り札」を与えてしまうことになる。

 この辺りは確信が持てなかったのだけれど、犬子が中国大陸で、戦勝の暁には子供たちに配ろうと作らせていた納豆が、最終的にアメリカに利用され、細菌兵器であったということにされてしまった、ということになっている。
 「七三一部隊」という単語が出て、納豆を作っているという話になっているのを聞いたときには???と思ったのだけれど、この舞台では、七三一部隊は犬子が創設した、中国の子供たちにプレゼントする栄養食品としての納豆を作るための平和的な存在だという設定になっていたようだ。
 アメリカは、真珠湾攻撃の先鋒を務め、アメリカから身柄を求められたという犬子が創設した部隊が国際法に反する細菌兵器を作っていたという「事実」をでっち上げることで、最終的に日本に原爆を落とすことについて世界の世論を見方につけようとした、ということらしい。

 この書き換えはいいのか。
 あるいは、犬子も騙されていた、という設定なのかも知れないけれど、釈然としない部分ではあった。

 アメリカ合衆国との戦争は百合子と犬子を添い遂げさせるために始まったと、犬子の部下たちの若い参謀も、ヒットラーも言う。
 そうであれば、戦争終結の条件にアメリカが原爆投下を出すことも、その原爆投下のボタンを押す役目を犬子が担うことになったのも、犬子が原爆を投下する場所として百合子と自分が育った広島を選んだのも、この「広島に原爆を落とす日」の中では必然ということになるのだろう。

 そして、65年後。
 日本に原爆を落とされたことの代償として日本が得たのは、「安全保障」だったこと。
 日米安全保障条約は実は「白紙」で、この世にそのような条約は存在せず、日本は今でもアメリカ占領下にあること。
 アメリカの真の狙いは中国大陸で、だから米軍基地を日本に置きさえすればその他は日本は放置されていること。

 それらのことを探り出した山崎たちは、最後に、天皇直結の暗殺者集団だった髪一族が犬子とその母親以外の全員を殺したという犬子の一族は、朝鮮の李王朝の一族だったこと、犬子は李王朝の王女と天皇との間に生まれた息子だったことを知ることになる。

 犬子は自決している。
 だとすると、犬子を思い出させるという山崎は何者なのか。
 その謎は(少なくとも私が気づけるような形では)最後まで提示されなかった。

 ヒロインが設定とは関係なくジャージ姿で登場し、ダンスシーンがかなり多めに入り、全員がタキシードを着てダンスしながらのフィナーレで締めくくられ、いずれも「つか芝居」を踏襲している。
 恐らく、演出の岡村俊一は、つか芝居を「写す」ことを試みたのだと思う。
 その試みが、つかこうへいの存在と不在を際だたせてしまったのは、ある意味、必然の結果である。

 カーテンコールの前、幕が上がり、そこには舞台中央をただ照らすスポットライトが光っていた。
 あのスポットライトは、つかこうへいを狙っていたスポットなのだろう。
 やはり、つかこうへいの存在と不在を自ら示して、舞台は幕を閉じた、という印象が強く残った。

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