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「ジェットの窓から手を振るわ」月影番外地
作 千葉雅子
演出 木野花
出演 高田聖子/坂井真紀/宍戸美和公/渡辺真起子
観劇日 2010年8月6日(金曜日)午後7時開演
劇場 ザ・スズナリ D列3番
上演時間 2時間10分
料金 5000円
恐らくパンフレット等も販売されていたと思うのだけれど、割とぎりぎりに劇場に到着したのと、スズナリのロビーは広いとは言えないので早々に退散してしまい、どんなものが販売されているのかはチェックしそびれてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
どこかの空港の、カフェというよりも「おにぎりやさん、イートイン付き」というイメージのお店が舞台、のようである。
高田聖子演じるそのお店の雇われ店長のあゆこは、淡々と行儀良く暮らしている。
本当は本部から指定のメニューや内装を守らなければならないようなのだけれど、「これだけだとちょっと味気ないのよね」ということで、有機野菜農家から野菜を買い、自宅で漬けた糠漬けもメニューに加えたりしている。
パッと見、自分のスタイルを守って暮らしている、ロハスな感じの、最近流行りの生活を先取りして充実して暮らしている女性のように見える。
このお店の常連が、宍戸美和公演じる何者なのかよく判らない女性の与那嶺さんである。
どうも毎日のように空港に来て、毎日のようにあゆこの店で長居しているらしい。あゆこが「覆面調査員の方ですか?」と思わず本人に質問してしまったくらいに挙動不審である。
毎日通うくらいだから仕事はしていなさそうだし、お金持ちそうだし、妙なことに妙に詳しいし、口調も妙だし、かなり正体不明である。
そこに現れるのが、有機野菜農家の坂井真紀演じる赤木で、どうも彼女は何というか「カジュアル」である。配達時間も守らないし、伝票もくしゃくしゃっとその他のレシートと一緒にポケットに突っ込んでいるし、言葉遣いも「お友達」な感じがする。
彼女みたいなタイプと、あゆこみたいなタイプと、一体どちらの屈託と屈折が大きいのだろうと思ってしまう。
帰宅したあゆこの部屋に、突然、チャイムもノックもなく現れるのが、渡辺真紀子演じる渡瀬で、彼女はまたバリバリのキャリアウーマン(という言葉ももう古いのか)で、かつ不倫まっただ中の「女」である。
彼女を見ていると、屈託や屈折ではなく、「無理してる」という言葉の方がよく似合う。
あゆこと渡瀬は元同級生のようで、ここまで性格の違う2人が、反発しあいながら、卑屈になりあいながら、でもちょっと優越感に浸りあいながら、何だかんだと腐れ縁を続けているのはよく判る。
要するにお互いがお互いにちょっとずつ(絶対に言葉には出さない)あこがれを抱いているんだろう。
こうした4人の40代の女の日常と突破口を描こうというのだから、それは痛いに決まっている。
さて、私は彼女たちのうち誰に似ているのだろうと考えると、あゆこか渡瀬かどちらかかなぁ、とあり得ない2択を真面目に考えている自分が謎である。
自宅での様子が描かれるのはあゆこだけで(赤木の場合は、有機野菜を育てている畑は舞台のひとつになっているけれど、決してそこは彼女が無防備になる場所ではない)、ある意味、あゆこの場合は、内と外との落差が少ないことが描かれる。
店長としての彼女と、一人暮らしの家に帰ってからの彼女の差はほとんどない。
ある意味、理想だよな、とは思う。
理想だとは思うけれど、一方で「ただいま〜」「おかえり〜」と一人で言っていたり、ぬか床に「小林さん」と名前をつけて呼びかけたり話しかけたりしたり、母親からのメールで自分の誕生日に気付いたり、誕生日のお祝いに冷蔵庫からロールケーキを出してきてアロマキャンドルを灯しワイングラスにミネラルウォーターを注ぐ。
そして、その後の「この先の自分はどうなるんだろう」「どうすればいいんだろう」という涙混じりの独白は、イタ過ぎて目をそらしたくなる。
千葉雅子の脚本で木野花の演出となれば、こうした痛さを、一人住まいの部屋で一人、電気を暗くした部屋で、真っ正面を向いた主役に独白させる、という正攻法でどこまでも追い詰めるのだ。
これで追い詰められない40代の女がいるんだろうか。
そう思ったら、常連で有島一郎似の与那嶺さん(しかし、ここで有島一郎の顔がぱっと浮かばないのが我ながら謎である。年代的にドンピシャの筈なのに)はいささか謎だけれど、ここに出てくる4人はいずれも独身であるということに気がついてしまった。
渡瀬が仕事ができそうで強気そうで不倫をしていて、それでも「結婚」「出産」「家族」に拘りがあるせいかも知れないけれど、えーと、結婚をしている40代の女は「私はこれからどうなるんだろう」という不安は持たないということなんだろうか。
少なくとも独身の女よりも結婚した女の方が、そういう不安からは遠いと、この芝居を作った人は思っているということなんだろうか。
それはそれとして、逃げているんじゃないか、つまらなくなったんじゃないか、臆病になったんじゃないかと詰り遭う女たち(主にあゆこと渡瀬)を見ながら、私が思っていたのは、定年まであと半分あるんだよなー、ということだった。
まだ半分しか来ていないじゃん。
今まで勤めていた年数とこれから先勤める年数と、定年延長なんて言葉が現実的になってきた昨今、どちらかというと先の方が長いではないか。
それはまだまだ何かが起こる、チャンスがあるということでもあるのだけれど、このお芝居を観ているときにはそういうポジティブな側面は頭に浮かばず、ひたすら「あと半分も私は保つんだろうか」と思っていた。
やっぱり、あゆこ似なのかも知れない。
淡々と暮らしているあゆこの方が「死ぬまで働ける仕事があれば」と言い、攻撃的な言動を取る渡瀬の方は「そろそろ出産のタイムリミットだ」と気にする。
表に出てきている2人の性質と、思考は、完全にクロスしているところが可笑しい。
一方、「あゆこの友達」ではない故に最後まで謎だった与那嶺と赤木だけれど、与那嶺は元夫(与那嶺が浮気して駆け落ちして離婚した)の再婚の披露宴に出てこうした経過をつまびらかに語った上で、渡瀬と赤木とあゆこの助けを借りてお祝いの歌をプレゼントし(しかし、この歌も知らなかったのがショックである)、赤木は、この「知らない人の披露宴」に出て滞った畑作業を渡瀬とあゆこに手伝ってもらいながら、自分は漫画家だったけれど、連載を放り出してしまったのだと話す。
結局、最初に「突破口」を開いたのは与那嶺だった。
その「突破口」は、物理的なものではなくて、心の問題だったところが象徴的な感じもする。
赤木が今ひとつ有機野菜農業にのめり込めなくて渡瀬をイライラさせていたのも、「漫画を描きたい」「漫画を描くことから逃げた」という思いがあったかららしい。
当時お世話になっていた漫画家にやっと連絡を取って「どうしてもっと早く連絡してこなかったのか」と叱られた彼女は幸せ者である。
渡瀬が最後に「お見合い」に走ったのは割と想像がついたし納得も行くのだけれど、あゆこがいきなり「世界の発酵食品を探しに」旅立ってしまった、というラストシーンは驚きだった。
え? そっち?
そこまで思い切ったことをやらないと開けないってこと?
私にそこまで思い切らせるような「何か」はないんだけど、やっぱりそれは問題なのでは?
あゆこではなく、思いっきり自分にツッコミを入れてしまった。
そういえば、その前のシーンで赤木だったかが言った「子どもの頃は兼高かおるになりたかった」というのはよく判る。
それもきっかけの一つだったんだろうか。
そういう「よく判る」昭和と「よく覚えていない」昭和がほどよく混ざった、ノスタルジーといえばノスタルジー溢れる、でもやっぱり「これまで」と「これから」を考えるとイタ過ぎるお芝居だった。
ちょっと考えねば、というのと、いや淡々と暮らして行くのだって大変なんだよ、というのと、両方の気持ちが残っている。
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コメント
しょう様、こちらでもコメントありがとうございます。
そうですよね!
千葉雅子の脚本というところで、まず、身構えますよね(笑)。
ご紹介いただいた、池谷のぶえさんのブログも拝見してきました。
やっぱり痛いんだ・・・。
素敵に活躍されている女優さんでも痛いのだなぁ、と思ったのでした。
投稿: 姫林檎 | 2010.08.10 23:57
姫林檎さん、コチラでもこんにちは。
最初は『千葉雅子の脚本だし、このままみんなズルズルと、、、』などと、
後ろ向きに想像していましたけど、
あのラストにホッとしたのですw
今の自分の状況が思うに任せない感じなので、
せめて舞台だけは!!という、勝手な思いです(^_^;
池谷のぶえさんのblogでも感想が書かれていて、
やはり、アラフォー世代には刺さる話だなぁと、
納得してしまいました。
でも、刺さると言いながら、とても好きなんですよね。
投稿: しょう | 2010.08.10 11:36
しょう様、コメントありがとうございます。
痛かったですよね、このお芝居。
実は私はあゆこにはそのままで居てもらって、「そうだよね、そのままもありだよね」とちょっと安心したかったので、あゆこに一番飛ばれたときにはちょっとショックでした(笑)。
後ろ向きなコメントですみません・・・。
兼高かおる、実は私も子どもの頃になりたかったです。
というか、今もなりたいかも(笑)。
投稿: 姫林檎 | 2010.08.09 23:33
姫林檎さん、こんにちは。
私は本日、ソワレで見て参りました。
ベンチ席だったので早めに並んで、最前列ど真ん中で(^_^;
見終わった後、腰が痛かったです。
チラシを見た時点で、痛い所を突かれる話だろうなと、
予想はしていたけれど、本当に突かれまくってしまいました。
でも、最後に4人とも自分の気持ちの中にあったボーダーラインを
突破出来て、ホッとしました。
そのままな人が一人でもいたら、そこに自分を投影して仕舞って、
余計落ち込んでいたと思います(^_^;
兼高かおるネタの時、私は
「あぁ、高田聖子は顔が似てるかも」と、思ってました。
投稿: しょう | 2010.08.09 00:51